綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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#12 崩れ去った舞台の先で

 

 ――王美雨の独白――

 

綾小路君と出会ったのは入学したその日。

 

教室の席が近かったのをきっかけにかや乃ちゃんと仲良くなって、その日に誘われて行った親睦会。そこで距離は近付いたと思う。

 

ほぼ初対面の男子が2人いて、その時はいつも以上に緊張してたのを覚えてる。

そんな中、さりげなくしてくれる綾小路君の気遣いが心地良かった。会話に上手く混ざれない私に自然に会話を振ってくれた。洗い物の時も遅い私にペースは合わせてくれた。私が優しい人だなって思うのには十分な出来事だった。

 

それに,自己紹介の時は陽気な人なのかなって思ったけど、そうじゃなかった。あの時、須藤君の発言で空気が重かった。それを何とかするために陽気に振る舞ったんだってすぐに分かった。

 

だって、普段の綾小路君はいつも冷静で優しい。

それにやっぱり何と言っても凄い。

クラスの為に持ってきた中間テストの過去問も。

落ち込んでた平田君を励まして立ち直らせたことも。

綾小路君の根底にあるのは優しさで、いつも誰かの為に頑張ってる。

 

 

いつの間にか、綾小路君のことを目で追うようになった。

私が綾小路君を好きだって自覚したのは、かや乃ちゃんに指摘された時だ。お昼休みに一緒にご飯食べてた時に何のフリもなく聞かれた。それで私は自分の想いに気付いて、照れながら頷いた。千秋ちゃんにもバレバレだった様で、私は好きな人への好意すらも隠せないくらい不器用らしい。

 

 

みんなは応援するって言ってくれるけど。。

そんな私が綾小路君と釣り合うのかな…。

 

綾小路君はドジで不器用な私にさりげないフォローと優しさをくれた。

 

私は綾小路君に何が出来るんだろう―

毎日のようにそんなことを考えてた。

 

 

そんな時、ポイントが無くて暇だったクラスメイト達の為に企画会議を綾小路君が開いた。

その時、綾小路君は思いっきり滑った。

それはもう盛大に。あの有名アニメのネタは私には分かって面白かったけど、皆はキョトンとしてた。

 

その時,私は大袈裟に大きく笑ってみんなの注目を集めた。何か助けれないかと思っての必死の行動だった。それに千秋ちゃんも乗っかってくれた。

 

そんな不器用な一面を見せた綾小路君に対して不器用な私は言葉を紡いだ。それに対して,綾小路君にお礼を言われた時、勝手だけど何か出来た気がしたんだ。

綾小路がくれた優しさを返せたって。思えたんだ

 

 

私には高級なディナーもお洒落な彼氏も必要ない。

いつも歩いてるこの何処にでもある様な並木道の通学路。

 

私はドジで歩くスピードだって遅いけど。

たまには転んでしまうかもしれないけど。

 

それでも、一緒に歩きたい。

 

貴方がくれた優しさを、ゆっくりと返していきたい。

  

私にその資格をくれますか?

 

――――――――――――――――――――――――

 

みーちゃんとの夕方の約束は17時。

そこでケヤキモールで合流して、一緒にご飯という流れだ。

 

俺はその日、昼前には部屋を出る。

エレベーターを降りて、ロビーを出る。

そして、真っ直ぐケヤキモールへ向かった。

 

ケヤキモールの入り口では商品券か何かの抽選会をやってるのか騒がしかった。

それを横目に通り過ぎて、ケヤキモールに入ってすぐ、トイレに向かう。

トイレで要した時間は10分。

トイレから出て、目的の人物を見つけて俺は確信する。

 

今日の尾行は青い髪の毛で短髪の女子で間違いない。

俺は先程撮ったその子の写真をトイレで一之瀬に送信していた。すぐに来た返事の内容は、伊吹澪という名前といつも一人でいるというイメージがあるという情報。俺はありがとうと返して携帯をポケットに仕舞う。

 

俺はブラブラとケヤキモールを歩いて思い立ったように書店に入る。ここの書店は面積が狭い割に多くの棚が並べられており,品揃えは良いが、狭いのが特徴だ。当然,死角も沢山できる。

