陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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最初の”□□□”までは、前回の幕間より少しだけ前の話となっています。


最終章 ディアボロス教団
戦う理由


「ポチ……じゃなくて、シド・カゲノーちょっといいかしら?」

 

 卒業式が行われる前日。授業がないことにかこつけて、屋上でかっこいいポーズの練習をしていると、アレクシアがやってきた。僕は事前にそれを察知していたので、練習を切り上げて、柵にもたれかかる。まだ日の高く昇っている時間帯だが、風通しがいいので少し肌寒かった。

 

「僕に何か用?」

 

 アレクシアは僕の前までやってくると、一枚の紙を取り出して突き付けてくる。

 

「あなた、騎士団のインターンに参加してみない?」

「嫌だ」

 

 僕は即答する。騎士団のような入団するだけで勝ち組になれるところには、僕はなるべく入りたくない。僕は、モブ道を極めたいのだ。

 僕は突き付けられた紙を払いのける。

 

「『紅の騎士団』のインターンよ。あなたも知っているでしょう?」

「知らない」

「なら、今覚えなさい」

 

 アレクシアが再度、紙を突き付けてくる。何なら、顔に押し付けてくる。いい加減鬱陶しくなった僕は、押し付けられていた紙を顔から剝がし、その内容を見てみる。

 一番上には大きな文字で、『初心者歓迎! 騎士団を“体験”せよ!』とポップな字体で書かれている。さらにその下を読み進めていくと、コンテンツが書かれていた。二泊三日で街道警備をするそうだ。最後に、小隊長からのフィードバックもあり、優秀ならその場でスカウトもあるらしい。

 そして、一番下に書いてある文字に目が留まる。

 報酬はなし、だそうだ。

 

「……一緒に行く友達が欲しいなら、ヒョロとかジャガに頼めばいいよ。多分、喜んでついて行くと思う。実力も僕とあまり変わらないし」

「別に、一人が寂しいからあなたを誘っているわけではないわ」

「じゃあ、なんで?」

「海より深い理由があるのよ」

「なるほど」

 

 アレクシアは、僕から視線を外して言った。どうやら、僕にその理由を聞かせるつもりはないようだ。

 

「僕は予定があっていけないなー」

「どうせ大した予定じゃないでしょ」

「どうしてそう言い切れるのさ」

「日々をだらだら生きているあなたに、そんな大事な予定があるとは思えないから」

「ごもっとも」

 

 実際、大した予定のない僕には、これ以上断る理由を見つけることはできなかった。もちろん、嫌なものは嫌だと断固として拒否することもできたが、そこまでする理由もない。

 それに、アレクシアが絡むと大抵何か、イベントが起きる。流石は王女様パワーだ。今回も、何か面白いイベントがあるかもしれない。

 

「まぁ、そこまで言うなら、行ってもいいよ。僕の奥義を見せてあげる」

「奥義? ……戯言は置いといて、じゃあ、この用紙に記入したら私に提出して頂戴」

「うん? 先生にじゃなくて?」

 

 僕が首を傾げると、アレクシアが紙の上の方を指さした。

 

「なるほど。締め切りは一昨日だったのか」

「えぇ。だから私が直接、姉様に提出しておくわ」

「なんでそこまでして、僕を誘うの?」

 

 僕がそう問うと、アレクシアはゆるゆると首を振った。やっぱり、話す気はないらしい。

 

「明日までよ」

「善処する」

「遅れたら、切り刻むから」

「出来得る限り可及的速やかに、明日渡せるよう善処するよう、検討を加速させておくよ」

「ちょっと何言ってるか分からないわ」

 

 彼女は、はぁと大きなため息を吐くと、踵を返して去っていった。

 一人になった僕は、再びかっこいいセリフとポーズの練習を始めたのだった。

 

□□□

 

 翌日の夜。昼間は姉さんに連れ回され、その後は両親と一緒に夕食をとって、ようやく寮の自室まで戻ってきていた。

 僕は部屋で、明らかにナツメ・カフカに影響を受けたのだろう新人作家の小説を読んでいた。概要はよくある無双ものだが、展開が冗長でどうにも面白くない。そう考えるとなるほど、ナツメ・カフカ——ベータも大枠自体はもろパクリだが、上手く話をまとめており、その手の才能があるのが分かる。次は『表の実力者になりたくて!』でも読もうか。

だがその前に、

 

「ベータか。久しぶりだな」

 

 僕は背後に佇んでいたベータに声をかける。しばらくぶりだ。気配で、彼女が膝をついたのが分かる。

 

「今日はどうした?」

 

