明らかに周りの奴らの生きる世界が違う件   作:ポルポル

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ヤンキー少女4 / 巫女・妖狐12 / MS10

 子供のように泣く信乃ちゃんを宥め、時を待つ。

 やがて落ち着いた様子を見せた信乃ちゃんに、穏やかに問いかけた。

 

「大丈夫? よっぽど怖い夢だったの?」

 

「……」

 

 信乃ちゃんはオレから体を離すと、赤く染まった顔で、しかめっ面を浮かべた。

 

「どうしたの?」

 

 凄い顔してるけど。

 

「いや……その……」

 

「うん」

 

「忘れちった……」

 

「忘れたって……何の夢を見たかってこと?」

 

「うん……」

 

 信乃ちゃんは気恥ずかしそうに頷き、俯いた。

 

「ライルくんがその……頭撫でてくれて、気づいたらなんで泣いてるか忘れてた……」

 

「……」

 

 なにそれ。

 まあ、夢って割とすぐに忘れるって言うけど。

 泣くほど強烈な夢もそんなすぐに忘れるものなのか。

 

「そっか……。でも怖い夢なんて早く忘れた方がいいから、かえって良かったんじゃない?」

 

「よくねぇ。恥じぃよ……。いくらこえぇからって、すぐ忘れるような夢で泣くなんて、ガキじゃねんだから……っ! あたし……バカ……っ!!」

 

 信乃ちゃんが一人で悶えている。

 どんな夢を見たかって話せた方が気が楽だと考えているらしい。

 確かにこういう夢だから泣くのは仕方なかったって納得できる理由があった方が精神的には楽かもね。

 でも……ぶっちゃけ今更だと思うんだよね。

 

 信乃ちゃんに微笑みかける。

 

「そんなに気にしなくても……。十代も前半なんだし、まだ子供でも良いんじゃない?」

 

 む、と信乃ちゃんが不満そうな顔をする。

 背伸びをしたい多感な年頃の少女相手には失言だったかな……。

 

 すると信乃ちゃんは拗ねたように唇を尖らせ、そっぽを向いた。

 

「そりゃ、ライルくんに比べりゃあたしはガキだよ。ガキ」

 

 反応が子供だ……。

 

 でも、自分が子供なことを受け入れられる、一つ二つ壁を飛び越えて成長した子供だ……。

 

 思わず笑みがこぼれる。

 

 これが子の成長を見守る親の心境なのか……。

 愛らしさ、微笑ましさ、そして信乃ちゃんが一皮むけた瞬間を見届けられたことに対する幸福感が湧き上がって来るのを感じる。

 

「ごめんごめん。拗ねないで」

 

「拗ねてねーし」

 

 信乃ちゃんが拗ねている。

 

「まあまあ。オレは嬉しかったよ? 信乃ちゃんがオレを、辛い思いをしたときに泣きつける相手だって思ってくれてることが分かって。ありがとうね」

 

 咄嗟に縋れる相手がいるって良いことだと思う。オレにはいないし。

 そもそも人に泣きつきたくなったような覚えはないけど。

 

「だ、だーかーらー! なんでライルくんが礼を言うんだよっ! 逆だろ逆!」

 

「信乃ちゃんがオレを頼ってくれたことが嬉しかったから」

 

「あぅ……」

 

 微笑ましく信乃ちゃんを見守っていると、信乃ちゃんは顔を真っ赤にぶるりと震え、ぎゅっと唇を閉めた。

 

 良かった。

 もし夢の内容を覚えていて、怖い思いをまだ抱えてるならまた違った対応を取ったけど、ホントに夢の内容を忘れてるみたいだな。

 いったい、どんな夢だったんだろう。強がりの信乃ちゃんが人前で泣くほど怖くてつらい夢みたいだから、わざわざ思い出させるようなことはしないけど、気にはなるな。

 ともかく、笑い話に出来て良かった。

 

「うふ。信乃ちゃん可愛い」

 

「も、桃香……」

 

 いつの間にか、妙に恍惚とした表情で桃香ちゃんがオレの隣に立っていた。

 信乃ちゃんがちょっと引いたように口元をひくつかせる。

 

 どうした……?

