「………体…大丈夫………」
かすかに声が聞こえる。
眩しい、暑い、体が重い。うるさい。
目を開く。ぼやけた視界に白色の天井と人らしい影を認める。
「…ぁ」
声がまた出ない。喉が焼けるように渇いている。
目を瞬かせる。ちょっとずつ視界が明瞭になっていく。
…海の上じゃない。屋根がある。
目だけで回りを見渡す…壁もある。どこかの部屋の中らしい。
「ンー…お、目ェ覚ましたみたいだな。」
中年の、痩せた軍医が顔を覗き込んでくる。
「こ…こ…は…?」
「ここか?巡洋艦の中だよ。」
軍医が視界から外れ、すぐに手鏡とペットボトルを持って戻ってきた。
「ほれ、顔に見覚えはあるか?」
見慣れた自分の顔だ。
「ええ...自分であります...」
「記憶は問題無ぇな。よし、名前は?」
水を飲んだ後に応えると、軍医が続ける。
「…あきつ丸。あきつ丸であります。」
「あきつっつーと、蜻蛉…」
軍医が口を開いた直後、一度大きく部屋が揺れる。
「おーおー…上はドンパチしてるみてぇだな。」
「上、でありますか?」
「あぁ、どーもまた接敵したみたいでな…」
つと扉の窓に視線を移す。
先に見たタ級が走り抜けていった。
「…え?」
軍医がまだ何かを喋っているが、それどころじゃなかった。
なんで船内に敵が?
無理やり体を起こし、ベッドから降りる。
「お、おい…」
軍医の制止を無視し、点滴を吊るしていたスタンドを杖のようにして立ち上がる。
「…軍医殿、拳銃は?」
「国際法を知らねぇのか?」
自分の問いに軍医が肩を竦める。
護身程度には持てたはず、という言葉は飲み込んだ。
戻ってきたタ級が部屋の目の前で止まり、ギィと音を立てて扉を開放する。
ガンと艤装を枠にぶつけ、ほんの少しよろけ、こちらを認める。
「…ヨカッタ。」
「...何が、でありますか?」
自分はこの後に続く言葉を想像する。
『獲物がいて』よかった?
そんなことが頭をよぎり、冷や汗が出てくる。
何があっても軍医殿だけは逃がさなければ。彼は非戦闘員だ。
そんなことを考えてると、タ級が口を開く。
「ヨカッタ…生キテタ…」
「…へ?」
予想外の一言に気が抜け、へなへなと地面に座り込む。
「あーあーあー…ほら、ベッドに戻れ。」
軍医が自分を担ぎ上げ、再びベッドに寝かせてくれる。
「お前もほら、とっととソレ解除しなさい。」
艤装を小突かれたタ級が、いそいそと艤装をしまい込む。
自分は軍医を見上げながら、声を漏らす。
「えー…?一体全体、どうなってるのでありますか…?」
「…お前、もしかして記憶持ちか?」
軍医とタ級が驚いたようにこっちを見る。
「記憶…持ち…?」
「…此処ニ来ル前ノ、記憶ヲ持ッテイル奴ノコトダ。」
隣のベッドに腰を下ろしたタ級が答える。
「ところでお前…サボりか?」
「滅相モ無イ!医薬品ヲ受ケ取リニ来タンダ。」
あわあわと手を動かしながら弁明するタ級に、軍医がバックパックを押し付ける。
「さ、行った行った。」
「…けが人がいるのでありますか?」
「ここは軍艦だぜ?そりゃいるだろうよ。」
あたまをもたげた軍医が、天井を睨む。
「…医薬品が、足りなくなるほどのでありますか。」
「あぁ、クソッタレなことにな。」
「…自分も手伝いたいのであります。」
部屋の扉に手をかけたタ級が、驚いたようにこっちを振り返る。
一宿一飯の恩とはよく言ったものだ。大和魂持つモノとして、この恩に報いたい。
そんな、懐かしい感情が言葉を紡ぐ。
「自分を助けてくれた、この巡洋艦に恩返しがしたいのであります。」
「後悔しないな?」
確認するように、こちらの目を見据えて軍医が問う。
「…ええ。」
「よし、連れてけ…そうだ、これを。」
慌てて別のバックパックを棚から引きずり出し、がちゃがちゃと医療品を詰め始める。
「…自分は輸送船じゃないのでありますが。」
「鼠輸送ってヤツだよ。効率的に…な?」
押し付けられたバックパックを背負い、つと思い出す。
長い間ずっと口にしていたルーティンを。
「…さて、出撃であります。」
「フフ…アア。行コウカ。」
タ級が笑みをこぼし、走り出す。
「あ…ちょっと待つのであります!自分は低速船であります!」
「…ソウナノカ?」
タ級が速度を緩め、自分の速度に合わせてくれる。
自分は、狭く、ゆっくりと揺れ、おまけに頭上から爆発音と銃声が絶え間なく響くこの廊下をタ級と共に走って行った。