 定時連絡はまだ三日くらい先だ。いや、二日だったか。とにかく、今日ではない。

 それなのに彼女が来たということは、何か問題でも起こったのだろうか。

 僕は少しの期待を胸にしまい込んで、バレないように聞いた。

 けれど、いつもならすぐ帰ってくる返事はなかった。妙な空気が部屋内を包んでいる。

 不審に思い、僕が後ろを振り向こうとしたときだった。震えるような声で、ベータは言った。

 

「——シータの死体が、今朝、見つかりました」

 

 世界から、音がなくなった。すべての物質がなくなって、世界の底へ意識が沈んでいくような錯覚を覚えた。

 気が付くと僕は、窓際に立っていた。窓からは、寂しく街灯に照らされた街が見える。もう、街は眠っていた。

 

「場所はどこだ?」

「……地下水路です」

「そうか」

 

 僕がそう言うと、ベータは一礼して去っていった。

 僕は、窓から外に出て、街を歩く。人通りの少ない夜の街。人気が少なくなる代わりに、悪いことを考える人間は多くなる。僕は、そんな街の中を歩いていた。

 

「よお兄ちゃん。こんな夜中に、出歩くもんじゃないぜ?」

 

 当たり前のように、強面の男に話しかけられた。筋肉ムキムキの男だ。その周囲には取り巻きのような男が二人おり、にやにやと嫌味な笑みを浮かべている。

 僕は、その男たちの脇をすり抜けようとする。けれど、その前方を塞ぐように、男たちが僕の前に立ちふさがる。

 

「どけ」

 

 最初、それが誰の言葉か分からなかった。分からないが、僕の体は勝手に動いていた。

 

「ぐっ……なん、だ、こい……」

 

 どさりと、マッチョな男が地面に伏した。「ひぇっ」という声が、残りの二人のどちらかから漏れ出る。

 その間に、僕は片方の心臓素手で貫いていた。

 

「な、なぁ、謝るからよ」

 

 最後の一人が、額に汗を滲ませながら後ずさる。

 僕は、ゆっくりと距離を詰めていく。

 

「か、金なら払う! だから、命だけは——」

 

 いつもの僕なら、喜んで金を受け取っていただろう。その上で、きっと殺していた。

 でも、今の僕は、とてもそれをする気にはなれなかった。血生臭さが、むわりと広がって鼻を突く。ごろごろと、彼の首が転がっていった。

 三人分の血が、舗装された道を赤く染め上げていく。

 

「あぁ、そうか」

 

 僕はその光景を見て、なんとなく今の自分の気持ちが分かった気がした。

 

「とりあえず、地下水路に行こうかな」

 

□□□

 

 王都の地下水路は、まるで迷宮のように広くて複雑だ。普通なら、地図がなく、まして目的地の正確な場所を聞いていない状況なら、迷うことは必至だろう。

 でも、今回ばかりは迷うことはない。

 僕は、強い気配のある方向に突き進む。コツコツと、無機的な音がまるで時計のように一定のリズムを刻んでいた。その横では、水の流れる連続的な音が鳴っている。僕はそれらを耳で拾いながら、黙々と歩いていた。

 やがて、僕は足を止めた。それ以上進む必要がなくなったからだ。

 部屋の中は、明かりによって照らされているのに、僕には何故かとても暗く見えた。

 

「来たのね」

 

 その部屋には、一人のエルフがいた。金色の長い髪に、漆黒のスライムスーツを着たエルフの少女だ。少女はしゃがんでいた状態から、ゆっくりと立ち上がり、少しだけ歪んだ笑みを浮かべた。悲しいのに無理やり作った、そんな笑みだ。

 

「いつからここにいるの?」

 

 ここには彼女しかいない。他には何もない。地面に濃く広がる血の跡を除いては、何もない。

 

「ここには、あの子たちが集めた大事なものがあったのよ」

「あの子?」

「そうよ。ゼータやシータたちが集めたあなたの望みを叶えるための、大事なものが」

「そっか」

 

 僕の望み、それは勿論『陰の実力者』になることだ。だが、僕はこの望みを誰にも話したことはない。話したことがないのなら、彼女たちも知らないだろう。

 僕が彼女たちに話したことがある望みと言えば、“永遠の命を得る”だ。

 シータは、その永遠の命を得る術を見つけていたのだろうか。僕のために?

