明らかに周りの奴らの生きる世界が違う件   作:ポルポル

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魔巫法女妖少狐女11

 走る。走る。走る。

 呼吸は浅く、スピードは一定で、フォームは崩れない。

 ジョギングをしているように見えるだろう。

 

 でも頭の中は……。

 いや、やめておこう。

 今は二人の所へ行かないと。

 今は二人のことを考えるのが普通だ。普通って、なんだっけ……。

 

 だけど、オレが行ってなんになるんだろう?

 壁になる以外にないと思うんだけど……。

 でもそれも能動的にはしたくないんだよなぁ。だって、異変抗体がたまたま……何らかの理由で作用しなかったら、何かあればオレが死んでしまう……。さっき殴られた口は普通にめちゃくちゃ痛いし、自転車で転んだら怪我もする。正直に言うと、昨日負傷した手はまだ痛い。

 

 それでも。

 とりあえず行ってみるかな。

 涼音に頼まれたし。

 

 

 

☆彡

 

 

 

「あ、ありがとう、瑠璃ちゃん……」

 

「む、無茶しないでよ!」

 

 傷だらけの茶々の腕を握って張り上げた声は裏返って震えていた。

 もう何体もの魔獣人を倒した。でも倒しても倒しても止まらない。学校中の人間から次々と魔獣人が生まれて来る。

 運動場では、体育中だった生徒と先生たちが倒れているのが見える。そしてその体から浮かび上がるおぞましい卵の群れ。洗面台のハンドソープの泡みたい。おぞましい。

 

 感じるのはそれだけじゃない。もう、このクラス以外、この学校には意識のある人は残ってない。と思う。もしかしたらいるかもしれないけど……分からない。

 

 ―――この学校内から感じる『予兆』は、既に100を超えていた。

 

 全て孵ったら……どうなるんだろう。

 少なくとも、この学校にいる全員が世界から『消える』。あのときの茶々やママ、そしてあたしみたいに。

 そのあとはどうなるんだろう?

 この街に広がるのかな?

 この街は終わるのかな?

 あたしの生まれ育った場所が……。

 あたしの学校が……。

 

 クラスメイトと先生だけは、守った。守れた。別クラスの茶々が駆けつけてくれたおかげで。

 でも、それが限界だった。

 この学校で同時に三か所、魔獣人が孵化した。一つはあたしのクラスで、一つは職員室、一つは上級生の教室。校舎が違ったことと、クラスの対応に時間が掛かってしまって、クラスの外はもう……。

 そして孵った魔獣人たちは、エネルギーを求めてこの教室に押し寄せて来る。

 

 魔法少女と魔獣人の存在を知ったクラスメイト達も……いつ影響を受けて『予兆』が出るか分からない。みんなからは離れられない。

 

 だけど、押し寄せて来る魔獣人は少しずつ強くなっている。茶々もあたしももう限界が近い。みんなを守り切れる保証が無い。

 このままだとまた、茶々は無茶をして……!

 

「茶々、逃げましょう。もう、無理よ。一度、あの人のところに! 涼音さん達だっているし!」

 

 そう言ったとき、茶々は……心の底から驚いた目を、あたしに向けた。

 

「え……?」

 

 茶々の声を聞いて、目を見てあたしは竦んだ。冷静になって、少しだけ後悔した。だって、あたし達の後ろには、震えている友達がたくさんいる。先生だって、あたしたちに助けて欲しいと縋っている。

 あたしはいま、みんなを見捨てよう、とそう言ったんだって、理解したから。

 

 でも……後悔は少しだけだったの。

 だって……茶々を失う方が……。

 

「え? ど、どうしたの、瑠璃ちゃん? ここ、瑠璃ちゃんのクラスだよ?」

 

「それは……っ」

 

 ここに居たら、間もなく全滅。でも、彼がいれば何とかなるかもしれない。

 きっと、涼音さん達は気づいて向かってくれているはず。

 