伊吹のいる位置から画角を計算して、完全に見えない死角に入る。

 

伊吹は出口を監視するだろう。

だが、それはいつまで持つだろうか。

俺がいつまで経っても出てこない事を不思議に思った伊吹は必ず俺を探しに書店に入ってくる。

 

時間にして30分後。

伊吹は書店に入ってきた。案外早かったな。短気な性格なのかもしれない。

俺は死角で息を潜めて伊吹の様子を伺う。

顔付きには若干の焦りが見える。

やってることが完全に逆転してしまったな。。

 

俺は死角を利用して、伊吹の視線を掻い潜り、書店を出た。そして、少し離れた場所で、書店から伊吹が出てくるのを待つ。

 

出てきた伊吹は周りを見渡しながら走っていく。

それを付かず離れずの距離で追う。

アパレルショップや家具や生活用品。そして家電量販店なんかも隈なく回っていく。1時間半くらいの探索で流石に諦めたのか、ケヤキモールを出た。

どうやら帰る選択をしたようだ。

足取りを見るに相当苛々は募ってる様に思えた。

俺もその後を追う。

 

先程まで息巻いて走っていたのが影響してるのか、伊吹の足取りはゆっくりだ。

しかも、ほぼ後ろにいる俺に気付く様子もない。俺は仕方なく、その伊吹の隣に並ぶ事にした。

 

「チッ。どこに行ったのよ」

舌打ちする伊吹は、俺が隣に並んだ瞬間、気配を感じてか、こっちを見て立ち止まる。

 

「あ、あんた!」

「うん?俺に何か用事か?」

俺は平然として応える。

 

「…何でも無い。ってか、いきなり隣に来て逆に私に何か用?」

「ああ。少し聞きたいことがあってな」

伊吹は腕を組んで顎で先を促す様な素振りを見せる。

 

「今日は楽しかったか?」

「は?キモいんだけど。何?」

伊吹はこれだけでは俺の意図は汲んでくれないらしい。

 

「休日の朝からご苦労だったな。伊吹」

俺は伊吹の名前を出して、こっちが情報を掴んでることを開示する。

 

「なるほどね。あんたが喧嘩を売ってきてるのは分かった。それで、何が目的?」

きっと、伊吹は朝早くからロビーから俺が出てくる事を張り込んでたに違いない。

 

俺は携帯を見る。時刻は午後2時を回ったところだ。

「走り回って疲れただろ?一緒にカフェでもどうだ?お前の奢りで」

「あんた蹴られたいの?お断りよ。」

「お互い有意義な話になると思うけどな」

「あんた、さっきから回りくどいわね。もっとハッキリと言いなさいよ」

短気なこいつに回りくどく言ってわざと煽ってるんだがな。まあ、それももう無駄か。

  

「伊吹もこれを龍園に見られたら困るんじゃ無いか?」

俺は伊吹が尾行始めてからの何枚かの写真と、伊吹が焦って息巻いて走り回る動画。そして、諦めて無様に帰っていく様子を撮影した動画を見せる。

 

「は?これ、いつ。。」

「別に俺としては、こんなのメモリの無駄遣いだ。消しても良い。だけど,お前がDクラスの俺に手の上で泳がされたと事を…」

その瞬間、伊吹は俺が手に持つ携帯に素早く手を伸ばしてきた。俺は抵抗せずに取られておく。

 

「伊吹。乱暴な真似をするのは勝手だが、場所を選ぶべきだな。その行為は強奪行為に他ならない」

俺は監視カメラを指差して言う。

それでも、伊吹は俺の携帯を操作する手は止めなかった。

 

俺は溜息をついて、核心をつく。

 

「はぁ。クラスポイントが減ることよりも龍園にビビってるのか。情けない奴だな。」

俺のその言葉を聞いて、ようやく顔をあげる。

 

「あんた…どこまで知ってるわけ?」

「何も知らない」

 

