明らかに周りの奴らの生きる世界が違う件   作:ポルポル

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魔巫法女妖少狐女8

 タクシーの運転手さんはとりあえず神社で保護して貰えることになった。彼のタクシーは見つけることが出来ず、服も無いから暫定的な処置だ。彼本人の記憶は雅さんが認識を操るとかなんとかで対応してくれるらしく、あとは神主さんが上手いこと話をしてくれるとのことだった。

 

 瑠璃ちゃんと茶々ちゃんはそれぞれ自分の家に帰って行った。

 きっと両親が起き次第、家族団らんの幸せを噛みしめることだろう。いいよね。家族。

 

 葵ちゃんもまた家族を連れて家に帰った。黙々と両親を抱え上げて空を飛んでいく葵ちゃんに、瑠璃ちゃんと茶々ちゃんは手伝おうかと声を掛けていたけど、小さく首を振って断られていた。無口な子である。きっと人と話す機会もほとんどなかったんだろうな……。オレは人の移送には全く役に立たないから見送るだけだったよ。

 

 これで一件落着……なのかな?

 魔獣人はもともとの魔人の特性を持っていて、最終的には消えた存在を再構成して乗っ取る……はず。一年以上も魔獣人に囚われていたっぽい葵ちゃんの家族は、本当に葵ちゃんの家族なんだろうか?

 

 それに、一年以上も前から活動していたっていう割に、囚われていた人数が少ない気がするんだよな。あれだけの人数が解放された以上、一体につき一人って言う法則とかもなさそうだ。

 

 さすがに考えすぎかな?

 実は神主さんも同じような懸念を持っていたようで、少し話す機会があったんだけど、その日は黙っておくことになった。もしかしたらオレ達の杞憂かもしれないし、大きな出来事を終えたばかりで不安を与えることもないだろうってことで。

 

 月がてっぺんを越えた頃、神主さんや涼音よりも先に眠らせて貰えることになった。

 三が日を終えて土日を過ぎた明日、というか今日になるわけだが、オレは再開する大学の講義に出席しなければならない。ぶっちゃけここ半年は色々あり過ぎて出席日数も結構ギリギリだし、単位を落とすほどの休みではないけど、評価を下げられてしまうには充分な欠席だし。今後、風邪とかを引いて休むなんてことも在り得るので、ちゃんと出席はしておきたかった。

 

 疲れていたのかな。布団に入ればすやすやと眠ることが出来た。

 何事もなく朝を迎えられたことを嬉しく思う。

 涼音と神主さんはあの後もまだ起きていたようだ。きっと霊長の魔獣……人について話し合いをしていたんだろう。オレが起きたときはまだ寝ているようだった。一方で雅さんは、それはもう完璧な朝仕度でオレを迎えてくれた。朝ご飯一式、温タオルの用意、着替えの準備など。

 

 ありがたいことだ。

 

 もういつものことになってきてしまっているが、やっぱりこれを当たり前と受け入れるわけにはいかない。あくまで雅さんの好意によって成り立つものであって、雅さんの思惑がどうあれ甘え続けてしまえば、オレは涼音の言うように堕落してしまうだろう。雅さんの策略というわけではなく、あくまでのオレの意識の問題として自戒する。

 

 甘い誘惑を跳ね除け続ける修行僧みたいになってんな……。

 確かに神社だけども。

 

 いっそ家政婦さんとして雇おうか?

 ああ、うん。それがいいかもしれないな。

 雅さんに支払う賃金はちょっと安くしてもらって……。いや、それは甘えか……。ちゃんと最低賃金は払わないとな……。でもそうなると、オレのバイトの時間より雅さんがオレに奉仕してくれている時間の方がぶっちゃけ長いから……全額飛びます、バイト代。困ったなぁ。ある程度で上限を設けさせてもらって、ジャガイモでなんとか……。

 

 前に雅さんが言ってた不老不死で主従の契約がどうこうの話はなぁ……。魔獣の中で聞いてた涼音に、オレが乗り気だったことがバレていてめちゃくちゃ怒られて止められたからなぁ。それに変に異変抗体が反応して雅さんが爆散するのも嫌なのでお流れになった。

 

 それから……。

 何事もなく日々は過ぎ、次の週末。日曜日の昼。

 

 神社には瑠璃ちゃんと茶々ちゃん、そして葵ちゃんが集まることになっていた。

 

 葵ちゃんは一番最初に来て、すでに本堂で座布団の上に静かに座っている。オレは溜まっている課題をやり終えてから本堂に合流した。

 

「やあ、葵ちゃん。こんにちは」

 

 葵ちゃんはちらとオレを見ると身を縮めて俯いた。

 どうした?