「そ、それでも、一度退いて、立て直すべきよ! 『あの人』ならそれが普通だって、うん。きっとそう言うわ! それに、きっと気づいて、近くに来てくれてる!」

 

 皆を連れて。

 最後にそう、取り繕うように添えようとしたとき、血の気が引いた。

 

 あの『女』と同等の力が生まれた。

 鈴院神社の近く。

 きっと、涼音さん達はそちらに向かう。『あの人』と一緒に。

 

 そして今、別の校舎でまた魔獣人が孵った。さらにもう二つ、気配が増えた。さらにもう三つ、気配が増えた。そして一目散にこちらを目指している。

 

「ちゃ、茶々……」

 

 泣きそうな顔をして、唇と声を震わせて、あたしは顎をあげた。

 

「お願い……」

 

 ―――わ、わたしたちは……?

 

 不穏な気配を感じたクラスメイトの誰かが呟いた。

 不安は広がって行く。

 

「み、見捨てる気じゃ、な、ないよな……? 瑠璃川……」

 

 それを言ったのは、先生だった。大人の言葉はそれだけで力を持つ。

 先生の言葉は、クラスメイト達にとっての真実だった。

 

 にわかにざわめく室内。

 押し寄せて来る魔獣人の群れ。

 

「茶々、逃げましょう! もう無理よ! 耐えられない!」

 

「うん。分かった」

 

 茶々は優しく……微笑んでくれた。

 ほっと、胸を撫で降ろす。分かってくれた。これが普通(・・)なんだってこと。よかった。伝わった。今は退いて、あの『女』と同等の魔獣をみんなで倒して、それでこの学校に帰ってきたらいいんだか―――。

 

「行って、瑠璃ちゃん。わたし、待ってるね」

 

「……」

 

 呆然。絶句。

 混乱。

 

 理解。

 

 自分の顔がくしゃくしゃになったのが分かった。

 

「なんで!? なんでそうなんのよ! 聞いてた!? あたしの話、聞いてた!?」

 

「うん。だから、待ってるね」

 

「だから、なんで!?」

 

「守らなきゃ」

 

 茶々は穏やかに笑っている。あたしが見たことのない……もしかしたら、見ようとしてこなかっただけの、強い光の宿った瞳で。

 

「みんな怖がってるんだもん……。置いてなんていけないよ」

 

「茶々!」

 

 ぱしん、と。

 思わず、手が出た。

 茶々は茫然としている。

 

「あ、ごめ……。でも、茶々……っ! お願いだから……っ! 一緒に来て……っ!! このままじゃ、また!!」

 

 結界の外にもう辿り着かれている。

 結界が揺れている。すぐに割られると思う。雪崩れ込んで来る。時間が無い。

 

 茶々の腕を握る。強く、強く。

 

「行かない」

 

 頑固。

 たまに見せる、茶々の鉄の意思。なんでこんなときに。

 イライラする。なんで?

 あたしはあんたを心配してるのに。大切だから、もう二度と失いたくないから、言ってるのに。聞いてよ、ちゃんと。聞いてよ!!

 

「あんた一人でなにができんのよ!! あたしがいなかったらなにも出来ないくせに!!」

 

 言ってから後悔した。

 違う。茶々がいないと何もできないのはあたしだったの。それはもう、茶々を失ったときに知っている。あたしはずっと、茶々の盾に守られていた。あたし一人じゃ、『女』の攻撃をはじくことすらできなかった。あたしが剣で攻撃出来ていたのは、茶々がずっと、あたしを守ってくれていたから。そんなことはもう知ってるの。でも……。

 

 茶々は傷ついた顔をして、あたしの腕を振りはらった。

 

「ご、ごめ……。あの、あの人。東堂さんが、言ってたのよ。こういうときは、逃げるのが普通なんだ、って! ね? だから……」

 

「知らない、そんなおにーさん」

 

「え?」

 

「わたしが知ってるおにーさんは、そんなこと言わない」

 

「そんな推しの解釈違いみたいな……!」

 

「違うよ。見たんだもん。あの夜、スーパーで」

 

