綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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#22 邪魔なモノ。

 

豪華客船での充実した日々は流れるように進んでいく。

あの夢のような無人島生活が終わってから3日がたった。

 

『高円寺コンツェルン』の跡取り息子の朝は早いようで、早朝の5時前には起床して部屋を出ていった。

俺は眠りが基本的にレム睡眠なため、高円寺の無遠慮な物音で目が覚めてしまう。

俺以外のルームメイトも自由人かつ野蛮人の高円寺との共同生活に苦労してそうだ。

 

幸村は神経質な一面が災いしてか、ボソッと「うるせえな」と悪態をついて居心地が悪そうに布団の中で動いていた。

…多分、無意識だろうな。俺の眠りを妨げる奴は親でも殺すとか言いそうだ。(何か混ざってるな。。これ)

 

一方、洋介はピクリとも動かずに寝るタイプかつ、耳を澄ましても寝息すらも聞こえてこない。

……過労で死んでないよな?

 

俺は完全に目が覚醒してしまったので、部屋の外に出ることにした。

昨日は早く寝てしまったため、返せなかったメッセージを返しておく。

朝五時だが、返さないよりはいいだろう。

 

「すまん。寝てた。で、何か用か」

 

明らかに脈なしへの女の子が送ってくるような内容の返信になってしまった。

語彙力とコミュ力なくてごめんなさい。悪気はないんです。

その拙い俺の文にも一瞬で既読がついた。

内容は今日会えないかというもの。

相手の既読の早さといい、内容といい、脈なしの女に猛アピールし続けるめんどいタイプの男みたいだった。

 

俺は今日の予定を頭の中で確認する。

俺は今からなら会える旨を伝える。

相手も今からで問題ないようで、トントン拍子に話は進んで場所も決まって待ち合わせすることになった。

 

俺は上着を一枚羽織ってすぐに待ち合わせ場所に向かった。

待ち合わせ場所は船尾の方にあるデッキ。

外に出ると、太陽もまだ昇っておらず暗闇の世界が広がっていた。

俺はだいぶ早く来たが、そこにはもう人影があった。

 

デッキの手すりにだらしなく体を預けて佇んでいる。どうやら待ち合わせしてる人ではなさそうだ。

「大丈夫ですか。」

俺はその人物が振り返った瞬間、声を掛けたことを後悔した。

こんな時間に、人気の少ないデッキにいる人が普通の人であるわけがないのだ。

谷間を強調した服装が乱れていて、目も当てられない姿が情報として飛び込んできた。

 

その人は俺を見据えた瞬間、両目に星を浮かべて俺の方に飛びついてくる。

「あやのこぅじくぅぅ~ん」

俺は飛び付いてくる星之宮先生の両肩に手を置いて衝突を回避する。

真っ赤に染まった顔に緩みきった表情とアルコールの匂いで全てを察した。

星之宮先生は何かに体を預けていないと自分を支えることも出来ないようで、脱力したように地面に膝をついた。

 

「いっったぁぁ~い」

大きな声で叫んで、自分で地面にぶつけた膝をなでるように必死にさすっている。

うん…こういう大人にはならないでおこう。。この人は反面教師のお手本だな。邪智暴虐の茶柱先生といい、高度育成高等学校では反面教師を推奨してるのかもしれない。

 

見てられなくなった俺は星之宮先生に手を差し伸べる。

このまま、地面にお尻をついた状態で放置する訳にもいかないしな。

星之宮先生は俺の手を掴むものの、体に力が入らないようで起こすのも相当な力が必要だった。

立たせた後も千鳥脚で足元が覚束無い。俺は仕方なく肩を貸して、近くのベンチに座らせた。

ふぅ。。介護って大変なんだな。

日本の看護師や医療従事者達に両手を合わせて全力で感謝した。

 

