明らかに周りの奴らの生きる世界が違う件   作:ポルポル

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GBF? 5

「あら……起きたのね。よく眠れたかしら?」

 

 部屋の扉が開き、入って来たのは彩乃さんだった。

 

 良かった。

 もしこれで全然知らない人が出てきたらどうしようかと思った。 

 

 それはそうと、彩乃さんは濡れた髪をタオルで拭っている。風呂上がりのようだ。緩く纏ったバスローブから覗く素足や鎖骨が色っぽい。既に彩乃さんの全部を見ているわけだけど、隠されている、見えないからこそ感じるものもあるよね。ミロのヴィーナス的な。

 

 彩乃さんの向こう側にキッチンが見える。ワンルーム物件のようだ。

 オレが今いるベッドと、布で覆われて中身は分からない小さな棚、小さなテーブルが置かれているだけの質素な部屋だ。

 

 彩乃さんはここに住んでいるんだろうか。

 

「ん゛……。おはよう」

 

 喉は痛いけど、さっきほどじゃない。

 声もしゃがれているけど、喋れないほどでもない。眠っている間に喉はだいぶ回復したようだ。人間の体って凄い。

 

「ここは彩乃さんの部屋?」

 

 あまり喉を使わないように……腹に力を籠め、鼻を通して抜けるような声を出す。

 ベッドの縁に腰かけ、彩乃さんを迎える。立ち上がろうとしたが、彩乃さんが傍に寄って来て、優しくオレの肩を押さえる。

 座ってろということだろうか。

 

「ふふ。おはよう。と言っても、もうお昼過ぎなのだけれど」

 

「そんなに寝ちゃってたか……。ごめんね。君の部屋だろうに……無神経だった」

 

「いいの。可愛かったもの。あなたの寝顔」

 

 彩乃さんは妖艶に笑い、オレの隣に腰かけた。慣れた動作で足を組む。滑らかな肌、引き締まった太もも、脹脛を一瞥し、オレは彩乃さんへと視線を向ける。

 

「ふふ」 

 

 彩乃さんはオレに流し目を送りながら、一度組んだ足をわざわざ組み直した。

 

「どうかしら? このまま……わたしと熱い時間を過ごす気はなぁい?」

 

 小首を傾げた流し目だ。色っぽい。

 でも、この子高校生っぽいんだよな。制服着てたし。

 

 こういうことに慣れてるのかなぁ?

 雅さんと同類だったりする?

 雅さんとは攻め方が違うけど。誘い受けだしな、雅さん。

 

「悪くない誘いだね。オレも、彩乃さんとは、これからもっと親密になりたいと思ってるよ。まだ共有した時間は少ないけど、彩乃さんは優しい人だって思うから。きっと大変だったろうに、何度も助けてくれてありがとう」

 

「ふぅ……」

 

 彩乃さんは安心したような、どこか寂しそうな、それでいて楽しそうに溜息を吐いた。

 

「あなた、やっぱり変な人ね」

 

「それ、口癖なの? あんまり何度も言われるとあまり良い気はしないんだ」

 

「そう? ごめんなさいね。それじゃあ……面白い人」

 

 彩乃さんが微笑んだ。

 慈愛のようなものを感じる。

 

 なんだろう……すやすや寝てる子猫を見たときみたいな……。

 

 まあ、面白い人なら……。妥協しよう。彩乃さんもオレの願いを聞いて言い換えてくれたわけだから。

 

「ねぇ……」

 

 彩乃さんが前屈みになり、オレに流し目を送って来る。谷間を見せつけているんだろう。オレの反応を楽しそうに待っている。風呂上がりの彩乃さんの体が赤く火照っていて、色っぽい。

 

「戦いの後ってね、とっても疼くの……」

 

 前屈みの彩乃さんはバスローブの胸元を少し開くと、両肘を膝の上に置き、両腕を胸元に寄せて肩を竦めた。寄せて上げられた胸元の溝が深くなり、ぽわんと柔らかそうに溢れる。

 

「とっても欲しくなるのよ……」

 

 ちろ、と彩乃さんの可愛らしい舌が赤い唇を舐めた。蛇のようだ。

 

「……お」

 