俺は動揺した伊吹の手から携帯を奪い返す。

フォルダの動画は一部が消えていた。だが、俺はSNSに自分だけのトークルームを作ってそこに貼り付けて保存してある。それをもう一度フォルダに戻しておく。

 

「表面上だけ消したって無駄だ。復元方法があるのはお前も知ってるだろ。さぁ、どうする伊吹。ここでお前が取れる選択は2つ。俺にカフェを奢るか、無様にやられて帰るかだ。前者を選ぶなら、俺の携帯の証拠は全て消しても構わない。もし、後者を選ぶなら言うまでもない」

 

監視カメラの映像には伊吹が無理矢理に俺の携帯を奪ったことが残っている。だが,そのトラブルがあった後に俺と一緒に行動する事が監視カメラに残れば、強奪の罪は少なくとも薄れる。その上で、俺の携帯には甘い餌がある。

実質1択でしかない。

 

「分かった」

伊吹がその言葉を吐き出したのはたっぷり時間をかけた後だった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

伊吹と共に無言でケヤキモール3Fにあるカフェに来た。

時刻は2時半で比較的空いている時間帯だった為、知り合いに見られる事もなさそうだ。

 

店員は俺が頼んだブラックコーヒーを2つ持ってきたのを見て伊吹が話し始めた。

 

「私、ブラック飲めないんだけど」

「今日くらいは苦いのが口に合うんじゃ無いか?」

「あんた、ほんといい性格してるわね」

 

俺はブラックコーヒーで喉を潤して本題に入る。

 

「それで、俺を尾行する目的だけ教えてもらおう」

伊吹は俺の質問に答えず、溜息をついて悪態をつく。

 

「はぁ。だから、こういう回りくどい事は嫌いなのよ。こんな雑魚、ボコってお終いでいいのに。」

 

まともに答える気は無さそうなので、俺は少しずつ持っている情報を公開することにする。

伊吹が勝手に判断して、話を広げる事を期待する事にした形だ。

 

「金田の指示なんだろ?お前が従うタイプには見えなかった。意外だな」

「あんた、何も知らないんじゃ無かったの?」

「ああ、何も知らない。だから、教えてくれ」

 

俺は素直にそう言う。

さっきの動画や写真を龍園に報告する気なんて微塵も無いが、それが弱みになるならとことん利用する。

 

「私だってほとんど何も知らない。金田にあんたを尾行しろって言われて、今日は張り付いてただけ。」

 

良い答えだな。今出てる情報だけで答えてくる。

だがそれは尾行する動機であって目的じゃない。それにほとんど何も知らないってことは何か知ってる事と同義だ。

 

「尾行の目的は?」

「あんたを調べる事だけ。不要には絡むなって指示はあった」

思ったよりも喋ってくれる伊吹。

だが、この情報もこれまでの尾行で既に分かってることだ。

 

「俺が知りたいのはその先なんだがな」

「でしょうね。でも、龍園はその先を誰にも話す気なんか無い。だからほんとに知らない」

「その先を知らないのに、龍園に従うのが腑に落ちないな。」

「龍園に逆らう方が面倒な事になる。それだけ」

 

まるで独裁国家だな。

龍園がそれを成し遂げている手段は椎名から聞いた話と照らし合わせれば、暴力で従わせているに間違いないだろう。恐らく従わない奴は、従わせた奴も含めた龍園の勢力に袋叩きになる。

だが、龍園の凄いところはこれを表に出さずに過ごしている事。

頭の方も相当なキレると考えたほうが良さそうだ。

 

「そうか。話は変わるがお前はAクラスに興味があるのか?」

「は?それ答える必要ある?」

「答えたく無いならいいが?」

伊吹は本日何度目か分からない溜息をつく。

 

「ない奴の方が少ないでしょ。」

 

ない奴の方が少ないか。一人を好む伊吹が他人の情報を掴んでるとは考えにくい。

独裁国家が成立してる裏にはAクラスの道が見えているのかもしれない。

 

「ところで、飲まないのか?」

俺のカップは既に残り2割を切っているが、伊吹はカップに口をつけていない。

 

