せめてISに乗らせてくれませんかねぇ!? 作:とある物書きMr.R
結論から言うと、セシリアさんも鳳さんも大したケガではなく、保健室で診察を受けた後その日はしっかり休んで、翌日には元気な姿を見せていた。
ただし機体の方はそういう訳にもいかず、私のリペア技術はこの世界に本来存在しないものだったため、念のため本国のエンジニアを召還して診てもらうらしい。
ボーダーブレイクのリペア機能は、人体に有毒な高エネルギー性の金属『ニュード』を損傷箇所に吹き付ける仕様だったのを思い出して血の気が引いたが、2人の機体は既にメンテナンスに送られてしまったので私にはもうどうすることもできない。
(『私』にどうすることもできないなら、『どうにかできそうな人』に話すしかない、か)
心の中でため息を一つ。織斑先生にアポイントを取るため、私は携帯端末を取り出した。
※※※※※
「失敗だな」
「見通しが甘かった事は認めます。
私もまさか現役の軍人が国際問題の引き金を引くとは思っていなかったもので」
開口一番に『失敗』と来た織斑先生に、頭の中で音が鳴った。具体的には『カチン』という音が。
暗に『あんたの教育が失敗したせいでこうなっているんだが?』と皮肉で返すが、胸の内で燃え続けている激情が収まる気配はない。
「織斑先生は以前にドイツ国防軍のIS部隊で教官をされていたのですよね?
ISの教練以前に人としてのアレコレを教えた方が良かったと思いますよ」
怒りと共に思い出される光景。
鳳さんに突き刺さった蹴り。
セシリアさんに叩き込まれた拳。
あれは模擬戦なんだから。機体が守ってくれるから。2人は戦闘不能じゃなかったから。
なら、何をやってもいいのか? それに、2人を痛めつけているときの彼女の表情。アレは、明らかに楽しんでいた。
「だからアリーナのシールドを切り裂いて助けにむかったと? 私情で学園の設備を壊されてはたまったものではないな」
「私情があったのは認めましょう。しかし明らかにボーデヴィッヒは2人を害するつもりだったと私と織斑は判断したため介入しました」
「本当にマズい事態になる前に私が止めたさ」
「機体のシールドエネルギー残量がデッドゾーンに突入するのは『本当にマズい事態』ではないと?
それにあなたが介入したのは戦闘不能になった2人が安全圏に退避してからだ。どうやったら生身でIS用の武装を使いこなせるのかは知りませんが、2人に対して過剰な攻撃を加えていたボーデヴィッヒを止める事もできたはずだ」
あぁ、ダメだ。感情を抑えられない。
織斑先生がアリーナに到着したのがあのタイミングだったのかもしれない。
色々とどうしようもない事情があったのかもしれない。
それでも、この2か月の間に溜まった不信感が、燃え続けている。
落ち着け。こういう時こそマインドリセットが大事だ。
目を閉じて、心の中で6つ数える。
既に色々とぶちまけてしまった後ではあるが、それはそれだ。織斑先生からの好感度なんて、そもそもこちらが学園サイドをあまり信用できないのに気にしてもしょうがないだろう。
「……まぁいい。話とは何だ。今回の件と何か関係があるのか?」
「はい、あります。
今回私はセシリアさんたちの機体を修理したのですが――」
そして私は、私の修理関連の技術の一端が英国および中国に漏洩した可能性について説明した。
「……なるほどな。
結論から言うと、技術漏洩の可能性は低い。オルコットたちの機体はIS学園のメンテナンスチームでもチェックしたが、少なくともデータ・目視ともに異常は見られなかったそうだ。
確か、そのニュードは人体に毒性があるんだろう? ISのシールドは毒を含めあらゆるものから搭乗者を守るようにできている。そのシールドがお前の修復技術を受け付けたということは、今のお前が扱っているニュードは無害化されているのかもしれんぞ」
「なっ……!」
ニュードの特性。それは高いエネルギー変換効率に自己増殖性、そして人体に対する極めて高い毒性の3つが主要な物として挙げられる。
『ボーダーブレイク』の世界では、有毒な鉱物に汚染された地域がじわじわと広がっていくため、エネルギーとしてガンガン使わなきゃ(使命感)という感じだったのだが、それが無毒化できているとなると……
「エネルギー関連の所から私消されませんかね?」
「どうしてそうなる」
織斑先生から可哀想な奴を見る目で見られるが、実際考え過ぎではないと思うんだ。
石油、石炭、ウラン……これまでのエネルギー資源の最大の問題は、『使えば減る』事に尽きる。原子力については減り方のスピード等で効率が良いが、事故のリスクもあって慎重な意見も多い。
一方で減らないもの。太陽光や風力等は、エネルギー効率が微妙だったり、設置する場所というデメリットも抱えている。
ではニュードはどうだろうか。
使えば当然減る。しかしニュードには自己増殖性があり、――恐ろしい事に有機物、無機物を問わず浸食する――何かと一緒にしておけば勝手に増えるのだ。出来れば地球上で保管したくないくらいには有効かつ危険な特性。そんなものが高いエネルギー効率がある。伊達にエネルギー危機の救世主扱いされた訳ではないのだ。使いこなせれば、それこそ空中戦艦のような巨大な物体でさえ運用できるくらいには。
