綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
――試験2日目の朝――
伊吹から情報を騙し取った後、俺は二人の人物を呼び出していた。佐藤と篠原だ。
もう入学して4ヶ月。SNSの使い方も慣れたもので、佐藤と篠原を含めた即席のグループを作成して、2人同時に連絡した。
2人は二つ返事で了承してくれた。
時間と場所。そして誰にも言わずに来て欲しいという旨を付け加えて伝えてある。
2人とまともに話すのは軽井沢グループでの勉強会以来だな。
約束の時間よりもだいぶ早めに二人は来た。
存外にも、2人とも生真面目な一面も持っているようだ。
テーブルの上には既に各々の飲み物と軽食が用意されてある。
俺は無糖の珈琲を、二人はオレンジジュースを注文していた。
携帯で時間を確認する。
時刻は朝の10時。予想よりも早く集まったのもあって非常に微妙な時間だな。
「急な呼び出しだったのに、来てくれてありがとう」
「いいよっ。全然。暇だったしっ!」
「そうそう。綾小路君にはお世話になってるし」
佐藤に続くように篠原も快活に答えてくれる。
佐藤は暇とは言ってるが一応試験中なんだけどな。
「ありがとう。いきなりで悪いんだが、大事な相談があるんだ」
俺はできる限りの真剣な表情を作り、話し始める。
店内は少し狭めな個室になっており、他人の目や耳を避けれる構造になっている。
図らずか、俺の話の重要性を後押ししてくれる要素も担っている。
「う、うん。私でいいなら‥。」
「わ、私も‥。」
二人は雰囲気を察して、吃りながらも聞く姿勢をとった。
「…この時間のご飯って朝食なのか、昼食なのかどっちだと思う?」
これは本当に難しい問題だ。
朝10時の食事は遅めの朝食なのか早めの昼食なのか。
或いは朝食と昼食どちらも兼ねてるという答えもあるかもしれない。
分野は違うが数学の未解決問題であるコラッソ予想に並ぶ難問だ。
「「え?」」
「だから、この時間のご飯は朝食なのか、昼食なのか。二人の意見が聞きたい。」
俺の質問が予想外だったのか二人は困惑していたので、再度同じ事を尋ねる。
「…それを話すために呼んだの?」
篠原からの冷たい声の追求が飛ぶ。
「ああ。昨日はこの難問に悩みが募って寝れなかったんだ。二人の話を参考にしたい」
まあ、昨夜の眠りが浅かったのは主に早起の高円寺とひよりのせいだが。
あくまでも真剣な雰囲気を俺が貫き続ける事で二人はさらに混乱していく。
もしかして、本気で言ってるんじゃないのかという疑惑が生まれ始めた。
「……わ、私は朝食かな。朝起きるの遅くて何も食べてなかったから。」
「なるほどな。なら、昼食は何時に取るんだ?」
佐藤が戸惑いながらも答えてくれたのでさらに深掘りしていく。
「う〜ん。この量なら、昼食の時間は気にしないかもっ。そんなにお腹にたまらないし。」
机の上に並べられてるのはミニサイズのシンケンローレン。スイス発祥でサクサクのパン生地にハムの旨味を凝縮するように練り込まれたものだ。
「じゃあ、今からハニートーストを追加で注文した場合は?」
「え。それはお腹いっぱいになっちゃうっ。もう昼食はいらないかも。」
「朝食の摂取量が昼食に影響するタイプだな。佐藤は」
「う、うん。そうかも…。…ハニートースト食べたくなってきちゃったかもっ…」
俺の冷静な分析にしどろもどろになりながらも肯定する。
しかも、俺がメニューのハニートーストを指で指して示した事で、佐藤の食欲を刺激してしまったらしく、少し照れながらハニートーストの写真を物欲しそうに見ている。
メニューに写るハニートーストは甘党に対して「こうかバツグンだ」と出てくることは間違いないだろう。
名前に負けず劣らず、佐藤は甘いものには目がないようだ。(激寒)
「珈琲に合いそうだ。俺も食べたくなってきた。注文してみないか?」
俺が甘党派の代弁者として賛同すると、佐藤は分かりやすく首を縦に振った。
篠原にも許可をとれたのでハニートーストを注文する。
ハニートーストは注文してすぐにやってきた。
その速度はファストフード店の提供速度に負けず劣らない。
「は、はやすぎない?ハニートースト来るの。」
驚くを通り越して、ちゃんと作っているのかを疑うレベルの速さだった。
「でも見てっ。めっちゃ美味しそうっ。」
佐藤は篠原と違い提供速度よりも見栄えに目を取られたようだ。
それはもはやInstagramを趣味ではなく仕事としてやっているモデルなんかでも文句無しにシャッター切るくらいには映えていた。