「あんた聞いてなかったの?飲めないって言ってるでしょ」

「…そうか。残念だけど、それを飲み切らなきゃ俺とのティータイムは一生続くぞ。」

まあ、ティーはこの場にないわけだが。

 

「あんたが飲めばいいじゃない」

「それは伊吹のだ。俺のじゃない」

「とことんウザいやつね。」

伊吹はカップを持って、一気に喉に流し込む。

が、余程苦手なのか半分を切ったところでカップを置く。

 

「にっっっがっっっ‼︎」

その瞬間、俺のカメラのシャッターが火を吹いた。

 

「は?」

「散々、俺のことをつけ回してたんだ。一枚くらいいいだろ」

俺はそれを伊吹に見せると、怒りの沸点を超えたのか、立ち上がり机を思い切り叩く音が店内に響き渡った。

 

「おい、周りを見ろ」

周りの客は俺たちの方を注目している。

 

「あんたのせいでしょ」

伊吹はそう吐き捨てつつも、周りを威嚇するように見る。

俺は伊吹が目を逸らしたその瞬間、素早く携帯を操作して、さっきの伊吹の写真もSNSのトークルームに保存しておいた。

 

「悪かったな。冗談だ。」

そう言って、俺は携帯を伊吹に渡す。

伊吹もその意味を瞬時に理解して、それを乱暴に受け取りながら暴言を吐いた。

 

「死ね」

伊吹は懸命に操作を始める。復元先までキッチリ消去している様だ。

俺のSNSに保存しておく発想は有効だな。SNSにはパスがかけられるし、普通に復元できる方法があるから、こうやって保存するやり方は影に隠れる。

 

俺は自分のコーヒーの最後の一口を味わう。

 

「伊吹、それ俺が飲んでもいいか?」

伊吹は操作をやめて一瞬顔をあげる

 

「は?」

「もう飲まないんだろ、どうせ。せっかくのポイントが勿体ない」

「あんた、ポイント払わないでしょ」

「ポイントを払わないと飲めないものなんだ。同じ事だ」

 

「……別に。いいけど」

「そうか、ありがとう。」

俺は伊吹の前のブラックコーヒーを引き寄せて、口に運んだ。

伊吹はこちらをチラチラ見て、小声で問いかけてくる。

 

「…気にしないわけ?」

 

「何をだ?」

「何でもない!」

その後。伊吹が満足いくまで俺の携帯を操作して、解散となった。

この後は尾行しない様に念押しで伊吹に言うと、もう一生しないと言っていたので大丈夫だろう。

伊吹は存外素直な性格で嘘はつけそうになさそうだ。

 

これで障害は取り除かれた。

人のポイントで飲むブラックコーヒーは格別に美味かった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

17時の15分前に待ち合わせ場所のケヤキモールの入り口に向かうと、既にみーちゃんは来ていた。

…早いな。

 

「悪い。みーちゃん。待たせたか?」

白のワンピースに青色のシャツをさらりと羽織ったようなコーディネートで、みーちゃんによく似合っていた。

 

「あ、綾小路君!んーん!私が早く来すぎちゃっただけだから。その…楽しみすぎて。えへ」

「そうか。俺も楽しみにしてた。似合ってるな、そのワンピース。」

「そ、そう?ありがとう。綾小路君もかっこいいよ」

 

俺の格好は上はシャツの上に上着を羽織っていて、下もデニムパンツの特に捻りもないシンプルなものだったが、みーちゃんはお気に召したらしい。

 

「ああ、それで今日はどうする?」

今日のプランは全てみーちゃんの方に一任してある。

 

「あ、うん。その、まだ、夜ご飯には早いから、ゲームセンターにでも行かない?」

「ゲームセンター?そういうのが好きなのか?」

「好き…っていうか、その…と、とにかく、行きたいの!だめ?…かな?」

「いや、全然構わない」

「そ、そう?じゃあ!いこう」

 

俺とみーちゃんは並んでケヤキモール内にあるゲームセンターに向かった。

ゲームセンターは喧騒としていて、ケヤキモールの中でも異質な一角だった。

 

