綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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入学~5月1日まで
#1 チーズケーキとオレンジフロート


問:人は平等であるか。

 

答:人は平等ではない。

 

生まれつき足の速い者、美しい者、親が貧しい者、病弱な身体を持つ者。

生まれも育ちも才能も、人間はみな違う。

そう、人は差別されるためにある。だからこそ人は争い、競い合い、そこに進歩が生まれる。

 

不平等は悪ではない。平等こそが悪なのだ。

 

権利を平等にしたEUはどうだ?

人気取りの衆愚政治に堕落した。

富を平等にした中華連邦は怠け者ばかりだ。

 

そもそも平等を訴える人間なんて、自ら劣っていると言っているようなものなのだ。優れている人間は平等を求めない。自分が劣っていることを理不尽で不条理で不平等な世間のせいにして、正当化したいだけなのだ。

 

俺は今、人類にとって永遠の課題に1つの答えを出す。

 

問:人は平等であるか。

 

答:不平等こそがあるべき理想の姿だ。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

「席を譲ってあげようと思わないの?」

 

ハッと我に返る。

頭の中でニーチェ先生と平等不平等論争をしている間に、どうやら最初は人が少なかったバスも混雑していた。

 

「そこの君、お婆さんが困っているのが見えないの?」

 

OLと思わしき女性の声が静かな車内に一際響く。

注意されているのは優先席に堂々と座る金髪の男。

俺と同じ制服を着ているが、学生とは思えない不遜な態度でOLを見てこう言う。

 

「クレイジーな質問だね?オフィスレディ。私が席を譲る理由は何処にもない」

「君が座っているのは優先席。席を譲るのは当たり前でしょ?」

「ナンセンスだねぇ~。優先席は飽くまで優先席であって、法的な義務はどこにも存在しない。それに、本当に困っているお婆さんを助けたい気持ちがあるのなら、優先席かそうでないかなんて些細な問題だと思うのだがね〜?」

 

悔しいかな、金髪の男の言葉に筋は通っている。

OLはすっかり、言葉を失ったように何も言えなくなってしまっていた。

 

その終わりかけた一幕に飛び込む少女がそこにはいた。

俺達と同じ制服を着ていたその少女は果敢に立ち向かう。

 

「私もお姉さんの言う通りだと思う。お婆さん、足が悪そうで立っているのが辛そうに見えるし譲ってあげる方がいいと思う。余計なお世話かもしれないけど社会貢献にもなると思うんだ」

「おやおや、今日は女難の相でも出ていたのかな。こんなにも愚かな女性達に絡まれるなんて思っていなかったよ。けれど、申し訳ないが社会貢献には全く興味が無いんだ。私の答えは変わらないよ。プリティガール?」

 

金髪の男は周囲に目を向けるように手を振る。

社会貢献では先程の主張に対するアンサーとしては弱い。

この一幕に少女達の勝利でケリをつける方法はもう1つしか残されていない。

 

俺は少女が周りを振り返り勇気を出す前に声を出す。

 

「俺の席で良ければ使ってください」

席を立ち老婆の手を取り、自分の席に案内する。

「ごめんなさいね……。ありがとう」

小声で謙虚にお婆さんから感謝の言葉をかけられる。

俺は軽く、いえいえと会釈した。

 

ほんとに感謝する謂れはなかったからだ。

俺はお婆さんが満席の中立っているのも、辛そうにしていたのも乗車してきた時から知っていたのだから。

OLがこちらを見て深くお辞儀をしてくる。

 

「ありがとうございます。」

「やめてください。恥ずかしいです。」

少し照れたようにはにかむように見せると、OLは苦笑いしてこの場は綺麗に収まった。

 

そこから、程なくして目的地に着いた。

 

OLより一足先にバスを降りる際に再度お礼を言われる。

こうも朝からお礼を言われると、自己肯定感が上がった気になる。

あぁ…社会貢献って素晴らしい。

 

バスを次々に降りる同じ制服を纏った少年少女達。

 

門には東京都高度育成高等学校と書かれていた。

門の前で立ち止まり、無駄に門でかいなぁ。税金無駄遣いしてるなぁと思案していると、横から声がかかる。

 

「さっきはありがとうございましたっ」

 

先ほどのOLに助け舟を出した女の子だった。

いきなりのお礼に戸惑っている隙に、少女から櫛田桔梗という名前と1年生だという簡単な自己紹介をされる。

なんだ、この手際の良さ…。

 

