綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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#16 承認欲求の化物

 

――櫛田桔梗の独白――

 

私は自分を承認欲求の塊だって自覚してる。

他人からの尊敬と羨望が何より欲しい。

でも、スポーツや勉強、容姿なんかは私より上がいる。それだけで認められない。2番じゃダメなんだ。1番じゃなきゃ…。

 

そうやって見つけた道が他人からの信頼を得ること。

これなら私は1番になれる。

他人の秘密は蜜の味。それが信頼の証だ。

 

だけど、それは嘘で塗り固められた先でしか手に入らないって知った。

見るのも嫌な男子に手を差し伸べることも、腸が煮え繰り返りそうなくらい醜いブスを褒めることも、私は感情を押し殺して、偽りを振り撒いた。

 

それは心に積もり積もっていくストレスを抱えたまま日々を過ごすことになることを意味してる。

そのせいで、中学では失敗した。

永遠を誓った親友には暴言を浴びせられ、私に相談すらしてきた先生から蔑むような目で見られた。

 

そんなことってあっていいの?

 

やられたらやり返す。当然のようにその手段を取った。

私に向けられる尊敬と羨望は恐れと憎しみに変わった。

 

だから、もう2度とあんなことにならないように誓った。私は新しい高校生活に胸躍らせた。また0からのリスタートだ。

 

最初にまともに話した記念すべき一人目は、バスの中で助けてくれた綾小路君って人だった。

見た目はそこそこイケてるし、バスではお婆さんに優しくしてたし多分いい人。

だけど、会話は挙動不審そのものだった。人との会話に慣れてないのは喋っててすぐに分かった。

 

私は綾小路君を手玉に取るように会話していく。

相手の反応を見て、それに最適なアクションを取っていく。

学校の門から教室までの間、ずっと私がイニシアチブを取って会話を回してた。

 

綾小路君は私の足取りなんか気にせず足早に進んでいって、気遣いもできないタイプなんだろうなって思った。

だけど、だんだん私に慣れてきたのか口調の方の違和感はなくなってきていた。緊張していただけで元々こうだったのかも?なんて思ってた。

 

でも、自己紹介の時の彼は今朝、私の会った時とは別人だった。

ほんの数十分しか経っていないのに。緊張が解けたとかでは説明がつかない変容っぷりには少し怖かった。

 

彼は須藤君とかいう空気読めない不良が崩した空気を立て直すように、ギャグっぽい自己紹介をした。

 

もし、普通のタイミングでこれをしたら、山内君のように滑るのが当たり前。

でも、須藤君が悪くした空気を回復しようとした綾小路君の行動には皆が乗る。皆もしんみりした空気が嫌いだからだ。それを彼は分かってた。

 

その時の綾小路君の言動は気遣いができる人そのものだった。相手の反応を見ながら話していくその姿は完璧にそれをこなしていた。

 

結果。自己紹介は成功した。

私の自己紹介が引き立て役を担ってるのかというくらい、綾小路は皆からの羨望を集める。それは私が一番欲しかったものだった。

 

私の時はわざと会話が下手なフリしてたの?

そんな風に思わずはいられなかった。

 

その夜、平田君に言われて、綾小路君も親睦会に呼んだ。

綾小路君はお菓子の差し入れを買ってきてくれたり、鍋の準備を手伝ってくれたりと、今度は私にも気遣いをしてきた。それに、会話に入りづらそうにしてたみーちゃんに会話を振ったりしてて、ますます不気味に感じてくる。

 

1日で人はこんなに変われるものなんだろうか。

 

空っぽのAIにディープラーニングを施して、次々に物事をインプットさせてるような変化っぷり。

思わず、それを指摘してしまったけど彼は元々こうだったと言うだけだった。だけど私の疑念は逆に深まるばかりだ。

 

次の日の部活説明会。

 

そこで、綾小路君の言葉を聞いて私は確信した。

「今の言葉、嘘っぽかったか?」

その言葉は私の空白の解答欄にすっぽりハマった。

 