「思ったよりも音が騒がしいな。」

「うん!なんか、みんな心から楽しんでるんだって思うとちょっとテンション上がるよね」

心なしか、みーちゃんのテンションも上がってるっぽい。

いつもより声が大きかった。いや、この音の中で会話するなら声のボリュームを上げる必要はあるか。

 

「そうだな。それで、どこに行くんだ」

俺もいつもより声を大きくしてみーちゃんに問いかける。

 

「う、うん。そうだなー。綾小路君は初めてだもんね。最初はあれやってみない?」

みーちゃんが指差したのはエアホッケーと表示された大きな机の様なものだった。初めて見るものだ。

 

みーちゃんについて並ぶと、

「綾小路君はあっちだよ」

そう言って笑いながら、みーちゃんとは対角に行く様に指示される。

 

「悪い。そうなのか。知らなかった。」

俺が対角に立ったのを見て、みーちゃんはポイントを支払う。すると、机が液晶になってたらしく、円盤とステージが表示される。

 

「これを持って、この円盤を打ち合うんだよ。相手のゴールに入れたら勝ちになるの。分かった?」

みーちゃんに習って、目の前にあったプラスチックで出来た物を持った。

ゲームはスタートする。みーちゃんが力弱く円盤を弾いてくる。なるほど、このよく分からん持ち手でそれを弾くゲームか。そして、壁に打ったときは反射する仕組みだ。

 

「みーちゃん。もう手加減しなくていい。ルールは分かった。」

「あ。ほんと?じゃあ、本気でやるよー?」

「ああ」

 

結果は2-0の惨敗。2セット目は、惜しいところまで行ったのだが案外難しいものだ。円盤の加速速度や壁に跳ね返る角度も規則性が最後まで掴めなかった。もしかしたら、ランダム要素があるのかもしれない。

 

「みーちゃん。強いな」

「えへへ。私,実はこれ得意なんだ。」

なるほど。通りで歯が立たないわけだ。

 

「もう一回やる?」

「いや、やめておく。ボコボコにされるのは勘弁だしな。それに他にも沢山ゲームはあるしな」

「それもそうだね。じゃあ、次はあれやらない?」

みーちゃんが指した先は太鼓が2台並んでいるものだ。

 

「これやった事ある?」

「いや、ないな。ていうか、実はここにある物全部初めてだ。」

「あ、そうなんだ。私も実はこれはやった事ないんだ。だから、初めて同士だねっ」

「それは、負けられないな。」

 

そのゲームはシンプルな物。バチを2つ持って譜面に沿って、太鼓の側面と面を叩くだけだ。

 

「どの曲が良い?」

みーちゃんはそう聞いてくるが、どの曲も知らないものばかりだ。俺は目についた、唯一知っているものを言う。

「じゃあ、ベートーヴェンの交響曲第七番にする」

「綾小路君。チョイスが渋いねっ」

これは渋いチョイスだったのか。。

 

聞き馴染みのあるメロディーに沿って流れる譜面に合わせて叩くのは正直簡単だった。難易度もそれほど高くない事もあり、俺は全ての譜面を完璧に叩き切った。

 

「綾小路君、初めてだよね?」

「ああ、ほんとに初めてだ。案外いけるものだな。」

「これは、私の負けだな〜」

 

2曲目はみーちゃんが選んだ知らない曲で難易度も一つ上がったが、それでもやはり、難しく感じることはない。ただ、譜面に沿って太鼓を叩くだけ。2曲目もフルコンボだドンと太鼓に顔がついた化け物に褒められた。

 

「綾小路君、太鼓センスあるんじゃない?」

「太鼓はやった事ないが、ピアノはやった事あるんだ。楽器は一つできれば、他の楽器にも応用がきく。それのおかげかもしれないな。」

「あ、そうなんだ。だから、曲のチョイスがベートーヴェンだったんだ。なんか納得した。」

今回はみーちゃんは勝手に納得してくれたが、他のトレンドの曲も少し調べておいた方が今後ボロは出なさそうだ。

 

その後もゲームセンターをみーちゃんと満喫した。

 

