デュエルスタンバイ。
情報収集を終え、宿で一泊したのち。俺は町の中をぶらぶらと歩いていた。
店の名前や地図などの文字はさっぱりわからないが、それでも得られるものは大きい。
例えば、俺は今おそらく八百屋と呼べるであろう店の前にいるのだが、そこにおいてある商品と、その上に書いてある商品説明欄を比較すれば、なんとなく何が書いてあるか理解できる。
幸いなことに、売っている商品そのものは見覚えがある商品ばかりであった。名前だけ同じで実物はイメージと違うということもなく、トマトといえばヘタがついていて、赤くて丸い野菜であるという共通認識がある。
偶然だが、数字を学ぶことができるのは大きな収穫だった。商品である以上、値段ももちろん書いているので、比較的苦労なく数字を読めるようになった。
とはいえ、今覚えたことは数字と、簡単な一般的な固有単語のみ。本などを読むにはとてもじゃないが対応できない。
というわけで、俺は今、絶賛教師を探し中。文字を教えてくれる現国の先生が欲しい。欲を言えば、俺の状況を理解し、俺の心の支えとなるような優しい先生で、放課後にラーメンに誘ってくれるような先生がいい。ただし、グーパンはなし。
半日ほど町を歩き回った結果。
得られたのは、とりあえず行きたい店に行くことができる脳内マップと、何度もおんなじ場所を通っている腐った眼をした不審者というレッテルだけ。事実だから反論できねぇよちくしょう。
これ以上町を歩き回ると、本当に通報されかねないので、仕方なく俺は王立図書館へと向かった。
宿に戻ってもよかったのだが、情報収集をやめるには少し時間が速すぎる。その上、所持金の関係上、宿にいることのできるタイムリミットは三日間。あまり時間を無駄にできないのだ。
できればもう少し文字を読めるようになってから図書館に向かいたかったが、致し方ない。
少し町のはずれにある図書館の扉を開き、中に入る。
おお、素晴らしい。
初めて訪れた場所での、一番目の感想にこのセリフが来るのは中々だと思う。
流石は王立図書館というだけあり、蔵書の数は数え切れんほどある。
しかも、その本は乱雑に置かれることなく、全て綺麗に本棚に並べられている。
そして環境。図書館の扉を閉めたとたん、外の世界の音が聞こえなくなった。やっぱり本は静かに読みてぇもんな。防音性能も抜群といったところか。
音だけではない。本を読むのに適切な明るさ。明るすぎたらまぶしいし、暗すぎたら目が疲れる。どっかの情報番組で、本を読むのに一番いい明るさは500ルクスといっていたが、そんなもんだろうか。
においも素晴らしい。本来、本というものは紙、すなわち木から作られているもので、年代が入っていればいるほど独特なにおいを醸しだす。それも味ではあるのだが、そういった本が多くある図書館ではにおいの対策をしなければ、少し不快感を感じることがあるという。ここではそれが一切なく、むしろちょうどいい具合の本のにおい。読書意欲をそそられる。
あまりにもこの図書館が素晴らしすぎて、図書館に入ってから数十秒ほど、ピクリとも動かずこの図書館を堪能してしまっていた。
ゆえに、俺は気が付かなかった。
物理的に、上から見下すような視線で、天使が俺を見ていたことに。
「私の図書館にどのようなご用件でしょうか」
俺がその存在に気づいたのは、このセリフがあったからである。したがって、虚を突かれた俺がまともに反応できるはずもなく。
「あっ、いえ、その、なんでもないでしゅ」
思いっきり噛んだ。しかも、用件を聞かれてんのに、何でもないときた。喧嘩売ってんのか俺。
「そうですか。ではお引き取り願います」
淡々と、空に浮かぶ天使は告げる。よかった。怒ってないみたい。ってそうじゃねぇ。
「ああ、違う、違くて。本借りに来たんだよ、本」
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」
食い気味に断られた。やっぱ怒ってんのかもしれん。
「なんでだよ。図書館だろここ。国民が本借りたいって言ったらふつう貸すだろ。それとも、常連じゃないと貸せないとかいうルールとかあんの?」
厳密には国民ではないんですけどね。まぁ知るわけないし、黙っておこう。
「どこの馬の骨かは存じませんが、ここは私の図書館でございます。したがって、あなたに本を貸す義務はないと承知しておりますが」
丁寧だが口悪いなこの天使。なんだよ馬の骨って。散々悪口を言われてきたが、いまだかつて言われたことねぇぞ。
というより、私の図書館って言ったか。じゃあ王立図書館と間違えて入ったのか。もしそうならこちらに非がある。
「悪い、実は俺、ここの国民じゃなくてな。遠くから来たから、王立図書館と間違えて入ってきたみたいだ」
「そうでございますか。ではなおさらあなたに本を貸す理由はなくなりましたね」
いちいち心にくるなこいつの発言。
「うん、だからさ、悪いんだけど、王立図書館どこにあるか教えてくんない?」
「ここでございます」
「え?」
「ここでございます」
「すまん、もう一回言って?」
「ここでございます」
「……」
「ここでございます」
「あ、うん、ありがとう、もういいわ」
「
「やめてやめて?俺のせいで人類の評価をさげるのやめて?むしろ俺ちょっとエリートだから。学校の成績表返されるとき先生に『ま、よくやったな』の言葉を掛けられるくらいにはエリートだから」
「それは本当にエリートと呼べるのでございましょうか。
やばい。自虐ネタが通じなくて余計悪化した。というより、いろいろと突っ込ませて欲しい。
「まて、話は戻るが、ここは王立図書館なんだな?」
「先ほどからそう言っているはずですが。やはりあなたは
「で、お前の図書館でもあるんだな?」
「後半部をスルーされたのにいささか腹が立ちますが、そうでございます」
「つまり、どういうこと?あれか、ここの司書みたいな存在だって言いたいのかお前は」
「何が理解できないのかが理解できませんが、ここは王立図書館。私が数年前、国王とゲームをして奪った私の図書館でございます」
……あー。なるほど、そういうことね。ていうか、図書館賭けるとかイカれてんのかここの国王。こんないい図書館賭けやがって。情報は武器だぞ。死にに行ってるようなもんだろそれ。
「悪い。ようやく理解した」
「そうですか、では、お引き取りを」
「まてまて、食い気味に俺を返そうとするな。わかった、じゃあ、ゲームしよう、ゲーム」
「ゲーム、ですか」
そのセリフとともに、空気が変わったように、図書館の中に緊張が走る。ゲームってこんな緊張感あるものだっけ?