個室の暗い雰囲気をほのかに照らす照明も映えを助長させている。
「確かにこれは暴力的だな。」
ハニートーストを食べたことは無いが、糖質制限をして筋トレしてる人からすれば仰天してもおかしくないくらい暴力的だ。
ふんだんに使われた蜂蜜と映えを意識したのか濃厚そうな生クリームがトーストの上にこれでもかと盛られている。
無粋を承知で言えば、体に悪そうだ。
提供速度だけでなく栄養価を度外視するあたりもファストフード店に倣ってるのかもしれない。
「ねぇねぇ!写真っ!撮っていい?」
佐藤は携帯を片手に意気揚々と俺に問いかけてくる。
「別に俺に許可を摂る必要は無い。好きにしてくれ」
俺の言葉に苦虫を噛み潰したような表情になる佐藤。
「……い、いや、綾小路君も一緒にってことだけど。」
少し照れながらそう言われてやっと理解できた。
要はハニートーストを映しながら自分と俺を撮りたいということだろう。
「別に、構わないが。どうやって撮るんだ?」
俺が問いかけると、佐藤と篠原がコソコソと話し合い、篠原に携帯を渡す。
テーブルを挟んで向かいに座っていた佐藤は俺の座っているソファの隣に来た。
「は〜い。寄って寄って〜」
篠原の合図で佐藤が俺の方に身を寄せてくる。
どうやら、篠原が撮ってくれるらしい。
「綾小路君も寄って!ハニートーストが真ん中に来るようにっ!」
写真慣れしておらず、動きの鈍い俺を見た篠原カメラマンは画角を調整しながら、的確に指示を出してくる。
…明らか、こんなに近付く必要は無いように思えるんだがな。
佐藤は俺と至近距離にいることを気にする素振りもなく肩と肩が触れ合ってもカメラに向かって笑顔を向けている。
「は〜い。撮るよ〜」
篠原カメラマンによる撮影は20枚に及んだ。
画角や照明の具合まで調整していく姿は舞台裏のスタッフ顔負けだった。
満足そうに篠原は携帯をスワイプしていく。
そのスワイプ速度は某出会い系アプリをスワイプしているかのように流れていく。
お気に入りを見つけたかのように、佐藤に見せて確認している。
「篠原は映らないでいいのか?」
「え?私?…いいよ〜気にしないでっ!」
篠原は少し気まずそうに佐藤を見ながら遠慮する。
「3人での写真も1枚くらい撮っておいた方がいいんじゃないか?」
「え、3人?」
「…そ、そうだねっ。3人でも撮りたいっ!」
篠原の疑問を遮るかのように佐藤は3人でも撮りたいことを言う。
「ああ。俺もそう思う。3人いる中で2人だけ写真撮るっていうのも疎外感があるだろ。」
俺の言葉に篠原と佐藤は目を合わせて、にこやかに微笑み合う。
何かしらをアイコンタクトで伝えあっているような図だ。
「綾小路君がそう言うならそうしよっかな。」
先程と同じ位置に佐藤が来て、篠原はその佐藤のさらに横に来て携帯を内カメラに切り替えて高々と構える。
ハニートーストが映るように、テーブルに半分顔を乗り出すような形でシャッターを何枚か切った。
「うん。いい感じっ」
「ありがとう。綾小路君」
佐藤はその写真にもたいそう満足そうに微笑み、篠原からは謎にお礼を言われる。
「いや。いい。それよりもクリームが溶けないうちに食べよう。」
俺は率先してナイフで食べやすい大きさに切って、小皿に取り分ける。
俺が食べる部分は蜂蜜とソフトクリームの量を控えめにしておく。筋肉に悪そうな食べ物だからな。。
「わ〜。いただきま〜す」
「綾小路君。ありがと。いただきます」
佐藤は目を光らせて、篠原も存外にも行儀良く食べ進めていく。
俺も口に運ぶ。…珈琲の苦味とよく合うな。この暴力的な甘味は。
食べ終わった頃には程よくお腹を満たして、満足感に満たされていた。
「あれ。何の話してたんだっけ?」
佐藤のふと湧いた疑問に答えれる人はいなかった。
俺の適当な議論はハニートーストで完全に無かったことにされていった。
…軽井沢が前に言っていた余計な問題ってものが少し分かった気がしたな。
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抜けきらない倦怠感により重たい体を必死に持ち上げて、私が心地良いベットを抜け出すことが出来たのは朝9時過ぎだった。
日頃からついついだらけてしまう私でも、いつもより遅い時間の起床だった。
寝惚けている眼を擦ってぼやけた視界で隣を見ると、佐藤さんや篠原さんのベットはもぬけの殻だった。
どこか、朝食でも摂りに行ったのかな?
