やはり俺の遊戯人生はまちがっている   作:鳴撃ニド

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ある日の二人①

「お前が作ったキッチンで、料理をしてみたんだが、どうだろう」

「まぁまぁの味付けでございますね。可もなく不可もなくといったところでしょうか」

「だよなぁ、料理は大体小町に任せっきりだったもんなぁ。専業主夫希望として、料理スキルは必須なんだが」

「ですが、なんとなく温かみを感じます。なんでしょう。人肌の様に、体の中からぽかぽかとしてくるような…」

「意味深に言ってはいるが、多分それ、出来立てだからだと思うわ」

「ただ、いつもの食事よりかは、なんとなくおいしい気がします。これが料理というものなのでしょうか」

「そのセリフをパン食いながら言うな。それは焼き立てだからだ」

「この野菜もみずみずしいですね。どのようにすればこんなに新鮮な状態で食べられるのでしょうか」

「それは十分前にお前が転移で取ってきた採れたてだからだ」

「せっかく人が何とかほめようとしているのに、水を差さないでいただきたいですね」

「なぁ、お前、褒める気ないだろ」


現実は甘くないが、理想も別に甘いわけじゃない

唐突だが、ここでチェスについての説明をしよう。

 

チェスは、二人零和有限確定完全情報ゲームの一つである。つまるところ、カードゲームの様に運に左右されることなく、互いの実力によってのみ決着がつくゲームである。似た類のゲームに〇×ゲームなどがある。

 

8×8の計64マスによって区切られた盤上を、白と黒、それぞれの陣営が駒を使って駆け巡る。

 

先手が白、後手が黒となっており、先に相手のキングの駒をとれば勝利である。

 

それぞれのプレイヤーが持つ駒は、キング、クイーンが一つずつ、ビショップ、ナイト、ルークが二つずつ、ポーンが八つの計16駒。

 

ちょっと変わった、アンパッサンとか、キャスリングとかいうルールを除けば、案外誰でも簡単に楽しめるボードゲームである。ちなみに、俺はこの二つのルールを会得するまで5時間かかった。

 

さて、俺がなぜいまさらチェスについてこんな説明をしたか。

 

それは、俺が本気でチェスに挑んでなお、ジブリールに負けそうだったからである。悔しい。

 

チェスは実力ゲーであるがゆえに、互いに最善手をとり続ければ先手が勝つか、引き分けになるしかない。先手有利のゲームだ。

 

もちろん、俺もジブリールも最善手をとり続けているわけではないのは当たり前なのだが、それにしても隙という隙が全く見当たらない。

 

そもそも、俺はこういうゲームが得意なわけじゃない。ブラフとか、はったりとか、そういうののほうがまだ得意なまである。ポーカーとかね。まぁ、それもそこまでじゃないけど。

 

もっといえば、ゲームなんてハマってたときにやってたくらいで、プロの様に長いことプレイしていたり、そのために人生をささげてきたりした人から比べれば、足元にも及ばん。

 

ただ、このゲームだけには負けるわけにはいかなかった。こいつに啖呵切ったあげく、ボロボロに負けましたっていうのが恥ずかしいのもあるが、なにより、期待を裏切る感じがした。

 

こいつが、ジブリールが、俺のどこに興味を持って、何を聞きたくて、何を知りたいのかなんて全くと言っていいほどわからんが、俺と本気で戦いたいと、そう言葉にしてくれた。

 

本気で戦って、負けるかもしれない。そういう相手でなければ、その言葉は出てこない。

 

つまり、こいつは、会って短い俺のことを、そこまで評価してくれている。

 

俺が無様に負けて、お前の目は節穴だったなとツッコんで、終わり。

 

そんな風な結末を、こいつが望んでいるはずがない。

 

だから、全力のこいつになんとかして勝たにゃならん。

 

そんなことを思っているうちにも、事態は悪化中。まって。そろそろどうにかしないと、本当に逆転できなくなっちゃう。

 

ここで、漫画や小説やアニメだったら、起死回生の逆転一発サヨナラホームランの素晴らしい一手が思いつくんだろうが、現実そう甘くない。

 

着々と、詰みに近づいていく。

 

本気でやるといっておきながら、もはや半ばあきらめモードになっていた俺なのだが、それでも気は抜けない。最後になるであろう一手を繰り出した。

 

