明らかに周りの奴らの生きる世界が違う件   作:ポルポル

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「お、おう。奇遇だな!」

「ち、違うか……。もっとこう、自然に……」

「木刀忘れちまったからよ、取りに来たんだよ。ついでに上がらせてくれよ。疲れちまってよ。疲れたら休んだ方が良いんだろ?」

「これなら……。いや……ちょっと変か……? じゃあこんなのは……これもダメか」

「なんであいつの家に上がれる未来が見えねぇんだよ!! そういや恋は盲目とかいう……。ち、ちげえし! そういうんじゃねぇし!」

「あ? なんだ、またいねぇのか……。なんだよ……」

「もうちょっと待って……。だめか……。これ以上いたら来ちまうな……。はぁ……」

 東堂家周辺でうろついている金髪少女が、とぼとぼと去って行く際の際独り言である。


魔法少女? 2

 先週から金髪の女不審者の出没情報がたびたび報告されているのだが、そのせいで地域住民の間に不安が広がっているようだ。とりわけ小さな子供のいる家庭ではそれが顕著である。昨今の物騒なニュースも相まって保護者たちの緊張も高まり、遂には緊急の町内会が開かれることになり、オレも諸事情からその集まりに出席することにした。結論から言えば、不審者の目撃情報に焦れた地域住民たちは有志を募り、朝と晩のパトロールが実施されることとなった。オレも自分が無関係だとは思えず、何も用事の無い土日だけではあるものの、パトロールに参加する旨を表明した。

 

 というのも、実はあの夜、あの金髪の女の子は、東堂家の玄関靴箱に立てかけておいた木刀を忘れて帰っているのだ。もしかするとだが、不審者の正体があのヤンキー少女で、彼女は木刀を取りにたびたびこの辺に現れているものの、毎度タイミング悪くオレが不在にしていたために目的を果たせず、周辺をうろついては帰る、ということを繰り返しているんじゃないかと思ったのである。

 

 ただ、少しばかり疑問に思うところもあって、それというのも、木刀が傘立てにささっていたということである。

 ヤンキー少女と出会った次の日の朝、妙に味の濃い味噌汁を飲んだ後、外出しようとしたオレは、もう数年も前から使う者がいなくなり埃を被っている傘達と、オレが使用している真新しい傘と一緒に、その木刀が傘立てに突き刺さっているのを発見したのである。しかしあの夜、オレはヤンキー少女の木刀は傘立てに挿したのではなく、靴箱に立てかけたはずだった。当然、あの日は風呂に入ってすぐに二階にあがって眠ってしまったので、ヤンキー少女の木刀には以後触れていない。だとすれば、傘立てに木刀を差し込んだのはあのヤンキー少女ということになるわけだ。

 

 そのような理由から、オレは『忘れた』という自説に懐疑的でもあった。しかしそうなると、じゃあなんで傘立てに木刀をわざわざ入れてから帰ったのか、という疑念が今度は持ちあがるが……。

 考え得る可能性としては、あのヤンキー少女はオレが二階で就寝した後、一度帰ろうとして玄関まで行って木刀を手に取ったが、しかしオレの話を思い出して考え直し、手に取った木刀を手ごろな傘立てに差して再び部屋に戻った、といったところだろうか。わざわざそうしたのは……几帳面だったから、とかかな。自分でもちょっと無理やりな推測だとは思うけど、他に考え付かないので仕方がないだろう。オレとまた話したいというのなら、それはそれで別に受け入れるんだが、それも会えないことにはどうしようもない。

 

 しかし、もしも噂の『金髪の不審者』があの夜の女の子なら、なんとも巡りあわせの悪い。金髪の不審者はたびたび目撃されているが、オレはそれから一度たりともその不審者を見掛けていない。当然ヤンキー少女の姿も見ていない。オレは不審者とヤンキー少女が同一人物かも分からないので、確認をしておきたいという考えもあった。ヤンキー少女だった場合は木刀を返せば事件は終わると思うし、また会いたいというのなら約束を取り付ければいい。不審者の正体がヤンキー少女とは全くの別人だった場合は、パトロールへの参加を継続しながら警察に頼ることになるだろう。

 

