明らかに周りの奴らの生きる世界が違う件   作:ポルポル

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GBF? 4

 目の前のクレーターの底には全裸の彩乃さんが居て、遠方には人体模型のような全裸の巨人が見える。

 

 オレは思った。

 

 ―――どっちもでかいな。

 

 人体模型のような全裸の巨人は男性の体をしている。当然、人間のサイズからしたらあまりにも凶悪なものがぶらついていたわけで……。

 

 一方、彩乃さんの引き締まってるのに一部がでかい体を見る。

 

 引き締まった筋肉質な肉体に溢れんばかりの母性。

 まるでアマゾネスやバルキリーのようだだ。

 見たことはないけど。

 

 雅さんの全裸には女性的な裸婦像のような印象を受けたけど、彩乃さんはまさに戦士って感じだ。

 

 思い浮かんだイメージは鹿や馬。

 発達した筋肉は無駄なく実用的。しなやかで弾力がありそうだ。

 彩乃さんはかなり過酷な戦いを続けてきたようだから、自然と体が鍛えられてきたんだろう。それでいて男性的な固い筋肉の体という感じではなく、女性的な丸みもある。母性は雅さんに引けを取らないだろう。

 

 オレを見て驚いていた様子の彩乃さんだったが、軽やかな一回の跳躍でクレーターから飛び出し、オレの隣にやはり軽やかに降り立った。

 オレに全裸を曝け出しているというのに全く恥じる様子を見せない彩乃さんのその堂々とした立ち姿に感心するばかりだ。

 

「久しぶりだね、彩乃さん。今ってどういう状況なのかな? あの巨人は君の敵ってことで良いの?」

 

「あなた、本当に動じないわね……」

 

「そうだよねぇ」

 

「あの、そうだよねぇ、じゃなくてね? あなたのことを言っているのだけど」

 

「まあ、話すと長いから今は無しにしてくれる? あと、良ければこれ」

 

 上着を脱いで彩乃さんへ差し出した。

 彩乃さんはじっと上着を見て首を振った。

 

「気持ちは嬉しいけれど、結構よ。きっとすぐに破れてしまうもの」

 

「そっか……。大変なんだね」

 

 受け取って貰えなかった上着を着直すと、彩乃さんは小さく笑い、楽しそうに口元を隠した。

 彩乃さんは堂々と全裸を晒している。

 

 隠すところが違うんだよなぁ。

 

 彩乃さんは巨人を一瞥すると、ふんわりと髪を揺らしながらオレに向き直った。

 

「どうしてかしらね? 結構きつい状況だったけれど……あなたに会ったら、何故だか負ける気がしなくなったの。お礼を言わせて頂戴。あなたのおかげで少し、落ち着いたから」

 

「よく分からないけど、役に立てたなら良かったよ」

 

 前を隠して欲しいけど、上着は断られてしまったからなぁ。

 今の状況で隠せる手段としては手ブラくらいなわけだけど、オレが彩乃さんの母性を手ブラするわけにはいかない。かといって、彩乃さんが自分で手ブラをしてくれたとしても、オレの視覚的にちょっと刺激が強くなるのは否めない。

 よって彩乃さんも堂々としていることだし、現状を黙認することにする。

 

「それで、どういう状況なのかな? オレは逃げた方が良いの?」

 

「そうね。出来れば遠くに……」

 

 彩乃さんはぎゅ、と拳を握りしめた。寂し気に眉根を寄せている。

 

「あなたとはもっとお話をしてみたかったけど……そんな時間も無いかしらね。白夜もいなくなってしまったみたいだもの」

 

 遠方の巨人はそこらのビルや家屋を薙ぎ払い、踏み潰し、騒音を立てながら暴れている。なにかを探しているのだろうか。多分、彩乃さんを探しているんだとは思うけど。

 

「白夜っていうのは、あのおじさんのこと? さっき……巨人に食べられた……」

 

