明らかに周りの奴らの生きる世界が違う件   作:ポルポル

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魔巫法女妖少狐女3

 一拍を置いて、雅さんが動いた。本当に何でもないような雰囲気で微笑みを浮かべ、オレの膝に両手を優しく乗せると、オレの方へと身を乗り出し、顔を近づけて来た。パーツの整った綺麗な顔。穏やかな色の瞳がオレを射抜く。

 雅さんは静かに首を横に振った。

 

「東堂様、それは杞憂と言うもの。そのようなことは何もございませぬとも」

 

 雅さんは慈しむように目を細めた。

 

「雅さん……」

 

 何をどう言うべきか悩みながら言葉を選ぶ。

 

「気持ちは嬉しいよ。本当に。雅さん、オレを慮ってくれてるんだよね? オレをそこまで想ってくれていることが、オレは凄く嬉しい。ありがとう」

 

 雅さんの性格や傾向はだいたい把握しているつもりではあるけど、ここまでオレの気持ちに配慮してくれているとは予想外だった。雅さんはオレが「普通」ということに拘りがあることを慮り、そういう情報を排除しようとしてくれている。オレはそう受け取った。もしも……このやり取りさえも人心掌握を目的とした演技だとすれば、それはもう雅さんが凄いってことで良いんじゃないかな。いや、オレちょろいか?

 でも……涼音の忠告を無碍にも出来ないのが難しいところではある。とはいえ、オレ以外の人間に対しての態度がなぁ……。裏を勘繰るに足る要素なんだよな。

 

「でも、オレは大丈夫だよ。前程固執してないというか……。ある意味でおおらかになったのかな? 普通ってのはオレなんだ。そう『理解』した」

 

 オレは本心を伝える。今のオレの顔には、心からの笑みが浮かんでいると思う。

 

「と、申されますと……?」

 

「別に気にしないってこと」

 

 オレがそう言うと、雅さんは「さ、左様でございますか……」と恐る恐るといった様子で言った。かと思えば思案気にすっと瞳を細めて微笑み直し、「承知いたしました」と頷いた。そして瑠璃ちゃんの方へと向き直り、尊大な態度でこう言った。

 

「小娘、苦しゅうない。東堂様よりお赦しが出た故、申せ」

 

「……」

 

 瑠璃ちゃんは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべたが、切り替えたのはすぐに話してくれた。

 

「歪みは……東堂さんを中心に起きてたの。世界が……東堂さんを中心にねじれてて……巻き込まれていくようだった。でも、東堂さんは変わって見えなくて……。ごめんなさい。そこまでしか覚えてないの」

 

「……なるほど」

 

 あのときそんなことが起きていたのか……。全く身に覚えがない。

 

「雅さんはどうだった?」

 

「小娘と同じでございます。加えさせていただくならば……わたくしが東堂様に縋りついたのは、東堂様のお傍であれば逃れられるやもしれぬ、と考えたが故でございます」

 

「瑠璃ちゃん、ね」

 

「承知いたしました」

 

「それで、どうだった? オレの傍にいてマシになった?」

 

「全く変わりませなんだ」

 

「そう……」

 

 なんだろうな。

 なんでそんなことが起きたんだろう。雅さんと瑠璃ちゃんの邂逅が原因なのか?

 

 いやでも……。

 以前、葵ちゃんと信乃ちゃんが出会ったとき、そんなことは起きなかった。しかも先日、魔獣は涼音たちのところに出張してる。

 なんで今回だけそんな変なことが起きたのか……。

 回数か? 

 魔獣と妖怪の接触は、神社での魔獣出現と、今回ので二回。二回目がダメとか?

 それとももっと別の理由が……?

