綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
椎名と佐倉を連れてカフェから出て、一緒にエレベーターに乗った。
俺たち3人の他に人はいなかった。
乗り込んですぐに佐倉の客室がある階層につく。
「じゃあ、また夜でね。綾小路君。椎名ちゃんもまたね」
佐倉がそう俺たちに挨拶する姿を見送った後、エレベーターの扉が閉まる。
この階層の次は俺の部屋がある階層だ。
椎名は扉が閉まった後、すぐに俺の部屋がある階層のボタンを消した。同じように自分で押した椎名の部屋の階層も。
そして代わりに客室じゃなく、色々な施設がある階層のボタンを押す。
「もう少しだけお話できませんか?」
そう聞いてきた時にはもう俺の部屋の階層が過ぎた後だった。先程までの天真爛漫な椎名はそこにはいなかった。
最初に会った時から、喜怒哀楽が激しいとは思ってたが、今日はテンションが過去最高だったからギャップが凄いな…。
「別に問題ない。けど、いつになく強引だな」
これから楽しく本の話に花を咲かせる展開にはならないだろう。
「逃げられるのはいやなんです」
さっきカフェで、試験の話を逸らしたことを暗に指摘しているのだろうか。。
俺達はエレベーターを降りて、目の前に広がる娯楽施設に目もくれず、外れにある休憩スペースのような場所に行く。
そこは畳の和室のような癒し空間で豪華客船にあるのは違和感しかないのに、品行方正な椎名にはよく似合った。
俺達はその和室の隅に背中を壁に預けるようにして並んで座った。
椎名はここに来る途中にあった自動販売機からフルーツオレを二つ持って来ていて、片方を俺に渡してきた。
「甘いのが好きなのか?」
「重い話をするんです。飲み物くらい甘い方がいいです」
甘さで補える重さならいいんだけどな。
「なるほどな。それで話ってなんだ?」
椎名は答えれる範囲でいいんですがと前置きして問いかけてくる。
「試験の話。聞いてもいいですか?」
「試験結果だけじゃ満足できなかったのか?」
「結果はどうでもいいんです。綾小路君が何をしたのか知りたいんです。」
「それを聞いて何になる?」
椎名に話すのは別にいい。それを何の目的で聞いているのか。その点が重要だ。それも大体予想がついているが。
「それは…言えません」
「なら俺も言えないな。」
椎名は露骨に困り顔を浮かべる。
「何でですか」
「目的が分からないのに、手段を与えるわけにはいかない。」
俺が渡した情報で椎名が暴走する恐れもある。
「俺から情報を引き出したいなら、譲歩するしかないぞ。椎名。」
椎名が俺に聞きたいことはその先にしかない。
椎名は観念したように語り始めた。
「龍園君に綾小路君は敵じゃないと説得したいんです」
「そのために情報が欲しいのか?」
「…はい」
椎名の言葉から推察するに、龍園の標的が完全に俺を見据えたらしい。
だが椎名は今回の試験結果を知っている。
龍園の戦略を知っていたのなら俺がそれを弾いたのも分かっているということ。
つまり、試験で龍園と俺がクラスポイントを競い合うことに関してはもうどうしようもないと割り切っている。
なら、椎名が懸念してるのはそこじゃない。
それは、一学期にBクラスにしたような場外乱闘の舞台に来るように、俺宛に赤紙が出されていることを示唆している。
恐らくBクラスの時のような遊びではなくもっと過激化したものになる。
椎名はその争いが始まる前に止めたいと思っているんだろう。
「俺が与える情報には龍園を止める力なんかないぞ。」
「それは私が決めます」
椎名の表情には決意があり引く様子はない。
「もう決着を付けないと収集がつかない段階に来ている。それに椎名も気付いているんだろう?」
俺が龍園と交わらないのは不可能だと椎名に突きつける。
「いえ、違います。まだ身を引けば大事は避けられます。」
椎名は頑なに、事実を否定する。
俺はかぶりを振って椎名の願いを折る。
「椎名。もう手遅れだ。」
椎名はこの無理難題な願いが望み薄なのも理解している。
「何故なら、俺も龍園を明確な敵だと認知しているからだ。」