 

 桃香ちゃんが微笑んだまま、言った。

 

「信乃ちゃん」

 

「なに……? 桃香……」

 

「うふ」

 

 桃香ちゃんは何も言わず、嬉しそうに笑った。

 

 ……。

 なんとなく察した。

 

 喋れるようになり、信乃ちゃんの名前を呼べることが嬉しいんだろう。

 桃香ちゃんはもともと、信乃ちゃんの世話を甲斐甲斐しく焼くほどべったりだったわけだし。

 

 桃香ちゃんは上品に両手を合わせ、手の甲を頬に添わせた。

 

「せっかくだし、東堂さんの持ってきてくださったシュークリーム、いただきましょう?」

 

 お上品な口調に所作。お嬢様って感じではある。顔を隠していた前髪を七三に分けてるから、以前の印象からがらりと変わっている。

 

 お嬢様と言えば、明日香さんを思い出す。雰囲気は全然違うけどね。明日香にあったのが優雅さなら、桃香ちゃんにあるのは……妙な圧かな。

 

「じ、自分で食べれるからな……?」

 

「うふふ。遠慮しなくていいのに~」

 

 力関係は察した。

 オレは携帯の時計を確認し、二人に言った。

 

「来てすぐで悪いけど、そろそろ帰るよ」

 

「えー? はやくねぇ?」

 

「あら……お早いですね……」

 

「ごめんね。人を待たせてて」

 

「……」

 

 信乃ちゃんがなんか不満そうな、不安そうな表情を浮かべている。

 それを一瞥し、桃香ちゃんがオレを見てこう言った。

 

「女性ですか?」

 

「……!!」

 

 信乃ちゃんが驚いたように桃香ちゃんを見る。

 桃香ちゃんは微笑んでオレを見ていた。

 

「そうだよ」

 

「……」

 

「あらぁ……。そうですかぁ~」

 

 信乃ちゃんの切なそうな表情は……だいたい察するけど、そればかりはどうしようもないな。

 桃香ちゃんはのんびりとした口調だが、妙に深くなった笑みに含みを感じる。

 

「恋人さん、でしょうか~?」

 

「いや、友達だよ」

 

「そうですかぁ~。ちなみに東堂さんにはお付き合いされている方や、好きな人っていらっしゃるんでしょうか~?」

 

「恋人はいないし、これといって好きな人もいないね」

 

「なるほど~」

 

 うふふ、と桃香ちゃんが笑う。

 こんなキャラしてたんだ、桃香ちゃん。

 なんというか、そこはかとない強さのようなモノを感じるけど、そんな桃香ちゃんを口がきけなくなるほど追い詰めていた家庭環境とは。憤りを感じる。

 

「そうだ、桃香ちゃん」

 

「はい?」

 

「オレと淀みなく話せてるから、大丈夫そうだなとは思ってるけど、桃香ちゃんはもう大丈夫なの? オレのこともそうだし、以前のことも」

 

「……」

 

 桃香ちゃんは深い笑みをたたえたまま、こう言った。

 

「些事です」

 

「些事?」

 

「はい。火を付けたらすべて些事です」

 

 桃香ちゃんは間延びしない口調で言い切った。

 

 オレは思った。

 

 ―――いっちゃんやべぇやつやん。

 

「そっか。気持ちの問題って事だろうけど、一応。……やっちゃだめだよ?」

 

「東堂さんはされようとされてましたよね?」

 

「えっ? えっ?」

 

 信乃ちゃんが戸惑っている。

 あのときのやり取りは覚えてないのかな?