 

「私たちには、あなたのためなら命を投げ出す覚悟もある。前にも言ったそれは今も同じよ。だから、こうなる覚悟だって当然していたの」

 

 彼女は、地面に描かれた血だまりを眺めていた。僕はその様子から、彼女の言葉に嘘はない、と思った。けれど、何故そこまでの覚悟をしているのか、それが分からない。

 同じことは、前に一度言われていた。いつだったか正確には覚えていないけど、その言葉には聞き覚えがあった。僕はその時、彼女は僕の作った設定に付き合ってくれているのだと思っていた。『シャドーガーデン』という設定に。

 僕は今でもそう思っている。彼女は『シャドーガーデン』という設定に合わせて、今も僕に付き合ってくれているのだと、そう思っている。

 でもじゃあ、なんでシータは死んだのだろう?

 正直、彼女はそこら辺の盗賊にやられるほど弱くない。大抵の相手は、その気になれば一発で、沈めることができるだろう。いや、盗賊だけではない。アイリスだって、ローズだって、ベアトリクスだって、彼女には勝てないだろう。

そんな彼女でも、死んでしまった。現場を見る限り誰かに殺されたのだろう。

間違いなく、無法都市の住民など表に出てこない人間の仕業だ。

彼女は、一体何と戦っていたのだ。

 

「でも、実際こうなると、やっぱり悲しいし、信じられないという気持ちだわ。あの子は——」

「シータは誰に殺されたの?」

 

 アルファの独白をぶった切って、僕は聞いた。普段はそんなことしないからだろう。アルファは一瞬、呆気にとられたような表情を見せる。しかし、すぐに首を振った。

 

「分からないわ。でも、教団の仕業なのは間違いないでしょうね」

「教団、か。……確か、『ディアブロ教団』だったっけ?」

「ふふっ、『ディアボロス教団』よ。あなたにしては珍しい冗談ね」

「『ディアボロス教団』、か」

 

 この名前は僕が付けたものではない。僕の作った架空の組織に、彼女たちが命名したものだ。彼女たちが命名して、ずっと戦っている——という設定の組織だ。けれどシータは、その『ディアボロス教団』に殺されたという。

 そこで僕はとある可能性について考える。

 ——僕が作った架空の組織に、たまたま合致する組織があったとしたら?

 冗談のような話だが、筋は通っているように思う。改めて思い返してみると、彼女たちの行動には不思議なところが多かった。どこからともなく怪しい遺跡や研究所を見つけ出してきたり、やけに凝った設定を嬉しそうに話してきたり、多数の配下を抱えていたり。僕はそれらが全部フィクションだと思っていた。たまたまいい感じの場所を見つけて、たまたまいい設定を思いついて、たまたま……ではないけど、エキストラの人たちを雇って。全部、フィクションだと、僕は思っていた。でも、彼女たちから見てそれらは現実だとしたら。

 僕は長いため息を吐いた。

なにより、シータの死について、アルファが嘘を吐くとは僕には思えなかった。

  

「アルファたちは、何のために戦っているの?」

 

 これが、最後の問いだ。ここで、世界平和のためとか、悪を滅ぼすため、のようなありがちな理由を言ってくるなら、僕はこれからも今まで通り『ディアボロス教団』は架空の組織として扱おうと思う。もし、それが本当に実在していたのだとしても、僕には関係ないことだ。

 でももし、彼女が違う、もっと具体性のある理由を言ったなら——

 

「ふっ、あなたにしては珍しく意味のない質問ね。あなたと最初に会ったあの日から、私の……いえ、私たちが教団と戦う理由は変わらないわ。私たちは、あなたが裏社会を牛耳るという目標を達成する手助けをするために、戦っているわ」

 

 僕は思い出した。そういえば、彼女が魔力暴走から回復したときに、その場のノリでそんなことを言った気がする。彼女は、馬鹿正直に、僕の言ったことを実現させようとしていたのだ。

 

「そうか」

「もう行くの?」

「あぁ」

「じゃあ、少し待って」

 

 僕は未だ気持ちの整理がつかないままに、踵を返した。少し、一人で考えたかった。

 だが、そんな僕をアルファが呼び止める。振り向くと、彼女はポケットから出した小さなメモ用紙に、何かを走り書きしていた。

 

「これ、シータが書き残したものよ」

 

 そう言って渡してきたのは、古代文字で書かれたメモだった。なんて書いてあるかは分からない。

 だが、それを悟られるわけにはいかない。『陰の実力者』には、分からないことなどないのだ。

 僕は顎に手を当て、「ふむ……そうか」と意味深に呟いた。

 

「何か分かったの?」

「あぁ……だが、今はまだ伝えるべき時ではない」

「そう。分かったわ。なら、その時になったら、教えて頂戴」

 

 僕は頷いて、今度こそこの場から離れた。

 




どうも、お久しぶりです。今回の話はだいぶ苦心した結果こうなりました。

本章が最終章となります。もう少し、お付き合いいただければ幸いです。
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