陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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今夜は眠れなかったので、早めの投稿。
前話と合わせて、一万字弱の文量に……。どうしてこうなった。


あなたの答えは

 光の届かない暗い部屋に、竜巻のような風が渦巻いていた。既にランプは戦いの余波で破壊されており、吹き付けるそれは壁のようにアレクシアに立ちふさがる。青紫色の魔力が、微かな光を伴って、ある種幻想的にこの闇を照らしていた。

 

「ここからが本番だ」

 

 その言葉の通り、シャドウから放たれるプレッシャーが増す。もとより大きく見えていた彼の姿が、尚更大きくなったように感じられた。

 それでも、アレクシアには戦う理由がある。

 いや、ともすればその表現は正しくないのかもしれない。けれど、剣を交えねばならないことに変わりはない。

 あらゆる雑念を払い、アレクシアは剣を中段に構える。それは教科書で最初に載っている最も基本的な構えであり、教科書で言われるそれを完璧に体現したものだった。

 ぎゅっと強く握った剣の柄は熱く、元々激しく脈打っていた心臓の鼓動が、さらに激しくなったように感じられる。それでも不思議と思考はクリアであり、心の奥深くには状況を冷静に分析する自分がいた。

 “彼女”は淡々と、しかし冷酷な未来を告げてくる。「あなたでは、目の前の怪物に勝つことはできないわ」と。なのにまた同様に、「

 

「……」

 

 アレクシアは、先ほどと同じようにゆっくりと、じりじりと距離を詰める。その様子を見たシャドウも、青紫色の魔力を纏わせたまま、ゆっくりと距離を詰めてくる。竜巻のような風は、もう既に止んでいた。

そして、二人は同時に足を止める。そこは、お互いに一歩踏み込んで剣が届く距離であった。

剣先をシャドウの両目の真ん中に向けて、左足をやや後ろに若干半身な体勢だ。その状態で、シャドウの体全体を視界に収める。どこかに注視するのではなく、全体を見て、僅かな予備動作さえも見逃さないためだ。だが、シャドウはまたもや動く気配はなく、そちらから打ってこいとばかりに不動の姿勢だ。

何を考えている?

不意に思考を掠める疑念は、しかし、僅かな困惑となる前にアレクシアは打って出た。

なるべく最小限の動きで、一切の予備動作を隠し、一歩目から最速にほど近い速度で、剣先をシャドウへ向けて突き出す。

 案の定というべきか、シャドウはその刺突を足運びだけで難なく躱す。だが、それは始めから分かっていたことだ。躱されたことを悟った瞬間に、アレクシアは剣を引き戻し、刃の半ば、腹の辺りを掴む。ハーフソードだ。

そのままやはり予想通り迫ってきていたシャドウの剣を、真正面から受け止める。硬質な金属音が暗闇に響き渡った。

魔力のこもったそれは凄まじい威力で、衝撃波がそのまま骨身に染みる。だが、ここまでもまた予想通りの展開だ。

 

「——っ!」

 

 歯を食いしばり、全身に魔力を纏わせ身体能力を底上げする。そして、アレクシアから見て右側、つまり剣の柄側にシャドウの剣を押し出した。

シャドウは最小限の動きで完璧に避けたとはいえ、そこから攻撃するのに、体勢と重心の問題で片手で剣を振らざるを得なかった。対してアレクシアは、両手で剣を、しかも力の込めやすいハーフソードという状態で持っていた。

いくら基本的な出力、力の違いがあるとは言えど、これだけの条件がそろえば、一瞬力で押し勝つことだってできるのだ。体勢がほんの少し崩れたシャドウに、すかさずハーフソードからの突きを繰り出す。剣の柄側に押していたので、自然、剣先がシャドウの方を向いていたのだ。

ここまでが、アレクシアが事前に思い描いていた構図であり、理想形であった。

 なればこそ、次のシャドウの行動はアレクシアを驚かせた。

 シャドウは、アレクシアの剣の腹に手を当てて軽く押し、その軌道を変えたのだ。

 ハーフソードで勢いや体重がすべて乗った一撃ではないとはいえ、本気でシャドウを刺そうとした一撃だ。予想しない方向への力の移動で、当然のようにバランスを崩した。

 そして、その隙をシャドウが見逃すはずがなかった。

 

「うぐ——っ!」

 

最早剣よりも内側の間合い。アレクシアは知らないことだが、この間合いはシャドウが最も得意とする間合いだ。

無防備になったアレクシアのこめかみを肘で打ち抜き、よろけた彼女の腹に、さらに蹴りを入れる。

為す術もなくアレクシアは吹き飛び、床を転がった挙句に、壁にぶち当たる。脳震盪のせいで意識は朦朧とし、吐き気がこみあげてくる。頬を伝う生温かくぬるっとしたものが、彼女の服を赤く染めていた。

 

「もう終わりか?」

 