 

「あの状況で、他に自衛の手段が思いつかなかったからね」

 

「そういうことです」

 

 つまり他に手段がなければそういうことも辞さない覚悟があるということか……。

 

 なるほど。

 理不尽に屈さない心意気は好ましい。

 ただ、桃香ちゃんは追い詰められ過ぎた結果弾けたって感じがして、危うい感じもしなくはない。

 さっきも思ったけど、責任は取るか……。

 

「そこまで追い詰められる前に、オレや信乃ちゃんに相談してね? 一応弁明しておくけど、オレはあのとき、警察に連絡して到着を待ってたんだ。でも、警察の到着があまりに遅かったから、自衛と信乃ちゃんを守る最後の手段としてあの行動を取った。決して、自暴自棄での行動じゃないんだ」

 

「なるほど。ですが、本気ではありましたよね? そして、お覚悟もされていた」

 

 半グレとの話が聞こえてたのかな……?

 

「それはもちろん。遊びであんなことはしない」

 

「信乃ちゃんを守るために?」

 

「自衛も兼ねてね」

 

「もし……」

 

 桃香ちゃんが躊躇うように言った。

 

「わたしが同じ状況に陥ったとしたら、ああやって助けてくれますか?」

 

「……」

 

「お、おい? 桃香……? どうしたんだよ、おまえ……」

 

 信乃ちゃんが戸惑っている。

 桃香ちゃんはじっとオレを見つめている。

 

 桃香ちゃん、どうしたの?

 

 何が目的でこんな質問を……?

 

 オレに何か期待してるんだろうけど、それが何か分からないな。信乃ちゃんと同等の扱いを求めてるにしても、なんのために?

 単なる承認欲求か、安心感のようなモノが欲しいのか。オレにそれを求める理由はなんだろう。頼りにされてるというか、頼りにしたいと思ってくれてるのか。

 桃香ちゃんも中々ハードな家庭環境みたいだし、外に居場所が欲しいのかもな。

 なるほど。

 

「関係性によるかな」

 

「……? 同じ状況という条件でご質問させていただいたと思いますけど……」

 

 食い下がってくるね……。

 

「オレと信乃ちゃんの関係は少し複雑でね」

 

 信乃ちゃんはオレに異変に対する向き合い方を変えるきっかけをくれた子だから。

 

「オレは信乃ちゃんに感謝しているし、過ごした時間は短いけど、強い親愛を感じてる」

 

「あぅ……」

 

 信乃ちゃんに流れ弾が……。

 

「もし桃香ちゃんが同じ状況に陥ったとき、オレが信乃ちゃんと同じくらいの親愛を君に感じていたとしたら、戸惑うことは無いと思う」

 

「親愛……。信乃ちゃんのことを愛していると?」

 

「火だるまになるリスクを厭わない程度には」

 

「あぅ……」

 

 言葉を失っている信乃ちゃんを横目に、桃香ちゃんはにっこりと微笑んで、言った。

 

「分かりました。ありがとうございます。不躾な質問をしてしまい、申し訳ありませんでした~。それと、これまでの失礼な態度も」

 

「いや、いいよ。君とこうして話せるようになれてよかった。きっかけがアレだけど……。それで、つっかえは取れたのかな?」

 

「おかげさまで~」

 

「ならよかった。オレで良かったらいつでも……というにはちょっと最近忙しいんだけど、出来る範囲で時間は取るから、何でも気にせず相談してね。お互い、奇妙なことに巻き込まれた縁もあるし」

 

「ありがとうございます。頼りにしてます」

 

 ふふ、と桃香ちゃんが笑う。

 信乃ちゃんがオレと桃香ちゃんの間で視線を忙しなく動かし、対抗するように言った。

 

「あ、あたしもライルくんのこと頼りにしてるから! またあいつらから助けて貰って、助けに来てくれて……っ! あたし、あの! えっと……! ありがとう! あたしの方がすげぇ頼りにしてる! 好き!」

 