ある程度遊んで時間も経ったためか、みーちゃんは携帯を取り出して時間を確認する。

みーちゃんだけに時間管理を任せておくのもしのびない。

 

「夜ご飯は何時からの予定なんだ?」

「あ。えーと18時半に予約してるんだ」

「そうか。なら、後30分くらいは大丈夫そうだな。次はどうする?」

 

みーちゃんは言いにくそうにしながらも、意を決した様に言う。

 

「そ、その。綾小路君さえ良かったら、プリクラ取りたいなーなんて…。」

またしても聞いたことのない単語だった。

 

「今日はみーちゃんにとことん付き合うつもりだ。全然構わない。」

「ほ、ほんと?よかった〜。じゃあ、行こ?」

みーちゃんが指差した先は、今時風のアイドルっぽい容姿が大きくてプリントされた筐体だった。

 

みーちゃんにつれられるようにその筐体に入っていく。

操作している彼女に予め予防線を張っておくことにした。

 

「実はプリクラ初めてなんだ。なんか間違ってたらすまない」

まだ、何をするかも察せられていない。

 

「え!そうなの?プリクラはなんて言うか…写真を撮る感じかな。…私も男の人と撮るの初めてなんだ」

写真を撮る?携帯やカメラで撮るのとは違うんだろうか。

 

慣れた手つきで操作していたみーちゃんの手が止まった。

 

「どうしたんだ?」

みーちゃんがタブレットのような画面の前で固まっていたので、近くに寄る。

 

「カップルモードと友達モード?」

カップルモードは俗に言う恋人のことを指しているのだろう。

 

「え、あ、綾小路君!?」

みーちゃんは俺が寄ってきてる事にも気付かないくらい固まってたらしい。

 

「みーちゃんが好きな方を選んでいいぞ」

「え?ど、どうしよ」

そう言っても、みーちゃんは悩んでいる様だった。

 

「綾小路君はどっちがいい?」

なるほど。その返しは上手いな。

これは告白の前哨戦の様なもの。ここで俺がカップルモードを押すか押さないかはみーちゃんにとって重要な事だろう。

 

俺は迷わずカップルモードを押した。

 

「え、い、いいの?」

「いいも何も。みーちゃんはこっちがいいんじゃないのか?」

「綾小路君は…」

「さぁて!最初は軽く腕を組む所から〜」

 

みーちゃんが何か言おうするのと、筐体からラジオ体操の最初の下りのような指示が飛んでくるのは同時だった。

みーちゃんは焦ったように俺に腕を組んでくる。

 

彼女が聞きたい事は恐らく俺がどっちが良かったのか。

…俺はどっちでも良かった。どっちを選んでもあの後の俺の回答は変わらないからだ。

 

その後もカップルっぽい指示が続いた。

終始照れながら対応するみーちゃんが可愛かったとだけここに記す。

 

「はい、これ、綾小路君の分。」

あの後、お絵描きタイムという謎の時間が始まって、日付や名前などを時間に追われながらみーちゃんは書いていった。

俺は何も理解できないまま3分のお絵描きタイムは終わった。

 

「この右下のやつだけは、あの機械の指示ミスじゃないか?」

『アンニュイな感じでお互い見つめ合って〜』

そもそもアンニュイが分からなかったため、俺はみーちゃんの方を見て、みーちゃんは照れてるだけの写真。

 

「まあ、でも、これもいい写真だと思う」

みーちゃんの方は大満足のようだ。

 

俺達はゲームセンターを出て、予約しているというレストランに向かった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

みーちゃんが予約していたレストランは、前に椎名ときた事のある場所だった。他にもっとカップルには最適な場所もあるのにこの場所か。選んだ事にも意味がありそうだな。

 

俺達は店員に、個室の席に案内された。

 

「予約ありがとうな。お陰で静かだ」

「いや、私が綾小路君を誘ったんだから気にしないで」

予約された側になって分かったが、これはお決まりの社交辞令みたいなもんだな。

 