そうだ。

一番最初会話した時、綾小路君は挙動不審だった。それは色んな人間と関わってきた私の経験則が素であると強く言っていた。だから、それ以降の綾小路君は言動は全部、偽善に見えていたんだ。私はあまりに合点がいって頷いてしまった。

 

だけど、その後の綾小路くんの言葉には血の気が引いた。

 

「櫛田は違うのか?」

心の奥底に閉まっておいた私が言う。違わないって。

私がやってることは全部が嘘。皆には優しさに見える何か。綾小路君がそれを感じてしまったのは私と同じだからだ。私の心にあった吐くつもりの無かった言葉が口を衝いて出た。

 

「同族嫌悪ってやつだ。」

 

それっきり、綾小路君は私には積極的に話しかけてこなかった。

お互いに周囲の人に偽善を振り撒いていることを遠目に見てるだけ。

あ〜、またやってんな〜って思い合うだけ。そんな関係だった。

たまに、教室で彼と話す時に偽善者と偽善者がそれを知って、さらに嫌い合った上で話す様なんてもはや演劇のようで笑えた。

 

その関係に綾小路くんは区切りをつけるみたいだ。

 

――――――――――――――――――――――――

 

茶柱先生は言った。

Aクラスに上がるために協力しろ。

結果が出せないのならこの学校にお前の居場所はない。

 

そうは言われても、今のDクラスで、他のクラスに勝てる見込みがあるのだろうか。

何を競えば勝てるというんだ。学力も運動能力も統率力も協調性も全てが他のクラスに劣っている。俺一人では到底試験でいい結果を残すのは不可能だ。

 

俺は一人の少女を呼び出した。

 

海も空も一面の青で浴びる潮風が清々しい。

煌びやかな豪華客船も心躍らせる。

だけど、目の前にいる櫛田の心は真っ暗闇そのもので、凪いでいることだろう。冨岡パイセンもびっくりするくらいの腕前だ。

 

「もう一度言ってもらえるかな?綾小路君」

 

そう言う櫛田の顔にいつもの笑顔はない。

ようやく仮面を剥がすことに成功した訳だ。

 

「ああ。堀北と中学一緒だったんだろ?」

 

俺の発言は多分、櫛田の核には届いていない。

核の外層に触れているだけ。

だけど,それでも櫛田のまだ誰にも触れられていなかった琴線に触れたことは確かだ。

 

「堀北さんが言ってたの?」

「さあ。それは想像に任せる。」

 

俺は情報源について一切答えずに、櫛田の心情を揺さぶる。

櫛田にとっては、その核の外層の情報を見せられただけで、どこまで知ってるのかと疑心暗鬼になる。

実際は何も知らないのだが。

 

この今いる船尾の少しの広場には周りに誰もいない。

そのこともあってか、櫛田は隠す素振りもなく舌打ちする。偽善振って、いい子ちゃんしてたのには気付いていたが、化けの皮の下は相当のようだ。

 

「 で?それが何?」

いつもより2オクターブくらい低い声で問いかけてくる。音域広いな〜。音楽のセンスがありそうだ。

 

「1つ有意義な情報を教える。この後無人島に降りて行われるのは夏のバカンスじゃない。クラスポイントを左右する試験だ。」

「は?何の話?」

櫛田にとっては、そんな話どうでもいいと言いたげだ。

 

俺はお構いなしに続ける。

 

「そこで、俺と協力しないか。クラスポイントを得るために。俺はAクラスにあがりたいんだ」

「協力を申し出る人が半ば脅しみたいなことするの?」

「脅しも一つの交渉材料だ。」

これは違う。この脅しでは櫛田を交渉の卓につかせる手段としか機能しない。

 

「あんたも、その偽善者の仮面を剥がされたら困るんじゃないの?あーあ。みーちゃん可哀想。こんな男に騙されてるなんて」

櫛田は俺とみーちゃんの関係の進展に関しても情報を掴んでいるようだ。

 

