陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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ちょっと不利な状況だけど

 世界を覆いつくすほどに眩い光が、僕の視界を覆う。練りに練った魔力が一気に解放され、凄まじい奔流となって世界に現象した。

 アイ・アム・アトミックは僕の考えた最強の奥義だ。この前のサイの時は、若干の火力不足を感じてしまったが、それでもあのサイは相当のダメージを負っていた。あのサイは耐久力と、回復力が異常であるだけだった。

 だから、この経験は初めてかもしれない。

 僕は、練りに練り解き放った魔力が、別の何かに押されつつあることを自覚していた。普段ならすべてを吹き飛ばすような感覚があるのに、今回はどうしてもその暴力的な破壊がある地点より進まない。拮抗しているのだ。

 やがて光は収束し、見えてきたのは荒野と化した惨状だけだった。木も草も全てが吹き飛び、あまつさえ地面が捲りあがり、地中に埋まっていただろう木の根や岩がむき出しになっていた。

 そして、向かい合う彼女と目が合った。彼女は、清々しいまでに無傷であった。

 

「流石だね。まさか、僕の必殺技が防がれるなんて思わなかった」

 

 彼女の力はまた一段と強くなっているように思える。次また、同じように必殺技をぶつけ合えば、今度は僕の方が彼女の魔力に呑まれてしまうかもしれない。

 それに、アルファたちのように大量の魔力があるわけではない僕は、バカスカとアトミックを放つことはできない。前に言ったように、削り合いも僕にとっては不利になるだろう。

 さて、どうしたものか。技術は僕の方が上、身体能力は向こうが上、魔力量は比べるべくもなく、体力も負けている。八方塞がりと言ってもいい状況だった。

 僕は深く深呼吸をし、魔力を練り始めた。

 ヴァイオレットさんは動かない僕を見て、今が攻め時と見たのだろう。一息に距離を詰めて、その剛腕を振るってくる。またスピードが増していた。

 さらに並行して、『女神の試練』で見せたような血の触手のようなものを、何本も操り、僕の逃げ場所を塞いでくる。

 逃げ場のない僕は、けれども僅かな動きで以てその剛腕も、触手も躱す。数は多く、スピードも速くなっているが、今までに何度も見た技であり、軌道そのものは見切っているのだ。ただ、もう少し彼女の力が増して、数とスピードが倍近くになったら、流石に避けきることはできないだろう。

 触手を躱しつつ、彼女の拳を避けつつ、彼女の急所と思われる部位に刃を突き刺す。首、脇下、背中。だが、どこを刺しても彼女はもう気にする様子がなく、そのまま攻撃に移ってくる。僕がいつもやっている最小限の動きで躱すという方法よりも、さらに防御に割く時間が短く——それは最早ないと言っていい——攻撃のテンポが速い。必然的に、最小限とは言っても僕の躱す手間が増え、攻撃のテンポが落ちる。それを糧に、彼女はさらに攻撃のテンポをどんどん速めている。

 これが俗にいう飽和攻撃というやつか。

 そして、目に見える触手以外にも、気を付けねばならないものがある。それは僕が突き刺すたびに散っている血だ。これには彼女の魔力がこもっており、吸い込めば体の内側から攻撃される。外側の耐久力なら彼女相手にも多少の自信があるが、流石に内側の対策まではしていない。魔力を集中させれば案外なんとかなるかもしれないが……。

 なので、僕は切り裂くときに剣に僕の魔力を纏わせて、血に含まれたそれを無力化している。これがまた手間であった。

 戦いとは『対話』である。僕の問いに対し、彼女は答えを返してくれる。

 逆もまた然りで、彼女はずっと僕に問いかけてきていた。

 

『さぁ、あなたはこの状況でどうするの?』

 

 目線の動きが、踏み出す足が、振るう拳が、僕にそう問いかけてくる。だいぶ余裕に満ちた問いかけに思えるかもしれないが、彼女は別に手を抜いているわけではない。ただ、まだ全力が出せていないだけであり、その時が来れば、彼女は本気で僕を殺しに来るだろう。

 その時を、僕はただ黙ってみているのか? と彼女は問いかけてきているのだ。

 

「ふっ、仕方がないか」

 

 本当はあまり余裕がないけど、僕はまだ余裕がある感じを出しながら呟いた。

これは、体にかなりの負荷がかかり、どんな後遺症があるか分からないから今まで使ってこなかった技だ。

僕は、普段体に込める魔力を制限している。というのも、あまりに込め過ぎて出力を上げ過ぎると、体が耐え切れずに故障してしまうのだ。筋断裂くらいならまだいい方で、一度この世界に来たばかりの頃に調子に乗って全力で魔力を込めたときには、危うく神経ごと壊死してしまいそうになった。

