束さんがやっつけちゃうぜ!   作:かきごおり

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彼女は何から逃亡しているのか


灰の目覚め

■■■

 

 夢を見ていた。夢を見ることはとても珍しい。本当に熟睡することなんてここ数年間はなかったからだとも言えるけど。

 

 既視感(デジャブ)があった夢だった。夢の大半は記憶を整理するものだと聞いたことがあったが、そのせいなのだろうか。

 

 『俺』が居て、『私』が居た。他には何もない。

 

 今の『自分』というアイデンティティが形成される前の記憶なのだろうか。

 『私』は小さい頃の自分だった。幼いながらもまだ見ぬ世界を追い求めた『私』だ。

 『俺』は靄がかかっていた。男のようにも見えるが唯の靄だ。灰色の。いや色があるという表現すら可笑しいか。

 

 『自分』達はいくつか会話をしたはずだ。何を話していたっけ。

 

 おかしい。記憶力はいいはずなのにどうしても思い出せない。そもそも、生まれてからこんな場所には来たことがないはずだ。

 

 なのに、覚えている。ただ、二人が居ただけのことを。

 

■■■

 

 目を覚ますとくーちゃんがいた。体の至る所が痛いし、頭痛も酷い。そういや『私』って大怪我をしていたんだっけと思い出した。

 

 死にかけていたとも言う。

 

「束様」

 

 くーちゃんの仮面が外れている。付けておいてと頼んでいたはずなのにと思案していると、頬から大粒の涙がこぼれている。

 

 これは随分と心配させてしまったようだ。

 

「よかった」

 

 そういって『俺』に抱きついてくるくーちゃん。いや、痛い痛い痛い!こっち怪我人だから!感極まって制御が曖昧になっているから!

 

 こんなに抱き締められたらまたどこかしらから出血がって、あれ。軽傷すぎやしないか『私』。

 

「束様、実はですね」

 

■■■

 

 ふぅん、「白騎士」のコアがねぇ。確かに「白騎士」には肉体再生用のプロトコルを実装していた。筋繊維や皮膚などを治す役割を担っている。

 殆ど使われた事ないけど、ちーちゃんも『俺』も頑丈だったし。後、システム自体が過剰だなと思って後続のISコアには実装していなかった。

 ただ、それは自発的ではなくあくまで使用権限を搭乗者に譲渡しているものであって今回のケースには当てはまらないはずだけど。

 

 今はそれよりもだ。血が足りない。

 

「篠ノ之博士。その食事は一体」

 

 ラウラちゃんもなんとか復帰したようだ。顔色は少し悪い。まだ疲労感も抜けきっていないようで気だるい表情を浮かべている。眼帯も付け直している。

 

 『私』は絶賛食事中だ。ゴーレムに備蓄していたチョコレートやカップ麺。あと、くーちゃんに作ってもらった料理の数々を手当たり次第に胃袋に収めている。

 

 食い合わせ?中に入ったら一緒だよ。

 

 くーちゃんのIS「黒鍵」には余った拡張領域があるのでそこに料理機材やらティーセットが収納させている。ぱっと見は随伴機の「ゴーレム」から取り出しているように見えるはずなのでくーちゃんがISを持っているとは気づかれていないはずだ。残った大破したゴーレム2機も格納済み。北極の拠点で治すから我慢してほしい。

 

 仮面の方もラウラちゃんが起きる前に既に付け直している。頑なにくーちゃんが無言で料理を作っているのもそのあたりの事情があるのだろう。『俺』からしてもあの二人はまだ早いように感じるし。お互いに話しにくそうだ。

 

 お腹が空いているなら少し分けてあげようか?このオムライス*1とかが風味が変わってて面白い*2と思うけど。

 

「いや遠慮す、遠慮させていただきます」

 

 礼儀正しく断られてしまった。

 

 ラウラちゃんに搭載されていた「VTシステム」は私の独断と偏見で解除・封印させてもらった。

 どう考えてもあのシステムは搭乗者の負担が大きい。『私』は搭乗者の技量をコピーまではいい案だと思うけど。どう考えても厄ネタだ。人体の負荷を計算に入れていないシステムなんて特に。

 

 無理矢理動かすのは当然ながらストレスが大きい。

 

 『俺』くらいになれば「ヴァルキリー」の行動パターンくらいは追いつくだろうけど、それでも普通に『私』が操作した方が早い。

 ちーちゃんクラスでもなければ「ゴーレム」の遠隔操作で事足りる。負担が大きくてまだ実用化できてないけどね。なんなら集中すると『俺』でも鼻血が出る。

 

 本当はシステムの介入する余地を作っておいて、各国で研究しやすくするための試みだった。ちーちゃんの運動データも政府に提出済みだからサンプルはいくらでもあった。あくまでISの機動補助のためのつもりだったんだけど。

