明らかに周りの奴らの生きる世界が違う件   作:ポルポル

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魔巫法女妖少狐女10.5

 飛び出した涼音を追いかけながらオレは思った。

 

 確かにな、と。

 

 涼音は出不精なのか通販でいろいろ買っているようだ。同棲していて、たまたま居合わせたオレも何度か宅配物を受け取っている。その代金はといえば、涼音が働いていない以上は神主さんから貰うお小遣いだろう。だが出費はそれだけではない。携帯を持っている以上は毎月の携帯代もあるだろうし、車を所有している以上は車両保険だってあるだろう。

 

 あまり栄えていない神社の神主さんにここ数か月に渡って降りかかった数々の災難は、鈴院家の家計を燃やし尽くして余りあるものだった。働いて欲しいと願うのも当然だ。

 

 むしろよく今まで扶養家族として面倒を見て来たなと思う。

 涼音には母親がいないからな……。

 男親である神主さんは、妻の忘れ形見である一人娘を不自由なく養うことに人一倍強い責任感を持っていたんだろうと思う。母親がいない分、せめて、と。だからあんなに言い辛そうにしてたんだろう。きっと神主さんは涼音が働こうとしない……就職に踏み出せない理由を察していて、自発的に働いてくれる日が来るまで待っていたんだと思う。でも最近の災難続きでそれが出来なくなった……。

 

 神主さん、凄く悔しそうだったもんな……。勢いでいろいろ言っちゃったことは凄い悔やんでそう。

 頼ってくれるのは悪い気がしないけど、アフターフォローを丸投げするのはどうかなって思うけどねぇ……。事前に相談して貰えれば喜んで力になるけどさ。

 

 さて。

 昼間と違い、涼音はすぐに見つかった。

 神社から少し離れた、整備された山道を登った山の中腹にある、小さな休憩場。そこに備え付けられている年季の入ったウッドチェアに、彼女は座っていた。

 月の光が降り注ぎ、闇夜の中に巫女の姿を照らし出していた。丸い眼鏡は月光を反射して目元を隠し、編み込まれた三つ編みは、まるで月の光を吸い込んでいるかのように、夜の闇の中であってさえなお深い漆黒として浮かび上がる。

 

 涼音は静かに夜の街を見下ろしていた。冷たい風が吹き、涼音の三つ編みが揺れる。

 

 オレは荒い息を整えながら、涼音の傍にゆっくりと歩み寄った。

 

「涼音……」

 

 涼音はオレを横目にちらと見て、また夜の街へと視線を戻した。そのときに垂れ落ちた前髪を、涼音は指先で梳いた。

 

 オレは着ていた上着を脱ぎ、涼音の肩に掛けた。夜は一層冷える。巫女服だけでは寒いだろう。

 

「あ……」

 

 涼音は宝物に触れるようにオレの上着に触れて、「あったかい……」と呟いた。

 そして夜景を眺めながら、こう言った。

 

「あのね……。昔……お母さんとここで花火をしたんだ……」

 

 なに感傷に浸ってんだ。

 

 遊んでないで働けって言われただけだろ、今回は。

 

 と思いつつも何か他に物思いにふける理由があるかもしれないのでオレは何も言わず「隣、座っても良いかな?」と声を掛けた。

 

 オレの問いかけに、涼音はオレを見上げると、少し微笑んで頷いた。涼音の隣にゆったりと腰を下ろす。オレは前屈みの姿勢で膝の上に肘を乗せ、一緒になって夜景を見つめた。

 

 涼音はオレの手の甲を見ると静かに目を伏せた。

 

「手、痛む……?」

 

「多少はね」

 

 実はそれなりに痛みは続いている。

 

 涼音は優しい手つきでオレの指に触れた。

 

「病院は……行けてないよね……」

 

 そうだね。行けてないね。

 

 涼音は「景色、綺麗だね……」と言いながらオレに寄りかかってきて、オレの肩に頭を乗せた。

 

「そうだね。ネオンライトがまるで生き物みたいに動いてる。幻想的だ」

 

「うん……。みんな、ここで生きてるんだよね。この街で……生きてる」

 

「そうだね。みんな生きてる。オレも、涼音も。この街で」

 

 働いてる。涼音の心中を慮って言わないけど。

 

