「一応聞いとくけど、お前って女だよな」
「…はぁ。さようでございますが。どこか私に男としか思えないような要素がありましたので?」
「いや別に。ただ、
「その通りでございます。位階序列第七位以下は生物扱いですが六位以上は生命と呼称されます。すなわち、性行為を代表とした魂の交配をするのは七位以下ということになりますね」
「そう。だから気になったんだよ。そもそも性別の概念があんのか?って」
「まぁ厳密には違いますね。女性的個性というか、女性的概念と言えばよいでしょうか。魂の特徴としては女性的、ととらえていただければ」
「じゃあ
「マスターがお望みであればいくらでも。今からでもいたしましょうか?」
「いやいい。そういう意味で言ったんじゃないから。だから指で俺の服をめくるな」
「愛とは何でございましょうか」
あれから約一週間。
東部連合を併合し、ついにエルキア連邦となったここ、エルキア連邦図書館、旧王立図書館において、俺は困惑していた。
恋愛感情を有さないという種族、
俺はその質問にすぐには答えず、しばし考える。
なぜこのような質問を俺に投げかけてきたのか。
単純に未知を既知に変える、今までと同じ探求的行動からなる質問なのであれば、答えるのはやぶさかではない。ただそうだとするならば、それはあまりにも聞く相手を間違えすぎていると思う。
青春なんて過ごしたことないだろ、とか、お前は恋愛なんてしたことないだろ、とか、手をつないだだけで帰り道デート?はっ。笑わせるな。とかいう意味合いを含んだ罵倒をジブリール本人が俺にしてくるのだ。俺にその答えを聞くというのは間違った選択であると本人も理解しているはず。
であれば、愛という言葉の定義を聞いているのだろうか?いや、それもないだろう。知識の塊と言えるジブペディアの脳内辞典に「愛」という項目が追加されていないわけがない。
そうなってくると、考えられる選択肢は一つ。
「私が『愛』についてのことを尋ねれば、マスターは勝手に勘違いして、いろいろ考えたあげく滑稽な姿をお見せになること間違いなし。存分にからかってあげましょう」作戦にちがいない。
やれやれ。とんだ恥をさらしてしまうところだった。
よって、俺が導き出した答えは…
「辞書引け」
適当にあしらうこと。ベストアンサー。ててーん。
ジブリールはそんな俺の反応に対してはぁ、とため息をついた。
「今マスターが何をお考えになっていたのか、不肖このジブリール、多少察することができます。ゆえにこう述べさせていただくのですが、変な勘繰りなどせずに普通にお答えいただけないでしょうか?」
どうやら不正解だったようだ。バッドアンサー。
「…つってもなぁ…俺も別に恋人とか居たわけじゃないし。俺もよく分からん。分かってたら恋人の一人や二人できてただろうしな。こっちが教えてほしいわマジで」
読んでいた本を一度閉じ、机においてジブリールに向き合う。愛なんて俺に聞くなよな。まじで。
「私は別に正解を求めているわけではないので。あくまで一意見としてマスターの見解を求めているのでございます。どうか気軽にお答えいただければ」
「聞いてどうすんだよ」
「最終的には愛という哲学的なものを定義するための一要因とする所存です。もちろん、マスターのみならずドラちゃんや空様、白様にもすでに話を聞いております」
「あ、そう」
…まぁ、それならいいか。学術的興味なら、普通に、素直に答えてやるとしよう。
「…個人的見解でいいなら、俺は、愛ってのは自分の気持ちを相手に与えることだと思ってる」
「気持ちを与える、でございますか?」
「よく使う表現に、恋はするもの、愛はされるものっていうのがあるが、俺の意見は違う。愛するし、愛されもする。要は気持ちの押し付け合いなんだ。見たい。聞きたい。知りたい。分かりたい。ずっと一緒にいたい。ずっと一緒にいて安心したい。そんな気持ちの悪くてしょうがない独善的な気持ちを相手に押し付けること。…気持ちを与えるなんて、耳ざわりがいいように言ったが、つまりはそういった醜い自己満足の押し付け合いが愛のかたちなんだ。だから往々にして、愛し合う関係なんて言うのはフィクションの中でしか起こらない。普通の人間はそんな気持ちを受け止められないからな」
