明らかに周りの奴らの生きる世界が違う件   作:ポルポル

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魔巫法女妖少狐女

 雅さんの到着と瑠璃ちゃんの目覚めを待ちながらぽちぽちとゲームをやっていたところ、ゲーム画面が着信画面へと切り替わった。マナーモードにしていたから着信音は無く、携帯はバイブ音を立てて着信を知らせる。

 

 画面に表示されている名前は譜宮信乃(ふみやしのぶ)。信乃ちゃんからの電話だった。

 その名前を見たとき、何故だかとても久しぶりな気がした。ちょくちょく連絡は取っていたのに、不思議なものだ。一昨日も電話で話をしているし、懐かしく感じる理由はないはずだけど、そうだな……。信乃ちゃんが電話のたびに「会いたい」と連呼するものだから、オレも影響されたのかもしれないな。

 

 そんなことを思いながらオレは指先で携帯の液晶画面を触り、指をスライドさせる。指の動きに画面は連動し、着信を知らせる画面は画面横へと消え、ゲーム画面のそれに戻った。

 

 ちょっと待ってねー。

 

 なんて内心で思いながら、ゲーム画面で操作を始める。今は対人ゲームの途中だった。しかもかなりの優勢。切り上げるのは少し惜しい……とは思いつつ、オレは降参ボタンを押してゲームをささっと終わらせ、着信画面へと再び切り替えた。

 

 しかしここで応答するのはマズいな。瑠璃ちゃんが寝てるし。

 

 オレは瑠璃ちゃんを起こさないように静かにソファから立ち上がり、家の外に出た。そして玄関扉からも少し離れ、オレはようやく通話に応答した。

 

「お待たせ」

 

『ライルくん、聞こえる?』

 

 オレの言葉に被せて聞こえてきたのは信乃ちゃんの元気な声だった。なんかいつもよりテンション高いな。

 

「聞こえてる聞こえてる。なんか声の感じ、いつもよりちょっと元気そうだね。もしかして、なにか良いことでもあった?」

 

『えへ』

 

 信乃ちゃんが嬉しそうに気の抜けた声を零した。

 どうやら直感は当たりだったらしいな。オレが変化を察したことが嬉しいようで、

 

『やっぱ分かる?』

 

 と、にやけ面が簡単に想起できるような声音で信乃ちゃんは言った。

 どうやら合っていたらしい。

 

「もしかして名推理しちゃったかな?」

 

『うん! 名推理だよ。名推理! マジ名探偵! やっぱライルくんにはあたしのこと全部! ぜーんぶ分かっちゃう感じ!?』

 

 全部は分からないし変に期待されるのも重いけど、と思いながら続きを促すと、信乃ちゃんは言った。

 

『へへーん! 実は今日の昼飯、オムライスだったんだぜ! しかもめっちゃうめぇの! 卵がトロトロ! すげかった』

 

「へえ。それは凄い。とろとろの卵は美味しいもんね。よかったね」

 

『そうなんだよー。うまかったぁ』

 

「信乃ちゃんはオムライス、好き?」

 

『まあ、嫌いじゃねぇかな!』

 

 へえ、そうなんだ。

 経験上、病院食ってあんまり美味しくないと思ってたけど、あの病院はご飯が美味しいのかもしれないな。信乃ちゃんは本当にご満悦って感じだし。

 入院なんてしてると食事位しか楽しみが無い。食事が美味しいっていうのは娯楽としてはかなり重要だ。信乃ちゃんが幸せそうなのでオレも嬉しい。もしも入院が必要になったらオレもあの病院にしてもいいかもしれないな。あの病院の人達とはもう結構な顔見知りだし。

 

『ライルくん、今どこに居んの?』

 

「家だよ」

 

『えー、こっち来てくれてねぇのー?』

 

「ちょっと最近忙しくてね。行くつもりではいるんだけど」

 

『早く会いてぇよー』

 

「オレもだよ。会いたい」

 

『ライルくん! 好き!』

 

 さらにご機嫌になった信乃ちゃんの話が続く。

 「いつ会いに来てくれるのか」、という信乃ちゃんの問いかけを「そのうちには」と当たり障りなく受け流すと、信乃ちゃんは拗ねた様な反応を示した。

 

「ごめんね」

 

『むぅ……』

 

 一言伝えると、信乃ちゃんは何も言えなくなってしまった。

 

「調子はどうなの? 変わりはない?」

 

『まあ体は元気。でもさぁ……桃香がさぁ……』

 

「どうしたの?」

 