 

 

「まあ、いいか。この話は瑠璃ちゃんの言うように、茶々ちゃんたちとは関係がなさそうだし、今は置いておこうか」

 

 オレがそう言うと、二人は「いいのかなぁ……?」とでも言いたげな微妙な表情を浮かべた。

 

 良いんだよ。

 オレには全く感知できていないことだから、考えたってどうしようもない。答えは出ない。どうしようもできないことで悩むのは無駄なことだ。そんなことよりも今すべきことをやった方が良い。

 

 オレは涼音を待たせてる。瑠璃ちゃんの相談に乗った後、神主さんの所に行かなければならない。もう夜になってしまったけど、こっちの話が終わり次第、神主さんに連絡して向かうつもりだ。それに瑠璃ちゃんの様子を見るに、茶々ちゃんたちを救出するまでのタイムリミットもありそうだ。

 時間は惜しい。

 

「本題に入ろう。まず、雅さん」

 

「はい」

 

 雅さんが姿勢を正した。

 

「魔人との戦い、お疲れ様。尻尾も増えてて良かったね」

 

「ありがたき幸せ。魑魅魍魎を捏ね上げて作りし式神、およそ70。誠遺憾ながら全滅いたしましたが、弱らせた魔獣人を果たし合いの末討ち取りましてございます」

 

 雅さんが5本の尻尾を嬉しそうに振っている。

 なんかちょっと引っかかることがあったけど、まあいい。

 

 瑠璃ちゃんが尻尾を見て驚いた様子を見せたので、オレは瑠璃ちゃんに微笑みかけた。

 

「というわけでね。実はこの女性、雅さんは人間じゃないんだ」

 

「えっ。ま、まじゅ……」

 

 瑠璃ちゃんが怯えた様子を見せる。

 

「落ち着いて。この女性は違うんだ。雅さんは妖怪なんだ。魔獣とか全く関係ない種族……しかも絶滅危惧種のUMAだよ」

 

「ゆうま……?」と雅さんが不思議そうに呟いた。

 

「よ、妖怪……? それって……」と瑠璃ちゃんは言った。

 

 オレは分かりやすい例えをあげるべくこう言った。

 

「例えば、ケケケの鬼―――」

 

「ビバにゃん……ってこと?」

 

 ああ、そうだね。最近の子はそっちだよね。

 

「まあ、そんなかんじ。ビバにゃんを詳しくは知らないけど、最近の妖怪ものの金字塔だよね。さすがに金字塔は大袈裟かな?」

 

「妖怪……。え……うそ……。ええ……?」

 

「信じられない?」

 

「そうね……。でも、魔法もあるし……。いたんだ……妖怪って……。すごい」

 

「ふん。もっと畏れるがよいぞ。苦しゅうない」

 

 ふんぞり返る雅さんに視線を向けて黙らせてから、オレは言った。

 

「こちらの女性がさっき言った、力になってくれるかもしれない人だよ。本当はもう一人、妖怪退治屋を生業にしている霊能力者の女性がいるんだけど、ちょっと事情があってね。今は来れなくて」

 

 瑠璃ちゃんは感嘆に溜息を吐いている。驚いているようだ。

 雅さん側の事情を伝えるのは瑠璃ちゃんの件が落ち着いてからでいいだろう。こっちはこっちで色々と、説明することが難しい複雑な事情があるし。

 

「すごい。霊能力者なんて……実在したんだ……」

 

 オレからしたら魔法少女の方がびっくりだけどね。

 

「そっか……。それで、スーパーの時も落ち着いてたのね。東堂さん、最初から全部知ってたんだ……。そういうことなら言ってくれれば……」

 

 うーん……、時系列が前後するけど、細かく訂正するのも面倒くさいからそれでいいや。

 ともかく、雅さんは妖怪として数百年を生きる方だ。だけど以前、魔法少女や魔獣なんて聞いたことも見たこともないと言っていた。

 そして瑠璃ちゃんの様子からすると、瑠璃ちゃんを始め魔法少女たちは、妖怪とか魔人とかのことを知らないんだろう。なにか事情に通じてそうな葵ちゃんがもしかしたら知ってるかもしれないけど、今は聞きようが無いし。

