綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
先週の金曜日に佐倉とケヤキモールにデジカメの修理に行った時に不審な点を見つけた。
店頭に置いていたモデルのカメラだ。4台置いてあったうち一台が録画状態になっていたのだ。
その位置の画角から防犯用の監視用ではないことは明らかだった。
俺は受付にいた店員が挙動不審だったこともあり調べることに決めた。
その店員の名前はデジカメの修理を担当の時に割れていた。
俺はその名前でネットを検索する。
検索ヒット数が少ない順に調べると、一人のアイドルのブログに辿り着く。
その男は本名で登録してコメントを残しているようだ。
アイドル相手に自分のことを認識してほしい願望が強く出ててしまった結果だろう。
残しているコメントにアイドルの方は反応していないようだが、気味の悪い内容のコメントだった。
「ずっと見てるよ」や「これは運命だ」などと気色の悪いコメントが並べられていた。
アイドルの方の投稿の写真を見て気付く。雫という名前で活動しているが、これ佐倉の自撮りだ。
普段の眼鏡をかけていて大人しい佐倉の面影はもうそこにはなかったが、佐倉の容姿であることは疑いようがない。
この情報で俺は理解した。
あの店員は佐倉のことを一方的に知っている。
既に事件性はあるが、明確な証拠がない分、どうにもできないのが現状だ。
だがあの男はミスを犯している。
それは店頭に置いていた、録画状態だったカメラだ。
俺は次の土曜日も家電量販店に向かった。あの男はいない。
カメラも録画状態になっていなかった。
俺は他の店員に話を聞いてみることにした。
「すいません。この店頭に置いているカメラって見せてもらうことはできますか?」
「あ、これ?ダメダメ。これは売り物じゃないんだ。壊れたりしたら責任が取れないだろ?」
カメラを操作するのは不可能か。使用履歴が見れればと思ったんだが。
恐らくだがあの男はカメラにSDカードを挿入して使用している。
カメラごと変えているとなれば、監視カメラに映るだろうしな。
その点SDカードなら、監視カメラの死角で抜き差しすることが可能だ。
俺は次の日曜日も家電量販店に向かった。
あの男はいた。カメラも録画状態になっている。
あの男が離席したが、カメラは録画状態のままだ。
俺はすぐに行動に移った。
昨日と同じ店員に声をかけて、録画状態のカメラを指差して言う。
「このカメラのSDカードの挿入口を見てくれませんか。」
俺に質問を聞いた店員はすぐに嫌な顔をしたが、俺の只事じゃない空気を感じ取って、対応してくれた。
すぐに録画状態であることに気づいたようで、入っているはずのないSDカードを抜き出した。
「今日受付に立っている男性がいる時はいつも録画状態になっていたので気になっていたんです」
「ちょっと、待って。店長呼んでくる。」
そう言って出てきた、渋い顔のガタイの40代くらいの男が出てきた。
店長はすぐにやってきて、俺がもう一度同じ話をする。
あの男に事実確認すると言って店長はバックヤードに戻って行った。数十分後、俺の元へ戻ってきた店長は悲しそうに言う。まあ、店長にも管理監督者としての責任があるだろう。
「来週の土曜日をもって敷地の外に左遷して、然るべき処置を下すことになったよ。」
俺が情報提供者だからか、本来、外に漏らすはずのないそんな人事情報をくれた。
つまり、あの男はあと一週間の執行猶予という名の短い命が与えられたわけだ。
あの男が、店頭にカメラを置いていたのも佐倉が来たときのことを映像に残すためだったのだろう。他の人から見たらレジ前の映像で何の価値もない物に見えるだろう。だがあの男にとっては特別なものだったのだ。
佐倉にストーカーまがいの粘着行為をしている男が、来週の土曜日をもって左遷となる。
そんな日にデジカメを受け取りに来た佐倉と出会ってしまえば、それこそあの男には運命にしか見えないだろう。
この敷地の外に左遷されてしまえば、もう会うことはできない。あの男は間違いなく佐倉に接触するだろう。
俺はこの天から降って来たシナリオを利用することに決めた。
この男の言葉を借りるなら、これは運命だ。
--------------------------
俺は金曜日の夜に佐倉に電話をかけた。
内容はいたってシンプルな伝達。デジカメの回収だ。
