綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

27 / 81
#26 予感

「どういうことですか」

ひよりとみーちゃんのジト目がじとじとと刺さる。

 

「今、俺はまだ、人を好きになったことがない。だけど、将来誰かを好きになったとしても一人の女性じゃ満足できないことは確かだ。」

みーちゃんは口を開けて啞然としている。

ひよりは呆れたような表情で俺を見る。

 

「…清隆君。今、すごく最低なこと言ってますよ」

「分かってる。でも、これは俺が背負っている業なんだ。」

 

ひよりとみーちゃんのジト目は完全に閉じて諦念すら漂っている。

「幻滅したか?」

「はい。幻滅しました。」

そう、即答したひよりは持論を語るように続けて話す。

 

「清隆君が私のことを好きになってしまったら、私一人ですらきっと受け止められないです」

「それが分かっていないことに幻滅しました。」

 

「ふふ。私を好きになってくれるその日が楽しみです」

ひよりは頬に手をあててうっとりとしたように笑う。

完全に自分の世界に入っていて、俺はおろか、みーちゃんも置いてきぼりだ。

 

「…私も…。もう何があっても諦めないからっ。だ、だから、もっと詳しく教えてほしいっ」

みーちゃんも一足遅れて、俺を諦めないことを宣言した。

まあ、この話を知ってしまった以上、引かすわけにはいかないわけだが。

 

ひよりは思い出したかのように声を上げる。

「あ、私も清隆君の“業”のルーツは気になります。」

ひよりはいつの間にか自分の世界から帰還して、さらに、俺の言った“業”を強調してニヤニヤと言う。

 

中二病臭い表現だったことを目で煽ってきている。

やめろ。中二病患者は中二病を指摘された時、右目の邪王真眼が開眼して、共感性羞恥で目も当てられなくなるぞ。

それに俺は中学二年生を経験したことはないから、中二病になる道理はない。

 

「つまらない話になるがいいのか?」

「清隆君の話がつまらないなんて感じることはないです。」

「私もっ。聞かせて。清隆君。」

ひよりはいの一番に斜に構えた返しをしてきて、みーちゃんもそれに乗っかる。

 

俺は自分の過去を分かりやすく改変して答えることに決める。

俺を理解してもらうには過去を語るのが一番早いからだ。

 

「…実は、俺は小学校も中学校も行ったことがないんだ。家庭が厳しくて、ずっと家庭内教育を施されて生きてきた。」

俺は話し始めにわざと間を置いて、重々しく話し始めた。

 

「決められた課題を決められた時間にやるだけの無機質な毎日だった。まともに外に出たのも数回しかない。その数回も監視付きでとても自由と呼べるものじゃなかった。」

ひよりもみーちゃんも黙って俺の話に耳を傾けている。

 

「俺はこの学校に来るまでの間、小さな箱庭に閉じ込められているような閉鎖感にずっと苛まれていたんだ。」

 

「でも、この学校に入学して、文字通り自由を手に入れた。…今までの反動もあったんだと思う。その時に俺の心の底からふつふつと沸き上がった欲望が今の俺の業なんだ」

 

「まあ、親父の好色家を遺伝しちまったのが一番大きな要因かもな」

俺はオチを披露する時のように苦く笑って締めくくった。

 

俺が話した家庭環境を想像以上に彼女達は重く受け止めたようだ。

俺の育った環境が常識から逸脱したものであることを実感する。

俺の話は本当だが、まだほんの一部に過ぎない。

それでも、彼女達が受け止めたものは俺の壮大で悲惨なオリジンストーリーだったのだろう。

 

「…言葉が出ないってこういうことなんですね。」

「うん。でも、清隆君、少し世間知らずなところあるし、なんか納得できちゃった」

二人は俺の話をただただ静かに聞いた後に各々の感想を漏らした。

非常にコメントをしずらそうにしている。

 

「つまらない話だっただろ?」

「いいえ。話してくれてありがとうございます。」

「うん。私もっ。聞けて良かった。」

 

ひよりは優しい微笑みを浮かべて話し始めた。

「今、清隆君は、自分の育った環境をただただ語ってくれただけでした。清隆君がそれに対して何を思ったかは言ってません」

 

あの環境は別に苦しかったわけでも、充足してたわけでもない。

恨んでいるわけでも、感謝しているわけでもない。

閉鎖感はあったが、多少の達成感もあった日々だった。

ひよりの言葉を借りるなら、俺が今、それにむける感情はただただ“無”だった。

 

