陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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運も実力の内

「浮かない顔だね」

 

 そこはとても暗い洞窟のような場所だった。人の気配はおろか、動物の気配さえない無機質な、あるいはすでに死んでしまった空間だ。

 机や椅子、何らかの器具たちが雑然と転がっており、もし何も知らない者がこの光景を見たのなら、何らかの実験施設だったのかもしれないと思ったことだろう。『だった』と過去形で言うのは、ここにあるそれらが朽ちる寸前、もう使い物にならないからだ。

 人知れず朽ち果てた施設、もしくは廃棄された施設。それがここを一言で言い表すのに最も合った言葉だろう。

 そんな空間に、もちろん明かりはない。全くの暗闇の中で、男は話しかけてきた声の方を向いた。

 

「あぁ、ロキか」

「君にしては珍しく、この距離に来るまで気付かなかったみたいだね」

 

 声の主——ロキは、手近な椅子を引いてそこに座った。今は暗闇でよく見えないが、もう少し明るければその糸目が僅かに興味の色を帯びているのが見えただろう。

 

「計画は順調なのかい?」

「あぁ、もちろんさ。君のおかげで滞りなく、進んでいるよ。予定では、あと三日もあれば準備が整う」

 

 ロキは嬉々として、そう言った。ラウンズの実力者たちがどんどんいなくなった結果、空いた権力を使えるのが嬉しいのだろう。

 

「それは僥倖だ」

 

 男は今の進捗について嬉しそうに話すロキの言葉を聞き流しながら、適当に相槌を打つ。

 

「けどまぁ、『十三の夜剣』を失ったのは痛いね。愚かなフェンリルのせいでただでさえ王国の権力基盤が揺らいでいるというのに、彼の部下までもが愚かだったとは。先に始末しておくべきだったよ」

「今日はやけに饒舌だね」

 

 男がそう言うと、ロキはやはり不思議そうに、男の顔を覗き込んだ。

 

「君、やっぱり今日は浮かない顔だ。何かあったのかい?」

「大した話じゃないさ。俺はこのままここにいればいいんだったな?」

 

 ロキはやや訝しみつつも、頷いた。それから足と手を組んで、じっと男の方へ目を向ける。暗闇の中でも、糸のように細い目が開かれているのが分かる。

 

「私の撒いた餌に、奴らは間違いなく食いついてくる。間違いなく、ね」

「それで、餌におびき寄せられてきた彼女たちを俺が殺せばいいわけだ」

「そういうこと。……何か不安要素でもあるのかい?」

 

 男はゆるゆると首を振った。男の脳裏をよぎったそれは、不安ではなかったからだ。むしろ、喜ばしいことである。

 だが、うんともすんとも言わない男の様子を見て、ロキは何を勘違いしたのか、男の目の前までやってくる。そして、その口元に柔らかな笑みをたたえた。

 

「大丈夫さ。君が負けることなんてない」

「あぁ、分かってるさ。別に、何か心配事があるってわけじゃあないんだよ」

「そうかい。まっ、あまり気を張りすぎないことだね」

 

 そう言うと、ロキの姿は掻き消えた。気配も姿も何もかもが、風に吹かれた煙のように、なくなってしまったのだ。

 男はただ天井を見つめて、長く息を吐いた。日の当たらない個々の温度は低く、わずかにその吐息が闇を白に染めた。

 

「さぁ、もうすぐ旅の終点だね」

 

 再び、男は大きく息を吐いた。長い靄が伸びていき、やがて音もなく消えていったのだった。

 

□□□

 

 王都を出てから数時間。もう日が暮れそうな時間帯になっていた。空は夕焼け一歩手前であり、少し薄暗い印象を受けるかもしれない。

 金ぴかさんの号令で、僕たちは今夕食の準備をしていた。

 

「って、なにこれ」

 

 僕は手のひらサイズの金属の塊を見て呟いた。

 いや、見たことはあるんだけども、それはこっちの世界じゃないのだ。

 

「缶詰ですよ。知らないんですか?」

「いや、知ってるけど……またミツゴシか」

「便利な世の中になりましたよね。『ミツゴシ商会』のおかげで街の外にいても美味しいものが、手軽に食べられますから」

 

