森の中を進んで行くと、さっき遠くから見えた通り、洞窟のようなものがあった。そそりたつ岩壁に、自然のなしえる力か大きな穴が空いているのだ。辺りに動物の気配などはなく、洞窟の向こうからは微かに冷たい風が吹いてきていた。洞窟内は案の定というべきか真っ暗で、外からではその姿をほとんど観測することはできない。
アレクシアは、何やら不吉なものを感じて、鳥肌が立つのと同時に、背筋に何やら冷たいものが走ることに気が付いたのだった。
「寒そうだから、やっぱり帰ろう」
隣のポチ——もとい、シドもそれを感じたのかもしれない。真っ直ぐ洞窟の中を見て、急にそんなことを言い始めた。
「ここに来ようと言ったのはあなたでしょう……」
アレクシアはやや呆れ混じりに言った。それに、だ。
「やっぱりこの先に、誰かいるかもしれないわ」
アレクシアはしゃがみ込み、地面に付いた足跡を指差す。まだできて数日と経っていないような新しめの足跡だ。単に寝床として一夜利用しただけの可能性もあるが、それならば出ていった足跡がないのは不自然だろう。よもや、洞窟の中でその存在が消えたのではなければ、まだ中にいる蓋然性は高いと言えるだろう。
「行くわよ、ポチ」
「えっ、僕は怖いから外で待ってるよ」
「クレアさんに言いつけるわよ」
「うっ……」
シドは露骨に顔を顰めて見せた。そして、顎に手を当てかなり真剣に悩んだ後、
「分かった。姉さんによろしく言っておいて」
と言い、アレクシアに向かって、手を振った。
「どうしてそこまで頑なに行きたがらないのよ」
「洞窟が怖いから」
「はぁ」
アレクシアとしては、盛大にため息も出したくなるというもの。というのも、元はと言えば、シドがここに来たいと言ったのだ。洞窟が見えるのを確認した上で。
だのに、いざ目の前まで来て、こう意見をひっくり返されてはたまらない。
確かに、アレクシアもこの洞窟からはそこはかとない不気味さを感じるが……。
本当に彼がビビりで洞窟を恐れているだけなのか、それとも——
「まぁいいわ。どちらにせよ、良からぬことを考えている輩がいるのなら、何もしなわけにはいかないもの」
「かっこいいね。流石王女様だ」
「斬るわよ」
最後までこちらの神経を逆なでするような言動をするシドに頭痛を覚えつつ、アレクシアは光源の準備をして、洞窟の中へと入っていったのだった。
□□□
洞窟の中はひんやりしていて、春先の服装では少し寒いくらいであった。手に持った光源で、自分の足からやけに長い影が伸びていて、ゆらりゆらりと不規則に揺れていた。
しばらくは一本道であり、同じような岩肌が続いていた。特に人が入れるような横道も見当たらなかったので、もし人がいるのなら、もっと奥にいるのだろう。
「こんなところで何やっているのよ……」
思わず、アレクシアはまだ見ぬ何某に向けて、恨み言を漏らした。どうせ後ろ暗いことをやるにしても、もっと他にいい場所はなかったのだろうか。なにも、こんな人里離れた洞窟の中でやらなくても——いや、向こう目線で見れば、むしろこっちの方が条件は適しているのか。業腹なことだが。
どれくらい歩いたか、中々に狭くなってきた洞窟の最奥までたどり着いた。つまり、行き止まりだ。
「誰もいなかったわね」
壁に触れて感触を確かめてみるも、普通の岩である。押しても蹴ってもびくともせず、向こうに音が響くこともなかったので、隠し部屋がある可能性もないだろう。
「仕方がないわ。戻りましょう」
疑念はあるし、何か不完全燃焼の感じが残るが、現に何もないのであれば、これ以上こんなところにいる必要はないだろう。今一度、ぐるりと周囲を見回して何もないことを確認してから、アレクシアはその場から去った。
そして、洞窟から出たアレクシアは、近くに同じインターン生がいることが脳裏をよぎらなかったら、きっと大きな声で叫んでいたに違いない。
「あいつ……!」
ご丁寧に、洞窟から出てすぐ目の前にある木の幹にあるメモを取る。そこには次のように書かれていた。
『探さないでください シド・カゲノー』
□□□
アレクシアを見送った僕は、さてと懐から出した適当な紙に、たまたま持っていたペンで置手紙を書く。勿論、アレクシア宛だ。
なんで僕がこんな行動に出たか、彼女は随分訝しがっていた。それもそうだろう。順当に考えて、行きたいって言った張本人が、現地に着いてやっぱ行きたくないとか言ったら、誰だって怒るし、その真意を探りたくなるものだ。
怒りについては僕の持論、『時間を置けば何とかなる』で緩和できると思うけれど、これから失踪することも踏まえれば、僕の評価は地に落ちることになるだろう。それは全然モブらしくないけれど。
それでも仕方ない。今前方に見える洞窟のすぐ脇に、別な空間——誰かいる空間を見つけてしまったのだから。そして、僕はそこに誰がいるのかを知っている。魔力痕跡から見て、間違いなくシータを殺した奴だろう。
弔い合戦なんて僕らしくないけれど、孤高な『陰の実力者』には似合わないけれど、どうにも僕は無視して通り過ぎることができそうにない。故にアレクシアを遠ざけた。流石に、僕がシャドウだってことがバレるのは看過できないからね。
さて、アレクシアの入った洞窟はかなり広そうだ。もうずいぶん時間が経ったので、戻ってくる心配もないだろう。
僕はスライムスーツを着て、シャドウとなり、件の隠し部屋の入り口を探す。幸いにして、それは簡単に見つかった。
草木に隠されたマンホールのようなものを開け、中に侵入する。縦穴のようになっていたので、僕は飛び降りる形になる。中は真っ暗なので、魔力で視力を強化し、暗視もできるようにした。
そしてすぐに、僕はあることに気付く。
「誰か戦ってるのか?」
そう、最初は気づかなかった——いや、そもそもやっていなかったのだろう——戦闘の音が聞こえてきていたのだ。かなり戦闘は激しいようで、その魔力の余波がここまで伝わってきている。
彼に着地した僕は、魔力を極限まで消して、隠密行動をする。誰が戦っているのかは分からないけれど、邪魔しては悪いからね。
そろりそろりと、ばれないように歩く。だいぶ近いようだ。
僕は、曲がり角で姿を隠しつつ、奥の様子を伺う。そこには二人の人影が見えた。
一人は、金色の尻尾と耳を持ち、闇の中でも怪しく光るアイスパープルの瞳をした少女——ゼータだった。スライムスーツを着て、手には剣を持っている。
もう一人、暗いここでは断言はできないけれど、見覚えのある男がいた。確か彼はそう、ローズ先輩の結婚式で見た男だ。名前は憶えていないけれど。
そして何より、先ほど感じた魔力、それはまさしく、シータが殺されたところに残っていた魔力痕跡と同質のものだった。