「櫛田。悪いけど、お前と違って俺には剥がす仮面も化けの皮もないんだ。ある事ない事吹聴したときに痛い目を見るのはお前だぞ。」

 

俺の行為が偽善だとしても、中間テストの貢献者の実績も軽井沢グループで勉強を親身に教えた事実も消えることはない。

その連中に偽善を指摘したって、櫛田の見方が捻くれてると思われて終わりだ。それは脅しにならない。

 

「櫛田。お前には分かってるはずだぞ。クラスのヒエラルキーの比率が。」

櫛田が勉強会で教えているのは池や山内といった学力の低い男子生徒達。

それにクラスの女子数名。一方、俺が味方につけてるのはDクラスの女子ヒエラルキートップの軽井沢グループ。

 

味方に付けてる軍勢の数がほぼ同じでも個々のパワーは段違いだ。それに、俺には洋介というカードも有る。

つまり、俺達が内戦のように殴り合った時、間違いなく俺が勝つということ。

 

「何が望み?」

「俺に協力してくれ。お前にも悪い話じゃないはずだ。」

俺と協力することで、櫛田の評価も上がるし、ポイントも得られる。という点も説明するが櫛田には響かない。

 

「悪い話じゃないわけないでしょ。なんで私が言うこと聞かなきゃいかないの」

「なら、どうすれば俺に協力してくれる?」

「…私の言うことも同じだけ聞いてもらう。それなら協力してあげなくもない」

「言うこと?例えば?」

「それは、折を見て話をする。まだ、あんたが私の事を深く知ってるとは思えない。」

…そう簡単には情報を与える気はないらしい。

 

俺は部活説明会の時に堀北会長が出てきた時の櫛田の反応と、俺と最初に喋った時、俺の質問には全てに解答していたのに、中学の質問だけ上手く避けていた事。

そして、みんなと仲良くなると宣言して有言実行しているのに、堀北だけは避けていること。堀北側が避けてるのかもしれないが…。

 

さらにもう一つだけ根拠はあるが…。

まあ、この情報を繋ぎ合わせて推理しただけだ。

 

″今″は、櫛田のことなど何も知らない。知らなくていい。

 

「分かった。その条件で構わない。櫛田の言うことが俺に出来ることならなんだってやろう」

「出来ることしか頼まない。それはあんたも同じでしょ?」

「ああ。だけど、櫛田は大体のことが出来るだろ?」

俺は櫛田の能力を評価したつもりだったが、櫛田には皮肉に聞こえたのか、眉を顰めて言う。

 

「うん。やっぱり私、綾小路君の事嫌いだ」

「悲しいな。俺は案外、櫛田のこと好きなんだがな」

「うっわ。きっしょ。」

女子高生のきしょい発言が俺の胸には突き刺さった。

 

櫛田とは相互に協力し合う関係が築けた。

 

俺の示した情報はパンチとして弱い。

櫛田に致命傷を与えるものではないからだ。それを櫛田も分かっているが、俺に対して取れる有効な攻撃手段を持っていないのも事実。

 

どこまで信じれるかは未知数だが、櫛田のそれが整うまでは裏切られることは無いだろう。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「池君と山内君に高円寺についていくように言えばいいの?」

「ああ。それと、櫛田も探索組に名乗り出てくれ。何人かお前の友達にも名乗り出てもらいたい。そして、池と山内が余るようにグループを組んでくれ」

 

池、山内、高円寺は洋介が探索組を募った際にすぐに名乗り出た。

スリーマンセルで探索組を4組作る。なら、その他の枠を俺と櫛田で埋めてしまえば、高円寺と池と山内を組ませるのは簡単だった。

 

「それに何の意味があるの?」

「悪いが説明してる暇はない。それと、櫛田は探索では北に向かってくれ。恐らくスポットがある。それを見つけることはお前にとってメリットだろ?」

  

俺はそれだけ櫛田に言って松下と小野寺に声をかけてグループを組んだ。

櫛田も山内や池に声をかけにいっている。

 