 そして今日はオレがパトロールに参加する初日である、土曜日の早朝である。

 オレはヤンキー少女と出会った時のために、木刀を持っていくことにしたのだが……。

 木刀をむき出しで持ち歩くとオレの方が職務質問を受けかねない。そう考えたオレは、木刀を家に放置されていたテニスのラケットを入れる袋に突っ込み、長さが足りず剥き出しになった柄の方にはバスタオルを巻きつけカモフラージュを施した。そしてそれを背負ったオレはパトロールに参加するために家を出たのである。

 

 そしてオレは今、集合場所である公園にて温まった体を落ち着かせるために、スポーツドリンクを飲んでいたところであった。

 もうパトロールが終わった、というわけではない。では何故に体が温まっているのかと言えば、パトロール前にラジオ体操を行うことになったからだ。せっかく早朝に集まるのだからと、町内会の老人たちが予定に盛り込んだらしい。

 

 いつの間に……オレが参加した集会ではそんな話は……。

 

 と思っていたが、どうやらオレが参加していない平日のパトロールのときの世間話の中でとんとん拍子に決まったようである。夜はともかく、早朝において小さな子を持つ親世代は仕事やその準備などで忙しいために参加ができず、早寝早起きを心掛ける健康的な老人たちで行わざるを得ない。土日はその限りではないが、既にパトロールを何度か行っている者達の意思決定権が強く、逆らえる者などいなかった。その結果が、朝のラジオ体操習慣の復活だったようだ。

 

 ラジオ体操なんて面倒くさい。

 何故ならば、記憶にないほど昔にやったきりで内容など覚えていないからだ。そう思いつつも、集まった老人たちがいやに楽しそうに、和気あいあいとラジオ体操の準備をしているものだから、「君も参加するだろう?」などと言われてはオレも断れず、しぶしぶ参加することとなった。あまり栄えていない地域であるからか、周辺住民の横のつながりは強く、そのせいか近所住まいの老人達の中で、東堂家に起きた悲劇を知らない者はいない。前のオレや亡くなった兄弟のことも小さい頃から知っているし、なんなら亡くなった父が電柱に立ち小便をしていた時分から知っているらしい。

 パトロールのために集まった人たちの中には、東堂雷留が生まれて少しして亡くなったらしい祖父母と友人だった者もいて、彼らの忘れ形見であるオレを気にかけてくれる者も少なくない。記憶をまっさらにして帰って来たと伝えた時、老人たちのうちの何人かはその場で泣き崩れるくらいには、東堂家と周辺住民の仲は良好だった。

 

 そんな横のつながりが強い地域ではあるが、それはかえって排他的な団結に繋がりやすいという弱点もある。共働きで忙しいがゆえに町内会などに中々参加できていない茶都山家がこの地域に馴染めている(かは分からないが、特に村八分的な扱いはされていない)理由は、オレが茶々ちゃんと仲良くしている(というかある程度気に掛けている)、というところが大きいだろう。

 

 まだ茶々ちゃんの魔法少女事件が起きる前のある日、オレがコンビニに昼飯と飲み物を買いに出かけたときのことだ。オレは家を出てすぐ、散歩中の老人の一人に捕まった。その日は特に用事も無かったので立ち話をしていると、何か気配でも感じたのか、一人、二人、と近隣の家から暇をしている老人たちがわらわらと出てきた。

 そしていつしか「皆で飯を食おう」という話になって、その場に集まっている老人の一人である、近所で一人暮らしをしているお婆さんの家へ、オレは飲み物を買いに行けないまま攫われていった。

 しかも「せっかくだから」、と出前を取ることとなり、オレは老人たちの奢りで贅沢な昼飯にありつけることとなったのである。飲み物は、家主のお婆さんが紙パックのオレンジジュースとリンゴジュースを用意してくれた。子ども扱いされていると思ったが、リンゴジュースは好きなので何も言わず有難くいただいた。オレが礼を言ってリンゴジュースをいただき、更におかわりまですると、御婆さんは何故か嬉しそうに注いでくれた。そんなわけで、その日は昼間から豪勢な出前を喰らい、酒を浴びるように飲む老人たちの相手をしていたのだが、途中、ひょんなことから、越して来たばかりだった茶都山家の話題となった。案の定というか、近隣住民との繋がりの薄い茶都山家に対して、老人たちからはじんわりと悪意の滲む言葉がちらちらと出始めた。それまでは老人たちの話には相槌を打っていたオレだが、女子会ならぬ老人会が悪口でヒートアップしそうな様子が見えたため、オレはそのときこう言ったのだ。