 

「まだみんな来てないんだね。涼音も、雅さんも……」

 

 分かり切っていることだが、本堂を見渡しても誰もいない。

 葵ちゃんはじっとオレを見つめていたかと思うと、ふいと顔を逸らした。

 

 だからどうした?

 目を合わせてくれない。

 

「―――」

 

「―――と―――」

 

「そ―――」

 

 本堂の外から声が聞こえた。

 多分、涼音と瑠璃ちゃんだろう。

 

「お、来たのかな?」

 

 オレは「ちょっと待っててね」と葵ちゃんに微笑みかけた。小さく頷く葵ちゃんを横目に確認しながら通り過ぎ、本堂入り口の方へと向かう。

 

 本堂の木製の引き扉を開けて外へと出る。

 そこには瑠璃ちゃんと茶々ちゃんにたかられている涼音の姿があった。涼音は立って二人を見下ろしていて、二人は巫女服を珍しそうに眺めていた。

 

「茶々ちゃん、瑠璃ちゃん、いらっしゃい。っていうのも変か。オレの家じゃないし」

 

 ちょっとしたジョークをかました。

 

 涼音は「ふふ」と笑い、茶々ちゃんは「おにーさん!」と花のような笑みを浮かべた。

 瑠璃ちゃんは……顔を真っ赤にして茶々ちゃんの後ろに隠れてしまった。茶々ちゃんは気づいていない。

 

 ほーん……。

 

 オレは気づかないふりをして涼音に近づく。

 

「涼音、神主さんは?」

 

「買い物からまだ帰ってないよ。この子たちにお菓子とジュース買い忘れてたって」

 

「ああ、そうなんだ。言ってくれたら買って来たのに」

 

「それも忘れてたんだよ」

 

 涼音は呆れたように笑った。

 

「色々あったから疲れてるんだなぁ、神主さんも。神社の修繕もまだ終わってないしな……」

 

 オレは少し先に敷かれている石畳に視線を向けた。そこにはこの間の火事で燃えた痕跡がまだ残っている。あれも修繕しないといけないだろう。建物の穴も全部を塞げたわけじゃないし。

 しかもこの神社ってその、あんまり栄えてないから……たぶん、元手はない。神主さんは神主さんで神社の近くとは言えちゃんと自宅を持っていて、その管理もある。神主さんが日給のアルバイトを探していることを、オレは知っていた。オレもバイト代、もう少し神社に入れよう。バイト、増やそうかな……。でもきついんだよなぁ。時間が。東堂家の貯蓄はなるべく崩したくないんだけど、ある程度はしょうがないのかな。

 

「神主さんも優しいね。わざわざ自分で買いに行くなんて」

 

「なんか、張り切ってたよ」

 

「そうなんだ?」

 

 ふうん。

 もしかして、涼音が友達とか連れて来なかったから、そういうのに憧れてたのかな?

 割と乗り気だったようだし、神主さんも可愛いな。

 

 涼音と話している間、視線を感じていた。瑠璃ちゃんだ。ふいに瑠璃ちゃんの方へと視線を向けると、凄い勢いで目を逸らされた。

 

 ふぅん……?

 

 と観察していると、ズボンをちょいちょいと引っ張られた。茶々ちゃんが満面の笑みでオレを見あげている。

 しゃがんで視線を合わせたオレに、茶々ちゃんは明るくこう言った。

 

「おにーさん! ありがとうございました!」

 

「なんのことかな?」

 

「先週、たすけてもらったことです!」

 

「そっか。どういたしまして」

 

 助けたっていってもオレは特に何もしてない。謙遜じゃなくてマジで。ただ見届けただけだ。きっとそうなるんだろうな、っていう確信を持って、だけど一切の忠告をせずに、あの女の動作を見届けただけ。

 

 でも結果として茶々ちゃんが恩義を感じているなら、それを受け取っておこう。お礼をして、それを受け取る。その何気ないやりとりが、子供の道徳観に良い影響を与える……と思うので。多分。オレも嬉しいしね。

 

 そのやり取りの後、茶々ちゃんが振り返った。視線の先にいるのは瑠璃ちゃんだ。瑠璃ちゃんは……そそくさと涼音の後ろに隠れてしまった。

 

 ふうん……。

 

「るりちゃん?」と茶々ちゃんが小首を傾げる。

 

「こんにちは、瑠璃ちゃん。久しぶりだね」とオレが声を掛けると、瑠璃ちゃんは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。

 

「こっ↑」

 

「こ?」

 

 瑠璃ちゃんの声は裏返っていた。

 

「ひっ↑」

 

「ひ?」

 

 茶々ちゃんが「どうしたの?」と不思議そうに瑠璃ちゃんの方へ向かう。涼音は……なんか難しい顔をして瑠璃ちゃんを見下ろしていた。

 

 ……涼音? 

