明らかに周りの奴らの生きる世界が違う件   作:ポルポル

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???

 田辺と響子さん改め日谷響子さんと共にボウリング場に着いたオレは、久しぶりに見るボウリングボールの数々に若干の興奮を感じていた。あの光沢にはどこか人を惹き付ける何かがあると思う。

 

 どのボールを使おうかと思案していると、田辺が一番重い球をひょいと持ち上げてブースへと戻って行った。その肉体は張りぼてにあらずということだろう。オレは田辺と同じボールを試しに持ち上げてみたが、何度もこれを持って大きく腕を振るのは大変だと判断し、そっと戻す。少し軽めのボールを手に取り、オレもブースへと戻った。

 

「東堂君さぁ。とーちゃんって呼んで良い?」

 

「それはちょっと語弊が生まれそうだから遠慮する」

 

「あはは! 冗談だってじょーだん! いちいち真面目じゃん! ウケル」

 

「君はいちいち面白そうだね」

 

 席に着いたオレを待っていた日谷さんが揶揄ってくる。田辺はトップバッターとして、既にレーンの方に立っていて、ブース内には居なかった。

 

 しかし、日谷さんはいちいち人を小馬鹿にしてくるような感じがして良い気はしない。苦手なんだよね、こういう人。人の心情を考慮する前に、反射的に会話する人。レスポンスが高いって言うのは長所なんだろうけど、知性が伴わないと人を不快にさせるっていう致命的な弱点になるよね。

 しかも質が悪いところは、それで相手を怒らせた結果、逆襲されるのを喜ぶ癖を持ってそうなところだ。地頭は悪くなさそうなので、なんならこの女、意図的にやってる可能性もある。もしかして無敵か……?

 凄いな……。そういう意味では尊敬に値するかもしれない。なりたいとは思わないけど。

 そういう性質なので、苦手というかあまり関わりたいと思わない相手の長所も頑張って探してしまうけど、弱点の方が目について疲れるな。やはり断るべきだったか……。

 

 田辺がゲームを開始するようだ。大きく腕を振った。

 田辺がフルスイングして手放したボールは床に触れることなく直線ですっ飛んで行く。そしてピンのすべてを薙ぎ払った。凄く重い音がした。ボールが壁に激突したんだろう。店の壁は大丈夫か?

 オレは田辺を二度見した。

 

 こ、これは……。

 異変か?

 

 そして当然のようにストライクを叩きだした田辺がブースへと戻って来る。

 

「たーちゃん相変わらずすっご!! やっぱゴリラじゃん!」

 

「うっせーなぁ~」

 

「ゴリラは褒め言葉としてはあんまりよろしくないんじゃない?」

 

「えー?? ゴリラ可愛いじゃん!」

 

 どうやら田辺の怪力はいつものことらしい。

 日谷さんは驚いた様子はなく、素直に賞賛している。一言多いけど。

 

「ナイスコントロール。凄いな、田辺」

 

 オレが手を上げてストライクを讃えると、田辺は素直に喜んだ様子でオレの掌を軽快に叩いた。オレの掌が弾かれる。すげー痛い。一瞬だけど自分の表情が若干歪んだのを察するが、田辺には気づかれなかったようだ。

 

 オレの番がくる。

 一回目はガーター、二回目は6本。

 田辺の後だから酷く感じてしまうが、十数年ぶりのボウリングだと考えれば普通なはずだ。むしろ良いはず。

 心なしか重い足でブースへと戻る。

 

「どんまい東堂君! でも下手だねー。ぜったいあたしの方が上手いわこれ」

 

 ヘラヘラと笑いながら励ましてくれたかと思えば……。ケラケラと楽しそうに笑っているのは良いんだけど、一言多いんだよ一言。

 田辺は僅かに顰め面を浮かべて日谷さんを見た後、申し訳なさそうにオレを見てくる。

 根本的なところでオレ達が合わないのは既に察しているようだ。

 ここに来るまでも何度かこんな感じの会話があったし。

 

「んじゃ行ってきまーす」

 

「いってらっしゃーい」

 

 軽いボールを持ってブースから離れていく日谷さんに声を掛けたオレの傍に田辺がそそくさと寄って来て、隣に座った。

 

「……ライさん大丈夫? ごめんな~」

 

「ふふ。気にしてくれてるんだ? 田辺はやっぱり良い奴だなぁ。ありがとう」

 