 いや、そこは別に対抗しなくても、と思ったら、最後に告白を入れてきた。溢れる思いが止まらないって感じだな。こんなに思って貰えるのは、幸せなことだ。応えてあげることは……少なくとも今は出来ないんだけど。

 

 そう思っていると、桃香ちゃんが信乃ちゃんを見て、妙に楽しそうにこう言った。

 

「ふふ。わたしは信乃ちゃんのことも頼りにしてますよ?」

 

「えっ。お、おう」

 

 桃香ちゃんから切り返されると思っていなかったらしい信乃ちゃんは戸惑った様子を見せる。

 そんな信乃ちゃんを見て、桃香ちゃんは笑う。

 

 実際の所どういう意図があったのかは聞いてみないことには分からないけど、以前の桃香ちゃんの様子からして、信乃ちゃんの気持ちには気づいてそうだ。

 

 桃香ちゃんがしたのは、オレの恋愛関係の現状と、信乃ちゃんに対してのオレの気持ちの確認。そして自分がいまオレの中でどの位置にいるにいるのかの大まかな把握……。

 

 信乃ちゃんのアシストと、外部とのコネ造りの両立ってことで良いのかな? 

 

「桃香ちゃん、今の質問にどんな意図があったのか聞いても良い?」

 

 桃香ちゃんが苦笑した。

 

「どうかした?」

 

「いえ……。その、やっぱり物怖じしない方だな、と~」

 

「どうして?」

 

「だいたいの方はこういった質問の意図はあえて『流す』かと思いまして~。切り込むなあ、って」

 

「切り込んでる? む……。でも、そう言われると、桃香ちゃんもそうだったと思うけど……」

 

「はい。必要なことだったので~」

 

「必要なこと……。そっか。もしかして答えづらいことだったかな? 無理しなくても良いよ。ごめんね」

 

 桃香ちゃんがまた苦笑する。

 

「いえ。東堂さんは強い方ですね」

 

「強い……? オレが?」

 

「はい。東堂さんは~、自分を貫く意思と、人を尊重する優しさが両立されているように思います~」

 

「そう?」

 

 小さく笑い、息をつく。

 

「褒めて貰えてるなら嬉しいよ」

 

「東堂さん、わたし、東堂さんのこと、尊敬しています~」

 

 桃香ちゃんがやんわりと笑った。

 

「えらく突然だね。オレ、君になにか尊敬されるようなことしたかな?」

 

「先ほどお伝えした通りです~。わたしに、というより、その在り方に憧れまして~。……ここでずっと、見ていましたから」

 

 憧れ……。オレみたいになりたいってこと?

 茶々ちゃんも言ってくれたけど、そう言って貰えるとありがたいし嬉しいよね。

 

「そうなんだ? ありがとう。嬉しいよ」

 

「いえ……。私の方こそ、改めてお礼を言わせてください。初めてお会いしたあの日のことも、ここでの、これまでのことも……。東堂さんにお会いできて本当によかった。私見ですが……。自分の意思を押し付けて来る人に、わたしの気持ちを都度、慮ってくれる人は、今までいませんでしたから……。父も、母も」

 

 桃香ちゃんは少し俯いてそう言った。

 間延びした口調を止め、重く深刻な声音に、彼女の抱える闇を見る。

 

「そっか……」

 

 確かに、電話で数回話した程度だけど、彼女の両親は一方的に強く用件を突き付けて、相手に有無を言わせない人、という印象が強い。

 桃香ちゃんにも日常的にそうだったんだろう。

 

「話し相手の声や表情、口調、話す勢い……。そういうのが強いと、言いたいことがあっても中々言い出せなかったり、すぐに考えが纏まらなくて話せない?」

 

 問いかけると、桃香ちゃんは驚いた様子を見せた。

 だがすぐにどこか安心したように笑った。

 

「そうですね……。はい。その通りです」

 

 話せなくなったのは、そのジレンマの肥大化かな。単純にこれと言い切ることは出来ないけど、要因としては大きいんじゃないかな?