店側の要望で土曜日の18時以降に取りに来て欲しいってことだと俺は伝えた。それに佐倉は快く了承した。
本当は店側ではなく俺の要望だが。
実際は、金曜日の夕方にもう直った連絡は来ていた。だが、この噓に佐倉が気付くことはないだろう。
万が一気づいたとしても問題は全く無い。
ともあれ佐倉が、18時以降にケヤキモールに向かう予定は確定した。
--------------------------
昨日のことは今でも鮮明に思い出せる。
まず、伊吹が俺を探すために隈なく、ケヤキモールを探索した時、家電量販店にも立ち寄った。その時に、あの男は死にそうな顔付きで受付に立っているのを見た。
俺は俺が選んだシナリオが予定通りに事を運んでることを確認した。
伊吹とカフェで別れた後、事件が起こりそうな場所を探した。
もし、佐倉を呼び出すなら監視カメラと人目の無いところだ。
監視カメラでの監視体制は厳しいものが敷かれているため、少しでも不審な動きがあれば即時逮捕につながることは馬鹿でも想像できるだろう。
なら、そんな場所は数が限られている。
入口近くの路地裏。ここなら、監視カメラも無く、今日行われている抽選会の影響で人の目もそちらに向いている。これほど適した場所はない。
保険として他にもいくつかポイントを見つけておくが、俺はここを大本命とした。
佐倉を助けに行く下準備もこれで整う。
後はタイミングだけだ。
---------------------------------
こうして、俺は佐倉を第三者の告白の舞台の介入者として仕立て上げ、みーちゃんの告白を阻止しようとした。
これは先延ばしであり、現状維持だが、今はそうするしか無いと、白波千尋の告白現場を見てそう思ったからだ。
俺がみーちゃんの告白に対する回答を持ってないが故に。
現実は俺の思惑通りに事が進んだ。
思ったよりも佐倉のヘルプが遅くて、ギリギリのタイミングだったが間に合った。
佐倉を助けるプロセスは全て頭の中で出来上がっていた。
通報から警察への対応は学生とは思えないほどスムーズだっただろう。
この件で佐倉は俺に全幅の信頼を置くこととなった。
体も心もすべて俺が背負い、ケヤキモールを出た。
みーちゃんが俺のことを見つけて、つけてきてるのも確認していた。
佐倉の件はみーちゃんの約束を途中で投げ出すに値するものだったし、松下に責められることもない。
みーちゃんの告白の舞台はもうどこにも無かった。
それなのに、みーちゃんは告白してきた。
佐倉が俺に体を預けて寝息を立てている状況なのにも関わらずだ。
みーちゃんは俺のことを好きだと言い、俺もそれに応えるほかなかった
だけど、恋人になったわけじゃない。
それっぽく表すなら、友達以上で恋人未満。
そして、今後もそれ以上の関係になる事はない。
俺の作戦は失敗したが、結果としては成功の範疇。
俺達の関係に名前をつける事はできないが、
側にいる理由も資格もある。
それだけで特別な関係だ。
-------------------------
みーちゃんの告白から暫しの時間が経ったが、佐倉は中々起きる様子を見せない。
あんな事件があった後だ。事件が起こる要素は揃ってたとはいえ、教唆したのは俺だ。
起こすのは忍びない。起きたとしても一人で歩けるかは分からない。
なので、もう一度おんぶで背負って帰ることに決めた。
だが、俺が佐倉のことを背負おうとするが、中々うまくいかない、
おんぶとは背負われる側の協力もあって成立していたことに気付く。
もう、俺が思い付いた限り、佐倉を運ぶ手段は一つしかなかった。
「悪い、佐倉の鞄を持ってくれないか」
みーちゃんにそうお願いして鞄を渡す。
彼女は俺が佐倉をおんぶしようと四苦八苦していたところを一部始終見ていただろう。
「それはいいけど、、どうするの?」
「もう正面から抱きかかえることにする」
俺は俗世間的の陳腐な表現をすれば、お姫様抱っこに該当することをする。
俺は佐倉をお姫様抱っこして、起こさないように慎重にゆっくりと歩き出す。
もう、太陽はとっくに沈み、道並みを照らすのは月明かりと街灯だけだ。
みーちゃんも、その隣を歩いてる。
「…綾小路君。私たち恋人にはなれないんだよね?」
俺が佐倉を優しく介抱する様子を見て不安になったのか、さっきは恋人じゃなくていいと言っていたのに、そんなことを聞いてきた。
