明らかに周りの奴らの生きる世界が違う件   作:ポルポル

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魔巫法女妖少狐女10

 涼音に抱えて貰った空の旅は快適とは言い難いものだった。

 雅さんには何度も運んで貰っていたが、お姫様抱っこだったり、尻尾で支えて貰ったりと、雅さんはオレの運搬にあたって、オレが空の旅を快適に過ごせるようにかなり気を遣ってくれていたらしい。ゆれたりもなかったし。

 

 涼音との空の旅は落ちそうだったりゆらゆら揺れて酔いそうになったりで、涼音の体にしっかりとしがみ付かないと命の危険を感じた。涼音の鼻息が荒かったのが印象的だ。鼻の穴が大きく開いていたが、オレは気づかないようにしていた。さすがにオレの勘違いだと思うけど、オレの臭いを嗅いでいたような……。嘘だよな、涼音……?

 

 神社に戻ると、瑠璃ちゃんたちはもう帰っていて、出迎えてくれたのは神主さんと雅さんの二人だった。雅さんはオレに恭しく挨拶をした後、涼音の体を頭からつま先まで舐めるようにして眺めて「童のように飛び出しおって。じゃから小娘というんじゃおのれは」と鼻を鳴らしていた。

 

 涼音が「ビキビキ」という効果音が聞こえてきそうな絶妙な感じで表情を引き攣らせていたが、自覚があるのか反論はしなかった。

 神主さんは険しい顔で涼音を見ていたが、思い悩むように首を傾け、涼音から視線を逸らした。涼音もほぼ同時に同じような所作をしていていたので、親子だなって思った。

 

 見守っても良いし、雅さんを連れて退散しても良い。

 どうしようかと考えていると、涼音は言った。

 

「雷留君、言ってやって」

 

 涼音の言葉を聞いて、オレは思わず涼音を見た。何を言ってるんだ?

 雅さんも「なにをいうとるんじゃこいつは」と言わんばかりに涼音を見ていた。

 

 涼音はずんずんとオレの傍に近寄って来て、オレの腕に抱き着くと神主さんを可愛らしく睨みつけて、もう一度同じことを言った。

 

「雷留君! 言ってやって!」

 

 さっきよりも声量は大きい。だが代わりに、さっきよりも柔らかい猫なで声で、甘えるようなトーンだった。

 腕がいてぇよ。打ち身があるんだよ? 忘れてる?

 

「はいはい」

 

 さっきオレが涼音に言ったことを、涼音なりに解釈して甘えているんだろう。オレは苦笑して神主さんに言った。

 

「神主さん」

 

「……なんだね」

 

 神主さんは不機嫌そうに言ったが、緊張しているんだろう。

 

「涼音、神主さんの言葉に酷く傷ついてました。謝ってください」

 

「む……だが……」

 

「分かります。オレは神主さんの言いたいこと自体を否定するつもりはありませんし、間違ってるとも思ってません」

 

「雷留君!?」

 

 裏切りと思われたのか涼音がオレの頬に鼻を押し付けて叫んだ。

 

 やかましい。お前が言ったんだからオレに任せろ、今は。

 

「言ったことを取り消す必要もありません。ただ、涼音が……あなたの娘さんが、あなたの言葉で傷ついたという事実に謝罪をお願いします。まあ、涼音が傷ついてもどうでも良いと思うなら、しなくても構わないと思います。そこは神主さん次第ですね」

 

「……」

 

 そうだよね。子供に自分の非を認めて謝るってなかなかできないよね。でも『非』って捉えて自己保身に走るからそうなる。

 

「心中、お察しします。ですが、ここで涼音の心を慰撫しなければ、涼音にはこの先、『父親に言葉で傷つけられた』という記憶だけが残ります。神主さんの意図はどうあれ、そして涼音の意思にも関係なく、涼音の中で神主さんの言葉、コミュニケーションの結果は、『幼少期の傷』と同じカテゴリに入るでしょう」

 

「……っ」

 

 神主さんの顔色が変わる。

 涼音がもの言いたげにオレを見ている。というか「ちょ、何言ってんの?!」と小声で囁いて来る。くすぐったいからやめろ。

 

「改めて言いますが、オレは神主さんが言った言葉を取り消す必要はないと思います。ただ涼音を傷つけてしまったことが本意ではないのなら、ですが。そのことを謝罪という形で伝えられたなら……涼音もきっと、それをわかってくれると思います」

 

 雅さんがもの言いたげにオレを見ている。過保護とか思ってるのかもしれない。だけどオレ的には親子関係のもつれって言うのはあんまりみたいものじゃないんだよね。居候してるし。気まずいのは嫌なんで。これからいつまで続くか分からない生活で、家主親子がよそよそしくしてるのを横目に見続けるなんて地獄だよ。

 

「神主さん、決断を」

 