 喧嘩でもしたのかな。

 

『オセロがつええんだよぉ……。いつも真っ黒にされんの』

 

「彼女、そんなに強いの?」

 

『一回も勝ったことねぇ……』

 

「それはどんまい。いつか勝てるよ。ファイト」

 

『なんか軽くね……?』

 

 信乃ちゃんが拗ねた様な声を出したので、オレは分かりやすく小さな笑い声を信乃ちゃんへと届けた。

 

 オセロかぁ。オレは随分とやってないな。まあ、やる相手もいなかったからな。

 しかし盤面一色ってのは凄い。見たことないよそんなの。出来るんだな……。信乃ちゃんが弱いのか、桃香ちゃんが強いのか……どっちもか。 

 それでもめげずに何度も何度も桃香ちゃんに挑戦し続けているらしいのは凄い。素直に尊敬する。まあ、信乃ちゃんって結構な負けず嫌いだし、誘われたら引くに引けないってだけなのかもしれないけど。

 

『でも、ライルくんならきっと桃香にも勝てると思う』

 

 なんだその根拠のない信頼は。

 

『信乃ちゃん、泣きべそかいちゃったんですよ~』

 

『べ、べそなんてかいてねぇよ!! 嘘だから! 嘘!』

 

 ふいに、電話口から桃香ちゃんの楽しそうな声が遠くから聞こえてきた。かと思えば、間髪入れずに慌てた様子の信乃ちゃんの否定の声が続き、『余計なこと言うな!』と桃香ちゃんに怒った。桃香ちゃんは楽しそうな悲鳴を上げている。

 

 なんかいちゃいちゃしてるな。可愛い。オレはほっこりと嬉しくなった。

 オレとしてはなんか満足したのでもう電話を切っても良い。用事もあるし。

 

「楽しそうで良かった。安心したよ。それじゃあ、近いうちにまたお見舞いに行くね。おだいじ……」

 

『あ、ごめん! ちょっと待って!』

 

「ん? どうしたの?」

 

『あのさ、昨日のことなんだけど……』

 

 信乃ちゃんは神妙な声でそう切り出した。

 

『変なやつが会いに来てさ……。そいつ、あたしらにうん百万円って置いてったんだよ。あたしと桃香に。治療費とかいろいろだって言ってカバンを置いてさっさと帰っちまって。中を見たら、金がめっちゃ入っててさ』

 

「え? 現金を?」

 

『うん。ちっちゃなカバンだったけど、札束が何個も入っててさ。あたし、あんなん初めて見た。リアルにあんだなあ、札束って』

 

 信乃ちゃんは現金の方に意識の大半を持っていかれているらしい。現金な子だ。オレもそうなると思う。

 

「へえ……。不思議なこともあるものだね。でも札束かぁ……。どんな人だったの?」

 

 信乃ちゃんと桃香ちゃん宛てに、恐らくは数百万円規模に上る金銭の贈与……。

 彼女たちの境遇に何かしら感じるものがあっての『あしながおじさん』的な善意の寄付か?

 

 そう思いたいけど……、匿名になっているはずの信乃ちゃんの情報を知り得るだけの情報力があるってのはな……。金持ちならそういった情報網はあるかもしれないけど、あの子は今、基本的には面会謝絶だし、あの事件があってからは警察の監視下にある。つまり警察と病院が設けている、彼女に繋がる道を阻む壁をスルー出来る何かがあるってことになるわけか。

 

 うーん……。

 オレは思った。

 

 ―――これあっちでもなんか始まってんな。

 

『まっ白いスーツに黒いシャツを着た若い男だった。がらわりぃよな』

 

「そうだね。病院に来る服装じゃないかもね」

 

 なるほど。

 そのファッションセンスはヤクザだね。間違いない。

 オレは直感でそう思った。当然、偏見でしかないけど。

 

 これどうすっかなぁ。治療費と口止め料ってことなんだろう、とは思う。オレだったら貰うけど、あの子の場合、そこからまた変なことに巻き込まれていきそうで心配だ。

 というか、オセロの話じゃなくてそっちの事件を先に伝えてちょうだいよ、信乃ちゃん。

 

『金は正直めっちゃ助かんだけどさ……あたし、あいつの知り合いだと思うんだよ、そいつ。ヤクザかなぁ?』

 

『わたしもそう思います~』と桃香ちゃんの声が遠くに聞こえる。

 

 それはオレも同感。

 

『そもそも……』と桃香ちゃんの声が続くが、その声はさっきよりも大きく明晰だった。桃香ちゃんは電話口に近づいて来ているらしい。桃香ちゃんはこう続けた。

 