 押し倒された。ちょっと、力がとんでもねぇよ。一瞬たりとも抵抗できなかった。

 彩乃さんがオレの腹の上にまたがり、顔の両脇に手を置いた。情欲に染まり濡れた瞳がオレを射抜く。火照った顔が獲物を狙う蛇のようだ……と思ったのは失礼かな。

 

「獣のように……混ざり合いましょう……」

 

 いやぁ、なんだろうな……。

 最近こういうの多いな。

 信乃ちゃんもそうだったし、雅さんもそうだし。

 追い詰められていた信乃ちゃんや、男に喰うこと・襲われることが嗜みみたいな考えを持ってる雅さんに、彩乃さん。彩乃さんの場合は……試してるのかな?

 改めて思い返すと初対面のときに思わせぶりなことを言っていた気がする。お願いしたのに何でいうこと聞かないの、みたいな。当時はちょっとヤバイ奴だと思ったけど、色々経験した今、アレは何か……性的に魅了された異性を従える的な力を持ってるからこその言葉なのかもしれない。まあ、一切感じないんだけど。

 

 求められるのが嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しいし、ありがたいとも思うんだけど……どうしても気が乗らない。

 信乃ちゃんは言わずもがなだし、雅さんは打算ありき、彩乃さんはよく分からないけど、スポーツ感覚……なのかな?

 オレが求めている深い関係は、互いを尊敬しあい、認め合った先にあるもの。むしゃぶりつくように求めるものじゃないんだ。

 

 雅さんが恥をかかされたって怒ったのも分かるけど、こればっかりはもう価値観の違いだからどうしようもないんだよね……。

 

 オレの首元に顔を近づけて来る彩乃さんの肩に手を当てて押し返す。

 とんでもない力を持ってるらしい彩乃さんがそれで止まるとは思ってなかったのに、すんなりと止まってくれた。やっぱり彩乃さんってば、優しいんだ。

 

「ごめんね。その渇きは……オレじゃ癒してあげられないよ」

 

「……っ」

 

 彩乃さんが驚いたように息を呑み、目を丸くした。

 もしかしたら普段は使い魔の白夜さんと致していたのかもしれない。彩乃さん曰く、お人形さん遊びということらしいけど。夜のお人形遊び……。

 

「いつもは……白夜さんとしてたの?」

 

「はぁ!? 馬鹿を言わないでくれる?!」

 

 彩乃さんが素っ頓狂な声をあげた。表情も妖艶なものから、可愛げのあるものへと変化する。

 

「はぁ……」

 

 盛り下がった様子の彩乃さんがオレの上から転がるように退いたので、オレは体を起こした。

 彩乃さんは頭痛でも堪えてるかのように頭を押さえている。

 

 なんか申し訳ない。

 オレはベッド脇の棚の上に目を向け、こう言った。

 

「二人の写真もあったから、仲が良いのかなと思ったんだけど。観光地で撮ったのかな?」

 

 そこにあるのは小さな写真立て。中に納められた写真には幼い彩乃さんと白夜さんと思しき男性が写っていて、この部屋の中にそれ以外の写真は見られない。

 彩乃さんが作った使い魔を指して仲が良いというのも変な話かなと思うけど、わざわざ旅行先でツーショットを撮り、その写真だけを飾るくらいだから、そうなのかなと思った。

 でも彩乃さんの取り乱し具合を考えると違うみたいだ。

 

「……」

 

 彩乃さんは静かに立ちあがると棚へ近づき、写真を見せないように伏せてしまった。その際の寂しげな横顔が印象的だった。

 

「これは白夜じゃないわ」

 

「そうなの?」

 

「ええ」

 

 オレも白夜さんのことは遠目に見ただけだから、写真の人物と同一人物かどうかは分からない。似てるようにも思うけど、彩乃さんが違うと言えば違うんだろう。

 

 彩乃さんが艶やかな長い黒髪を頭の上で纏めだした。うなじが綺麗だ。

 髪を纏め終えた彩乃さんが振り返り、小さく笑った。

 

「わたしのお願いを断れる異性なんて、あなただけ。誇っていいわよ?」

 

「お願い……。以前も思わせぶりなことを言ってたよね。お願いしたはずだけど? とか。あれってどういう意味なのかな?」

 