 

「るりちゃん、おにーさんだよ?」

 

 茶々ちゃんは瑠璃ちゃんの心境を全く理解していない様子で、不思議そうにしている。むしろいつものツンツンが出ていると勘違いしているのか、「あいさつしなきゃだめだよ」と軽く圧を発している始末だ。多分、今日のはそれじゃないからやめたげて。

 

「わ、わかってるわよ! そんなこと言われなくたって!」

 

「そ、そんなに怒らなくても……」

 

「あ、ち、ちが……あ、う……ご、ごめんね……」

 

 怒鳴られた茶々ちゃんが落ち込んでいる。瑠璃ちゃんも慌てたり意気消沈したりと忙しそうだ。

 

 なんか可哀そうになって来たな……。

 

「っ……」

 

 そう思っていると、瑠璃ちゃんは握りこぶしを作り、意を決した様子で一歩前に出た。霊長の魔獣人と戦う決意をしたときと同じくらい、壮絶な覚悟を滲ませた表情だった。

 

 そんなに……?

 

「ふぅー……ふぅー……」

 

 瑠璃ちゃんはオレを見上げる体勢で目を閉じて、大きな深呼吸を繰り返している。そして小さく「よし……」と呟くと目をカッと開いてオレを見た。

 当然、オレは瑠璃ちゃんを見ていたから目と目が合う。

 

「こんにちは」

 

 にこりと笑いかけた。

 

「あぅ」

 

 びきぃ、と音が聞こえてきそうなほど瞬間的に、瑠璃ちゃんは固まった。蛇に睨まれた蛙っていう表現はちょっと違うか。

 

 オレは苦笑する。

 

 涼音……?

 

 横目に見える涼音はほのかに険しい表情を浮かべている。あくまでほのかにだけど。

 オレの意識が涼音に向いていると、茶々ちゃんが「ど、どうしたの!? 顔真っ赤だよ!?」と慌てた様子で瑠璃ちゃんに声を掛けていた。やめたげてね。

 

「……」

 

 でも、オレも少し意地悪をしたくなってしまった。瑠璃ちゃんの前でしゃがみ込んで目線を合わせ、微笑みかける。

 

「ホントだ……。大丈夫? 顔、真っ赤だよ。風邪かな」

 

 心配だなぁととぼけながら、オレは瑠璃ちゃんの額に掌を当てた。

 瑠璃ちゃんは頭で茶を沸かせそうなくらいに真っ赤になり、「ん、な、の、ちゃ」と訳の分からない言葉を呟いて、氷のように固まってしまった。どどどどどどど、という心臓の鼓動が聞こえてきそうだ。

 オレは瑠璃ちゃんの額から手をどけて……瑠璃ちゃんの額に、自分の額をこつんと当てる。

 

「きゅぅ……」

 

 瑠璃ちゃんがふらりと仰け反り、がくがくと震え始めた。

 瑠璃ちゃんの目がぐるぐると渦を巻いている……そんな幻視が出来そうなほどには目の焦点が揺れて、少し引いていたはずの瑠璃ちゃんの頬の赤みは、茹蛸のように真っ赤に染まり直していた。

 

 咄嗟に瑠璃ちゃんの背中に腕を回す。

 自然と体が近づいた。

 

「あひ、あひ……」と瑠璃ちゃんが震えている。

 

 だ、だいじょうぶか?

 ホントに風邪とか引いてる……?

 

 瑠璃ちゃんはオレの腕の中からぎこちない動きで出て行き、オレに背を向けて歩いていく。ふらついていて倒れてしまいそうで心配だったが、同じく心配した茶々ちゃんが「る、るりちゃん!?」と慌てて駆け寄り、その体を横から抱きしめるようにして手を伸ばし支えてくれた。

 

 ごめん。やり過ぎたか……。

 悪いけど任せたよ、茶々ちゃん。

 

 申し訳なくて苦笑していると、

 

「雷留君」

 

 と涼音が声を掛けて来た。

 

「ん?」

 

「わたしもちょっと熱っぽいかも……」

 

「涼音……?」

 

 涼音は前髪をかき上げてオレに見せつけている。

 

 涼音……?

 

 え?

 今のを涼音にもやれってこと?

 

 まあ別に良いけど……と思いつつ、ふと、雅さんの言葉を思い出した。

 

 ―――稀に見る強い独占欲。

 

 え、涼音……?

 お前まさか小学生に対抗心を……?