「ですが、それでは恋人になることや、結婚することはできないのではございませんか?マスターの考える愛が本当ならば、世の人類は未婚のままでいることがほとんどであるということでございましょうか?」
「いや?そんなことはない。結婚そのものは知らん奴とでも、婚姻届けさえ書いちまえば別にできるし、互いにメリットがあるなら好きじゃないやつとでも恋人になったりすることはある。結婚することも恋人になることも愛がなくともできる」
「では、愛のある婚姻はもはや存在しないと?」
「まぁ、多くはないだろうな。だから離婚ってのが横行するんだ。結婚したてのときは相手の気持ちを受け止め切れた気になって、後になって自分には無理だと突き放す。愛情で結婚できているのなら、そんな頻繁に離婚なんて単語を耳にはしないだろ」
「…私が言えたことではありませんが、夢がありませんね」
「夢は見るものでも願うものでも、ましてや叶えるものでもない。諦めるものだ」
このときの俺の答えが、間違っていたのだろうか。
俺は本心で語ったつもりだったが、それが良くなかったんだろう。
少なくとも、ジブリールが望んだ答えではなかったに違いない。
次の日の朝目が覚めると、そこはいつもと同じ図書館の天井ではなかった。なんかやたらと豪華なシャンデリアみたいな照明器具に、仰々しさまであるバロック様式的な派手な文様が天井にのたくっている。今こそこのセリフを使うべき時だろう。知らない天井だ…。
のそりとベッドから起き上がり、とりあえず手短なところから、どういう状況なのか情報を集める。寝ているうちに移動しているということは、ジブリールがやらかしたのだろうか。それとも、アズリール?
近くにあった机の上に手紙が置いてあることに気が付くと、俺はそれを手に取って読んだ。他の人宛という可能性もあるが、流石に
なになに。「これより数日の間、空様と白様とともに行動し、オーシェンドに向かうこととなりました。つきましてはマスターの世話をドラちゃんに一任します。そしてマスターはドラちゃんとともにエルキア連邦の構築を行ってください」だって。なるほど。なんで?教えてよドラえもん。
何故知らないうちに場所が移動しているのかはさておき、何が原因でこんなことになっているかの察しはつく。ただ、昨日のアレで何がお気に召さなかったのかはさっぱりわからない。
俺が頭の中を?マークでいっぱいにしているところ、唐突に部屋の扉がバン!と大きな音を立てて開かれる。びっくりしてそちらに視線を向けると、見知った不憫な赤髪の少女が息を切らして突っ立っていた。
「見つけましたわよ八幡っ!!!」
そういうやいなや、ステファニーはつかつかと歩いてきて俺の手を取ってぐいっと引っ張ってくる。どうやら俺をどこかに連れて行くようだ。
なされるがまま引っ張られる方向に従い歩き出す俺とステファニー。しばらく歩いていると、見覚えのある景色が見て取れた。おそらくだが、エルキアの王城の一角だろう。
だが先入観はいけない。もしかしたら見た目だけ似せた別の場所という可能性もありうる。なにより目の前に答えを教えてくれる人物がいるのだから、とりあえず聞いておけばいいのだ。
「おい引っ張るな。どこ行く気だ。後ここどこ」
「玉座の間ですわ。それから、ここはエルキアの王城の一室ですわね。前に使っていた部屋と違う部屋にいたから探しましたわ」
ジブリールはどうやら前に使っていたのと違う部屋にわざわざ眠っている俺を転移させたらしい。道理で見覚えないと思った。
「これから重要なゲームが始まるんだから急いでくださいな!」
