「っ...ぁあ...」
眩しい。寒い。体が重い。揺れる。
いくつもの感情と感覚がどっと脳を揺り動かし、彼女が海の上で体を起こす。
「こ...こ......は...?」
がらがらの声で呟き、霞む視界で周りを見渡す。荒れ切った海が一面に広がる。
「...自分...は...」
痛む頭を押さえ、ふらふらと立ち上がる。
「自分...は...」
混乱しきった脳裏を引っ掻き回し、必要な情報を探る。
「...本隊...はぐれ...」
そうだ、自分は突然の暴風で本隊からはぐれたんだ。
「現...在地...あぁ。」
地図を取り出そうとする...あぁ、最悪だ。背嚢はとうに流されてしまっているのに。
「...燃料...大丈夫。」
艤装に触り、まだ燃料が残っていることを確認する。
ふらふらとおぼつかない足取りで、少女があてもなく海面を滑り出す。
「...確か、作戦地域は南...」
掠れた記憶を頼りに、艦娘としての感覚を頼りに海を突き進む。
ざぁざぁと海をかき分け、渦潮を突っ切り、ただがむしゃらに前に進む。
暫く後。霧雨が止み、いくらか視界が通るようになった。
行く先に一つの艦隊を見つけ、安堵し声を上げようとした彼女は愕然とする。
「...冗談、でありますよね?」
あれは味方じゃない、敵だ。深海棲艦だ―――
――それも、主力部隊の。
ばくばくと心臓が脈打ち、途端に呼吸が荒くなる。
何故?自分が参加していた作戦は掃討戦だ。主力がいるはずない。
何故自分はこんなにも混乱している?今までだって満足にやってきたじゃないか。
逃げろ、今すぐに旋回して、一目散に。
そう本能がけたたましく警告するが、足は一向に動く気配を見せてくれない。
動け、動け、動け!
理性が塗り潰される前に、この口が悲鳴を上げる前に!
あぁ、でももう遅い。
先頭にいたタ級がこっちを指さし、後続の深海棲艦と何かを話し合っている姿を認める。
気が付かれた。
体の震えが一段と激しくなるのを感じる。思考がどんどんと塗り潰されていくのが分かる。
「....ぁ」
もう限界だった。海に半ば倒れ込むように。絶叫ともとれる悲鳴を上げながら駆け出す。
「ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!」
ばしゃばしゃと海を踏み越え、渦潮に翻弄されながら、あてもなく走り続ける。
「....死にたく...死にたくなぃ...!」
冷えた空気をこれでもかと吸い込んだ肺は、呼吸をするたびに激痛が走る。
足の感覚はもうない。走れていることすら奇跡のように感じる。
「嫌...嫌だ...」
べしゃりと海に倒れ込み、波をもろに被る。
艦娘として生まれたことを恨めしく思う。艦娘じゃなかったら、今すぐにでも海に潜って逃げ出したい。
まだやり残したことがたくさんある。まだあの本も読み終わっていないのに!
そんなどうしようもないことばかりが後悔として湧き上がる。不思議なことに、ずっと戦ってきた仲間に対しての後悔はただ一つだけしかなかった。
「約束を...守れなかったのであります...」
ずっと前に、自分の代わりに沈んだ仲間、彼女の遺言を守れなかったことに対してだ。
――何があっても生き残るのです。生き残ればまたやり直せるのですから。
フードを被った、鉄仮面を装っていたあの少女の遺言を。
自分を庇い、致命傷を負った彼女の最期の言葉を。
「...無念で...ありますなぁ。」
背後から水を切る音が聞こえる。あの艦隊が追い付いてきたのだろう。
「...あぁ、いい人生でありました。」
背後で砲声が鳴り、それで自分の意識は途切れた。