「俺も今年から入学した1年生で綾小路清隆と言います」

「あ、やっぱりそうだったんだ」

「え、やっぱり?」

「うん。門の前で佇むなんて2.3年生がやるような事じゃないもんね」

…確かに。上級生からすれば、既に見慣れた景色だろう

 

「あ~、そういう事ですか。」

「ていうか固いよっ!!、綾小路くん。タメでいいよ!同い年って分かったんだし!」

「えっ。…分かりました。…あ」

 

ベタな事をしてしまい、少々気恥ずかしくなる。

中々慣れそうにないな……これは。

 

「あはは。練習しよ!練習!」

櫛田桔梗は俺のミスを軽く笑いながら背中を軽く叩いてくる。

ボヂィタッチへの躊躇が一切ない。

 

「練習?」

「うん!まずは自己紹介!してみて!」

「あ〜、俺は綾小路清隆だ。高校1年生。よろしく」

「う〜ん、ちょっと辿々しいし、淡白すぎる自己紹介だね……。出身学校とかは何処なの?」

確かに俺が伝えた情報は名前と学年のみ。

それくらいなら自己紹介せずとも名簿を見れば分かる。あまり、意味の無い自己紹介だったな。

それにしても、なるほど出身学校か。高校に入学したばかりの身分ならそれっぽい質問だ。

 

「学校名は有名な所じゃないし、言っても分からないと思う。でだが東京都内の学校だよ。櫛田さんは何処なんですか?」

咄嗟にしては無難な答えになったと思う。

そして、自然に同じこと聞き返すこともできた。

 

「あはは、綾小路くんっ。また敬語になってるよ!」

「…あ」

「もしかして、上下関係厳しい中学校だった?」

櫛田が面白可笑しく話題を展開して広げていく。

 

「いや、そんなことは無かったんだが、ここに来て初めての女の子との会話で緊張してたかもしれない」

「あはっ。綾小路くんって面白いね!!」

 

面白い…。初めてそんな評価されたぞ。

 

俺がちょっとズレた発言をしても彼女は綺麗に会話を回していく。

俺がした質問にも丁寧に答え、彼女からの質問にも答えられる範囲で答えていく。

 

そのまま適当に話しながら一緒に校舎に向かって歩いていく。

そして、偶然にも同じ教室のようだ。

 

「じゃあ、これからよろしくね!綾小路くん」

「ああ、こちらこそよろしく。」

 

櫛田と俺はそう挨拶を交わし、それぞれネームプレートの書かれた席に向かう。

彼女との数分の会話で、俺の敬語がはすっかり抜けつつあった。

 

櫛田様様だな。彼女は間違いなくこのクラスの中心にたつ女だろう。

 

学べることも多そうだ。

…だが櫛田には妙な点があった。もしかしたら櫛田は…。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

教室は人が増えるにつれ、騒がしくなっていく。

皆がみな、新しい出会いに心を躍らせているのだ。

 

その中、平然と前の虚空だけを見ている生徒がいた。

俺のすぐ隣に。

 

人間観察でもするように彼女をじーっと見ていると彼女は振り返った。

 

「オレは綾小路清隆だ。よろしくな。君の名前は?」

「いきなり何?話しかけないでもらえるかしら」

少女は取りつく島のないように虚空へと還ろうとするが、

 

「バスでも隣の席だっただろ。途中まで。」

だが、その言葉で少女を引き戻した。

 

「…だから?」

「いや、面白いなと思ってな。堀北はバスの一幕の時も、今のお祭り騒ぎの喧騒の中でも同じだ。状況は全然違うのにな。そして、もう一つだけ同じことがある」

 

堀北はなんで名前を知っているの?と言いたげな目を浮かべるっきりで、相槌すら打たない。

無愛想だ。だが俺の目は逸らさなかった。

 

「それは俺が隣にいるってことだ。これはもう腐れ縁ってやつだよ。鈴音。」

 

話かける前から堀北の机の上に堀北鈴音のネームプレートは無かった。

だが、櫛田と教室に入った時、遠目に堀北鈴音のネームプレートをこの少女が片付けている瞬間を見た。

クラスの人の殆どは殆どの人は名前を知ってもらういい機会だと捉えてそんなことはしない。そんな中、一人別行動をしていれば嫌でも目立つ。

 

「…余計なことしか覚えていない人ね。だけど一つだけ忠告させて。鈴音とは今後一切呼ばないで」

 

鋭い目と鋭く尖っていて光るコンパスを片手にそんなこと言う。

どうやら、いきなり名前呼びはやりすぎのラインらしい。

そういえば、櫛田も俺を下の名前で呼ぶことはしなかったな…。

 

