明らかに周りの奴らの生きる世界が違う件   作:ポルポル

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ヤンキー? 4

 時間がかかってしまった。最近は便秘気味だったので、溜まっていたものが多かったということだ。

 これほど長くここに座っていたことなどこれまで無かったので自分でも驚きだが、おかげでかなりスッキリして気分が良い。痛みはなく、もりっと出た感じである。

 特にそういったことに効果があるものを食した記憶は無いが……。いやもしかすると、雅さんから頂いたあの食事が良かったのかもしれない。日本の伝統料理は体に良いと言うし。思えば、体全体の調子が良い気がする。これからは日本人らしく、和食を中心にした自炊にしていくことにしよう。

 

 トイレの水タンクに備えられていた蛇口で手を洗いながら、オレはそんなことを考えていた。

 

「やあ、おまたせ」

 

 オレは軽く手を上げて、信乃ちゃんへ声を投げかけた。

 自分が少し高揚している自覚はある。嬉しいことがあって、体の調子が良いので、精神的にも好調になったためである。

 

 しかし信乃ちゃんは白けた表情でオレを出迎えた。

 信乃ちゃんはソファにだらしなく背を預け、両腕を大きく広げ、ソファの背もたれの上に乗せていた。脚は大股に開き、片方はソファの上に行儀悪く乗せられている。

 

 混乱して嗚咽を漏らしていた状態から、だいぶ落ち着いたようだ……。

 

 いや……、とオレは思った。

 

 ―――落ち着き過ぎじゃね?

 

 まあ、感情の振れ幅が大きい子だから、一回感情を爆発させたら案外スッキリするタイプってことなのかな。

 内心呆れつつも、感心する。そして、泣き続けられるよりは良いかと納得する。

 

 しかし、なんだろう。なんでこの子、こんな態度悪くなってるんだろう。なんでいちいち昔のヤンキー漫画みたいな感じになるのかな……。

 

「なげーよ! いつまでクソしてんだよアンタ! しまらねーな!」

 

 オレにそう言い放った信乃ちゃんが、じと、と無言でオレに視線を向けて来る。

 睨みつけてくる感じではないが、不満はありますって感じだ。

 

 オレは疑問を抱くと同時に、瞬間的な自問自答によって納得を抱く。そして付け加えるならば、普段の締まりがとても良いからこそ、今これほど時間がかかったのだ。これが同年代の気の置けない同性の友人ならば「いや、締まりが良すぎて中々出なかった」と直球の下ネタで失笑を狙いに行くが、さすがに中高生年代の女子にそれは事案だろう。

 

 いや、それは良い。言葉にもすまい。忘れよう。

 

 まずオレが思ったのは、何故この子は人が生理現象を解消するために掛けた時間について言及してくるのか、という大人なら至極真っ当な疑問である。プライバシーの侵害も甚だしいし、一人一人が当たり前に守るべき尊厳を傷つけるような行いである。社会でそんな言動を見せれば、ドン引きされること間違いない。

 しかし瞬時にその疑問は解消された。

 信乃ちゃんは恐らく中学生くらい。そしてこの年代の子たちの中には、生理現象について、何故か異様に敏感な子がいる。オレも記憶がある。学校で生理現象を解放していた男の子が、同級生の悪ガキに見つかり、揶揄われ、その情報を面白おかしく喧伝されていた。しかしその子は生理現象を解放したことを恥じることなく(まあ、当たり前なんだけど)、堂々と胸を張っていたので、かつてのオレは尊敬の念を抱いたものだ。

 これはオレの非常に質の悪い偏見でしかなく、そんなことを考えているとバレたら信乃ちゃんを傷つけることになるかもしれないが、失礼ながら、信乃ちゃんはそういうことしそう。

 

「話がひと段落したと思ったから席を立ったんだけど……、まだ何か……オレに話しておきたいことがあったのかな?」

 

 オレは信乃ちゃんの言及を鮮やかにスルーして席に着き、話を変えた。

「べつにねーけどよ……」

 

 信乃ちゃんは不満げに眉を寄せる。

 