「あ、あまのこうじうん〜。ありがてょ〜」

呂律も回っておらず、誰だそれはとツッコミたくなったが、満面の笑みで俺に向けて感謝してくる。

「見ず知らずの酔っ払いを介護したんです。社会貢献として内申点をあげておいてくださいね。」

俺の言葉は星之宮先生には届いてないようでポカンとしてあざとく首を傾げる。

 

俺は駄目だこいつ何とかしないと。。と強く思い近くにあった自動販売機で水を購入して、星之宮先生に手渡す。

星之宮先生は俺が差し出した水は取らずに俺の腕を抱きしめるように勢いよく引っ張った。

「…ちょっ」

流石に予想外のぶっ飛んだ行動に俺は抵抗できず、俺の右手は星之宮先生の谷間に取り込まれる。

強引に引き抜く事も可能だが、ただでさえ薄着の格好。一歩間違えば、大惨事になりかねない。

 

「こっち、つわって!」

どうやら、座ってるベンチの隣の空いてるスペースに座れという事らしい。

俺は放送事故を避ける為にも、大人しく従う。

俺が隣に座る素振りを見せると、すぐに俺の右手は解放された。

 

俺はベンチに完全に座る。

キャップを開けて水を渡すと、今度は素直に受け取ってくれた。

星之宮先生はぽとぽとと溢しながらも飲み進める。

俺はもう何も言わずに持っていたハンカチで水が垂れる前に口元を拭き取った。

俺は多分、将来いい父親になれるなぁ。まあ、そんなことはあり得ないんだが。

 

「ありがと〜。綾小路君。」

ベンチの背もたれに体を預ければいいのに、俺の肩にわざわざ体を正面に向けて倒れかかってくる。

ひよりやみーちゃん。堀北達に抱きつかれた時は違う。薄手の服で抱きついてくる星之宮先生の柔らかくて大きいそれがダイレクトに当たっており、生々しく感じる。

 

俺が僅かにドギマギして動揺したのを悟った星之宮先生はニヤニヤしながら俺の目を見てくる。

「ふふ。綾小路君、童貞でしょ〜」

水を飲んだのが効いたのか、滑舌は元に戻っていた。

「聖職者が生徒に投げかける言葉とは思えないですね」

俺は呆れたように言う。

「わ〜。私の質問から逃げた〜。やっぱり童貞だ〜」

星之宮先生は揶揄うように大はしゃぎする。

この人を先生として見るのは今日限りで止めよう。

 

「私が教えてあげようか?卒業のし・か・た⭐︎」

ウインクしながら体を擦り付けるように見上げてくる。

「…欲求不満なんですか?」

こう聞かずにはいられなかった。

「わ~。なんか勝手に変な想像してる〜。私は今、学校の卒業の仕方の話してただけなのに〜」

その前に童貞云々言ってたのはもう忘れたらしい。

脈絡も無いし、刺すような皮肉も酔っ払いには通じない。お酒は会話能力の欠如に繋がる。これ、一つ勉強になりました。

 

「もう、元気そうですね。離してください」

俺は腕に抱きついてくる、星之宮先生を強引に離そうとするが、しがみ付いて離れない。厄介極まりない。

「待って!待って!分かったっ!童貞の方のやり方を教えてあげるから〜」

 

俺は全く求めてないのにそんな事を言ってくる。

この人は何も分かってない。

「ほんとにいい加減にしてください。」

俺の怒気を含めた言葉も星之宮先生には届かない。

自伝を語るように豊満な胸を張って堂々と持論を語り出す。

 

「人間にはその感情と欲求も心の中に備わってる。それを表現する″モノ″だってついてる。なら…」

 

「えっちするのに必要なのは、恋愛感情なんていう綺麗な物じゃない。」

 

「相手の心を醜く取り合う争奪戦にそんなの邪魔なだけでしょ?」

 

星之宮先生の考え方はおよそ世間一般から遠く離れた考え方をしてるように思えた。だが、共感できてしまう部分があったのは確かだ。俺の中に恋愛感情は無い。だけど、どうしようもない劣情はあるから。

 

俺は腕にしがみ付いている星之宮先生に目を合わせる。

 