「人の身で、私にゲームを挑まれる、と?」
「え?あ、うん」
「そうですか」
そういうと、天使は俺の前まで下りてくる。おい、遠くだったから気づかなかったけど、こいつ露出多すぎだろ。健全な男子高校生には目の毒です。目が泳いじゃう。しかも、めっちゃ可愛い。俺じゃなかったら身の程をわきまえず告白してボロッカスになるまで罵倒された挙句振られるまである。振られちゃうのかよ。
「ゲームを挑まれると申される以上、礼儀は必要でございますね。私は
「人間の比企谷八幡です」
お互いさらっと自己紹介をすます。なんだよ人間の比企谷八幡って。下手くそか。
「そういや気になってたんだけど、お前って天使なの?」
「天使、なるものは神の使いでありますから、ある意味間違いではございません。私たち
なにそれこっわ。つまりは神同士の殺し合いの道具ってこと?それで天使作ってたのか。天使に抱くイメージ変わっちゃいそう。
「私たち
ごめん。前半の『首』が衝撃的過ぎて後半軽く聞いてなかったわ。うん、大事だよね。知識。
「つまり、知識が詰まるこの本、並びにその図書館は、我々にとって命と等価といって差し支えないもの」
そう言って目を閉じ、重々しく、かつ神々しく次の言葉を紡いでいく。
「それを踏まえた上で、あなたに問います。賭けるものは?」
ゴクリと喉を鳴らす。さっきからも緊張感はあったが、こっから先のミスは命取りになりそうな予感がする。ゲームくらい、さらっと済ませようぜ。マジで。
「俺が欲しいのはここの本を読む許可。だから、俺が勝ったらそれをいただく。」
「あなたが負けた場合は?」
「素直に出ていく」
「ふざけてるんですか?」
ジブリールがじろりと俺をにらむ。怖っ。ちょっとちびりそう。
「ふざけてねぇよ。というより、今の流れで賭けるもの何って聞かれたら、むしろ妥当だろ」
「そのような内容で、わたしがゲームに応じるとでも?」
威圧感が高まる。やっべぇ。これ以上怒らせたら死ぬかも。
「ま、普通なら受けたりしないだろうな。だが、お前は受ける。間違いなくな」
「その根拠は?」
「まず一つは、お前がそういうやつだってことだ。自分が他人よりも優れてるって思ってるのか、それとも過剰に他人を卑下したがる奴なのかはわからんが、少なくともお前は俺を下に見てる。だから、ゲーム内容が何であれ、賭けるものが何であれ、お前は受ける。自分がこんな目の腐ってるやつに負けるはずがないからな。」
「……」
ジブリールが俺を無言でにらみ続ける。その目からは何も読み取れないが、俺にはわかる。ゲームならまだしも、心の機微に、俺がどこぞの天使などに負けるはずはない。
「二つ目は、俺に興味があるからだ。さっきの会話からも読み取れたが、お前は俺に普通の
「いえ、罵倒は素でございます」
「おい、だったら話が違う。ちょっと読み間違えて恥ずかしいうえに、ナチュラルにディスっていじめてただけってのが分かってメンタルボロボロだよ俺」
無論、嘘である。鍛え抜かれた真のボッチはこれくらいのことでは動じない。
ンンッと咳払いをして、話をつづけた。
「まぁいい。話をつづけるぞ。だからこそお前は、俺から吹っ掛けたゲームを受ける。ゲーム内容や、賭ける内容、プレイスタイル、思考パターン、運の良さなどから、俺を分析したいはずだ」
「そこまで身の程知らずで自信過剰であると、思わず笑いがこぼれてしまいそうでございます」
「そして三つ目、最後になるが――」
そこで俺は意味深に一呼吸おいて、こう告げる。
「俺がそうさせないからだ」
ニヤリと笑ってジブリールを挑発する。これで、確実に乗ってくる。
「お前が喉から手が出るほど欲しがるような
知識を尊ぶ種族、
そんなものをかけ皿に乗せたら、万に一つも
準備はすべて整った。あとは、ゲームをするだけだ。
「ところで、なぜ先ほどからちらちらと横を向いているのでしょうか」
「いや、その姿、男子には刺激的過ぎるんだよ服着ろ服。上着着ろ」
「私は
「おい、そうならないように横向いてんだから、我慢しろ。というか、マジでやめて、それだけは本当にメンタルに来るから。軽く死にたくなるくらい心に来るから」