 

「しょうがないですよ。時代が悪いですよ、時代が。共働きで、町内会にも出られないほど、両親共に仕事に忙殺されるような時代が。娘さんも一人でお留守番をすることが多いみたいです。家族の時間もなかなか取れないなんて、むしろ可哀そうだと思います」

 

 オレがそう言えば、別に彼らも根は悪い人達ではないので、見方を少しは変えてくれる。自分の昔のことでも思い出しているのか、一人の老人が「そうかもしれんなぁ」と、酒を片手に、酔いの回った赤ら顔でしみじみと呟けば、場の空気は一気に憐憫へと傾いた。そうして老人たちが抱えていた茶都山家への不満は流された、と思う。

 

「ワシの若い頃は親父とずっと一緒だったなぁ……」

 

 と誰かが言えば。

 

「ずっと畑にいたものな。サボりゃぶん殴られた」

 

 と誰かが懐かしさを滲ませ、微笑みを交えた相槌を打った。そうして老人たちの話題は自分たちの若い頃の話へと移り、再び談笑へと戻ったのである。そうなってしまえば、誰かが茶都山家への不満を零しても、誰かが「まあまあ」と諫めてくれるようになる。

 そうして、オレは出前で届いた高い食事と安い(けど美味しい)リンゴジュースを対価に、昔話で盛り上がる老人たちの話し相手として、その日一日を捧げることになった。

 

 というわけで、オレはご近所付き合いはそれほど疎かにはしていないし、良好な関係を保っているので、ラジオ体操をやるのだと言われれば、面倒くさいとは思いつつも、乗り気な老人たちに付き合う以外に選択肢はない。

 だがこれがどうして、やってみると意外と気持ちの良いものだった。率先してやろうとはまるで思わないのだが、やったらやったで悪くは無いものではある。

 

 そしてラジオ体操を終えたオレは、老人の一人から貰ったスポーツドリンクの入ったペットボトルを傾け、喉と体を潤していたというわけである。

 

「おにいさん!」

 

 ふう、とペットボトルの呑み口から口を離し移動しようとしたオレを、幼い声が呼び止める。

 声の方へ視線を向ければ、それはお隣さんの女子小学生である茶都山茶々ちゃんだった。本人は一生懸命走っているのだろうが、オレからすると、とてとて、と効果音が聞こえるような走り方に思えてしまう。

 あの子はあまり運動神経は良くないのかもしれない。

 ラジオ体操には一緒に参加していたが、声を掛けられたのは、今日に関してはこれが初めてである。オレは老人たちに捕まっていたし、茶々ちゃんは茶々ちゃんで、友達だと思われる見知らぬ女児と一緒にいたので、タイミングが無かったのだ。

 

 駆け寄って来た茶々ちゃんの少し後ろを、その見知らぬ女児が歩いていた。気にはなるものの、茶々ちゃんの友達ならすぐに紹介してくれるだろうと思い、オレはまず茶々ちゃんへ挨拶をすることにした。

 

「茶々ちゃん、おはよう。朝から元気だね」

 

「おはようございます! おにいさんもげんきそうですね!」

 

 オレの挨拶に、茶々ちゃんは元気よく挨拶を返してくれた。オレを見上げる茶々ちゃんの表情は明るく、笑顔だ。オレはなるべく茶々ちゃんに視線を合わせるようにしゃがみ、こう言った。

 

「君もパトロールに参加するのかい?」

 

「そうです!」

 

「じゃあ、悪い奴が居たら魔法でやっつけちゃうんだ?」

 

「え!? あ、あ、あわわわわ……! る、瑠璃ちゃん!」

 

 オレの冗談めかした言葉に、茶々ちゃんは困ったように眉を寄せて、きょろきょろと視線を彷徨わせる。そして思い出したように後ろを振り返り、ちょうど追いついた見知らぬ女の子へ、助けを求めるように声を掛けたのだ。オレは視線をそちらへ向けて、笑い掛けながらこう言った。

 

「はじめまして。君は瑠璃ちゃんって名前なのかな? 茶々ちゃんのお友達かい?」

 