「ふふ……。そうねぇ、おじさん、かしらね。アレはわたしの妖力で作った使い魔なの。ふふ。単なるお人形遊びだけれど、ずっと一緒に戦って来たから……少し、寂しいわ」

 

「そっか……。それは寂しいね……」

 

「ねえ、あなた。もしも……。いえ……、何でもないの。忘れてちょうだい」

 

 なんか、えらく思わせぶりに、含みのあることを言うなぁ。

 なんだろう。長年連れ添った使い魔を失ってナイーブになってるのは分かるけど、オレに何を求めようとしたんだろうな。

 

 彩乃さんが手を伸ばし、掌を広げると、刀が飛んできて彩乃さんの手に収まった。力強く柄を握ると、雷が刀と彩乃さんの腕を包むように生じた。

 

「おお……すごいね。雷使いってこと?」

 

「ふふ。あなた、子供みたいな反応をするのねぇ。どちらにせよ場違いではあるけれど、微笑ましいわ」

 

「また子ども扱いする」

 

「ふふ。ごめんなさい。この雷は、以前の怪物を倒したときに手に入れた力よ。あなたと一緒に倒したあの怪獣。あなたの忘れ形見だと思っていたけれど……生きていてくれて良かった」

 

「ああ……。タイミング、悪かったもんね。また会えてうれしいよ、彩乃さん」

 

 全裸で刀を握る彩乃さんは絵になるけどシュールだ。

 

「わたしも、あなたに会えて嬉」

 

 瞬間、景色が切り替わる。

 腹に感じた衝撃と、浮遊感。流れる風を感じる。

 また彩乃さんがタックル気味にオレを肩に抱えて跳躍したらしい。

 

 眼下では、へし折られたビルの高層部がオレ達の居た場所に突き刺さっている。

 巨人が投げたらしい。

 

「ありがとう、彩乃さん。毎度のことながら、手間を掛けてしまってごめんね」

 

「あなたってやっぱり変な人ねぇ……」

 

 彩乃さんに抱えられるのも慣れたものだ。

 彩乃さんは以前と変わらない振る舞いだが、オレがさっきの話……白夜という使い魔を失ったことを知っているからか、無理をしているようにも見える。 

 しかし、白夜という使い魔……遠目にしか分からなかったけど、おじさんだった。それについては彩乃さんも否定はしなかったし……作った使い魔をわざわざそういう様子にするってことは、彩乃さんの癖なのかな?

 

 それはそうと、肩に担がれているオレの目の前には、引き締まった筋肉と密度の高そうな骨盤を守るために適度な脂肪が乗ったプリケツがある。

 まさか全裸の人達に会うだけでなく全裸の人に担がれて移動する日が来るとは思わなかった。ちょっと笑ってしまいそうになる。

 

 遠方の巨人が雄たけびを上げ、足元の建築物を蹴り潰しながらオレ達へと走って来る。

 彩乃さんは家屋の屋根を足場に、忍者のように駆けまわる。オレを抱えて、全裸で。

 

「……」

 

 彩乃さんが深い溜息を吐いた。

 

「本当に……あなたってどういう人なのかしらねぇ。本当ならここには入って来られないはずなのに、三度も……」

 

「ごめんね」

 

「どうして謝るのかしら?」

 

「きっと邪魔なんだろうなって、オレ」

 

「……。あなたって本当に変な人ねぇ……」

 

 彩乃さんは苦笑したようだった。

 ケツしか見えないから分からないけど。

 

「助けて貰ってありがたいけど、オレのことは放って置いても良いよ? 自分で何とかするから」

 

「放って置けないからこうしているんだけれど、分からないかしら? 察しの良さそうなあなたでも」

 

「なるほど。それは一本取られたというか……おみそれしました。彩乃さんは優しいねぇ」

 

 心が温かくなる。

 おっと、ケツが視界に。目を閉じよう。

 

「ふふ。そう言われて悪い気はしないわねぇ。とはいえ、どうしたものかしら。アレは動きが鈍いから逃げる分には問題ないけれど、ずっと逃げ続けるわけにもいかないし。あら……?」

 

 彩乃さんがすんすんと鼻を鳴らした。

 

「あなた、何か臭うわね。何かしら……?」

 

「ごめん。臭かった?」

 

「いえ、ごめんなさい。あなたの体臭のことじゃないの。でもなにかしら、この臭い」

 

 オレの体臭がきついという訳じゃないらしい。

 

「嫌な臭い……。なにかは分からないけれど、良くない感じがするわねぇ。獣、かしら」

 

 ……。

 獣って言うと雅さんのことか?