「いやぁ~……」

 

 オレの言葉に、田辺は嬉しいような気まずいような、なんと言って良いか困ってそうな複雑そうな表情を浮かべた。

 

 ゲームが進んで行く。

 一人盛り上がる日谷さん。多い一言に苛立ちを積もらせるオレ。はらはらと見守る田辺という構図が続く。だが田辺の顔を立てて黙っていたオレ、田辺を再三揶揄され辛抱堪らず動く。

 

「日谷さんさ、一言多いよ。直した方が良いと思うな、その癖」

 

「はあ? なに、いきなり」

 

「日谷さんにとってはいきなりかもしれないけど、オレにとってはそうじゃない。ここに来る前に田辺からも注意を受けていたし、オレもやんわりと指摘していたつもりだけど……伝わってなかったみたいだね」

 

「なに? きもいんだけど」

 

「そうやって強い言葉を使えば誰でも怯むなんて思わないことだね」

 

 じっと日谷さんを見る。

 

「意味わかんないんだけど。きっしょ」

 

「それは多分分かろうとしてないだけだと思うよ」

 

「なにマジになってんの? うっざ」

 

「はわわわわ……」

 

 いきなりどん底の雰囲気に叩き落とされた田辺がおろおろとオレと日谷さんを交互に見て戸惑っている。

 

「日谷さんって明るい性格でレスポンス早いし、凄く楽そうに話をする人だなとは思うんだけど、人を揶揄する言葉が最後に混ざるからその好印象が全部吹っ飛ぶんだよね」

 

「それはそう……」

 

 田辺が神妙に頷いている。人を揶揄する言葉を最後に残したのは今しがたの日谷さんの言葉への意趣返しか、日頃の鬱憤が溜まっているのか。

 オレはこういう人とはなるべく距離を置くタイプだけど、田辺は人が良いからある程度我慢して受け入れるんだろうなと思う。

 田辺が言っていた、オレに対する印象や評価から考えると……。田辺がオレとの交友を求めてきたのは、オレがそういったことをしない人だと察したからかもしれないな。助けを求めるというと大袈裟だけど、関わっていて気が楽だと思って貰えたならオレとしても嬉しいことだ。

 

「なに? アタシに説教する気?」

 

 日谷さんが不快げに表情を歪めた。

 オレとしても説教なんてしたくないけど、今日解散するまでずっとこれに晒されるのはさすがに耐え難いところだ。

 オレだけならさっさと帰ったり、さっきみたいに罵倒で切り返すこともするけど、いちいち田辺を揶揄する言葉まで聞かされるのは酷く不愉快だ。田辺を庇うという意味もあるけど、オレがね。友人が揶揄されるのを見聞きするのは不愉快だ。オレも人をからかうのは嫌いじゃないけど、それは大前提として好意を伝えるためという意図がある。日谷さんのはあまりに嘲笑の意図が強い。

 

「まあまあ、落ち着きなよ。なにか説教って単語にトラウマでもあるの?」

 

「アンタには関係ないでしょ」

 

「そだね」

 

 聞いてみただけだし。答えてくれるならオレなりにまた考えたけど、突っぱねられたら深追いしようとは思わない。

 ほんのりと微笑んでいるオレと顔を顰めている日谷さん、そして困った表情で頭を光らせているのが田辺だ。

 

「なに、それ。アンタさ、空気読めないわけ? 楽しくやってたじゃん」

 

「いやぁ、オレは結構不快だったよ。君は楽しかったかもしれないけど」

 

「……」

 

 ひくり、と日谷さんの表情が歪む。

 効いてる効いてる。

 今までなあなあで来たんだろうな。日谷さんの無邪気で明るい……悪く言えば傍若無人な振る舞いを前に、自分の意思を発せられない人が多かったんだろう。

 もちろん、日谷さんのそういうところを好ましく思う気持ちの方が強かったり、そもそもとしてオレが「余計な一言」と感じている言葉を重く受け止めず、良好な関係を築いている人もいるとは思うけど。

 

 波長が合えば楽しいし、合わなければ苦痛。それは最初の評価通りだ。

 

「アンタさぁ、頭おかしいんじゃないの? 普通じゃないよ」

 