後は高円寺が上手く暴走してくれればいい。

普段の高円寺の行動から、池達に合わせるなんてことはほぼないだろう。

 

――――――――――――――――――――――――

 

1日目。池達を見つけてベースキャンプに戻った時の話だ。

 

「清隆君!心配したよ。遅かったから―」

洋介の言葉は俺の後ろに気まずそうについてくる池や山内に気付いて遮られた。

 

「あ!池君に山内君!合流出来たんだね。良かった。心配してたんだ。怪我でもしたんじゃないかって」

洋介は心の底から心配してるようだった。

 

「高円寺が暴走しちゃってさ〜。それに振り回されて迷っちまった。」

「そうそう!ほんと最悪だぜ!高円寺のやつ!」

池も山内も全ては高円寺のせいだと軽い態度で主張する。

自分達が迷った要因は高円寺にあり、俺達は何も悪くないと。

 

「でも、皆に迷惑かけたんだから謝罪くらいしたらよくない〜?私達、池君達を1時間も待たされたんですけど。それに、その高円寺君もいないし〜」

軽井沢はここぞとばかりに責めていく。軽井沢の発言に同意できる人は多い。

 

「なっ!高円寺はほんとに化け物なんだって。あいつ、俺らの話なんか聞こうとせずにどんどん進んでって…」

「そうだ!高円寺が全部悪い!」

「知らないし。てか、皆に迷惑かけた自覚ない訳?それに、高円寺君の話もほんとは嘘なんじゃないの?自分達が迷ったことを高円寺君に押し付けてるだけとか?山内君嘘吐きだし」

 

「その辺にしよう。軽井沢さん。まだ1日目だ。喧嘩してもいいことは無い」

「これからも協力する必要があるなら、尚更、謝罪くらいして欲しいんだけど」

軽井沢は普段、洋介相手に強く出る事はあまり無いが、よほど池達の態度が気に入らないらしい。

 

「池君。山内君。悪いけど、出来れば謝ってくれないかな。僕は君達が大変な探索組に名乗り出てくれたことに感謝してる。この1週間皆で頑張って行きたいんだ」

洋介は池と山内にだけ聞こえるようにそんな事を言った。

これはこの場を和ませるラストチャンスだ。

  

「なら、お前が説明しろよ。俺達は悪く無いって」

 

山内は皆にも聞こえる声の大きさでそう言い放つ。

皆から責められたことが相当頭にきているらしい。

 

洋介に対して八つ当たりの様な言葉を吐いたことで、女子達の視線はさらに鋭くなった。もう女子と池と山内の亀裂は明らかだ。

 

「みんな、ちょっと待って!茶柱先生。高円寺君のこと何か知りませんか?」

櫛田は傍観していた茶柱先生に突如話を振った。

 

「ああ、折を見て伝えようと思ったんだがな。今しがた、高円寺は体調不良でリタイアした。」

 

「はぁぁぁあ?」

幸村がそう声をあげた。そして、動揺もまた広がっていく。

櫛田は皆の動揺が落ち着いた一瞬を見計らって言う。

 

「なら、少なくとも、高円寺君に振り回された話はほんとじゃないかな?」

 

池と山内を庇うような言葉だった。

池と山内はそうだそうだと言わんばかりの顔をしている。

 

「もし、それがそうだとしても謝罪は必要じゃない?てか、気になってたんだけど池君達とどうやって合流した訳?偶然会ったの?」

そこは洋介も気になっていたのか、俺の方を見てきた。

 

俺は素直に答える。

 

「ああ。それには試験ポイントを使わせてもらった。点呼の際にマイナスになる可能性も見えてきたから、暗くなる前に使って俺が探すべきだと判断した。方向感覚には自信があったし、土地勘も皆より持ってたからだ。」

 

探索した方向とベースキャンプがある方向。俺の頭には既に5割近くこの島のマップが頭に入っていた。

 

