陰のボスになりたくて!   作:若林布吉

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若干遅れました。


最終決戦②

「ベータ!? 何故、あなたがここにいるの?」

 

 本来いるはずのない者の姿を見て、アルファは声を上げる。彼女は、ベガルタ方面の街道封鎖をしていたはずだ。

 

「街道の封鎖はカイとオメガに任せてきました」

 

 だが、ベータはそのアルファの声を受けてもなんのその。しれっとそのようなことを言う。そのまま、矢をつがえて目にも止まらぬ速さで連射をし、周囲にある触手を吹き飛ばした。

 

「——っ」

 

 色々聞きたいことはあるが、今はそんなことをしている場合ではない。アルファは再び剣を生み出して、疑問を頭の中から追い払う。彼女がここに来たということは、少なくとも街道封鎖は問題ないということだろう。彼女は、自分の責務を放棄するような性格ではないのだから。

 デルタがディアボロスと一対一で真正面から戦っている。お互いに決定打こそ与えられていないが、ダメージを受けてもすぐに回復するディアボロスに比べて、ダメージが蓄積していくデルタの方が分が悪いのは自明だった。

 

「イータ、例のものの用意はできたのかしら?」

「まだ……でも、仕方ない」

 

 イータは、間延びしてゆっくりとした口調で言いながらも、持っていた箱のような機械を地面において、操作を始める。そのイータの怪しげな行動に反応したのか、触手や兵士がイータに襲い掛かるが、それをアルファは切り裂いた。

 

「ベータ! あなたはデルタのアシストを!」

「分かりました!」

 

 見るのは初めてだが、恐らくイータが持ってきた機械は『クモクモくん三号』だ。名前からはどんな効果なのかは分からないが、彼女曰くディアボロスの血に流れる魔力を阻害し、その性能を十全に使わせないようにする装置だそうだ。

 イータがカタカタと『陰の叡智』によりもたらされたキーボードを叩くと、六本足の小さな蜘蛛のような装置が現れる。次々と中から現れたそれは、最終的に合計で六体であった。

 

「……行って」

 

 イータがそう命令すると、その小さな蜘蛛の内の一体が器用に前の足を使って敬礼し、蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 

「これで……よし」

 

 何が「よし」なのかは分からないが、イータは満足げに頷いている。それから、スライムを使って、周囲にいた兵士たちをまとめて吹き飛ばした。

 

「アルファ様……マスターの元には、イプシロンが、向かった……その内、マスターは戻ってくる、多分」

「そう、あの子も……」

 

 ベータがカイとオメガに指揮を任せてきたと言った時点で察しは付いていたが、イプシロンまでも持ち場を離れているとは……。色々言いたいことはあるが、しかし、彼女たちが来たことで心強いことは確かだった。

 そこで、いくつもの兵士や触手を切り伏せていたアルファは、その動きが鈍ってきていることに気が付いた。さっき戦場に出て行ったクモクモくん三号が何かしたのだろうか。

 

「さっきの、クモクモくんたちは……六台揃って、一つの結界を……張る。一つでも壊されたら……効力を失う。アルファ様……頑張って」

「——っ⁉ そういうことは! 早く言いなさい!」

 

 イータのクモクモくんと、ベータが加勢したこともあり、デルタ対ディアボロスの戦いはだいぶ拮抗し始めていた。時間が経てばディアボロスも力を増していくだろうが、数時間ならこの場で留めておくことができるだろう。

 あと一手だ。あと一手、この状況を後押しする何かがあれば、きっと最悪の事態になる前に何とかすることができる。

 

「シャドウ……」

 

 知らず、言葉が漏れた。

 彼は満身創痍だ。だが、彼は今までアルファたちでは到底なしえないほどの偉業を一人でなしてきた。その積みあげた信頼が、彼ならばなんとかしてくれるのではないかと思わせる。

 

「いえ」

 

 けれども、彼に頼り切るわけにはいかない。今ある手札でこの状況を切り抜ける方法を見つけ出さなければいけない。

 差し当たって、

 

「イータ、あなたは向こうの二つのクモクモくんをお願い。私はあっちの四つのクモクモくんを守るから」

「いや……私が、四つ守る……それより、アルファ様は、ディアボロスを何とかして」

 