「ええ。そうよ。わたしは茶々の友達で、名前は瑠璃川瑠璃(るりかわるり)。そういうあなたは東堂雷留さんで間違いないかしら? それとあなた、人に名前を尋ねるときはまず自分から、って格言を知らないかしら?」

 

 めちゃんこ強気な女の子だなぁ。

 

 初対面の年上男性にも物怖じせず、覇気のある声で挨拶をやりきった女子小学生に対するオレの第一印象はそれだった。

 茶々ちゃんは赤みがかった茶髪を短く整えている普通の少女にしか見えない。しかし瑠璃ちゃんは……なんというか……うーん……。

 瑠璃ちゃんの髪は長く、そして瑠璃色だった。しかも翡翠色のメッシュが入っている。そんな長髪を一つのおさげに纏め、鎖骨のあたりに流している。小学生にして翡翠色のメッシュの入った瑠璃色の髪の毛とは一体……。

 染めている?

 小学生でそこまで気合いが入っているとすればオレとしても恐れ入るが……。

 地毛、と言う可能性は……あるのかな?

 ぱっと見だが、毛の根元まで瑠璃色で、地毛の色はどこにも見られない。染めたばかりなのかもしれないが……どうだろう。どっちなんだろう。

 

 ここ最近、妙なことが立て続けに起こってはいるが、逆を言えばここ最近までオレの日常は何の変哲もない普遍的なものだった。当然、髪の色も標準的な日本人のものばかりで、あって茶髪や金髪程度のものだった。一度だけ、冬の富士山のような頭をした人も見たことはあったが……さすがにアレは自前の色では無かったと思う。生え際に黒が見えてたし。

 少し考えていたが、それが気に障ったのか、瑠璃ちゃんがその切れ長の瞳を細めて、オレにこう言った。

 

「なにかしら? あたしの顔に何かついてる?」

 

 不満を全開にしている瑠璃ちゃんは、妙に攻撃的なように思えた。

 目と鼻と口、なんて意地悪な返しが、蓄えた知識の中から咄嗟に想起されたが、小学生にそれはいくらなんでも大人げなさすぎるだろう。オレは苦笑し、こう言った。

 

「ごめんね。確かに、失礼だった。君の言う通りだよ。改めまして、オレは東堂雷留。よろしくね」

 

 オレがそう言うと、瑠璃ちゃんはぱちぱちと目を瞬かせてこう言った。

 

「分かってくれればいいのよ。分かってくれればね」

 

「気を付けることにするよ。ありがとう。ところで、オレの名前を知っているってことは、茶々ちゃんから聞いたのかな?」

 

「ええ。そうよ」

 

 満足げに頷く瑠璃ちゃんは、強気ながらも素直なようである。

 オレは瑠璃ちゃんにこう続けた。

 

「茶々ちゃんはオレのことを何て言ってたのかな?」

 

「えっ!? おにいさん!?」

 

 オレがにこやかに訊ねると、茶々ちゃんは慌てた様にオレに声を荒げた。それを見て、瑠璃ちゃんがにやりと笑う。

 

「茶々はあなたのこと、落ち着いた大人の人って言ってるわよ。それと、かっこいいって」

 

「瑠璃ちゃん!?」

 

 瑠璃ちゃんが嗜虐的な笑みを浮かべてそう言うと、茶々ちゃんは真っ赤になって瑠璃ちゃんに抱き着いた。

 

「やめてー!」

 

 茶々ちゃんが密告の中止を訴えながら瑠璃ちゃんの体を揺する。

 瑠璃ちゃんの体は想像以上にがくんがくんと揺れている。オレから見て、茶々ちゃんは非力そうな女の子に見えていたのだが、実際には茶々ちゃんは結構パワーがある子のようだ。そうか、この子パワー系か。

 がくんがくんと体を揺らされ、首もぐわんぐわんと揺らされながら、瑠璃ちゃんが悲鳴を上げるように言った。 

 

「や、やめるから放しなさい!」

 

「ぜったいだよ!」

 

 しかし茶々ちゃんはまだやめない。

 瑠璃ちゃんは再び叫ぶように言った。

 

「わ、わかったから!」

 

「ぜったいの、ぜったいだよ!!」

 

「わかったからぁああああ!!」

 