「あぁ、悪い。堀北。これでいいか?」

 

堀北の怒りの矛先を鎮めることに成功する。恐ろしい女だ。恐らく友達はいない。

 

「はぁ。これが、神のイタズラだとしたら笑えないわね」

 

俺と堀北が隣続きなのは単なる偶然だ。

だが、それが神様のトラップなのだとしたら、神様は相当性格が悪いらしい。

 

俺は堀北に目配せする。

彼女が俺の目線に釣られて見た先には、先程のバスの一幕のメイン人物。金髪の男がいた。

机に足を放り投げ、不遜とした態度をここでも崩さない。

 

名前は高円寺らしい。要注意……。いや、要チェックや!!

 

「残念だったな」

「ほんと、今日はついてないわね。」

「それで、堀北は……」

 

俺の質問が遮られるように、教室の前側の扉のノック音が響く。

教室のお祭り騒ぎの喧騒は突如として静まっていく。櫛田直伝のコミュニケーションスキルを試す機会だったのに残念だ……。

 

静かな所作でスーツ姿の女性が教室に入って来て、教壇に立つ。

 

全員が前を向いたタイミングを見計らって、その女性は茶柱佐枝と名乗った。

これからの3年間お世話になる担任のようだ。

彼女は、この後行われる入学式について説明し始めた。

 

入学式か……。

 

校長先生の話と女子のスカートは短い方がいい。

むしろ無い方がいいと言っていたのは誰の言葉だっけな……。

なんてたわいも無い世間話にもならないようなどうでもいいことを考えていると茶柱先生は本題に入り始めた。

 

茶柱先生によって、この学校の仕組みの全容が明らかになっていく。

 

まずはポイント制度(Sシステム)。

 

10万ポイントが支給される旨。実力で生徒を測る旨。スーツの隙間から見える大きな胸。

隠れていた部分が明らかになっていく。

 

ある程度の説明が終えた茶柱先生は質問がないことを確認して教室を後にした。

 

この後は入学式開始までに各々が移動して体育館に集まる方針だ。

茶柱先生は色々と言い回しが変な部分はあったものの、この学校の制度は教室の生徒達を興奮させるには十分な魅力だった。

その甘美な魅力に隠されて本質は見えなくなっている生徒が大半で再び騒ぎ始める。

 

「思っていたほど堅苦しい学校では無いみたいね。」

「そうだな。なんというか物凄くゆるいな。」

「優遇されすぎてて少し怖いくらい。」

 

それは俺も同じことを考えていた。

だが、クラスの連中は10万の大金に目が眩んでいる。

 

「裏があると思っているに越したことはない。そうじゃなかった時に痛い目を見るからな」

 

それは例えば女の子だ。

可愛いあの子も優しい上司も裏では陰口や愚痴を言っているなんて常識なのだ。

 

教室の浮ついた空気の中、一人の男が手を上げた。

 

「皆、少し話を聞いてもらってもいいかな」

優等生の顔つきの彼は皆が聞く耳持ったことを確認すると通りのいい声で続ける。

 

「僕らは今日から同じクラスで過ごすことになる。入学式まで時間があるし、一日でも早く友達になるために自己紹介をするのはどうかな?」

そんな提案に最初に乗っかったのは軽井沢恵という名の女子だった。まあ、ネームプレート見て一方的に知っているだけだが。

 

「賛成ー!私まだみんなの名前とか知らないしー!」

軽井沢恵の後を続くように、賛成者が増えていく。

 

「まずは僕から自己紹介するね。僕の名前は平田洋介。中学では洋介って呼ばれていたから、気軽に下の名前で呼んで欲しい。趣味はスポーツ全般だけどサッカーが一番好きでこの学校でもサッカー部に入るつもりなんだ。よろしく」

 

情報量は少なすぎず多すぎずといった丁度いい長さ。

これには、櫛田先生も指摘する所はないだろう。

 

それに気軽に下の名前で呼ぶことを要求したりと、フレンドリーさも溢れ出ている。

これが自己紹介か……。

 

そして平田に続いて、皆が順々に自己紹介をして行く。

言葉に詰まる者。息をするように噓をつく者。多種多様で魑魅魍魎だ。

 

俺は、それを一言も逃さないようにインプットしていると、知った顔が自己紹介を始めた。

 

