総武高校入学の日。
新しい生活にワクワクしてしまったあまり、一時間も早く家を出たら、その結果。
飼い主の手をするりと抜け出したやんちゃな犬が道路に飛び出し、あわや高級そうな車に引かれそうになっているところを目撃してしまった。
なんのことはない。ただ、魔が差しただけなのだろう。というか、そのまま見殺しにするのが気持ち悪かっただけだ、多分。
気が付いたときには、俺は乗っていた自転車から飛び降り、引かれそうになっている犬を助けるべく道路に飛び出してしまっていた。
俺の行動の甲斐あって、無事にその犬は怪我無く、無事に飼い主の元へと戻っていった。
ただその代償として、俺が代わりに車に轢かれ、不運なことに、吹き飛ばされた先のガードレールに強く頭を打って、昏睡状態となってしまった。というより、ほぼ死んでるらしい。
読者の皆さんは、なぜ俺が昏睡状態であることを俺が知っているのか、気になると思う。ていうか、誰だよ読者の皆さんって。
その答えは、その一連の話を、目の前にいる少年(?)に聞かされたからである。俺も信じたくはない。
気が付いたら真っ暗な世界にたった一人。あ、一人なのはいつもでしたね。
そこに、突如としてあらわれた、クローバーのマークが入った帽子をかぶった少年が現れ、今の現状を説明してくれた。
「せっかく今の状態を説明してあげた僕に対して、つれないなぁ君は」
その少年の名はテト。自称神。まぁ、その話が真実だとするなら、神様であることに間違いはないように思える。なぜなら、昏睡状態の俺と会話できているのだから。でもね、信憑性がなさすぎるんですよ。あまりにも。
「僕は自称じゃなくて、本物の神様!まぁ、この話が君にとって受け入れがたい話であることは間違いないけど…」
「ちょっと?ナチュラルに心読まないでくれる?信憑性上がっちゃうから。信じたくないのに信じざるを得なくなっちゃうから」
うん、こいつ本物の神だわ。どうしよう。今までにまずいこと言わなかったかしら。今年の正月に、賽銭箱に入れた金額ケチったのに対して怒ってないかしら。
するとテトはふふっと笑って、答える。
「僕は確かに神様だけど、君たちの住むそれとはちょっと異質なんだ。君の信仰する神様と僕は、同じ神ではあるけど似て非なるものだから、気にすることはないよ」
ほーん。神様にも派閥みたいなものとかあるのかしら。というか、だったらなんで俺が毎年行ってる神社の神様がやってこないの?やっぱり、金額少なかったから怒ってるの?
「とりあえず、話を進めるよ。君は事故で昏睡状態になってしまった。けど、僕なら君を目覚めさせることができる」
「なら、早く目覚めさせてくれ。妹にも心配かけてるだろうしな」
我が最愛の妹小町。事故になったのだから、流石に家族には話が行ってるだろう。小町が俺のベッドのそばで泣いている姿が目に浮かぶ。そこに両親がいないことを考えると、ちょっと悲しくなる。
「まぁ話は最後まで聞きなよ。確かに僕は君を目覚めさせることができる。けど、本当にそれでいいのかい?」
「どういう意味だ?」
「君は、
「……」
「君は君の世界をどう思ってる?楽しいかい?生きやすいかい?」
どう思っているか、か。
誰もが自由気ままにふるまえるという見せかけの世界で。
暗黙のルールや制限がかかっていて、秀ですぎても、逆に劣っていすぎてもペナルティ。
逃げようにも逃げることなどできず、しゃべり過ぎても、しゃべらなくても疎まれる。
能力値が見えることもないから、曖昧な基準でしか図られず。
どうふるまえばいいかの正解がどこかに書いてあるわけでもない。
こんな
「もし、単純なゲームですべてが決まる世界があったら、目的もルールも明確な盤上の世界があったらどう思うかな?」
「そんなこと答えても、意味なんてないだろ。そんな世界ないんだし」
「例えばの話だよ。例えば」
例えば、か。
もし、もしもそんな夢のような世界があるのなら。
「ま、もしそんな世界があるなら、俺は、生まれる世界を間違えたわけだ」
「僕もそう思う!」
その一言とともに、世界がだんだん明るくなっていく。
「君はまさしく、生まれる世界を間違えた!」
仰々しく、テトは両手を空に掲げて高らかに宣言する。
「ならば、僕が生まれなおさせてあげよう!君が生まれるべきだった世界へ!」
その言葉が紡がれると同時に、俺の体が浮遊感を感じる。
「うおあぁっ!?」
落ちてる落ちてる!?なんかわからんけど空から落ちてる!?ていうかここどこ!?
