綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
龍グループに続き、猿グループの試験も終了する。
…まだ試験は1日目の1会合が終わったばかり。
綾小路君から優待者を当てたことと高円寺君が暴走した事をメールで伝達される。
私はそれに返信をしなかった。
実際に会って彼に話を聞きたい気持ちはあった。
優待者が他のクラスにいるケースと私のクラスが優待者がいるケースではやり方は変わってくる。
私がそれを聞いて得をすることはないと判断した。
それに、王さんのこともある。
今彼と二人で会うような行為は火に油を注ぐことになる。
私が何でそんなことを気にしなきゃならないんだろう。
彼と会うのに王さんの許可が必要なはずない。
心に靄がかかっているようで、落ち着かない。
でも、今は目の前の試験に全力を注ぐ。
私は私のやり方でこの試験を乗り越えてみせる。
――――――――――――――――――――――――
試験は1日目、今は午後5時前。
この試験は既に龍園が掌握している。
終わらせるも続けるも龍園次第。
なら、この後の午後8時の2回目の会合。
龍園の気が変わらなきゃ、問題なく猿と龍グループ以外は会合が行われるだろう。
この俺が作り出した、他の人に邪魔されない1時間が明日も続くとは限らない。試験が動かないうちに動く必要がある。
「ひより。来てくれてありがとう」
「ふふ。清隆君に呼ばれたらどこにだって行きますよ。それが例え、地獄でも。」
「ここはただのレストランだけどな。」
「″ここ″はそうですね。」
正面に座るひよりは意味深な恍惚とした笑みで俺を見る。
「ひよりには、そこが地獄に見えるのか?」
「清隆君さえいればそこがファラリスの雄牛の中だろうと天国に早変わりですよ」
ファラリスの雄牛は有名な処刑器具。
その断頭台が天国に見えるなんてのはあり得ない話。
ひよりにとって俺の存在の大きさを計り知れない事を比喩している。
こうして、何一つ具体性を持たない会話が紡がれていく。
ここは生徒に人気なレストラン。
だけど和気藹々と騒ぐのではなく、大人な雰囲気を醸し出していて、男女のカップル向けとまことしやかに囁かれている場所。
時間帯もあるがほぼ満席で、人の目や耳も多い。
その外聞を気にして会話しなければならないことはひよりにも理解できている。
そして、今、ここに俺達が二人でいる意味も。
「清隆君にはそこが何に見えてるんですか」
「そうだな…。パンドラの箱に手をかけている自分が見える」
「そうですか。私にはそれはシュレディンガーの猫と表現する方が適切に見えます。」
ひよりは、中身が災いかどうかは開けてみるまで分からないと言う。
「それに、それが何であれ、私は清隆君のその手にそっと自分の手を添えて横で笑ってます」
ひよりの言葉はさっきから確信を帯びている。
沸々と疑問が浮かび上がってくる。
「ひよりはどうして何も言わないんだ?」
ひよりは俺を包み込むような笑みで見る。
「ふふ。モヤモヤしますか?何も聞かれないことに」
この気持ちはモヤモヤといった曖昧模糊とした抽象的なものじゃない。
ひよりに対して抱えてる漠然とした違和感だ。
「そうだな。そうかもしれない」
「なら、私たちは一緒です。」
「どういうことだ?」
ひよりはテーブルの上の料理を丁寧な所作で口に運び、ゆっくりと咀嚼して飲み込む。
「私もモヤモヤしてるんです。清隆君に何も言われないことに。」
「…だって、清隆君は察してるんでしょう?私が全部知ってるってこと」
ひよりの笑みが蠱惑的に見えて、怖く思えた。
俺にすら認知できていない俺の心を見透かしてるようだったから。
「ああ。なんとなくだがな」
「察しの通りですよ。私は全部知ってます。」
「…全部か。」
「はい。全部です」
ひよりが知ってるのはほんの一部に過ぎない。
それをひよりも知っているはずだ。
「それに清隆君。私にそれを隠すつもりはなかったですよね。」
「ああ。」
正確には最初は隠すつもりだった。