 そう言って涼音に声を掛ける。神主さんの方を向いたまま。なぜなら横を向くとキスしそうなくらい涼音の顔が近いから。

 

「涼音も、神主さんが涼音を大切に思う父親だからこそ、一歩踏み出せないってことは理解して欲しいな。年上の男にとっては威厳ってのは大切で、しかも謝ると威厳が無くなると思ってる、哀しい生き物なんだ」

 

「そ、それを本人の前で言うかね……?」

 

 神主さんが苦笑する。

 どうやら腹が決まって余裕が出たらしい。

 

「涼音……。傷つけてしまい、すまなかった」

 

「お父さん……」

 

 涼音がぎゅっとオレの腕を掴む。

 心の発露にオレの体を使っているようだ。今は良いけどね。

 

「神主さん、よければ涼音に、あの発言の意図を伝えてあげてください。できれば素直な言葉で」

 

「むぅ……」

 

「まあ、難しいですよね」

 

 分かります、とオレは笑った。

 神主さんも苦笑している。かなわんな、とでも思ってるかもしれない。

 

「男ってめんどくさいんだね」

 

 涼音がオレに言った。

 そうだよ。女もな。というかお前もな。人間ってめんどくさいんだよ。

 だからこそ、『心のほつれ』がなくなった解放感と、その解放感を味わっている人を観察して共感するのが気持ち良いんだ。それが普通の状態になるともっといい。常に生きる喜びに浸っていられるからね。

 最近は金銭で悩むことが多くなったけど。

 

「涼音」と神主さんが絞り出すように言う。

 

「父さんは……お前に……人を傷つけて欲しくなかった。一人になって欲しくなかった」

 

「えっ……?」と涼音が呟く。思ってなかった言葉だったようだ。

 

「あの子たちは両親を取り戻すための戦いを終えたばかりだ。疲れているだろうし、戸惑いがあるなら、待ってあげることも大人の務めだと……父さんは思った。しかし昼間のお前はあの子たちの気持ちを考えず、自分の使命感のことだけしか頭にないように見えた」

 

 涼音が息をのむ音がする。痛いところを突かれたといったところか。まあ、オレもオブラートに包んでそのことは指摘したしな。

 オレは涼音が抱き着いていない方の手で涼音の背中に触れる。結果として抱きしめ返す形になるが、仕方ない。オレは囁いた。

 

「大丈夫。涼音を責めてるわけじゃないよ。分かってる」

 

「雷留君……」

 

 悲痛さが滲む声が涼音の口から零れる。

 オレはぽんぽんと涼音の背中を叩き、涼音から離れた。腕は絡め取られてるけど。

 

 神主さんはオレと涼音のやり取りを何とも言えない表情で見ていた。

 オレにそういう意図は無かったが、見ようによっては父親の前でいちゃついてるバカップルみたいではあったか……。父親と向き合うために勇気づけようと思っただけだったんだけどね。

 

「涼音」と神主さんが居直る。

 

「あのままではお前はあの子たちを追い詰め、いつか孤立すると思った。父さんには、その未来が容易に想像できた。お前は子供のころから……いや……」

 

 神主さんは言葉を濁す。

 なるほどな。涼音が幼少期孤立していたのはどうやら霊能力だけの問題じゃないらしい。子供のころから正義感と責任感が強く、真っすぐだったんだろう。だからついてこられない子たちは涼音から離れ、孤立した。そして涼音はそれが分からずにさらに正義感と責任感を強め、和を乱す存在として排除された。そんなところかな。

 

「それに、お前にも傷ついて欲しくはない。以前、東堂君が留守の間に現れた魔獣人とお前達の戦いを目にして、父さんは……腰が抜けた。恐ろしさの余りだ。あんな恐ろしいものとお前が戦うなど……父さんは……耐えられない……」

 

「お父さん……」

 

 涼音は感極まったような声音で言った。

 

「でも、わたしはやっぱり霊能力者だから。雷留君とも話して焦る気持ちはなくなったけど、でもやっぱり……わたしは『鈴院』の娘だから……戦うよ。困ってる人の為に」

 

「涼音……」

 

 涼音は涼やかな鈴の音のような声でそう言って、胸を張った。まあ、オレの腕にしがみついてるから、張った胸はオレの腕に当たるわけだけど。それと、結構いい匂い。

 

 神主さんは観念したような様子で、こう言った。

 

「そうか……。ダメだ、と言っても聞かんか?」

 

「うん」

 

「そうか……。そういう気の強いところは、母さんに似たな……」

 

 神主さんは昔を懐かしむように笑った。

 そして俯くと「せめて」と続ける。

 

「しかしな……昼も言ったが、退治屋という家業はもうない。父さんもな、涼音。先祖の使命を可能な限り果たしたいとは思っている。だが、だが……お前がいなくなっては誰が助かろうと意味が無い。お前が死ぬくらいなら、他の人間が死んだ方が良い」