『お胸にバッジを付けておられたらしいので~』

 

「バッジ? それって弁護士のものとかじゃなく?」

 

『はい~。バッジのレリーフの形を調べましたところ~、指定暴力団の代紋と一致しまして~』

 

 ガチやん。

 

 桃香ちゃんの言葉に続き、信乃ちゃんはこう言った。

 

『しかもその人、ライルくんのことを聞いてきてさ』

 

「へえ、オレのことを?」

 

『そう。今日、ライルくんが来るかどうかってのと、どこにいるかってだけだったけど……』

 

「ふうん……」

 

 それねぇ。だけ(・・)じゃないんだよね。

 

 オレの所在確認か……。なんだろうな。オレにも金一封くれるとかかな。

 

「何の用だろうね?」

 

『何の用でしょうね~?』

 

 おうむ返しをしてきた桃香ちゃんが少し面白くて小さく笑うと、桃香ちゃんもくすりと可愛らしく笑った。すると信乃ちゃんが少し狼狽えた様子でこう言った。

 

『なんでそんな余裕そうなんだよ……』

 

『些事ですから~』

 

 間髪入れぬ桃香ちゃんの返答。相変わらずだった。

 

 そんな桃香ちゃんに信乃ちゃんは

 

『おめーはおめーで最近些事些事って、なんか変だぞ……』

 

 と呆れたように言った。そして続けてオレに対し『なあ、ライルくん。なんか変なこととか起きてねぇ?』とオレに問いかけてきた。

 

 変なことかぁ。

 

 めっちゃ起きてるよ。

 

「ううん。特にはなにも」

 

 まあ、信乃ちゃんに関係しそうなことはなにもないかな。

 

「心配してくれてありがとう。オレも気を付けるよ」

 

『うん。気を付けてくれよ、ホントに。あいつら、なんでもやるしさ。なにかあったら、今度はあたしがライルくんを助けるから!』

 

「ありがとう」

 

 可愛い。何の力もない女子中学生がヤクザに探されているらしいオレを助けられると思っているところが可愛い。大変好ましい。

 

「東堂様、お待たせいたしました」

 

「あっ……」

 

 突然声が聞こえた。見るといつの間にか雅さんがオレの傍に恭しく立っていて。

 同時に、

 

『え?』

 

 と電話越しに聞こえてきた信乃ちゃんの声は震えていた。

 信乃ちゃんはこう続けた。

 

『え? え?』

 

 信乃ちゃんは混乱している。

 

『東堂様って……? え? ライルくん?』

 

「雅さん、ごめんね。ちょっと待って貰える?」

 

 オレは電話口を指先で抑えて雅さんにお願いすると、雅さんは微笑んで綺麗な所作でお辞儀をする。ホントにこういう所作は上手で惚れ惚れする。年季が入ってる。

 電話向こうの信乃ちゃんの声は未だ混乱しているようだ。信乃ちゃんはこう続けた。

 

『誰? 女……?』

 

 その声は警戒が強くなっているように感じる。

 オレは朗らかな声音を意識しながら言った。

 

「友達だよ。今日は先約があってね」

 

『ライルくん、今家だって言ってたよな? え? ライルくん()に女? しかも東堂様って呼んで……』

 

「うん。今時珍しいよね。様、なんて敬称は。ありがたいことに慕って貰ってて、そう呼んでくれてる」

 

『慕って……?』

 

 信乃ちゃんは慕っているという言葉の意味が分からないようで困惑している。その様子を見かねたのか、恐らくは信乃ちゃんの傍で桃香ちゃんがこしょこしょと小さな声量でこう言った。

 

『尊敬して貰っている、ということですよ~』

 

 ところで、と桃香ちゃんが続ける。

 

『東堂さんは信乃ちゃんを愛していらっしゃるんですよね~?』

 

 なんだろうな。桃香ちゃんの声にドスが効いている。

 

「前に言った通りだよ。親愛を強く感じてる。大切な人だよ」

 

『そうですよね~』

 

『ライルくん、んなー!』

 

 信乃ちゃんが興奮している。

 桃香ちゃんの言葉は……これは信乃ちゃんを不安がらせるな、っていう釘刺しかな。

 まあ、安心してよ桃香ちゃん。信乃ちゃんがオレに恋愛感情を向けてくれていることも、オレが信乃ちゃんにとっての精神的支柱になっていることも分かってる。その辺の配慮はちゃんとするつもりだよ。信乃ちゃんの淡い恋を苦い痛みで終わらせるつもりもないし。