「そうよ! あの夜、あの人も言ってたじゃない! 逃げなさいって! 哀しむ人がいるからって!」

 

「でも、わたし、言ったんだもん。おにーさんに、おにーさんみたいになりたいって」

 

「ちゃ……」

 

「おにーさんなら、みんなを置いて逃げたりしないもん」

 

「茶々!!」

 

「だからね。瑠璃ちゃんは行って良いよ」

 

「いいかげんに……!!」

 

「わたしは……前の瑠璃ちゃんが好きだった」

 

 息が止まった。

 寒い。さむ……。体が一瞬であまりに冷えて震えた。

 

 だって、まえのあたしは……。

 

「真っ先にうごいてくれて、優しくて、悪いことを見過ごせなくて」

 

 違う。

 無鉄砲で、感情的で、愚かだっただけで……。

 

「魔法少女になったわたしをこの学校で見つけてくれて、クラスでの苛めから助けてくれて……友達になってくれて……」

 

 それは……。

 

「瑠璃ちゃんはわたしのヒーローなの。わたしのゆうきは、おにーさんと、瑠璃ちゃんにもらったんだよ」

 

 茶々はあたしに背を向けた。

 ステッキが盾を作り出し、大きく広がる。結界の強度が上がった。

 これは……。

 茶々の力があがっている……?

 

「わたしがよわいから……心配させちゃったよね。心配してくれてるんだよね」

 

 一拍。

 

「わたしね、ほんとーに、うれしかったんだ」

 

 それはいつの、なんのことについての話なの。主語がないよ、茶々。あたしのなにが、うれしかったの。おしえて。あたしは、なにを、どうすればいいの。なにを取り戻せばいいの。あたしは何を失ったの。なにがあれば、あたしはあなたをまもれたの。なにを答えたら、あたしはあなたをまもれるの。おしえてよ、ちゃちゃ。

 

 教えてよ、東堂さん。

 助けて……。このままじゃ、茶々が……また、いなくなっちゃうよ……っ!!

 

 かたかたと、握った剣が震える。

 握力が……。

 

 からん、と剣が落ちて、ステッキに戻った。

 

「そんな……変身が……。な、なんで……」

 

 これじゃ、逃げることも……。

 

「ちゃ、ちゃちゃ……っ! あたし、変身が……! ごめん、なんでか……っ!」

 

「だいじょーぶ。るりちゃんも、みんなも、落ち着いて。ね? 大丈夫だからね」

 

 ベージュの盾が鮮烈な輝きを放つ。

 ひび割れていた空間がみるみるうちに修復されていく。

 結界は分厚く強靭に構築し直され、魔獣人たちを寄せ付けない。それどころか、分厚く色の付いた、それでいて半透明なクリスタルのような壁は、魔獣人たちをあたしたちの視界から完全に消し去った。目の前にあるのは、ママの持ってる宝石……「ぶらうんだいやもんど」みたいな、一面、綺麗な世界で……。

 

 体の傷が……治っていく……。

 え……?

 クラスのみんなも落ち着いて……。なにか、大きなものに抱きしめられているような感覚を、あたしだけじゃなくて、みんなが感じてるような。これは……。

 

 茶々の背中を見る。

 

「ふぅー……」

 

 茶々の深い呼吸の音。

 瞬間、魔力が竜巻のように茶々の周辺に逆巻き、突風を巻き起こした。

 信じられない力。こんなの……初めて見る。

 

「ぜったい、だいじょーぶだからね。わたしが、みんなを守るから……。」

 

 茶々は振り返らない。どんな表情をしているのか分からない。

 だけどその声と背中に、あたしは―――『あの人』の姿を見た。

 

 ステッキを拾い直す。

 あたしの宝玉は……瑠璃色の宝石は、光を放たない。

 

 時間の感覚が変な感じ。

 ずっとここにいるような、そうでもないような、でも気にならないような……。

 何人かのクラスメイトは眠っちゃってるくらいに安心してる。

 