 

「ごめんね。それで聞きたいんだけど、そもそも魔獣って何なの?」

 

「分からない……」

 

 瑠璃ちゃんが即答して、オレは拍子抜けしてしまった。

 

「どういうこと?」

 

「あたしも、前に話した以上のことは……あんまり知らないの。人に巣くい、存在を喰らい、最後には乗っ取る。スーパーで東堂さんも分かったと思うけど、物理的な攻撃は効かなくて、魔法で攻撃しなきゃいけない。人間の天敵……。あの人ならもっと詳しいと思う。そもそもあたしが魔女になったのは、去年の今頃なんだけど……。あたし、ママとパパと一緒に一度魔獣人に襲われて、そのときに……あの人が助けてくれて。それから魔女になったの」

 

「あの人って言うのは葵ちゃんだね。もしかして彼女が君を魔法少女にしたの?」

 

「ううん。助けて貰ったときにあたし、助けて貰った記憶を失ってなくて……。気づいたらこのクリスタルを持ってたの。あの人は適性があるって言ってたけど……詳しくは教えて貰えなくて。むしろ捨てろ、関わるなって言っていなくなったの。でも……あの人の真似をしてみたら、変身できて……」

 

「瑠璃ちゃんは独学の魔法少女ってこと?」

 

「そうなるのかな……」

 

 もしかしてこの子、天才って奴なのかな。

 しかしクリスタルねぇ。どっから出てきたんだろうね、それ。気づいたら持ってたってことは、魔獣の体の中にあったとかなのかな。なんとなく、スーパーの店員さんの中から出てきた卵に似てるような気がしないでもないけど……。

 瑠璃ちゃんも分かって無さそうだ。

 

「そのあと、魔獣人の気配も分かるようになって……、あたしは新しく顕れようとする魔獣人を倒して回るようになったの。ときどき、あの人にも会ったけど、何も教えてくれなかった。ただ、『関わるな』とだけ、言われ続けてた」

 

「そうなんだ……。茶々ちゃんが魔法少女になった経緯は知ってるの?」

 

「知ってるわ。というか……あの子はあたしが助けたのよ。魔獣人に襲われたところを、あたしが。そのとき記憶を失ってなかったから、『同じ』だって思ったの。それで……」

 

「友達になったんだ?」

 

「うん」

 

「あの子はあたしと……すごく仲良くしてくれて……。一緒に戦ってくれて……。でもあの子、ドジなところがあって……。それにあの子の魔法、盾なのよ? それでどうやって戦うのって感じで……。あたしが守らなきゃって……そう思ったの。なのに……守られてたのは……いつもあたしの方だった……っ」

 

 瑠璃ちゃんが涙を滲ませ言葉を詰まらせる。

 このまま泣かせてあげようと思った。泣けばスッキリすることもある。だが瑠璃ちゃんはぐっと堪えた。

 すごい。

 

「そうだったのか……」

 

 瑠璃ちゃんの茶々ちゃんへの態度の秘密が分かった。お姉さんぶってたんだな。可愛い。

 

 そして付け加えとして、雅さんにはオレから瑠璃ちゃんの置かれている状況を伝えた。

 魔獣に敗北して仲間を失い、命からがら逃げだしたこと。そのあとも遭遇戦を何度も強いられてトラウマになったこと。

 すると雅さんは拍子抜けしたようにこう言った。

 

「忘れればよかろうに」

 

 瑠璃ちゃんは驚いた様子で雅さんを見つめた。というか、弾かれたように顔をあげた。

 

「え?」

 

「恐ろしければ逃げればよかろう。辛ければ忘れればよかろう。何を言うとるんじゃおのれは」

 

 雅さんは不思議そうに言っている。本心からの言葉だろう。「何を当たり前のことを?」みたいな雰囲気だもの。

 

