陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

75 / 96
ユキメさんの話し方が難しかったです。タイトルはノリで書きました。


覚悟はいいか? オレはできてる

 アイリス・ミドガルは指でこめかみを揉みながら、大きくため息を吐いた。只今、机越しに立つグレンはいつもなら、そんな態度を咎めるところなのだが、今日はその様子もない。

 何も言わずに、淹れたてのコーヒーを置いてくれた。砂糖、ミルク入りなのは言うまでもないだろう。妹であるアレクシアが教えてくれてから、気に入って飲んでいるのだ。

 

「かなりお疲れのようですね。最近はどうにも悩みのタネが多いですから」

「そうですね」

 

 先程までアイリスは、大貴族であるブラッド・ダクアイカン侯爵の裁判に王族の一人として出席していた。初日は滞りなく終わり、また後日続きが行われるが……。

 

「何故、ダクアイカン侯爵の腹心であったゲーテ・モーノ伯爵は急に裏切ったのでしょうか」

 

 それが大きな謎だった。今までは忠実に働いていた彼が、ともすれば自身の悪事も晒され破滅しかねないのに、裏切った理由。考えられる可能性はいくつかある。

 例えば、より強力な派閥から、より好条件で誘われた可能性。だが、そんな派閥は存在しない。

 では、派閥を組織に置き換えてみたらどうか。こちらの方があり得るだろう。

 しかし、やはりこの仮説にも問題はあり、そもそも夜剣の裏には下手すれば王国以上の何かがいたのだ。その正体までは不明だが、その強大さ──親である国王も知っているようだが、話してくれない──と聖教に関わりがあることだけは妹の調査によって判明している。

 繋がりそうで繋がらない不気味な不鮮明。それが酷くもどかしい。

 思考が白熱したアイリスは、糖分を欲してコーヒーに手を伸ばす。妹が見れば呆れ返るだろう行為だが、アイリスには関係ない。

 コーヒーは、甘い物なのだ。

 

「……今日は少し味が違いますね」

 

 一口飲んだアイリスは、いつもとやや違う味に首を傾げた。いつもは風味など気にしていないのだが、普段から良いものを口にしているアイリスは舌が肥えている。その舌が、今飲んだコーヒーの雑味を感じ取ったのだ。

 グレンは申し訳無さそうに眉を顰めた。

 

「すみません。そのコーヒーはいつものミツゴシ製品ではなく、ガーター商会から仕入れたものでして……」

 

 ガーター商会は『大商会連合』の盟主商会であり、王宮御用達でもある商会だ。

 

「今、『ミツゴシ商会』から商品を仕入れますと、あらぬ噂が立ちかねませんので、多少品質は落ちますがガーター商会から仕入れを行っているのです」

「そういうことでしたか。それならば、仕方ありませんね」

 

 人の噂とは恐ろしい。いや、今市井で流れているのは噂というよりも、陰謀論に近いだろうか。噂を肯定すれば勿論、否定しても「言えないことがあるのだろう」や「何か隠しているに違いない」と言われて、勝手に民衆に広まっていく。

 膨れ上がった数はそれだけで暴力となり、物的根拠がないままに多数決的に真実が決定される。事実も、根拠も大衆には必要ない。多くの人が信じる真実さえあれば。

 もうこうなっては誰にも止められないだろう。

 あれだけ盤石を誇っていた『ミツゴシ商会』でさえも、陰謀論には打ち勝てなかった。それが、今の状況だ。

 

「人の噂とは恐ろしいものですね。うん? これは……」

 

 そろそろ本来の仕事をしようかと思って机の上に目を向けたアイリスは、昨日までなかった封筒を一つ見つけた。

 それを手に取り、裏返して見ると狐の紋章が刻まれた封がしてあった。

 

「この紋章は?」

「それは、『雪狐商会』のものですね。今は無法都市を仕切っているユキメが会長の商会です」

「無法都市? 何故そんなところから……」

 

 とりあえず、中を見ないことには始まらない。

 アイリスは封を開けた。

 

□□□

 

 時は少し巻き戻り、舞台は無法都市の白き塔、その最上階だ。

 未だ夜の明けない闇の中で、ユキメは一人ソファに座っていた。そして、徐ろに窓の方を見やる。

 

「来んしたか」

 

 音もなく部屋に忍び込んできた小さな人影に、彼女は声をかけた。人影は、窓際から動くことなくその眠たげな瞳をユキメに向けた。

 

「むっ、シータの潜伏がまさか見破られるとは」

 

 そして、そんな呟きを漏らす。その声音に嘘はなく、本当に驚いているようだ。

 ユキメは、センスを口元に当て、微笑む。

 

「シータはんが塔を頑張って登っている時から気付いていんしたよ」

「そん、な……」

 

 シータがあまりのショックに、膝をつく。

 思えば、初めて会ったときもこんな調子だった。あのとき、彼女が窓から入ってくるのに気付いたユキメは、武器であるセンスを構えて待っていたのだ。そして、ようやく塔を登り終えて部屋に入ったシータは、その様子を見てこう漏らしたのだ。『気付かれていた……?』と。

 ユキメは少し前のことを思い出し、ふっと口元を緩める。しかし、すぐに表情を引き締めると、

 

「そんなところで座っとうないで、ソファにかけなんし」

「ん……」

 

 シータは失意のままに、立ち上がり、よろよろと歩いてソファに腰掛けた。

 