 オレはあえて露骨に、ソファに乗せられている信乃ちゃんの脚へ視線を向ける。

 信乃ちゃんはオレの視線に気づいたようだ。まあ、気づいて貰うために大袈裟な所作をしたわけだから、気づいて貰えなければ困るんだけど。

 

 信乃ちゃんはダメージジーンズを履いているが、そのダメージはかなり大きく見える。

 控えめに表現すれば、信乃ちゃんの生い立ちを知った今、それがファッションとしてのダメージなのか、そうじゃないのか、ちょっと判別しがたい程度のダメージである。

 つまり露出されている肌面積が多いということだが、オレが信乃ちゃんの脚に視線を送った理由にそれは全く関係ない。

 

 単純に、それほど親しくない他人の家、しかも年上の前で取るにはあまりに横柄な態度であるので、さりげなく窘めるための視線の動きである。

 とはいえ、期待はしていなかった。その辺の察しが良い子ではないということは、既に把握している。

 

 一応段階を踏んで、オレは信乃ちゃんと視線を合わせてこう言った。

 

「脚」

 

 信乃ちゃんはぴくんと眉を動かし、ぴくりと口端を緩めさせた。一瞬のことだった。

 

 信乃ちゃんは黙ってオレを見つめて来る。

 

「降ろそうか」

 

「……?」

 

 信乃ちゃんは小首を傾げた。

 それが悪いことだと理解していない様子である。

 

「よくないよ、それ」

 

 む、と信乃ちゃんが表情を顰める。

 どうやら彼女を不愉快にさせてしまったようだ。

 

 とはいえ、それで怯むオレではない。

 彼女の性格は短い関わりながら掴めている。

 彼女は基本的にプライドが高く、人からの指摘を素直に受け入れることが難しい気質の女性だ。しかし同時に、それが彼女の繊細な本質を隠し、心を守るための鎧でもあることもオレは理解している。

 

 確かに彼女は今、顰め面を浮かべ、不愉快そうにオレを睨みつけている。だが……これはオレの想像でしかないがその内側では、めちゃめちゃ冷や汗を流してパニックになっているんじゃないだろうか。

 

 ―――ヤバイ、失敗しちゃった。どうしよう。

 

 そんなことを思っているかもしれない。そしてそう彼女が思いながらも直ぐにその態度を改められないのは……。恐らく、自分の非を認めることが出来ないというよりは、非を認めた結果オレに嫌われるとか、落胆されるとか、そういうことを恐れてのことだ。子供が親から当たり前に注がれるべき愛情を満足に受けられなかったという彼女の境遇を踏まえて考えれば、たぶんそうじゃないかと思う。

 

 つまり、自分が非を認めなければ自分は悪くないし失敗もしていない。そして自分が何も悪いことをしていないし失敗もしていないのであれば、自分が嫌われたり落胆される理由もない。

 という無理筋の理論武装。

 それを笑うつもりはない。何故ならそれは、家族から愛されなかったと自認している彼女が必死になって作り上げた心の鎧だろうからだ。

 

 愛されなかったのは自分が悪いからではないのだと。

 おかしいのは周りの奴らなのだと。

 彼女は自分を守るためにそうならざるを得なかった。

 

 ただなぁ。

 彼女の話を聞いた感じ、実際に彼女の周りの人達はちょっと普通じゃないと思う。

 「あたしの周りの奴らおかしすぎだよなぁ……」と線引きしてしまえば強く生きられそうだが、それが出来ないからこそ苦しいんだ。

 要は、愛して欲しい、受け入れて欲しい。彼女にあるのはただそれだけなのだ。

 

 ちょっと哀しすぎる……。

 まあ、それはそれとして、悪いことは悪いって言うけどね。

 オレは静かに続けた。

 

「その態度、年上の前で取るにはあまり褒められたものじゃないよ。話をするにも相応しくないし……」

 

 オレは穏やかに続けた。

 

「不愉快になることもある」

 

 オレがそう言った瞬間、信乃ちゃんの表情が瞬時に蒼褪める。

 が、脚は降りない。

 ちら、とオレは信乃ちゃんの表情を見た。

 信乃ちゃんはきゅ、と唇を引き締めて、ぷるぷると震えながら、虚空を見つめている。

 

 オレは思った。

 

 ―――怯えすぎィ!