俺がひよりに告白した時、ひよりは恋人関係になることを求めてこなかった。そのことの意味に気づくまでは。
ひよりは胸に手を置いて、吐露するように言う。
「私って敏感なんですよ。人からの感情に。それが負の感情でも正の感情であっても。」
「…清隆君から向けられる感情はいつも負でも正でもなく、―無でした」
「清隆君は私の事、好きじゃありませんよね」
その言葉は俺にとって晴天の霹靂。
まさか、そんな風に思われているとは思わなかった。
あの告白の時、ひよりには間違いなく俺の言葉が届いていた。その実感があったからだ。
「ふふ。そんな顔しないでください。」
俺はどんな表情だったろうか。
表情筋を動かしていない自信はある。
だけど、驚いている感情を完璧に隠せた自信は無かった。
「私は満足なんです。大好きな清隆君が私の好きを受け入れてくれてるってだけで。」
「だって、例えそれが嘘でも私の好きに応えてくれた事実には変わりありません。それは私を受け入れる為の優しい嘘でした。なら、それだけで幸せです」
「ふふ。嘘だと分かっていても嬉しいものなんですよ」
ひよりは本当に満たされているといった表情でそれを言う。
返す言葉が本当に思い浮かばなかった。
俺の言葉を嘘であると見抜いた上で、それにひよりは乗っかていた。
嘘の上に乗っかるものも同じく嘘であるはずなのに、一片の曇りもないひよりの顔はそれを本当である事を示している。
「…難しいな。」
心から漏れた言葉だけが宙を舞う。
「ふふ。清隆君の困り顔は新鮮ですね。」
「…これまでの人生。答えのある問題にしか直面してこなかった。実際に困った事なんて一つもなかったんだ。」
「ふふ。若いですねぇ。清隆君。まだ、私達は15歳。人生は始まったばかりですよ」
達観したように微笑む椎名の言葉は15歳のものではないように思えた。
「…ひよりはもしかしてあれか?転生してたりするのか?」
「ふふ。私、オカルトは信じないんです。」
笑って的確に正論をぶつけてくるひよりは俺がボケたことにも気付いてないように思えた。
こういう部分は天然なんだよな。
俺はテーブルの上にあった料理を口に運ぶ。
それはもう冷めきっていて、それでいて生温かく感じた。
俺はそれを飲み込んで、言葉を吐く。
「ひより。ついてきてくれるか?」
俺のこれは質問じゃなくて確認のようなもの。
ひよりがついてくることは分かっている。
「私が渡した『100年の孤独』を覚えてますよね。」
「…ああ。」
「あれ、貸したつもりはないです。完全に渡したんです」
「私の一生涯の孤独を清隆君には抱えてもらいますから」
「…重い女ですからって言うんだろ?」
この展開は既に進研ゼミで習った所だ。
だが、俺がその重みを理解する事はない。
そう遠くない未来で軽々とそれを捨ててしまう事だろう。
「清隆君。女の子に重いは禁句ですよ。」
自分で言うのはいいけど、他人に言われるのは違うというやつだな。
「ひよりが軽いことは知ってるよ」
ひよりが軽いことは体をもって実感済みだ。
ひよりは俺のその言葉にも目を細めて笑う。
「残念ですが、女の子には軽いも禁句なんです。」
「…難しいな。」
「まだまだ女心に関してはビギナーですね。清隆君は」
ひよりはいつかと同じように指を立てて分かりやすく振った。
そして、優しく微笑んで言う。
「仕方ないですから、助けてあげます。」
それは最初の俺のついてきてくれるか?に対する答えだ。
シンプルな問いかけに対する答えに、こんなにも複雑な証明式を必要とする。
俺が今まで学べなかったことで、これから学んでいく事だ。
ひよりは元から知っていた。
俺がみーちゃんに告白されたことも。
俺がその上でひよりに告白したことも。
そして、それが嘘だったことも。
その上でその全てを受け入れて認め、さらに俺に寄り添ってくれる、特殊な存在だった。
それが今日、理解できた。
ひよりを元々、みーちゃんとの決着に巻き込むつもりはなかった。
俺がひよりを呼んだ目的は、ひよりと俺が二人でこのレストランにいる事をみーちゃんに遠回しに伝えることが目的だった。