 本当に彼女たちは文化クラッシャーである。この世界特有の文化はもう、ほとんどなくなってしまっているのではないだろうか。

 

「まぁいいや」

 

 軽い危機感を感じた僕だが、そう言った難しいことを考えるのは面倒なので、思考を放棄した。缶切りを使って、イワシと書かれた缶詰を開ける。ゼータが喜びそうな缶詰だ。

 僕が蓋を開けて、中に入ったそれを食べようとした時だった。

 

「魔獣が出たぞーっ!」

 

 カンカンと鐘の鳴る音とともに、そんな声が飛び込んできた。

 

「魔獣が出たってよ」

「とにかく、金のなった方へ急ぎましょう」

「そうだな!」

「おっと」

 

 危うくイワシを落とすところだった。空中に飛び出たイワシを、僕はうまく口でキャッチする。

 

「何してるんですか」

「おい、早くしないと置いてくぞ」

「ちょっと待って、もうすぐ食べ終わるから……よし、終わった」

 

 僕たちは剣を持って、他の参加者たちの流れのままに移動した。

 

□□□

 

「うわっ、なんだあれ」

 

 到着すると同時に、僕の隣でヒョロが呟いた。

 その視線の先には、巨大な蛇がいた。全長は優に二十メートルは越えているだろう。緑色のうろこに、大きな牙。神話の世界に出てきそうな大蛇だった。

 なにより、あの蛇からはかなりの魔力を感じる。一目見て、めちゃくちゃ強い。

 

「し、シド君逃げましょう!」

「えっ、逃げるの?」

「当たり前だろ! あんなのに勝てるわけないだろ!」

「えっ、でも折角の遭遇イベントだし……」

 

 このままモブとして何もしないのは、僕のモブ道に反する気がする。でも、具体的に何をするのかと言えば、うーん……

 

「お前らは近づくな!」

 

 そう考えているとレスラーのような大男が叫んだ。クイなんちゃらさんだ。かなりの腕前なのは、最初見たときから見当がついていたが、恐らく、彼だけでは勝てない。いや、仮に彼が二、三人いても勝てないだろう。

 今も一人で大蛇の攻撃をしのいでいるが、全く攻撃に移れていない。死なないように耐えるだけで精いっぱいのようだ。

 

「ここはオレたちに任せて、バトルパワー三〇〇〇未満の子たちは他の魔獣たちが来ないか警戒に当たってくれ!」

 

 後から遅れてやってきた金ぴかさんがそう言って、戦いに参加する。彼も、レスラーっぽい人と同等程度の実力があるが、さっきも言った通り劣勢である。このままではじり貧だ。

 僕はこの状況で自分にできることを考える。

 ——ここでモブならばどう動くだろうか。

 蛇の周りに目を向けてみれば、既に倒れている人影がある。大蛇にやられたのだろう。これでは、敵に一番初めにやられるモブにはなれない。出遅れたか。

 じゃあ、他には? 

 今も続く死闘を目にしながら、僕の明晰な頭脳は答えを導いた。

 

「こっちだ……」

 

 周囲にばれないように、微小な魔力の粒子を飛ばす。それを大蛇の近くまでもっていき、目障りになるようにちらちらと大蛇の前を動かす。

 

「ひっ」

 

 隣の名前も知らないモブ君が声にならない悲鳴を上げる。いい反応だ。大蛇がこちらを向いたのだ。

 僕もそれを見習って悲鳴を上げつつ、大蛇の視線上に移動する。すると、大蛇は近くにいた金ぴかさんとレスラーの人を吹き飛ばし、こちらに向かってくる。

 そうだ、いいぞ。そう、僕を襲え!