「…清隆君は愛に飢えてるんですよ。きっと。」

俺が黙っているのを見てひよりは俺の心中を察して、決めつけるようにそう言い放つ。

ひよりは立ち上がり、一人掛けの椅子の前までやってくる。

 

「…今日だけ特別ですからね」

ひよりは俺の頭を胸に抱え込むように、ゆっくりと俺を包み込んだ。

ひよりがどんな表情をしているのか、みーちゃんはどういう表情でこれを見ているのか。

それはひよりに包まれた閉鎖空間では見ることができない。

だけど、この閉鎖感はずっとここにいたいと思えるものだった。

 

俺達の話が始まって、気品高い高級感の中に作られた極上の癒し空間は重たい空気の底に沈殿していた。

それはひよりに包まれた瞬間にノスタルジーな感覚と共にリフレインする。

だがそれとこれは違う。以前の極上の癒し空間なんて比にならない。

その温もりと柔らかさで俺は抱きしめられることの意味を正確に理解した。

 

「ひよりちゃんばっかりずるいっ」

みーちゃんは慌てている姿がひよりの熱い抱擁の中でも手に取るように分かる。

 

みーちゃんやひよりには悪いが、俺は愛に飢えている訳ではない。

ただ、自分の中に性欲という名の劣情を持て余してるだけだ。

 

そのはずなのに、ひよりの胸を顔でダイレクトに感じているにも関わらず、劣情は沸き上がってこない。

ただただ心が満たされていくのを感じてしまっている。

 

このパラドックスがとてつもなく気持ち悪い。

 

「…ひより。もう大丈夫だ。」

「ふふ。まだ。ダメで~す」

 

解放してくれる様子のないひよりを見て俺は強引に立ち上がる。

ひよりはそれでも、俺から離れるつもりはないようで、宙ぶらりんになりながらも俺にしがみついている。

 

俺はそのままひよりをベッドの上に運び、座らせる。

 

「…っぇえーっと…」

 

いきなりの行動にあっけに取られているひよりが困惑の声をあげる。

俺はひよりにしがみつかれたままベッドに手をつくように倒れこむ。

ひよりは動揺で力が抜け、俺の頭の後ろに回されてた手が緩み、離れていく。

俺がひよりを押し倒してる図が生まれるのは必然的だった。

 

見た事のないくらい顔が真っ赤で扇情的なひよりがそこにはいた。

ひよりが俺がベットに押し倒した意味とその先を想像したことで照れているのだと分かると、自然と劣情が生まれてきた。

 

「…まだ、ダメっ…です。」

 

ひよりは両手で照れた顔を隠してさらに甘美な囁きを零す。

ひよりはその囁きが俺の劣情を激しく掻き立てるものだという自覚がない。

その、力の無い甘い抵抗はダチョウ倶楽部のように洗練された前振りと同じだ。

 

俺はひよりの両手を顔から外し、頬にゆっくりと手を添えて優しく撫でる。

ひよりの震える目をしっかりと捉えて言う。

 

「イヤらしいのはひよりだということが証明されたな」

 

「……」

 

ひよりがこの部屋に入った時の話を掘り起こして持ち出す。

俺はベッドから降りて、焦ってる感じのままフリーズしてたみーちゃんの頭を優しく撫でて、ゆっくりとそれを絆す。

ひよりの表情はベッドの上で悶えたい衝動を必死に堪えているように見えた。

 

俺は二人を見て言った。

 

「二人ともありがとう。こんな、どうしようもない俺を好きになってくれて。」

 

「俺が今、持ってる気持ちが何かはまだ分からない。けど、二人は俺の特別な存在だ」

 

「…ありがとう」

 

俺は自分の言葉で自分が返せる最大限を表現する。

俺はその言葉を残して、一足先に部屋を後にした。

 

感謝の気持ちと彼女達を特別のカテゴリーに分類できたのは嘘ではなく本当だ。

初めて彼女達と生身の自分が向き合えた気がした。

 

客船を進む俺の足取りは重い。

 

愛で満たされていく心を全力で否定してしまった感情と

ひよりに愛を感じてしまった本能が

ぐちゃぐちゃになって俺の中で混ざり合う。

 

まだ、俺は俺を正確に理解できていなかった。

 

俺が向かうこの先に自分じゃない自分がいる。

果てしない荒野の全てを理解して、行く当てもなかった自分とは今日で決別できた。

 

荒野には未知の領域がある事を知った。

そこは前人未踏の地なんかではなく、ひよりやみーちゃんによって開拓されてきた地だ。

俺はそれを知りたい。

Google大先生に聞いても、自問自答しても答えが無いそれに俺は答えを出す。

 