成長し、魔力の量もかなり多くなった今、大量の魔力を詰め込んだ結果がどうなるか、僕にも分からない。

 それでも、僕はここで負けるわけにはいかない。僕の考えた『陰の実力者』は最強でなければならないのだ。そして何より——暴力をまき散らす彼女を、野放しにするわけにはいかない。

 僕は自然と、そう思えた。何故? の部分を考える余裕はなかったけれど。

 

「ぐっ……」

 

 今まで感じたことのないほどの力が沸き上がってくる。まるで羽でも付いたかのように、体が軽い。

 

「おっと」

 

 動体視力は変わっていないが、先程よりも自分自身が速く動けるために相対速度が上がっている。そうであるが故に、目測を誤って触手に体が貫かれそうになった。

 すんでのところで踏みとどまり、ロングコートが貫かれただけで済んだが、もう少し制御できるようにならなければ自滅してしまうかもしれない。

 それに、これは諸刃の剣だ。身体能力は今までよりも遥かに良くなったが、今までよりも格段に短い時間制限と、圧倒的なまでの肉体の負荷がある。

 究極の短期決戦——かつて、シータがやっていたような戦い方を僕は強いられているのだ。

 僕の動きに比べて、ナメクジ程度の速さしかない触手群の間を潜り抜け、ヴァイオレットさんに肉薄する。最初会ったときと比較して、かなり動きが良くなった彼女でも今の僕にはついてこられないようだ。

 僕は、彼女の動きに対応しつつ、彼女を切り刻む。ただ切り刻むだけでは意味がないのは分かっている。表面を切り、最小限の動きで彼女の拳を躱した直後には、さっき切った場所に再び刃を差し込む。

 そうすることで、すぐに回復し、傷の塞がってしまう彼女の体の深いところまで着ることができるのだ。

 だが、徐々に大きくなっている彼女の、心臓に相当するだろう部分に辿り着くにはそれなりに時間が掛かる。既に彼女は、僕二人分くらいの大きさはあるのだ。

 それに、彼女だって馬鹿じゃない。こうして、僕が単調に問いを発し続けているのだ。必ず、彼女はアンサーを出してくる。

 そう考えたのも束の間、周囲に散っていた血や肉が一つの場所に集まる。魔力は無力化しているので、何か別の力で動かしているのだろう。まさか、あの肉体にも意識があるなんてことはないよね?

そして、それら肉片たちは溶け合い混ざり合い、一つの大きな塊へと変貌していく。全長は僕と同等かそれより少し小さいくらいだ。でも、見た目は今のヴァイオレットさんそっくりである。

仮に小ヴァイオレットさんと呼ぼうか。

 小ヴァイオレットさんは、本物の彼女に負けず劣らずの速度で僕に殴りかかってくる。とても単調な攻撃であるが、拳に込められた魔力は本物だ。直撃すればただでは済まない。

 そして、僕は気が付いた。周囲には、いくつもの小ヴァイオレットさんができつつあることに。あくまで、彼女は物量で押し切ろうとしているようだ。

 だが、それならば、僕の方が少しだけ早い。大量の小ヴァイオレットさんができる前に、触手が僕の所へ届く前に、その剛腕が僕に届く前に、僕の剣は彼女の心臓に届いた。

ぐしゃっと心臓に剣が突き刺さる感覚。剣を通して、彼女の鼓動が僕の腕まで伝わってくる。僕はありったけの魔力をそこに注ぎ込んだ。

 ヴァイオレットさんが苦しそうに悲鳴を上げる。それに呼応するように、触手が唸り暴れ、小ヴァイオレットさんがうずくまる。

 

「がはっ……」

 

 そこで、僕にも限界が訪れた。体を酷使しすぎたのだ。

 全身で肉離れが起こり、一部は筋肉が断裂してしまっている。内臓にもダメージが入っているようで、口から血の塊を吐きだした。

 それと同時に、ヴァイオレットさんに送っていた魔力の供給が止まる。その隙を、ヴァイオレットさんは見逃さなかった。

 頭に衝撃が走るとともに意識が、思考が真っ白に染まる。辛うじて分かったことと言えば、自分が今空中に浮いて吹き飛ばされていることだけだった。

 何かに激突し、けれども周囲の様子がよく分からない。キーンと頭の中で甲高い音が鳴り響いていた。

 そして、誰かが僕の前に立った。随分、大きな影だった。

 

「シャドウ、ここは私たちに任せて、あなたは逃げて頂戴」

 

 鈴のなったような声が、響いてきた。とても、聞き覚えのある声だった。

 




次回最終話!(かもしれません)
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