戦いはややゼータが優勢で進んでいた。『天賦』と二つ名が付く彼女は本当に色々な武器が使え、スライムで様々な武器が作れる関係上、その戦術の幅は広い。多彩な攻撃で、相手に慣れさせる暇を与えず、このまま押し切ろうというのが、彼女の考えだと思う。
なるほど。剣も碌に使えず、体術一辺倒のシータが負けたならば、今度は圧倒的な手数と種類で戦おうというのは、ある意味合理的な選択と言えるかもしれない。
けれども、僕は何故だか彼女たちの戦いに不吉なものを感じていた。いや、違和感と言った方がいいかもしれない。
あの男は、確かにゼータに押されて、それなりに血も流している。しかし、のらりくらりと攻撃を躱して未だ致命傷は受けておらず、まだ随分余力があるように見える。
そして何より、もう一つ違和感があった。
ローズ先輩の結婚式で会った時、僕の記憶が正しければ、彼は不思議な技を使っていた。急に現れて、急に消えるという技を。これは、僕がいつもやっている高速で動くというなんちゃってワープではないのだと思う。僕の見立てでは、彼にはそこまでの魔力の出力は出せないだろうから。
彼は今、あのとき見せた不思議な技を使っている気配は全くなかった。何を狙っているのか。それが分からず、それこそが僕の感じた不吉の原因だった。
「さて、そろそろかな」
不意に、男の方がそんなことを言った。そして、僕がその真意を理解するよりも前に、僕の視界から彼の姿が消えた。ゼータの振るった剣が、空を切る。彼女は何が起こったのか理解できずに、目を丸くしている。
これは、結婚式で見せたあの技だ。
幸いにして、物陰から見ていた僕は、すぐに彼の居場所が分かった。彼は、見事にゼータの後ろに回り込んでいたのだ。さらに、剣を振り上げて、今まさに彼女を切ろうとしていた。
ゼータは、迫りくるその刃に遅まきながら気付き、回避行動を通るが——
□□□
時間は少し遡り、ゼータがちょうど怪しい洞窟の調査を終えて、出てきたところだ。洞窟内部には特に何もなく、空ぶったかと思ったところで、彼女は地面に不自然な痕跡があるのを見つけた。土を払ってみると、マンホールの蓋のようなものがあり、開けてみると、地下へと続く梯子があった。
内部は全くの暗闇ではあったが、そこはゼータ。闇夜も見通す目で、昼間のようにクリーンに中が見えていた。梯子を使わず飛び降りて、音もなく着地する。そのまま道なりに狭い通路を進んで行くと、一人の男が座っていたのだ。ほとんど光の入らない暗闇の中で、だ。ゼータが一瞬、既にこと切れた人間なのかと思うほどに、それは異様な光景であった。
が、その男はゆっくりと立ち上がり、傍に置いていた剣を抜く。それを見たゼータは、この男を敵だと認識し、スライムでチャクラムを作った。
「どうも子猫さん。確か、シロン先生の童謡に『犬のおまわりさん』なんていうのがあったね。君も迷子なのかな?」
男は口元に軽薄そうな笑みを浮かべて、肩を竦めて見せる。どこか緊張感のない態度だが、彼の瞳に宿る敵意は本物で、ゼータをして肝を冷やさせるほどの威圧感を放っていた。嫌な汗が頬を伝い、尻尾の毛が逆立つのを感じていた。
しかし、それを相手に悟らせまいと、ゼータも口元に安い笑みを張り付ける。
「そっちこそ、こんな薄暗いところで何をしているのかな?」
彼はゆるゆると首を振るだけで、何も答えなかった。つまりは、それが答えだということだろう。
最早、二人の間に言葉は必要ない。何と言おうと、二人が敵同士であることに変わりはないのだから。
「——っ!」
最初に動いたのは、ゼータだった。
彼女は生成したばかりのチャクラムを投げると、即座に空いた手で剣を生み出す。並行して、対アルファ、デルタ戦で見せたチャクラムを自由自在に操る術を使い、不規則な軌道で、一息にその息の根を止めようとしていた。
大して男の方は、僅かな動きでチャクラムを躱すと、圧縮した魔力の開放で一気にゼータとの距離を詰める。
