せめてISに乗らせてくれませんかねぇ!? 作:とある物書きMr.R
束さんとの問答を終え、旅館の部屋に戻る頃にはすっかり暗くなっていた。
道には灯篭っぽい街灯が設置されていて、これが『和』の雰囲気をこれでもかと醸し出している。
実際に回復する訳ではないのだが、温かみのある光にほっこりしながら私は旅館へと歩みを進めた。
※※※※※
夕食は1年生全員で食べるため、広間を3つぶち抜いた広大な空間に長テーブルや座布団がずらりと並んだスタイルになっていた。これ旅館の人もセッティング大変だろうし厨房は激戦地だろうな……
基本的には座布団に正座という和式の食べ方なのだが、IS学園はインターナショナルスクール。そもそも正座とは? という生徒も少なくない。そんな生徒のため、普通に椅子に座って食べられるよう学園も配慮は欠かせないのだ。
配慮は欠かせない。はずなのだが。
「あの、セシリアさん……? 正座がキツイならあちらのテーブル席に移りませんか……?」
「い……いえ。 この、程度……くっ。どう、という事は、ありませんわ……!」
私の隣に陣取ったセシリアさんが尋常じゃないダメージを負った機体を騙し騙し操っているパイロットみたいなことを言ってるのだ。
「いや、それ絶対痺れてますよね……? そんなに無理しなくても……」
「レオさんは、ご存じないと思いますが……レオさんの、隣を、確保するのに……熾烈な戦いを勝ち抜いていますの……! この程度で、諦める訳には……!!」
「どう見ても無理してるんだよなぁ……
あれ、でもラウラさんは平気そうですね?」
「うむ。この程度の苦痛は軍の対尋問訓練で散々味わっているからな。慣れればどうという事はないぞ」
「いや物騒。ていうか正座の痺れって軍の尋問に匹敵する苦痛なの……!?」
知りたくはなかったその豆知識。(※個人の感想です)
私たちの席以外にも広間全体で会話の華が咲き乱れ、盛り上がりが最高潮に達する直前。ついに料理が運び込まれてきた。
ちなみに料理のメインは魚料理なのだが、特に欧米出身の生徒には魚を生で食べる習慣が無いため、刺身か煮魚か好きな方を選べるようになっている。私は刺身をチョイスした。
「これはこれは……!」
一言でいえば刺身の盛り合わせ。しかしその中身が尋常じゃない。
まず王道のマグロ、驚いたことに赤身だけでなく中トロもある。切り方もセコい切り方じゃない、1センチ以上は厚みがある。回転ずしで200円くらいする中トロのネタくらいのサイズで厚みを1.5倍にしたような感じだ。このマグロを見るだけで旅館側の気合の入れようが分かるというものだ。
しかしこれは刺身の『盛り合わせ』。マグロばかりが輝く訳もない。
マグロの隣に並ぶはサーモンだ。大抵の人がサーモンの刺身と言われて思い浮かぶのは、サーモンピンクが眩しい切り身を想像するだろう。
しかしこのサーモンは違う。あえてサーモンの皮を残し、それを軽く炙っているのだ。炙られた事で人によってはくどく感じる脂が落ち、それに加えて皮が香ばしい香りを発する。
『炙る』というひと手間、しかしこれだけの人数だ。どれだけの負担がかかったのだろう。それでも味に妥協しない料理人の姿勢には敬意すら覚える。
マグロ、サーモンと来て次はカワハギだ。
恥ずかしい話だが、私はこれまでカワハギを食べたことがない。そのため見た目などで判断するしかないのだが、おそらくはさっぱり系の魚なのだろう。中トロ、炙りサーモンと脂が乗った魚が続くと、一端お茶で口をリセットしてこういったさっぱり系の魚を食べたくなるものだ。しかしサーモンやマグロと比べるとカワハギは少し小さめだ。これだけの生徒の分を仕入れられるとなると、この辺りの海が相当豊かなのか、あるいはあちこちの市場を回って仕入れたのかもしれない。いずれにせよ旅館側の努力が垣間見える。
マグロの赤身に中トロ、サーモン、カワハギがそれぞれの輝きを放ち、食べる側の箸を迷わせる。どれを食べても美味しいのは確定的に明らか。ならば1秒でも新鮮な内に味わうのがマナーというものだろう。
「む……? いや、そうか、そういうことか」
「どうかしましたか?」
「いえ、この刺身の盛り合わせ、随分をバランス良く考えられているなぁと思いまして」
「そうなのか?」
「えぇ、マグロはそれぞれ赤身で、サーモンとカワハギは白身。中トロとサーモンという脂が乗ったネタに、赤身とカワハギでさっぱりした味わい。上手く調和が取れていますよ」
「まぁ! 言われてみればその通りですわね。
……そう言われてみるとお刺身も気になってきますわ。でも生の魚というのは……」
「こればかりは価値観の問題ですからね。食べてみたくなったら教えてください。1切れ差し上げますよ」
「……うううううう。悩ましいですわ」
「私はサバイバル訓練で克服済みだな。セシリアももしもの場合に備えて食べられる物の幅は増やしておくに越したことはないぞ」
「……正論なんだけど物騒なんだよなぁ」
と、いよいよ全員に料理が行き渡ったらしい。それぞれの方法で食前の祈りを捧げる人もいれば、我慢ならんとばかりに食べ始める人もいる。
「いただきます」
悩んだけれど、結局一番は中トロに決めた。軽く醤油をつけ、いざ実食。
「――!?」
噛めなかった。脂身が口の中でほろりとほどけたのだ。よくテレビの食レポで「口の中で融けた!」って言うだろう? まさにそれなのだ。そして、それまで切り身の形に押し込められていた旨味が、堰を切ったように『でゅわっ』と溢れる。
(あかん。これはあかん。白米を、白飯を寄こせ!)