 先生は……静かに座っている。一度説明を求められたけど……あとで記憶を消すのだし、「知らない方が良いわ」とだけ伝えた。『あの人』と違って、物分かりが良くてありがたかった。

 

 茶々はずっと立って、廊下の方を見ている。

 廊下と教室を隔てる壁も、校庭側の窓も、琥珀色の宝石の壁に覆われていて、外の様子は分からないけど。

 

 ふと、気づいた。

 足早に茶々に駆け寄る。

 肩を叩こうとして、躊躇した。

 少し大きく回って、茶々の前に立つ。

 青褪めた顔。垂れ続けている鼻血。浮きあがり流れ落ちる大量の脂汗。

 女の子のしていい顔じゃない。

 

「ちゃ……!」

 

「……!!」

 

 茶々は首を必死に振った。

 心配を、あたしのクラスメイトに掛けたくないんだろうってことはすぐに理解できた。

 あたしはどうしようもできず、茶々に背を向けて、とぼとぼと歩いて……自分の席に、無意味に座った。

 

 あたしは、なにをしてるんだろう。

 戦う術を失って、あたしはいま、普通の女の子でしかない。『あの人』はどうするだろう?

 異変抗体なんて言う意味の分からない体質がなくても、きっと『あの人』は、あのスーパーの夜に一緒に戦ってくれただろうし、あの『女』の夜、あたしを抱きしめてくれたと思う。

 

 あたしは……。なにをしてるんだろう。

 あたしは、なにをすればいいんだろう。

 どうしたら『あの人』みたいになれるの?

 どうしたら『あの人』のように動けるの?

 

 あたしはなんで、茶々の背に、『あの人』の姿を見続けてるの?

 

 気づいてしまったから、かもしれない。

 部屋の中に血の臭いが回っている。

 外は見えない。悲鳴も聞こえない。ただ時間だけが過ぎていく。

 

 手は膝の上に、宝玉は光らない。鼓動だけは早くて。

 授業中、答えが分からなくて、先生にあてられることに怯えているときの気持ちだった。

 

 茶々は立っている。

 

 あたしは、座ってる。

 立ち上がる理由が分からない。

 見つからない。

 正解が分からない。

 

 あたしがひーろーだったって、なに。

 ひーろーって、なに。

 あたしにとって、いまのあんたが……。

 

 『あの人』の真似も出来ない。なにをすればいいのよ。

 

 茶々は立っている。

 呼吸は早く浅くなっていく。

 盾を握る腕も、指先も震えている。

 

 必死に耐えてる。来るかも分からないのに。誰が……。

 

 あたしは、なにもしていない。

 

 痛い。

 痛い痛い。

 

 苦しい。

 胸が苦しい。

 

 ぱき……。

 

 顔を上げる。

 小さな音だった。

 クラスメイトは誰も気づいてない。先生も……。

 

 茶々の背中を見る。

 ほんの少し、揺れた気がした。息が少し変。琥珀色の半透明の壁が少し濁って……元に戻った。でも戻り切ってない。

 

「茶々……」

 

 誘われるように茶々の前に。

 ぽた、と落ちた血。

 噛みしめ過ぎた歯の隙間から、血。

 

「……っ」

 

 茶々の膝が、僅かに折れる。

 あたしが手を差し出す前に、すぐに踏みとどまった。

 

 ピシ。

 

 今度ははっきり聞こえた。琥珀の壁に、蜘蛛の巣のような細かい亀裂。

 まだ外は見えない。

 だけど感じる。

 強大な何かが外から押している。膨大な圧。

 

 ピシピシ。

 茶々の肩が大きく上下する。

 盾は強い。間違いなく、『女』の攻撃さえも完璧に防ぎ切るって、断言できる。

 でもそれは……茶々の命を燃料にしてる。 

 

 あたしは……。

 

 かすかな呻き声。

 茶々じゃない。

 恐る恐る振り返った。

 

 眠っていたはずの女の子。

 胸元。淡く黒い、孵化の『予兆』。卵の形成。

 

「そ、そんな……」

 

