蛇の乙女の憧憬   作:八千草

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第三暦 カリ

 

ジャガーに変身しているテスカトリポカの歩みは止まることことなく

石造りの宮殿の中に悠然と足を進めている、足取りはとても軽く浮かれているようだ

そんなテスカトリポカと違い茫然自失となり顔を青ざめていくシロネン

先ほどまでの騎乗に成功した喜びが嘘かのように真逆だった

ー落ちて怪我でもしてしまったほうが良かったのではないかー

そんな後悔が私の頭を支配している、どうしようどうしよう

 

どうすればテスカトリポカと結婚せずにすむのか

 

どうしたらテスカトリポカの傍にいずにすむのか

 

日常的に一緒に暮らすことになってしまえば、きっと私の異常など見抜かれる

そうすれば異常を直されるか、正されるか

絶対にそれだけはいやだ、折角捨てれずに諦めずにここまでこれたのに

神として正しくなくてもこれだけは捨てたくない

たとえ私を奪われても産まれ持った憧れ(エラー)は捨てたくない!!

だからこれは冗談かも知れないと思い、声を震わせながらテスカトリポカに尋ねる

 

「それはテスカトリポカ神の妻の侍女になれということでしょうか」

 

「俺の冗談だと期待したか?、言葉通りだシロネン」

 

テスカトリポカはさも愉快そうに喉を震わせる

笑われたその返答だけで冗談でないとわかってしまう

鼻が痛くなる、目頭が熱くなる。泣きたくなくて頬つねる

悔しい苦しい悔しい力があれば抵抗できるのに!!

 

違う力がないから考え続けて来たんだろう!!

考えろ考えろ!!ここでやめたら何もかもなくなるぞ!!

テスカトリポカになれなくなる!!挑めなくなってしまう

この人に戦えなくなってしまう!!そんなの嫌だ!

この神のそばにいるということはこの人に挑むことができなくなってしまう!!!

 

嫌だ!!そんなの嫌だ!!本当に何もしなくて良くなってしまう

最初から何も自分のものなんてないのに!!今以上に嫌になる

何もないけどやったと言いたいんだ!何か一つでも自分のものにしたいんだ!!

こんなことであきらめるな!!背中の上で葛藤する私をよそに

 

テスカトリポカはどこかの部屋にはいり身を屈め、私を揺するように下ろす

床に身体が叩き付けらた衝撃で自身の体の状況を痛感する

どうやら床は石で出来ていて、部屋の中には藁が敷き詰められていた

一瞬藁の上に黒い塊が見えた気がするがあれは毛玉か?

そんな思考をよそ知らずテスカトリポカの体は

煙を巻きながら人間の形へと姿を変えた

 

「あぁ~~~!!やっと体が解放された」

 

立ち上がり上半身を伸ばすテスカトリポカ

身体の疲労から解放されたようで何よりです

私は痛みから解放されせん。えぇ全く

 

「なんだシロネン、もう起き上がれないのか」

 

緊張と恐怖と疲労感から指一本も動かせない

確かに体の主導権はある筈なのに頭も腕も足も

ひどい徒労感で動かせない、不甲斐ない私を察したのか

テスカトリポカは私を抱き抱えると部屋の隅にある藁の上まで

私の背中を壁につくように下ろした

 

「俺の妻は体力がないな」

 

農力と暴力は全く違う筋肉を使いますからね!!!

視線だけでもテスカトリポカに抗議する

テスカトリポカは黒い毛玉がいる藁の上へと手を伸ばし

いくつかの毛玉を腕に抱えてこちらに向かってきた

もう何をされても負けたりはしないぞ!!!

来るなら来い!!受けて立つ

 

 

「そうだろう?幼き戦士たち」

 

 

テスカトリポカの腕の中にいる黒い塊が動く

 

みぃっみぃっと高い声でテスカトリポカの声に反応している

かわいいぽっこりお腹に幼い顔つきのまん丸のお顔

まだ敵知らぬ柔らかな肉球と戦士たる資質が見える小さな爪そして牙

小さな耳によちよち歩きという表現が一番ふさわしい時期の赤子

ジャガーの赤子たちが目の前にいた(もちもちふわふわぷにぷに)

 

ふぁあああああああああああ~~~~っ!!!!