池と山内にとってこのマイナスポイントは晴天の霹靂の事実だろう。

なんなら、点呼でマイナスポイントになる話を失念していた恐れもある。

幸村はまた叫んでいたが、実際は試験ポイントを使ってなんかいない。

軽井沢は確認したいことだけ確認してもう口を閉ざした。

もう言葉はいらない。視線だけで十分だった。

 

数多の非難の目に晒されて池は零すように謝った。

 

「そ、そうだったのか。悪い」

「ああ。悪い」

山内も便乗するように謝る。

 

「池君や山内君もこう言ってる事だしさ。許してあげて?軽井沢さん。」

池達の呼び方は既に元に戻っていた櫛田。抜け目無いな。

 

軽井沢はもう何も言う事が無いと言うように、女子生徒達を引き連れて踵を返してテントの方に戻って行った。

それを仕切りに流れ解散のようになっていく。

 

ひとまずは池と山内を許す流れにはなったが、一度できた峡はあまりにも深い。それだけは確かだった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

2日目。

いくらテーマが自由と言えど朝8時の点呼がある以上、早めに起床するのは避けられない。

 

俺達のベースキャンプは川も占有できるものだったため、昨日の話し合い(池達合流前)で釣りで食糧を確保できるんじゃ無いかと言うことになったらしい。

釣り竿を数セット購入している。周辺にも食べられる果実がなっており、食糧問題は何とかなりそうだ。川の水も飲用できそうなくらいの品質があった。

批判もあったが、俺が水質に問題がない事を説き伏せて、川の水を利用してポイント節約の方に話は纏まった。

 

現在使ったポイントは

仮説トイレ15PT

高円寺リタイア30PT

テント追加発注2つ 20pt

釣り竿5セット 5pt

合計 230pt

 

俺以外の人はさらに15pt減っている計算になる訳だが。

それに、昨日の食糧は何とか自給自足できたが、今後はポイントで賄う日もでてくるだろうな。

 

点呼まであと30分。周りの生徒も目が覚め始めた時。

 

「おい!不良品共!」

 

乱暴な呼び声が聞こえた。

他の生徒達もなんだなんだと困惑している。

早く目覚めていた俺は準備が整っていたのでテントから出る。そこには見覚えのある顔があった。

 

「ああ~。確か石山だったか?どうした?迷子か?」

 

俺の顔を見た石崎は、手に持っていた物を落として、すぐに俺に詰め寄ってくる。

落とした物はスナック菓子か?朝から健康的な食事だな。

後ろにいたのは確か小宮だったか。

 

「待て!石崎。暴力行為は即失格だ」

よく止めたな。

 

「ちなみに、ここは俺達が占有してるスポットだ。そのスナック菓子も人の敷地にゴミを不法投棄した事と同じだ。」

それも同じく、失格に値する行為である事は言うまでもない。

 

それに気付いた石崎と小宮は必死に地面に落ちたスナック菓子を拾い始めた。

こいつらが俺達を煽りに来たことは間違いない。椎名の事もある。少し意趣返しして釘を刺しておくくらいが丁度いいだろう。

 

「Cクラスは偉いな。朝からゴミ拾いの慈善活動をしてるなんて。茶柱先生に報告して内申点を上げてもらえるように進言しておくよ。」

石崎が茶柱というワードに苛ついたのが分かった。

石崎はブチギレ寸前だったが、テントの中から続々とDクラスの面々が顔を出し始めた。

 

その前で、スナック菓子を綺麗に片した石崎と小宮は俺睨むように言う。腸は煮え繰り返っている事だろうな。

 

「綾小路。後で浜辺に来い。遊んでやるよ」

「悪いが俺は忙しいんだ。パスだ」

「これは俺の指示じゃねぇ。龍園さんの指示だ。来なきゃ後悔する事になる」

それだけ吐き捨てて戻って行った。

 

俺は聞こえないように何処かで聞いた言葉を吐く。

「生憎と俺の人生はすでに後悔だらけだ」

 