 雅さんの臭いに反応しているのか?

 確かに大学で密着されたけど……。

 

「わたしやあの怪獣たちとも違う……なにかしら? とても気になるわ……。でもそんな時間は無いわね……」

 

 彩乃さんがビルの側面を重力に逆らって駆け昇る。

 流れる景色が凄い。視点の動きが壮観だ。大部分にプリケツが映ってるけど。

 

 屋上に着いた彩乃さんがオレを降ろしてくれた。

 そしてすぐに立ち上がり、巨人の方を向くと、背中越しにこう言った。

 

「ここで待っていてくれるかしら? あなたとはゆっくりと話してみたいわ。興味があるの、あなたのこと。今度はどこにも行かないでいてくれると嬉しいけれど……。わたしも早めに終わらせるつもりだけれど、もしも長くなりそうなら、帰っても良いわ。きっと自力で帰れるのでしょう? ここから。あなたは」

 

「たぶんね」

 

「そう。本当に……変な人ねぇ」

 

 彩乃さんは肩越しに微笑むと跳躍し、高い金網の上を華麗な動きで越え、飛び降りた。

 

 金網に近づく。なんとか下を見れないかと顔を近づける。

 ビルの側面を蹴りつけたんだと思うけど、彩乃さんは家屋の屋根を足場にしながら、既に巨人の方へと向かっていた。

 

「彩乃さん。なんか君って、私はあなたの正体になんとなく察しがついてます、みたいな雰囲気を出してるけど……。それって十中八九間違ってると思うんだよね……」

 

 残念ながら。

 

 オレの声が届かないところまで全裸のまま行ってしまった彩乃さんを遠くから見つめる。

 できれば動かないで欲しいと言われたけど、どうしたものか。

 雅さんと涼音を残してきてしまっているから、帰れるなら帰りたいんだけど……。彩乃さんには何度も助けて貰っているから、初対面のときのようにさっさと消えるのは気が引ける。

 

 当然携帯の電波は届いていないので涼音に連絡は取りようがないわけだけど、向こうからするとオレはどうなっているんだろう。急に消えたって感じなのかな。

 彩乃さんがさっき「生きてたの?」って言ってたから、以前……馬のUMAのときは、死んだと思ってしまうようないなくなり方をしたみたいだけど。

 

「おお……すごいな……」

 

 屋根の上を軽やかに駆け、巨人へと迫った彩乃さんが何かをしたようで、走っていた巨人が大きく仰け反った。遠目に小さく見えるので詳細な動きは分からないけど、全裸なので肌の色が目立つ。どこにいるかは結構わかりやすかった。

 巨人の顔……左顎下から右眉にかけてに大きな裂傷が生まれ、直後に鮮血が噴き出した。刀で斬りつけたんだろう。

 全裸の彩乃さんが光っている。

 

「輝いてる……」

 

 確かに彩乃さんの肉体美はオレとしても輝いて映ったけど、雷を帯びているだけだ。だけというのも変な話だけど。

 なんだろうな……。改めてこういう分かりやすい異変を目の当たりにして、自然に受け入れていることを自覚すると、茶々ちゃんの変身を見掛けたときから遠くに来たなぁと思う。

 

「あっ……」

 

 大きく腕を振りかぶった巨人の腕に彩乃さんがぶっ飛ばされた。

 オレと巨人の中間位まで吹っ飛び、地面に激突。轟音と共に大穴が開く。

 思うんだけど、人間の体が地面に激突してアスファルトやコンクリートの方が負けるって凄くない?