私は起こしてくれなかったことに少し寂しさを感じたけどそれは私の我儘だと思い直し飲み込むことにした。
モーニングルーティンのごとく顔を洗い、歯を磨き、髪を整えて、薄く化粧をして身支度を進めていく。
一人でいる時間は穏やかに、そして緩やかに流れていく。
この学校に入学してから、誰かといることが常だった。
1人になるのが怖かったから。
だけど今、一人でいても中学の頃のように押し潰されるような不安や孤独感は無く、心も晴れていた。
…雲ひとつ無く晴れてる訳では無いけど。
私から発する音しか聞こえない静寂の時間が破られたのは部屋のノック音だった。
佐藤さんや篠原さんが帰ってきたと思い、入口の方に駆け寄る。
…遅れて気づく。ルームメイトならノックする必要は無い。
私は不審はを覚えて、ドアまで近付いてドアスコープを覗く。けど、そこからは何も見えなかった。
誰かのタチの悪い悪戯かなと踵を返すと、再度ノック音が部屋に響く。
繰り返すようにドアスコープを覗くが何も見える事はなく、仕方なくドアを開けることにする。
…ドアに駆け寄って物音を立てたことで居留守が使えなくなったのは失敗だった。
嫌な予感を抱えながらドアを開けると、見たくなかった見覚えのある顔が並んでいた。
「何か用?」
「分かってるんでしょ?ちょっと顔貸してよ」
真鍋さんが気弱そうな子を庇うように前に出て私に威圧的な声で言う。
あの子が私がカフェで突き飛ばした子なんだろうな。あまり覚えてないけど。
「私、忙しいから。他当たってくれる?」
私がドアを閉めることを予測していたのかの如く、4本の手が伸びてきて、ドアは完全に開放される。
私から心の奥底からの溜め息が衝いて漏れ出る。
「もうめんどいから引き摺って連れてこうよ」
私の溜息が気に入らなかったのか、4人いる中の誰かがそんな風に言い出す。
私の体に向かって無遠慮な手が伸びてくるのに時間はかからなかった。
私は条件反射で咄嗟に払う。
「…分かったから。ついてけばいいんでしょ」
4人に囲まれてしまえば、多勢に無勢。
それは身を持って、知っているから。
「最初からそう言いなさいよ」
私の声になんか、最初から聞く耳を持ってなかったでしょうに。
心の中で悪態をついたけど、これは痩せ我慢だと心が叫んでいた。
本当はもう内心で悪態をつく余裕すらもなかったから。
エレベーターを使用せずに、誰も使わない非常階段を使って地下まで降りていく。
関係者以外立ち入り禁止の看板を乗り越えて、最下層へと辿り着いた。
そこは配電盤の機械音だけが鳴り響く空間。
どれだけ声を上げたところで非常階段に続く分厚いドアに隔たれて誰にも聞こえないだろう。
「軽井沢さん。紹介するね。この子がリカ。ほんとに覚えてない?」
リカと呼ばれた子が前に突き出されて私と対面するような形になる。
「…知らない」
「ねぇ。リカ。前にあなたを突き飛ばしたのって軽井沢さんだよね?」
「うん。この人」
リカのその返事を聞いて、真鍋さんが顔を嬉しそうに歪める。
その表情は親の顔よりも見た、見たくなかった顔だ。
私が焦って目を逸らしたのを真鍋さんは見逃さなかった。
「今なら、土下座して謝ったら許してあげるよ。軽井沢さん。」
最下層のこのフロアの床は頻繁に人が出入りするような場所じゃないことは明らかで埃にまみれている。
「…は、なんで、私が。」
「この状況でも強がるなんて、結構やるじゃない。でも私には何となく分かるのよね。」
「軽井沢さんって虐められっ子だったんじゃない?」
「っ!?」
「やっぱり図星じゃん!足震えてるよ。軽井沢さん」
「っ!ち、ちがっ!」
「あはは。ほんと、嘘ばっかりなんだから軽井沢さんって!」
「虚言癖きつすぎ〜」
真鍋さんの笑い声に乗っかるように、山下さんや薮さんも罵詈雑言を並べていく。
「…あぁ、あぁ。」
無意識に私から弱い声が漏れる。
それは分かりやすい付け入る隙だった。
「何今の声。かわいい〜」
悪意は留まることを知らずに膨大に膨れ上がっていく。
フラッシュバックしたのは中学生の頃の虐められた記憶じゃなく、真鍋さんと同じように顔を歪めて笑う自分の顔だった。
…そうだよね。そんなに都合が良くていいわけが無い。
私は無人島試験で同じことを堀北さんに向けてやった。