「星之宮先生は人を本気で好きになった事ありますか?」

 

「あはは。あるわけないじゃない。私に優しい人は皆好き。その好きに優劣なんかないよ〜」

好きに優劣なんかない、か。

 

「好きって何ですかなんて質問。ぷぷっ。私、綾小路君が青すぎて耳が腐っちゃいそうだよ〜」

 

「私は〜、綾小路君とでも……」

「星之宮先生‼︎」

星之宮先生が何か言おうとした言葉を遮るように、静止の声がかかる。風紀委員長、一之瀬のお出ましのようだ。

 

「一之瀬ちゃんじゃん、やっほ〜」

「やっほーじゃないです!綾小路君から離れてください」

「ええ〜?もしかして嫉妬〜?」

「…っ。星之宮先生‼︎」

一之瀬が怒気を含めた声を出す。いつもの優しい一之瀬とギャップのある声は星之宮先生に効いたのか、星之宮先生は俺から離れた。

 

「あはは〜。怒られちゃった〜。ごめんね。綾小路君。助かったよ〜」

「いえ。問題ないです。けど、後で茶柱先生には報告しておきますね」

「わわっ。それだけは本当に勘弁。ね?」

手を合わせて、「お願いっ」とあざとく懇願してくる。

 

「なら、これは貸しですよ。」

「貸し?」

「はい。」

星之宮先生は俺の言葉に納得したように笑いながら頷く。

星野宮先生は俺に再度近付いてきて、耳に口を寄せて言う。

 

「綾小路君も分かってるじゃん。やり方。必要なのは状況と舞台を整える事。後は勇気を出して手を差し伸べるだけなんだから。でも、その手を掴む側にも同じだけ、勇気がいるの。それだけ分かってれば先生から教える事は何もありませんっ!」

 

星之宮先生のアブノーマルなやり方を鵜呑みにするわけじゃない。だけど、参考にはなった。

 

「俺、もう星之宮先生を先生として見てませんよ」

「ひっど〜いっ。……えっ。それってどういう―」

勿論、尊敬の意はとっくに消えたという意味だ。

 

「星之宮先生っっ!!!!!!」

星之宮先生とコソコソと喋ってるのが一之瀬風紀委員長の堪忍袋の緒を切ったらしい。

さっきよりも怒り心頭の様子だ。

 

「あわわわ。もう、本当に帰らないとダメみたい。」

その一之瀬にも適当に笑って流して、ゆっくり立ち上がる。

足元がふらふらしてるがさっきみたいに立てない事はなさそうだ。一人で客室まで帰れるだろう。

「またね〜。綾小路君。それと、ありがとね〜。」

「いえ。これは借りなんで。お礼は受け取らないです。」

こんだけ好き勝手やられたんだ。お礼くらいで済ませる訳にはいかない。

 

「ふふ〜。ちぇっ。いいな〜。さえちゃん。」

星之宮先生はボソッと寂しそうにそう零す。

「一之瀬ちゃんって可愛いよね。」

明らかに俺の方を向いて俺にだけ聞こえるように言う。

「はい。そうですね。」

一之瀬の容姿を見てそう思わない人の方が少ないだろう。

 

「さっきの話で、もう一つだけ忘れてた!でもいっちば〜ん大事で必要なもの!」

星之宮先生は宣言するように声を高らかにして言う。

 

「避妊具っ。…これなら、性教育の範囲でしょ?」

またしても、俺にだけ聞こえるようにそう言う。

だが、その発言は今までの俺への言動が教育者として逸脱してたものだって自覚してることになるんだが。

 

「じゃ、まったね〜」

おっとと。とか言いながら去ってく星之宮先生を呆れた目で見届けた。

 

お酒は自分に気持ちよく酔う為の道具じゃない。

ましてや、自分に酔って肯定感を得るものでもない。

 

お酒は自分を気持ちよく見失う為の道具だ。

 

願わくば、星之宮先生の今の記憶が鮮明に残りますように。

 