 

 嘘だろ涼音……。友達だよな、オレ達……。

 

「本当? 寒くない?」

 

 一応、涼音の額に手を当てる。

 涼音はにやけた。

 

「熱はないみたいだけど、一応、体温計持ってこようか?」

 

「雷留君?」

 

「涼音?」

 

 涼音は不満そうに目を細めた。言わんとすることは察するけど、さすがに同年代に額こつんはまずくない? 涼音が良いなら(喜んでくれるなら)いいけどさ。

 しかし『涼』やかな音とはいったい。めちゃくちゃ湿気てる気がするけど。まあそれも可愛さか。

 

 そうこうしていると、神主さんが帰って来た。両手にぶら下げた半透明のナイロン袋にいっぱいのお菓子を入れて。ポテチの袋が多く見えるのは……うん。女の子たちだし、クッキーとかの方が喜ぶんじゃない? そうでもないのかな?

 

「おお、すまないな。来ていたか。さあさあ、いらっしゃい」

 

 神主さんは瑠璃ちゃんと茶々ちゃんに笑い掛けながらささっと本堂の方へと向かって行った。そして二人にここで待っていて欲しいと伝えて、ナイロン袋を持って母屋へと向かっていく。

 

 まさか本堂でお菓子を食わせる気か?

 大丈夫なのか……?

 まあ、掃除するのは神主さんだから良いか。

 

 オレ達は適当に座り、神主さんの到着を待つ。雅さんはいつの間にか合流していて、さっさとオレの隣に座っていた。

 

 神主さんが戻り、お菓子とジュースを配り、話が始まる。面倒見がいい人だ。オレにはリンゴジュースを入れてくれたし。嬉しいね。

 

 まず、タクシーの運転手さんのこと。そのことは既にオレも耳にしている。個人タクシーであった彼は雅さんの術と神主さんの説明を受けて「神社にお祓いに来たときに過労から倒れてしまい、一夜を明かした」ということになった。全裸で会ったことは彼の記憶から抹消されたらしい。雅さんが洗脳して聞き出した住所へ涼音が向かい、衣服を回収。その際、消えていたタクシーを何故か彼の家で発見したらしい。そうして家まで送り、彼については終わりとのこと。全部オレが大学に行っている間に終わっていた。車は……どういう仕組なんだろうな。一回世界から弾き出されてたから、矛盾があんまりないように再構成される、とかなのかも。

 

 次に、瑠璃ちゃんと茶々ちゃんのご両親のこと。

 二人はやっぱり、彼らの記憶を消すことを選んだらしい。何度も両親の記憶を弄らなきゃならないってのも辛いもんだと思うけど、彼らを守るためだから、仕方のないところもあるだろう。辻褄合わせは勝手にされていて、どちらの家族も日常に戻ったそうだ。

 

 そして、瑠璃ちゃんが神妙な様子で言った。

 

「孵化しない魔獣人がいる」

 

 と。

 それが新しい生態を持つ魔獣人なのか、以前に孵化し成体として人間界に潜んでいた個体なのかは分からないとのこと。瑠璃ちゃんたちはこれまで孵化を阻止するか、孵化したばかりの魔獣人としか戦ってこなかったらしい。タクシーの運転手さんを襲ったあの蛙がそれに該当するみたいだが、その蛙が新たな個体なのか、それとも孵化してどこかに潜んでいた個体なのかは分からないようだ。ただ瑠璃ちゃんの予想では、あのときの知性の無い様子からすると孵って間もない個体だろうとのこと。そして……蛙に襲われたはずのタクシーの運転手さんが、何故霊長の魔獣人から出てきたのか……という謎が残った。

 

 その謎に答えたのは、葵ちゃんだった。

 

「……。みかじめ……あがり……」

 

 物騒な言葉だな。

 それってヤクザのあれでしょ? 上納金。上の組織に金銭を渡すっていう。

 

 オレの言葉に葵ちゃんは頷いた。難しい言葉知ってるね。

 つまり蛙はあの女にみかじめとしてタクシーの運転手さんを献上したってことか……。

 

「……。話す……」

 

 葵ちゃんも、もうオレ達を遠ざけようとは思っていないらしい。

 

「……。もっと上がいる……」

 

「それはあの女よりもってことなのかな?」

 

 葵ちゃんが頷いた。

 瑠璃ちゃんと茶々ちゃんが息をのむ。

 

 雅さんは動じていない。

 まあ、そうか……。魔獣と魔人が合体してるなら、強い奴らを知ってるもんね。

 

「あ、そういえば……。雅さん」

 

「いかがいたしましたか?」

 

 雅さんは優雅な動きでオレに向かって姿勢を正す。

 

「あの鬼と天狗って、霊長と比べてどっちが強いの?」

 

