陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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王女として

 時は再び遡り、アレクシアが洞窟から出てきたところだ。

 唐突にメモを残して姿を消したシドに腹を立てつつも、頭の片隅では未だ冷静に状況を整理していた。

 

 アレクシアは、元々シドに違和感を覚えていた。初めは、些細な違和感だった。

 全く技術はないのに、基礎だけは完璧な彼の剣。ここじゃない別の場所を見ているかのような瞳。妙な勘の良さ。

 どれも決定的とは言えず、そもそもアレクシアでは、これだけの情報で真実を推測することさえできなかった。

 そんな言葉にできないモヤモヤとした感情を抱えながら日々を過ごしていたある日、オリアナ王国から手紙が届いた。そう、ローズの結婚式の招待状だ。

 それを見たとき、不謹慎ではあるが、これは使えるとアレクシアは思った。何より、その招待状に同封されていた手紙には、遠回しにではあるが、シド・カゲノーを連れてきてほしいというようなことが書かれていた。これを伝えれば、恐らく姉のアイリスもシドを連れていくのに納得するだろう。後は、ブシン祭で優勝したクレアを連れていけば、周囲への体裁もそれなりに保てる上に、あの兄弟の力関係は完全に姉の方に偏っているようなので、簡単にシドを連れだせるはずだ。

 そうして、『紅の騎士団』のマルコを入れ、四人でオリアナへ行くことになった。道中いくつか鎌をかけてみたが、結局何も情報は得られずに、結婚式当日を迎える。

 当日はなんやかんやで乱戦になったが、その中にあっても、アレクシアはシドから目を離さないように気にかけていたが、途中で気づいたらいなくなっていた。と思ったら、黒装束の一団が現れて、次々に魔獣を殲滅していく。何が起こったのか分からず、戸惑いつつもローズのいる壇上を見上げてみれば、ちょうどシャドウが名乗りを上げるところであった。

 それから、紆余曲折を経て何とか事件は終息し、どこへやら行っていたシドも戻ってきた。見たところ大した傷もなく、この乱戦を切り抜けられたようだった——学園では、底辺もいいところの成績なのに。

 帰ってからアレクシアは、シャドウの出た場所と時間を調べ、クレアや彼の友達から、シャドウの出たときに彼がどこにいたのかを聴取した。すると、無法都市での件や女神の試練での件、前述のローズの結婚式に加えて、学術都市での件でも彼はその場にいたことが分かる。

 これは偶然というには、あまりにも重なりすぎていると言える。

 ますます疑念を深め、しかし決定的な証拠は得られないままに、日々が過ぎていき、アレクシアは焦っていた。最近は、どうにも色々起きすぎている。古い体制が次々に崩壊し、新しい秩序が生み出されている。まるで、これから新しい時代がやってくるのだと言わんばかりに、世界が変わりつつあった。

 このまま手をこまねいていれば、きっといつか手遅れになってしまう。それだけは、アレクシアには許せなかった。

 故にこそ、アレクシアはこのインターンでシドを観察して、それでだめだったなら、直接シドに聞こうと考えていた。「あなたが、シャドウなの?」と。

 そして迎えた最終日。とうとう何も尻尾を掴めなかったアレクシアがこの質問をしようとしたところでシドを洞窟を見つけ、更に、消えた。

 逃げられた! と思ったが、同時に頭の冷静な部分はアレクシアに囁いていた。

——あれだけ巧妙に隠れ続けていた男が、アレクシアが疑っていると知っただけで逃げるだろうか。彼が動くのは、何か起こるときだけだ。つまるところ、今この近くで、何かが起こっているのではないだろうか。

そう思考が巡れば、あとはそう難しくない。周囲の魔力反応を探ればいいだけだ。未だ燻る腹立たしさを抑え込み、落ち着かせた精神で以て、感覚を研ぎ澄ます。そうして見えてくるのは、複数の魔力がぶつかり合う余波だ。かなり離れているのか、微小すぎて詳細は分からない。だが、その方向は分かる。

 

「これは……地下?」

 

 今いるアレクシアの位置と比べて、水平方向のズレはあまり感じられない。すなわち、今いるこの場所の下で戦闘が行われているのだ。

 どこかに入り口のようなものがないかと探してみれば、開けられっぱなしのマンホールのようなものを見つけた。縦穴であり、梯子が付いている。

 

「この下かしら?」

 

 音を立てないようにしつつ、梯子を使って下へ降りる。かなり梯子の空間は長いようで、口にくわえたランプの光は、底までは届いていない。それでも、一歩下りるごとに戦闘の余波が強く感じられるようになる。

 やがて、底に着き、ランプで辺りを照らす。先ほどまでは激しい魔力のぶつかり合いをしていたのだが、今はもうその気配がない。決着がついたのだろうか。

 曲がり角から顔を覗かせて、その先を見る。

 そこには、シャドウがいた。その足元には、ローズの結婚式で乱入してきた男——名前は確かディディと言ったか——が血まみれになって倒れていた。

 その光景を見て、アレクシアは察する。

 

「こんなところにいたのね。シャドウ——いえ、シド・カゲノー」

 

 状況証拠は、完全にそれを指示していた。だからこそ、彼女の口から漏れたのは、確信に近いカマかけだった。もう逃がす気はないぞ、とアレクシアはシャドウの顔を見据える。

 

「お前は……何故こんなところにいる?」

 

 しかし、答えたのはシャドウではなかった。彼の傍らに立つ金色の獣人が、かすかな驚きと、警戒心を滲ませながら、そう言った。

 彼女も、相当な実力者だ。それは一目見て分かった。

 だが、いま彼女に用はない。アレクシアが話したいのは、シャドウなのだ。

 なので、アレクシアはその質問には取り合わずに、シャドウに視線を戻した。

 