なら、その残された薄っぺらい希望すらも俺は粉々に破り捨てる。
これは事実上、俺が龍園に対して徹底的に戦うという意思表示。
椎名の言い分は最初から、徹底して身を引けということ。
椎名が示した道を全速力で逆行する選択。
椎名は俺の服を懇願するように掴む。
正面にいる椎名が俺を見上げる目には薄っすらと涙が浮かんでいる。
まるで夫を戦地へと送り出す妻。俺の先に悲劇を想像して勝手に泣いている。
椎名は俺の右胸を叩く。
「私、言いましたよね。綾小路君を巻き込みたくないって。分かったって言ってくれましたよね」
「ああ」
椎名は俺の左胸も叩く。
「試験中も龍園君に関わらないでってそう言って、綾小路君は頷いてくれたじゃないですか」
「ああ」
椎名は俺の胸を叩いた両手を広げて、俺のシャツの胸の部分をぐしゃぐしゃになるように掴む。
「全部噓だったんですか」
「ああ」
握る手は震えながら力がこもっていく。
「っどうして。」
か細い椎名の声にはもう先ほどまでの懇願はこもっていない。諦念が伝わってきた。
俺はその両手の手首を掴み、椎名の目を捉える。
言葉が心に届くように目に力を込める。逸らすことは許さない。
俺が今から紡ぎ出す言葉を一言一句漏らさせないように。
「俺は最初から、椎名に巻き込んで欲しかった。」
―椎名の目が揺れる
「助けてって言って頼って欲しかった。」
―椎名の手から力が抜ける
「椎名が俺を心配してくれているのは分かってる。」
―椎名の手の指に俺の手の指を絡ませるように握る
「だけどそれ以上に、俺は不安そうな椎名を見てられない。」
―椎名の呼吸と俺の呼吸が重なる
「なぜなら…」
―椎名の心臓の音が聞こえる
「もう俺にとって椎名はミステリーコーナーにある『嵐が丘』なんだよ」
つまり、俺の不可思議の中にある恋愛感情が椎名だということ。
俺の心の中に棲む椎名は俺にとってそんな存在だった。
椎名の目からは大粒の涙が流れた。
それは止まること知らないように溢れていく。
「椎名。悪いが、俺には椎名の突き放す優しさには耐えれそうにない」
「だから。その代わりに俺を信じて頼ってくれないか」
「…はい」
椎名は涙を必死に止めた鼻声で答えた。
「ありがとう。」
その″はい″の二文字はプロポーズされた女性が心から出した言葉のように美しく響いていた。
俺はそれを、機械的に受け取る。それは俯瞰的に見えて、他人事のように感じた。
俺はなんて無責任なんだろう。さっきの俺の告白に、冷酷な解答が埋められていくように思えた。
少し落ち着きを取り戻してきた椎名が問いかけてくる。
「綾小路君。抱きついてもいいですか」
椎名の問いかけに、軽く椎名を抱き寄せることで答えを返す。
椎名は何の抵抗もしないまま、流れに身を任せるように俺に身を任せてくる。
「椎名にもパーソナルスペースの概念が在ったんだな」
いつも距離感が近い椎名がわざわざ確認してきた事を指摘する。
「私、人見知りなんですよ。パーソナルスペースが無いのは綾小路君限定です。綾小路君の許可を貰う前に抱きついてもよかったんですけど、今は甘えたい気分だったんです。綾小路君からその許可を出されることも、すごく甘いものなんですよ」
全力で甘えるってこういうことでしょう?と椎名は締め括った。
その甘さが分からない俺は味音痴なんだろう。
腕の中で笑う椎名はごく当たり前のことに言う。
「私、綾小路君のこと好きですよ」
椎名の俺への好意はありとあらゆる仕草から漏れ出ていた。
「知ってる」
「綾小路君が知ってることも、知ってますっ」
椎名は照れるようにはにかみながら言う。
ほんとに天然なのか疑いたくなる台詞だな。。
「もう死ぬまで綾小路君を頼りにしますから。」
死ぬまでか。。なら、2年と8ヶ月後の卒業の瞬間に殺さないと達成できなさそうだ。
これが動機になるのではと考えてしまうあたり、椎名の影響でミステリーの読みすぎたなと感じた。
「今、重いって思いました?」
俺の沈黙をそんな風に受け取った椎名は言葉を続ける。
「言ったじゃないですか。最初に重い話をするって。」