「ああ、そうだな。」
「綾小路君は…そ…その、私のこと好きなんだよね?」
「ああ。好きじゃなきゃ二人で出掛けたりなんかしない」
「じゃあ、どうして?」
難しい質問だな。
みーちゃんと付き合えない理由ならいくつか思い当たるが、今はみーちゃんが納得する答えを返すべきだ。
「俺には好きだから付き合うって発想がないんだ。」
そう言っても、みーちゃんの表情は納得していない。
なら別の角度から攻めるしかない。
「やっぱり、俺と恋人になりたいのか?みーちゃんは」
「…できれば。」
「どうして、恋人になりたいんだ?」
「ど、どうしてって。それは…。」
「周りに彼氏彼女ですって言う為か?」
「ち、ちがうよ。」
「恋人らしいことがしたいのか?」
「それは…否定できないけど…」
「なら、恋人になりたい一番の理由って何だ?」
みーちゃんはそれを言語化できないようだった。
俺は佐倉をお姫様抱っこの形から片手で抱き上げるような姿勢に変える。
そして隣に歩くみーちゃんの右手を空いた手で取った。
みーちゃんは困惑したが、手は振り解かなかった。
「俺は恋人にはなってやれないけど、みーちゃんが求める事は何だってするつもりだ。それが俺がみーちゃんに向ける好きの形だからだ。不安そうな時には手を繋いで隣を歩いてやる。寂しい時は胸を貸してやる。みーちゃんの求める関係はそれでは足りないか?不服か?」
俺はみーちゃんと繋ぐ手に優しさを、そして熱を込める。
俺のその熱は繋がれた手を通して、みーちゃんに伝播していく。
みーちゃんはそれを、力いっぱい握り返してきた。
「んーん。不服じゃない。」
みーちゃんはこれ以上ないくらい満たされた顔をしていた。
言語化できなかったみーちゃんを代弁すると、みーちゃんが恋人になりたいのは、不安だからに尽きる。
告白は成功したはずなのに、お互い好き同士のはずなのに、俺の腕の中には、ぐっすり眠る佐倉がいる。
俺の傍なんて不明確な立ち位置は唯一無二の恋人とは違って足元がグラグラだ。
その不安の芽を地道に刈り取っていくしかない。
-------------------------
佐倉の部屋の鍵をみーちゃんにあけてもらい、佐倉をベッドに優しく寝かせる。
私服が皺になるかもしれないがそれはどうしようもできない。佐倉を部屋に残して鍵を閉めて出る。鍵は一先ずは俺が預かっておく形にした。
鍵の件と起きたら連絡をする旨をメッセージで送っておく。
その後、みーちゃんも部屋の前まで送り届けた。
「みーちゃん。今日は悪かった。そして、ありがとうな。」
「いや、お礼を言うのはこっちだよ。ありがとう。綾小路君。」
俺が首肯するとみーちゃんは何か言いたげな表情を浮かべる。
「綾小路君。私、今、その寂しいかも…」
俺はその意図を的確に汲み取って、みーちゃんを抱き寄せた。
胸の中には幸せそうな笑みを浮かべるみーちゃんが居る。
「あ〜、千秋ちゃん達になんて説明しよう」
「告白することを松下達に言ってたのか?」
「うん。報告しなくちゃなんだよね…。」
「悪いな。俺の中に好きなら付き合うっていう方程式はまだ無いんだ。」
「綾小路君は何も悪くないよ。だって、私、今、生きてて一番幸せだから。」
屈託のない笑みを浮かべるみーちゃんの言葉に噓はなかった。
みーちゃんの笑顔を見て一つ証になるものを思いつく。
「みーちゃんさえ良かったら、俺のことは名前で呼んでくれないか」
「え、いいの?」
「いいも何も。俺が呼んで欲しいんだ。」
「うん。わかった。…清隆くん。」
見上げるように俺の顔を見て照れながら、そう呼ぶ。
「な、なんか、見つめられたら恥ずかしくなってきた。」
「俺も同感だな。ちょっとむず痒い」
「あぁ~。でも、ずっとこの中で過ごしたい…」
みーちゃんは俺の胸に顔を擦り付けるようにして言う。
俺はみーちゃんを強く抱きしめる。
「俺は、みーちゃんの恋人にはなれないけど、一番大切な人になれるように努力する」
「清隆くんはもうとっくに、私の一番大切な人だよ」
「ああ。知ってる。だからもし、松下達に何か聞かれたら今の言葉を言えばいい。」
みーちゃんは俺が遠回しに松下達への解答を与えてくれたことに気付いたようだ。
「うんっ!」
みーちゃんにとって一番大切な人が俺一人だとしても
俺にとって一番大切な人はみーちゃん一人じゃない。