 

口から零れそうなほどの語彙が一切ない

愛らしさに対する感嘆を必死に口の中に留める

無理無理無理愛らしすぎるこれは卑怯!!邪悪すぎる!!!

疲労で体が動かせないから受け取り拒否もできない!!

知ってか知らずかテスカトリポカは幼き戦士たち(赤子ジャガー)

私の膝の上や周りに下ろす、そして自身は私の横へと腰を下ろした

そして耳元でこうささやいた

 

「シロネン」

 

私の名前を甘く一音ずつ愛おしさを持っていると勘違いしたくなる程に

甘く低く先ほどの威圧さを感じさせないほどに囁く戦神の甘言

 

「お前が俺と一緒にいるといえばいつでも触れるぞ?」

 

なんたる甘言!!!なんたる誘惑!!駄目だめダメ!!

目の前の楽園から目を閉じる!このような目に毒はだめだ!!勝てない!!

テスカトリポカ神?私の腕をつかんでどこに・・っ!!?

駄目です!!やめてください!!赤子のぽっちりお腹に私の手を誘導しないで!!

そのお腹の上で指を止められる、あともう少しで触れたのに

 

「さぁ?どうするシロネン、お前が一先でも触れれば了承したとみなすぞ」

 

実質脅迫にもほどがある!!あぁでも力のない指が重力と意思に反して

ジャガーのぽっちりお腹に触れてしまう何もできない!!何もすることがない!!

こんなのはずるい!!何にもできないのにこんなことをするなんて!!

許さないぞ!!!テスカトリポカ!!!!!

 

 

「あーあ~」

 

みぃっと高く幼い声が聞こえ、指先が柔らかさで包まれた

触ったな?と念押しするように

テスカトリポカがひどく愉快そうに笑う声が聞こえた

涙はでることはなかったけれど今日確かに私は負けたと

自身に強く焼き付けた、この時間は私の中に焦げ付いたのだ

 

 

それからテスカトリポカとこれからの話をした

主に私がテスカトリポカの妻になることによって

今まで耕していたミクトランパの畑をどうするかである

この宮殿の場所はミクトランパとおなじ階層にあるが

ミクトランパからほど遠く、畑には遠すぎるので生じた問題だった

 

「お前には行動力と実効性があるからな一人で北の畑に帰られても困る」

「お言葉ですかそうすれば北の畑は誰が見るのですか?」

「これからこの家の管理を任せるというのに余裕だなシロネン」

「えっ私がテスカトリポカ神の宮殿を管理するのですか!?」

「そうだ俺の妻になったからには基本この宮殿から出る必要はないからな」

 

質疑応答の連続の繰り返しだったが最終的に役割自体はなくならず

むしろ私の役割が増えるという説明で

「テスカトリポカの妻」という役職が増えただけのように感じる

でも畑を離れては私の「豊穣」の権能の意味はなくなってしまう

 

「心配するなあの畑はここに移す」

 

「え?」

 

「そもそもトウモロコシを育てるのはミクトランパである必要はないから」

 

畑を移す!?ミクトランパである必要はない!!?初耳ですが!!?

戦士たちにいきわたれば場所自体はどこでもよかったんですか

最後の砦である仕事場遠距離問題も解決してしまった…

本当に打つ手が何もなくなってきた

でも「テスカトリポカの妻」という役割が増えるだけで

今までと何も変わりがなさそうな気がする

 

「それに新しい憩いの場も増設したかったからな」

 

「本音はそちらですか?」

 

じとりと目を細めてテスカトリポカ神を睨む。

成程体よく結婚ということで土地を引き払い、新しい憩いの場を作りたかったのか

やはり秩序と公平さを重きにおくテスカトリポカ神が私情で結婚するなどおかしいのだ(エラー)

私のような憧れなど(エラー)私情を挟まぬ御方なのだ、良かった安心した

 