 雅さんは目を丸くした。かと思うとニッコリと微笑み、着物の袖で口元を隠した。

 

「鬼でございますよ、東堂様。数段は上かと」

 

「へぇ……」

 

 へぇ……。そうなんだ……。ふぅん……。

 

「ほんとに?」

 

「虚偽は申しませぬ」

 

 じゃあ、神主さんってとんでもないバケモンに初手で狙われとるやん。可哀そうに……。

 

 それじゃあ、あのときオレがあそこにいなかったら、涼音と雅さんだけであの霊長の魔獣人より数段強い化け物とやりあうハメになってたのか……。まあ、オレがいなかったらいなかったで家宝のお札と結界あったわけだし、それはそれで大丈夫だったのかな?

 

「……。どういうこと……?」

 

 雅さんとの問答を聞いて、葵ちゃんが小首を傾げている。

 オレは何と答えようか悩んでいると、涼音が口を開いた。

 

「雷留君はね、ここを襲って来た鬼と天狗の魔獣人を一人で倒しているんだよ。すごいでしょ?」

 

 涼音は凄く誇らしそうだ。自分のことのように思ってくれているらしい。嬉しいね。

 

「……!」

 

 葵ちゃんが目を見開き、瑠璃ちゃんはぽっと頬を赤らめてオレを見ていて、茶々ちゃんは「はえ~」と間延びした声を零した。

 

「オレが特別何かしたわけじゃないんだけどね」

 

 不思議なことに、雅さんは特に何も言わなかった。

 

「……。お願いがある……」

 

「どうしたの?」

 

 葵ちゃんがおずおずと手を挙げた。真面目かな?

 

「……。助けて欲しい……」

 

「そうだね……。まずはちゃんと話を聞こうかな」

 

 そう言うと、葵ちゃんは頷いて話し出した。

 ゆっくりとした口調で少し時間がかかったが、纏めるとこう言うことだった。

 

 まず、葵ちゃんには魔法少女の友達がいた。

 年上の女の子。葵ちゃんが今は小学五年生とのことで、本当なら中学一年生になっているはずの女の子。葵ちゃんとその女の子は二年前、葵ちゃんの両親から孵化した霊長の魔獣人と交戦し、敗北。その子は取り込まれ、両親を救えないまま、葵ちゃんは命からがら逃げだした。それからずっと自己鍛錬をしながら霊長の魔獣人を探し、その傍ら魔獣人を狩っていたとのこと。ちなみにだが、どうやって食いつないでいたのかというと、「万引き」らしい。魔法を使ってくすねていた、と。葵ちゃんがそう言ったとき、瑠璃ちゃんも苦い顔をしていたから、そういうことだろう。分かった、立て替えよう。少なくとも瑠璃ちゃんの分は。

 

「……。東堂雷留……。助けてくれた……。ありがとう……」

 

 表情を変えずに淡々と話し切り、深く頭を下げた葵ちゃんの姿に胸が痛む。

 きっと心は傷だらけだろう。瑠璃ちゃんの身に起きた悲劇の、その先を、この子は体験してきてしまっている。なのにこの子は淡々と話し切れてしまった。感情の出し方が分からなくなったのかな……。あの夜、とても歪に泣いていたのもやっぱりそういうことかな……。

 

「葵ちゃん……」

 

 涼音なんか泣きそうになってる。優しいからな、涼音は。雅さんに憎まれ口を叩きながらも、真っ先に助けようとしたのは涼音だし。良い子なんだよ。本当に。

 

 ……なんか自分に言い聞かせてるな、オレ。

 

 オレがそんなことを考えていると「……。とげとげ……その子の……」と葵ちゃんが言った。

 

「とげとげ?」

 

 オレの返答を聞いた葵ちゃんは頷いて変身し、武器を取り出した。鎖に繋がったモーニングスターが鈍く光る。

 

 何度見ても物騒だよな。少女が持つと逆に神秘性感じるけど、ぶっそうだよな、あれ。

 

「ああ、葵ちゃんの武器のモーニングスター……フレイルのことか。それが葵ちゃんの友達のものなの?」

 

 葵ちゃんは小さく頷いた。

 霊長の魔獣人から逃がされたときにクリスタルを託されて、それが葵ちゃんのものと融合したらしい。

 

 なるほどね。

 だから瑠璃ちゃんが言ってたのか。鎖を撃ち抜かれてフレイルが分離させられたとき、葵ちゃんが取り乱してたって。

 

 話を聞いて、その場の全員が渋い顔をする。

 

「……。霊長の魔獣人……きっと……みかじめにした……」

 

「葵ちゃんの友達を上の奴らに渡したってことだね?」

 

 葵ちゃんが頷く。

 