 なにより、一番近い存在である両親から押し込められていたっていうのが大きそうだ。

 

「そっか……。会う人会う人に都度、それを察してとも言えないし……。辛かったねぇ……」

 

「はい……。はい……」

 

 桃香ちゃんは泣きそうに笑い、何度も頷いた。

 

「これから、優しい人とたくさん出会えると良いね」

 

「はい。でも、もう信乃ちゃんと東堂さんに会えました~」

 

 桃香ちゃんは嬉しそうに笑った。

 

「あ、あたし!? え!? あたしだって……! その、色々きつくねぇ……?」

 

 口が悪いことは自覚あるんだね……。

 意図的なところもあっただろうけど。

 

「信乃ちゃん、根は優しいです」

 

「それは同感」

 

「あぅ……。や、やさしくねーよ! あたしは……悪い奴なんだよ! で、でも……」

 

 ちらと、信乃ちゃんがオレを見た。

 なんだろうと思って見ていると、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で、信乃ちゃんはこう言った。

 

「ほ、ほめてくれたのは……、う、うれしいっつーか……。あ、ありがと……っ」

 

 おお……。

 

 オレと桃香ちゃんはタイミングよく目配せし、同時に満面の笑みを浮かべた。

 

 可愛い。

 オレの真似っこだ。

 

 この年頃の子は心身共に成長が早いと聞くけど、本当だなぁ。

 微笑んで静かに信乃ちゃんを見守るオレの隣で、桃香ちゃんは嬉しそうな様子でこう言った。

 

「信乃ちゃん、可愛い」

 

「あぅ……」

 

「可愛い可愛い可愛い可愛い」

 

「うるせぇ! しつけーんだよ!」

 

 女の子たちが戯れている。

 

 桃香ちゃんを見る。

 

 結局、さっきの質問の意味ははぐらかされてしまったなぁ。

 意図してのことかどうかは分からないけど、言いたくないって事なら……。ま、それでいいや。

 

 今は信乃ちゃんと桃香ちゃんの成長と良い変化を素直に喜ぼう。

 

「じゃあ、今度こそお暇するよ。信乃ちゃん桃香ちゃんも、何かあれば相談してね。バイトとかもあるから、すぐに電話に出られるとは限らないんだけど、折り返しはするから。できれば都合の良い時間をメッセージで教えて貰えれば、時間も作れると思う」

 

「はい。ありがとうございます~」

 

「えー」

 

 ごねる信乃ちゃんを宥める。

 

「信乃ちゃんはまず怪我を治さないと。退院したら、また、うちにおいで。手料理、ご馳走するから」

 

「そうだ! それだよ!」

 

 信乃ちゃんが元気な声で叫ぶように言った。

 傷に響かないのか心配になる。

 どうやらオレが近くにいると興奮してしまうみたいだし、電話での連絡はするにしても、ある程度治癒が進むまでは面会頻度は下げた方が良いだろう。まあ、忙しいから自ずと下がるとは思うけど。

 

 そうして、オレは病室を出ようとして、また待ったが掛かる。信乃ちゃんだ。

 

「ライルくん! ありがとう!」

 

 振り返り、信乃ちゃんを見る。

 信乃ちゃんはベッドの上で、複雑な感情が入り混じった泣きそうな表情でオレを見ている。

 

「わかんねぇけど。わかんねぇけど! ありがとう!! ホントに! ありがとう!」

 

「……うん」

 

 涙を零しながらそう言った信乃ちゃんに微笑みかけて手を振って、オレは病室を後にした。

 

 

「大好き!」

 

 周りに迷惑だから叫ぶのは止めなさい。

 閉じられた病室から届けられた溢れんばかりの思いを背中に受けて、オレは苦笑した。

 

 

☆彡☆彡

 

 