――――――――――――――――――――――――

試験2日目。

 

紆余曲折はあったにしろ、みーちゃんの問題は解決した。

 

俺は自分の中にある弱さを少し開示する事で、彼女らを取り込むことを決めていた。

今まで隠してた部分を晒け出すことで、彼女達に俺からの信頼を植えつけることができると考えたからだ。

 

ひよりに限っては取り込まれてしまったのがどっちなのか分からなくなってしまったが。

 

それでも、俺が開示したのはほんの一部。

本当に重要なのは、俺に残された時間はもう高校卒業までのわずか2年と8ヶ月しか無いと言う事。

その時が来れば、有無を言う事なく、全ては文字通り終結する。

厨二病チックに表現するなら「終焉を迎えることになるだろう。」みたいな感じか。

…何の役にも立たないな。この変換術。

 

兎にも角にも、それを彼女達に悟られる訳にはいかない。

だから、敢えて少しの情報を開示することで、その事実を裏に隠した。

それはひとまず成功したという実感がある。一先ずは一安心だろう。

 

 

この4ヶ月は流れるように時が進んだ。

それは入学して余命3年だった寿命の1/9をもう消費したということ。

もう、ゆっくりしている時間は無い。

 

俺は悪魔の囁きと心地の良いベッドを振り払って、部屋の外に出た。

部屋から出た瞬間、遠くから誰かが俺から視線を逸らしたことを感じた。

…都合が良い。

 

俺は視線を感じた方とは別の方向に進む。

そして、曲がり角でつけてくるであろう彼女を待つことにした。

曲がり角で待っていると案の定、彼女は足音を上手く消してこちらに近付いてきた。

恐る恐る曲がり角を覗いてきた彼女の視界に堂々と映る。

 

「おはよう。伊吹。早起きとは健康的だな」

「…っ‼︎」

 

伊吹は瞬時に後ろに飛び跳ねて距離を取った。

伊吹の瞬発力は相当高いな。

 

伊吹は重たい溜息を吐いて、状況と気持ちを整理する。

その溜息が、自分が動揺してるのを体が必死に自律神経を整えようとして出てしまったものだとは彼女は知らないだろう。

 

「何か用か?」

「……」

 

俺が伊吹の尾行の出鼻を挫いた形になる。

こんな芸当は尾行される事を予測していないと出来ない訳で、伊吹は行動を読まれている事に気付く。

 

「龍園の指示か?」

「……」

 

伊吹はだんまりを貫く事を決めた様だ。

だが、表情に感情が現れやすい伊吹がだんまりを決めたところで、情報は筒抜けだ。

 

「単独か。なら、丁度いい。俺も伊吹を探してたんだ。少し話をしないか」

「は?何も言ってないんだけど」

「龍園は何も教えてくれなかったんだろう?」

「だから、何も言ってないんだけど。妄想癖酷いんじゃない?あんた」

今度はあまり動揺しない伊吹。煽る余裕すら出ている。

 

「なるほどな。龍園は俺に手柄を横取りされた事実だけをお前に話したのか。お前は龍園から聞き出すのを諦めて、俺から聞き出す事にしたって訳だ」

「……あんた。知ってたの?」

鎌をかけて、ここまで綺麗にハマってくれるのは気持ちいいものだな。

 

「いや、何も知らなかった。教えてくれてありがとう。伊吹」

伊吹はここでやっと、俺に鎌をかけられたことに気付く。

 

伊吹は何の前触れもなく、俺の脛に目掛けて、下段蹴りを繰り出してくる。

俺は後ろに一歩下がる事でそれを躱した。

 

「図星つかれたからって怒るなよ」

この発言が伊吹をさらに刺激することは自明の理。

だが、伊吹は意外にも冷静に俺を分析するように言う。

 

「…あんた。やっぱり喧嘩強いでしょ」

「言っただろ。喧嘩したことはないって」

「嘘吐き。あんなの素人に躱せるわけない。」

「殺気が漏れてたんだよ。殺気が―」

 

伊吹は俺の言葉の途中にすぐに距離を詰めて、俺の上半身を狙うハイキックを繰り出してくる。

明らかに威力が手加減されている様子はない。

俺はそれを伊吹の軸足の方に手で叩いて流して、次の動作に移れないようにする。

格闘経験があるなら、その意味も明確に理解できたはずだ。

 