 彩乃さんの体、固すぎ……?

 

 というか、いつも地面とかにめり込んでるな、あの人。

 大丈夫なんだろうか。

 肉片になっても死なないのは見てるけど、痛いのは痛いみたいだし……。見てて辛いものがあるな……。

 

 とはいえ、あの巨人相手にオレが出来ることもない。小石をぶつけても意味なんて無さそうだし、異変抗体に頼って突っ込んで機能しなかったら無駄死にだ。以前……犬のような魔獣に体当たりをしたとき、オレの異変抗体は機能せずに逆に吹っ飛ばされた。もしかしてだけど、あくまで受動的な異変に抵抗するというだけで、認識した上で能動的に関わろうとすると機能しないのかもしれない。だとすれば、なんて融通が利かない体質なんだろう。誘い受けかよ。

 

 光る肌色が地面から飛び出し、巨人の方へと突っ込んでいく。巨人が体に裂傷を負い、また離れた場所で轟音と共に建物が崩れ、地面にクレーターが出来る。そしてまたクレーターから光る肌色が飛び出し、巨人へと突っ込んでいく。

 繰り返されるそれを、オレは見守ることしか出来ない。もどかしい。

 

「彩乃さん!! がんばれー!! 負けるな!! 頑張れ!!」

 

 せめて応援だけはしておこう。

 遠くて聞こえるかは分からないけど、ビルの屋上から大声で彩乃さんへ声援を送る。

 

 なんだろうな……。

 思えば、こんなに一生懸命何かを応援したことって無かった気がする。 

 

「ああっ!! 彩乃さん!! 頑張れ!!」

 

 彩乃さんが吹っ飛ばさて、思わず嘆きの声が出る。しかしすぐにまた彩乃さんが戦いに戻り、声援を張り上げる。喉が痛くなってきたが、彩乃さんの方が痛いだろう。オレも頑張るしかない。

 

「彩乃さん……。もしかして……」

 

 巨人の体に刻まれる傷が一か所に固まり始めたのを見て、オレは寒気がした。彩乃さんの狙いが分かったからだ。

 

 オレは思った。

 

 ―――ち●ぽかよ。

 

 彩乃さんは巨人のシンボルを徹底して狙い始めていた。切り落とすつもりなのだろう。確かに効果的だと思う。だけど見ていて辛い。

 

「……」

 

 なんとなく腰が引ける。声援を送ることを何故か戸惑ってしまう。

 

 見れば、巨人の腰がなんとなく引けているような……。

 いや、気のせいだろう。巨人は股間の傷を気にした様子はないし、守ろうとする動きも見られない。そこに付いているというだけで、急所というわけではないらしい。

 

 彩乃さんもそれに気づいたのか、巨人の体に生じる傷の位置が変わった。

 太ももの付け根だ。ち●ぽから移動している。

 彩乃さんはもしかすると、巨人の足を切り落とそうとしているのかもしれない。

 

「頑張れ! 頑張れ!! やればできる! 負けるな! そこだ!」

 

 オレは声援を再開した。

 

 しかし喉が痛い。

 じっと静かに、祈りながら見守ることもできるけど、声援を送ることを止めたくはなかった。

 彩乃さんが以前、お礼を言われて元気が出たと言っていたので、声援を送ったら喜ぶかなと思って。それにあの巨人を放置していたら現実もヤバイ的なことを言っていたので、是非とも勝ってもらいたい。

 もちろん、一生懸命に戦いを続けている彩乃さんを応援したい、力になりたいという気持ちも嘘じゃない。

 

 そして数時間の時が流れた……。

 

「……」

 

 いや、長いって。

 

 もう何時間戦ってるんだ……。

 

 さすがにもう声が出ない。息をするだけでも染みるような痛みがあるもの。

 彩乃さんの方が大変なのは承知だけど、さすがにこれ以上は喉が……。

 無茶しすぎた。 

 