「葵ちゃんは……その子の名前とかは覚えてるの?」

 

 葵ちゃんは小さく首を振った。

 

「……。分からない……名前も……顔も……。もう、なにも……。分かるのは……いたこと(・・・・)だけ……。それも……これのおかげ……」

 

 変身を解いた葵ちゃんがクリスタルを見せてくれた。

 クリスタルが記憶の消却を食い止めてくれているらしい。

 

「……。他にも……いた……と……思う……。けど……」

 

 そう言って葵ちゃんは俯いた。

 

「そうか……。よく……頑張って来たね。たった一人で……。辛かったろうに……」

 

「……っ」

 

 そうか……これまで何人か瑠璃ちゃんや茶々ちゃんのように魔法少女になる子がいたんだな。そして、みんなやられてしまった。

 

 オレは静かに頷いて聞いていたが、内心は違った。

 なんかクソ重くなって来たなって。

 でもそうだよね。瑠璃茶々が魔法少女になる前から魔獣たちが活動していて、人間社会に致命的な損傷が出てないってことは、それまで魔獣人たちを食い止めていた人達だっているはずだもんね。魔獣がいつからいたかは分からないけど、魔獣人になった今は少なくとも江戸時代からいるわけだし。

 そして今回、霊長の魔獣人から解放された人達の中に、その子たちはいなかった……。だから「上納金」として魔法少女たちは別の魔獣人に差し出されたんじゃないか、というのが葵ちゃんの考えだった。

 

 つまり……まだ何も終わってないってこと。

 

 涼音たち魔法少女……魔法少女?の顔が引き締まる。

 雅さんは特に変わらない。知ってたな、これ。少なくともまだまだ上がいることは把握してたっぽい。

 

 なるほど。

 オレに必死こいて取り入ろうとしてたのはそのためかぁ、と納得する。

 一方で、少しだけ寂しさを感じる。やっぱり全部が片付いたら、雅さんとの縁も切れちゃうのかなって。

 

 この中では葵ちゃんの気持ちを一番理解できるのは瑠璃ちゃんだろう。凄く真剣な顔で葵ちゃんの話を聞いていて、表情も特別引き締まっている。

 

 カッコいい顔してるなぁ。一皮むけた良い女の顔だ。

 

 と瑠璃ちゃんを見つめていると、オレが見ていることに気づいた瑠璃ちゃんと目が合った。

 瑠璃ちゃんは一瞬で茹蛸のように顔を真っ赤にして、慌てた様子でそっぽを向いた。

 

 ……うん。

 

 まあ、さっき蛙の魔獣人について話をしてくれているときだって、彼女はオレの方は絶対に見ようとしてなかったからな。いや、実際にはちらちら視線を向けられてたけど、オレが見ると一瞬で顔を背けてたから、目が合わなかったというべきか。

 

「そういえば、涼音さ」とオレは涼音に声を掛けた。涼音がこっちを向いたのでこう言った。

 

「魔法少女になれるようになったわけだけど……霊能力者としてはどうなの? 雅さんの話だと、デバフ要員だって聞いてるけど。なんか違うの?」

 

「そうだなぁ……」と涼音は顎に手を当てて考え始めた。三つ編みが揺れている。

 

 そしてきらり、と丸眼鏡が光った。

 

「クラスチェンジ、かな!」

 

「クラスチェンジ」

 

「そう! 神職と魔法少女を使い分けられるようになったの。凄くない?!」

 

「凄いね」

 

「魔女、な」と雅さんがぽつり。小娘小娘という割にそこは魔女って言うんだね。涼音が嫌がってるからか。この人ら仲良くならんなぁ……。

 

 それはともかく、クラスを使い分けるってそれ、主人公スタイルやん。凄い。

 

「霊能力者としてはデバフと自分の身体強化、あと今風に言うならちょっとしたサイコキネシスも使えるよ。魔法少女としては弓使い、かな!」

 

「え、なにそれ凄い」

 

 なにそれ凄い。

 

「でしょう!?」

 

 気をよくした涼音は変身し、紅白の弓を取り出して見せてくれた。

 

「これで相手を射抜くの」

 

「なにか効果はあるの?」

 

「射るだけだよ! でもね、オートエイムなの!」

 

「凄い」

 

 チートやんけ。

 まあゲームじゃないし、涼音が嬉しそうなので良いだろう。

 

「けっ。あの女には手も足も出んかったがの」と雅さんがぽつり。

 

 オレはさすがに雅さんに視線で圧を送り黙らせた。口喧嘩は別に好きにしたら良いけど、今は子供たちの前だからね。気まずくさせたら悪いでしょ。

 