かっさらうように茶碗を手に取り、ホカホカのご飯を口の中へ。そう、これだ。この旨味に合うのは白米に限るのだ。
咀嚼する度にギリギリ残っていた脂身がほどけ、更に旨味が弾けるというスパイラル。切り身1切れだけでちょっとした茶碗のご飯なら食べきれそうなほど味が濃い。
名残惜しいがそれでも飲み込むと、思わずため息が零れた。これまで中トロは回転ずしやスーパーで売られている物くらいしか食べた事無かったけれど、そんな物とは比べ物にならないくらい美味しかった。……これに慣れたら今後そこらの刺身は食べられなくなりそうで怖いよ。
「「……」」
と、視線を感じて我に返ると……見られている。両脇から、じーっと。
「その、レオ」
「恥を忍んでお願いしますが」
「「わたくし(私)にも1切れください!」」
さて、どうしたものか。
女性の、それもとびきりの美人さんたちからの頼みだ。無条件に「YES」と答えたいのはやまやまだが、こんなに美味しいのに3切れしかない中トロの残り2切れを彼女たちにあげてしまうのは、ちょっとばかり躊躇いが生まれても責められる謂れはないはずだ。
「レオさん……ん……」
「卑怯だぞセシリアさん!?」
両目をつぶって、顔を気持ち上に向ける。……俗に言う「キス待ち」は反則だと思うの。
「なるほど、そんな手があるのか。
レオ……ん……」
「んんんんんんんんん!!!」
ほら見ろ! ラウラさんまで真似し始めたじゃないか!
「ねぇアレ……!」
「うわ、セシリアもラウラも大胆……!」
「レオレオが食べちゃうのはご飯だけじゃないのかな~?」
「おいソコ! 人聞きの悪い事言うな!?
て言うか2人とも? 妙に気まずい顔するのやめよ?」
頬を染めて顔を背ける2人が妙に色っぽく見えたのは、きっと浴衣のせいに違いない。
「んっんん! それで、その、レオさん……」
「分かりました! あげます、あげますから!」
その顔でおねだりはオタクを殺しにかかってるって自覚しろよ? すごくすごい好き。
「それでは、行きますよ……?」
「はい、来てください……!」
うーんデジャヴ。マジでそれっぽい事言うのやめよ? R15タグじゃないだろって怒られちゃうからさ。
もういい。早く済ませないとジリープアーだ。
切り身をに醤油を軽く付け、セシリアさんの口元へ。
「はい、あーん……」
「んー……」
その時、私はセシリアさんの唇を見てしまった。直前まで『キス待ち』だのなんだの色々考えていた所に、だ。
(こうして見るとセシリアさんの唇、すっごい柔らかそうだな……
って、待て待て待て。今はこの切り身に集中しなければ。万が一にも落としたりしたら大変だし……
集中……集中……)
しかし、悲しいかな。集中しようとすればするほど、私の視線はセシリアさんの唇に吸い寄せられ……
「あの、レオさん……そんなに見られては、その、恥ずかしいですわ……」
「!? 失礼しました!」
やっべえええぇぇぇ!? 見てたのバレてたぁぁぁ!?
いやね? 流石に失礼だから見ないように見ないようにってしてたんだよ、本当だよ?