だが、ひよりの話を聞いて考えが変わった。
これから、みーちゃんに話す俺の全てをみーちゃんが受け入れてくれるかどうかは賭け。
だけど、その上澄みを感じ取っているひよりは、俺の全てを知っても、もう受け入れてくれると確信している。
なら、ひよりがいた方がいい。
俺は少しの軌道修正を持って、全ての準備を整えた。
――――――――――――――――――――――――
豪華客船には高級スパが完備されている。
そしてそれはエステティシャンがマッサージしてくれるサービスだけじゃ無い。
ベッドやチェアが並んでる個室に優しい音楽と落ち着くような香りが充満した癒し空間を提供してるサービスもある。
午後8時からの1時間、俺はこの個室を借りることに成功した。
2回目の会合前なこともあり、高級スパは空いており、俺とひよりは予約していた15分前に既に入室させてもらうことができた。
「うわ〜。なんかちょっとイヤらしいです。」
ひよりは部屋に入ってすぐにそんな事をいう。
俺は聞かなかった事にする。
既にみーちゃんに連絡している。
必ずここにきてくれと念を押して言った。
彼女が俺とこのままでいる事を望んでいない事を考えると間違いなく来るだろう。
「清隆君。なんかイヤらしいと思いませんか?ここ」
ひよりは俺が聞こえないフリをした事をみて、聞こえないふりはさせないと、距離を詰めて聞いてきた。
「ひよりがそう感じてるだけだ。俺はそうは思わない」
「清隆君。ムッツリですね〜」
いつか聞いたなそれは。
あの後調べた感じ、そこそこ的確に俺を表現してる感じがして嫌だったんだよな。
「明け透けにした方がいいのか?」
「それは塩梅によります。」
一番難しい要求だな。
「今からの時間に他人に介入されるわけにはいかなかった。客室だと誰かが聞き耳を立ててるかもしれないし、防音性も確かで個室のこの空間が最適だったんだ」
「そういうことにしておいてあげましょう。それで、私は何をすればいいんですか」
みーちゃんが来た後のことを言ってるんだろう。
俺はこれからの話になるに至った経緯を掻い摘んで話す。
一之瀬との逢瀬にみーちゃんが出会したことを。
これから、みーちゃんに事細かに問い詰められた時にひよりがそれを初耳だと面倒だからだ。
「…待ってください。キスしたんですか?」
ひよりは眉を顰めて、聞いてくる。
「ああ。」
「…一之瀬さんに?」
目を細めるひより。
「ああ。」
「なんでですか?」
実際は一之瀬が求めてきたからが理由だが、その答えは狡いように思えた。
好きだからと答えてもひよりには真意がバレるだろう。
「俺がしたかったからだ。」
ひよりは俺との距離をさらに詰めて、俺の背中に手を回して逃がさないように抱きついて見上げてくる。
「…私にはしたくなりませんか?」
この空間は究極の癒し空間をテーマとしている。
豪華客船の客室も無機質な空間に思えるほどの甘美な空間。その空間で誘惑じみた行為をするひよりはイヤらしく思えた。
「して欲しいのか?」
ひよりはその言葉に拗ねたように唇を尖らせて顔を横に背ける。
「私がして欲しいのは当たり前です。私が聞いてるのは清隆君がしたいかどうかです」
俺はひよりの頬に手を添えてこちらを向かせて俺は少し屈む。
ひよりは俺がしようとしてる事を察する。
「私の質問に答えてください」
ひよりは俺の目を捉えてそう言う。
「ひよりにキスがしたい。」
「私の事は好きじゃないのにですか?」
間髪入れずにひよりが言葉を返してくる。
「…ああ。」
ひよりは背伸びして、俺の唇じゃなく頬にキスをした。
そして、ゆっくりと俺から距離を取る。
「私がキスをするのは清隆君を好きだからです。」
「私がキスをして欲しいのは清隆君が好きだからです。」
「私を好きになるまで、キスさせてあげませんから。」
ひよりはうっとりとした目を細めるように笑ってそう言った。
感情に敏感なひよりは俺にとって1番の天敵かもしれない。本能がそう感じていた。
俺が言葉を返す前に、この個室にノック音が響く。
「私は思ったことを言います。」
