「ちょっとシド! 何ボケっとしてんのよ!」
とある休日。僕の平穏な学園生活が唐突に終わった。
僕は確かに、時間だけは溢れかえった休日を謳歌していたはずだ。いつもよりも遅くまで寝て、魔力操作の練習をし、かっこいいポーズやセリフを考え、実際に練習していた。それは傍から見れば無価値なものに見えるかもしれない。でも、僕にとっては大事なルーティンだったんだ。
その最中に──そう、あれは高いところから街を見下ろすときに言おうと思っていたセリフ「ふっ、遂に動き出したか」の練習をしていたときだった。
『休日に部屋に籠もってないで、少しは姉孝行しなさい!』
バンと扉が開き、その先には姉さんがいた。向こうも休日なので制服姿ではなく、私服だ。
だが、問題はそこじゃない。何故、男子寮である僕の部屋に、女子である姉さんがいるのかということだ。まさか正面から普通に入ってきたのだろうか。……うん、多分そうだろう。一体寮の規則はどうなっているんだ。
『やぁ、姉さん。いい朝だね。どうしてここに?』
『日がな一日時間を浪費し続ける愚弟を連れ出すためよ。あと、もう昼だわ』
『あっ、僕食堂で昼食をたべないと』
『それは問題ないわ。寮母さんに連れ出すことは言ってあるから』
『いやでも……』
『なによ。私と出かけるのは嫌なわけ?』
姉さんの鋭い眼光が僕を睨む。僕はしっかりと全身に鳥肌を立たせて、慄く。どこからどう見ても、ライオンを前にした子鹿に見えることだろう。
『ま、まさか! 姉さんと出かけられるなんて、僕はなんて幸せ者なんだろう!』
『ならさっさと準備をしなさい。逃げたら許さないから』
『逃げないとも。うん』
僕は返事をしつつ、刹那の間に思考を巡らせる。逃げたときのメリット、デメリットを天秤に乗せるのだ。
個人的な感情としては、逃げ出したい。でも、僕は思い出した。思い出してしまったんだ。
去年の夏。僕はどんなに怒っていても、時間が経てば沈静化すると思っていた。けれど、姉さんは時間が経るごとに、どんどん怒りが増幅し、危うく締め落とされるところであった。
その出来事を思い出した僕は、しっかり部屋着を着替えて部屋を出た。天に高々と上り、地上を見下ろす太陽が眩しかった。まだ冬の寒さが残る今日この頃、嵐が来るなんて誰が想像できただろう。
……そして、今に至る。
「そうね、まずは服を見に行くわ」
「はいはい」
「はいは一回」
「はいはい……はい」
姉さんに睨まれた。
□□□
「姉さん、もうそれでいいでしょ」
「いやでも、こっちも……」
「うん、じゃあそっちの方が似合ってるよ」
「じゃあって何よ」
姉さんは恐ろしい目つきで僕を睨みながら、両の手に持った服を元に戻す。
ここは『ミツゴシ商会』が運営するデパートの中にある服屋である。いつもは外に行列ができるほど並んでいて──僕は『お友達待遇』で列をすっ飛ばしているが──今日は随分とがらんどうであった。
やっぱり、例の噂のせいだろうか。
因みに、今姉さんは卒業式に着ていく服を選んでいるのだが、かれこれ半刻は過ぎているだろう。先程からお腹が鳴りっぱなしだ。
「そろそろご飯にしない?」
「そうね……もうちょっとで選ぶわ」
「それ、ちょっとだった試しがないじゃん」
「今度はほんとにちょっとよ」
「僕試食コーナーの方に行ってる」
「駄目よ」
「えー」
首根っこを掴まれて、引きずるように僕は運ばれる。早く終わらせたい僕はその状態で、視覚強化をしつつぐるりと周りを見る。姉さんも、同じようにキョロキョロとしていた。
「……それにしても、ここにはかなり商品があるわね」
「まぁ、ミツゴシだからね。色んなのがあるよ」
僕の知らない内に、僕の知っているものがどんどん増えている。今も新商品と銘打たれたジーンズを見て、僕はため息を吐く。最早、ガンマたちが僕の知識を使って商売することに感慨が沸かなくなっている。