「でも……この街に住む人たちは……魔獣人の脅威に晒されてる。ううん。この街だけじゃない。この国も、この世界も……」

 

「そうだね。もしかしたら、この夜を生きている人たちの中にも……忘れているだけで、魔獣人に家族を奪われた人がいるかもしれない」

 

「うん」

 

 涼音はオレの手の甲に掌を乗せてオレの指の間に指を絡めた。

 手の甲……。うん……。

 

 涼音も気にしてくれてはいるんだろう。やんわりとした重ね方ではある。

 

「わたし、この街を守るよ。お母さんが生きていたこの街を……」

 

「そっか……」

 

「雷留君も……やっぱり止める? 戦うなって」

 

「そうだね……」

 

 オレは夜景を見つめて言った。躍る光がオレの網膜を焼く。

 涼音がどんな言葉を求めてるのかは分からないけど……、オレは素直な気持ちを伝えることにした。

 

「涼音は英雄になりたいの?」

 

「え……?」

 

「もしも……涼音が誰かを助けて亡くなったとしたら……。オレはきっと涼音を誇りに思うと思う。なんて素晴らしい女性だったんだろうって。きっとオレは涼音のことを死ぬまでずっと忘れない」

 

「雷留君……」

 

「でも、もしも涼音がその誰かを助けられなかったとしても、それで良いと思う。むしろ、誰かを「助けられなかった」って、そのときはきっと悔しさで泣いているだろう涼音に……オレは寄り添いたい。うん……。オレは、そっちの方がずっと良い」

 

「え……?」

 

 涼音はオレの肩から頭をあげて、オレの横顔を見つめていた。月光とネオンライトを反射する眼鏡のせいで涼音の目は見えない。ただ、ほんのりと浮かび上がる頬の色はほのかに赤かったように思う。

 

「涼音が優しくて素敵な女性だってことは知ってる。だけど……やっぱり思っちゃうんだ。もしかして涼音は何か……『証明』をしようとしているんじゃないかって」

 

「証明……?」

 

「うん。自分の存在する意味、みたいなもの……って言えばいいのかな。さっき涼音も自分で言ってたでしょ? 焦ってたって」

 

 幼少期に排斥されたトラウマに、涼音は一人、立ち向かって乗り越えてきた。それでも、幼少期からずっと、周囲から承認されなかった涼音の抱える悩みは小さくは無いだろう。涼音が『霊能力があってこその自分』だと幼少期から自認している以上は、父親である神主さんもまた、そんな意図はなかろうとも、残念ながらありのままの涼音を受け入れてはいなかったわけだし。

 

「オレは涼音に霊能力があって良かったと思ってるよ。だからこそ、オレ達は出会えた。オレは涼音と出会えたことを得難い幸福だと思ってる」

 

「雷留……くん……」

 

 ほう、と涼音が吐息を零した。

 

「今のままじゃ涼音、なんか早死にしちゃいそうでね……。余計なお世話かもしれないけど、オレはすごく心配なんだ」

 

「雷留君……そんなにわたしのことを……?」

 

「うん。大切に思ってるよ。ね、そんなに生き急がなくてもいいんじゃないかな? もっと一緒に生きようよ」

 

「それって……ぷ、ぷ……ぷろ……」

 

「友達として」

 

「……ですよねー」

 

 涼音が勝手に盛り上がったり盛り下がったりしてる。

 オレ、普段から『友達として』ってのはちゃんと言ってるよね。別に涼音を特別扱いしてるつもりもないし。田辺に同じことを求められたらオレは同じことをするよ。嫌がるだろうからやらないけど、喜んでもらえるならやる。

 瑠璃ちゃんにおでこコツンやったのも、なんとなく瑠璃ちゃんが喜ぶだろうなって思ったからだし。喜んでもらえるなら出来ることは出来る範囲でやる。距離感を見誤って嫌われたら哀しいけど、それはそれ、そのときはそのとき。

 仕方ないよね。

 

「わたし、お医者さんになろうかな」

 

「さすがにそれは無理じゃないかな」

 

 どうした急に。

 さすがに無理だろ。

 ごめん。怒らせたり悲しませることになるかもしれないけど、さすがにそれは涼音のために言わせて貰う。無謀。

 

「なんで!? やってみないと分からないでしょ?!」

 

「本気で言ってる?」

 

 