 なるほどね。

 これは予想できたはずだな。オレが見誤ってた。

 確かに、雅さんは逆境から逃げに逃げて、都合の悪いことは忘れに忘れて生き延びてきた、まさに生存本能の申し子だ。それは確かに、そういう答えにもなるだろう。

 

 少し驚いた。だけど、不都合はそんなにないかな。ちょっと尚早だけど、実はオレも同じことを瑠璃ちゃんに言おうと思ってた。

 

「瑠璃ちゃん」

 

 オレの声掛けに瑠璃ちゃんがオレを見る。まるで迷子の子供のように不安そうな表情で、胸が痛い。

 

「実は、オレも似たような考えは持ってる。雅さん程あっさりはしてないけど……世の中にはどうしようもないことってたくさんあるんだ。交通事故で突然死別するとか、心不全での急死とか、親しい人との別れって、若くても身近にあるものなんだ」

 

 儂は死なんが、みたいなこと言いそうなので雅さんに視線を先に送っておく。

 

「君が苦しんでることは分かる。簡単に忘れられることでもないけど……でも、離れることも手だとは思うよ。今回のことは天災にでもあったと思って、助けてくれた二人に感謝して……日常に戻ることも悪いことじゃないって思うんだ。オレはそれを逃げることだとは思わないよ。だけど瑠璃ちゃんがそれを『逃げ』だと思うなら、オレはこう言うよ。『逃げたって良い』って。悪いことじゃない。君にとってそれはとても辛いことだと思うけど、でも、君の命には代えられない」

 

「そんな……」

 

 瑠璃ちゃんは唇を震わせながら言った。

 

「そんな、ことって……」

 

「……」

 

「助けて、くれるって……っ!!」

 

「オレは無敵じゃないし、万能でもないんだ。期待を裏切ってごめんね」

 

「でも、でも……っ! ここであたしが逃げたら……っ! 魔獣人の被害者がどんどん増えちゃう。今も……! だって……っ!!」

 

「君が戦う必要はないんだ。その重荷はおろしていいんだよ」

 

 瑠璃ちゃんにとってはあまりにも大きいけど、挫折ってのは誰にでもあるからね。

 

 ていうかさっきからなんだろ……?

 

「でも……!!」

 

 あっ、と。

 瑠璃ちゃんが興奮してきてしまった。

 

「落ち着いて? 瑠璃ちゃんの気持ちを否定するつもりはないし、そうしろとも言わないよ。そういう選択もあるよっていうだけ。オレは……このままじゃ瑠璃ちゃんが壊れちゃうんじゃないかって、心配なだけなんだ」

 

 なんか話を聞いてる感じ、瑠璃ちゃんは責任感が強すぎて自分を『情けない』『自分が無力なのが悪い』って責めちゃってそう。

 

 でも、瑠璃ちゃんってまだ小学生なんよ。まだ一桁でしょ、年齢も。さすがに戦国時代真っ只中の少年兵だってここまでの重責は背負わないんじゃないかな。

 大勢の他人、親、友達……そのすべてがたった一人の少女の肩に乗っかってしまってる。少なくとも瑠璃ちゃんはそう思っていて、しかもその重荷を分かち合える戦友だってもういない。

 

 トラウマを抱えたまま、あまりに重い責任を背負って一人で戦い続けるってのは、小学生が背負うには厳しすぎると思う。このままだと恐怖心と責任感、無力感で瑠璃ちゃんの心が壊れてしまう未来が容易に想像できてしまって、とても心配だ。

 

 視野が狭まっているというか、瑠璃ちゃんの気持ちは本当のところはもう固まってるのは分かった。でも今の精神状態じゃあどうしようもない。恐怖に脅かされている状態じゃあ、こっちがどうこうしても、この子自身が最後の一線を越えられない。きっとこの子は土壇場で動けなくなる。それだったらもうガン逃げした方が良いと思う。

 