ひよりが言っているのはこれからの話だろう。
「ああ。それで構わない。」
元よりひよりに下手な演技をさせるつもりはない。
素のひよりじゃないと意味がない。
俺がドアを開けるとみーちゃんが立っていた。
どこまでも無を感じる表情だった。
「中で話そう。入って」
みーちゃんは無言のまま俺についてくるように入室した。
「みーちゃん。こんばんわ。」
ひよりの挨拶でみーちゃんがここにひよりがいることを認識する。
「…なんで、ひよりちゃんがいるの」
それはひよりじゃなく俺に問いかけてきた。
その確認のような問いかけは先程まで、ひよりと俺がレストランで食事していた事を知っていることを示していた。
「ひよりは俺が呼んだ。」
「…どうして」
「これからの話に必要だったからだ」
「……」
みーちゃんは俺からこれ以上の話は出てこないと感じたのかひよりの方を向いた。
「私は確かに清隆君に呼ばれました」
「…き、きよたかくん…って呼んでるんだ…」
みーちゃんがボソッと零す。
静かな部屋ではその声も鮮明に聞こえるほど響いた。
「私が名前で呼び合うことをお願いしたんです」
ひよりは自分のことを名前で呼ぶように自己紹介で言っていることが多い。俺がひよりと呼ぶ事は気にならなかったんだろう。
だが、みーちゃんは俺のことを名前で呼ぶ事に特別を感じていた。だからどうしてもそこで引っかかってしまう。
「…そうなんだ。…そ、それはどうして?」
みーちゃんにもその理由はだいたい分かってる。
だけど、ひよりの口から聞きたいことなんだろう。
「みーちゃんと同じです。私も清隆君が好きなんです」
みーちゃんはその言葉がくることを予想してたはずなのに、苦悶の表情を隠しきれずにいる。
「…清隆君もひよりちゃんのこと好きなの?」
みーちゃんはハキハキとした声でそれを俺に問いかけてくる。
この質問は何回も繰り返し頭の中でシミュレートしたこと。いまだに、その俺の中にその答えが無い。
「清隆君は私の事を好きじゃないですよ。一方的に私が好きなんです」
だが、今は、その答えはひよりが答えてくれる。
みーちゃんは俺じゃなくてひよりが答えた事に対して納得がいっていないことを目に浮かべる。
「ひよりが言ってる事が事実だ。そして、それも含めて、話をしたい。」
俺がひよりを好きではない事実を伝えたことでひとまずは満足したような様子のみーちゃんが問いかけてくる。
「……話?」
「ああ。とりあえず座ってくれ」
俺達はテーブルを挟んで向かい合って座る。
向かいの2人掛けのソファにひよりとみーちゃんが並んで座り、その正面に俺も腰掛ける。
俺は開口一番、謝罪から導入する。
「最初に一つ謝ることがある。」
俺がみーちゃんに謝る事は一之瀬と逢瀬していたことでは無い。
テーブルの上には飲み物もない。
乾いた喉を潤すように、みーちゃんは生唾を飲み込む。
「俺は、みーちゃんの告白の返事でみーちゃんのことを好きだって言ったよな。」
みーちゃんの表情が歪んでいくのが分かる。
今にも立ち上がって走って逃げ出しそうな顔。
だけど、みーちゃんはそれをせずに、次の言葉だけを待つ。
「その返事で好きだって言ったこと。あれは嘘だった。」
みーちゃんが顔を伏せるように俺から目を逸らす。
ひよりはそれを無表情で傍観していた。
「俺には恋愛感情が無いんだ」
「好きって気持ちなんて誰に対しても持った事がない」
その言葉はみーちゃんが伏せていた顔を上げるには十分な事実だった。
俺が誰も好きじゃない事実はみーちゃんにとっては重要だからだ。
「…私の事好きじゃないんだ。」
感情がこもった鼻声でみーちゃんは呟く。
「ああ。だけど、みーちゃんに好きだって言われて俺は嬉しかった。そんなみーちゃんと手を繋ぎたい、抱きしめたい、キスしたいって思った。俺はその時、みーちゃんに対してそう思う事が″好き″って感情だと思ったんだ」
「だけど、みーちゃんから好きの気持ちを向けられる度に、俺が持ってる″好き″とは違うものだって感じてた」
「俺の持ってる″好き″はみーちゃんだけに向けるものじゃなかったからだ。」