 それはオレの逆鱗だから止めろ。久方ぶりにオレ自身のことで怒りを覚えた。

 律ちゃんとか信乃ちゃんにも似たようなことを言われたけど、二人のときとは状況がまるで違う。

 だけどオレは自分を律した。何故ならここで感情を震わせると、オレの急所を晒すことに繋がるからだ。マイペースをモットーとしているオレだけど、そこを槍でめった刺しにされるとさすがに自分を保っていられる自信は無い。いつかのときのように怒り狂っても碌なことにはならない。

 一拍置いて、オレは言った。

 

「うーん……。君の普通がどうかは知らないけど、話をするたびに揶揄されるなんてことが続いているのにそれを全く気にしない、なんて人はいないんじゃないかな? 『普通』なら。ただ君が見て見ぬふりをしてるだけだと思うんだけど、どう?」

 

 オレとしても以後も関わりを持ちたいとは思わないので黙ってやり過ごしても良いんだけど……。

 オレは日谷さんと田辺の交友関係、その実情を知ってしまった。そしてオレと田辺が友人である以上、これからのオレはきっとそれなりに二人の関係について思考を割かれることになる。

 ならもう言っちゃおう、と思ったのが今だった。もしかしたら日谷さんの悪癖が改善されたり、田辺に対してのだけでも態度が変化する楔になるかもしれないし。 

 

「覚えていてもらえると嬉しい。ただそれを表現できないだけで、君の何気ない一言で傷ついている人がいるかもしれないってことを。今までにいなかった? 軽い気持ちで人を揶揄するような言葉を発したとき、ふいに黙ってしまったり、愛想笑いを浮かべていた人。落ち着いて、ちょっと考えてみてくれない?」

 

「そ、そんなこと覚えてねーし」

 

「そっか……それは凄く残酷なことだとオレは思う。ただ……もしそのことに少しでも罪悪感を感じているなら、気を付けた方が良いと思うんだ。いずれそれは君自身の首を絞めることになる」

 

「なんな―」

 

 何かを言い掛けた日谷さんの言葉を遮ってオレは続ける。

 

「ただ改めてちゃんと伝えておきたいのは、オレは日谷さんが楽しそうに話していたり、明るい雰囲気は凄く好ましく思ってるってこと。日谷さんの元気で明るい感じ、そこはオレ、結構好きなんだよね」

 

「は……?」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったような表情で停止する日谷さんにオレは続ける。

 

「でも……揶揄されるのは哀しいよ。田辺のことを悪く言ってるのを聞くのも、オレとしては辛い」

 

「……」

 

 日谷さんがもごもごと口を動かし始めた。

 喧嘩モードに入ろうとしていたようだし、思わぬ返しを食らって動揺し、勢いが削がれたって感じかな。

 でもオレは別に喧嘩をするつもりはない。

 

「それだけ。ごめんね、嫌な思いをさせちゃって。田辺もせっかく誘って貰ったのにごめん。日谷さんの言う通りだ。オレは和を乱すようなことをした」

 

「いや……んなことはねぇよ。んなことは……」

 

 田辺が口籠る。

 否定も肯定もしなかったけど、ある程度はオレと同じことを思ってはいたんだろう。同時にオレの言動に困惑してもいそう。

 田辺の口ぶりからして、日谷さんの悪癖については軽口を装って日頃たびたび注意をしていたんだと思うけど、全く伝わってなかったんだろうな。さっきはオレを庇うために明言してくれたけど、和を重んじていそうな田辺は、普段から日谷さんの言動にある程度目を瞑っていたのかもしれない。

 

 声が大きい人に逆らわない、あるいは逆らえないというのは、大多数の人の在り方だろう。面と向かって戦おうとする人は……まあ、いない。子供の頃はぶつかり合っていたことでも、大人になるにつれて波風を立てず、自分が我慢した方が遥かに楽なことに気づくからだ。そして社会に出た後はさらに顕著になっていく。職場や高校の学校だと、その人とはずっと付き合っていかないといけないから、人は以降の関係を悪くすることこそを忌避する。ささくれ立ち傷ついた自分の心から目を背けながら。

 孤立していることに気づかないお局様と、内心では忌避しているものの、「大人」だからこそそれを表現しない同僚、なんかが分かりやすい例かな。強い自我に物を言わせて、優しい人や繊細な人を押し込める。オレはそういうことをなあなあにするのは好まない。

 

「日谷さん。もし、何かオレに言いたいことがあるならちゃんと聞くよ。ゆっくり話をしよう」

 