「私の名前は櫛田桔梗です。中学からの友達は1人もこの学校には進学していないのではやく顔と名前を覚えて友達になりたいです。私の目標はここにいるみんなと仲良くなることです。この自己紹介が終わったら連絡先を交換してください。」

 

「それから、放課後や休日は色んな人と沢山遊んで、沢山思い出を作りたいのでぜひ誘ってください!長くなりましたがこれで自己紹介を終わります」

 

そう締めくくった時には自然と拍手が沸いた。

 

間違いなく男女共に人気が出る。そんな確信を思わせるような出来事だった。

 

だが、その空気を壊すように、机に足を豪快に乗せる音が教室に反響する。

赤く染めあげた髪に、つり上がった目付き。

それはもう、不良という表現がピッタリの青年だった。確か、須藤だったか?

 

「自己紹介なんて餓鬼かよ。やりたいやつだけでやれよ」

 

そう吐き捨てて、平田を睨みつけた後に教室から出ていく。

そけれど、この教室のノリについていけないと感じていたのは須藤だけではない。

 

クラスの数人が須藤に続いて出ていった。

その中には堀北もいた。馴れ合いとか嫌いそうだもんなあいつ…。

去り際、俺の方を見ていたようだが、目が合った刹那それは逸らされた。

 

「彼らは悪くないよ。僕が勝手に時間を設けたのがいけなかったんだ」

 

平田は彼らをフォローするが、櫛田が作った教室の空気はもう冷えきっていた。

俺はここしかないと判断して手を挙げる。

 

「次の自己紹介俺がしてもいいか?」

 

平田は一瞬戸惑ったような表情を見せたが、頷く。

一斉に注目され、さしもの俺も少し緊張が走る。

誤魔化すように咳払いして、わざと声色を低くして言う。

 

「自己紹介なんて餓鬼かよ。やりたいやつだけでやれよ……」

 

いきなり声が低くなったことで、須藤の声真似であることにほとんどの人が気づいたことだろう。

 

「高校一年生なんて餓鬼だよ!!てか、いきなりキレて出ていくのも餓鬼だろ!!と、面と向かって言えない臆病者。どうも綾小路清隆です。」

 

須藤に対して皆が思っている感情を代弁する。

それをただの悪口にせず、自虐のオチを付けたことで、クラスメイトの笑いを誘った。

 

結果は大成功と言っていい。クラスが盛り上がりを取り戻した。

その歓声の合間を縫って、俺は続ける。

 

「得意なことは勉強とスポーツ全般。でも、それよりも1番得意なことがラップです。」

 

ラップが得意という発言を聞いて、皆が一斉に期待する。

かませ〜と煽る男子から黄色い声を上げる女子。

挙句の果てには、指笛まで聞こえてくる始末。

フロアのバイブスは最高潮だ。

 

俺はセルフでカウントしながらリズムを取る

 

「俺の名前は綾小路清隆

音楽性ならば西野カナ。

お前らさっきので自己紹介もう日和ったんかー?(語尾で声を張り上げながら)

てか、俺の自己紹介。

オチがなくて事故状態。Yeah」

 

先程の倍ほど盛り上がったクラスに胸をなでおろす。

拍手喝采を浴びながら「これからよろしく」と言って席を座った。

 

平田は驚いた顔で、櫛田は満面の笑みでこちらを見ていた。

 

この後、お調子者の池が盛大に滑り、意外にもこの場に残っていた金髪の男、高円寺の自尊心が高すぎる自己紹介に一同ドン引きして、この場は幕を閉じた。

 

相対的に見て、あの場にいたDクラスの人達の綾小路清隆の株は高騰したと言っていい。

ただ1人を除いて……。

 

この自己紹介rapが黒歴史になることをこの時の俺は知らなかった。

 

 

自己紹介が終わった後、教室に残っていた皆と連絡を交換する。

白紙だったスマホの連絡帳には初日から30人も登録することが出来た。

 

そして、平田からは個別で『ありがとう』とメッセージが来ていた。

俺は『なんの事だ?』と返すも、平田はそのメッセージに既読だけつけて、返信は無かった。

 

何だよ、この体が痒くなるようなやり取り。

どうせなら、女子とこういうのがしたんだけど!!