なるほど。上手い伏線回収だな。
って。待て。それだと俺が告白することを椎名が誘導した形になるんじゃ…。
「冗談です。」
舌を出して笑う椎名は小悪魔にしか見えなかった。
もしこれが、冗談じゃなかったらのIFは考えたくもなかった。。
椎名をコントロールするような告白をする俺を全て見越した上で、椎名がその俺をコントロールしていたことになるからだ。
俺が考えたくないIFストーリーに思いを巡らせていると、椎名は唸り始めた。
「うーん。でも、綾小路君。やっぱりミステリーコーナーにある『嵐が丘』はちょっと。。どうかと」
椎名のディスは俺の心に強く突き刺さった。後に続く言葉は『臭い』か『痛い』かのどちらかだろう。。
初めての自分からの告白みたいなもんなんだ。勘弁してくれ。
椎名はだって、と前置きして満面の笑みで言い放つ。
「私の綾小路君への気持ちは、どんな恋愛小説にも比喩したくないですから。この想いは私だけのものです」
「だから、綾小路君も綾小路君の気持ちを率直に聞かせてください。」
なるほどな。だから、さっきの椎名の告白では私"も"とは言わなかったのか。
俺は椎名を見習って当たり前のことを言うように伝える。
「俺は椎名が好きだ。」
「…待ってください。ひよりでやり直しを要求します」
椎名はそう図々しく要求してくる。主導権は完全に握られているな。。
俺はこの一世で何代言うことになるんだろうと思いながら、心に無い好きの言葉を吐いた。
「俺はひよりが好きだ」
「はい。私は″大好き″ですよ。清隆君。」
椎名はそう言った後、照れるように俺の胸に顔を埋めた。
最後の最後まで俺は椎名、、いやひよりの手の平の上だった。
恋愛もまだまだビギナーですねって言うひよりが頭の中に残った。
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ひよりは好きと伝え合って満足したのか、俺に関係の変化は求めてこなかった。それに対する″用意していた″回答の出番はまだ先になるらしい。
最後に押し付けるように『百年の孤独』を渡されて解散した。これもまた色んな意味で重かった。
龍園の件も俺を信じると言って任せてくれた。俺としてはそれだけで収穫だった。
俺は元々条件さえ揃えば、近々、ひよりに告白することを決めていた。
今日、告白したのは俺の計画にもない突発の出来事だったが、これほど絶好の機会もないと思い、飛びついた。
これがひよりが垂らした餌だとすれば天晴だが、それでも俺にメリットがあることは変わらない。
俺がひよりに近々、告白しようと決めた理由は2つある。
一つ目はこれから龍園と対峙する上で手中に収めておく必要があった。
俺に好意を持ってる椎名が龍園達が俺を攻撃し始めた時に「私が何とかしないと」なんて責任を感じられても困る。
それに今回、椎名が匂わせたように、龍園達に単独で立ち向かうというのも良くない展開だった。それを防ぐ必要があった。
二つ目は人間関係の変化を観察するため。
ひよりはみーちゃんと距離が近い生徒の一人だ。
だけどDクラスの生徒と違い、まだ俺にみーちゃんが告白してきた事実を知らない。
俺の告白を邪魔する要素がなく、成功率が100%に近いひよりはこの理由の最適解だった。
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Dクラスの打ち上げに誰一人欠けることなく集まった。
なんて事はなく、学校側の強制力が働かない場所に高円寺が来るはずもなかった。
だが、高円寺以外は揃う事になった。これはDクラスとしては快挙だ。堀北に幸村も揃って参加してる事に驚く者も多い。
打ち上げ会場は、8人が座れる丸テーブルが5つある席だ。料理は既に用意されてるタイプで飲み物だけはサービスで頼む段取りらしい。前には段付きの舞台もあり、俺は柄でも無いが結婚式場のように見えた。いや、実際に結婚式場として使われててもおかしく無い。
この豪華客船で式が行われたらそれはロマンチックってやつなのかもしれない。
俺は結婚のワードから先程のプロポーズの答えのような返事をしたひよりを連想してしまう。