 そう言った彼女の足元から、これまで見たことないほど大量のスライムが姿を現す。大方、ガーデンがスライムを保管している倉庫からくすねてきたものだろう。

 

「まったく……」

 

 ベータとイプシロンは持ち場を離れてここに来るし、デルタはそもそも話を聞かないし、イータは勝手にガーデンのものをくすねるし、言うことを聞かない者たちばかりだ。

 

「あなたたち、帰ったらお説教よ」

 

□□□

 

 春のお日様のような優しい光が、僕のことを包んでいた。とても、暖かい光だった。その光の(しるべ)標に誘われるようにして、僕の意識は浮上していく。

 

「主様!」

「……イプシロンか」

 

 微かな気だるさと共に目を覚ました僕に、勢いよく抱き着いてきたのは、スライムスーツに身を包んだイプシロンだった。いつも通りその豊満な胸——ただし、スライム率九九%である——を押し付けながら、縋るように俯いた。

 

「泣いてるの?」

「……いいえ、主様」

 

 僕がそう聞くと、彼女は腕で自らの目元を拭い、首を振った。流石の僕でも彼女の言葉が嘘であることには気が付いたが、特にそれを指摘しようとは思わなかった。

 落ち着いてきた僕は、イプシロンの頭を撫でつつ、周りを見てみる。どうやらここは森の中であり、イプシロン以外にも、スライムスーツを着た女の人たちが心配そうな、あるいはほっとしたような顔で僕のことを見ていた。

 

「——『シャドーガーデン』か」

 

 最早、ここに来て疑うことはできないだろう。インターンに行く前、シータが殺されてしまったことを聞いたあの夜に、アルファと会って話したことを思い出す。

 ——『私たちは、あなたが裏社会を牛耳るという目標を達成する手助けをするために、戦っているわ』

 僕が『陰の実力者』っぽいことをしようとして、適当なことを言った結果、彼女たちは『ディアボロス教団』なる裏社会の敵を見つけ出してきて、その教団と戦うようになった。僕は今までそれに気が付いていなかったけれど、彼女たちは少しずつ組織を大きくして、ここまでずっと戦ってきたのだ。

 ここには、僕やイプシロン含めて、数人の人間がいる。けれど、彼女たちの作った『シャドーガーデン』には、もっとたくさんの人間がいるのだろうと、僕は考える。それは、ここに来るまでの様々な事件を思い出して、彼女たちの部下らしき人たちを見たことから考えられる簡単な推測だった。

 僕は、僕のしたことに後悔はしていない。『陰の実力者』になりたいというのは、前世から抱いていた夢で、ようやくそれを叶えられる世界にやってきたのだ。何回人生をやり直しても、きっと僕は同じように『陰の実力者』を目指して行動するだろう。

 だけれど、同時に僕はこうも思っていた。ここまで僕の夢に、適当に真剣に向き合ってくれた彼女たちに、なにか報いたい、と。

 

「主様?」

 

 何も言わない僕に、イプシロンが首を傾げて見上げてくる。

 僕はふーっと大きく息を吐く。

 ここまでの話の断片から、なんとなく話は見えてきていた。

 アルファたちは、『ディアボロス教団』の目的はかつて世界に災厄をもたらした魔人ディアボロスを復活させることだと言っていた。そして、遺跡にあったあの実験施設のような場所は、その教団の施設なのだろう。

 ならば、そこから出てきて、あれほどの力を持ったヴァイオレットさんは、きっと魔人ディアボロスなのだろう。

 

「今の状況は分かる? イプシロン」

「えっ、はい! 今は、ディアボロスと、アルファ様やデルタ、そしてベータが戦闘中のはずですが、その詳細はここまで伝わってきていません。既に周囲の街道は封鎖しており——」

「あっ、そこまででいいよ」

 

 僕は立ち上がると、自分の今の体の状態を確かめる。アルファたちが戦っているというのなら、こんなところでゆっくりはしていられない。少なくとも、僕の見立て手では、彼女たちの実力でヴァイオレットさんを倒すことはできないのだから。