何気なく繰り出した一手が、盤面にそこまで影響を与えるはずもない。あっさりとチェックをかけられる。

 

チェスは一応ルール上、チェックをかけられたらキングを逃がさなければならないルールとなっている。チェックを無視して攻撃に転ずるとかいう奇策が取れたりはしない。チェックをかけている駒を取るでもいいが、遠距離から仕掛けられるビショップを取る方法が俺にはなく。

 

逃がす。チェック。キングで取る。チェック。また逃がす。チェック。だんだんと、俺のキングを逃がす場所が狭まっていき、ついには、もうキングの逃げ場所がなくなってしまった。

 

そして、ジブリールがチェックメイトを宣言する――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とはならなかった。確かに、俺のキングはもう動かせない。ただ、ジブリールの駒もチェックをもうかけられなかった。

 

その原因は、俺が最後に動かした一手。黒のナイトが詰みをかけるための道筋を封鎖している。

 

しかも、そのナイトを取るための駒は、先ほどの連続チェックで軽く失いかけている。といっても三つほどだが。

 

「うまく詰められるとおもったのですが、なかなかしぶといですね」

 

「まぁ、起死回生の一手なんてもんは俺には打てんが、首の皮一枚繋げるための一手くらいなら俺でも打てる」

 

形勢逆転とまではいかず、厳しい状況には変わりないが、それでも、ちょっと息を吹き返した。

 

だが、ここまで駒の数が減って来たら、やることは一つ。

 

駒の残存数は勝敗に大きく左右する。俺は、自分の駒を自爆特攻させ、無理やりにでも相手の駒を取りに行った。

 

荒らしに荒らしまくった結果、俺の駒はキングとナイト、ジブリールの駒はキング、ビショップ、ナイト、ポーン二つまで減った。

 

俺は最後のナイトでジブリールのビショップを取りに行く。そして、すぐさま相手のナイトで俺の最後の攻撃手段であるナイトがやられた。

 

キングとキングではチェックをかけることはできない。残るポーンとナイトを加えても、キングを詰ませることはできない。

 

打ち手なし。なんとかギリギリ引き分けに持ち込むことができた。

 

「はー、キッツいなこれ。大口叩いちまったが、引き分けにするので精いっぱいだわ」

 

「さようでございますか。私は完全勝利を狙っていたのですが、流石にそううまくは事が運ばないようですね」

 

「当たりめーだ。真剣勝負だぞ。勝つことはできなくても、負けないようにはするだろ」

 

「まぁ、あなたの実力ならそうせざるを得ないでしょうね。ですが、それもいつまで持ちますか」

 

たしかにな。このままいけば俺が負けるか、また引き分けか。いや、負けるな。

 

第三回戦が始まる。

 

そして、ジブリールに提案する。

 

「なぁ、モノは一つ提案なんだが」

 

「なんでございましょう」

 

「こっから先、今のままだと俺は多分、どう頑張ってもお前には勝てん。実力的に、劣っているのはわかってたしな。ただ、お前も勝てん。負けを防ぐための対処的な打ち方なら、お前も凌ぐことができるのがさっき分かった。だから、今回も多分引き分けになる。そこでだ」

 

うまく引き分けたことを引き合いに出し、話を進める。俺がこいつ相手に常に引き分けに持ち込めるわけない。

 

俺は自身のナイトを、h3へと動かす。

 

「先行を俺にくれ。俺は今度、攻めれるだけ攻める。負けなんぞ考えずにな。お前の対処を打ち破れれば、俺の勝ち。逆にしのげばお前の勝ち。ずっと引き分けで長引くよりいいだろ?」

 

ジブリールはふむ。と腕を組んで考える。そして、

 

「いいでしょう。先行をお譲りします。それもあなたの策でしょう。それを受けてなお、私が勝利するのだと、証明して差し上げます」

 

と、快諾してくれた。

 

よし。俺が先行ならまだ戦える。ギリ勝ちも見えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

そこから、俺達は熱戦を繰り広げた。やはり、先手を取れたのはでかい。中盤まで、数的優位を取れているし、陣形も手堅い。

 

だがしかし、流石というべきか、中盤以降、数的優位を覆され、一気に攻め手が少なくなってきた。

 

あまりやりたくはなかったが、仕方ない。

 

俺は、ナイトをc3へと動かす。

 