「本当に自覚が無いのねぇ。不思議な人。何もわかってないのに、全てに抗うなんて」

 

「もしかしてオレになにかしてるの? だったら以後は止めた方が良いよ。あの馬の怪獣や、さっきの天使みたいになるかもしれない」

 

「さっきの天使……。そうなのね……。中々こちらに顕現しないから、もしかしたら、と思ったけど……やっぱり、あなたが何かしたのね?」

 

 彩乃さんがいちいち色っぽく言う。

 

「たぶんね。オレも、よく分かってないんだけど」

 

「そうね……。教えてあげる。あなたがどういう存在なのか」

 

 彩乃さんが自信ありげに笑う。

 でも、多分間違ってるよ。

 

「あなたは妖魔族と人間の間に生まれた半妖魔。わたしと同じ、ね」

 

 違いますね……。

 

「しかも恐らくは……わたしの母よりも高位。妖魔の神に近い存在の子よ」

 

 それも違いますね……。

 

「そう考えれば、すべての辻褄が合うの」

 

 ごめん、合わないの……。

 

「わたしの結界をすり抜けて来られたことも、麒麟が手を出せなかったことも、『深淵の目』が押し戻されたことも。そして、天使を退けたというあなたの言葉と、今、わたしの妖力を断ったことで確信したわ。あぁ……」

 

 彩乃さんは陶酔したような瞳でオレを見ている。熱い吐息を零した。

 座っているオレの膝の上にまたがり、肩に手を乗せてきた。目の前に豊満な母性が迫る。圧巻の対面騎乗……。

 お風呂上がりで良い匂いだ。好きな匂いだ。是非ともボディーソープの銘柄を知りたい。

 

「心当たりはないかしら? わたしたちは異性に対して魅了の力を持つ。それは妖魔族の人間を惑わす力の片鱗……。あなたがわたしの誘いを頑なに拒むのは……きっと女に辟易しているからでしょう? あなたの気持ち、分かるわ。誰よりも、ね……。そしてわたしの魅了が効かないのは、あなたとわたしが同族だから……。それも、あなたがわたしの母よりも強い妖魔の子で、わたしよりも潜在能力が上だからこそ……」

 

 ……心当たりがないかと言われると、答えに困るな。

 最近の女性との交友関係のことを思い返すと、確かに無くはないかなって感じではあるから。

 でも彩乃さんの仮説が10割間違っていることは確信している。だって田辺の友人の女子との関係は最悪だったし。

 

 というか、魔人案件じゃないのか?

 なんか、重なる点がまるでないんだけど……。

 やっぱりこの世界、どっかおかしくないか?

 異変が多く生じてるのは百歩譲って良いとしても……繋がりが無さすぎる。

 

「信じられないのも、驚くのも無理はないわ。わたしも驚いたもの。まさか、わたしに同類がいたなんて。本当に……驚いたわ……」

 

 彩乃さんがオレの頭を掻き抱く。

 別のことで困惑していたんだが、誤解を与えてしまったらしい。

 

「初めて会ったとき、もしかしたらって思ったの。2度目に会ったとき、擬態した彼らかもと疑った。でも、あなたはどこまでも誠実な『人』だった。そして今日、確信したの。わたしたちは血脈が欠けた者同士……。わたしたちは理解し合える。苦しみを分かち合える。わたしとあなただからこそ……とろけ合うように繋がれる。唯一あなただけが、そしてわたしだけがこの世界で……。歯車が重なり合うように……最も深いところで、何よりも強く……」

 

 柔らかい母性が押し付けられる。

 

「愛し合えるはずよ……」

 

 いやぁ……。

 盛り上がってるところ本当に申し訳ないけど……違うと思う。

 

 はぁはぁ、と彩乃さんの息が荒くなってきている。

 興奮しているようだ。

 戦いの後は疼くって言うのは嘘じゃないらしい。

 

「彩乃さん、待って」

 

「自覚が無いのね……。ふふ、大丈夫よぉ? わたしは淫魔の血を引く女……。交わりの中で開いてあげる……。わたしに身も心も委ねて……。わたしもあなたに、わたしのすべてを捧げるわ……」

 

 彩乃さんの顔が近づいて来る。

 