 声が響いた。それと同時に、近づいてくる足音が聞こえる。

 ぼやけて回るような視界の中、アレクシアは手に足に力を入れて立ち上がる。幸いにして、どうやら剣は手放していないようだった。

 かろうじて、壁を支えにしながら立ち上がることはできたものの、喰らったダメージは想像以上に大きかったようだ。体の奥が嫌に冷え、立っていることそのものが辛い。浅い呼吸はそれだけで、体調の悪さを物語る。

 それでも、アレクシアは両手で剣を握り、シャドウに向けた。

 

「何故、そこまでして戦おうとする?」

「……私が、この国の王女だからよ。私には、王国の民を守る義務がある」

「それが、お前の言う“守る”なのか? 俺には、ただの犬死にしか見えないが」

 

 シャドウのその言葉を聞き、アレクシアは「はっ」と鼻で笑った。

 

「確かに、犬死かもしれないわね」

 

 しかし、今しがた口にした言葉とは裏腹に、彼女の瞳に宿る闘志は消えていない。故にこそ、シャドウもまた剣を持ったまま、それの適正距離から僅かに離れて立っていた。

 

「私は今まで何度も、あなたに目的を聞いてきたわ。そして、あなたはそれに一度だって答えたことはない。

 私から見れば、確かにあなたは邪悪な教団を打倒す救世主のように見える。でも同時に、こうも見えるわ——あなたが、あなたたちが、世界を裏で操る教団にとって代わろうとしているようにも、ね」

 

 誰もその全貌を知らない陰の戦い。陰を支配する者たちと影を支配しようとする者たちの戦い。

ひょっとすれば、どう転んでも何も変わらないのかもしれない。表の世界を陰から操る存在が代わるだけなのだから。変わらない平穏な日々がこれからも——

 

「——そんなわけないでしょ。あなたたちは、良くも悪くも強すぎる」

 

それは力だけの話ではない。

ずっとアレクシアは不思議だった。何故、あの平凡な男爵家の学生であるシド・カゲノーが『ミツゴシ商会』の新商品や限定品をあんなに持っているのか。ミツゴシは前衛的な企業だ。前衛的すぎる企業だ。それが何故?

だが、シド=シャドウのラインが確定した今、全ての点がつながり線となった。

『ミツゴシ商会』は、『シャドーガーデン』の隠れ蓑、表の世界での姿だったのだ。

だとすればだ。圧倒的な経済力と技術力があるミツゴシと、圧倒的な武力を持つ『シャドーガーデン』が同一の組織であるとすればだ。

そこにさらに権力が加わったらば、

 

「想像するだに恐ろしいことね。王国は——いえ、世界は、あなたたちに依存せざるを得なくなる」

 

 無垢な民は、己の利益を求めて、よりよいものを買う。必然的に『ミツゴシ商会』のものを買うから、『ミツゴシ商会』に金が集まるのもまた必然。もし仮に、この状態がまずいと思って武力行使に出たとしても彼らに勝てるわけがない。大商会連合のように徒党を組んでも、権力が手に入ったならば、簡単につぶすことができる。

 誰も気づかず、気付いても消されてしまう世界の行きつく先は一つだ。

 全てを、『シャドーガーデン』——シャドウに依存しなければならない世界。

 

「私は、その未来がいいものだとは思わない」

「だからここで、全ての元凶である俺を倒せばいいと考えたのか?」

 

 彼がどこまでアレクシアの心を見透かしているのかは分からないが……分からないが、それは違うだろう。

 アレクシアは鼻を分と鳴らして、その白い歯を見せた。

 ニヤリと、悪人のような笑みを浮かべた。

 

「剣で絶対に勝てないのに、何を考えているのか全く分からない人がいて。それでやることと言ったら一つしかないでしょう——」

 

 『凡人の剣』を貫いて、ずっとひとりで剣を振り続けて、強敵を見てきて、アレクシアは一つの答えを得ていた。それは、戦いは一人ではできないということだ。戦いを二人で紡ぐ芸術だとするならば、戦いにおいて最も重要なものは——

 

「——『対話』よ」

 

 剣を交わせば、相手の考えていることが分かる。剣先の揺れで、目線の動きで、重心の位置で、相手の考えていることが分かる。だが、それだけではない。相手の考えていることが分かるというのは、何も戦闘に限った話ではないのだ。『対話』を重ねればもっと彼の深い部分まで、アレクシアは分かると考えていた。

 

「あなたがどんな人間なのか、見極めさせてもらうわ」

「もし、お前のお眼鏡に適わなかったら、どうする?」

「簡単よ」

 

 アレクシアは剣を大上段に構えた。そして、微かに細められた目が、暗闇の中で獰猛に光る。

 

「もとより負ける気はないわッ!」

 

 ありったけの魔力を込めて、纏って、最高のスタートダッシュを切る。シャドウまでの距離はたったの二歩だ。今のアレクシアなら、この程度の距離、瞬きをするよりも早く詰められる。