もう点呼が始まる。今から戻ったって石崎達は間に合わないだろう。それに手に持っていたスナック菓子。

…確かめる価値はありそうだな。

 

――――――――――――――――――――――――

 

点呼が終わった後、洋介は皆に的確な指示を出していく。

櫛田もそれを献身的にフォローしている。

 

「清隆君はどうする?」

洋介は俺には指示を出さずに問いかけてくる。

俺と石崎との会話はテントの中まで聞こえていたらしい。

 

「Cクラスを見てくる。」

洋介を連れて行きたいとこではあるが、こいつをこの場から離れさせるわけには行かない。ここは慎重な人選が必要になるな。

 

乱暴な生徒が多いCクラスに連れて行ける生徒は限られている。

 

「堀北。今からCクラスに行くんだ。ついてきてくれ」

朝食後、すぐにテントに戻った堀北に声をかける。

 

「貴方、リーダーなんだから迂闊な行動はしない方がいいんじゃない?」

「今朝のCクラスの話は聞いてただろ。行かない方が面倒な事になる」

「Cクラスの生徒に目の敵にされてたようだけど、何をしたの?」

「さあ、俺も心当たりが無いんだ。」

「白々しいわね。」

 

テントの中から堀北が出てくる。

「ついてきてくれるのか?」

「私が行かなくても貴方は一人で行くでしょう。それならば私がついた方がいいと判断したわ。それに、他クラスの動向は気になっていたから。」

 

俺は堀北を連れてCクラスへ向かった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「嘘でしょ……。こんな事って……」

 

堀北は信じられない光景を目の当たりにしたようだ。

目の前に広がるそれは夏なバカンスそのものだった。

バーベキューセットや水上バイク。ありとあらゆる娯楽がそこにはあった。

 

「あのー。龍園さんが呼んでます。」

 

離れたところからCクラスを見ていたのにも関わらず、一直線にこちらに走ってきた男子生徒がそう言ってきた。

 

俺は行こうとして踏み出すと堀北から制止の声がかかった。

 

「待って」

「何だ?」

「何を考えてるか分からない。もう少し警戒すべきよ」

「十分警戒してるさ。それにお前なら護衛してくれるだろ?」

Aクラスを目指す堀北にとって、リーダーである俺を守る使命がある。それに、こいつも多少は腕が立つらしいからな。

 

「分かったわ。発言する時は十分気をつけて。」

俺に釘を刺して満足したのか、堀北も俺と並んで進み出す。

 

黒髪でクセのあるやや長めのヘアースタイルのその男は水着姿でチェアーに寝そべり肌を焼いていた。

 

「うちの石崎がずいぶん世話になったようだな。茶柱さんよぉ。」

その男は俺の方を向いてそう話しかけてくる。

堀北も俺の方を睨むように見てきた。

 

「悪いな。ほんの冗談のつもりだったんだ。ほんとに信じるとは思わなかった」

「くっく。それはそうだ。それを信じるのは馬鹿くらいのもんだ。」

「で?俺を呼んだんだ。何か用か?龍園」

 

この男が龍園であるという想像は容易くついた。

どうやら、俺を直接呼んだことを見ると、傭兵使った遊びは終わりのようだ。

 

「その前にそっちの頭の悪そうな女は誰だ?見た事ない顔だ。」

「このポイントの吐き出し方。貴方が指示したの?」

堀北は龍園の挑発にもならず名乗りもせず、聞きたい事だけを聞く方針のようだ。

龍園は食い付いたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべる。

 

「見ての通りだ。俺は夏のバカンスを楽しんでるのさ。どうだお前らも?俺は寛大だからな。接待くらいはしてやるよ」

「これは試験よ。貴方は何も分かっていないのね。」

「この試験が無人島で草や虫を食う我慢大会とでも思っているのか?」

俺達の切り詰めた生活を揶揄するように言う。

 