 手を震わせている瑠璃ちゃんを、雅さんは呆れたように見つめている。そしてちらちらとオレを見て静かに目を閉じた。

 うん。変なこと言わないでくれてありがとう。

 

「あ、あたしは……どうしたら……」

 

「そうだね……。一つ聞かせて欲しいんだけど、瑠璃ちゃんはなにが怖いの?」

 

「え……?」

 

「瑠璃ちゃんはスーパーでさ、明らかに格上の魔獣にもひるまずに立ち向かったよね? 霊長の魔獣ってやつ相手にも、突っ込める気概があった」

 

「それはあたしが、バカだったから……」

 

「瑠璃ちゃんはそう思ってるんだね? 自分は馬鹿だったって」

 

「……」

 

 瑠璃ちゃんが俯いた。

 実際のところ、瑠璃ちゃんはどう思ってるんだろうな。分からない。

 オレは別に瑠璃ちゃんのことを馬鹿だとは思わないけどなぁ。

 

「でも、あたしが弱いから、バカだから、みんな……」

 

「みんな、いなくなってしまった……そう思うんだね。さっき言ったように……悪いのは魔獣だとは考えられない、かな?」

 

「……」

 

 うーん。瑠璃ちゃんは俯いて無言。

 自責の念で相当まいってるな。雅さんだったら『日頃の行いが良くて生き延びたわぁ!』くらいですぐ忘れそうだけど。瑠璃ちゃんは不器用だなぁ。そこがいじらしいね。

 

「じゃあさ、瑠璃ちゃん。こうは考えられないかな? 冷静じゃなかったんだ、って」

 

「冷静じゃ……なかった……?」

 

「うん。慌てたらミスをするってのは、誰にでも起こることだと思う。オレだってそう。たとえば……給食。授業が終わるのが遅れて、給食当番が走って給食を取りに行って、牛乳瓶を落として割っちゃった。それって、給食当番が馬鹿だから起きたことだって思う?」

 

「違う……と思う」

 

「うん。オレもそう思う。じゃあ、なんでそうなっちゃったと思う?」

 

「それは……慌てて走ったから……」

 

「そうだね。給食当番は『ミス』をした。でもそれは馬鹿だからじゃない。慌ててたからだ。早くしなきゃって焦って『走った』からだ。でもさ、もしも先生が授業を時間通りに終わらせてくれていたら、そんなことにはならなかったよね? しかも自分のせいじゃないのに、配膳が遅れたら当番だからって怒られるかもしれない……そう考えたら焦っちゃっても仕方ないと思うんだけど……」

 

「……」

 

 瑠璃ちゃんは苦し気に俯いた。

 ああ、なるほど。瑠璃ちゃん、牛乳瓶割った子を「なにしてんのよ、馬鹿ね!」って責めるタイプっぽいな。だからこそ、自分のことも許せないんだろうなぁ。

 

「そっか。ところでさ、不思議なんだけど……瑠璃ちゃんの話を聞いてると、奪われた両親を助けようとしたことが馬鹿な行動だったって聞こえるよ。それってホントにそうなのかな?」

 

「それは……違う。だってあたしは、二人の言うことを聞かなかったから……」

 

「二人の言うことを聞いてたら、魔獣から逃げることになっちゃわない?」

 

「それは……」

 

「どうかな? 瑠璃ちゃんは本当にそう思う? 『両親や友達を助けようとするなんて! ああ!! 自分はなんて馬鹿なことをしたんだろう!』って……いや、思ってても良いんだよ。確認したいだけなんだ」

 

 瑠璃ちゃんが圧を感じてしまわないように凄く穏やかな声音で、疑問符を強調して問いかける。

 

「……」

 

 瑠璃ちゃんは黙って俯いている。

 

「オレはさ、瑠璃ちゃん。どうしてもそうは思えないんだ。瑠璃ちゃんのことを馬鹿だなんて全然思えない」

 