 

「神主さんにとっては他の誰よりも涼音が大切だから、絶対に死なないでくれって。涼音が死ぬくらいなら、他の人を見捨ててでも逃げてでも生き延びて欲しいって。涼音の命が一番だってさ」

 

 神主さんが溜めてた気持ちを吐き出している影響でヒートアップ……言葉が強くなっている感じがしたので、オレは小声で涼音に囁いた。

 

 神主さんは勢いを削がれたのか、物言いたげに片眉を挙げたが、オレの囁きには触れなかった。

 

「それと……だな……」

 

 神主さんは歯切れ悪く言った。

 言うべきか言わざるべきか悩んでいる様子だ。

 涼音は神主さんの言葉を待っている。帰って来る間、とりあえず神主さんの話を最後まで聞きたい、聞いて欲しいというオレの頼みを聞いてくれているんだろう。ありがたい。

 

「なんというべきか……。今はもう、我々には……古い時代の幕府と退治屋のようなビジネス関係もない。そして今……うちの家系は火の車だ」

 

 オレは思った。

 

 ―――切実ぅ。

 

「うん……」

 

 涼音が神妙に頷いた。

 そこは涼音も分かってるらしい。

 いっきに話が汚くなったな。

 いや、汚くは無いんだけど……オレ的には親子喧嘩の和解っていう神聖な儀式の最中に肥溜めから出てきた猪が突っ込んできたくらいにテンション下がった。

 

「涼音、お前はまだ若い。これは東堂君もそうだが、お前達にはその優しさや信念といった若さを大切にして欲しいと父さんは思っている。だがな……」

 

 神主さんは拳を握りしめた。

 

「昼間は勢いで言ってしまったが……これは前から思っていたことでもある……。東堂君がアルバイトのお金を神社に入れてくれているからこそ、なおさら思うようになった……。いや、これでは東堂君を言い訳にしてしまっているか……。だが……うむ……」

 

 やけに言い淀むな……。

 なんだ?

 

「父としては……酷く情けないことだが……」

 

 神主さんの表情は、まさに清水の舞台から飛び降りようとしている人のような顔という表現が相応しいか。

 余裕なさそうに体を揺らしていた神主さんだったが、やがてその握った拳を震わせて、表情を痛苦に歪め、意を決した様子で涼音を見据えると、こう言った。

 

「働いてくれないか……」

 

 そら言い淀むわ。

 

 涼音が息をのむ音が聞こえる。

 そう来るとは思わなかったんだろう。

 

 でも涼音ってもう二十歳越えてるというか、オレと同い年なわけだから……大学に行ってないなら、働いてないとまずいか。

 昼間は勢いで言った、っていう神主さんの言葉が指すワードは多分「フリーター」かな、この感じだと。

 

 涼音の体が震えている。

 オレから手を放し、二歩、三歩と下がっていった。

 

 え?

 そんな動揺すること?

 

「働けって……そんな……お父さん……、嘘……だよね?」

 

 いやどんだけ動揺してるんだよ。今までで見た中で一番動揺してんじゃねーか。普通じゃない呼ばわりされることが多いオレだけど、さすがにそれは普通だろ。

 

 神主さんは一番言い辛いことを言えたからか、どこかスッキリした顔をしている。そしてその顔のままこう言った。

 

「フリーターと言ったが、お前は実際はニートだ。家の手伝いと言っても、巫女服を着て神社をうろついているだけ。掃除もたいしてせんし。家の掃除も、部屋の掃除も。だから部屋にゴキブリも出るんだ」

 

「な……ぁ……」

 

 おっと流れが変わったぞ。

 神主さんの愚痴ターンだ。

 

 ぐちぐちと日頃の鬱憤を吐き出し始めた神主さんに、涼音は顔を真っ赤にしたり青褪めたりと忙しい。やがて涼音は目元に涙を滲ませて―――。

 

「お父さんの馬鹿! 露出魔!」

 

 おっとそれは神主さんに効くぞ。

 好きでやってるわけじゃないからこそ余計に。

 

 涼音は背を向けて走り出した。

 また家出をするらしい

 子供か?

 

 雅さんは呆れたように涼音の背中を見送っている。

 

 神主さんは逃げ出してしまった涼音の背中に手を伸ばし追いかけようとしたが、何を躊躇ったのか、力なく腕を降ろした。

 そして助けを求めるようにオレを見て、こう言った。

 

「私は……どうすべきだったかな……」

 

 昼間の再現をしようとするな。

 あんたまたオレを行かせようとしてるだろ。

 

 オレは小さくため息を吐いて、神主さんに笑いかけた。

 

「いいんじゃないですか? 別に……普通の親子喧嘩ですよ」

 

 次はねーぞ。

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