俺達はメニューを見て適当に頼んでいく。

ファストフード並みの速度で店員は持ってきてくれる。

机の上には唐揚げやフライドポテトやサラダ。シェアできるような物が数皿並んだ。

 

「期末テストお疲れ様」

「うん。綾小路君こそだよ。皆、綾小路君には感謝してると思う。」

「みーちゃんの方も洋介から頑張ってると聞いてる。お互い様だ」

「うん。今回はその…終わった後に綾小路君とのデートがあったから…。えへ。頑張れたんだ」

みーちゃんは照れながらも言う。

 

「みーちゃんの力になれたならよかったよ。」

「うん。…ほんとは綾小路君の方の勉強会に行きたい気持ちもあったんだ。」

「どうしてだ?」

みーちゃんはそんなの決まってると言わんばかりの顔付きで答えた。

 

「綾小路君がいるからだよ」

「そうか」

みーちゃんは確実に俺の逃げ道を塞いで行く。

 

「綾小路君…」

みーちゃんが何か言おうとした瞬間、俺の携帯が音を立てて鳴り始める。

 

「悪い、出て良いか?」

「え、あ、うん。もちろんだよ」

俺は呼び出しの人物を確認して出る

 

「もしも…」

「綾小路君っ!きゃぁっ」

俺の言葉を遮る、叫ぶ佐倉の声。

悲鳴と共に携帯が落ちる音が聞こえ、周りの喧騒が聞こえている。

只事じゃ無さそうだ。

 

「みーちゃん。悪い。緊急の呼び出しだ。」

 

俺は、ほとんど手のつけてない食べ物とみーちゃんを残して、急いで、上着を取り佐倉の元に走って向かった。

 

今はもう電話が切れているが、場所は大体分かる。

電話口から入口の抽選会の声が聞こえたからだ。

俺は入り口に辿り着き、周りを見渡す。

人気が無さそうな路地のような抜け道が一箇所見つけた。

 

犯行に及ぶならあそこしかない。

 

俺がそこに向かうと、佐倉に襲い掛かっている男が見えた。家電量販店の受付の男だ。

俺はスマホで動画を数秒撮る。これで状況証拠は問題ない。

俺は遠慮なく、佐倉の上に跨るその男の脇腹に蹴りを入れた。男は吹っ飛んでいく。苦痛で顔が歪ませつつ、醜いながらも俺に聞いてくる。痛みで立てないようだ。

 

「何だお前は」

俺は無視して佐倉に話しかける。

 

「佐倉。大丈夫か。」

倒れている佐倉の手を取り、ゆっくりと引き起こす。

力が抜けて立てないのか、座り込んでしまう。

微妙に乱れている服装の佐倉に、自分の上着を掛けておく。

パトカーのサイレンの音が聞こえてきた。来てる途中に俺が呼んだものだ。

 

「あ、……あやの、こうじ…くん」

佐倉の目には恐怖と涙が溢れ出ていて、その声は震えている。

「もう大丈夫だ。安心して良い。」

俺は背中をゆっくりと摩り、佐倉が落ち着きを取り戻すように、優しい声をかけていく。

 

「な,なんなんだ!お前は!!!」

男がふらふらと立ち上がり、先程と同じ質問をしてくる。

脇腹を折る勢いで蹴ったが、この男も気力だけは相当だな。

俺が答える前に、警察が後ろの角から顔を出す。

 

俺は極めて冷静に警察に対処を促す。

 

「犯人は向こうです。証拠もあります。確保を」

警察は冷静な俺を見て驚いているようだが、犯人の動揺っぷりを見てすぐに犯人に駆けつけた。

犯人は警察に捕らえられ、醜く暴れ出す。

これで、公務執行妨害も追加だな。

 

「事情聴取がしたい。君と署に向かってくれるかな」

「それは出来ません。彼女はあの男によって気が動転しています。証拠のデータは今すぐお渡しできますが、今すぐの同行は拒否させてもらいます。事情聴取は任意なので問題ないですよね?」

「あ、ああ。分かった。確かに今の彼女には君が必要だろう。」

俺はさっき撮影した動画を渡し、後日の事情聴取には対応する旨を伝えると警察は犯人を連れて去って行った。

 