 そう言ってオレは微笑み、日谷さんを見つめた。

 日谷さんは何も言わず、目を泳がせた後、僅かに顔を伏せる。

 何かしらは伝えられたみたいだ。多分、根は悪い子じゃないんだよな……。オレとは合わないけど。

 不快にさせてしまったことは申し訳ないけど、痛み分けということで許して欲しい。オレも十分不快な思いをしたから。

 

 しばらく待つが日谷さんは動かないし喋らない。

 どうしたものかと考えて、オレはカバンを手に取って席を立つ。 

 オレはゲームを続けても良いけど、日谷さんが気まずいだろう。ある意味では彼女のこれまでの常識に正面から殴り掛かったわけだから。

 もし受け止めてくれるにしても落ち着くまで時間がかかるだろうし。聞く耳を持たないならそれはそれで構わない。一番最悪なのはやっぱり意図して他人を見下し、揶揄しているという、性根が腐ってるタイプのやつ。だとしたらオレとしてはもうこれ以上我慢して関わる必要性は感じない。

 オレが同行を許可した手前、本当に田辺には申し訳ないけどね……。

 それはもう、オレが1000割悪い。田辺には後日、埋め合わせをしたいところだ。

 

「改めて、本当に申し訳ない。日谷さんもあまり落ち込んだり、思いつめないで欲しい。怒っているわけじゃないんだ。ここの支払いはオレが持つよ。田辺も、良かったら今度埋め合わせをさせて欲しい」

 

「ライさん……」

 

「それじゃあ、またね」

 

 三人分の代金をテーブルの上に置いてオレはブースを離れた。

 ボウリング場から出たとき、後ろから呼び止められる。

 

「ライさん!」

 

 田辺だった。立ち止まり、振り返る。

 

「田辺、どうしたの?」

 

「いや、謝りたくてさぁ。やっぱ断るべきだったよな~」

 

「受け入れたのはオレだよ。彼女との相性を見誤ったオレの自業自得だ」

 

「そんなことは……」

 

「ありがとう。その気持ちは受け取っておくよ。ごめんね、本当に。KYだって最近結構言われたんだけど、実際そうなのかも、オレ」

 

「うーん。そうでもねぇと思うけど……。正直、オレちょっとスカッとしたしなぁ~」

 

 田辺が苦笑気味に笑う。

 

「あいつ、ガキの頃からの付き合いでさぁ~。昔はあそこまで酷くなかったんだけど、なんか妙に偉そうになっちまったと言うか……。いつからかは覚えてねぇんだけどな~。オレがもっと早く、ライさんが言ったようなことを言ってやるべきだったんだ。実際、浮き始めてたしなぁ、あいつ。高校時代のダチも、卒業したらあいつから離れちまったし。大学のダチが離れる前に知れて良かったんじゃねぇかなってオレは思う。なんか最近は大学外の変な奴と付き合い始めてたみたいだし……。良い薬になるんじゃねぇかな~?」 

 

「そっか……。今は嫌な気持ちかもしれないけど、今日のことで日谷さんの交友関係が改善されたら良いね」

 

「そうだなぁ~。それで、ライさん、これ」

 

 そう言って田辺が差し出して来たのは、オレがテーブルの上に置いてきたボウリング代の一部だった。

 

「オレの分のボウリング代、返すわ」

 

「受け取ってよ。お詫びだしさ」

 

「いや、こんなんでライさんと貸し借りにしたくねぇんだ。もっと気軽な感じでさぁ~、行きつけの店のお気に入りのメニュー奢ったとか、そういうのが良い」

 

「……そっか。君はほんとにいいやつだねぇ」

 

 本気で感心する。オレは田辺から代金を受け取って、財布の中に仕舞った。

 

「へへ。なあ、ライさん。また遊んでくれっかな?」

 

「もちろん。田辺さえよければオレの方からもお願いしたいよ」

 

「へへ! じゃあ、オレ戻るわ~。今のあいつを一人にするのもアレだからさぁ~。またな~!」

 

「ああ。また」

 

 手を振り合って、オレ達は別れた。

 田辺の後姿を見送って、オレもまた帰路に就く。

 

 しばらく歩いていると、携帯電話の着信音が流れた。

 知った番号。

 オレは通話アイコンをタッチし、電話に出る。

 

「もしもし」

 

「ライルくーん! 今日はいつ来るん!?」

 

「信乃ちゃん……。元気だね……」

 