またいつものあれか、となるだけだ。
「いえ、そういう意味じゃないわ」
「じゃあ、どういう意味?」
「……アンタ、本当に世間に疎いわね。学校でも話題になっていたはずよ」
我が弟のなんと無知なことか! やれやれと首を振る姉さんの顔にははっきりとそう書いてあった。
「最近、『大商会連合』に属する行商人の馬車が襲撃されているのよ。それで、王都にある店舗は軒並み品不足になってるの……『ミツゴシ商会』以外は、ね」
「へぇー」
「前々からあった噂だけど──『ミツゴシ商会』が秘密結社と結託して『大商会連合』を襲っている。それがいよいよ現実味を帯びてきたって訳ね」
「なるほど」
「今人がいないのも、変な裏組織と関わりたくないっていうのと、もう一つは同情ね」
「同情」
「そう。多くの人は弱い、貶められてる方を応援したくなるのよ。それで今、『大商会連合』の売り上げは前より伸びているわ」
「へー」
僕は前世で似たようなものがあったのを思い出す。アンダードッグ効果だ。例えば、たまたま点けたテレビでスポーツがやっていて片方が劣勢だとする。そのとき、人は負けている方を応援したくなるようだ。
今回の件で言えば、不当な攻撃によって弱められてしまった『大商会連合』を民衆は応援したくなったというところか。それにプラスして、妙な組織とは関わりたくないという感情が上乗せされて、今は閑古鳥が鳴いているのだろう。
姉さんの話は割と筋が通っているし、ガラガラのこの状況はどうやっても言い繕えない。僕は素直に感心する。
しかし、一つ気になることもある。
「それ、姉さんが自分で考えたの?」
姉さんにここまで理路整然と考えられる力があるとは思えない。誰かの話を、得意げに語っていたのではないだろうか。
姉さんはギクッと擬音語が付きそうな勢いで静止し、こほんと咳払いをする。よく見れば、耳が少し赤くなっていた。
「とある魔剣士協会の知り合いに聞いたのよ」
「やっぱりね」
「どういう意味よ」
「姉さんにここまで考えられるとは思えないからね」
「アンタねっ!」
あっ、やばい。
「……って普通の人は思うだろうけど、僕は姉さんなら思いついてもおかしくないと思ってるよ!」
「フォローになってないわ!」
強烈な回し蹴りが僕のこめかみを打ち抜く。僕はその衝撃を首の関節だけで吸収しつつ、ノックアウトしたような演技する。幸い、僕の体が吹っ飛ばないように姉さんが僕の体を押さえていたので商品に突っ込むようなことはない。
もし突っ込んでいたとしても、賠償金を払うのは姉さんだっただろうけど。
姉さんは、ノックアウトした僕を見て鼻を鳴らす。
「たぬき寝入りしてるんじゃないわ。起きなさい」
「バレてたか」
「何年一緒にいると思ってるのよ。これくらい朝飯前よ」
再び首根っこを掴まれて、僕は引きずられる。そろそろ本当にご飯を食べたい僕は、視覚強化に加えて思考速度も強化し、素早く大量の情報処理をする。要は、姉さんが気に入るものを探し出せばいいのだ。
そうして僕は一つのドレスを指差した。
「あれでいいんじゃない?」
ドレスについてはあまり詳しくない僕から見ても、中々よくできたデザインだと思う。貴族だらけの魔剣士学園の卒業式でも悪目立ちはしないだろう。
そして何より、色がいい。黒はかっこいい。
「ふん、アンタにしては趣味がいいわね」
姉さんも興味ありげにそのドレスを見ている。きっと僕と同じように、黒の魅力に惹かれたに違いない。
「ふっ、やはり血は争えないか」
「なに言ってんのよ」
「いや、なんでもない」
「まぁ、アンタが自分から選んでくれたものだし、これにしようかしら」
「やっとご飯が食べられる……!」
結局この日、昼食後も連れ回され、帰宅したのは寮の門限ギリギリだった。
とある魔剣士協会の知り合いは、ただのエリートさんです。気になる方は、原作3巻をどうぞ。本作では、一緒にお酒を飲んだ中になっています。