「…こ、わかった。こわかったよっ。綾小路君」

そうして、佐倉が抱き付いてくる。

彼女が落ち着くまで暫しの時間が必要だ。

 

いつまでも、路地裏にいるわけにも、今の佐倉を人目に晒すわけにもいかないので、俺は少し落ち着いてきた佐倉を連れてケヤキモールの外に出る。落ち着いてはいるが体に力が入らないようで俺がおんぶする形だ。

全体重を俺に預けている。

 

「…綾小路君。ごめんね。迷惑かけて。」

「迷惑なんて一つも思っていない。俺は頼ってくれて嬉しい」

「あはは。そう言ってくれると気が楽になるな。ありがとう。。」

俺は寮からケヤキモールの間にある人目の少ないベンチに佐倉を下ろして、隣に俺も座る。

佐倉はベンチの背もたれじゃなく、俺に倒れてきた。

 

「ごめん……今だけはこうさせてほしい。」

「いや、気にしない。いくらでも俺でよかったら使ってくれ」

佐倉は極限状態が解かれたからか、目が微睡み、ゆっくりと眠りに落ちていく。

 

すると、佐倉を連れてケヤキモールから出た所から俺達のことをつけていたみーちゃんが声をかけてきた。

 

「……綾小路君」

「みーちゃんか。悪かった。連絡をする余裕が無くてな。」

「…その、説明してくれますか?」

「悪いが、佐倉に関係することでもある。内容もあまり他言したくない」

みーちゃんには聞く権利があると思うが俺は敢えて話さない。

 

「…そうですか」

みーちゃんは何も知らず、佐倉が完全に俺に体を預けているこの状況をどう捉えるだろうか。それを知ることが最重要項目だ。

 

「綾小路君…」

先程のレストランでの楽しい雰囲気は飛散し、もう告白できる空気でも無い。あの時と何か話そうとしていた時と同じセリフだが、同じには聞こえなかった。

  

「私。知ってます」

「何をだ」

 

 

「綾小路君が私だけに優しくしてるわけじゃないってこと。綾小路君は誰にだって優しい。そんな優しさだからこそ私は綾小路君を好きになったんです。」

 

告白の雰囲気が飛散し、

俺の逃げ道を塞いでいた状況ももう無い。

もう後ろ盾も攻める手立ても残っていないのに止まらない。

 

「だって。もし…私だけに優しいなら、それは本当の優しさじゃないじゃないです」

 

「だから、私は綾小路がくれた本当の優しさを返したいんです。恋人じゃなくたって、友達じゃなくたっていい。その関係は何だっていいんです。」

 

「だから‥私を私として側に置いてくれませんか?」

 

みーちゃんの告白の舞台は俺が台無しにした。

白波千尋の告白に対して、一之瀬が取った手段は第三者の介入。それは的確な処置だろう。だが、人選とやり方を間違っていた。

俺は一之瀬のやり方を修正して、佐倉を第三者として仕立て上げ舞台を整えた。

その今の状況は想定通りに進んでいる。

 

彼女以外は。

 

俺はまだ、みーちゃんのことを何も見えていなかったらしい。

 

「ああ。俺もみーちゃんのことが好きだ。俺の側にいてくれ」

 

一之瀬に言った言葉は自分に返ってくる。

みーちゃんの必死な思いには、誠実に応えなければならない。

 

みーちゃんが恋人じゃなくていい関係を望むなら

俺はみーちゃんのことを好きになっていいはずだ。

 

みーちゃんは俺の返事に満面の笑みと涙を流す。

 

密かに聞こえる佐倉の寝息と

嬉しさに咽び泣くようなみーちゃんの泣き声だけが

この場には残り続ける。

 

 

 




今回長くなってしまい申し訳ありません。

夏のバカンスの目前の土曜日の話です。

次の回は舞台を整えた裏話がある予定です。

補足
原作で出てきた 連絡先を持ってる相手の位置情報が分かる云々は使いませんでした。今後も使わない予定です。原作でも忘れられてるガバ設定ですしね。

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