 声が震えた。

 茶々は振り返らない。

 

 この中にも、孵化は始まっている。逃げ場はない。それは……たぶん、茶々の守りの力が弱っている証拠だって、あたしは確信した。

 

 もう、長くないんだ。この壁。

 それでも、茶々は動けない。今茶々が結界を解けば、外から一気に流れ込む。

 

「あ、あたしが……。あたしは……ど、どうすれば……」

 

 この期に及んで、あたしの宝玉は光らない。

 

 気づいた誰かから、パニックが広がる。

 やめて。茶々の集中を乱さないで。

 

 茶々の膝が崩れた。

 盾を支えに何とか持ち直したけど、琥珀の壁はもう、罅だらけで。

 

 結界の中がきしみ出す。

 

 女の子の『孵化』が進む。 

 

 ―――怖い。

 

 茶々を連れて逃げたい。

 失敗が怖い。

 茶々がいなくなるのが怖い。

 自分が原因になるのが、一番怖い。

 あたしのせいで誰かが……なんて、もういやなのに。

 

 だから、戦いたくなかったのに。戦わなかったら、あたしが戦わなかったせいで、誰かがいなくなる。

 『あの人』はそうじゃないと言ったけど、あたしはそうとしか思えない。それでも、茶々が居てくれるならそれでよかった。あたしの夢は、あの子と大人になることだって決めたから。なのに。

 

 女の子の口から黒い泡のようなものが溢れ出す。始まる。始まった。

 

「るりちゃん……」

 

 茶々に呼ばれた。

 嬉しくて(・・・・)、すぐに振り向いた。

 

 苦しそうな顔で。

 あたしを見ていた。

 

 茶々はもう必死だった。忘れてた。

 あたしは、なにもしていない。

 一番守りたい友達を、置き去りにして。

 あたしの心は、どこへ行った?

 

「ごめん」

 

 思わず出たのは、謝罪だった。

 

 あたしの手の中で、宝玉が熱を帯びる。

 光が淡く……かつての鮮烈さはなくなったけど。でも、確かに瑠璃色の光を放つ。

 

「あたし、茶々を一人にしたくない。一人になりたくない。あなたがいれば、それでいいの」

 

 あたしはいつのまにか、瑠璃色の剣を握ってた。

 一撫でで『予兆』を斬り飛ばして、言った。

 

「中は任せなさい」

 

 でも。

 結界が崩れたら、あたしは、あんたを連れて逃げるから。

 

 それは、言わなかった。

 

 茶々は辛そうな顔で、嬉しそうに笑った。

 

 ごめんね。

 きっと、前のあたしが……誰彼助けようとして、感情的だったあたしが戻って来たって、思ってるんでしょ。

 ごめんね。そうじゃないの。

 

 ……そうじゃないのよ、茶々。

 

 あたしはこの結界が……あなたの自己満足が終わったら、みんなを捨てて、あなただけを連れて、ここを去る。あたしの力は道を切り開くもの。二人分の道だけ、全力で作る。本当はあなただけでも、と思うけど……その状態じゃ、運んであげないとだもんね。だから、やるわ。外がどんな状態でも、必ず。それだけはやり遂げる。その後、どうなったとしても。

 アンタと一緒に、大人になるために。

 

 ごめんね。あたしきっと……最低な大人に、なると思う。

 それでも茶々は、きっと―――あたしと一緒に居てくれるよね。

 

 強く柄を握る。

 クラスメイトの賞賛がうっとおしかった。そんなに褒められても、あたしはアンタたちを助ける気なんて、もう無いの。ただ茶々が守りたがってるから、そう振舞ってるだけ。だから、やめて。

 

 苦しいだけ。もう、やめて。

 

 亀裂が大きくなってきた。

 茶々の力はもう限界が近い。このままだと……死んでしまう。

 もう休ませてあげたい。

 

 もういいんだよって。

 

 茶々の傍に行って、片手で腰に手を回した。片手は剣を持って、天へ向ける。

 

「……?」

 