 しかし良かったぁ。

 信乃ちゃん、後遺症が残らない程度の怪我で。拳銃で肩を撃たれたらしいから、傷は残るのは悔しいところだけど。しかし回復力凄いよな、あの子。喧嘩も大人数の男相手に張り合うくらいだし。

 

 もともとの体力もある子だ。

 退院は伸びてしまったけど、そう遠からずまたそういった話も出るだろう。

 

 病院を出て、駐車場に向かう。

 車の中で涼音と雅さんが待ってくれていた。

 雅さんはオレの存在に気づくと素早く車を降り、いつものように後部座席のドアを開けて待ってくれている。

 

「おかえりなさいませ、東堂様」

 

「ただいま。ありがとう、雅さん。でも、帰りは助手席に座るよ」

 

「……さようでございましたか。申し訳ございませぬ」

 

 雅さんが後部座席のドアを閉め、助手席のドアへと移動しようとしたので、手で制す。

 

「大丈夫」

 

「出過ぎた真似をいたしました」

 

「そんなことないよ。ありがとう」

 

 雅さんが小さく頭を下げたのを見て、苦笑する。

 

 貴族扱いだなぁ。

 雅さんはなるべく目立たないように祓い屋から逃げ続けていたって話だったから、大名とかのトップ層は避けていたんじゃないかってオレは思っているんだけど、そう考えると、なんとなく、分かる気がする。

 昔の日本で、野心はあるけど中途半端な地位で頭打ち、なんて人が絶世の美女にこんなのされたらたまらないだろうなぁ……って。骨抜きにもなる。

 

 助手席側のドアを開け、車に乗り込む。

 運転席ではニコニコの涼音がいた。

 

「お帰り!」

 

「ただいま。待たせたね」

 

「ううん。今帰ったところだから」

 

「小妖怪集めは上手くいったの?」

 

「うん。この辺のはあらかた取り尽くしたから、しばらく出ないかも」

 

 オレと別行動をとっている間、二人は式神の素材となる小妖怪集めに精を出していた。その成果は上々らしい。

 

「ならよかった。じゃあ、行こうか。よろしくお願いします」

 

 車を出して貰うお礼を伝える。

 

「OK! 雷留君の家の隣だったよね?」

 

「うん。駐車場は東堂家の方を使って良いから」

 

「了解!」

 

 元気良く返事をしてくれた涼音が車を出してくれる。

 運転中、涼音がふいに言った。

 

「どうだったの? ヤクザに狙われてたって子」

 

「包帯でぐるぐる巻きだったけど、元気そうだったよ。カラ元気って感じでも無かったし……銃で撃たれたって言うのに、強い子だ」

 

「銃かぁ。今の時代で、銃を持って病院を襲撃するなんて奴がいるんだね……」

 

「本当にね」

 

「それを無事撃退為された東堂様のお力はさすがと言うべきかと」

 

「それはそう」

 

 雅さんの言葉に、涼音が同調する。

 

「撃退ってほどじゃないよ。警察がタイミングよく来てくれたからなんとかなったってだけ」

 

「でも、異変抗体があるからって無茶するんだから」

 

「他に手が無かったからねぇ……。半グレが悪いよ、半グレが」

 

「だからってライターオイルをまき散らして脅すなんて……」

 

 脅しじゃなくて必要に迫られれば本気であの半グレを火達磨にするつもりだったけど、それは言わなくて良いだろう。

 

「涼音。東堂様は女子を身を挺して救われた益荒男じゃ。讃えられこそすれ、窘められる所以はない。そうでございましょう、東堂様」

 

「いや、涼音の気持ちはありがたいよ。心配してくれてるんだって分かってるから」 

 

 涼音が何か言う前にオレが止める。

 

「そうでございましたなら、出過ぎた真似を……。ところで東堂様、その女子は東堂様のよき人、ということでございましょうか?」

 

「いや? でも、大切な友人だよ」

 

 恋バナがしたいってわけじゃないだろう。

 今後会ったときにどういう対応をするのが正しいかを知っておきたいのかな?