 作戦が上手くいったことによる心中の歓喜はおくびにも出さずに、僕は腰が抜けて動けない哀れなモブを演じる。

 ふふふ、全世界のモブたちよ、刮目せよ! これがモブ式奥義——

 

「ってあれ?」

 

 血糊の袋を開けようとした僕は違和感に気が付いて、手を止めた。何だと思いよく見てみると、何故だか僕のすぐ目の前まで来ていた大蛇の動きが完全に止まっているではないか。

 

「所詮はただの蛇ね」

 

 大蛇が崩れ落ちるとともに、そんな呟きが聞こえてくる。見てみれば、アレクシアが剣に付いた血を払うところだった。

 

「ん? 何持ってるの、ポチ」

「え? いや? 何も持ってないけど」

 

 僕は咄嗟に、血糊の入った袋を隠した。

 アレクシアも興味を失ったようで、「そう」と言って、僕から視線を外した。

 舞い降りる静寂。誰もが、今起きた出来事に呆気に取られていた。ずっと姉と比べられ、『凡人の剣』と言われてきた少女の剣。それが、騎士団員二人係でも手も足も出なかった魔獣をたったの一撃で葬ったのだ。

 

「綺麗……」

 

 誰かの呟いたその言葉が、まるでそれぞれ沈黙する者たちの心情を代弁しているようだった。

 

「おいジャガ! しっかりしろ!」

 

 不意にその静寂が破られた。切羽詰まったような、焦った声が周囲に響く。

 見てみれば、ここから少し離れたところで、横たわる人物とそれを支える人物がいるのに気が付いた。

 見覚えのあるその姿に、僕は近づいてみる。

 

「ヒョロ君、シド君……これから自分の分も長生きしてくださいね」

「おいジャガ! 待て! 死ぬなっ!」

 

 そこには頭から血を流したジャガが横たわっていた。それを支えるのがヒョロである。

 僕はあまりのショックに膝をつく。

 その隣では、僕と同じく地面に膝をつき、うなだれるようにして倒れる人影を支えるヒョロの姿があった。僕の位置からではその表情を見ることは叶わないが、一滴の雫が地面に落ちたのが見えた。

 

「くそっ……なんで僕じゃなかったんだっ!」

 

 僕は、己の無力さに打ちのめされていた。

 何が起こったのかは分からないが、こんなところで致命傷を負うなどおよそネームドキャラの所業じゃない。つまりは、モブの仕事だ。モブ友である彼が死にかけているというのに、僕と来たら、どうして王女に助けられて無傷なのだ。

 あまりの悔しさに、僕は地面の砂をきつく握りしめる。

 黒い影は長く伸び、とても濃く、赤い大地を染め上げていた。穏やかな風は涼しいが、同時に冷たい悲しさを僕の中に置いて行った。

 

「シド君、自分を責めないでください。これは、自分がやりたくてやったことなんですから」

 

 下を向き、顔を上げられない僕の手を温かくも、しかし本来よりも冷たい手が包み込む。だが、すぐにその手も力を失い、僕の下から去っていった。

 

「おい、ジャガ! 目を開けろ! ジャガ!」

「邪魔だからどいて」

 

 と、そこでジャガを抱き上げていたヒョロが蹴飛ばされる。ヒョロはそのままぐでんぐでんと転がって、近くに生えていた木に激突した。

 

「動いちゃだめよ」

 

 一同が困惑する中、その原因を作った女、アレクシアだけは何事もなかったかのように、その空いた空間に腰を下ろし、ジャガの額に手を当てた。そして、彼女は何やら魔力を込め始めた。

 

「ほう……」

 

 思わず、声が漏れてしまった。僕は彼女の操るそれに感心していたのだ。

 魔力自体が強く練られており、加えて精緻な魔力操作だ。優しいその魔力に包まれて、ジャガの頭の傷がみるみるうちに回復していく。アルファやイプシロンのそれには及ばないが、僕にはそれが決して感覚的なものだけでない、途方もない努力の末に得た力のように思えた。

 

「ほら、これでもう大丈夫でしょ」

「は、ははは、はい! だだだだ、大丈夫でふ!」

 

 無事に完治したジャガが美しいスタッカートを利かせながら言った。

 

「因みに何だけど、何があったの?」

「え? えっとその、あの、大蛇がた、倒れた衝撃で飛んできた石が、あ、頭にぶつかりましちゃっ!」

「……」

 

 何という強運の持ち主なのだろう! 僕ならその石で十回は死んでみせる。

 だが、運も実力の内という言葉がある。今回のモブ道の勝負は、完全に僕の負けだ。

 

「ふっ、まだまだ世界は広いな……」

「何言ってるの」

「いや、なんでもない」

 

 こんな感じで、僕のインターン一日目は終了したのだった。

 

 

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