「ジュースはお飲みになりんすか?」

「うん。リンゴジュースを所望する」

「分かりんした」

 

 ユキメが手を叩くと、側近であるナツが水瓶とカップを持って現れた。予め、リンゴジュースを用意していたのだ。

 ナツはカップにジュースを注ぐと、一礼をして部屋から去る。

 シータは、リンゴジュースを飲んで機嫌が直ったのか、いつものように無表情に戻っていた。まるで幼い子供だ。

 

「それでお話とは?」

 

 だが、彼女は貴重な協力者だ。話を進めるべく、ユキメは本題に入る。

 シータは、凡そ半分くらいまで飲むと、

 

「なんだっけ」

 

 首を傾げていた。何しに来たんだ。

 一瞬何とも言えない空気が流れるが、シータはそんなもの関係ないとばかりにジュースに口つけていた。やがて、水瓶も含めて全部飲み干した頃、何かを思い出したように顔を上げた。

 

「思い出した」

「今日は思ったより早かったどす……」

 

 ユキメはちゃんと話があることに安堵する。無ければただ時間とリンゴを無駄にしただけになってしまう。

 シータは懐から紐で纏められた紙の束を出す。

 

「これ」

「……? これはなんどすか」

「ゼータが夜剣の屋敷からパクってきた資料。『大商会連合』と夜剣の癒着について書いてある」

「『大商会連合』の……」

「あと、今ゼータがガーター商会に潜入してるから、陰謀の証拠も手に入る……はず。ゼータだから多分しくじらないと思う」

「そうでありんすか」

 

 ユキメは、努めて無表情にそう返事した。

 『大商会連合』の単語を聞いて、ユキメの心がざわついたのだ。それは今まで決して誰にも漏らして来なかったことだ。そして、これからも胸の内に秘めておこうと思っていたことだ。

 

「シータは全部知っている」

 

 だが、そんな彼女の心を嘲笑うかのように、シータはその黒い瞳を真っ直ぐ向けてくる。

 さっきまではちらりともユキメを見ず、水瓶を名残惜しそうに眺めていたのに、一番嫌なこのときだけは、瞬き一つせず目を離してくれそうにない。深く、不鮮明な闇を纏う瞳の奥には一体、何が渦巻いているのだろうか。

 ユキメは視線を逸らすことさえもできずに硬直する。

 

「ユキメも知ってると思うけど、『大商会連合』を操ってるのは月丹」

「そうでありんすね」

「月丹は、昔とある娘と婚約していた」

「……そうでありんすね」

 

 はっきりとは言っていないものの、シータは確信を持って話しているのだろう。そして、本当に全部知っているのなら、ユキメの思いも察しが付いているのかもしれない。

 

「ユキメは決断をしなければいけない。そして、決断したならばもう引けない──できないならば、もうその機会は訪れない」

「わっちは……」

 

 彼女は今、ユキメに選択を迫っている。そして、その選択をしたならば最後までやる覚悟を決めろと言っている。

 一瞬の躊躇い。寸刻の逡巡。永遠に感じる時間の思考は、しかして永遠に消え去ることとなる。

 ユキメは覚悟を決めた──月丹に復讐する覚悟だ。

 

「分かりんした」

 

 ユキメがそう言うと、シータの視線が再び水瓶に戻る。一体、どれだけリンゴジュースが飲みたいのだろうか。

 

「それで、わっちは何をすればいいんどす?」

「さっきの資料を、雪狐商会の名前でアイリス王女に送ってほしい」

「……そういうことですか」

 

 ユキメは、何故こんな遠回りのことをするのか、納得する。要は、第三者を装ってタレコミするのだ。

 第三者からの方が、当事者から伝えるより客観性が持たせられる。もし、『ミツゴシ商会』がこの情報を流したと知られれば、「不利になったから適当なことを言って貶めようとしているのだろう」と言われかねない。そうなれば、『ミツゴシ商会』は二度と反撃する機会を失うだろう。

 

「それが、あなたたち『シャドーガーデン』の決定ですか」

「『シャドーガーデン』……ん、そう」

 

 シータは一瞬の間を空けて、頷いた。伝令役のシータと会ってからそこそこ時間が経つが、未だに彼女のペースが分からない。

 だが、それは今重要なことではない。

 

「いいどす。それはわっちが責任を持ってアイリス王女に送りんす。ですから──」

「分かってる。月丹は任せた」

 

 言葉を遮り、シータは再び真っ直ぐユキメを見据えていた。何の曇もなく言い切るその様子に嘘はない。いや、そもそもここまで彼女は一度だって嘘を口にしていない。

 疑う必要はないだろう。

 

「じゃあ、シータは闇に潜る」

「分かりんした」

 

 立ち上がって窓際に近付くシータは、「そうだ」と言って足を止めた。ユキメは何人か『シャドーガーデン』の者と会ったが、一人として扉から入って来た者はいなかった。そういう決まりでもあるのだろうか。

 

「もう多分会わないけど、これだけは謝っとく」

 

 そうやって思考を巡らせていると、シータがそのようなことを言った。ユキメがその真意を聞き返す前に、シータの姿は消える。そして、声だけが響いてきた。

 

「シータは一つ嘘を付いた。このことにガーデンは関係ない」

「それはどういう……」

 

 そこまで口にして、しかし最後まで言うことはなかった。

 だってもう、答えてくれる相手はいないのだから。闇に問いかけても、孤独は答えてくれないのだ。




次回『大商会連合』をぶっ潰す予定です!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。