 

 オレは一般論を言っただけで、別に怒ってはいない。

 ちょっと指摘しただけでそんなになるなら最初からしなければいいのにとも思うが、それが悪いことだとすら思わなかったのだろう。

 無知と言うのか……いや、そうか。

 きっと彼女は、彼女の母親の「そういう姿」をずっと見て来たから……。

 

 待たされたことで不貞腐れています、ということをアピールする方法を、彼女はそれしか知らなかったのだ。

 

 傷つきやすいくらいに純粋で、なのに態度は露悪的で、しかもそれを自覚していないうえに、注意されると失敗をした自分は嫌われてしまうと怯え、ならばその前に嫌ってやると敵意を向けて来る……。

 オレは思った。

 

 ―――本当にめんどうだな、この子。

 

 まあ、一度踏み込むと決めた以上、最後まで面倒は見るけど。

 

「怒ってないよ」

 

 虚空を向いていた視線がゆっくりとこちらへ戻って来る。

 オレは続けて言った。

 

「まだ話があるんだよね? だったら、お互い気持ちよく話が出来るようにしようよ」

 

 柔らかく微笑んで言ったオレに、信乃ちゃんは目を泳がせている。

 めちゃくちゃ困ってるなぁ。

 どうすれば良いのか分からないのかな。脚を降ろせばいいだけの話なんだけど。

 

「大丈夫だから」

 

 オレは念を押すように続けた。

 この大丈夫って言うのは、君が非を認めても別にオレは君を責めないし、嫌ったりもしないよ、という意思表示である。伝われば良いんだけど、露骨過ぎても逆効果だと思うし。

 

 やがて信乃ちゃんは、オレの顔色を伺いながらおずおずと姿勢を正した。

 オレは内心で安堵の溜息を吐く。そしてそれを悟られぬように、軽い調子で言った。

 

「ありがとう信乃ちゃん! 気を使って貰っちゃったねー」

 

「えっ……?」

 

 信乃ちゃんが驚いたようにオレを見る。

 オレはにっこりと笑みを浮かべてこう続けた。

 

「だって信乃ちゃん、オレが嫌な気分になるって言ったら直してくれたじゃない? それってオレの気持ちを慮ってくれたってことでしょ?」

 

「え、あ、いや……。それは……」

 

「違った? オレはそう受け取ったんだけど」

 

「いや、え……? あ、あんたが言ったから……」

 

 信乃ちゃんはしどろもどろだ。すごく困っているのが分かる。

 まあ、オレの言ったことが普通か普通じゃないかと言われると普通じゃないってことは分かってる。当たり前のマナーを指摘して、信乃ちゃんはその通りにしただけだし、礼を言うようなことではないのだろう。

 だがそもそもとして、他人を自分の思い通りに動かそうなんてことはおこがましいことだっていう考えがオレにはある。それが当たり前の礼儀だったとしても、オレの頼みを聞いてくれたって言う一点を見てお礼を伝える。それはオレなりのポリシーだ。とはいえ、相手の礼儀知らずな態度に不快にさせられて、それを指摘して直させたって考えると、お礼を言うなんておかしな話だと考える人がいるのも分かる。

 

 というか、信乃ちゃんは絶対そっち系の人だと思う。

 なんなら、例えば道の真ん中でタムロしている集団が居たとして、信乃ちゃんはそれを注意するどころか不快な気分にさせられた瞬間に殴りかかりそう(偏見)なイメージがある。

 なので、そういう意味でも信乃ちゃんは自分の価値観とオレの言動が異なり過ぎて困惑しているのだろう。つまり、彼女はこれまで培ってきた彼女の常識でオレを測ることはできないのだ。だから彼女はオレの言動にいちいち困惑している。

 