――――――――――――――――――――――――

酔っぱらいを無事追い返すことに成功した俺と一之瀬は並んでさっきのベンチに座った。

 

「ごめんね〜。お楽しみのところに割って入っちゃって」

一之瀬は俯いてそんな風に言い出す。

「一之瀬には俺が楽しんでるように見えたのか」

一之瀬は顔を上げて、からっと笑う。

丁度、太陽が顔を出し始めて、その光が一之瀬の顔をよく照らした。

 

「あはは。冗談だよ〜。ごめんね。うちの担任が迷惑かけて。」

生徒が担任の不出来を謝罪する事はあっていい事なのだろうか。

「別にいいさ。星之宮先生はいつもあんな感じなのか?」

「うーん。あんな感じと言えばそうかも。ホームルームで二日酔いで頭いたーいとか言ってるし。。」

俺は、この学校の教師の採用基準を見直すべきだと思います。

 

「あはは。でも、生徒思いな先生には変わりないからっ。」

「…まあ、それはそうかもしれないな」

「ちなみに一之瀬はどこから見てたんだ?」

一之瀬はすぐ行くと俺に連絡してた。責任感の強い彼女は俺を無闇に待たせようとはしないだろう。

 

「なんか、確信めいた言い方だね〜。わたしが遠くから見てる事知ってたの?」

隠す気は無かったのか、白状するように遠くから見てた事を言ってくる。

 

俺は一之瀬の頭に手を伸ばし、髪を撫でる。

「少し髪が跳ねてる。一之瀬はその髪を直すよりもここに来ることを優先したんじゃないか。そう思ったんだ。」

一之瀬は俺に髪を触られてる事に抵抗せず、照れるように言った。

「にゃはは。正解だよ。」

ということは、少なくとも酔っ払いをベンチに座らせた辺りからは見てるだろうな。

 

俺が手櫛で直そうとしても、髪の毛はぴょこんぴょこんと跳ねる。興奮して立ってる犬の尻尾みたいだな。

「悪い。直そうと思ったんだが、無理そうだ」

「んーん。ありがとう。」

「いや、直ってないんだ。お礼言うのは変じゃないか?」

「それでも、ありがとうなんだよ」

「そういうものなのか」

「そういうものなのっ」

無邪気に俺に撫でられていた跳ねた髪の毛を両手で抑えて笑う一之瀬の顔は太陽の光を反射したように赤く染まっていた。

 

星之宮先生が、一之瀬が来た時にやり方を説明した事を深読みすると、状況と舞台は整ってるように錯覚してしまう。

だが、俺にはまだ差し伸べるだけの勇気は持ち合わせてない。

 

「それで、俺に用ってなんだ?一之瀬。」

一之瀬からは無人島試験終了後、何回も連絡来ていたが、時間が合うことがなかった。一之瀬はクラスのリーダーで人気者。俺も一躍時の人でお互いに忙しかった。

 

「うん。改めてお礼が言いたくて。」

「それなら、メッセージで何回ももらった。それに、俺はリーダー当てでスポット占有ポイントも無効にしてるんだ。恨まれることはあっても、感謝されるべきじゃない。」

「それは違うよ!龍園君にもリーダーを当てられたし…」

 

「それは結果論だろ?俺も一之瀬も試験中、龍園がBクラスのリーダーを突き止めてたことを知らなかった。俺は元々占有ポイントを無効化するつもりでBクラスのリーダーを当てたんだ。それは変わらない。」

「うん。そうだね。…でも、これも、ありがとうなんだよ。」

「何のお礼なんだ?」

俺は本当に何のお礼か分からなかった。

 

「…綾小路君がくれたのは、私に対しての慈悲だったのかもしれない」

「でも、私に届いたのは純粋な優しさだったんだよ」

便利なフィルターが付いてるもんだな。

一之瀬は多分、誰に対してもそうなんだろうな。

 