そういいながら歩くペースを上げ、腕を引っ張る力を強めるステファニー。…なんか強くね?抵抗する余力もないくらいぐいぐい引っ張ってくるんですけどこの子。あらやだ積極的。
いや違う待て待て。今ゲームって言ったか。碌なもんじゃないだろうなそれ。テンションが一気に下がったが、今のところ何もわからないのでとりあえず聞いてみるしかない。
「…それって誰とやる、何のゲーム?」
「今まで散々無視を決め込んでたくせして甘い蜜を吸おうと群がってきた、在エルキアのクソ貴族どもと行う、東部連合の大陸資源をかけた利権争いのポーカー勝負ですわっ!!!!」
クワっと表情を怒りの顔へ変えたステファニー。その荒々しい言葉遣いからも、相当のストレスがかかっていることがうかがえる。そもそもあの空白の二人のお守をしているだけでも大変そうだしな。マジで社畜。もうマッ缶の差し入れをあげたいレベル。
今のエルキアは、いうなれば群雄割拠時代。
空と白の台頭により諸外国への牙を得た人類種は、次々と他種族を篭絡、もとい侵略している。それに伴い、エルキア国内でも実力主義の時代へと変わりつつある。彼らが力を示したことで、国民たちも奮起しているのだ。
しかしそれをよく思わない人物たちがいる。それこそが今話題に上がった貴族たちである。生まれながらにして勝ち組の彼らは、その座から引きずり降ろされることを最も懸念する。万が一「貴族制度を撤廃します」なんて口にしようものなら即座に暗殺者を仕向けるだろう。
まぁもちろんこれは俺が元居た世界、リアルの貴族たちの生態であり、ディスボードでは暗殺なんてできないから、ゲームを仕掛けてくるんだろうけど。
彼らのスタンスは依然として変わらない。責任を負わず、自らの利益のみを望んでいる。その生き方には共感するし、なんなら推奨するまである。だが、俺がいまそうなっていないのに、他の奴がそれをやるのは許せない。
東部連合を併合し、エルキア連邦となった元
たかが
ということでステファニーは毎日のようにゲームに参加し、それをことごとく返り討ちにしているそう。なお、本人が一昨日くらいに来て直接愚痴ってました。
「…お前も大変だな」
「分かっていただけますの!?もう本当にあの二人は八幡の爪の垢を煎じて飲んでいただきたいですわ!?このクソ大変な時に留守を決め込んでどこほっつき歩いてるんですのぉ!?」
「なんかジブリールと一緒にオーシェンド行くっつってたぞ」
「ああ…
うがーっと頭をガシャガシャと掻いて発狂するステファニー。
「落ち着け。こっから重要なゲームあんだろ。情緒不安定な状態で心理戦に勝てるか。居もしないやつのこと考えて負けましたなんてそれこそあいつらに馬鹿にされるぞ」
そういうとステファニーはピタリと手を止め、ちらりとこちらに顔を向ける。そして数秒の間、俺の顔をじーっと見つめてきた。なんだよ。寝ぐせでもついてんの?
数秒謎の時間が訪れた後、ステファニーはおもむろにフラっと俺のほうへと倒れこんできた。貧血でも起こしたかと思いきや、そのままぎゅっと背中に手を回し、胸に顔をうずめてスーハ―と深呼吸をしてきた。一気に心配から緊張に変わり心臓の鼓動が激しくなる。
そのままされるがまま胸で深呼吸されている感覚を味わうこと数十秒。どうしたらいいかわからずにフリーズしていると、ステファニーはゆっくりと胸から顔を離し、顔を真剣なまなざしに変えて言った。
「だいぶ落ち着きましたわ。先ほどは気がおかしくなっていたようですし。感謝しますわ」
「お、おう。だいぶおかしかったな。もう急に何してんのって感じで」
「行きますわよ八幡。エルキア連邦となった今、もう
「そうだな。その調子で俺からも気をそらしていただけると…って痛い痛い。冗談だから。だからそんな強く引っ張んなって」
そしてその後、無理やりポーカー勝負に参加させられた。結果はステファニーの一人勝ち。じゃあ俺いらなかったんじゃない?