俺の頭はYouTubeの広告のようにサジェストが一度見た物を再現してしまう仕様らしい。
「みんな。集まってくれてありがと〜。」
櫛田の乾杯の合図で打ち上げは始まった。
俺の隣の席はここまで部屋から一緒に来る事になった幸村と会場に入った瞬間、寄ってきたみーちゃんだ。
ちなみに幸村とはここに来るまでほぼ無言だった。
「綾小路。今回の試験はありがとう」
乾杯が終わった後、先程まで無言だった幸村から畏まったお礼を言われる。
「別に俺だけが頑張った訳じゃ無い。幸村もよくやってくれてた」
俺も幸村の働きに賞賛の言葉を社交辞令として返す。
「いや、俺は何もしてない。今日一日反省していたんだが、俺の発言は所々混乱を招く面もあったと思う。今になって後悔してる。綾小路には今回、頭が上がらない」
部屋にいないと思ってたが、どこかで自省していたらしい。
「幸村の発言は別に間違ってなかった。それに人は得意不得意があるんだ。幸村にはいつも勉強面での試験で皆を牽引してもらってる。お互い足りない所を補っていこう。」
「お互いに足りない所を補っていくか。やっぱり綾小路と話してると気付かされるよ。俺はそれも出来ていなかった。それどころか、今まで勉強の出来ない人を見下してた面もある。」
「みんな今まですまなかった。」
幸村は俺が座るテーブル席の皆の方を向いてそう謝った。
「幸村君。やめてよ〜。場が白けるじゃん。誰も気にして無いって〜。それに、協力出来てないって点なら私も変わんないし」
意外にも言葉を返したのはその幸村の隣に座ってた長谷部だった。一人を好む生徒だがそういう気遣いも出来るらしい。
「ああ。そうだな。もし、俺に感謝してるってなら、喜んでくれた方が嬉しい」
俺は幸村に楽しむ大義名分を与える。良くも悪くも真面目だな。幸村は。
「相変わらず言い回しエロいねぇ。その言い方だと幸村君も楽しむしかなくなるじゃん。だってもし、楽しんでなかったら、感謝してないって事になるし」
挨拶回りに来た櫛田が俺の耳元で俺にだけ聞こえるように無粋な勘繰りを言ってきた。
「やっほ〜。皆。私とも乾杯して〜」
皆もテンションの高い櫛田にグラスを合わせていく。俺も流れに乗って合わせておく。
まあ、さっき櫛田の言った通りの思惑は含めてた訳だけどな。それを指摘するのは何だかな〜って感じだよ。(外村曰くこれもトレンド)
幸村と同じく良くも悪くも真面目な堀北も、軽井沢に謝ってるようだ。恐らく無人島6日目に文句を言ったのに、リタイアしてしまった事を謝ってるのだろうな。娘の成長を見届けてる親父の気分だ。
「清隆君。これすごく美味しいよ」
みーちゃんが指差すのはフランクフルトだ。
マスタードとケチャップがいい塩梅にかかってる。
「そうだな。美味しそうだ」
「清隆君も食べる?はい。」
みーちゃんは皿からそれを取って俺に手渡すんじゃなく、口元まで持ってきた。
このまま食べて欲しいんだろうなぁ。
全員が見てないとは言え、このテーブルのメンバーにはほとんど見られる訳だし、あまりやりたく無い行動ではあるんだけどな。。
だが、俺にはみーちゃんが純粋無垢な5歳児に見えて断るなんて出来なかった。勢いよく齧り付く。
「どう?美味しい?」
その溢れる肉汁は肉の旨味が凝縮されていて、爆発的な美味さだった。加工肉舐めてました。すいません。
「ああ。美味しい。ありがとう。みーちゃん」
「えへへぇ」
俺はみーちゃんがほんとに5歳児に見えて咄嗟に頭を撫でてしまいたくなるような衝動に駆られたが自制する。周りに人がいるからな。俺の右手の暗黒龍が暴走する事を何とか止めることが出来た。よく頑張った。俺。
「王さん。綾小路君には気をつけた方がいいわ。この人は結婚詐欺で懲役15年の前科持ちよ」
デレデレしてるみーちゃんに嘘を吹聴する堀北。
「詐欺罪は懲役最大10年だ。嘘をつくな嘘を。」
いつの間にか、堀北が挨拶回りに来たのか俺の後ろに立っていた。
「それで、何か用か?」
堀北はテーブルの皆に向けて頭を下げた。