俺が淡々と並べた言葉を噛み締めるように唇を引き締めたみーちゃんは聞いている。
ただの醜い言い訳でしかない言葉なのに俺を信じて耳を傾けている。
「だから、俺はみーちゃんを好きじゃない」
「俺には人を好きになるって機能が備わってないんだ」
「ごめん」
俺はここでキッパリとみーちゃんのことを今好きじゃない事とこれからも好きにならないという事を伝える。
俺が望む、俺達の関係に恋愛感情は必要じゃないからだ。
「……これからも、清隆君が私を好きになってくれる事はないの?」
涙が溜まっている瞳で俺を捉えて、覚悟の込もった声色で問いかけてくる。
俺が今から吐く言葉はその覚悟で受け止められるだろうか。
「ああ。俺がみーちゃんを好きになる事はない」
「……そっか。……悲しいなぁ。」
尻すぼみに小さくなっていく声。
心からの言葉だって事がよく分かる声色だった。
無言を包み込むような癒し空間にみーちゃんが啜り泣くような声だけが暫く響く。
ひよりはそのみーちゃんの背中を優しく包み込むようにさする。
落ち着きを取り戻し始めたみーちゃんはひよりに問いかけた。
「…ひ、ひよりちゃんは知ってたの?」
「清隆君が私を好きじゃない事は知ってました。そして、これからも私を好きになってくれないってことは今知りました」
ひよりは淡々と冷静に事実だけを述べていく。
「…ひよりちゃんはそれでいいの?」
みーちゃんはひよりに顔を合わせる。
「みーちゃんも清隆君も勘違いしてますね。」
ひよりは俺とみーちゃんを交互に見て、したり顔で言う。
「たかだか15歳の高校生が俺には恋愛感情は無いだとか、人を好きになる機能は無いだとか片腹痛いです。」
先程の再現のような台詞で、俺の言葉を否定してくる。
これは予想できていた事だ。
「私は絶対、清隆君に私を好きにして見せますから。」
「清隆君自身にも分からない″好き″を私が教えてあげます。」
さも、当たり前のことのように言い放つひよりはひよりの宣言とも言える言葉に目を丸くしてるみーちゃんを見据える。
「みーちゃん。私の″好き″に勝てますか?それとも諦めますか?」
ひよりがみーちゃんに押し付けた2択はDO or DIE。
自分の好きの気持ちを生かすか殺すかの究極の選択肢。
「…でも、悲しいし苦しいよ」
それでもみーちゃんの覚悟は未だ決まらない。
「清隆君が好きになってくれない事が悲しいんですか?」
「自分以外の女の人にキスしてるのが苦しいんですか?」
ひよりは矢継ぎ早にみーちゃんの心を丸裸にするように詰め寄っていく。
「…うん。…ひよりちゃんも分かるでしょ?」
「だから、いいんじゃないですか。」
「…え?」
「悲しくなったり苦しくなったりするのは本気で恋してる証なんです。私は自分のその気持ちすらも愛おしく思えるんです。」
「…だって、こんな気持ちを抱いたのは初めてですから。」
「…私だって。初めて。」
「ふふ。お互い初々しいですね。」
ひよりはみーちゃんに対して心から共感するように笑う。
さらに、ひよりは胸に手を当てて、自分の心を慈しむように言葉を紡ぐ。
「清隆君が他の人にハグしたって、キスしたって、それ以上のことをしたって構いません。」
「私の気持ちは私だけのもの。他の人の行動一つで揺らぐものじゃないです。だって、私だけは確信してますから」
「私が一番、清隆君を愛してるって事を」
「…敵わないなぁ。ひよりちゃんには」
みーちゃんは尊敬を超えて憧れを抱くような眼差しでひよりを見る。
「あれ?みーちゃんは自信がないんですか?自分が一番清隆くんを好きだっていう自信が。」
ひよりは態とらしく笑みを浮かべて、みーちゃんを優しく煽った。
「んーん。私が一番清隆君を愛してる。それだけは変わらない。」
「でも、それを思い出させてくれたのはひよりちゃん。正直、さっきまで諦めようって思ってた。こんなに辛い事は耐えられないって。ずっと思ってた。」
「でも、諦める方が、ずっとずっと辛いから。ありがとう。ひよりちゃん。」
「ふふ。私は何もしてません。」