 そうしてようやく、瑠璃ちゃんは茶々ちゃんから解放された。瑠璃ちゃんは顔を赤くしていて、息も荒いながら、せっせと乱れた髪や衣服を整えている。そして瑠璃ちゃんは少し怒り気味に、茶々ちゃんへとこう言った。

 

「あんた馬鹿力なんだからやめてよね! あたしはか弱い女の子なの!」

 

「だ、だって! だってだって! 瑠璃ちゃんが変なこと言うから! わたし悪くないもん! 瑠璃ちゃんが悪いんだもん!」

 

 オレの膝元で小学生女児二人がわちゃわちゃしている。二人の会話を聞いて、オレは思った。

 

 茶々ちゃん、馬鹿力は否定しないんだな……。

 

 確かに、あのまま続けていれば瑠璃ちゃんの頭が吹っ飛ぶんじゃないか、と思うくらいに体が揺れていた。首の動きが体の動きに追いついていなかったのだ。正直、瑠璃ちゃんの脳が揺れてないか心配になる。そしてそうなると、とてとて、という茶々ちゃんが走るときに感じた擬音が、どすどす、というものに変わることを止めることは出来なかった。

 しかし揺さぶられた当の本人である瑠璃ちゃんは元気そうである。首が強いのかな。そう思っていると、瑠璃ちゃんが茶々ちゃんへと言った。

 

「ほんとのこと言っただけでしょ!? それをあんなふうにするなんて、この馬鹿力!」

 

 そう言う瑠璃ちゃんだが、なんか嬉しそうにも見える。茶々ちゃんをいじることを楽しんでいるようにも見えるが……。

 

「むう!」

 

 茶々ちゃんが怒ってます、と表情で示しながら、手を前に突き出すようにして瑠璃ちゃんへ迫る。

 瑠璃ちゃんが再び体を揺すられるのか、はたまた他の懲罰を喰らわされるのかは分からないが、しかし危機に晒されているはずの瑠璃ちゃんはどこか嬉しそうにも見えて……。

 

 オレはそれ以降何も考えないことにして、こう言った。

 

「二人とも。まだ朝早いんだから。騒いだりしたら、近所迷惑になるでしょ? 話は小さい声でしようね」

 

 ラジオ体操をして近所迷惑も何もないかもしれないが、子供の声とは想像以上に響くモノ。このあたりで制止しておいた方が無難だろう。

 

 こうして、オレの膝元で起きた小学生女児の戯れは終わりを告げる。

 その後二人してオレに謝って来たのだが、茶々ちゃんはしおらしく、瑠璃ちゃんはつんとそっぽを向いてと、二人の性格がよく顕れた謝罪の仕方であった。

 オレは、少し離れたところでこちらを見守っていた町内会の人達に、小さく会釈することで謝罪の旨を伝える。すると町内会の人達は小さく手を上げて返してくれた。

 オレは再びしゃがみ、二人にこう問いかけた。

 

「二人とも、ここに来たってことは、パトロールに参加するつもりなのかな?」

 

「わたしたちはおにいさんが―――」

 

「そうよ! あたしたちもパトロールに参加するつもりできたのよ!」

 

 茶々ちゃんが何かを言おうとして、瑠璃ちゃんが茶々ちゃんの口に手を当てて塞ぎ、言葉を引き継いだ。だから静かになさいって。

 今、オレに何か関係があるようなことを茶々ちゃんは言った。オレはじっと二人を見る。二人は顔を寄せ合って何かを囁き合っている。どうやら瑠璃ちゃんが茶々ちゃんを小声で叱りつけていて、茶々ちゃんは「あわわわわ……」と焦っているようだ。

 

「オレがどうかした?」

 

 オレが訊ねると、ち、と舌打ちが返ってきた。瑠璃ちゃんからだ。しかし瑠璃ちゃんはその表情を瞬時ににこやかなものに変えて、こう言った。

 

「あたし、一度会ってみたいと思ってたのよね。茶々から話を聞いてたから。それで、あなたが今日のパトロールに参加するって聞いて……」

 

「ここに来たってことか。オレに会いたいなんて、光栄だよ」

 

 どうやら瑠璃ちゃんは茶々ちゃんからオレの話を聞いて興味を持っていたらしく、オレに会うためにここに来たようだ。そうなると、やはり茶々ちゃんがオレのことを何と言っていたのか、詳しく聞いてみたい欲求に駆られるが、茶々ちゃんはどうやらそれを知られたくは無いらしいので、ここはこれ以上の詮索は避けておこう。