 オレは屋上の冷たいコンクリートの床に座り、彩乃さんの戦いを金網越しに眺め続けていた。

 応援をする気持ちを、彩乃さんを心配する気持ちもある。どうか勝って欲しいという願いも健在だ。

 だけどいかんせん長すぎてね……。

 

 雅さんと涼音、どうしてるだろう。

 彩乃さんには是非とも早めに勝って貰いたいところだ。

 

「……!」

 

 声は出ないが、思わず前のめりになった。

 彩乃さんが遂に巨人の足を切り落とした。凄い。地道な作業が遂に実を結んだ。これには感動せざるを得ない。

 

 片足を失った巨人が膝をついた。

 今度は巨人の腕に裂傷が刻まれ始める。彩乃さんの次の目標は腕の切断のようだ。

 

「……!!」

 

 巨人の太すぎる腕で彩乃さんが吹っ飛ばされた。これも何回目か分からない。毎度のこと復活してくれるので安心感はあるけど、いちいち豪快に周囲を破壊するから心配になる。彩乃さんの超回復能力……オレの体質もそうだけど、回数制限とか条件なんかがあったりしたらと思うと気は抜けないよね。

 

 片足を失ったことで巨人の機動力は落ちたけど、巨大な腕を振り回すだけで大災害だ。彩乃さんも腕を切り落とそうと頑張ってるけど、これも時間がかかりそうだ。

 さすがに帰るか……?

 帰れるなら、だけど。

 

 ちょっと試しに……。

 高層ビルの屋上からビルの中に入るための扉を探し、ドアノブを回す。鍵が掛かっていて開かない。当然、周囲に鍵なんて落ちていないし、扉を壊せるような器具も無いし、力もない。

 オレは再び金網に近づき、彩乃さんの戦いを見守ることにした。

 

「……!」

 

 おっと……座ったまま寝ちゃいそうになっていた。かくん、と首が落ちるような感覚に意識を覚醒させる。

 彩乃さんはまだ戦っていた。

 

 頑張って。

 頼むから。

 

「……」

 

 そしてまた数時間の時が流れた。

 オレは横になって彩乃さんの戦いを見守っていた。

 もう日付も変わる頃か……。

 肌寒い。風邪をひいてしまうかもしれない。彩乃さんに上着を渡さなくてよかった。断って貰えてよかった。寒いもの。それに背中が痛いし、冷たいし。

 

「……!」

 

 闇夜の中でさえ輝きを失わない彩乃さんの裸体……というか、実際に光ってるわけだけど、その動きが鈍る様子はない。凄いな。もう何時間も動きっぱなしだし、痛い思いをたくさんしているだろうに、変わらず戦い続けている。以前も休日なのに制服を着て戦っていたことから、もしかしたら平日からずっと戦ってるんじゃないかって思ったけど、やっぱりそうだったんじゃないかと思う。

 

 今回、会ったときは既に……既にって言うのも変だけど……全裸だったから分からないけど、オレと会うまでにもう結構長いこと戦ってたって可能性もあるよな……。

 

 ……。

 オレは座り直し、声は出せないなりに、心の中で彩乃さんへ声援を送り続けた。

 

 そしてさらに数時間の時が流れる。

 夜明けだ。

 眠いような眠く無いような、浮ついた感覚だ。多分、思考が鈍っていると思う。

 

「……!!」

 

 オレは立ち上がった。

 遂に。遂に彩乃さんが、手足を失いうつ伏せに倒れて身じろぎをするしか出来なくなった巨人の首を落としたからだ。

 きっとこれで終わりだろう。長かった。まさかこんなことになるなんて……。

 

「……」

 

 今のオレは多分、目が死んでいると思う。

 首を落とされた巨人の背中が割れ、中から巨人よりは遥かに小さいけど、人間からしたら充分大きい人型が現れたからだ。まだ続くんか……。

 

 人型はスタイリッシュな体形だ。タイツを着てるのか、すらっとした体は遠目には真っ白く見える。そして背中には真っ白い羽。天使って感じがする。

 

 

 大丈夫か?