 

「実は今、抱えてる課題(・・)がいくつかあってね。大学が再開する前に終わらせないといけないんだ。彼女はオレの課題について専門的な知識を持っててね。相談したくて来てもらったんだ」

 

『課題……。あー、大学の宿題ってことか。ライルくんも大変だなぁ』

 

「そういうわけだから、ごめんね。ちゃんと近いうちに会いに行くから、またね」

 

『ちょ、ライルくん!? まっ……』

 

 通話終了のアイコンをタッチし、携帯をポケットにしまう。

 まあ、嘘は吐いてないだろう。

 

「雅さん」

 

「はい。雅でございます」

 

 雅さんは微笑んでいる。

 「雅、お前やった?」と聞くかどうか悩む。オレの電話相手……つまり信乃ちゃんに自分の存在をアピールしようとしたかどうかが気になるということだ。大学での前科があるからどうなんだろうな……と思ってしまうけど、そういう捉え方をするのはさすがに良くないか。雅さんはたった一言オレの名前を呼んだだけだ。電話も長かったから、もしかしたら雅さんはオレが気づかなかっただけで結構待ってくれていて、いい加減痺れを切らした、ということだって充分在り得る。そもそも呼び出したのはオレだしな。

 

 雅さんは……凄く綺麗だけどなんとなく胡散臭い微笑みを絶やさずオレを見つめている。

 

「お待たせ。わざわざ来てもらってありがとう」

 

「そのようなことはございませぬとも。あなた様はわたくしが数百年も待ち望んだお方でございます。数刻など……」

 

 なんか新しいフレーズ来たな。数百年オレのことを待っていたらしい。またなんか新しい設定でも考えたのかな?

 

「数百年?」

 

「そうですとも。人間どもの慰み者となり卑しくも生き延びてきた日々はすべて……東堂様と巡り合うため……」

 

 雅さんは濡れた吐息を漏らしてしなを作り、口元を巫女服の袖で隠すと、潤んだ瞳でオレを見つめた。

 いちいち芝居がかってんだよな、この狐。

 

「光栄だけど、大袈裟だなぁ」

 

「東堂様はわたくしと契りを結ばれました。まさか……反故に為される気ですか……?」

 

「契り? ああ、故郷を探すっていう話? 反故になんてする気はないよ。神社の復興の合間にだけど、雅さんから聞いた木の実の特徴からどういう木の実なのかとか、それっぽい木の実の群生地とか、オレなりにちゃんと調べてるよ。安心してね。といっても百年以上昔の情報だし、難航してるのは確かだね。そこは申し訳ない。今度大学でも教授にそういうのに詳しい知り合いがいないか聞いて回ってみるつもり」

 

「東堂様!」

 

 雅さんが表情を明るくほころばせ、すすすとお上品にオレの傍に寄ってくる。そしてそのままオレの胸板に身を寄せた。ぴん、とケモ耳が立ち上がり、オレの鼻先を擽った。耳毛の柔らかさと、現代科学によって発明された入浴洗剤等による甘い香りに思わずくらっと来る。酔ってしまいそうだ。

 

 そのとき、後ろでガチャリと扉の開く音がした。

 見れば扉の隙間から瑠璃ちゃんが顔をのぞかせていた。怯えた様子でオレの方を見ている。

 

 どうしたんだろう。

 目が覚めたときにオレがいなかったから怖くなってしまったのかもしれない。

 

 瑠璃ちゃんの気配に気づいたのか、雅さんがもぞもぞと動き出した。

 

「ん……?」

 

 雅さんが瑠璃ちゃんの方を見る。瑠璃ちゃんも雅さんの方を見る。

 

「「おえええええええ」」

 

 瑠璃ちゃんと雅さんが同時に吐いた。かと思えば二人はやはり同じように頭を抱えて蹲り、呻き声を上げ始める。瑠璃ちゃんはその場に、雅さんはオレに縋りつきながら、へばりついた壁をずり落ちていくように。雅さんのゲロの道がオレの服を縦に染める。

 

 オレは思った。

 

 ―――また風呂入るの?

 

 その間も二人は何度も何度もえずくことを繰り返している。

 

 ごめん、雅さん。

 距離は近いけど、さすがに優先順位はこっちが上だわ……。

 

 オレはしがみ付くようにオレの服を握っていた雅さんの手を剥がして離れ、瑠璃ちゃんに駆け寄った。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 ■■不能。■■が■■されました。

 

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