陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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幕間と言うには、少しやりすぎましたかね。本編みたいなものです。


幕間 先ゆく者より心を込めて

 卒業式は滞りなく終わったようだ。

 ホールから出てくる卒業生たちを、外で待機していた在校生たちが取り囲む。そこかしこで笑い声、泣き声混じり合い、彼らは別れを惜しむように立ち止まって話をしている。

 そんな感動ムード一色の空間で、僕は端っこのベンチで座りながら、彼らを見ていた。特に感傷はなく、頭の中を空っぽにして、道端の道祖神のようにただ眺めているのだ。

 

「待ち人はこ……うん?」

 

 昔引いた小吉のおみくじに書いてあった文言を口にしたとき、少し遠くに見知った顔があることに気が付いた。

 

「す、すす好きです! つ、つ、付き合ってください!」

 

 ジャガである。

 ジャガは深々と頭を下げて、右手を突き出している。相手は、ジャガがストーカーしていた卒業生だ。

 

「きゃーっ! こいつストーカーだわ!」

「うがっ!?」

 

 卒業生は心の底からの悲鳴を上げる。しかし流石は魔剣士学園の卒業生か。魔力マシマシの本気のストレートが、ジャガの顎を打ち抜いた。

 哀れジャガ。退学にならなかったら、また会おう。

 

「ふっ、これも宿命(さだめ)か……うん?」

 

 僕はまた、少し遠くに見知った顔があることに気が付いた。

 今度はヒョロだ。

 

「へい、そこのお姉さん。今から少しお茶でも──」

「キモい」

「……」

 

 ヒョロは在校生に話しかけていた。

 しかし、哀れヒョロ。短く簡潔な言葉でノックアウトだ。悲しい失笑が、ヒョロの周りを包んでいた。

 

「こんなところにいたのね」

「あぁ、姉さんか」

「姉さんかとは何よ」

 

 姉さんは僕の隣に座る。

 おかしいな。さっきまで色んな人に囲まれていたのに、僕がよそ見している間にどうやって抜け出してきたんだ。

 

「アンタ、卒業したらどうするのよ」

「急にどうしたの? 前にも話さなかったっけ」

 

 いつだったかは覚えていないが、話した記憶はある。あのとき、何故かミツゴシの高級店にいた気がする。

 質問に質問で返した僕に、姉さんは不満げに鼻を鳴らした。

 

「その様子だと、この半年何も考えていなかったようね」

「少しくらいは考えたよ」

「じゃあ、何になるの?」

「門番B」

「ビーってなによ」

「普通って感じの意味」

「エーと一緒じゃない。何も変わっていないみたいね」

「そうとも言えるかな」

 

 僕にとって、将来のことは大体どうでもいい。なるようになるだろうから。たった一つ、一番大事なことさえ違えないのなら、僕にとって大抵のことはどうでもいいのだ。

 そんな僕の心境を読み取ってか、姉さんは大きくため息を吐いた。

 

「私はこれから『紅の騎士団』に入団する

わ」

「うん、知ってる」

「あなたも、騎士団に入りなさい」

「えー、無理だよ」

 

 忙しそうだし。

 

「アンタならそう言うと思ったわ。でもね、先達として一言言わせてもらうなら──定まっていない未来は恐ろしいのよ」

「どういうこと?」

「この歳になって、ようやく気付いたんだけど、世界は酷く不鮮明で、酷く不安定なの。そんな世界で、確実とは言えないまでも、ある程度定まった未来を持てるのは、心の余裕に繋がるわ。

 だから、アンタも騎士団を目指しなさい。いつまでも、私が見ていられるわけではないのだから」

「……最大限、善処する」

「約束よ」

 

 まぁ、騎士団に入るだけなら別にいいか。騎士団ってエリートだけど、別に強くある必要はない。龍みたいな強敵が現れたら、真っ先にやられるのはモブ騎士団員なのだ。

 モブ騎士団Aというのもありかもしれない。

 姉さんは立ち上がって、裾を払う。

 

「さぁ、卒業祝いよ! 店は取ってあるから」

「えっ、もう行くの?」

「だって夕方は両親とご飯でしょ。二人で行くなら昼しかないじゃない」

「えぇ……」

「なによ。不満なの?」

「そんなわけない! 姉さんとご飯なんて久しぶりだなぁ!」

「喜んでいるようで良かったわ」

 

 とまぁ、そんなわけで卒業式は終わったのだった。

 

□□□

 

 地下水路に響く音が反響していた。これは、足音だ。足音は少しずつ、少しずつ近づいてくる。無機質な、無味乾燥な気配を漂わせて。

 シータは随分前から立っていた。内乱が集結してからどのくらい経ったか。地下では分からない。

 ガーデンの駐屯部隊が来るまで、シータは一人でここ──集めたディアボロスの体を保存する部屋を保持していた。一人は嫌いじゃない。ぼーっとしていられるから。

 駐屯部隊が来るにはまだ早い。そしてなにより、足音は一人分しかない。間違いなく、敵だろう。

 いつでも、動けるようにしつつ、唯一の出入り口を見つめる。光源の少ない地下水路で、影が大きく揺れていた。

 