「……」

 

 瑠璃ちゃんは納得できない様子だ。納得したそうには見えるけど。

 

「よし、じゃあ質問を変えようかな。瑠璃ちゃんを助けようとして食べられちゃった茶々ちゃんと葵ちゃんのこと、馬鹿だと思う? 瑠璃ちゃんを置いてさっさと逃げない馬鹿だって」

 

「……ッ!!」

 

 二人を侮辱したオレに、瑠璃ちゃんが鋭い視線を向けて来た。

 まだあるね、気概。

 

「そうだよね。そうなんだよ。君はただミスをしただけなんだ。そう言う意味では、その場にいた全員が焦ってミスをした。それで良いんだよ、瑠璃ちゃん。それだけの話なんだ。なんであんなミスをしたんだろう、という問いに対する答えは一つだよ。『冷静じゃなかった』。ただ、それだけの話なんだ。誰も君を責めてなんてない。彼女たちはきっと君が今ここにいることを喜んでいる。だって彼女たちはそのために戦ったんだから。今、君を苦しめているのは、『君自身』だ」

 

 オレはゆっくりと言葉を贈る。

 

「瑠璃ちゃん。『瑠璃川瑠璃』を……きみを、許してあげて欲しいな」

 

「……っ」

 

 瑠璃ちゃんが泣きそうに表情を歪めた。

 

「不謹慎かもしれないけどさ……。オレはこう思うんだ。君の友達二人は、君を助けるために必死で頑張ってくれた。自分のせいで、って思っちゃうのは分かる。だけど……嬉しいよねぇ。それだけ大切に思ってくれてたんだって」

 

「……っ」

 

 瑠璃ちゃんが目を真ん丸に開いて息を呑んだ。

 

「うれし……い……?」

 

「嬉しくない?」

 

「え……あ……」

 

 瑠璃ちゃんが「あたし……」と呟いて俯いた。オレは静かに瑠璃ちゃんを見守る。

 どうだろうな。違うのかな。でもこんだけ悔いてて悩んで苦しむのって、そういうことだとオレは思うんだけど。

 話を聞いていると……二人に助けて貰って嬉しくて、凄く恩義を感じてるのに、自分にはそれを返すことが出来ない。そしてそれを認めるのが怖くて、悔しい。

 

 たぶんそうじゃないかなぁって思ったんだけど、どうだろうなぁ。

 要はプライドが高いんだと思うんだよね、この子。だからこそ今回のことってどういう結果になるかは分からないけど、精神的な成長のチャンスでもあると思う。何事もポジティブに行こうね、と思うわけ。

 

「たすけて貰って……あたし……。そっか……。そっか……。うれしかったんだ……」

 

「瑠璃ちゃんは大好きなんだよね。みんなのこと」

 

「……」

 

 長い沈黙の果てに、瑠璃ちゃんは小さく「うん」とだけ答えた。 

 

「あたし……あたしが嫌い。すぐに怒って、怒鳴って……」

 

「……」

 

「でも、あの子は……そう、あの子は……『茶々』は、そんなあたしの友達になってくれた。弱虫の癖に、間違ったときは叱ってくれて、嫌な思いもさせたのに、それでも、一緒に居てくれた。命懸けで、あたしを、守ってくれた……っ!!」

 

「うん」

 

「あたしは……!! 茶々を助けたい!! 絶対に!! 一緒にいたいの! もっと! もっと!! あの子と一緒に大人になりたい!!」

 

「うん」

 

「あいつは怖いけど……、でも! 茶々のいない人生なんて嫌!」

 

 瑠璃ちゃんはいつのまにか、はらはらと涙を零しながら立ち上がっていた。そしてぐい、と豪快に涙をぬぐい、オレを見た。

 

「あたし、戦うわ」

 

「敵わないのに?」

 

「だって、このまま生きていくなんて嫌だもの。そんな人生、きっと楽しくない。だから―――」

 