その洗練された動きと、卓越した魔力操作は驚きに値するが、ゼータを驚かせたのは、それではなかった。
「その魔力……!」
ゼータも、あのシータが殺されたところに行っている。つまりは、そこに残された魔力痕跡も自分の目で見ているということだ。
記憶の中のそれと、今目の前で開放された魔力が、どう見ても同じものであった。
それが意味するところは、
「お前が、シータの仇か!」
男の刃を剣で受け流しつつ、ゼータは叫んだ。
最初からずっと、ゼータの馬鹿に付き合ってくれた仲間。その馬鹿がなければ死ななかっただろう仲間。ゼータは、自分のした行いのほとんどに後悔はないが、唯一あるとすれば、それは彼女の死んだ夜に、自分がディアボロスの体の見張りをしていなかったことだ。
思わぬところで、彼女の仇と出会えた。これはゼータが付けなきゃいけないケジメだ。不当に死なせてしまった彼女への償いと、安らかに眠る彼女への鎮魂の意味も込めて、ゼータは今、目の前の敵を殺さなければいけないと確信していた。
剣を受け流したことにより崩れた体勢を立て直しつつ、ゼータは距離を取る。すかさず男は追撃をしてくるが、最初に投げたチャクラムを操作して、男の背後からけしかけた。当然、男はそのまま放置することはできないので、振り返り足を止めて、それを弾いた。
その隙に、ゼータは剣を槍に変形させる。
アルファからの話によれば、あの場に残っていた魔力は、オリアナ王国王女の結婚式に出てきたラウンズの、ディディと名乗る男の魔力と同等だったという。その男は、アルファでも分からない突然消える不思議な術を使っているという情報があった。
故に、距離を空けてまずは観察を優先し、そのからくりを見破っていこうというのが、ゼータの作戦だった。
槍のリーチを生かして、ディディの間合いの外から、一方的に攻撃を加える。集中力は散漫になるが、自由自在に動くチャクラムも使ってかなり一方的な戦いになっていた。
けれども、一向に彼がその不思議な技を使う気配がない。何か発動条件があるのか、あるいは、そもそも別人なのか。
そんな可能性が脳裏をかすめる。
戦況として、今は小さなかすり傷を与えてはいるが、戦局を決定づけるほどの傷は与えられていない。向こうが何かを隠している可能性がある以上、長期戦はこちらの不利になる可能性もある。
そう考えたゼータは、槍で大きくディディの剣を弾くと、即座に剣を作り出し、ディディの懐に入り込む。彼はまだ体勢が崩れたままで、弾いてそっぽに向いた剣を戻せそうにない。
ゼータはこれはいける! と思い、そのまま魔力を込めて剣を振り切るが——
「さて、そろそろかな」
——その剣が何かを切り裂くことはなかった。
目の前にいたはずのディディの姿が突如として消える。音もなく、気配もなく、本当に唐突に。
そして同時に、背後から胸を突き刺すような冷たい殺意を感じた。全身の毛が逆立つような、邪悪な殺意だ。
咄嗟にゼータは振り返るけれど、既に刃は避けきれないところまで迫っていた。霧化することも考えたが、剣に宿っている膨大な魔力は、間違いなく霧となったゼータをずたずたに切り裂くことだろう。
かといって、このまま黙って迫りくる死を受け入れることなどできるはずがない。ゼータは、できる限り体をよじりつつ、剣で少しでもその勢いを削ごうと試みる。
「なっ……」
金属と金属のぶつかり合う硬質な音が部屋内に響いた。
ゼータのスライムソードにディディの剣が触れる前に、横合いから黒い影が飛び出して、その凶刃を受け止めたのだ。
一体誰が。
瞳に困惑の色を浮かべながら、横合いから現れたその人物を見る。
「シャドウ……」
「やっぱり来ていたか」
ディディはそう言うと、大きく後ろに飛び退いた。
ゼータも飛んでいたチャクラムを手の中に収めて、完全に場に静寂が訪れる。
「随分いいタイミングで出てきたけど、ずっと見ていたのかな?」
「たまたま通りがかっただけだ」