 大上段に構えた超攻撃的な構え。その意図するところは、中段の時は引き出せなかったもっと彼の奥の部分を、この奇襲と攻撃で暴いて見せようというものだった。

 彼の呼吸のタイミングは、さっきまでの攻防でつかみつつあった。つまり、完全に不意を突いた攻撃だ。大上段から振り下ろされる剣は魔力と慣性に合わさって、重力までも力を貸して、その速度を爆発的に跳ね上げていた。最早、音速どころの話ではない。圧倒的なまでに音を置き去りにしたその一撃は、しかし。

 しかし、それでもシャドウには通用しない。

 彼はさりげなく一歩横に逸れる。それだけで、まるで魔法のようにアレクシアの剣は彼の肌の上を滑っていく。

 アレクシアは知っている。この後間髪を入れずに、彼の攻撃が飛んでくることを。

 それはまさしく、致死級の一撃だ。

 それは分かっている。だが——

 

「私は、あなたの底まで見ていくわよ」

 

 アレクシアは構わず二の太刀を入れる。迫りくる漆黒の剣はまるで死の使いのように、アレクシアの胸目掛けて飛んできていた。まだ体からは遠いのに、冷たいその感触が、痛みをも越えたその熱さが、手に取るように伝わってくる。

 剣先は間違いなくアレクシアの心臓を狙っている。彼の瞳は冷たく、あれは完全に殺す気の目だ。目の前の障害を排除しようとする目だ。

 

「それが、あなたの答えということかしら」

 

 ならば、アレクシアは止まれない。彼が彼の目的を邪魔する障害を全て広義的な意味での力でねじ伏せようとするならば、アレクシアも止まることはできない。

 振り切った剣のベクトルを、魔力と体のばねを使って全力で反転させる。所謂燕返しのような技だ。

 ……一の太刀が躱されることは初めから読んでいた。

 では、どうすれば彼にアレクシアの剣が届くか。どのタイミングなら、彼に剣を届かせられるか。

 この答えを聞いた時、アレクシアの脳は簡単に結論を導き出していた。

 ——彼が攻撃をするタイミング。ここが、一番彼に隙のあるタイミングだ。

 防御をかなぐり捨てた捨て身の攻撃。

 だが、それでもシャドウは反応してくる。今度は攻撃をしつつも、立ち位置を半歩ずらすことでアレクシアの剣の軌道から逸れようとしていた。アレクシアと彼の距離は近い。近いからこそ、そして、アレクシアが捨て身であるからこそ、重心のブレたシャドウの剣もアレクシアに届き得る。

 ここまで。

 ここまでやっても足りないのか。

 何か。何かあと一押しになるものはないのか。

 あと。あと一押しなのに——

 

『それで終わりか?』

 

 ふと、そんな声がした気がした。だが、そんなわけはない。極限まで高められた集中状態故にアレクシアは超高速で頭を回転させている。つまり、認識している時間はあり得ないほどに引き延ばされているのだ。

 そんな中で、声が届くはずがない。届くわけがないのだ。

 そこまで考えて、アレクシアはその視線に気が付く。

 漆黒の瞳と、真っ直ぐとアレクシアを見つめるその瞳と目が合った。そして、同時に瞬き一回に満たないほど極小の時間、彼の突きが止まったのが分かった。

 

『やってくれるわね』

 

 言葉にはしなかったが、アレクシアは口元に笑みを浮かべた。

 覚悟はできている。

 さぁ、最後の悪あがきだ。

 

 漆黒の剣がアレクシアの胸を貫く。体の全身の血が止まるのを感じ、苦痛という形容すら生温いほどの痛み。貫かれたことよりも、血流が止まったことの方が苦しい。酸素が欠乏し、体に力が入らない。呼吸をしているのに、呼吸ができていない。

 あぁ、苦しい。苦しいが、アレクシアは歯を食いしばる。

 

 シャドウに隙ができるタイミングは、実はもう一つある。

 もう察しが付くだろう。そう、攻撃直後のタイミングだ。

 そして今が、そのときだ。

 後がない故に、後のことを考えずにあるだけの魔力を注ぎ込む。動かない体を魔力で無理やり動かし、気合いだけで剣を握り続ける。

 燕返しも半ばのところ。慣性で未だ上向きに剣は進んでいる。

 それを、体の構造を、負荷を度外視して魔力によって無理やり軌道を捻じ曲げる。普段ならシャレにならないほどの痛みは、しかしあり得ないほどの苦痛によって中和される。今この瞬間だけは、アレクシアは無敵だった。

 

「——っ!」

 

 声にならない声を上げて、アレクシアは剣を振りぬく。もはや手の感触はなく、視界さえも霞んできていた。

 それでも、真っ赤な鮮血が飛び散るのが見えた。花のように、血が咲いていた。

 その光景が見えて、けれども何を理解するよりも先に、アレクシアの意識は途絶えたのだった。

 




アレクシアの生死と結論、次なる展開はまた次話に。戦闘シーンはついつい文字数が多くなってしまうので、最終章は長くなりそうですね……。
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