「ごめんなさい。無人島試験では迷惑かけてしまったわ。いえ、無人島だけでは無いわね。普段から私は非協力的で迷惑をかけた。これからは、今までのマイナスを払拭できるくらいクラスに全力で貢献するつもり。私のことを気に入らない人も多いかもしれないけど、これからよろしくお願いします」
今までの謝罪とこれからの挨拶ってところか。ほんとに成長したな。
「堀北さん。気にしないで〜。私も今回の試験、何もしてないし。誰ももう堀北さんのこと責める人いないと思うよ」
松下は堀北に声をかけた。この席のみんなは松下に同意見のようだ。
「ありがとう。私はこれで失礼するわ」
俺は去って行こうとする堀北に声をかけた。
「ちょっと待て。堀北。」
堀北はグラスを持ってきていなかったので俺のグラスを渡す。
「打ち上げでの挨拶は乾杯するものらしいぞ。」
俺が皆に目配せすると、皆はグラスを掲げた。
隣にいたみーちゃんが何か気づいたように俺の服を引っ張って呼ぶ。
「清隆君。一緒に持とう?」
「結婚詐欺の経歴があるけどいいのか?」
「関係ないよっ。清隆君は清隆君だからっ。」
俺の手の甲にみーちゃんは小さな手を添えて、グラスを持たせてくる。
「はーい。これ以上イチャイチャされても冷めるのでさっさと乾杯しまーす。かんぱーい」
松下の皮肉と共に堀北はテーブルの皆と乾杯した。
まあ、これで少しでもクラスメイトとの距離を回復できればいいのだが。
堀北は皆と乾杯した後、俺が手を差し出してもグラスを返さずに俺の飲み欠けの烏龍茶を飲み始めた。
「ご馳走様。綾小路君。」
残り2割くらいになったところで返してきて、次のテーブルに去って行った。あいつ、半分くらい飲んだな。
俺が正面を向くと皆は堀北のその行動に驚いていた。
「あは堀北さん。意外に面白いかも」
松下が軽く揶揄うことを仕切りに場は盛り上がり直した。
「清隆君。喉乾いたら、私の飲んでいいからね」
「ああ。みーちゃんありがとう。だけど、ルームサービスは無料だし気を遣わなくていいぞ?」
「う、うん。」
みーちゃんは何か気にしてる様子だが、俺は気にしないでおく。
間接キスで騒げるのは小学生以下か潔癖症の人だけだからな。(持論)
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俺はトイレに行くと言って席を立って、打ち上げ会場を出る。それと同じタイミングで櫛田も出てきた。
「ちょっと顔貸してよ。綾小路君。」
「不良みたいな誘い文句だな。カツアゲでもされるのか俺は」
「ある意味じゃカツアゲかもね」
「それは初めての経験になりそうだ。ついていく事にする」
櫛田は打ち上げ会場を離れて、エレベーターの隣にあった非常階段に入る。俺もそこに入ると、櫛田はその非常階段の扉を背にして話し始めた。
「とりあえず、私に感謝の言葉は?」
「ああ。ありがとう。この試験、櫛田がいなかったら勝てなかった。」
「…ねぇ、私のことある程度分かってるんでしょ?」
「ああ。ほんとにある程度だけどな」
「じゃあ、私が今言いたい事当ててみて」
メンヘラ彼女みたいな質問だった。
「私は必死に協力したのに、全部俺の手柄みたいになってるところが癪に触る〜。か?」
「馬鹿にしてる?」
「滅相もございません。」
どうやら外れたらしい。
「でも、分かってるならいい。」
どうやら当たってるらしい。どっちやねん。
「でも、別に櫛田がリーダーだった事は皆に明かすつもりはないぞ。」
「は?何でよ」
「櫛田、お前は本当はその他大勢の賛辞の言葉なんて別に求めてないんじゃないのか?」
「何言ってんの?私は―」
「別にいらないだろ。平均以下の能力しかもたないモブの評価なんて」
「は?てか、ぷっ。言い過ぎでしょ」
櫛田ちょっと吹き出しながら言う。
「俺は、今注目されてるが、正直鬱陶しいだけだ。やっぱりこういうのは洋介の役割だ」
「言ってる事は分からなくないけど、私には必要なの」
櫛田はあんたは贅沢すぎと罵るようにぼやいている。
「櫛田が求めてるのは他人から信頼される事だろ?」
もうこれはとっくの昔に分かってた事だ。
「だから、それは…」