「しかし……」と神主さんが重い口調で言った。

 

「これからどうしたものか。これから相対する敵はこれよりも強大な者となることは明白だ。確かに味方の数は増えたが……」

 

 戦力的には不安である、と。

 確かに。

 

「あのさ」と涼音が手を挙げた。

 

 オレと神主さんは同時に警戒した。

 

 きっと同じことを警戒していると思う。

 それは……戦隊モノみたいにチーム名を付けるとかそういうことを言いだすんじゃないかってこと。雅さん、瑠璃ちゃん、葵ちゃん、涼音、茶々ちゃん。五人いるし。

 オレは涼音がオレの体質の名前を勝手に考えてきたときのことを思い出していた。

 

「こっちから打って出るって言うのは―――」

 

 もっとヤバかった。

 オレが止めるよりも前に、神主さんが「却下だ」と割って入る。

 

「情報が少なすぎる」

 

「待っててもじり貧だよ、お父さん」

 

「先日、全滅の憂き目にあったことを忘れたか涼音。彼が居なければ、すべて終わっていたんだぞ」

 

 雅さんも頷いている。オレも頷いている。

 瑠璃ちゃんと茶々ちゃんは悔しそうに俯き、葵ちゃんはじっと二人を見つめている。

 

 涼音は不満そうにこう言った。

 

「少なくとも今ならみんな集まってる」

 

「敵の拠点も分からんのにどうしようというんだ」と神主さん。

 

「雅に聞けば―――」と涼音が言うと、雅さんが「知らぬ」と割って入る。

 

「嘘だ」と涼音が凄むが、雅さんは涼しい顔で圧を受け流し「知らぬ」ともう一度言った。

 

 オレも迂闊に動くべきじゃないと思うけど、実感として異変を感知していないので下手なことを言うのは止めた。ミスも重ねたし、今は見守るだけにする。

 

「じゃあどうするつもり? 何もせずに待ってるの?」と涼音が言う。

 雅さんは頷いた。

 

「もともとそういう段取りじゃった。式神をこさえ、儂を狙い来る彼奴等を総力を以て返り討ちにする」

 

 確かに。そう言う段取りだった。

 

「状況は変わった。奴らの出現をわたしたちは感知できる。きっとその奥……出所も探り出せるはずだ。そうすれば、多くの人が……世界が救われる」

 

 それもそうかもしれない。

 

「下手を打つ可能性の方が高いじゃろうが。東堂様が引率してくださるとは限らぬぞ。あの夜も直前にお姿が見えなくなったじゃろうが」

 

 それはそう。ごめん。

 

「やってみなければわからない」

 

 それもそう。

 

「その結果があの夜の失態じゃろうが。儂らは彼奴等に為すすべなく屈し、東堂様に救われた。それがすべてじゃ」

 

 それはそう。

 

「あのときは茶々ちゃんも葵ちゃんもいなかった」と涼音。

 

 確かに。

 

「小娘共は先にやられとったじゃろうが!」

 

「それは各個撃破されただけだ! だから全員で戦えばいいと言っている!」

 

 どんどんヒートアップしていくなぁ。

 各個撃破されていたから負けただけで全員で一斉に掛かれば負けなかったという涼音と、一貫してリスク回避を提言している雅さん。

 

 まあ、どちらの言い分も分からないではない。

 

「まあ、まあ。落ち着いて。ジュース飲もうよ。おいしいよ」

 

 茶々ちゃんと瑠璃ちゃんは身を縮めていて、葵ちゃんはじっと二人を観察している。

 神主さんは溜息を吐いていた。

 

「あの……」と瑠璃ちゃんが恐る恐るといった様子で手をあげた。

 

「あたしも……今はやめたほうがいいと思います」

 

 涼音が怖いのか、声には覇気がない。

 茶々ちゃんは少し驚いたように瑠璃ちゃんを見ている。

 

「どうして?」と涼音が言う。

 

「あなたはわたしと同じ考えだと思ってたけど……」

 

「同じです。でも……今じゃない気がするんです」

 

「今じゃないってどういうことかな?」

 

 涼音はちゃんと子供に向けて柔らかい声音で話している。だが、直近の喧嘩の迫力が凄かったからか、瑠璃ちゃんは涼音を苦手にしている様子だ。

 

「その……。茶々を危険に晒したくなくて」

 

 その言葉を聞いた茶々ちゃんが目を丸くして瑠璃ちゃんを見た。

 

「瑠璃ちゃん……」と驚きと喜びが混じった呟きが茶々ちゃんから零れる。そしてこう続けた。

 

「わたしなら大丈夫だよ! 瑠璃ちゃんといっしょならこわくないよ! それにわたしだって、みんなのことをたすけたいもん!」

 

