自身の存在価値を示す為に。
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ハチワレの刺股が2度、3度と突き出された。
闇夜を切り裂く白銀色の閃光はしかし、獲物を仕留めるには至らず、外殻に薄い傷をつけるだけに留まった。
当然だ、今回の獲物は本来ハチワレが挑むべき格を1つ2つ上回る強敵だ。擬態型かぶと虫が本性を現した姿……“THE・ヘラクレス”である。
THE・ヘラクレスは巨大なかぶと虫型モンスターで、その全長は7mにも及ぶ。擬態型とは、ちいかわ族を捕食する為にちいかわ世界に侵入した“異物”だ。
彼等は一見すればこの世界の生物のように見える。
しかし一度本性をあらわせば醜いバケモノと化し、ちいかわ族を殺戮・捕食せんと襲い掛かってくるのだ。
また、“友好型”というタイプもある。
これはその名の通り、ちいかわ族に対して友好的な種族だ。
しかし、友好型に擬態した擬態型というモノも存在しており、とかく油断はできない。
ともあれ、今ハチワレが対峙しているのは擬態型かぶと虫だった。これは日中はかわいいかぶと虫のきぐるみを被っている白くてもちもちした生物なのだが、夜間は擬態が解けて本性を現す。
特筆すべきはやはり角だろう。
鋭い一本槍のような角は突けば槍、薙げば剣というような有様で、非常に危険な得物と言える。
そしてベースがかぶと虫だけあって、当然飛行能力も備えている。その速度は驚くべきものだ。
なんと……時速にして200km!!!
これは水平飛行での世界最速を誇るハリオアマツバメの時速170kmを大きく凌駕する。
THE・ヘラクレスはこの速度で突進をしてくる為、同格の擬態型でも頭1つ抜けた危険度を有しており、また格上の擬態型と比べても純攻撃能力に限れば遜色ない危険性を持つといえる。
この様な殺戮甲虫と対峙するハチワレだが、慎重・堅実を旨とする彼が何故格上に挑んでいるのだろうか?
話は2日前に遡る……
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森の訓練場
「……うむ」
ハチワレの鋭い突きを見て、ラッコは頷いた。
ラッコの鋭い
ハチワレは膂力に欠けるが、それを補う程の驚くべき運動神経、反射神経を誇る。
「……やってみるか? 1つ上の討伐っ」
──ひとつ、うえの、おとこ……ってコト!?
ハチワレは反射的に頷いた。
彼自身伸び悩んでいる自覚はあったのだ。
慎重かつ堅実、そんな性格がここ最近のこぢんまりとした討伐結果に如実にあらわれていた。
「……見ろっ」
ラッコは岩を指差した。
ハチワレがそちらに目をやると、苔むした大きな岩があった。岩の上からはポタポタと水が垂れて岩に滴っている。どうやら近くに水源があるようで、水がつたってきているようだ。
ハチワレは小首……首はないので、頭を傾げた。
ラッコが再び指を指す。
ハチワレが今度は嘗め回すように岩を見る。
すると岩の上部が窪んでいる事に気付いた。
それは何千何万、あるいはもっと。
滴り続けた水滴が岩を穿った痕だった。
「……分かったかっ」
ラッコという男は決して多くを説明しない。
しかし、何かを伝える時、その事柄の核心……もっとも大切な部分を必ず伝える。
ハチワレもそれは分かっていて、だからこそその場ではラッコの言いたい事が分からなくても、必死で理解をしようとしていた。
無心で水滴を見つめるハチワレに、ラッコは“ふっ”と温かい視線を投げかけ、クールに去っていく。
その日、ハチワレは朝まで水滴を眺めていた。
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当初ハチワレはTHE・ヘラクレスの突撃機動戦術にやや苦戦をしていた。その体にはそこかしこに裂傷が刻まれている。だが、何度も同じ動きを見るうちに、ハチワレの猫種としての反射神経は完全に適応した。
ひらり、ひらりと。
闇夜に舞うその姿は、夜の森に現れて、迷った子供を攫っていくという宵闇の妖精にも似ていた。
だが問題は動きへの対応ではない。
問題は、同じ厚さならば鉄の強度に勝るという頑健な外殻である。
ハチワレの非力な突きでは、どれ程正確だといってもTHE・ヘラクレスのそれを突き破ることが出来なかったのだ。
「エッ……何ッなに!? 効かない……って事!?」
ハチワレは焦った。
それは瞬き程度の時間だったが、THE・ヘラクレスには致命の一撃を放つには十分すぎる時間でもあった。
THE・ヘラクレスは角をハチワレに向け、6本の脚を地面に突き刺し、固定した。
その態勢から繰り出されるのはTHE・ヘラクレス最大の必殺技である角砲弾である。
黒光りする凶槍が
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この時ハチワレの意識は遅滞する時空間内にあった。
死に瀕することで集中力が極限まで研ぎ澄まされたのである。
「な、なんとかなれ──ーっ!」
意識に比べて肉体の何と鈍い事か!