「そうか。」

「うん。そうなんだよ」

「要件はそれだけか?」

一之瀬が、こんな朝早くから俺に会いに来た理由にしては薄い。

 

一之瀬は気まずそうに、太陽が半分顔を出した地平線を見た。

「…あ、綾小路君と一緒にこれが見たかったんだ」

その台詞は何処かで聞いたな。

 

朝五時前に俺から返信したんだ。その理由は嘘に間違いはなかった。

「それは冗談か?」

一之瀬はかぶりを振って、俺の方に向く。

「んーん。本気だよ」

純度100%の笑顔に見えた。

俺はその嘘を優しく見逃した。

 

俺の問いに対する回答が即興で作り上げた嘘なのは本当。

だけど、その作り上げた嘘が本心なのも本当だった。

 

「そうか。早起きは三文の徳って言葉では足りないくらい役得だな。俺は」

 

「あはは。でも、知ってる?三文って90円くらいの価値しかないんだよ」

一之瀬は笑いながら鋭いツッコミを入れてくる。

 

金額にするとこの言葉もだいぶ安く聞こえるな。

「そんなこと言ったら、100万ドルの夜景も人々が残業して使った電気代を比喩した言葉なんだ。一之瀬には浪漫が足りないぞ」

 

「あはは。私は現実主義者だから。夢は見ないんだ」

 

「だって、夢は見るためじゃなく、叶えるためにあるからねっ」

 

一之瀬は拳を太陽に向かって掲げて言い放つ。

 

「それ、その可愛いパジャマで言ってなかったら、最高に決まってたな」

 

一之瀬の癖がついた髪も、皺がついたパジャマも俺の返信で飛び起きて急いで来た証拠だ。

 

「にゃはは〜。確かにそれは言えてる。」

一之瀬は恥ずかしそうに自分のパジャマを見下ろした。

 

「俺は役得だな」

「え?」

俺がさっきの言葉を繰り返すように言った事に驚く。

 

「一之瀬が″会いたい″を理由に会いに来てくれてるんだ。こんな幸せな役は他にない」

 

一之瀬はさっきの比じゃないくらいに顔を赤くして言う。

「…意地悪だなぁ〜」

 

俺がそれを知ってたのに用件を聞いたこと。

一之瀬の嘘を見逃して、泳がせた上で暴いたこと。

それに今、気付いたのだろう。

 

「言っただろ。好きな子には意地悪したくなるって」

これは、あの時の再現。違うのはこっからだ。

 

「その言葉に嘘はないの?」

一之瀬は俺の2度目の言葉には照れない。

もうこの言葉は一之瀬の言う通り、軽くなった。

 

「俺だって一緒だ。一之瀬に会いたくて会いに来た。」

 

一之瀬は俺の目を逸らさずに緩んだ頬を無理矢理引き締めるように笑った。

「にゃはは。そっか。あはは」

そして、両手で顔を隠してボソッと言う。

 

「うれしいなぁ」

俺は今度こそ、一之瀬の言葉を見逃した。

 

――――――――――――――――――――――――

俺達はその後二人で無言で地平線から昇ってくる太陽を眺めた。太陽はゆっくり登っていき、海を照らし始める。

デッキの手すりを前に二人で並んで海を見てる。ただそれだけの時間が心地いい。

 

無言の時間を静かにして破るように一之瀬は言う。

「不思議だなぁ」

「何がだ?」

「私、今、お互いに無言なのに、全然退屈でも窮屈でもないんだ。」

「俺もそうだな」

「いつもなら、会話回さなきゃ〜とか、私が引っ張らなきゃ〜とか思うのに綾小路君とはなんて言うか。うーん。なんだろ。…安心する。。も、違う気もするし。うーん。」

一之瀬は表現に困ったように頭を捻る。

 

「いいんじゃないか?無理に言葉にしなくたって。」

 

「え?」

一之瀬は俺の言葉の意味を聞いてくる。

 

「今、ここで感じてる感情を1つの言葉に集約してしまうのって勿体ないって思わないか?」

 