 茶々は不思議そうにしてる。そうだよね。

 今までのあたしらしくないもんね。何してるんだろうって、分からないよね。

 

 あたしは今から、残酷なことをする。

 

 まず、腰に魔力を通す。茶々の意識を断つ。なるべく、痛みなく、気持ち良いように。

 琥珀の壁は、瞬間的に壊れることになる。そうしたらあたしは、剣から伸ばした力のヴェールで二人を包み、現れるだろう魔獣人の大群の中を貫き出る。

 

 そういう計画だった。

 茶々が『守れなかった』んじゃない。あたしが壊したの。どうか、あなたはあたしを恨んでね、茶々。あたしが……持ち続けられなかったそれを、どうか、持ち続けて欲しいの。

 

 だけど一瞬早く、結界が崩れた。

 茶々の意識はある。茶々も驚いてるみたいだ。

 

「えっ」

 

 廊下の窓から見える世界は……変わらない学校のものだった。魔獣人なんて一体もいない。

 

 ただ、一つだけ。一人だけ。窓の外から、見知った顔が……。

 

「あ、いた」

 

 あの人。

 

「触ったら壊れちゃったんだけど、大丈夫そう?」

 

 東堂雷留お兄さん。

 

 珍しく汗だくで、でも……いつも通りの柔らかで温かくて優しくて勇敢でかっこよくて情け深くて知恵があって誠実で愛と希望に溢れる光輝く奇跡のようなあたしの運命の人が、そこにいた。

 

「お、おにーさん……」

 

 がく、と茶々が力尽き、あたしにもたれかかった。

 それを見て足早にクラスに入って来てくれる。

 先生が「あ、アナタは一体……」と困惑している。

 

「はじめまして。突然押しかけてすみません。オレはこの子たちの友人で、東堂と申します。でも驚きました。まさか日曜日に授業がある学校なんて。なにか特別な理由でも―――」

 

「い、いいから挨拶は!」

 

「いやでも、今日は日曜日だよ? 参観日でもないみたいだし……これは普通じゃな」

 

「この学校は毎年この日だけあるの! 年明けのあとの日曜日!!」

 

「初めて聞いたよ。へえ~」

 

 お兄さんの素敵なのんびりしたところは大好きだけど今は急いでほしいのよ!!

 

「それに、だいじょうぶよ! さっきまであんな目にあってたんだし。ら……東(裏声)堂さんのことだって、普通じゃない人だって思うでしょ。関係者ってこと」

 

「なるほど……」

 

 小さく頷いて、

 

「茶々ちゃんはなにがあったの? 酷い怪我みたいだけど、救急車は」

 

「いらない。茶々は……魔力の使い過ぎ……です。あたしの魔力を今、全部注いだ、ので……。少し休めば大丈夫……です……」

 

 忘れてた。

 敬語、使った方が良いわよね。やっぱり。

 

「別にいいよ、敬語。でも、そうか……。茶々ちゃん、頑張ったんだね」

 

「うん……。すごく、本当にすごく、頑張ってたの。あたしは、なにも出来なかった」

 

「そう思うの? そうは思わないけど」

 

「え?」

 

「だって瑠璃ちゃん、今、茶々ちゃんのこと支えてるし」

 

「あ……っ、そ、それは……今だけで……」

 

「ほんとに? ずっと、一緒に居たんじゃないの? いつもみたいに」

 

「いつも?」

 

「うん。だって瑠璃ちゃん、いつも茶々ちゃんの傍にいてくれてるじゃない。オレと初めて会ったときも、茶々ちゃんを守るために、オレから庇ってたでしょ?」

 

「あ、あれは……!!」

 

 そう言った雷留お兄さんは笑って、眩しい!

 

「なにがあって君が落ち込んでるのかは分からないけど……。傍に居てくれただけで、きっと嬉しかったと思うよ。茶々ちゃん、瑠璃ちゃんのことが大好きだから」

 

 ―――うれしかった。

 

 茶々も言っていた。

 うれしかったって。

 

 本当なの?