 そう思って話題を変えようとしたオレに、瑠璃ちゃんはこう言った。

 

「雷留さん」

 

「なにかな?」

 

「アレって、雷留さんのよね?」

 

「ん? ああ、あれ?」

 

 瑠璃ちゃんがそう言いながら指さした方向にあったのは、テニスラケット入れに突っ込まれ、バスタオルでぐるぐる巻きにされた木刀だった。

 オレは頷いて、こう言った。

 

「そうだよ。と言いたいところだけど、預かりものなんだ。だからオレが持ってはいるけど、オレの物ってわけでもないんだ」

 

「預かりもの……。ねえ、それって誰から預かったものなの? どんな人?」

 

「ん……。ごめんね。それはちょっと言えないかな」

 

 瑠璃ちゃんはやけに真剣な表情で詰め寄って来た。迫真だ。鬼気迫っている。オレはちょっと瑠璃ちゃんの勢いに気圧されて、気持ち引き気味に立ち上がった。瑠璃ちゃんから距離を取るためだ。しかし困った。オレは瑠璃ちゃんの質問には答えられない。あの木刀の持ち主が、金髪で白い特攻服を着た金髪の女性です、なんて言えば、不審者との繋がりを疑われかねない。不審者が例の彼女ならば、「オレの知り合いだから大丈夫です」と言えば丸く収まるのだが、もし違ったときにオレは責任を取ることが出来ない。だからオレは不審者の正体を確認しなければならないし、その前にヤンキー少女のことを明かすことは出来ないのだ。

 

 すると瑠璃ちゃんは凄く疑念に満ちた瞳をオレに向けて来た。ちょっと傷つく。まるで不審者を見るような目だ。

 話を変えるという意味でもそうだが、オレは少し思うところがあって、瑠璃ちゃんに問いかけた。

 

「君は……どうしてアレがオレのだって分かったの?」

 

 オレの問いかけに瑠璃ちゃんが答える前に、茶々ちゃんが反応を示した。

 

「え? だってアレ、おにいさんと同じ……」

 

「茶々ぁ!!」

 

 茶々ちゃんの言葉を遮って瑠璃ちゃんが叫び声をあげ、瑠璃ちゃんは茶々ちゃんの口を塞いだ。

 オレは微笑みを絶やさず、こう問いかけた。

 

「オレと同じって、なに?」

 

「あ、あわわわわ……」

 

 瑠璃ちゃんの拘束を無理やり引きちぎるようにして(パワー系)自由になった茶々ちゃんは、今度は自分で口を塞いでしまった。掌で覆われた口からは、くぐもった「あわわわわ」が聞こえて来る。瑠璃ちゃんは苦虫をかみつぶしたような表情でオレと茶々ちゃんを見比べている。聞かれたくない質問をされて、どう突破するか考えているようだ。

 瑠璃ちゃんは茶々ちゃんの手を引いて、オレから離れていく。オレは二人を見送った。すぐに戻って来るだろうと思ったからだ。

 

「どう……のよ! ば……!」

 

「あわわわわ……」

 

「あわ……じゃな……よ!」

 

 なにやら揉めているようだ。小声で話しているので聞き取り辛い。

 

「しょ……ない……」

 

「でも……は……」

 

「あん……せ……しょ……。きお……けし……」

 

「で……だ……」

 

「はじ……から……そ……ため……」

 

 二人で密に寄り合い、こそこそと話をする女児二人を見守る大学生って中々シュールなところではある。パトロールもそろそろ始まる頃合いだし、それほどまでに答えたくないなら別に答えなくてもいいんだけど……。木刀とオレの何が同じなのか気にはなるが、仕方がない。

 匂い、とか?

 いや、さすがにここまで匂わないと思う。自分がそんなに臭いとは思いたくない。それとも、木刀を隠しているバスタオルに見覚えがあるとか?