 茶々ちゃんの元気な言葉に、瑠璃ちゃんは困ったように笑った。そして静かに首を横に振る。

 

「違うの。違うのよ……。あたしだってそう。茶々と一緒なら怖いものなんてない。そう思ってた。今もそうだけど、でも……あたしたちってまだ小学生の女の子でしかなかったのよ。知らないこともたくさんあって、怖いことだって……たくさんあった」

 

 そう言って瑠璃ちゃんは笑った。儚くも綺麗に。

 

「困ってる人を助けたい。それは今も同じだよ。茶々と同じ。魔獣人に苦しめられる人が一人でもいなくなればいいと思ってるし、そのために戦うことは怖くない。だけど……霊長の魔獣人より強い奴らを相手に、今のままで勝てるとは思えないの。またあなたを失うのは……嫌よ」

 

「るりちゃん……」と茶々ちゃんが呟いた。友人の変わりように驚いているらしい。オレも驚いた。 

 

 オレは涼音を盗み見る。

 言うべきか、言わざるべきか……。

 

 そう思っていると、口火を開いた人がいた。神主さんだ。

 そうだな。確かに、あなたが適任だ。というか、オレがしゃしゃり出るようなことじゃないか。

 

「涼音。今のお前はあの子よりも視野が狭い」

 

 神主さんの言葉に涼音が息を呑んだ。

 

「お前の気持ちは分かる。彼の言葉を借りるようだが……お前の優しさは父としても本当に誇らしい。だが―――」

 

「―――お父さんまで!!」と涼音が悲痛に叫ぶ。

 

「どうして!? お父さん、わたしたちは霊能力者だよ!? 退治屋の末裔なんだよ!? わたしたちは人を助けるためにこの力を持って生まれてきたの! そのためにわたしは強い力を持って生まれてきたの!!」 

 

 子供たちの前だけど……見守るしかないかな。

 あとでフォローしよう。

 

 神主さんが真剣な表情で涼音を見据えている。

 父親だなぁ。

 

「涼音。妖怪退治屋などという家業はもう無い。現実を見なさい。お前はごっこ遊びをしているだけの、ただのフリーターだ」

 

 涼音が苦し気に顔を顰め、ぎゅ、と握りこぶしを作った。

 

 あ、いや、うん……。

 確かにそうなんだろうけど。ちょっとさ、ごっこ遊びのフリーターってのは、ドぎつくない?

 現実を叩きつけ過ぎな気が……。

 

「だったら……っ!」

 

 涼音は涙ぐんで叫んだ。

 

「わたしはなんで生まれてきたの!? なんで普通に生まれてこれなかったの!?」

 

 ほらぁ。

 もうちょっと涼音の気持ちを汲んであげて……。涼音のアイデンティティなんだよ、そこ。

 

「そうだな……」と沈痛な面持ちの神主さん。

 

 あ、やばそう。

 その先の言葉を制止しようとオレは「それは―――」と声をあげたが、間に合わなかった。

 

 神主さんは言ってしまった。

 

「お前には……霊力なんてない方が良かった」

 

「……ッ!」

 

 涼音が刃物で突き刺されたように悲痛な表情を浮かべて息を呑んだ。

 

「もういい!!」

 

 涼音が立ち上がり、駆けだした。

 雅さんは我関せずと言った様子でジュースを飲んでいる。甘さが気にいったのか、ほっこりと口端を緩ませた。

 こんな状況でほっこりすんな。

 

 神主さんは慌てて立ち上がり「涼音」と名前を呼んで手を伸ばしたが、力ない感じで伸ばした手を降ろした。

 瑠璃ちゃんと茶々ちゃんは怯えた様子できょろきょろと目を泳がせている。そうだよね。ごめんね、止められなくて。

 

 オレは立ち上がり、神主さんの方を見た。

 

「行ってきますよ」

 

「すまない……」

 

 オレは小さく微笑んで神主さんに背を向けた。歩き出した直後、後ろから神主さんに呼ばれたので立ち止まる。

 

「私は……どうすべきだったかな……」

 

 神主さんの力のない声音を聞いて胸が痛む。

 

 神主さんは涼音が本当に大切で、ただ猪突猛進に突っ込んで欲しくなかっただけだろう。危険な目にだってあって欲しくないはずだ。じゃなければ、病院に運ばれた涼音の話を聞いてあそこまで取り乱さないだろうし、退院して良いと言われているのに検査入院を強行したり、夜中に衣服を取りに行ったりしない。

 

 オレは小さく笑い、こう言った。

 

「いいんじゃないですか? 普通の……親子喧嘩ですよ」

 

 あとは友達に任せてください。

 

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