 

「友人……。雷留君。わたしは?」

 

「友達でしょ?」

 

「……」

 

 前を向いている涼音の横顔を見る。

 ふてくされている。むくれている。不満そうだ。

 大切って頭につけなかったのが不服のようだ。

 

「涼音。あの子とは知り合って長いし、個人的な恩もあるんだ。一概には比べられないし、比べるものでもないよ」

 

「……」

 

 不満そうだ。

 涼音が言う。

 

「わたしは雷留君のこと、大切な友達って思ってるけど? 一番ね!」

 

 一番って、友達がオレしかいないから……。

 言わないけど。

 

「ごめん、涼音。嫌な思いにさせたことは謝るよ。今の雅さんの質問には答えるべきじゃなかった。オレが軽率だったね。許して欲しい」

 

「……別に、そんなことはないけど。許すとか許さないとか、そういうのでもないし」

 

 拗ねるな拗ねるな……。

 親を弟妹に取られた子供じゃないんだから、とも思うけど、涼音の友人感が特殊なのはわかってるし、そうならざるを得なかった境遇も理解できるから……どうしたものかな。

 

「……。涼音。オレ達はまだ出会ってから一週間も経ってないわけだし、焦ることは無いよ。オレ達はこれから仲を深めていくんだから」

 

「……それは、そうかもしれないけど」

 

「それに、前も言ったけど、涼音と初めて会ったときのこと、オレはちゃんと覚えてるよ」

 

 一週間も経ってないから当然ではあるけど。

 

「初めて会ったときって、全裸の雅と一緒にいたときだよね?」

 

「うん。実際には違ったわけだけど……涼音は見ず知らずのオレを、身を挺して助けようとしてくれただろ? かっこよかったよ、涼音は。だから、って言ってしまうと損得に聞こえるかもしれないけど、涼音のそういうところが好きだから、友達になりたいと思ったんだ」

 

「……まあ、わたしは妖怪退治屋だし。妖怪に憑りつかれた人を助けるのは当たり前だからね」

 

 涼音の険し気な横顔が若干和らいだように思う。

 

「……わたしの方が先に会ってたら」

 

 小さな声で涼音が呟いた。

 

 若干和らいだというだけで、やっぱりオレの一番じゃないと気が済まないみたいだ。でもなぁ、今言った通り、そこはもうどうしようも……。

 涼音としても、理解はしているけど、心が追い付いてこない、ってとこかな。それだけオレと友人になれたことが嬉しいと感じてくれているということだろうし、ありがたいことではある。可能な範囲で応えたいところだ。

 

 そんな涼音の様子をバックミラーで見ている雅さんが、小さな声でぽつりと言った。

 

「ま、稀に見る強い独占欲じゃな……」

 

 ……。

 それはそう。

 

 その後、茶都山家に向かったが、残念なことに留守だった。

 時間的には茶々ちゃんも下校して家に戻っていても良い頃なんだけど、学校で遊んでいるのかもしれない。それか、魔法少女としてのボランティア中か。

 車は無いが、茶都山という表札は出ていたのは確認しているので、また一家で何かに巻き込まれたということは無いと思う。

 

 オレの携帯に連絡を入れるようにって茶々ちゃん宛てに留守電に入れておこうと思う。用件は適当に……勉強についてとかで良いかな。

 話を合わせてくれると良いんだけどね。でもあの子、「え? 知らない……」とか親御さんへ条件反射的に答えたりしそう。親御さんには町内会の件で信頼して貰えてると思うから、変な疑いはかけられないとは思うけど。

 

 茶都山家の前で電話をし、留守電を入れ、東堂家の郵便物を確認する。

 すると、いくつかの郵便物のうち、一枚だけ切手の張っていない手紙が入っていた。

 

 誰からだろうと思い裏を見てみると、茶都山という文字が。

 封を開け、中を読む。

 