 いわば、『私』の遊びの部分。その甘えを突かれたという形になる。

 

 この状況になるならISネットワークの管理をもっと引き締めた方がいいか。少なくとも「VTシステム」に関連する技術は受け付けないように改変をしておこう。薬物による人間側からの変更といい、想定外が多い。

 人の悍ましさというやつは簡単に『俺』を凌駕していく。

 

 模擬戦の結果的には『私』の反則負けだ。想定外の「剥離剤(リムーバー)」を使ってしまったわけだし。いや、本当にちーちゃん擬きには疲れさせられた。構える前に避けに入られてたからね。身を切らざるを得なかった。

 

 まあ向こうもフレンドリーファイアとかあったと言って先にこちらの負けだとか言ってきたけどそれはそれだ。反省会もほどほどに。特に副隊長の人頭擦りすぎて火が出そうになってるし。

 

 間を取って引き分けってことにしよう。「VTシステム」のログは消させてもらうけどと言ったら了承も貰えた。悪用厳禁だ。

 

 とりあえず、お詫びとして戦利品で奪い取ってきたISコアを贈呈しよう。正直、国に返すの面倒だからラウラちゃん達に押し付けたといった方が『俺』としては正しいけど。Win-Winの関係だと思う。きっと、多分。後はうまいことよろしく!

 特殊部隊ならそれぐらいのコネはあるだろう。機材の補修材も適当に付けておいた。ラウラ機のやつとか状態ひどかったし、オーバーホール必須だろう。

 

 これでこの場であったことはなかったことにしてもらおう。『私』達は出会わなかった。この押し付けたISもまだ伸びている奴らが何故か持っていたということにしてしまおう。

 元はといえば向こうの管理責任なわけだし。公にはしにくいはずさ。

 

 折角だからサインだけはしてもいいだろう。

 ISには流石にダメだけど私物を持っていたら記念に何か書いちゃおうかな。

 グッズとかにもたまに書いてたりしてたけどアレは「八足」とリンクして作ったものだ。

 

 実は『俺』の直筆サインは案外レアものだったりする。流石に記念品として8000枚*3とか書かされていた時期もあったから全部手書きは無理だったよ。「八足」越しの手書きなのでセーフ!

 ご飯食べながらなのは許して。

 

 そういうとシュヴァルツェ・ハーゼ隊は全員こぞって帽子や眼帯、果ては背中にサインを要求してきた。いや、すごい人気。

 

 薄暗いことばかりが渦巻いてくる世の中だと知っている。それでも、少しばかりの善性があることも知っている。

 

 『私』は少し諦めかけているけど。

 

===

 

 定議会とは名ばかりの会議を終え、部屋から出ると酷く自身の肩を凝っていることに気がついた。自販機でコーヒーを購入し一口飲むと苦味が広がる。

 

 『ブリュンヒルデ』などという肩書きだけで参加させられている私にまともな発言権などあってないようなものだが。

 

 先ほどのことを思い出すと、知らずの内に缶を握りつぶしそうになった自分に少し呆れながら。

 

「先輩、会議の方はいかがでしたか?」

「…前々から決まっていたことを再確認しただけだ。何も変わらん」

「では、あの話も」

 

 話しかけてきたのは山田真耶だ。先の「モンド・グロッソ」の日本代表候補として名があがったほどの操縦技術を誇る女性だ。少々ドジなところと緊張すると極端に動きが変わるというところが偶に傷だが。模擬戦なら私とそれなりの勝負ができるのだがな。

 

 束が「モンド・グロッソ」開催のために奔走していて少し暇になっていた時期があった。

 が、束の友人ということで敬遠されていた。萎縮とも言う。そこを問答無用で突っ切ってきたのが彼女ということになる。

 その図太さは少し羨ましくもなる。

 

「束謹製のISは性能過多と見做され次回の『モンド・グロッソ』では使用禁止だそうだ。世間にはどう説明するかは知らんがな」

「それでは、また篠ノ之博士がまた除け者に」

「ああ。連中は『ブリュンヒルデ(わたし)』の強さの秘訣が束にあると思っているらしい」

 

 もっと言えば束に連なる私も鬱陶しいということなのかもしれないが。彼女の前でいうことではないな。

 

 「モンド・グロッソ」後に起きた束の突如の失踪。最初は政府も捜索という扱いになっていた。

 事実、世間では捜索扱いになっているはずだが、現在の国連の通達内容は国際指名手配だ。束本人は何もしてないというのに。

 

 国連は篠ノ之束を危険視している。

 

 それはもう言うまでもない事実だ。「モンド・グロッソ」を通したのも利権のためというのもあるが、束を政府の監視下におきたかったための交換条件だったのだろうと今更ながらに思う。

 

 ほとんど立場もない小娘がいきなり世界を震撼させる開発を行い、しかも世間に浸透させる手段も抜かりなく持っていた。

 もし、仮に束が兵器を作り出したのなら?