「それは、あまりにも悪手でございます」

 

ジブリールは、クイーンでc3のナイトを取る。その結果、チェック、かつルークにも手が伸びており、チェックを外せばルークがとられてしまう。

 

「いいや、これでいいんだ」

 

そういって、クイーンで間駒をする。もちろんジブリールはルークを奪う。

 

一気に主力を二つも取られてしまったが、これでいい。

 

残るビショップとルークで続けてチェックをかける。しかし、攻め手が足りず、すぐさま逃げられてしまう。

 

「ナイトを残しておけば、まだやりようはあったのでは?」

 

「かもな。だが、だとしても詰ませられたかどうかはわからんだろ」

 

ゲームも終盤に差し迫ってくると、今度は相手のチェックの数も増えてくる。頼む。先にくたばってくれるなよ。

 

何とか逃げつつ、相手のキングを端に追い詰めていく。お互い、負けるのは時間の問題となっていく。

 

e5にビショップを置いて、チェックをかける。続いて、e7にルークを。そこで攻撃が止まる。

 

くそっ。あと一つ足りない。やっぱ、ルークを犠牲にしたのはまずかったか。

 

「チェックでございます」

 

今度は俺が攻められる。間駒をして何とかしのぐ。f2へポーンを。続いてg2へ。こんどはg3へ。

 

「かなり時間がかかってしましましたね。36手ですか。楽しませていただきました」

 

ついに、間駒ができなくなった。g4にビショップを置かれる。退路を断たれる。

 

「あなたがどこへおいても、次のナイトで私の勝ち、でございます」

 

チェックの波が、やっと途切れた。だが、次の一手で負け。ここで攻め切れなければ、俺の負け。

 

そう思ってんだろうな。なめんな。布石は打ってある。

 

「悪いが、次の一手で終わりにはならん。俺はまだこいつを行ってない」

 

キングを二つ進める。そして、ルークを三つ。

 

「なっっ、キャスリング!?この終盤で!?」

 

キャスリング。唯一キングを二つ進めることができるルール。一度もキング、ルークを動かしておらず、かつ間に駒が存在しない場合のみ行うことができる。

 

「チェスの変則ルールである、プロモーション、アンパッサン、キャスリング。お前も知ってるよな?だが、抜け落ちてただろ。なにせ、()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()

 

ジブリールとチェスをした回数は今回を抜いて、3回。その3回のゲームで、俺は一度も変則ルールを用いなかった。

 

別に狙ってたわけじゃない。たまたまだ。そもそも毎回使えるルールというわけでもないしな。

 

ただ、キャスリングは主に序盤で自分の守りを固めるために使われることが多い。終盤まで一度もキングとルークを動かしていない状況は、極めて稀。

 

「これで、あと一手じゃ詰められないだろ」

 

「そうですね。ですが、それはあなたも同じことでは?」

 

g5にポーンを進めて、ジブリールは言う。

 

「まぁ、そうだったんだけどな。珍しいことに、俺にもツキが回ってきたらしい。その一手、悪いが詰みだ」

 

負け濃厚だった俺に、幸運が舞い降りる。というか、ただジブリールが悪手打っただけなんだけど。

 

g7へビショップを置き、チェックをかける。ジブリールのキングをh5へと進ませる。

 

「確かにこれ以上前に進むことはできず、追い詰められましたが、あなたのルークとビショップは

逃げ道を作ってしまうので動かせないはず。これでどのように詰めるというのでございましょう」

 

ジブリールのキングは、自身の駒たちに行く手を阻まれていて、これ以上逃げ道はない。

 

「たしかに、いう通りビショップとルークは動かせない。だが、直接狙うだけが勝ち筋じゃない」

 

俺は、ある一つの駒を持ち上げ、強く盤を打つようにして、それを進める。

 

「こっ、これは…!!」

 

「気づかなかっただろ?初めの一手が詰みのその瞬間まで、一切音沙汰なしだったんだからな」

 

ナイトを、f4へ。こちらも、キャスリング同様、()()()()()()()()()()()()()()()()()()h()3()()()()()

 

駒を飛び越えてチェックをかけることのできる、唯一の駒。

 

圧倒的死に駒として、最初から一度も動かさなかった。もし動かしていれば、ジブリールに気づかれていただろう。

 