「ようこそ!僕の世界へ!」
「はぁ!?」
「ここは君が夢見る理想郷、盤上の世界、ディスボード!」
何言ってるかわからん!というか落ちてる!死ぬ!ああ、小町の顔が浮かんでくる。これが走馬灯というやつか。
「この世のすべてが単純なゲームで決まる!人の命も、国境線さえも!」
「それどころじゃねぇ!!これ死ぬだろお前!?いやもう死んでるんだっけ!?」
俺の叫びもむなしく、テトはなおも人の話を聞かずに話し続ける。
「この世界は、十の盟約によってすべてが決定する!」
[一つ] この世界におけるあらゆる殺傷、戦争、略奪を禁ずる
[二つ] 争いはすべてゲームによる勝敗で解決するものとする
[三つ] ゲームには、相互が対等と判断したものをかけて行われる
[四つ] "三"に反しない限り、ゲーム内容、かけるものは一切を問わない
[五つ] ゲーム内容は、挑まれたほうが決定権を有する
[六つ] "盟約に誓って"行われた賭けは絶対順守される
[七つ] 集団における争いは全権代理者を立てるものとする
[八つ] ゲーム中の不正発覚は敗北とみなす
[九つ] 以上をもって神の名のもと絶対不変のルールとする
「だから!そんな場合じゃ!なあぁぁぁぁぁっっっ!!!??」
もう地面が見える!!終わった。比企谷八幡、異世界転生して12秒で死す。いやいやまったく笑えん!
「っっ!!」
観念して、目を思いっきりつむる。
結論から言うと、死にはしなかった。いや死んではいるんだっけ?もうこのくだりはいいですねすみません。
地面とぶつかる寸前で、空中に浮いたまま止まっている。ナニコレ超能力?というか、だったら先に言っといてくれねぇかな、マジで。
と思った矢先、普通に地面に落とされた。おい、もうちょい優しく下ろせよこのやろう。
「そして『[十] みんな仲良くプレイしましょう』」
「お前、まじふざけっっ」
文句を言おうとした俺の口よりも先に、テトは姿を消していた。
(また会えることを期待しているよ。きっと、そう遠くないうちに)
テトの声だけが、明るく輝く青空にこだまする。
「……」
ひとしきりぼーっと青空を眺めた後、上半身を起こしてあたりを見渡す。
やはり、ここは異世界だった。もう、非の打ち所がないくらい。
「なぁ、小町。俺、異世界転生しちゃったよ。確かにさ?小説で読んでた時はいいなって思ってたよ?俺にも起こんねぇかなって思った時期もあったよ?でもさ、これはねぇよマジで」
脱力して、地面に横たわる。
「生まれる世界を間違えたとは言ったけど、
そう、生まれる世界は間違えたかもしれんが、この世界に生まれ変わりたいわけではなかった。なぜなら、それは小町との永遠の別れを意味する。兄として、可愛らしい妹を置き去りにして異世界に旅立つなんてことは決してしないのだ。あ、今の八幡的にポイント高い。
だから、あの時普通に目覚めさせてくれりゃよかったものを、テトが変な気を利かせて異世界に送り込みやがった。こういうのなんて言うか知ってる?大きなお世話っていうんですよ。
「ぜってぇに戻ってやる」
俺はそう意気込んで、とりあえずいい天気だったので寝た。