「たまたま、ね」
ディディが何がおかしいのか、くつくつと笑う。その声が、寂しく部屋の中を木霊していた。
そして、彼は一人笑うのに満足すると、「あぁ」と息を吐いて、シャドウを見る。まるでお前には用はないとばかりに、ゼータの方には目もくれなかった。
「いつかこうなるとは思ってたけれど、君に僕は倒せないよ。シャドウ」
「ふっ、それはどうかな。それに——」
一段と纏う雰囲気を剣呑にして、シャドウは言った。
「——俺には、お前を殺す理由がある」
「はっ! それなら、是非ともやってもらおうじゃないか!」
言うが早いか、今度はディディが最初に動いた。先ほど見せた不可思議な技は使わずに、そのままシャドウに向かって剣を突き立てる。
しかし、所詮はゼータでも対応できるレベルの動きだ。彼女の主であるシャドウなら、躱すのも受けるのも容易だろう。
案の定、彼は最小限の動きで、肌の上を滑らせるようにその刃を躱すと、続けざまに剣を振るった。美しき弧を描いた曲線は、確かにディディの胴体を切り裂いたように見えた。
が、そうゼータが認識した時には既に、ディディはシャドウの後ろに回り込んでいた。
「シャドウ!」
剣を振ってそのままの体勢である彼の背中は、今は無防備だ。ゼータも即座に手元のチャクラムを投げるが、ディディの刃が届く方が先だろう。
シータに続いて、シャドウも……っ!
ゼータがそうやって、己の無力さを嘆いて、唇を噛んだのも束の間、
「ふっ、それしかできないのか?」
「ぐほっ」
シャドウが後ろ蹴りで、背後のディディを打ち抜いた。彼はものすごい勢いで吹き飛んでいき、壁に衝突して砂埃が舞い上がる。ゼータは、一瞬停止した思考を巡らせて喜びの感情を抑制し、何が起きたのかを理解すると、チャクラムの軌道を変えて、壁に衝突したディディを狙った。
シャドウも、追撃を入れようとゼータが目に追えないような速度で、一息に壁まで突っ込んでいった。
しかし、シャドウが魔力で吹き飛ばした砂埃の中には、誰もいない。ゼータのチャクラムは、単なる壁に突き刺さったのだった。
「なっ、いつ、どこに!?」
周囲をきょろきょろと見回せど、そこには誰の姿も見つけられない。あるのは、神出鬼没の敵を見失ったことへの焦りだけだった。
「ゼータ! 上だ!」
「上!?」
言われて、ゼータが見上げると、先ほど同様すぐ目の前まで刃が迫ってきていた。
だが、先ほどと違うのは、ゼータの今の体勢が崩れていないということだ。
間一髪でそれを躱すと、手に持った剣で切り上げる。その切っ先が彼の鼻を掠めて、赤い鮮血が飛び散った。
「流石に、このレベルを二対一は厳しいなぁ」
ディディは言いつつ、肩に剣を乗せる。まだまだ余裕がありそうだった。
「その小細工をいつまで続ける気だ?」
「無論、勝つまでさ。どうやら、一度見ているはずなのに、決定的な対応策は持っていないようだからね」
彼は剣を乗せたまま、やれやれと肩を竦めて見せる。そして、まるでこちらを馬鹿にするように、軽い調子で言う。
「僕はね、この戦いの間だけでも、君たちを殺す機会はいくらでもあった」
「何を言って——」
今まで、大してこちらにダメージを与えられず、自身はダメージを蓄積しているのに、何を言っているのだと言おうとしたゼータは、突如、衝撃共に吹き飛ばされた。
先ほどのディディのように、壁に叩き付けられて、肺の中の空気が一気に押し出される。ゴホゴホと出る咳は、舞い上がった砂埃によるものか、はたまた肺の悲鳴か。
体の芯に響くような痛みと、無理に肺の空気を吐きだしたことによる苦痛。その中で、ゼータは今自分の身に起きたことが理解できずにいた。
それでも、この現象を起こしたのが、ディディであるということだけは理解できた。元々ゼータのいた位置に立つディディを、ゼータは口元を流れる血を拭きつつ、睨みつける。
「たとえばそう、こんな風に、ね」
彼はそう言って、また軽薄な笑みを浮かべたのだった。