 それなら在り得るかもしれない。テニスラケット入れはともかく、バスタオルはちゃんと使ったら干してるので、茶々ちゃんはそれを見たことがあるのかもしれない。だがアレをオレのものだと言ったのは瑠璃ちゃんの方だからな……。オレに分からない何かがあの木刀にあるのかもしれないな。なにせ茶々ちゃんは(暫定)魔法少女だし、その友達だっていう瑠璃ちゃんも関係者だろう。もしかすると魔力的なモノを感じる、とか? オレに魔力が……まさか……、とちょっと浮かれるオレである。

 でもあの木刀はオレのじゃないぞ。もしかして、オレの持ち物であるバスタオルかテニスラケット入れの方で判断したのかな?

 だとすればそれはそれで、というかそっちの方が興味が湧くんだけど。

 

 好奇心と疑問を抱き、思考をしていたオレに、瑠璃ちゃんがこう言った。

 

「雷留さん! こっちに来て貰えるかしら!」

 

 茶々ちゃんは申し訳なさそうに俯いていて、その横で瑠璃ちゃんは手招きをしている。

 なにかありそうだなぁ、と思いつつ、オレは言われるままに二人の方へと向かおうとした。そんなオレに、少し離れたところにいる町内会の人から、「そろそろ行くぞ」とパトロールの開始を告げる声が掛けられる。

 オレは「直ぐに行く」という意味を込めて片手をあげて見せ、それを返答とし、改めてオレは二人の方へと向かった。

 二人に誘われるままに公園の遊具の裏へと足を運んだオレは、周囲へ視線を向ける。遊具が邪魔で町内会の人達からオレ達の姿は確認出来ないし、道路側に人の気配はない。

 オレは周りの確認を終えて、二人にこう言った。

 

「ここに何かあるのかな?」

 

 正直、オレは期待していた。観念したこの子たちがオレに真実を告げてくれるのではないかと。

 

「雷留さん、目を閉じていてくれるかしら」

 

 オレの前に立った瑠璃ちゃんが、オレを見上げながらそう言った。よく分からないが、それを求めて来るなら良いだろう。キスをしてあげる代わりに黙ってて、なんて的な展開も、大人の世界ならばありえなくはないかもしれないが、さすがに小学生ではないだろう。そもそも身長も含めて色々と違い過ぎて、小学生がちょっと(色んな意味で)背伸びしたくらいでは届かない。

 

 次の瞬間、閉じたまぶた越しにさえ感じ取れる光が、オレの目の前から発せられた。

 なんだなんだ、何が始まるんだ。

 そう思いながら、少しの精神的な高揚を自覚しつつ、目を閉じて立っていたオレだったが、特に何も起こらず、光は収まった。

 少しして、オレはこう言った。

 

「もう、目を開けていいかな?」

 

 少し待てど、返事はない。

 

「……?」

 

 不思議に思ったオレは、目を開けた。周囲を見渡したが、周りには誰もいなかった。

 

「どこへ……」

 

 小首を傾げたオレは、オレを呼びに来た町内会の人に戻るように言われ、戸惑いながら皆が集まっているところへと向かった。

 その途中、木刀を回収しようと思ったのだが、何故か木刀がなくなっていた。少し探したがやはり見つからない。しかもパトロール員の中に茶々ちゃんと瑠璃ちゃんの姿が見当たらず、町内会の人達も、彼女たちやオレが持って来た物のことを知らないと言う。これは無関係ではないだろうと思うが、周りの人から訝し気に見られたので、オレは「気のせいだった」と今ははぐらかすことにした。パトロールが終わったらあの子たちを探してみよう。瑠璃ちゃんはアレに興味を示していたし……もしかするかもしれない。あまり考えたくはないことではあるが、確認はしておいた方が良いだろう。

 

 そしてすぐにパトロールが始まったため、オレは先ほどのことはひとまず置いておくことにし、パトロール員として責務を全うした。

 

 パトロール中、なんか空に変なデカい鳥が飛んでいて、しかもそれが空に向かって突き進む二本のレーザーみたいなものに呑み込まれるのを見掛けた。レーザーみたいな光の帯が消えると、小さな黒い点のようなものが見えて、どこかへと飛んでいった。恐らくアレは烏だったと思うが、あのデカい鳥はいったい……。しかし周りの人に聞いたら、やはりそれについても誰一人として気づいていなかったので、オレはその話はそれ以上口にはしなかった。見間違いとも思えないが、オレにはどうしようもない。

 

 そしてパトロールの後、オレは老人たちに連れ去られゲートボールに付き合うことになり、オレの半日はあのデカい鳥のように消え去った。


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