 

当の本人の平田だが、一日目にしてリーダーシップと観察眼を発揮して、もうクラスの中心人物になりつつあった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

入学式は滞りなく終了した。

 

校長先生の長い話も名前も聞いた事ない偉い人(自称)の話も俺には新鮮味があった。面白くはなかったが。

 

そして、教室に帰ってきた後に敷地の説明が軽くされ、昼前には解散となる。

 

俺が帰り支度を済ませていると、スマホにメッセージが飛んでくる。

 

『ちょっと話したいんだけどいい?』

相手は軽井沢恵。金髪ロングが特徴的な女の子だ。

 

『この後なら時間は問題ないぞ』

『おけ。なら、すぐに校門前に来て』

俺はそれに了解の旨を送るとすぐに、帰り支度を済ませる。

 

「忙しないわね。そんなに焦ってもポイントは逃げないわよ」

 

堀北から話しかけてくるとはな。だが構っている暇はない。

ポイントは逃げないかもしれないが、女の子は逃げるかもしれないだろうが。

 

「別に教室に残る理由もないだろ?じゃあ、また明日な」

その言葉の返事を聞く前に俺は教室から出た。

 

校門に着くと既に軽井沢はいた。

「おっそーい。女の子待たせるとかどういうこと?」

開口一番。そんな風に嫌味を言ってくる。

 

「いや、軽井沢こそなんでそんなに速いんだよ」

彼女が俺の言葉を返す前に察することになる。軽井沢が余りにも身軽すぎたのだ。

 

「お前、今日貰った資料とかどうしたんだ?」

「あんなもの、携帯で写真撮っとけば問題ないでしょ。」

 

俺は戦慄した。

 

スマホ…そんなことも出来るのか。

今まで使ったことがない代物だっただけにまだ、使用用途が分かっていなかった。

 

てっきり、軽井沢は今日貰った資料はぐしゃぐしゃにして机の中に放り込むタイプだと勘ぐっていたが、どうもそうでも無いらしい。

写真を撮っていつでも見れるように保管しているとこをみると、杜撰という訳では無さそうだ。

 

「なるほどな。それは盲点だった。」

 

そう、盲点だったのだ。別に持って帰る分にそこまで重荷にならない分、そんな発想は抜け落ちていた。

 

「それで話って?」

「ここじゃ、人来ちゃうでしょ。ケヤキモールのカフェ行こ」

 

俺は軽井沢の後ろに続くことにする。

 

ケヤキモールと校舎は言うほど離れていない。

櫛田から学んだ会話術で世間話えおしていればすぐに着いた。

 

軽井沢は慣れた道を歩くようにケヤキモールの中を進んでいく。

程なくして、3階のカフェに着いた。客は俺と軽井沢の2人だけだった。

2.3年生は通常通り授業が行われるため、昼前で解散した1年生のみが敷地を満期できる手筈になっているのだろう。

 

軽井沢が友達のような口振りで店員と話を二言三言会話して、

 

「席あっちだって。」

そう言って、窓際のソファ席に案内される。

 

「ケヤキモール初めて来たんだよな?」

「そうね」

「にしては、妙に慣れてないか?」

「え?ケヤキモールって名前が変わっていても結局は百貨店やデパートみたいなものでしょ。あんたの地元にもあったんじゃないの?」

「あ、ああ、そうだな。そう思えばそうかもしれない。」

 

なるほど。それは知らなかった。

思わず空返事をしたことで、軽井沢が訝しげにこちらを見てきたので、要件を聞き出して話を逸らすことにした。

 

「それで、俺に話ってなんだ?」

「待って。」

俺が何でと問うことさえも、軽井沢は表情で拒絶する。

 

「お待たせしました〜。チーズケーキとショコラケーキとオレンジフロート2つになります。」

店員が頼んだ覚えもない物を持ってきた。軽井沢はそれを愛想良く受け取って俺を見る。

 

「あんたどっちが良い?」

 

会話を止めたのは店員が来ることを知っていたからか。

店員に話を腰を折られるのを避けたわけだ。

 

目の前にはチーズケーキとショコラケーキ。

どっちも食べたことがないものだ。そして、飲んだことがないオレンジフロートまである。

 

「じゃあ、チーズケーキで。」

 

俺は迷った末にチーズケーキにした。

チョコの味はスイーツに合うことが予測できたが、独特の臭みを持つチーズがスイーツに合うかどうかは想像がつかなかったからだ。

 

俺はチーズケーキを切り分けて口に運ぶ際に、バレないように匂いを嗅ぐ。

 

…あれ?臭くない…?