ハチワレは重く粘つく海の中を泳いでいるような心地で、体を捻り、槍の切っ先を回避する。
そして見た。
反動を抑える為にTHE・ヘラクレスは羽を大きく広げていたのだが、その表面にいくつもの傷がついている……その光景を!
それはハチワレにラッコに見せられたモノを想起させた。
──分かったかっ
頭の中でラッコが聞いてくる。
──分かりましたっ
頭の中でハチワレが答えた。
つぶらな瞳に闘志がみなぎる。
ハチワレは再び構えを取り直して、ザワリと全身を逆立てた。原始の闘争本能が蘇ったのだ。
アドレナリンが湯水の如く分泌され、今正にハチワレは、血に飢えた一個の殺戮四足獣と化した!
ハチワレは四肢を力ませ、弾かれるように前に飛び出す。そして渾身の力を込めた刺股をTHE・ヘラクレスの外殻……羽部分に叩き付ける。
当然それは弾かれる。
しかし傷は入った。
──まずは一度っ
ハチワレが眼を細める。
口元には笑みが浮かんでおり、ハチワレの鋭くもキュートな牙が覗いている。
真面目で堅実なハチワレは、“役割”に忠実だ。
ちいかわ達と共に居たならば……彼等の友人らしい態度を取る。
討伐の仕事をしたならば、これ以上ないというほどに討伐人に相応しいマインドで臨む。今のハチワレは常の朗らかな彼ではなく、冷徹無情の戦闘マシンだ。
ハチワレは真面目だ、そして誠実だ。
自身の居場所を作ろうとしている。
信用してもらおうと討伐を頑張っている。
“友好型”の鑑といえよう。
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突進を回避し、そしてその隙に一撃。
それも同じ箇所に。
それをひたすら繰り返す。
集中力が途切れれば命はないだろう。
だがハチワレは集中力には自信があった。
──かわし、突き
──突き、かわし
それが何度繰り返されただろう、ついにTHE・ヘラクレスの堅牢無比な甲殻に孔が穿たれた。
THE・ヘラクレスは怪我と疲労で、かたつむりのようにノロノロと動いている。
絶好のチャンスだった。
ハチワレは血管内の血が砂に置き換わったかのような疲労感を覚えながらも、刺股を構えた。
「ごめんね。でも、キミ達擬態型は“彼等”を傷つける。ボクはそれを許せない。だって、だって、“そういう風に”生まれちゃったんだものっ」
ハチワレはどんな気持ちで刺股を振り下ろしたのだろうか。
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ハチワレはどこか喪心した様子でTHE・ヘラクレスの骸を眺めていた。
ふと空を見上げる。
夜が明けかけていた。
──願わくば、次に生まれて来る時は“友好型”に
ハチワレはちいかわ族ではなく、友好型ではないかという説があります。