そんなトンデモエネルギーであるニュードの大きなデメリットでもあった人体に対する極めて高い毒性が無くなっていたら? 従来のいつ無くなるか分からないエネルギー資源よりニュードに乗り換えようというのは自然な流れだと思うし、そうなると石油やら天然ガスやらで大きな利益を得てきた人たちからすれば目の上のたんこぶどころの騒ぎではないだろう。オイルマネーに物を言わせてISを1個中隊くらい揃えた暗殺部隊とか送り込んできそう(小並感)
織斑先生もその可能性に行き当たったのか、説明は最後までする必要はなかった。
「なるほどな。しかし、そうなるとお前の今後はかなり大変なものになりかねないぞ。学生の間はここである程度は匿えるが、卒業後はそうもいかん」
「国家代表かそれに準ずるレベルに行かないと手出しされそうですよねぇ……」
「ニュード技術は産油国を殺しかねない危険な物だ。だがその分、己が利に繋がると判断した国は何があろうとお前を守るだろうな」
「……英語の勉強はしっかりやるとしましょう」
「ハナから日本が選択肢に入っていないのはお前らしいな」
当たり前だ。一般市民として暮らすのならまだしも、この国の防諜体制のアレさは有名な話だろう。
お米の国、紳士の国、六芒星の国、パンダの国……色々候補が浮かび、いくつかを瞬時に切って捨てる。残る候補は案外少なかった。
「……まぁ、将来の事はゆっくり考えますよ。来週のトーナメントの方が今は大事ですし」
「そうだな。ボーデヴィッヒは強い。生半可な戦術では即座に潰されるぞ」
「織斑先生がそれを言うと説得力が違いますね」
最後に簡単なやりとりをして、私は職員室を後にした。
※※※※※
IS学園生徒寮の一室。この学園に数多く在籍している海外組の1人である女子生徒は、本国から送られてきた暗号通信を読んだ途端に顔をしかめた。
通信の内容は、端的に言えば『レオ・シキシマ専用機のより詳細な情報の入手』である。
(どうしてこんな急に……? )
女子生徒も国に属する身である。命令があればそれを遂行するのに異はない。しかしそのタイミングがあまりにも不自然であった。
(彼の身、あるいは機体に何かあった?)
と、そこまで考えて少女は苦笑した。もとより自分に命令を拒否することなんてできないしするつもりもない。それでも任務に対して疑問を覚えてしまったあたり、随分と自分は彼に絆されてしまっている。
「許してほしいなんて、言いません」
でも、と続けた言葉は、虚空に消えていった。
※※※※※
さて、学年別トーナメントは来週である。のだが、
「ペア、どうしよう……!」
織斑はデュノアさんと組んでいるし、篠ノ之さんはボーデヴィッヒさんと組むらしい。本来であれば頼りたいセシリアさんは本調子ではない上にそもそも機体のメンテナンスが終わる時期が不明。
クラスメートの他の女子たちについては、申し訳ないが練度が……という状態。
「むむむ……」
「レオさん? どうかされたのですか?」
「セシリアさん」
うんうん唸る私を見かねたのか、セシリアさんに声をかけられる。
「実は、今度のトーナメントのペアがまだ見つかっていなくて……」
「えぇ……もう時間はほとんど無いのですよ?」
「そうなんですがね……」
「まったく……そんなレオさんに耳よりなお話があるのですが、聞きますか?」
「お願いします」
「即決ですわね……まぁいいでしょう。少し顔を近づけていただいても?」
「え、えぇ」
少しためらいながらも、セシリアさんに顔を近づけていく。推しに顔近づけるってオタクにとってなかなかに自殺行為だよな。今も心臓バックバクしてるし。
(あぁチクショウ、顔が良すぎて語彙力が死ぬ。ていうかその前に私が死ぬ)
そして私たちはいわゆるひそひそ話をする時の体勢になり、
「ふぅっ」
「わひゃっ!?!?!?!?」
み、耳たぶが! 耳たぶがザワって!!
思わずのけぞってしまい、彼女から距離が開いてしまう。そして聞こえてきたのは、鈴のような笑い声だった。
「ふふふっ、レオさんったら驚きすぎですわ。もっとリラックスしてくださいまし」
「だ、誰のせいだと……」
「あら、誰のせいでしょうね?
ふふ、ごめんなさい。レオさんの様子が随分固かったので少しからかってしまいましたわ」
「……心臓に悪いですよ、まったく」
オタクはすぐに死ぬんだぞ。
「冗談はここまでにしまして。
……実はわたくしの機体のメンテナンスが間に合いそうでして」
「! それは」
「いつ機体が戻ってくるかまでは言えませんが、試合前の3日間は確実に時間が取れます」
そこまで言って、彼女はいたずらっぽく笑った。
「レオさん、どうしますか?」
ここで言い訳をさせてもらえるとしたら、私は焦っていたのだ。迫るタイムリミット、見つからない相手、ラウラ・ボーデヴィッヒという相手への恐れ。
そんな中見つかった一筋の光に私は本気で感謝していて、普段なら絶対にやらないような事をやらかしてしまったのだ。
「お願いします。(タッグマッチのペアとして)私と一緒になってください」
「ひゅっ」
『片膝をつき、セシリアさんの手を取って、彼女の目をみつめながらそう告げた』私の行動は、見ようによっては『そういう感じ』に見えたらしく……
言われた言葉の意味を誤解したセシリアさんが顔を真っ赤にするまであと2秒。
教室が、窓ガラスが割れんばかりの歓声に揺れるまであと3秒。
自分のしでかしたやらかしを自覚した私の顔がセシリアさんと同じくらい真っ赤になるまで、あと5秒。
……「レオの奴すげーな、あんなキザな言葉なかなか出てこねーよ」と篠ノ之さんと鳳さんに告げた織斑が「アンタ(お前)が言うな!」と2人にシバかれるまで、あと10秒。
ダメだ、まだ概念が弱い……