「なら、その他大勢の信頼なんていらないだろ。櫛田も見てたんだろう?俺の試験での動きと結果を。その俺がこの試験に限っては誰より櫛田を評価してる。それだけで満足しろ」
「…綾小路君。何様のつもり?自己評価高すぎでしょ。ちょっとキモいかも。」
俺の攻めは櫛田にあまり刺さらなかったらしい。
蔑むような目とキモいと言う言葉が胸に突き刺さった。
「それに、櫛田がさっき言った事をしても大した賛辞は得られないぞ。何故なら、試験結果の得点5割以上占めるリーダー当てに櫛田は関わってない。何なら、他クラスの偵察についてきたのは堀北だな。櫛田が考えてる事は逆効果じゃないか?」
「……っ!」
「分かったら、俺の評価だけで満足しろ。この試験、櫛田はよく頑張ってくれた」
「…綾小路君。Cクラスの石崎との絡み見てて思ったけど人を馬鹿にする天才だね。」
俺は肩をすくめて両手の手のひらを上に向けて、何を言ってるか分かんないというジャスチャーを取った。
「まさか、カツアゲの要求が皆からの感謝状な訳じゃ無いんだろ?櫛田が俺に求めてることは他にあるんじゃ無いか?」
「待って。その前に一つだけ。綾小路君。堀北さんに何したの。試験終わってから前と様子が全く違うんだけど」
「抱いただけだ。」
櫛田はゴミを見るような目つきで俺を見てくる。
「冗談でしょ。適当なことばっか言わないで」
まあ、意味の捉えようが悪いとは流石に言えないな。
「つまり、教える気はないってことだ。堀北は自分で変わった。俺は何もしてない」
「綾小路君。忘れたわけじゃないよね。私の言うことも同じだけ聞いてもらうって」
「ああ。その権利を行使するなら今してくれ。今回の試験での櫛田が俺にしてくれた働きくらいのことは返す。」
「堀北にした事を言う」
「釣り合わないな。」
「あんた聞く気ある?」
「ほんとに釣り合わないんだ」
もう先程までギリギリ繕っていた言葉遣いも荒くなっている。
「櫛田。別に焦る必要はない。じっくり考えといてくれ。それじゃあ俺は戻る」
「待って。ならいい。さっきの話が返すやつでいい」
「さっきの話?」
「あんたが、私の事を認めるってやつ」
まさかの要求だった。俺の言葉を本気で信じてるとは思えないが。
「認めてる証拠が欲しいのか?」
「そう言ってるでしょ。」
櫛田は俺に頭を撫でてもらう事や俺からの賛辞の言葉が欲しい訳じゃない。なら、解決する方法はこれしかないな。
「1万プライベートポイント。櫛田の今回の働きは試験ポイントで言えば100ポイントに相当する働きだった。来月から毎月、櫛田にそのポイントを振り込む。それなら、分かりやすいだろ」
「…分かった。今回の代償はそれでいい。」
「ありがとう。今回は櫛田のお陰で上手く行った。」
「…お世辞はいらない。」
「お世辞じゃなくて本音だけどな。」
櫛田は俺の言葉を最後に聞いて、打ち上げ会場に戻って行った。
困った時はだいたいお金で解決できる。
俺はプライベートポイントの素晴らしさを噛み締めた。
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次回からは船上試験になる予定です。
今回、椎名の話ですが、原作では仲の良い一之瀬が坂柳にいじめられてるシーンで怒っていました。綾小路に好意がある椎名が龍園が場外乱闘で綾小路とケリをつけることを知ったらこうなるんじゃ無いかって思って書きました。
個人的には本文で匂わせた感じで椎名が実は綾小路を操ってた説を推したい。
#21まで来たこともあって、フラグが立ってた椎名の攻略を一気に進めました。
ですが、椎名に手を出すのは早計だった説。否めません。
正直、告白に至るまでの過程がもう少しボリュームあればもっと良くなるのかなって反省です。
櫛田とイチャイチャしたかったけど、親密度足りなかったので今後のフラグだけ建てました。
※ボツ構想
佐倉とエレベーターで別れた後、佐倉がエレベーターが綾小路の部屋の階層に止まらないのを見て、椎名と綾小路をつけて、告白&イチャイチャシーンを目撃させてやろうかなって思ったけど、怖すぎたのでやめました。