「答えないのね。それじゃあ、あなたたちの目的はなに? 何のために、あなたたちは戦うの?」

「……」

 

 シャドウは何も答えなかった。ただ真っ直ぐと、闇のように黒いその瞳をアレクシアに向けるばかりだった。

 

「……そう、これも答えないのね。だとしたら、仕方がないわ」

 

 アレクシアはそう言って、剣を抜く。

 彼の剣は幾度も見たことがある。その経験から言うのであれば、全く勝てるビジョンが思い浮かばない。それでも、アレクシアには責任というものがある。王女である彼女は、国を、ミドガル王国を守らなければならないのだ。

 だからもし、シャドウが王国に災いをもたらすならば、勝てない戦いだと分かっていてもアレクシアは剣を抜く。

 

「シャドウここは私が……」

「いや、いい」

 

 そのアレクシアの決意を見たのか、金色の獣人を制してシャドウもまた剣を抜いた。

 

「『凡人の剣』、だったか」

「えぇ、『凡人の剣』よ」

 

 昔からずっと言われ続けていて、嫌だった言葉。強い姉と比べられて、平凡な自分をコンプレックスに感じていた。

 けれど、今は『凡人の剣』という言葉が嫌いじゃなかった。

 それはきっと、ゼノンに誘拐されたあの夜に、今目の前にいる彼に会ったからだろう。

 美しいあの剣筋は、果てしない努力の上に、無駄を削ぎ落してできたものだと直感できた。そして、そんなはずはないのに、彼が『凡人の剣』で悩むアレクシアに、それの行きつく先を示してくれているように思えた。

 あの日以来、アレクシアはその頂を目指して、必死に剣を振ってきた。剣を振り、力をつけるごとに、記憶にある見えなかった彼との差が見えてくる。見えれば見えるほど、差が開いていくように感じていた。

 

「ふぅー……」

 

 バクバクとなる心臓がうるさい。乱れそうになる呼吸を、心を落ち着かせることで整える。

 アレクシアは剣を構えるが、シャドウにその素振りは全くない。棒立ちするその様は、あたかも「先手はくれてやる。隙に打ち込んで来い」とでも言うようであった。

 じりじりと距離を詰めつつ、隙を伺う。あと数歩踏み込めば剣の届く位置に来ても、シャドウはまだ動かない。半歩進むごとに吹き付けてくる重圧が指数関数的に跳ね上がる。巨大な壁を押しながら進む錯覚に囚われながらも、さらに距離を縮めて、あと一歩と少しのところまでやってきた。

 ここまで来ても、彼は何ら動く気配がない。ただ突っ立っているだけだ。

 なのに、アレクシアの全身から汗が吹き出していた。額を伝って目にはいる汗が染みて痛い。けれども、それを拭うわけにはいかない。なぜならここは、この間合いは、一瞬でも気を抜けば命を落とす死地だからだ。

 全神経を研ぎ澄まし、覚悟を決める。

 

「シッ!」

 

 小さく、最短最速の一歩で以て、距離を踏み潰す。

そのステップと連動するように、練り上げた魔力を乗せた剣を振り下ろす。

通常であれば、とても回避できないようなタイミング。アレクシアの姉アイリスでさえ、この攻撃を完璧に受け流すことはできなかった。

だが、相手はそのアイリスよりも遥かに格上だ。剣で受け流すどころか、体を軽く動かすだけで、アレクシアの剣の軌道から逸れる。まるで彼の体の表面を滑るかのように、アレクシアの刃が空を切る。

外した! と思ったのも束の間、視界の端で何かが動くのを捉えた。

いや、何が来るかなど決まっている。

アレクシアは振り下ろした体勢から無理やりに体をねじり、横合いに逸れる。直後、体の元あった場所を漆黒の剣閃が走った。完全には避けきれずに、頬から耳にかけて、鋭い痛みが通り過ぎる。

 

「ッ!」

 

 しかし、極限の集中状態にあるアレクシアには、その程度の傷は誤差のようなものだ。

 気にせず、崩れた体勢からも剣を薙ぐ。牽制の意味合いが強いその一撃も、彼は難なく躱し、追撃を入れようと半歩踏み込んできた。

 回避をしつつ、距離を詰めるその技術、しかも次に攻撃をできるようにしているなど、一生アレクシアにはできないような芸当だ。だが、できないとは言っても、彼がそれをしてくるだろうことは読んでいた。

 彼が半歩進むうちに、体勢を立て直し、薙いで払ってしまった剣を手繰り寄せる。

 その時には既に、凶刃がアレクシアの目の前まで来ていたが、ありたっけの魔力を込めて、その攻撃を防ぐ。

 大いなる衝撃がアレクシアの全身を巡り、骨の軋むような感覚がする。手は感触がなくなるほどに麻痺をして、勢い余って地面に着いた膝は、皮がむけて肉が見えていた。

 

「想像以上に重いわね……!」

 

 鍔迫り合いのような形から、シャドウの剣を気合ではねのけ、再び最初の構えに戻る。シャドウは未だ目の前にいて、その気になれば何らかのアクションを取れただろうに、今しがた体勢を整えたように、剣を構えた。

 

「ここからが本番だ」

 

 そう言った彼を中心に、竜巻のように激しい風が渦巻いた。

 そして、この風全てが魔力で起こされていることに気付いたアレクシアは、剣をきつく握りなおしたのだった。

 




本当は一話に収めるつもりだったVSアレクシア戦。このままいくと、文字数がすごいことになりそうだったので、ちょっとキリが悪い気がしますが、ここで区切ることにします。
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