 電話の相手は信乃ちゃんだった。

 

「いや、今日は用事があって行けないよ」

 

「えー。そんなん聞いてねーよ!」

 

 言ってないし。用事自体も突然だったからね。

 そもそも毎日見舞いに行く義務は無いんだけど……求めてくれている分にはありがたいので言及は避ける。

 

「用事ってまだあんの?」

 

「いや、もう終わったよ」

 

「じゃあ今から来てよ」

 

「いや、もう面会時間過ぎてるから……」

 

「やだー!」

 

「我儘言わない。というか、病院でそんなに叫ばないの。携帯で病室から掛けてるんだろうけど、夜の病院は響くから。桃香ちゃんも近くにいるんでしょ? 驚かせちゃだめだよ」

 

「はい……」

 

 しょんぼりとした声が電話の向こう側から聞こえて来る。

 オレは苦笑し、言った。

 

「明日行くから、今日は良い子にしてくれない?」

 

「わーった。絶対な! 明日な! 朝一な!」

 

「はいはい。朝一に行けるかは分からないけど、努力はするよ」

 

 信乃ちゃんとの電話を終え、駅に向かい電車に乗り、地元に着いて東堂家へと向かう。

 東堂家の門前に着いたオレは、ふいに茶都山家の窓を見上げる。窓からは薄っすらと明かりが漏れている。ちゃんと在宅のようだ。茶都山家の門の中には車も見えたし、ご両親もいるだろう。一体、先日のアレはなんだったのか……。何事も無かったかのように日々が続いているのが謎過ぎる。

 

 今から訪ねてこの間の話を改めて聞いてみるか……。いや、さすがにそれはバッドマナーか。

 そんな考えも浮かんだとき、ふと気づく。茶都山家の反対側、東堂家の門から少し離れた地面に、何か小さなものが置かれているのが見えた。

 古ぼけた電灯が薄っすらと照らす夜道で、オレはその何かの方へと向かう。

 

 目を凝らしても良く見えないので、携帯のライト機能を使い、足元を照らす。

 そこにあったのは。

 

「動物……?」

 

 犬、かな?

 柴犬くらいの大きさだ。

 首輪が無いから飼い犬が逃げ出したって感じじゃないけど、野良なんだろうか。

 この辺に野良犬っていたんだな……。まあ、田舎だしなぁ……。

 

 ふと気づく。

 やや赤みを帯びた黄褐色の体毛は泥と……黒ずんだ赤色で汚れている。

 もしかしてこれ、血か?

 怪我をしている?

 車にでも撥ねられたんだろうか……可哀そうに……。

 

 そう思いつつ、死体の処理をしてもらうために道路緊急ダイヤルに連絡をしようとしたとき、倒れていた犬が身じろぎをしたのが見えて、手が止まる。

 

 生きている。

 どうしよう。

 こういうときは保健所?

 でも殺処分されたりしないかな?

 

 薄っすらと犬が目を開けた。

 何かを訴えるようにじっとオレを見ている。

 

 良く見ると犬にしてはちょっと顔が細長い。足もだ。

 そういう犬種か?

 いや、これ、犬じゃないな。狐だ。

 なんで狐がこんなところにとは思うけど、まあ田舎だし山も近いし降りて来たんだろう。そして車に轢かれてしまった、と。

 可哀そうだけど……。

 

「くぅん……」

 

 切なそうに、苦しそうに狐が鳴いた。

 

 ……。

 しょうがないなぁ……。

 開いてる動物病院って近くにあるかな。

 調べれば出て来るか?

 

 オレは携帯で検索しながら一回家の中に入る。

 ゴム手袋と、以前買った買物カゴにゴミ袋とバスタオルを敷き詰めたものを持ち、狐のところへと戻った。

 狐は道路に横たわったままだ。

 

「ごめんね。痛いかもしれないけど……触るね?」

 

 ゴム手袋をした手で狐を持ち上げ、そっと買い物かごに入れたあと、バスタオルをその体のうえにかけてあげる。その後、手袋を外した。

 そしてカゴを腕に下げ、携帯で情報を集めながら、最寄りの動物病院へと歩き出す。

 

「もうちょっと頑張ってね。きっと助かるからね。頑張ろうね」

 

 カゴの中で力なく横たわる狐に声を掛けながら、オレは思った。

 

 ―――早くバイト決めないとなぁ……。

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