みーちゃんがそれを知っても、受け入れられるだけの器になるまではまだ長い道のりだろう。
---------------------------------
常夏の海。広がる青空。澄み切った空気。
太平洋のど真ん中を、豪華客船に乗って目指すは『一繋ぎの大秘宝』があるとされているラフテル。ではなくただの無人島だ。俺たちは夏のバカンスにやってきていた。
「うぉおおおおおおお!!!うみだぁあ!!!!!!」
クラスのテストワースト2の池・山内も駆り立てられたようにテンションが高い。内陸国の人が海に来てもこのテンションにはならなそうだ。
それには大きな要因があった。この豪華客船に備わっている一流の有名レストラン、温水プール、演劇が楽しめるシアター、高級スパ。その全てが無料で使用できることになっている。
0PTでポイント不足の俺たちにとって、それはまさに渡りに豪華客船。
『生徒の皆様にお知らせします。間もなく島が見えて参ります。暫くの間非常に意義ある景色がご覧いただけるでしょう』
突如そんな奇妙なアナウンスが流れた。
俺が不可解に思いつつもぼーっと景色を眺めていると
松下、みーちゃん、佐倉の3人が話しかけてきた。
女子って、いつの間にか仲良くなってるな。まあ、逆説的に考えるとすぐに仲違いするんだが。
「もしかして綾小路君、黄昏ててお取込み中だったりする?」
松下開口一番にそんな冗談を言ってくる。
「ああ。非常に意義ある景色を楽しんでたとこだ。」
松下は以前、水泳の授業で先生の奇妙な言い回しに気付いていた。
今回も気づいているだろう。
「なにそれ?それより、このトロピカルジュースマジうまいよ。一口飲む?」
こいつ、完全に浮かれててアナウンス聞いてなかったな。
俺は、差し出されたものを素直に受け取り、一口飲む。
みーちゃんと佐倉からの視線が飛んでくるが、トロピカルジュースなるものが予想外にうまくて気にならなかった。果汁のうまみのみが凝縮されている。
「今まで飲んだ飲み物で一番うまいかもしれない」
「あはは、綾小路君、大袈裟~。で、ちなみに今まで一番何だったの?」
「イソジンだな」
「え?まじ?」
「いや。勿論、冗談だ」
「だよね~。綾小路君、ならワンチャンありそうだからビビったよ~」
あるわけないだろ…。
何なら松下が振ってきたのに、雑に扱うのはひどいと思います。
「無人島。楽しみだね、綾小路君。」
みーちゃんはそう言ってきた。茶柱先生が話した計画を全て信じてるようだ。
俺は何か起こるような前触れのように言った。
「ああ。何も起きなきゃいいがな。」
「「「え?」」」
三人とも咄嗟に言われたことに驚いているようだ。
「ふふ。無人島では何か起こる。これはミステリーのお決まりですよね。綾小路君」
すると、俺の後ろから嬉々として解説しながら話しかけてきた。
色々ごたついてたのもあって、椎名と話すのも久しぶりだな。
「おはよう。椎名。流石だな。同じことを思ってた」
「はい。おはようございます。綾小路君の考えそうなことですから」
そう言って椎名は松下と佐倉にも自己紹介を交えた挨拶をしていく。
皆、同じようにテンションが上がっているのもあってか、すぐに打ち解けていた。
『これより、学校所有の孤島に上陸いたします。生徒たちは30分後。全員ジャージに着替えて、所定の荷物と携帯電話をお忘れなきようお持ちください。また、お手洗いはきっちり済ましておくようにお願いします』
どうやらそろそろ、ラフテル…じゃなかった、無人島に着くらしい。
「俺は荷物を取りに戻る。また後でな。皆」
「あ、うん。また後で~」「ま、またね。」
松下は大きな声で、佐倉は小さい声で、椎名とみーちゃんからは手を振られてその場を離れた。
Dクラスの生徒は0PT生活の反動もあってか相当、浮かれている様子だ。
夏のバカンスを前に馬鹿になっているようだ。
無人島では何かが起こる。これはミステリーに限ったことじゃない。
次回から本格的に無人島特別試験です。
ここまでの回収したかった伏線は全部回収しました。
佐倉を襲った変態が、店頭のカメラで録画してた件は、原作にはないのですが、アニメ版でそのような描写あったので、そっから拾いました。
犯人と佐倉の襲撃現場に駆け寄るまでの理論が少し無理ある気がします。監視カメラの無い云々のところ。素直に携帯の位置情報の話使えば良かったです。