「それに、…俺はこんな静かな時間をこれからも一之瀬と二人で積み重ねていきたい」

 

「その先で二人で見つけたものがその答えじゃないか?」

 

「…あはは。綾小路君ってロマンチストだよね。」

「ああ。そうかもしれないな。」

一之瀬は小刻みにうん。うん。と頷きながら言う。

 

「じゃあ、私は綾小路君のそのロマンを現実にするリアリストを目指すよ。」

 

一之瀬は隣に立つ俺との距離を堂々と詰めて、俺を見上げてそう言う。

 

「いいのか?俺の浪漫を現実にするのは茨の道だぞ。」

その茨は綺麗な薔薇の棘かもしれない。

 

「違うよ。私が私の為にその浪漫を現実にするんだよ。」

一之瀬の俺を見上げた綺麗に整った顔が、いつもより一層美しく見えた。

 

俺の浪漫はそんな綺麗なものじゃ無い。

そう分かってて俺は勇気を振り絞る。

一之瀬が出した勇気を返すように。

 

距離を詰めてきた一之瀬と同じように俺も残されていた距離を詰める。もう俺たちの間には何も無い。

 

一之瀬の髪は海の風に靡かれて、綺麗な顔にかかる。

俺はその追い風に背中を押されて、一之瀬の顔にかかった髪を優しく払った。

 

お互いに距離を詰めて状況と舞台は整った。

 

海からの風は俺に理由をくれた。

 

一之瀬は何かを待つように目を閉じた。

 

「清隆く〜ん。何処ですか〜。」

その時、船内の方からみーちゃんの声が聞こえてきた。

俺に甘えるような声だった。

 

一之瀬がその声を聞いてはっとしたように目を開ける。

 

 ――俺はその瞬間に一之瀬にキスをした――

 

一之瀬の見開いた目もみーちゃんの声も気にならない。

 

唇にある確かな感触だけに集中する。

 

目の前にいる一之瀬に恋愛感情などない。

あるのは劣情だけ。

 

それでも、一度差し出された勇気を見逃すことだけは出来なかった。

 

数秒間のキスの後、俺は一之瀬を強く抱きしめた。

一之瀬も同じように遅ればせながら抱きしめてくる。

 

みーちゃんの驚くような顔と漏れるような声もダイレクトに伝わってくる一之瀬の心臓の音だけが俺の脳内を上書きする。

 

「ありがとう。一之瀬。」

「あはは。大胆だね。綾小路君。」

「お互い様だろ。それに引けない所まで来てたからな。あそこで引いたら男が廃る。」

一之瀬は腕の中で気まずそうに笑う。

 

「知らないんだからね。」

「何が。」

 

「私知ってるから。みーちゃんとのこと。」

一之瀬は俺の胸に頭突きをするように言った。

「俺の方が知ってる。みーちゃんのことは」

みーちゃんの今の感情も、これからの対処も。

全部心得てる。覚悟は決まった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

みーちゃんは走って逃げ出すことはせずに俺達にゆっくり近付いてきた。

俺は一之瀬を解放する。一之瀬も俺を同じように解放した。

 

「…きよたかくん。―」

 

みーちゃんのその言葉は遮られるように3人の携帯に一斉にメールが届く。

その音が流れても、俺たちは携帯を開ける状況じゃなかった。泣きそうなみーちゃんがそこにはいたからだ。

 

『生徒の皆さんにご連絡いたします。先程、全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信しました。各自携帯を確認し、その指示に従ってください』

 

そのアナウンスが流れて、ようやくこの空気に水が差された。

「みーちゃん。説明は必ずする」

俺は携帯を取り出して確認する。

一之瀬とみーちゃんにも確認するように目配せする。

 

「「特別試験……」」

「どうやら、浮かれていられないらしい」

(浮気してたわけではないが。)

 

俺達には各自、指定された時間と場所に集まるように指示があった。俺の指定された時刻まで余裕はさほどない。

俺の携帯にも、一之瀬の携帯にもクラスメイトからのメッセージが大量に飛んでくる。

 