 体の動きを確かめる僕に、イプシロンが申し訳なさそうに言った。

 

「その、主様……私の実力不足で申し訳ないのですが、完全に筋繊維が断裂して、内臓にもかなりダメージが入っていて……」

「うん、分かってる。でも、大丈夫だよ。治してくれてありがとう」

「——っ!」

 

 確かに、体の調子は万全ではないし、魔力もその大部分はまだ回復していないが、それはそこまで重要じゃない。

 今一番重要なのは、シータが殺されてしまった時のように、僕の知らないところで彼女たちが傷つけられないということだ。いや、よしんば瀕死の重傷を負ったとしても、僕が治せるのでいい。でも、死んでしまってはいくら僕であっても治す——生き返らせることはできない。

 あのときのように僕のあずかり知らぬところで彼女たちが死ぬのは、僕にとって看過できないことだった。

 

「それじゃあ、僕は行くよ」

「主様! お供します!」

 

 今まで黙っていたイプシロンはそう言って、僕の後ろをついてくるのだった。

 

□□□

 

 私の意識は深い微睡みの中にあった。微睡み自体が浅い眠りだというのに、深い微睡みとはどういう意味だろうと思うけれど、とにかく、私は夢心地であった。

 夢の中の私には、溢れ出る破壊衝動があった。いつか見た悪夢の中と同じような破壊衝動があった。

 無数の触手を操り、雑兵を生み出し、力の限り腕を振り回し、周囲の存在をまとめて破壊する。体は勝手に動いて、私はそれを俯瞰して見ているような状態だ。

 強大な力を持った少女たちが、私と今戦っている。悪夢の中の“彼女たち”と同じように、死力を尽くして、確実に私にダメージを与えていた。何の力か、私の魔力の操作も阻害されているようで、しばらくはこのまま戦いになるだろう。

 けれど、それもあと数十分の話だ。私の力は、指数関数的に当時の力を取り戻しつつある。災厄と魔人の名を冠したこの力は、伊達ではないのだ。

 せめて、今からでも彼女たちが逃げてくれればいいのに。彼女たちの能力なら、残された時間でもそれなりに遠くに逃げられることだろう。完全に逃げ切れるわけではないが、かなりの時間を延命できるはずだ。どうせ死んでしまうのなら、少しでも長く生きてほしいと私は思う。

 迫りくる剣を素手でつかみ取って、剣で切りつけてきた獣人の少女の腹に蹴りを入れる。少女は口から大量の血を吐きだすが、戦意を衰えさせぬままに“爪”で私の腕を切り裂いた。

 だが、その傷もすぐに治る。かなり力の回復してきた私は、触手、雑兵に続いて、血の霧を生み出した。真っ赤な霧が私を中心に広がるが、やはり、何らかの術で魔力の通りが阻害されているのか、そのスピードは遅い。けれども、効果はしっかり出ているようで、霧に触れた木や草は、フライパンの上で梳けるバターのように即座に溶けていった。

 それを見た獣人少女は一度私と距離を取る。その隙間を縫うように数本の矢が飛来するが、その霧に当たって溶けてしまい、体に到達することはなかった。

 もうここまで来てしまえば、彼女たちにできることはないだろう。だから、今からでも遅くない。逃げてほしい。

 そうして、私が密かに祈っていると、ふと見覚えのある人物が立っていることに気が付いた。

 彼は、先程見たときとは違った雰囲気を纏って、そこに立っていた。

 けれど、もう遅い。彼ならばもしかしたら……と最初は思っていたが、彼は今よりもまだ弱かった私に負けている。彼一人加わったところで、この状況はどうにもならない。

 

「さっきぶりだね。ヴァイオレットさん」

 

 なのに、彼は恐れを抱くこともなく、あきらめた様子もなく、話しかけてきた。そして、一本の漆黒の剣を抜く。

 私は何も答えなかった。いや、何も答えることができなかった。

 彼は、手に持ったその剣をこちらに向けると、

 

「待っててね。今解放してあげるから」

 

 そう言って微かな笑みを浮かべるのだった。

 




さて、必要なものは全部出そろったので、多分次回で終わるはずです! 最終回詐欺が続いていますが、どうか最後までお楽しみください!
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