 もっとも、オレだって仮にこれが田辺だったならいちいちこんなねちっこくは言わない。言っても軽く「ありがとう」くらいだろう。そもそも田辺はこんな不躾な態度は取らないだろうが……。

 

 オレとしてもいちいち言うのは面倒くさいが、信乃ちゃんはちょっと特殊なので仕方がない。

 オレは、どうにも常識に欠ける信乃ちゃんにその間違いを指摘したうえで、オレに信乃ちゃんの失敗や無知を嘲笑う敵意や悪意のようなものが欠片も無いことを伝えなければならない。

 

 彼女の臆病な自尊心を尊重し、尊大な羞恥心を刺激しないように距離を詰める。

 ぶっちゃけ一歩間違えたら癇癪を起こしそうな危うさを感じてるのでオレとしても気が気ではない。そうなったら面倒くさすぎるし。まあ、オレの何気ない一言で彼女を傷つけたくないってのもあるけど。

 だからオレは彼女と話すとき少し間を置くようにしている。考える時間が欲しいからだ。まあ、今の信乃ちゃんの言葉は想定の範囲内なので、オレは割とすぐにこう返した。

 

「そうなんだよ。君が今言った通り、オレが信乃ちゃんにお願いをした。そして信乃ちゃんはオレが嫌な気持ちにならないように、それに応えてくれた……」

 

 にこやかに微笑みながら、続ける。

 

「それって信乃ちゃんがオレとの関係を大切にしたいって思ってくれてるからこそでしょ?」

 

「そ、それは……」

 

 信乃ちゃんは目を泳がせている。否定しないってことはオレの言ったことは間違いでは無いんだろう。

 オレは嬉しさを溢れさせた笑みを浮かべてこう続けた。

 

「嬉しいよねぇ」

 

 相手が自分との関係性を大切にしたいと相手が考えてくれるというのは、実際嬉しいものである。

 ふふ、とオレは小さく笑いを零した。

 信乃ちゃんは顔を真っ赤にして「あぅ……」と俯いてしまう。違ったら痛い奴になるところだったが、当たっているようなので良かった。

 信乃ちゃんはオレとの関係を大切にしたいと考えている。それが改めて確認できたので、オレは続けて言った。

 

「信乃ちゃんもなにかあれば遠慮なく言ってね。とはいえ……トイレの指摘はちょっとマナー違反かな?」

 

 冗談めかして笑うオレに、信乃ちゃんはこれ以上ないというほどに顔を真っ赤に染めている。

 

「少しずつ覚えていこうね」

 

 最後にダメ押しとばかりに怒ってないよ、見捨てないよ、見守るよという意志を添えて終わりだ。

 

 恥ずかしそうに小さく縮こまっている信乃ちゃんを見る。顔を真っ赤にして泣きそうな様子だが、どこか嬉しそうな表情を浮かべているようにも見える。

 説教されて嬉しいんだろうか。まあ、母親を始めとして、周りの大人たちからは放置されたり下心ありきのコミュニケーションしかされてなかったみたいだし、今回みたいな年上との真っ当な話し合いってのが新鮮なのかな。

 そうだよなぁ。一人の人間として見て貰えてなかったってことだもんなぁ……。

 

 うーん。さすがに可哀そう過ぎる。

 オレが今ねちっこく伝えたのは、「相手を不快にしないよう互いに配慮しましょうね」という、人間関係における基本中の基本でしかない。人前でげっぷをしないとか、くちゃくちゃ音を立てて食べないとか、そんな当たり前の話なのだ。普通ならばいちいち意識しなくとも出来ることだし、出来ないと自分が困ることでもある。

 情けは人の為ならずという言葉があるが、まさにそれだと思う。我慢しすぎると毒だが、基本的には人を不快にさせないように自分を律することは、巡り巡って自分自身の人間関係を円滑にする。

 

 残念ながら、信乃ちゃんはそれが出来てない。それは信乃ちゃんが悪いんじゃなくて、他者を思いやる心、道徳心を育めるような環境にいなかったがためだ。

 