「一之瀬。行った方がいい。」

「…でも。」

「行ってくれ」

「…うん。ごめん。私は行かなきゃなんない。みーちゃん。またね」

みーちゃんは去っていく一之瀬の方も見ずに俺の方だけを見つめる。

 

俺の知らないところでみーちゃんと一之瀬も交友関係があったことを確信するのには十分なやり取りだった。それが友達なのか知り合いなのかは分からないが。

 

立ち止まって、必死に涙を堪えてるみーちゃんのすぐそばに俺は行く。

 

 

みーちゃんは俺に優しさを返す為に側にいる理由を求めて俺に告白した。

俺の側にいた事はみーちゃんにとって幸せな日々だったんだろう。もう、優しさを返すという本来の目的を見失うほど、俺を好きになっている。

今まで貰った優しさは辛さとなって襲い掛かる。

 

なら、もう言葉はいらない。

言葉では辛さを払拭できない。

 

俺はみーちゃんを強く抱きしめる。

「やめてっ」

みーちゃんは必死に抵抗するが、俺はやめることしない。

「やめてっ‼︎‼︎」

みーちゃんが涙をこぼしながら叫ぶ。

俺は言葉を返さずにただただ、抱きしめる両手に力を込めた。

 

「…きよたかくん。わたしのことっ…すきって言ってくれたじゃないですかぁぁ。」

泣きながらそう言うみーちゃんに返す言葉は1つしかない。

 

「好きだよ。」

「っ。嘘ですっ。」

「嘘じゃない」

「じゃぁ、どうしてっっ!」

 

心の底から好きでいてくれてるみーちゃんに

俺は虚空から拾った好きの言葉で返している。

そんな言葉で釣り合いが取れるわけがない。

 

俺はみーちゃんの唇を強引に奪う。

 

俺の行動に対する疑問も

 

俺の気持ちに対する疑惑も

 

 ―言葉にできないように。

 

みーちゃんの見開いた目から流れる涙は俺の頬を伝って地面に落ちた。

 

本日2度目のキスは罪の味がした。

 

俺がどれだけそれっぽい言葉を並べたって、それは俺の言葉じゃない。

 

だけど、俺の体は俺である事を有形で証明できる。

 

息が続かなくなって、苦しくなるくらいに続く。

試験の所定時刻までもう時間も無い。

みーちゃんが本当に苦しそうになってるのを感じて、俺は解放する。

 

みーちゃんは息を荒くして必死に呼吸を紡いで、心臓を落ち着かせている。

先程までの荒れ狂っていたみーちゃんはもういない。

今なら、俺の言葉でも届く。

 

「みーちゃん。この試験が終わったら、俺の話を聞いてくれ」

 

「全て、話す。」

 

「その上でみーちゃんが決めてくれ。」

 

「俺とどうしたいかを。」

 

頭を撫でられて幸せそうに笑うみーちゃんも

俺に甘えてくるみーちゃんも

必死に涙を流して叫ぶみーちゃんも

もういらない。

 

      

 ――そこには恋愛感情(邪魔なモノ)があるからだ――

 





次回!本当に船上試験です!
ちなみにですが、綾小路のグループを変えるつもりです!
今の綾小路を原作通りにグループ分けするのは違和感があったからです。

関係ないですが、僕もお酒が大好きでよく潰れるまで飲むんですが、赤ワインで潰れたら、ゲロが真っ赤なんですよね。一瞬、血に見えて、死ぬんじゃないかって錯覚します。

後、酔うと、呂律が悪くなるのと、甘えたくなるの、これは科学的に証明されててもいいくらい個人的には信用できる理論です。

本編では⭐️さんがちょっと直接的な表現使ったけどr18じゃないはずです。


※ボツ構想
平田が寝てるフリをしてて、綾小路をつけて、一連の流れを一部始終見てて、NTRの線を考えました。でもそうなると、作品の軸がブレるのでやめました。

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