ひよりはみーちゃんの言葉に謙虚に笑う。
みーちゃんはそのひよりに向けて挑戦的な笑顔を浮かべて言う。
「ひよりちゃんは大好きっ。でも、清隆君を好きな気持ちは負けないから。」
ひよりは胸を張って、目を細めは笑う。
「ふふ。まだまだ分かってないですよ。みーちゃん。私の好きとみーちゃんの好きは比べるものじゃないですから」
「私の好きもみーちゃんの好きもその気持ちを自覚した時点で永久不滅の1番なんです。」
「陳腐な表現をすればNo.1じゃなくてオンリーワン。」
「私達が奪い合うのは清隆君のオンリーワンですよ」
さっきは私の好きに勝てますか?とみーちゃんに問いかけたがあれはひよりの巧妙な罠。
この言葉を一番効力を発揮するタイミングで放つ為の布石。
そう言って俺を見据えるひより。
それに倣って、みーちゃんも俺を見てくる。
二人の逃がさないという目から完全にフォーカスされる。
「俺は今は、みーちゃんとひよりの好きに返せない。それでも…」
ひよりは俺の言葉を強い言葉で遮る。
「清隆君は分かってないです。清隆君は誰にでも、手を繋ぎたい、ハグしたい、キスしたいって思ってる訳じゃないです。」
「清隆君は、無自覚に私やみーちゃんや一之瀬さんにその他大勢に向ける感情とは違う特別なものを持ってるんです。」
それはそうだ。相手が誰でもいいわけではない。
それは確かだ。
「本当にそれが清隆君の劣情なら、相手は誰でもいいはずですよね?なら、それは劣情じゃない。そんな中途半端な感情を抱えていながら、恋愛感情が無いなんて、あまりに説得力がないです。」
ひよりはみーちゃんに一瞬目配せして、二人で俺を見据えてくる。
「私達は、清隆君に私達を好きにさせてみせます。だから、好きでいていいですか?」
ひよりの言葉はみーちゃんの言葉も的確に代弁していて、二人は俺に覚悟を問うような瞳を向けてくる。
俺に恋愛感情が無い事も人を好きになる機能がない事も俺だけは確信ができている事だ。
だが、それを明確に証明できる方法はない。
他人から見れば砂上の楼閣でしかなかった。
もしかすると、ひよりは俺の確信を変えてくれるかもしれない。
微かにそう思えてしまった自分がいた。
「ああ。ありがとう。これからも好きでいてくれ」
その言葉にひよりとみーちゃんは見合って笑う。
恋する乙女達は共感を持って繋がり合う。
俺には理解が及ばない感情を、二人は共有した。
もう、俺への好意は揺るぎはしないだろう。
今回、ひよりにはおんぶに抱っこで頭が上がらないな。
俺だけではこの結果にはならなかった。
「あ!」
ひよりは何か忘れていたものを思い出したかのように手を叩く。
「清隆君が私達を好きじゃなかった事も、その理由も理解できました。ですが、他の女の子に沢山手を出してる事の説明はされてません。」
みーちゃんもそれにコクコクと頷く。
「手を出してるは少し語弊があるわけだが。」
俺の言葉を無視して、ひよりはさらに言葉を続ける。
「清隆君。もう、私達の気持ちは揺るぎません。隠しても得はありませんよ?」
二人の俺への好きの気持ちが確固たるものになったことは、実感してたが、自分で堂々と言うあたり、ひよりは大物だな。
「さぁ!吐いてください!」
「清隆君っ!おしえてっ!」
正面に座ってた席から立ち上がり、テーブルに手をついて体を乗り出して、迫ってくる二人。
逃げられないと判断した俺は、自分が遺伝子レベルに刻まれている性癖について暴露した。
「「は?ハーーレム????」」
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ひよりの原作のセリフ「こう見えて、洞察力に優れてるんです。私。」をどこかで使おうと思ってましたが、使うとこなかったです!
この作品、メインヒロインが椎名ひよりっぽくなりつつある気がする。
推しキャラなだけに無意識に優遇してしまってるかもしれませんww
感想コメントや評価ありがとうございます!
明日からの1週間、仕事のスケジュール詰まってて更新遅くなるかもですがご容赦くださいっ!ではまた!