 生きづらかったことだろう。

 それが悪いことだと学べない不幸。恐怖心から己の無知を受け入れることが出来ない不自由。これまで彼女が感じていただろう苦労を思うとオレは哀しい。切なくなる。願わくばオレとの出会いをきっかけに、優しい人達とのたくさんの出会いが信乃ちゃんに訪れますように。

 

「ふああ……。っと、ごめんね。少し眠気が……」

 

 ふいに襲って来た眠気に、オレは欠伸を抑えられなかった。生理現象でどうしようもないとはいえ謝罪を伝えたオレは、疲労感を自覚した。信乃ちゃんとのコミュニケーションにだいぶ頭を使ったからだろうか。

 夕方のパトロールまではまだ時間がある。オレは席を立ち、申し訳なさを表情に浮かべ、言った。

 

「ごめんね。色々あって疲れてるみたいだ。少し仮眠をとって来たいんだけど良いかな?」

 

「えっ。アタシはどうすれば……」

 

「くつろいでていいよ。お腹すいたらそこの棚に菓子パンがあるから食べてもいいし」

 

「そういうことじゃねぇよ!!」 

 

 席を立ったオレを、信乃ちゃんが慌てた様子で呼び止める。

 

「なに?」

 

「アンタさ、その……。今更だけどよ、アタシがなんかするとか思わねぇのかよ……?」

 

「何かって?」

 

「盗みとか、そういうの」

 

「……するの?」

 

「するかもしれねぇって話をしてんだよ! どうすんだよ、アタシがそういう奴だったら!」

 

「うーん……」

 

 オレは少し考えを巡らせる。

 やる奴はそういうことわざわざ言わないから大丈夫でしょ、とか。

 そういう返答じゃないんだろうな、たぶん。信乃ちゃんが求めてる答え。

 

 だから信乃ちゃんの言う仮定を拒絶して「信じてる」とか自分の考えを押し付けるのも違うと思う。ぶっちゃけ、家の鍵をかけないとか、この辺の人達の気風が一昔前の田舎っぽくてそれに染まってただけだし。言われてみると確かに、と自分の不用心を省みるほどだ。

 

 信乃ちゃんが盗みをしたらどうするか、かぁ……。

 なんと返すべきか。やっぱり、素直に感情を伝えるの良いんだろうと思う。

 だからオレはこう答えることにした。

 

「いやぁ、それは哀しいかなー」

 

 オレは笑いながら言った。

 信乃ちゃんはきょとんとした表情を浮かべる。

 どうやら予想外の返答だったらしい。

 信乃ちゃんはハトが豆鉄砲をくらったような表情でオレを見つめて言った。

 

「は? 哀しい……?」

 

「そうだね。うん。哀しい」

 

「……」

 

「……」

 

 信乃ちゃんが黙ってしまった。オレからも特に言うことは無いので黙る。

 少しの沈黙。

 信乃ちゃんはオレを凝視している。眼球が小刻みに動いている。なんか信乃ちゃん呼吸してないように見えるんだけど、そんなに驚くこと言ったかな……。

 なんだろう。さすがに何考えてるか分からないな。怯えてるとか怖がってるって感じじゃない。でも近い何かを感じる。信じられないものをみているような。

 あ、「ふー」と大きな鼻息の音が聞こえた。呼吸を再開したらしい。

 

「……ねーよ」

 

 そうして、ぽつりと信乃ちゃんの独白が聞こえた。

 

「ん?」

 

「しねーよ! アタシは盗みなんてしねー!!」

 

 信乃ちゃんが立ち上がって啖呵を切る様に言った。仮定の話だし言い出したのは信乃ちゃんだけど、凄く鬼気迫るものがある。

 オレは笑って言った。

 

「なら良かった」

 

「だから……っ。なんでそんな嬉しそうに……っ」

 

 信乃ちゃんが苦虫を噛み潰したような表情で何かを呟いたが、残念ながらオレには聞き取れなかった。

 

「じゃあ、そういうことで。またね」

 

 ひらひらと手を振ってから、オレは仮眠を取るために二階へと向かった。

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