 瑠璃ちゃんは深く頭を下げた。オレは心の中で拍手喝さいを瑠璃ちゃんに浴びせた。うーん、素晴らしい。同士が増えた様な感じがして嬉しいね。

 

「東堂さん、雅さん、どうか、あたしたちを助けてください。お願いします」

 

 瑠璃ちゃんがビビッて震えあがってたらどうしようもないからね。とりあえず精神的に奮起して貰わないとと思って。上手くいって良かった。もうちょっと掛かるかなぁって思ってたけど……この子、ホントに素直で良い子だね。子供の純粋さって素敵。

 若いなぁ。眩しいなぁ。可愛いなぁ。力になりたいと思っちゃうなぁ。この子が開放された姿を見たとき、オレはもう嬉しくてたまらないと思う。

 

「ってことだけど、雅さん、どうする? オレは最善を尽くすつもりだけど、でもオレって出来ることたいしてないから、雅さんには是非とも協力して欲しいんだけど……。お願いできないかな?」

 

 オレも雅さんに深く頭を下げる。

 雅さんは「頭をおあげくださいまし」と言って、

 

「東堂様のご用命とあらば、わたくしに否やはございませぬとも。もとよりわたくしもまた……長いときの果てに戦うことを選んだ身でございますれば」

 

 と続けた。

 

 かたじけない。

 

「ありがとう、雅さん。そしてごめん。結果として否応なく巻き込む形になってしまった」

 

「……?」

 

 雅さんは不思議そうに小首を傾げた。

 ん?

 何か変なこと言ったか?

 

 そんなオレの疑問を他所に、雅さんは微笑んだ。

 

「けれど……」と雅さんは間をおいて、「少し、羨ましくもありまする」と言った。

 

「羨ましい……?」

 

「そうですとも。(わらし)の時分に……わたくしもあなた様に……」

 

 雅さんは哀愁の漂う表情を浮かべて瞳を閉じたが、すぐにまた上品な微笑みを浮かべてオレを見た。

 

「いえ……ふふ……。なんでもございませぬ」

 

 そして雅さんは瑠璃ちゃんを見た。一瞬にして尊大な態度に切り替わったが、しかしどこか優し気な表情で言った。

 

「しかし小娘、おのれはたいしたものじゃ。その(よわい)で魔獣人と幾度も戦い、あまつさえ討ち取ってさえおるとは。儂や涼音の術とは異なる体系の異能のようじゃが、儂ら『あやかし』以外に魔獣人共と戦う者たちがいようとは……。御柱も何もおっしゃられてはいなんだが……」

 

 雅さんの思ってたより優しい言葉に驚いた。

 瑠璃ちゃんも驚いた様子で雅さんを見ている。

 

「え? あなたも魔獣人と……?」

 

「うむ。何度も戦っておる。おのれと違い、儂単騎で討ち取ったこともあるが、の?」

 

「すごい……」

 

 雅さんが胸を張り、瑠璃ちゃんが感心している。

 

「しかし東堂様も悪いお方……」

 

 雅さんは例によって無駄に妖艶な所作で手を持ち上げ、肩を蠢かせて口元を着物の裾で覆い、笑った。

 

「悪いお方?」

 

「ふふ。御戯れを。魔獣人共に対して、このような隠し玉をお持ちであらせられたとは。なにゆえ御隠しになられていたのです?」

 

「……?」

 

 オレはさっきから気になっていたことを聞いてみることにした。

 

「あのさ、魔獣人ってなに?」

 

 魔獣でも魔人でも無くて魔獣人って新ワードじゃない?

 なんでそんな急に、当然のようにそんなワード共有してるの?

 

「え?」

 

「え?」

 

 瑠璃ちゃんと雅さんはハトが豆鉄砲をくらったような顔で、同時にオレを見た。

 

 オレは言った。

 

「え?」

 

 え?

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