「わたしの隙間をあなたで埋めて……」

 

 それは男と女のド直球な下ネタなのか。

 それとも心のことなのか……。

 

 力が強い。

 押し返そうと思ってもびくともしない。

 

 そして、ぱぁん、と破裂音。ごつん、と鈍い音。

 

 うわ……。やば……。

 彩乃さんが何かに弾かれたように急激に仰け反り、オレの膝の上に下腹部を乗せたまま、頭が机の上にぶつかった。伸ばされた両腕がまるで助けを求めるように直立している。

 あ、力が抜けてぺたんと落ちた。

 

「大丈夫……?」

 

 腰と背中の筋がヤバそうだ。

 幸いにも汚い花火になったわけではない。死んだわけでも無いようだ。敵意や殺意が無かったからってことなのか……。これまでの異変のようにならなかったのは本当に良かった。 

 

 ただ、気を失っているようだ。

 声掛けに返事が無い。

 

「だから言ったのに……」

 

 彩乃さんが言っていた魅了かなんかを使ったんだろうな……。意識してなのか無意識なのかは分からないけど……。

 

 オレは仰け反ったまま動かない彩乃さんの背中に手を回し、引っ張り寄せる。

 かくん、と首が力なく垂れ、引き寄せた反動でオレの肩に乗った。

 

「……」

 

 なんとなく事情は分かった。

 どうやら彩乃さんは妖魔とかいう存在の母と人間の父親のハーフで、妖魔から命を狙われているらしい。あの天使の話では裏切り者ということだったので、母親が妖魔側を裏切って人間の方に寝返ったってことかな。

 それで娘である彩乃さんが命を狙われるっていうのもオレからしたらおかしな話だけど、妖魔からしたら彩乃さんも憎悪の対象なんだろう。

 

 ぽんぽんと背中を叩く。

 この子も苦労してるんだな……。

 

「おとうさん……」

 

 寝言か……。

 以前、復讐とか言ってたし、もしかしたらご両親は……。

 

 気を失っている彩乃さんをベッドに寝かせ、布団を掛ける。

 目元から流れ落ちる一筋の雫を親指で拭った。

 

「……」

 

 部屋の中を見渡す。

 ペンと紙を見つけ、オレの電話番号と名前を記し、テーブルの上に置いた。

 

 携帯のアプリを使って現在の位置情報を割り出す。県外か……。結構遠いな……。

 

 帰るにも出費がかさむなぁ……。

 

 玄関から外に出るとき、一度振り返った。

 

 彩乃さんがこれまでどれだけ苦労して来たのか、その全貌は分からないけど、同族を見つけて本当に嬉しかったんだろう。

 

 同族じゃないけど。

 

「ごめんね……」

 

 頭吹っ飛ばしちゃったのはマジでごめん。

 

 部屋を出て、着信履歴に折り返す。

 ワンコールも待たずに通話が繋がった。

 

「雷留君! 大丈夫!?」

 

 涼音の第一声がとんでもなく大きい声だったので、思わず携帯を耳から話した。

 

「あー、うん。大丈夫。心配かけてゴメンね。そっちはどう? なにかあった?」

 

「ううん。何もないよ。雷留君が居なくなったこと以外はね! どうしたの? なにがあったの? 大丈夫なの?」

 

「こっちもだいじょう……ぶ、だと思う。でも、そっか……。そっちはなんともないんだね。またオレの知らないところで魔人が来てたらどうしようかと……」

 

「それは大丈夫。それより、なにがあったの? 雅の話だと、急に目の前から消えたって話だったよ」

 

「あー……そういう感じなんだ……。話すとちょっと長くなりそうだから、帰ったら話すよ」

 

「ん……。分かった。じゃあ、迎えに行くよ。今どこ?」

 

「実は……」

 

「ええ!? 県外!? 雷留君、信じられないくらいの神隠しに遭ってるじゃないの! 異変抗体はどうしたの!?」

 

「いやぁ、それも話が長くなるから……」

 

「涼音、かわれ! 儂が東堂様のご無事を」

 

「黙れ雅! 今わたしが話を」

 

「またねー」

 

 オレは通話終了のアイコンをタッチし、サイレントモードにしてポケットにしまった。

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