いきなり事情も聞かされず、とにかく無理やり引っ張られて、訳の分からない気合の入れ方をされてドギマギし、寝起きでポーカー勝負に参加させられた俺が怒らなかったのは、自分でも快挙だと思う。
あれから一週間弱。短いようでいて長かったこの間、俺とステファニーは毎日ポーカー三昧。
当初はステファニーと一緒に俺も参加して三竦みみたいな感じでゲームをしていたのだが、三日を超えたあたりからステファニーが露骨に疲れ果ててきていた。
無理もない。俺はポーカーやって食事して寝てるだけだが、ステファニーはそれ以外にも、勝利した後の貴族への指示出し、政治関連のたまった書類の片づけ、食事の用意とすべてこなしているのだ。いくらなんでもオーバーワークだ。
流石に見かねた俺はポーカーと食事はステファニーに任せず俺がやることにした。貴族への指示や書類関係なんかは俺が口だすとかえって時間がかかってしまいかねないし、なによりセキュリティという面で第三者である俺を関わらせるのは良くない。この二つはステファニーがやるしかないから、俺が残りをやると口にしたら、泣いて感謝された。
まぁポーカーに関しては俺も全責任を負うことはできないので、前座として俺に勝利し、かつステファニーに勝てれば貴族たちの勝利、というルールに変更した。貴族どもは二勝もしなきゃいけないなんてずるだろうと文句を垂れていたが、「いやなら帰れ。初心者一人も倒せないで土地の管理なんかできるか」と煽ったら誰も文句を言わなくなった。
ゲームは得意でない俺だが、ことポーカーとなれば話は別だ。オセロとかチェスとかなら実力差が出てしまうが、運ゲー、かつ心理戦がものを言うゲームなら、ある程度戦える。
さすがは貴族といったところで、最初に出会った山賊たちとは比べ物にならないくらい強かった。しかし悲しいかな。強いといってもそれはあくまで
ただ、運ゲーなので負けるときは負ける。最終的に勝てばよいから、全戦全勝する必要はないと相手も分かっているはずなのに、そのたびに対戦者から煽られると、いくらなんでも気分が悪い。これをずっとやり続けていたステファニーに悪いという意識があったから正気でいられたが、それがなければ怒り狂っていたかもしれない。
ちなみに、イカサマは一切していない。バレたら即失格だし、イカサマはするよりも、しているのを見つけるほうが得意だ。
ちなみに今の対戦者も数回イカサマをしている。最初に告発しないのは、言及しても言い逃れしやすいチープなイカサマだからだ。何度か見逃してやることで、こいつカモだと思わせ、決定的なイカサマをする瞬間を狙う。
そんなことを考えていると、手に隠したカードをデッキの上に乗せ、そのまま手元に引く。いわゆるパームと呼ばれる方法でイカサマをしてきたので、ここでとどめを刺す。
「なぁアンタ。今イカサマしただろ」
「なっ!!何を言う!!言いがかりだ!証拠はあるのか証拠は!?」
矢継ぎ早にまくしたて怒る貴族の一人。証拠があるのかっていうやつは大体犯人なんだよなぁ。
「まぁ待て。証拠はデッキの枚数調べりゃわかるし、こっちにはイカサマ判定のスペシャリスト、
こっちがそういえば、相手は認めざるを得ない。実際にイカサマをしていることは確定だし、心を読む種族、
「…わかった。認める」
「ちゃんと言え。負けるたびに煽られてんだからお前も屈辱を受けろ」
「クソガキが…俺は、イカサマをしたことを認める!」
「はい、じゃあアンタの負けね。おつかれ」
そういってテーブルを立ち、勝利報告とその後のことを任せるために休息を取っているステファニーに告げようとするが、どうやら対戦相手は納得いっていない様子だ。でしょうね。
「何言ってんだ!?イカサマをしたことを認めれば仕切り直しにするって言っただろ!?」
「まぁ確かに言ったな。けど、俺にそんな権限あると思うか?」
「は?」
「このゲームを受けたのはステファニーだし。あくまで俺は前座だからな。ステファニーが言ったならまだしも、俺が勝手にルール変えたらまずいだろ。それに、『十の盟約』でイカサマは発覚した時点で即失格。神が決めたルール変えようなんておこがましいんじゃないの?恥ずかしくないの?」
というやり取りをし、今日のゲームは終わった。
明日もこれがあると考えると憂鬱だ。早く空白の二人が帰ってくることを祈ろう。