これこそが、俺の布石。唯一の勝ち筋。先手の一手目。最も戦況に影響を与える一手。そこを、あえて死に駒としての役割を与えるためだけに打った。

 

だからこそ、格上相手に勝つことができた、奇跡の勝利。

 

「私の、ま、け……」

 

ジブリールは盤面を見て、茫然としている。なに?そんなに俺が勝てないと思ってたの?というか、だったら負けでもよかったじゃん。

 

ちなみに、この戦法、名付けてステルスヒッキー戦法は、友達相手にやるとすごくうざがられる。みんなはマネしないように。あ、俺友達いなかったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の、完敗でございます」

 

ジブリールが、負けを認めて頭を下げる。

 

「いやんなわけねぇだろ。辛勝だっただろ。むしろ、俺の負けまである」

 

「いいえ。どんなにうまく誘導しても、最後の一手、あの位置に私が駒を持っていくという保証はどこにもなかったはず。加えて私の駒で防壁を築き上げ、行く手を阻むなど、正気ではありませんね」

 

そういって、俺の目を優しい目で見つめる。やめて。あんまり見つめないで。偶然だから。うっかり惚れそうになる。

 

「い、いや、それは、ただの偶然だ。うん、たまたまうまくいっただけだ。あれだ。ポーカーで初手にストレートきたみたいなもんだ。だから俺はいたって正気だ。QED」

 

なんで数学の問題の証明の最後に、QEDってつけるんだろう。ただのカッコつけだよね?あれ。

 

「ふふっ。今回はそういうことにしておきましょう」

 

そういうと、ジブリールは俺の前まで来て、跪き、

 

「盟約にしたがい、私はこれから、あなた様の奴隷として、生涯を尽くすことをここに誓います」

 

「やめて?そんなことしないで?俺変な人だって思われちゃうから。他に誰も人がいないのに、美人に跪かせてる変な性癖の持ち主だって言われちゃうから」

 

俺はあわててジブリールを立たせる。やっべぇそういえばそんな内容でゲームしてたわ。どうしよう。別に俺こいつに奴隷として仕えてほしいって思ってたわけじゃないし。

 

「確かにそうでございますね。とりあえずは都合のいい道具として使っていただければ幸いにございます」

 

「だから、心読むのやめろって。あと大丈夫?自分で何言ってるかわかってる?あれだよ、ゲームとか吹っ掛けられちゃうよ」

 

それだけじゃない。健全な男子高校生に美人が「私を好きにしていいよ」なんていったら、本当に何されるかわかんないよ?ナニされちゃうかもよ?俺じゃなかったらお願いして、ふざけたことぬかすなって断られるまである。断られちゃうのかよ。

 

「お望みであればいかようにでも。なんなら今すぐにでもシて差し上げます」

 

「ジョークなんだけど。まてまてツッコみが追い付かない。最初のあの吐き気がするとかいうセリフはどうした。キャラ変わりすぎだろ。あと、するっていう字違うよね?あくまで、ゲームの話だよね?」

 

「私を降したのですから、勝者に敬意を払うのは当然でございます」

 

「だから偶然だってさっき」

 

「運も実力のうち、でございます」

 

「いや、まぁ、そうかもだけど…」

 

「それとも、わたしの、敬愛を受け取ってくださらないのですか?」

 

うるうるとした目で訴えかけてくる。ちくしょうかわいいな。こんな風に言われたら断れんだろうが。

 

「はぁ、もう、勝手にしてくれ」

 

俺は、こいつはそういうやつだと、あきらめることにした。

 

「ありがとうございます!では、ずっとおそばにおいてくださいね♡」

 

けろっと表情を変えて、俺の周りを飛び回る。こいつ、早くも奴隷のくせに主人を手駒にとってやがる。

 

「あ、そうだ。じゃ、さっそく命令させてもらうわ」

 

俺は大事なことを思い出し、ジブリールに命令する。

 

「俺のベッド作って」




悩んだ末、八幡を勝たせることにしました。

本気出したら圧勝するくらい強い設定だと、キャラ的に合わないし、ジブリールいらなくない?となりそうだったので、止めておきました。

パワーバランス的には

空白>>八幡(本気)>=ジブリール>>>>八幡(ノーマル)

みたいなイメージ。ちょっと盛ったかも。

次回はちょっと日常回にしようと思います。

その後、ノゲノラのストーリーに合わせていこうかなと。

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