震えるチェンソー   作:三日坊主の化身

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三日坊主の化身のような人間なので続くか保証できません。


震えるチェンソー

「一体殺せば三十万…一体殺せば三十万…」

 

塀越しに悪魔を見る少年の手は震えていた。その手に抱いたチェンソーの生えた犬を強く抱き、尾の代わりに伸びるスターターに指をかける。

 

「わかってるよポチタ、俺たちが幸せになるためだもんな」

 

ポチタと呼ばれた犬は「ワフ」とやる気を見せるように唸った。

 

「でもやっぱ怖ェ…」

 

社会の闇の中で生まれ、またその闇の中で飼われている少年は、人並みに憶病であった。

 

ヴヴン

 

 

 

「た、たぶんトマトの悪魔っす。ほっとくと種から生き返るんで燃やした方がいいと思います…」

 

饐えたにおいにする血だまりに鎮座する、悪魔の死体の上から降りながら、少年は老人にそう言った。トマトの悪魔、それが少年が対峙していた悪魔の正体であり、今は物言わぬ屍の名であった。トマトをつぶしたような惨状をしり目に老人は言う。

 

「よくやったデンジ、闇市で売りゃ相当いい値が付く、十万上乗せしといてやる」

 

「ほんとですか!?やった!」

 

デンジは思わず笑みをこぼすが、老人の目は冷めたままだった。

 

「そっから借金と利子で十七万、仲介手数料その他もろもろ混みで…ほれ」

 

雑把に封筒が投げ渡される。悪魔一体の討伐料三十万に上乗せされた十万で四十万円のはずが、デンジが受け取ったその封筒はやけに軽い、そして薄い。デンジの顔から感情が抜けていく。胸元が冷えていくような不快感を感じつつ、デンジは封筒をのぞく。

 

「七万…」

 

そこから水道代や、他所にしている借金を返せば千円も残らないことを察し、デンジは気落ちする。

 

「金が欲しいなら悪魔退治のほかにもやりようはあるぞ、腎臓や金玉、目ん玉みてぇな片っぽなくなっても困んねぇモン売っちまうとかな」

 

老人はゴミを見るような視線に、デンジは体を震わせる。

 

「っす、すんません…」

 

デンジは、悪魔退治を生業としているが、デビルハンターというわけではなかった。公安や民間といった正規のデビルハンターとは違い、その手綱を握るのはヤクザであり。通常、適切に処分されるはずの悪魔の死体は闇市に卸される。憶病な少年がこのような違法の所業に手を貸しているのには訳があった。

少年は、デンジは、まだ未成年であるにもかかわらず多重債務者であった。父親が抱えていた借金を、父親の死をきっかけにすべて背負うことになったのだ。これが真っ当な金融機関であるならば、相続放棄や破産などで逃れようはあったのだろう。しかし、デンジの父親が借りていたのは所謂闇金。ヤクザが運営する、グレーと呼ぶのもおこがましいほど真っ黒な闇金だ。

臓器売買、人身売買で金に換えようと、まだ幼いデンジに借金を押し付けたのだが、デンジはチェンソーの悪魔と出会い、デビルハンターとしてヤクザに雇われることを選んだ。

 

「ポチタ…ごめん、今日の飯は食パン1枚な…」

 

デンジは封筒の中の金を何度も数えながら帰路についていた。何度数えても二千円にも満たない金、当然家に食べ物などなく、次に収入を得るまで一日一枚の食パンで食いつながなければならない。

 

「でも、内臓売んのは怖えし…」

 

老人から臓器売買の話をされるのは初めてではない。そも老人は当初は適当にデンジの売れるところを売って金にしようと思っていたのだ。つまりデンジにする臓器売買の話は提案ではなく催促であった。

 

無意識にため息が出る、約四千万の借金、過酷でいつ死ぬかわからない悪魔退治、ろくな食事もできない現状。考えれば考えるほど憂鬱な気分に落ちていく。

とぼとぼと歩くデンジの横に車が止まる。いかにもチンピラといった容姿の男が運転し、後部座席にはヤクザの老人がふんぞり返っている。嫌な予感がよぎる、しかし逃げれば何をされるかわからない、というか逃げることなどできない。チンピラの男が窓から身を乗り出してきた。