 たったのこれだけが、アンタにとってはそうなの?

 

 ソレだけで良いの?

 

 もしも、そうなんだったら。

 アンタはどれだけ、強い人なの。

 本当のアンタは、あたしなんかよりもずっと―――。

 

 でも、やっぱり。あたしはアンタに恨まれてでも。アンタを失うことだけは……。

 

 変わらない葛藤。

 

 頬を暖かいものが、流れて行った。

 それが涙だと気づいたのは、東堂お兄さんに、ハンカチで頬に優しく触れられたあとだった。

 

「あっ……」

 

「両手、塞がってるから」

 

 剣と、茶々。

 雷留お兄さんはあたしにだけ聞こえるように、しゃがんで耳元に口を近づけて、ぽそっと言った。

 

「みんなにも見せられないでしょ?」

 

 吐息。温もり。顔の横の顔。髪が触れる。耳の奥が、頭の中が震えた。

 ぽっ、と体が熱くなる。

 

「へう!」

 

「あはは。可愛いね」

 

「……。東堂雷留……。急いで……」

 

 廊下から声がした。

 葵さんだ。来てくれてたんだ、と今更気づく。

 

「ん、ああ。そうだね」

 

 東堂お兄さんはしゃがんで、あたしに視線を合わせてくれる。

 

「瑠璃ちゃん。今ね、涼音たちが別で戦ってる。ここのは葵ちゃんが全部終わらせてくれたから、来てくれる?」

 

「……。嘘……。東堂雷留……。無人の野……行くが如し……。すごい」

 

「それは言い過ぎ。オレ、葵ちゃんの指示で歩いてただけじゃん」

 

「……。完璧だった……。楽……」

 

「葵ちゃんも頑張ったでしょ?」

 

「……。うん……」

 

 ……。

 二人で外をなんとかしてくれたらしい。方法については深く話す気はないみたい。

 葵さんの言葉から、なんとなく察するけど。

 

 ふーん。

 なんだか、二人で分かった感じなんだ。

 

 むかむか。

 

「別に、良いけど。行くけど? 行くけど、先に茶々を保健室に連れて行って、ここの人達の処理、してからでいい?」

 

「どうしたの? なんか、棘があるようだけど……」

 

「……。感情的になる者は……弱い……」

 

「葵ちゃん……やめな、そういうことを言うのは」

 

「……。どういうこと……」

 

「人を面と向かって弱いとか評価すること」

 

「……。事実……だよ……?」

 

「これはまた……」

 

 葵さんが小首を傾げたのを見て、お兄さんは困ったように頭を掻いた。

 

「今はいいよ。話すと長くなるし、時間も無いし。ただオレの前では止めてもらっていい? いい気分じゃないんだ、聞いてるの。瑠璃ちゃんも気にしなくて良いからね」

 

「……。わかった……。従う……」

 

「従わなくてもいいんだけど……。……そうだな。その辺もおいおいね」

 

「……」

 

 葵さんのことは尊敬してるし、あたしが弱いのも事実だと思うけど……。

 なんでかな。

 

 立ち上がったお兄さん。その膝元に寄って、お兄さんを見上げる葵さん。じっとお兄さんを見つめている。

 お兄さんは苦笑して、ぽんぽん、と葵さんの頭を撫でる。葵さんはほんのりと口元を緩ませた。

 

 なんでかな。

 今だけはちょっと、むかっとした。

 だいぶ。

 

 

 

☆彡

 

 

 

 暗い暗い、薄汚い、汚水の道。

 下水道、かな。

 臭くて、別の意味で怖い。感染とか。

 

 ここを通るのは、三度目。

 次の門で、ネズミの化け物が私を巻き込んで壁に突っ込んでいくから……石を投げて誘って、自爆にさせて……。

 

 ふぅ……。

 

 次は……。

 正面からグロテスクなネズミが大口を開けて突っ込んできた。

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああ」

 

 暗転。

 

「あああああ……。……」

 

 私もう、夢の国には行きたくない。

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