 誰にも気づかれずに成せる女が本気を出した時に止められる人間は果たしてこの世にいるのか?

 

 私なら束が決してそんなことをしないと断言できる。

 

 しかし、他の人間からすればどうだろう。明らかに天才という言葉では形容できないほどの才能を秘めた彼女が何もしないと無償で信頼できるのだろうか。子が親を無条件で信頼するかのように。

 

「先輩はこれから学園の建設予定地に参りますよね。一緒に行きませんか?私もISの実動データを届けにいく必要があるので」

「そうだな。一緒に行こう」

 

 屋外に出て数分後、設立されていたモノレールに乗る。「モンド・グロッソ」に合わせて開発された路線に乗ってあの人工島へと向かう。

 

 束を最後に見たあの場所へと。

 いつのまにか飲み干していたコーヒーはゴミ箱に捨てた。

 

===

 

「随分、様変わりしたなここも」

「ええ。スタジアム自体はほとんどそのまま。客席だけは少し改装するだけで済みますけど、校舎は完全に新規で作りますからね」

 

 相変わらず工事の音だけは盛大に響く場所だった。人工島なので近隣住民の騒音被害も関係なく思い切りやっているのが理由だ。

 

 目の前にそびえ立つ校舎が見えた。正確には完成度は7割程度か。工事車両やドローンが至る所に見える。

 

『IS学園』計画。

 ISの操縦者育成用の学園施設。現状ではまだ少ないISの操縦者を育成、それに伴う開発やメカニックなどといった関連の技術職も一手に担う国際教育機関。

 

 束の計画書には大会の開催地となった人工島をそのまま転換。技術漏洩対策に防衛設備を更に強化を施している徹底ぶりだ。本当に教育機関か?軍事施設の方がまだ手ぬるいぞ。

 

「モンド・グロッソ」の発案直後にこの計画書を押し通しているので国連も止められない状態だ。事実、後進育成は重要だしな。

 少々規模が大きいが。

 

 久しぶりに見た印象は要塞だった。下手なIS部隊の一つや二つものともせずに跳ね返せると私は漠然と思っている。私でも突破に手こずるだろうな。

 

「ここから更なる増築もしていきます」と少し話した開発担当は息巻いていた。束の興した会社の人間だったがあの熱狂は社風によるものなのだろうか。

 

 彼は常人の目つきではなかった。

 

「確か来年度から試験的に学生を入れて授業を行うんだったな」

 

 分類としては日本預かりの国立高等学校という括りになるか。出資元は国だけではなく、国連からも予算が支給される見込みだ。事実上の国際機関だ。

 

「ええ、ISの操縦者のハードルは高いですから。現状だと軍属上がりとかオリンピック代表でも弾かれているのが現状ですね」

 

 ISの搭乗者問題の少なさは常々懸念されていた事項だった。

 なにしろ第一線が政府の開発機関だ。まだ、発展途上で操縦者の育成は現場でじっくりとなんて言ってはられない。元から適正の高かったものが優先的に乗っている始末だ。

 

「入学申し込み者数は現状でも100倍超えです。問題がなければ枠もどんどん増やしていきたいですね。国際教育機関ですから寮も完備していますし」

「そうだな」

 

 そう息巻く彼女は確か教員を担当するんだったな。代表候補生になっている彼女なら心配することは殆どないだろう。

 私も政府から打診が来ていたが一度、断っている。束の件もあるし、一夏も心配だしな。

 

 それに箒も気になる。

 

 『要人保護プログラム』は束に用意された楔の一つと言える。家族はそれぞれ離れて生活を余儀なくされ政府の監視下に置かれる。

 束の人質としての価値があると判断されているために私でも所在が掴めない。人質はどっちだという話だがな。

 事実、私が調べようとしたら国連から注意勧告を受けた。精々が私の緊急連絡先を渡すだけだった。直接の接触は禁じられている。

 渡した連絡先がまだ使われていないのは窮地には陥ってはいないと信じたいが…

 

 よっぽど、束を警戒しているらしい。私も束が残していた連絡先があるにはあるが使っていない。政府から警戒されているというのもあるが、別な理由の方が主だ。

 

「本当に『モンド・グロッソ』の人気は凄まじいですね。これがなかったら今のIS人気は続いていないと思います」

「そこだ。そこも私が気にかかっている」

「え?」

 

 こうやって時間ができるようになってから考えていた。

 皮肉にも束から離れてから気がついたことがある。

 

「束は、奴は何故『モンド・グロッソ』なんてものを開いたのかということがな」

*1
ピンク色のゲル状物質に青色のゲル状物質が掛かっている

*2
個人の感想

*3
ピーク時、平均3000枚




割と束は重症を負っている(本人感覚では軽症)
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