いざ咀嚼を始めると、チーズと卵の甘さのみを凝縮したような味が冷たく広がった。

そして、微かにレモンの味がする。なるほど、レモンの風味で匂いを…。

 

「ぷっ。あんた面白いね」

「どういう事だ?」

「あんた、チーズケーキ初めてでしょ?」

「いや、初めてじゃないな。」

チーズ、卵、レモン、生クリームとチーズケーキを構成する食べ物は単体で食べたことがあえう。あながち嘘ではない。

 

「いや、バレバレだから。」

「そうだな。実は初めてだったんだ。家庭環境が厳しくて、こういったものは与えられてこなかった。」

「ふぅん。そうなんだ。」

途端に興味を無くしたように答える軽井沢。

 

軽井沢はオレンジフロートに口に運びながら、話を鳥人間コンテスト並に飛躍させた。

 

「ねぇ、あんた、彼女っているの?」

「入学して一日目にそんな存在がいたら、それは才能なんじゃないか?」

「いるか、いないかで答えなさいよ」

「今のはいないって解釈できる答えだったと思うんだが?」

「いるとも解釈できるでしょ」

中々鋭い視点を持っているな。軽井沢は。

 

「まあ、当然いない。」

 

「じゃあ、あんた私の彼氏になってよ」

 

 軽井沢はその台詞を頬赤らめるでもなく、緊張して声が詰まるわけでもなく、ただ平然とそう言う。

世間話の延長のように。

 

「断る」

「なんで?」

「話の全容を隠したまま、合意を先に取るのは詐欺師の常套手段だ」

「なるほどね。そう上手くはいかないか。」

「そうだな。」

「ねぇ。私が話の全容を赤裸々に語ったら、付き合ってくれる?」

こいつは何を考えているんだ…?

 

「軽井沢。わかってると思うけど、それはさっきと何も変わっちゃいない。言い回しを変えても全容が明かされていない上で合意を取ろうとしてることには違いないんだからな」

「流石だね。こんな事じゃ折れないか。でも、これを語るのには私にも相応のリターンがないと出来ないんだよ」

「なるほど。なら、俺も正直に言う。付き合うことは出来ない。」

 

軽井沢の過去を聞いた聞かないに関わらず、俺は軽井沢とは付き合うつもりはなかった。何故なら、俺の目的の達成に影響が出るからだ。今はまだその時じゃない。

 

「なるほどね。綾小路くんはやっぱり思った通りだった。」

 

この短時間で俺をどう解釈したのやら。

彼女からは俺を都合のいいように使おうという下心を感じた。

けれど多分、軽井沢の告白を軽率に二つ返事でOKした先にこの分岐はなかったと思えた。

 

そんな身もない思考を飲み込むように、チーズケーキを機械的に食べていると、軽井沢が決断したような表情を見せる。

 

…軽井沢が勝手にその選択を選ぶ分には俺の関知するところではない。

 

そうして軽井沢は小さな声で小中学生の9年間虐めを受けてきたと告白してきた。俺は相槌も打たずに黙ってその話を聞くいて、問う。

 

「それで、お前は俺にどうして欲しいんだ?」

「いざと言う時に守ってほしい」

 

過去を語るのには相当な覚悟が必要だったのか、少し、鼻声になった声。

俺はチーズケーキの最後の一口を食べ、オレンジフロートを喉に流し込み席を立つ。

俺を捨てられた子犬のような目で見る軽井沢。

 

「チーズケーキとオレンジフロートご馳走様。この分くらいは守る。それは約束する」

 

俺は、軽井沢の立場を保証する彼氏役も人狼から一人の村人を絶対に守る騎士にはなりたくない。

 

だけど、チーズケーキとオレンジフロートの分くらいはお返ししないといけない。そう思った。

軽井沢は涙が浮かんだ目を拭って

 

「これ、めっちゃ高いから。」

 

そう胸を張る彼女は酷く弱々しく見えた。

 

――――――――――――――――――――――――

 




実質こちらが話が私の初投稿です。
今回からよう実の二次創作を書いていこうと思います。
よう実は自分が読んできた小説でもトップクラスに好きなもので
読み返したり二次創作を読んだりしてましたが、とうとう筆もとってしまいました。

仕事の都合もあり不定期ではありますが更新したいと思います。
良ければコメント、評価等お願いします。

今回の話の雑な総評ですが、
綾小路は櫛田桔梗との出会いによりコミュニケーション力を身につけ
それをもって原作では滑ったはずの自己紹介で注目されることとなり、
本来、平田に相談するはずだった軽井沢が綾小路に相談してくるという展開を想像しました。

原作respectしているので、なるべく(綾小路以外の)キャラをぶらさないようにして頑張ります。
目指せ全員攻略。


原作の初期小路君を彷彿とさせる感じになってますので共感性羞恥にお気を付けください。
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