「何も分かってないのは俺か?それともお前か?」

「行きましょう。綾小路君。ここに居ても無駄だわ。」

「先に戻っててくれ。折角だ。夏のバカンスを楽しませてもらえる機会は無駄にしたくない」

堀北は俺を止めようとしたが、俺が止まらないことを察したようだ。

帰るのはやめて、少し離れたその場で俺を待つように立ち続ける。

 

「くくっ。是非好きに遊んでくれ」

「ああ。そうする」

 

 俺は遠目から俺達のことを見てる視線に気が付いていた。

俺はそっちに一直線に向かう。

 

「椎名。楽しそうなことしてるな」

浅瀬で水着姿でクラスメイトと遊んでた椎名に声をかける。

「あ、綾小路君。…こんにちは。」

少し気まずそうに挨拶してくる椎名。

 

「椎名の水着姿は何か新鮮だな。」

俺が椎名の水着姿について言及すると、一緒に遊んでいたクラスメイトに声をかけられる。

 

「ちょっと。あんた誰?ひよりをナンパしないでくれる?」

「あ、西野さん。大丈夫です。綾小路君は友達ですから。」

西野と呼ばれた生徒はそれを聞いて口を塞いだ。

 

椎名が俺の方に寄ってくる。ほぼ密着するような距離だ。

椎名は俺にだけ聞こえる小さな声で懇願するように言う。

 

「龍園君には関わらないでください。お願いします。」

 

それは出来ない相談だな。

椎名と俺の間にある隔壁はぶち破るか取り除くか飛び越えるしかないからだ。関わらない事はできない。

 

「ああ。そうする。あまり関わってもいいことが無さそうだ」

「ありがとうございます」

椎名は俺の返事にひとまず満足したようだ。

 

「あんたら、それ友達の距離じゃないからね?付き合ってんの?」

西野の声で俺との距離感に気付いたようだ。

顔を赤くして飛び跳ねるように離れた。

 

まあ、ここらが引き際だろう。

 

「俺はもう行くよ。」

「あ、はい。綾小路君。頑張ってください」

椎名の発言は同じ試験を受けてるとは思えないほど他人事だった。

 

「くくっ。ナンパは失敗か?」

「ああ。いけると思ったんだがな」

その返しに龍園は満足したような表情を浮かべた。

 

「ところで龍園。Bクラスのキャンプの場所を知らないか?」

「あ?俺が教えると思ってるのか?」

「いや、聞いてみただけだ。別に特段宛にしたわけじゃない。その情報に価値が無いのは龍園も知ってるだろ?」

「石崎の報告通り、舐めた口だな。その度胸に免じて、特別に教えてやる。あの大木を南西方向に進んだ方だ」

 

どうやら、教える気は無いらしい。

そっちの方向は俺が昨日池達を見つけた方だ。あの辺にキャンプにできそうな場所は無かった。

 

「そうか。助かった。」

「ああ。またいつでも来な。遊んでやるよ」

 

龍園はそう言ってるが、もう明日にはここはもぬけの殻になるだろう。

龍園は全てのポイントを吐き出した。

そして、それを俺たちに分からせるように点呼目前の時間にわざわざ傭兵を寄越して、夏のバカンスを見せつけてきた。

 

龍園はその裏に何か隠している。それだけは分かった。

隣を歩く堀北はそれを分かっていない。

 

 

 




今回も少し長いです。すいません。

この試験。自分達の試験ポイントを確認する事は恐らく出来ない仕様だと想定しました。なので位置情報で試験ポイントを使用した事にしてもそれに気付く手段はないと考えました。

原作でもその仕様になってると思います。一之瀬が逐一メモを取ってることや、軽井沢が隠れてポイントを使った方に対して誰も気付いていないことから。

補足
基本的に他のクラスが取る行動は同じですが、ここで一つ原作と違う点。それはDクラスに対してスパイをしてた伊吹。それがいない点です。
これは、伊吹が綾小路の尾行に失敗した点を考慮した結果です。
龍園の戦略はリーダーを暴くことに変わりはないので、ここがどう変化するかお楽しみです。
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