 「本気だよ!」と涼音が言うので、聞いてみることにした。

 

「友達としては応援したいけど……学費はどうするの?」

 

「そ、それは……」

 

「神主さんにはもうそんなお金ないと思うよ。奨学金だって限度があるし……。受験勉強だって物凄く頑張らないと……」

 

 オレはそう言って、苦笑した。

 

「涼音、そんなに働きたくないの?」

 

「働きたくないって言うか……」

 

「不安?」

 

 涼音が躊躇いがちに頷く。

 

「何が不安なの?」

 

「……」

 

「人間関係?」

 

「うん……」

 

「そっか。難しいもんねぇ……」

 

 オレはゆったりと夜空を見上げた。

 

「そうだな……。あんまり人と関わらない仕事、一緒に探してみる?」

 

「いいの……?」

 

 涼音はハムスターの泣き声みたいなか細い声でそう言って、オレを上目遣いに見つめてきた。オレは横目で涼音を見下ろした。眼鏡の隙間から覗くまつげの長い瞳が可愛らしく揺れている。そういうアングル、良いよね。何処とは言わないけど、体の中央部とかも。

 オレは小さく笑い、こう言った。

 

「もちろん」

 

 涼音は「あっ……」と安心したように白い吐息を零し、不安そうな表情を安堵に緩めた。

 

「明日オレ出かけるから、帰りに求人誌貰って来るよ」

 

「あのね。雷留君と一緒のところで働くのはダメ?」

 

 ちら、と涼音が上目遣いにオレを見る。

 

「いや? それもありだと思うよ」

 

「本当!?」

 

「うん。でもせっかくだし、一回はしっかり考えてみない? 神主さんにも相談してさ」

 

「えー。だってお父さん、また酷いこと言った」

 

「そうだねぇ」

 

 そうは言いつつ、「ムカつくあのクソ親父!」ってならないところが、涼音のいいところだよなぁ。もしかしたらオレには見せてないだけかもしれないけどね。だってこの人、小学生時代に苛めの報復を自発的に行えるくらいには気が強いから……。

 

 でも今回のはしょうがないよ。

 掃除(神社の)をしない、片付けをしない、化粧品や雑貨とかを通販で買い漁る浪費癖がある、貯金が出来ないと事実を述べていただけだし。それがかえって涼音に刺さってきついってことも分かるんだけど、そこを放置するのは涼音にとってどうなんだろうなってのは、オレも思うところではある。

 

 要するに自分の趣味に使う分くらいは自分で稼いでくれっていう、至極真っ当なお叱りだからな……。

 

「もうここまで来ると、言われないようにやるしかないんじゃないかなぁ。少なくとも、趣味に使う分は自分で稼いで、神主さんにはもう何も言わせない……くらいの気持ちで良いんじゃない? 出てけって言われてない分、ラッキーだと思おうよ。纏まったお金を渡されて家から追い出されることもあるらしいし。有情だよ、神主さんは。それにさ、涼音に纏まったお金があれば遠慮なく一緒に遊べるし、なんなら旅行とかにも行けるかもよ?」

 

「!?」

 

 涼音ははっとした顔でオレを見た。

 そして何やら考え込むように俯いて、「デズネィライドでお泊り……?」とかなんとか呟いたかと思えば、夜景を見つめた。

 しばらくして、涼音はぎゅ、と膝の上で拳を握りしめ、静かに立ちあがった。

 

 ―――風が吹く。

 涼音の三つ編みと巫女服が風に揺れる。涼音の眼鏡にネオンライトが反射する。涼音は地平線の向こう側を見るように顔を少し上げて、一歩前に出た。

 

「わたし、働くよ……」

 

「応援するよ」

 

 オレは静かに頷いた。

 

 ひゅー、と涼音の背を押すように風が吹いた。遠くを見つめる涼音の三つ編みが風に舞い、巫女服とオレの上着が風に靡いた。

 

 オレは思った。

 

 ―――なんかさっきから風のタイミングよくね?

 

 もしかして涼音、霊能力でなんかやってたりする?

 

 涼音……?

 

 涼音は振り返り、オレに手を差し出して行った。

 

「帰ろっか、雷留君」

 

 オレは苦笑し、涼音の手を取った。

 神社へと下山する道のり、涼音はずっとオレの手を握っていた。

 

 

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