 帰りたいのはそうだけど……。

 

 彩乃さん……。

 あんなに一生懸命頑張ってたのに、儂はまだ変身を二回も残している、みたいな展開を見せつけられて……。

 でもさすがと言うべきか、彩乃さんは新しく顕れた人型に攻撃を仕掛けた。

 

「……」

 

 バケモンですやん……。

 あの天使、明らかにさっきの巨人よりもヤバい奴だった。

 何故なら、彩乃さんが吹っ飛ばされる間もなく、空中で汚い花火に早変わりしたからだ。

 

 それにしても……ここまでえぐい破裂音が聞こえて来たぞ。どんだけだ……。

 

 お……?

 彩乃さんが天使のすぐ下から飛び出して来た。

 地面に散らばった欠片から再生したようだ。彩乃さんも中々凄いな。明らかに人間やめてます。

 

 でも、彩乃さんはすぐに破裂した。

 そして少ししてまた彩乃さんが天使に突貫していく。

 今度は天使の攻撃を避けたようだ。

 

 空中で彩乃さん……というか、雷光がクルクルと回りながら、上下左右、自由自在な軌道を描いているのが見える。

 天使が動いた。

 天使も彩乃さんの動きに合わせるように空中を自在に飛び回っている。さっきとは趣が違う戦いだ。

 

「……」

 

 あっ……。汚い花火が……。

 

 これどうするんだ。かなり劣勢に見えるけど。マズいんじゃ……。

 

 こんな攻撃も通らず、一瞬で汚い花火にされるような相手に勝てるんだろうか。彩乃さんが負けたら世界もヤバイんだよな……。

 

 耐久力に物を言わせて粘り勝ちを狙うにも、彩乃さん、あの天使に歯牙にもかけられてない感じがしてて、有効とは思えない。そもそも彩乃さんはどこまで耐久出来るんだろう。諦めません勝つまでは戦法で年単位で戦うとは無いよな……。でもそうするしか勝つ方法が無いなら仕方ない?

 

 いやぁ、そうなるとオレもずっとここに居ないといけないから辛いな。さすがに凍死か餓死すると思う。

 

 ……?

 彩乃さんが天使に背を向けて、こっちに向かってくる。

 

 ビルの側面を駆け昇り、金網を越えてオレの下に舞い降りた。

 天使はいいのか?

 

「……」

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 彩乃さんが荒い息を整えている。

 やっぱりつらかったんだな……。前もつらそうだったし。

 彩乃さんが苦し気に天を仰ぐ。

 そしてオレを見てこう言った。

 

「単刀直入に言うわね。今のわたしでは、アレには勝てない。どれだけ時間を掛けても」

 

 彩乃さんは本当に悔しそうに俯いた。

 やっぱりそうなんだ。そんな感じはした。

 

「ここを捨てるわ」

 

「……」

 

「納得できないという顔ね……」

 

 いや、別に。

 ただ喉が痛くて喋れないだけだよ。

 

「あなたの危惧しているように、アレはここから解放され現実に顕現するわ。ここであいつを抑えておくことはできるけど……アレはまだ生まれたばかりの赤子のようなもの。成長を続け知恵をつければ、今のわたしでは手に負えないわ。いずれ殺されてしまう。あなたも分かるでしょう?」

 

 ごめん、分かんない。

 オレは静かに首を横に振った。

 

「戦えと言うの? あなたは……。逃げるな、と。そう言うのね。……ひどいひとね」

 

 彩乃さんは哀しそうに眉を寄せた。

 いや、特にそういうことは思ってないし言ってないよ。

 喉が痛いし分かんないだけなんだ。

 

 オレは自分の喉を指さした。

 

「……」

 

「首?」

 

 喉です。

 首を振って訂正しようとしたが、彩乃さんは自己解決したようでこう続けた。

 