でも私情を挟まぬ判断など当たり前なのに

どうして私はテスカトリポカを睨んだのだろう

安心と安堵で一杯なはずなのに・・・その日は胸が熱くて仕方がなかった

産まれた時のように熱くて熱くて仕方がなかった

 

だが今までの話をまとめると

 

・テスカトリポカは宮殿と畑のより一層の管理をしたい

・だけど他にも仕事があるからそれをシロネンにさせたい

・日常的に仕事できる立場として「テスカトリポカの妻」にする

 

この三点を行ってほしいのだろう

 

「言い忘れていたお前の眷属たちは俺が対処するからな」

 

「では私の眷属たちは!!」

 

「俺の妻の眷属たちだ無駄にはしない、勿論悪用もだ」

 

「・・・・ありがとうございます」

 

「安心しておけ、お前の眷属たちは俺が処理しておく」

 

眷属たちにとっても私にとっても悪くない条件だと

疑問を特に考えず、何も考えれずにその答えを了承してしまった

そうこの時なぜか何も考えずに了承したとわかったのは

これよりずっと先のことである

この時はもう疲労と徒労と敗北感で情報が処理しきれなかった

 

 

「さぁ俺の妻としての最初の仕事だ」

 

「何用でも」

 

「俺が迎えに来るまで幼き戦士たちに遊んでもらうといい」

 

だからテスカトリポカがいつも間にか入口にいたジャガーマンを

連れ添ってどこかに向かったのだと考えもしなかった、止めようともしなかった

テスカトリポカが何の用でジャガーマンを連れてどこかにいくなんて

 

戦神が戦士をつれて赴く先などわかっていた筈なのに

 

私は 止めることを考えられなかった

 

そんな思考を遮るようにジャガーが私の手を甘噛みした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャガーマンと宮殿の中を歩みを進める

 

ジャガーの赤子たちと戯れるシロネンを思い出し口角があがる

やっとここまで連れ込めた、その歓喜とこれからのことで口元に手を当てずにはいられない

背後に歩くオセロメーの戦士、ジャガーマンがこれから起きる一計について体を唸らせている

 

 

「ひっさびさのテスカン公認狩りの時間ですにゃ~!ひゃっほいっ!!!」

 

「今回は狩りではなく収穫だがな泣き言以外は全て回収してこい」

 

「眷属ちゃんたちの死体は?」

 

「シロネンの目にーー俺の妻の目に二度と入らないように処理しろ」

 

本気(まじ)でいいのかにゃ?一応テスカン自分の領土にいる眷属殺しちゃって」

 

「構わん、王に意見し王を欺こうとしたその罪は身を持って捧げてもらう」

 

「私は構わないけどね~久々に狩りができるしこの子たちも体動かせるからね!!」

 

両手を広げたジャガーマンの周りは先ほどまでテスカトリポカが戯れていた赤子たちの親である

成獣のジャガーが数十体程集まっていた、総数でいえばまだいるが

ここにいる以外のジャガー達は宮殿の見回りやシロネンがいる部屋の周りを護衛している

 

「あぁだがこいつらのような精鋭の戦士の手を煩わせるのは少し頭が痛いがな」

 

「テスカン?私は?私は精鋭の戦士じゃないのかにゃ?」

 

「お前はいう必要がないだろう」

 

「やだ~~っテスカンわかってる!!じゃあ張り切ってお仕事完遂してくるとしましょう!!」

 

 

きっとシロネンお前は大きな勘違いをしているだろう

王に嘘をついたものを俺が見逃すと思ったか

王に意見をしたものは命をもって意見をしなければいけない

 

 

「安心しろシロネン、今日からお前の居場所はここだ」

 

「お前の家はここになる」

 

 

戦を何も知らぬ女神シロネンが戦を知ってはいけないという思いと

狩りを済ませたジャガーマンとジャガー達を労わる憩いのために

 

シロネンの前では花と水のにおいで満たすために(血と戦の香りを消すために)

 

宮殿内の浴場の用意をしにテスカトリポカは鼻歌を歌いながら足を進めた

 

 

 

 

 

 

 





私は テスカトリポカの言葉を考えない事を すごく後悔した

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