けどさぁ……この表情は無理だよ。どう頑張ってもキス待ちにしか見えないし、キス待ちだと唇に視線吸い寄せられちゃうよ……
結局。
「はい、あーん……」
私は極力セシリアさんを直視しないように「あーん」をするという、中々の奇行に走る事になり。
「ふおおおおぉぉぉぉ!!」
「やはりセシ×レオ。私の目に狂いは無かった」
「はぁ? ラウ×レオに決まってんだるるるぉぉぉ!?」
「上等だ表出ろやぁ!」
「フン、何故セシ×レオ×ラウという真理に辿り着かないのか、理解に苦しむね」
「貴様ら……食事中だぞ、いい加減にしろ」
スパパパパパァァァンッ!!
「「「すいませんでしたぁ!!」」」
盛り上がった外野プラス主犯という事で全員シバかれる事で、その場は無事(?)に収まったのであったとさ。
※※※※※
夕食後、織斑姉弟の団らんを勘違いした一部女子生徒が悲惨な目に遭ったが、勘違いの恐ろしさを学ぶには良い経験だったかもしれない。
「織斑、久々の指圧で汗もかいただろう。今の時間は男子も大浴場を使える。そこのシキシマと汗を流してきたらどうだ?」
「はい! 行こうぜレオ」
「あ、あぁ」
そして男子2人が席を外すと、教員兼男子部屋に残されたのは一夏アンドレオ目当てでやって来た肉食じゅ……もとい、将来を見据えて積極的な行動を取っている女子が5人である。
ターゲットもいない事だし引き上げたいとソワソワしている彼女たちだが、世界最強たるブリュンヒルデに「待て」と言われてしまっては迂闊に動くこともできない。
「さて……篠ノ之・鳳・デュノアは織斑。オルコット・ボーデヴィッヒはシキシマ狙いか。
順番に訊こう。アイツらのどこに惚れたんだ? ん?」
この教師、満面のにやけ面である。
「わっ、私は一夏に惚れてなど……」
「私だってアイツなんか……」
「ほう。ならば本人にもそう伝えておこう」
「「言わなくていいです!!」」
「ボクは一夏の優しい所かな」
幼馴染2人は素直になれず自爆したが、3人の中では一番付き合いの短いシャルロットは本人の性格もあってか、頬を染めながらも想い人の長所を挙げる。
「だがアイツは誰にでも優しいぞ?」
「そうですね。本当はボクだけを見てほしいけれど……いつか、一夏がボクから目が離せなくなるように頑張ります」
「うっ……」
「強すぎるわ……」
「なまじ付き合いが長い分本音を出しにくくなっているのか……馬鹿者め」
「分かってはいるのですが……」
「アイツ、普段はすっとぼけてるくせにいざという時にカッコイイのがいけないのよ……」
「お前たちも知っての通り一夏はすぐ女子を落とすからな。うかうかしていると後発のライバルに追い抜かれるぞ。せいぜい気張れ」
「「はい……」」
「そして……シキシマ狙いの問題児2人」
「なっ!?」
「心外ですわ!」
突然の問題児認定に抗議の声を挙げる2人だったが、片手一閃。千冬の腕がしなり、瞬き程の間でセシリアとラウラの浴衣を乱す。
「ッ!?」
「きゃっ!?」
「おうおう、随分なデザインの下着だな? マセガキども。
それで? 私の語彙力では夜の男子部屋に勝負下着でやってくるようなヤツは問題児と言い表すのだが、異論はあるか?」
「「むぅ……」」
完全論破。こうなってしまっては流石の2人も何も言えない。
千冬は込み上げる頭痛を誤魔化すように首を振った。攻撃もせずに世界最強の女にダメージを与えた2人はもうエースと名乗って良いだろう。
「頼む。頼むから在学中の妊娠は勘弁してくれ。
あと教員の責任問題にもなるからせめてヤるなら休暇中に学園の外でやってくれ」
「「わかりました(わ)!」」
無駄に良い返事に今度こそ千冬は頭を抱えた。
※※※※※
「ぶえっくしゅ!! ……あ゛ぁ、誰かウワサでもしてるのかね」
「湯冷めか? ちゃんと身体拭けよ?」
「だな。せっかくの臨海合宿を無駄にしたくないし」
またしても何も知らないレオ・シキシマ(16)はその頃、いよいよ翌日に迫った対福音戦に向けて静かに覚悟を決めていた。
不憫である。
おかしいな……ヒロイン2人がどんどんやべー奴になっていくぞ……?