「首を狙えってことかしら? そんなことは分かってるわ。だけど、今のわたしの力では通じないの。そしてアレはどんどん学び始めている。今は退くしかないの」

 

 違う、そうじゃない。

 オレは首を横に振った。

 

 すると彩乃さんが怒りの表情を浮かべた。

 

「わたしだって好きで撤退を選んだわけじゃないわ! どうしても勝てないの! 今でさえそうなのに、アレはどんどん強くなってるのよ!」

 

 違う。そうじゃない。

 オレは首を横に振った。

 彩乃さんの怒りがボルテージを上げていくのが分かる。

 

「死にたくないなんて理由じゃないの! わたしがアレに取り込まれれば、もうアレを止めることが出来る存在がこの世界からいなくなる! あなただって分かるでしょう!?」

 

「ご゛め゛ん゛。分゛か゛ん゛な゛い゛。の゛ど、い゛だ゛く゛て゛」

 

「えっ……? す、凄い声ね……。あっ、そういえばずっと応援してくれたものね……」

 

 オレの応援聞こえてたんだ。

 

「ありがとう。とても励みになったわ。本当に」

 

 彩乃さんは気恥ずかしそうに顔を逸らした。

 その気恥しさは応援されたことに対するものなのか、すれ違いを察して恥ずかしくなったのかどっちなんだろう。

 

「逃゛げ゛る゛?」

 

「え、ええ。……良いのね?」

 

 頷く。

 オレに出来ることは無いし、巨人相手に粘り勝ちした彩乃さんがどうあがいても勝てないというならそうなんだろう。

 

 確かに気になることは言っていた。あの天使を放置して逃げれば現実世界がヤバいことになるって。彩乃さんを殺しに来てる怪獣たちを野放しにしたら現実世界がヤバいって言うのは前も言っていたけど、遂にその時が来てしまったらしい。少なくとも彩乃さん的には。

 でもさっき彩乃さんも取り乱しながら言っていたけど、死ぬまで戦えって言うのは酷だ。どうにかして欲しいとは思うけど、今彩乃さんが負けるともう取り返しがつかなくなるらしいので、だったら反撃の時を伺うのが正しい判断なんじゃないかな。

 一度撤退し、犠牲を耐え忍んで再起を図るっていうのは割とよくある展開だし、オレも好きだけど、現実で起きると辛い。

 でも彩乃さんが誰よりも辛いんじゃないかな。状況を一番理解しているのは彩乃さんだろうし、彼女に世界の命運が懸かっているからこそ、彼女は大局を見て辛い判断を下した。だから今、感情的になっていたんだと思うし。

 

 そもそもあの天使ってなんなんだ。

 魔人……なんだよな、多分。

 でもなんで雅さんじゃなくて彩乃さんを狙ってるんだ。もしかして彩乃さんが御柱さんだったりする?

 だとしたら、雅さんと涼音を連れて来てみんなで戦うって手はどうだろう。

 

 どちらにしても彩乃さんの言うように撤退はしないといけないとは思うけど。

 

「きっと、たくさんの人が殺されるでしょう。きっと国も多くが滅びる。アレがここから解放されれば、この国は終わり。数日も持たないわ。ふふ。わたしは構わないけど、あなたは困るんじゃないかしら?」

 

 そりゃ確かに困るけど、どうしたの。

 なんで急にそんな悪ぶるの。

 最初はオレに残って戦えって言われたと勘違いして激昂してたのに。

 

 ……。

 もしかして。

 オレが逃げることを肯定したから逆に罪悪感が湧いてきて辛くなってきたのかな。それで断罪して貰いたいって感じか。

 

 うーん、状況が分かってないオレにそれを求められても困るな。

 そもそも彩乃さんが一生懸命頑張ってた姿はずっと見てたわけだし、そんなことは出来ないよ。それが彩乃さんの刹那的な望みでも、本心ではきっと違うだろうし。

 しかも喉痛いからそんなたくさん喋れないし。

 