 

「おい犬!このタバコ食ったら百円やるよ!」

 

めちゃくちゃな提案だ。人間としての扱いをされていない。しかしデンジはこの男たちにとっては文字通り畜生ほどの価値もない存在である。百円をもらえるだけマシ、そうデンジはあきらめた。

 

「マジっすか!?いただきます!」

 

デンジは受け取ったタバコをままよと飲み込む。燻る灰が舌と喉を傷つけ、タールや薬品の味が口中に広がり、異物感を残したタバコがデンジの喉を通過する。

デンジがもし憶病でなく、したたかな性格であったなら、飲み込むふりをすることもできたのだが。この臆病な少年はそれほど世渡りがうまくなく、また自分を虐げるものを欺く度胸もなかった。

 

「おげぇ…ヴっ…ぇぇ…」

 

「アハハハハハ!!!!」

 

「…また悪魔が出たら呼ぶ、逃げたら豚の餌だからな」

 

首を垂れてタバコを吐き出そうとするデンジの頭に硬貨が当たる。ヤクザを乗せた車は廃棄ガスをその場に残して走り去っていく。

 

「うえっ、ゲホっ…これで三日食えるな…」

 

涙目でうずくまるデンジにポチタがすり寄り「くぅん」と弱弱しい声で鳴いた。

 

 

 

雨の降る中、家と呼ぶにはみすぼらしい、もともと物置として使用されていたトタンの小屋。その中でデンジとポチタは食パンを分け合った。人が住むように作られていない小屋には隙間風が吹き、栄養不足のデンジの体を凍えさせる。デンジはその寒さを何とかごまかそうとポチタを抱き寄せ暖を取る。

 

「普通…パンにはジャムとかバター塗って食うらしいぜ…

 

「ま、俺たちにゃ普通なんて、夢の話か…

 

「借金も…返せる気しねーし…

 

自分にはありえない‟普通”の話、夢想することもできない、縁遠い話だとデンジは何も塗っていない食パンをむさぼる。ふと視線の先にある窓に目を向ける、打ち付ける雨に、デンジはポチタと出会ったときのことを思い出していた。

 

「悪魔…!?」

 

ヴヴヴヴヴヴヴ

 

「やだ、死にたくねぇ…!」

 

ヴヴヴヴヴヴヴ

 

「くるなよ…!」

 

ヴヴヴ…

 

「ケガ、してる。お前も死ぬのか…?」

 

死に向かう一人と一匹、死んだ父親、何もかも最悪な‟今”が脳内を巡り、それを変えるために結んだ契約。

 

 

 

 

ポチタをいつもより強く抱きしめる。寒さと寂しさを紛らわすために。疲れ切った体を癒すため、眠ろうとするデンジの瞼を空腹がこじ開ける。空っぽの頭に借金の事や、悪魔と戦うことへの恐怖があふれ出す。

 

「ポチタ…俺、今日見る夢決めたぜ…

 

「食パンにジャム塗ってポチタと食って…

 

「女とイチャイチャして…

 

「一緒に部屋でゲームして…

 

「抱かれながら、ポチタと一緒に寝るんだ…

 

いいだろ?とポチタに問いかける、ワフッと返事をするポチタの表情は、心なしか楽しそうに見えた。

 

「げほっ」

 

デンジの喉を熱いものがこみ上げる。食パンを半分ほどしか食べていないデンジが嘔吐などするはずもなく。口から噴き出すそれは口が切れた程度では出ないような大量の血だった。

いつか、聞いた。心臓病で死んだ母親の話。血を吐いて死んだらしい、ちょうど、今の自分のように。出欠によってさらに冷えるデンジの手足、冷たい手で血をぬぐうと、誰かが小屋の戸を叩いた。

 

「デンジ、悪魔が出た。仕事だぞ」

 

声の主はデンジの雇い主であるヤクザの老人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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