「…今のは殺気とか関係ない」

「伊吹。場所を考えろ。場所を」

ここは客室の前の廊下。勿論、監視カメラもある。

ここで喧嘩が始まれば大騒ぎになることは必至だ。

 

「場所さえ選べば戦ってくれるの?」

「伊吹の目的は俺と戦う事じゃなくて、試験の詳細を聞き出す事じゃないのか?」

「…あんたをボコボコにしてそれも吐かす」

「無茶苦茶だぞ。お前」

「どうせ、教えてくれないならそっちの方が有意義でしょ」

 

これがお父さんが怪獣役になって、娘の弱々しいパンチに「うわ~やられた〜」の演技で済むなら可愛いんだけどな。

下手すれば流血沙汰になりかねない様な喧嘩は御免だ。

 

「誰もそうとは言ってない。伊吹が知りたい事で俺が知ってる事なら話してもいいさ」

「…。信じられない」

その間は俺の提案に心が揺らいだ証なんだけどな。

 

「ああ。俺がタダで話す訳じゃない。情報交換だ」

「…情報?」

「伊吹は兎グループだろ?会合の内容が知りたい」

「別に何も話は進んでないけど」

「別にそれならそれで構わない。もし本当にそうなら、お前に痛みは無いだろ?」

 

伊吹は悩んだ素振りを見せて俺の発言の隙を突いてくる。

「堀北に聞けばそれで良くない?何で私な訳?」

「堀北とは絶縁中なんだ。知ってるだろ。堀北の性格を」

俺は適当に話して伊吹がどれだけ、堀北と俺の関係に関する情報を持っているか探ることにする。

 

「…確かにね。ご愁傷様。」

どうやら、堀北の性格の悪さはCクラスにも筒抜けなのか、兎グループで過激な発言をしたのかは知らないがそこそこ有名らしい。

 

「だから、伊吹に言ったんだ。丁度いいってな」

「分かった。それでいい。けど、もし、嘘ついてたら本当にシバくから」

「お前が龍園に確認を取れば俺の嘘がバレるのは分かってる。余計な真似はしないさ」

龍園が伊吹に事実を教えるとは考えにくいけどな。

 

「そう。それならいい。場所は?」

「適当に人気のない場所に行こう」

 

 

俺は伊吹に接触して、軽井沢と真鍋が揉めているという情報を手に入れた。

軽井沢が試験直後に俺に連絡してきたのが気になっていたんだがその件だろう。

 

2回目の会合でも険悪な様子だったことを鑑みても、既に解決しているとは考えにくい。

ならば、その件で俺がいらなくなったということは代理がいるということだ。

 

勿論、伊吹に俺が龍園に情報を売った事実を伝える訳もなく、適当に嘘をついておいた。

 

伊吹はいずれまた、怒りをぶつけに俺に接触してくるだろう。

 

――――――――――――――――――――――――

―軽井沢恵―

 

試験1日目 午後8時からの2回目の会合が始まった。

 

真鍋さん達から、恨みがましい目で見られる事はあったものの、1会合目のように直接的に言葉をぶつけてくる事は無かった。

 

彼女達が行動を省みて、自ら私を責める事をやめたとは思えない。きっと堀北さんが裏で何かしらの釘を刺したんだと思う。堀北さんも真鍋さん達を警戒するように視線を時々向けていたし。

 

2会合目で変わったのはAクラス。

1回目の話し合いでは部屋の隅で固まっていたのに積極的に発言してる人がいたり、その反対に黙って見てる人もいた。

 

Cクラスは逆にずっと黙っていて、一言も喋らなかった。

Bクラスの人達が会話を回してたのにも我関せずで関わるなオーラが半端じゃなかった。

私たちのDクラスは堀北さん主体で相槌をうつ程度だった。

 

話にあまり進展もないから、逃げ切る作戦でも良さそうだなーって思うけど、堀北さんは「Aクラスが動き出してる事を見ても、あまり悠長にしてられないわ。」と言っていた。

 

本当は綾小路君を頼りたかった気持ちもある。

堀北さんは分かってないから。

女の子の執着と恨みの深さを。

表面的に収まってることはいい事じゃない。

 

バネと一緒だ。今は力を溜めてるフェーズ。

根本的な解決をしないと、いつそれが放たれてもおかしくない。

 

 

 




今回、キリが悪くなりそうと判断して短めです。

次回、船上試験が完結する予定です。長めになるかも。。



更新頻度はこれから、2,3日に一本ペースになりそう。
リアル爆ぜてほしいくらいに忙しい。


ひよりとみーちゃんのヒロインとしての格付けが完了してしまっている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。