「やぁ、久しぶりだね」

 

 不意に声が聞こえた。

 気づけば、彼は目の前にいたのだ。

 入口をずっと見ていたはずなのに。彼は突然、シータの前に現れた。

 そして、彼の姿には見覚えがあった。三年前となんら変わらない姿。彼は──ディディだ。

 

「まさかラウンズだったとはね」

「はは、驚いた?」

 

 ディディは記憶の通り、軽薄な笑みを浮べた。

 彼がラウンズと聞いた日から、シータには聞きたいことがあった。

 

「どうして、シータをガーデンに導いたの?」

 

 何故、敵対する勢力にシータを導いたのか。それが、シータにはいくら考えても分からなかった。

 

「なんでだろうね」

 

 しかし、その理由は一生分かりそうになかった。ディディは肩を竦めて、話す素振りはない。

 

「そ。積もる話もあるけど」

「残念ながら、状況が状況だからね。立場の違いってやつさ──ディアボロスはもらっていくよ」

「……」

 

 彼が、ラウンズがここに来る理由なんて一つしかない。

 シータは一つ息を吐き出すと、腰を落として戦闘態勢に入る。

 対してディディは無防備に、ただ立っているだけだ。まるでシータを脅威と認識していないようだ。

 先手必勝。それがシータの座右の銘だ。どんな相手でも最速、最短で突っ込んで、瞬き一つの間に勝負を決める。長く戦えない彼女にとって、これだけが勝つ方法だった。

 クラウチングの姿勢から初速から最速で飛び出して、名だたるナンバーズを葬った一撃を放つ。

 神速、光速の一撃。ほんの少しの間ならシャドウとも渡り合えるシータの一撃だ。大抵の敵は、一発で沈む。

 

「流石に速いね」

 

 しかし、ディディはそれを難なく躱す。続く二撃、三撃もかすることさえなかった。

 このままでは体力が保たない。けれどそもそも、シータの最高の一撃が効かない時点で勝ち目などなかった。

 それでも、ただ諦めることだけはあり得ない。それは最期まで抗って死んでいったガーデンメンバーへの冒涜だ。

 ナンバーズでなくなったとはいえ、まだシータは『シャドーガーデン』の一員なのだ。彼女たちへ、背信することはできない。

 残る全ての力を使って、シータは最後の突進をする。勢いはそのままに、右手に魔力を込める。狙うのはディディの顎ないしこめかみだ。

 

「随分強くなったね。でも、もう終わりにしよう」

 

 ゆっくりと流れるときの中で、その声だけははっきりと聞こえた。

 直後、理解が追いつく前に、視界がひっくり返る。

 シータは、地面に倒れた。

 何が起こった?

 足の感覚がない。

 起き上がろうとしても、力が入らない。

 体力の限界を迎えていたこともあり、気持ち悪い。寒い。

 ぜぇせぇという息遣いが聞こえる。これは自分のものか。

 感覚がない。ただ、寒い。

 シータは、今の自分の状態すらも分からないままに、己の死期を悟った。

 

「……」

 

 あぁ、そうか。終わるのか。

 そんな思いがシータの胸中を占める。残念、無念、後悔。それら負の感情ではなく、終わりに対する寂寥感。それが、シータの感じていたものだった。

 

「おやすみ。良い夢を」

 

 足音が遠ざかる。

 最初とは反対に、少しずつ、少しずつ遠ざかっていく。シータは一人取り残された。

 そうして一人になって思い出すのは、ここまでの日々だ。なんだかんだ言って楽しかった日々だ。

 そして想う。

 最後、少しの行き違いから喧嘩をしてしまったけれど、またあの楽しい日々が戻ってくることを。その中に自分はいないだろうということを。

 

「さい、ごに……」

 

 暗い。ここまで地下水路は暗かったのか。

 重い。ここまで腕は重かったのか。

 それでも、シータは最後に置き土産をしていくことにした。

 なに、塗料ならいくらでもある。シータの頬を浸すこの温かい液体。文字を書くには丁度良かろう。

 先逝く者より心を込めて、『シャドーガーデン』の、シャドウの栄光を切に願う。

 

 やがてシータは、眠りについた。それは永い永い眠りだった。

 

 ──『dd 動きは速くない。ごめ』。

 

 




予告通りやってしまいました。そして、遂にここまで来たかという思いです。言葉は悪いですが、シータがこうなることは最初から決まっていました。原作のキャラクターを殺すわけにもいきませんからね。本作では、シータが思った以上に目立っていたことが予想外でした。
次章が最終章となります。
5月は少しやらなければいけないことがあるので、次回は6月の頭に出せればなぁと思っております。
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