「お゛つ゛か゛れ゛」

 

 うっ……喉が痛い。

 オレは上着を脱いで彩乃さんの肩に掛けた。

 よく分からないけど、とりあえず戦いが終わりということなら肌を隠しても良いと思う。

 肌寒いし、全裸だし。

 

 白夜って言う使い魔……相棒を失って傷心もしてるだろうし、ちょっと休んだらいいんじゃないかな。これから世界が悲惨なことになるっていうのが本当ならオレとしても心苦しいけど、別に彩乃さんのせいじゃないし、責めてもしょうがない。悪いのは彩乃さんじゃないんだから。

 

 そう思っても全部伝えると喉が痛いので上着を掛けることで伝われば良いなと思った。

 

「ア ヤ ノ」

 

 機械的な声が聞こえた。

 はっと彩乃さんが声の方へ振り返り、オレは少し上を向いた。

 

 彩乃さんがしまった、と言わんばかりに表情を顰める。

 そうだね。ちょっと話し過ぎたね。

 彩乃さんだけだったらさっさと撤退してたんだろうけど、これはオレが居たせいなのかな。

 

 少し離れた空中に、いつのまにか、でかい天使が浮いていた。近くで見た天使から受けた印象は、率直に言うと古典的なエイリアン。巨大なグレイのような見た目で、背中には鳥のような羽。細い手足が太い胴体とアンバランスで不快さを感じさせる。

 

「ウラ ギリ 者。腹立たしい下劣な存在が……」

 

 天使が機械的な声で、出来の悪いボイスロイドのように喋ったかと思ったら、いきなり口調が流暢になった……。これが学んでるってことなのか。

 しかし、えらく渋い良い声だな……。

 

「……!」

 

 腕を引っ張られ、体が浮く。

 彩乃さんに小脇に抱えられたオレは、既に宙に浮いていた。

 

「いい? 口を閉じていて。舌を噛むわよ」

 

 彩乃さんは初めて会ったときと同じことを、しかしあのときと比べて全く余裕のない声で言った。

 確かにオレへの配慮が無くなっている。着地や跳躍時の揺れが荒い。

 

 ちょっと嬉しいな。

 よっぽど追い詰められているんだろうに、それでもオレを見捨てない彩乃さんの在り方に温かさを感じる。

 やっぱり彩乃さんは優しい人だ。

 

「逃がすと思うか? 我々は長き時を待った」

 

 破裂音。

 やけに良い声の悲鳴が後方から上がる。

 

「なんだ……! 何をした!?」

 

 天使の声が聞こえる。

 あいつ、何かしたのか?

 今回は前側に抱えられてるから後ろが見えないけど、破裂音がしたから……異変抗体が作用したのかもしれない。

 良かった。なら大丈夫だろう。一安心だ。

 

「なんだこれは! なにが……! 何をした!? 何を持っている!? リリ―――」

 

 再びの破裂音と共に声が途絶える。

 多分、もう大丈夫なんじゃないかな。例に依るなら。

 

「あ゛や゛の゛さ゛ん゛」

 

「……」

 

 呼びかけるが聞こえていないのか反応が無い。

 スピードもかなり速いから風の音で掻き消されてるのかもしれない。

 下手に動いて落っこちても嫌なので仕方なく身を任せる。

 

 ……。

 ………。

 ………………。

 

「……」

 

 あれ?

 体を起こす。

 知らない場所だ。どこかの家の中かな。

 綺麗に整った質素な部屋の中、知らないベッドの上にオレはいる。

 

 ああ、そうか。オレ、寝てたのか。

 確か彩乃さんに抱えられて長いこと移動してて……徹夜明けだったこともあっていつのまにか寝てしまってたみたいだ。

 じゃあここは……彩乃さんの家なのかな。

 

 ベッドの傍の小さな棚の上にオレの携帯が置いてあるのに気づく。

 手に取り、画面を見る。

 

 ……。

 着信履歴やべぇ。

 

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