 どうやら茶都山家はご実家の不幸があって地元に帰省しているらしい。唯一親しくしているお隣さんであるオレにはその旨を伝えておきたかったとのことだ。

 

 タイミングが悪いけど、こればっかりは仕方がない。

 瑠璃ちゃんだけでも話をしておくべきか……。二人そろっての方が良いかな。どうだろう。

 以前……スーパーでの一件のときに送って行ったから、家は知ってるし、一度行ってみても良いかな。なるべく早い方が良いだろうし。

 

 ということで、涼音に道案内をしながら、瑠璃川家へと向かったが、不在だった。一応、表札も確認したけど、ちゃんとある。

 いないものは仕方がないということで、また後日、瑠璃川家には向かうことになるだろう。茶々ちゃんにはちゃんとメッセージを残しておいたし、帰省と言ってもご両親共に働いているわけだから、そう長くは滞在しないだろうし、戻り次第茶々ちゃんから連絡が来るだろう。

 

 

☆彡☆彡

 

 

 時は流れ、年末。

 およそ三週間、奇妙なことに―――というと染まってしまったなぁと思うけど、あれから異変という異変は一切起きなかった。

 

 魔人が攻めてくることも、信乃ちゃんがまた誰かに狙われることも。

 そして、彩乃さんから連絡が来ることも。

 茶々ちゃんから連絡が来ることも。

 

 魔人が攻めてこなかったことと、半壊した神社の自力での復興や対魔人防衛線の構築で忙しく、涼音や神主さんも忘れていた……というより、後回しになっていた。

 オレもバイトや大学、神社の修繕の手伝いなんかをしてて後回しになっていたけど、さすがに三週間は長い。もちろん、その間なにも動かなかったという訳じゃない。あの後にも二回ほどか茶都山家や瑠璃川家に行ったけど、やっぱり留守だった。

 共働きの茶都山家は分かるし、瑠璃川家も同じなら変な話でもないけど、さすがに留守番に残したメッセージに返答が無いのは変だよな。

 どうすべきか……。

 

 という話を神主さんにしようと思い、神主さんの部屋へと向かう。

 途中、テレビのある部屋を通る。

 

 涼音と雅さんが露骨に距離を取りながらテレビを見ている。

 涼音はミカンを、雅さんは……蒸かし芋を食べているようだ。バターを乗せたやつ。おいしそう。やっぱり雅さん、じゃがいも好きなんだなぁ。

 

 チャンネルの取り合いで喧嘩をしているようなので、見ないふりをして通り過ぎる。

 神主さんの部屋の襖の前で立ち止まり、問いかける。

 

「神主さん、少しお時間良いですか?」

 

 ……。

 

「神主さん?」

 

 返事が無い。

 

「失礼しますよ?」

 

 襖を開ける。

 すると……神主さんが仰向けに倒れていた。

 

「神主さん? 大丈夫ですか? どうされました?」

 

 近寄る。

 息はあるから、寝ている?

 

 疲れてるのかな……。

 そうだよな。毎日大工仕事してるもんなぁ……。

 

 寝かせてあげよう。

 そう思い、押し入れを開け、中から布団を取り出し、手に持って振り返る。

 

「えぇ……?」

 

 神主さんのお腹が天井へ向かって、まるで焼いたお餅みたいに膨れていた。

 

 見たことあるぞ、これ。

 

「魔獣……」

 

 そのとき、オレの脳裏に瑠璃ちゃんの言葉が過る。

 

 ―――知られてはダメなの。

 

 あっ……。

 

 痛恨の極み。

 神主さんに新たな苦労が……。

 

 ごめんなさい。

 完全にオレのミスです。

 伝えるべきじゃなかったのか……。

 

 でもまさか、神主さんが……。

 

「涼音! 雅さん!!」

 

 大声で喧嘩をしているだろう二人を呼ぶ。

 

 そのとき、神主さんの腹からちぎれ、大きな卵が宙に浮き、縦にひび割れた。

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