綾小路君のためという大義名分を盾に正当化して、私は堀北さんを傷付けた。
「ちょっとっ。何か言いなよっ!」
私が黙っているのが癪に障ったのか、真鍋さんは私の髪の毛を無遠慮に掴み引っ張った。
足に力が入らず、膝から簡単に崩れ落ちる。
私の私服や足が埃で汚れるのを見て真鍋さん達の暴言は加速する。
「や、やめ、やめて……」
私の虚しい抵抗は私を惨めにするだけだと分かっているのに私にはこれしか出来ない。
堀北さんと雲泥の差だ。
「なら、謝りなさいよっ!」
「…うっ!!」
「うわ、えっぐぅい」
真鍋さんの蹴りが私のお腹に叩き込まれ、一気に呼吸がしにくくなる。
堪えていた涙も簡単に垣根を越えて頬を伝って落ち、汚れた床に染み込んでいく。
…苦しい。その痛覚だけが体中に鈍く響く。
「こんなのなんでもないでしょ。リカ。あんたもやりなよ」
「わ、わたしは…」
「私たちはあんたのためにやってるのよ。ほらはやく。」
真鍋さんの急かすような口振りにリカは焦る。
「わ、わかった。やってみる。」
薮さんに羽交い締めされて無理矢理上体を起こされた私にリカはビンタをする。
ペちっと軽い音が聞こえる。
「そうなんじゃダメ。もっと強くやんないと。こうやってさっ!」
真鍋さんは全くの手加減を感じない一撃を私に放つ。
頬を張られてパンッっと高い音が閉鎖空間に響くと共に、口の中で血の味がする。
「…ご、ごめ、んっ、なさい」
もう届くことがないと分かっているのに、謝罪が口を衝いて出るのも悪癖だ。
「そんな。口だけの謝罪いらないから」
私の謝罪になんか誰も耳を貸すどころか、火に薪をくべただけ。
「リカ。ほらはやくやってみて。」
リカが先程とは比べ物にならない威力のビンタを右、左と連続して繰り出してくる。
「や、やめ、やめて……」
「はは…楽しい…はは。」
堀北さんが最初から役に立たないのは分かってた。
いずれこんな時が来るであろうことも予想出来ていた。
これは
虐められる苦しみや悲しみを知っていながら、
もうこれから虐められない為に
堀北さんを虐めるような行為をした私の贖罪。
私は中学生の時から何も変わってない。弱いままだ。
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これ以上は駄目だな。
真鍋達も間抜けだ。
目に見える場所を必要以上に痛め付ければ、分かりやすい証拠が残る。
目に見えにくい場所を狙うという狡猾さは小学生でも心得ている事だ
それに、非常階段の入口を抑えているだけというのも温室育ちがすぎると言うものだ。
「この学校が虐め問題に敏感だと言うのは真っ赤な嘘だったわけだ」
俺は物陰から飛び出してカメラを構えながら近付いていく。
俺の言葉は鮮明に聞こえただろう。
出入口に見張りがいる以上、俺が最初からここにいたということは馬鹿でも分かる。
そんなことはこの現場で虐めが発生すると分かっていなきゃできない芸当だ。
「…あんたっ!いつから」
頭に血が上っている真鍋は分かりきったことを聞いてくる。
俺は動揺している彼女達を割るように搔き分けて、蹲って泣いている軽井沢の側まで辿り着く。
「…っ。あ、んた。なっ。っんでっ。」
軽井沢も涙で濡れた目を見開いて俺の存在に驚いている。
口が切れていて喋りにくそうだ。
「ちょっと無視してんじゃないわよっ」
俺の肩に真鍋が手をかけてくる。
その動きにキレはなく悠々と躱すことも掴んで反撃することも出来たがそれはしない。
「なんだ。まだいたのか。」
俺は振り返って、冷酷無慈悲な宣告をする。
「お疲れ様。お前らの学園生活は今日をもって幕を閉じた。それどころか、この虐めを重い十字架として今後の人生背負っていってもらう。この学園に来たからには将来叶えたい夢くらいは持っていたんだろう?淡い夢だったな。」
俺の手にあるスマホには先程までの凄惨な虐めの一部始終が写真ではなく動画として残っている。証拠能力を疑うなど愚行極まりないことだ。
使いようによっては彼女達の人生を壊し、彼女達の親族にも大ダメージを与えることになるだろう。
俺の言葉を聞いて彼女達はようやく自分たちのしでかした事の重さを知る。
彼女達は一方的に軽井沢を嬲り痛めつけた。立派な暴行罪だ。
虐め問題に敏感なのはこの学校じゃなく世間。
この動画は政府下にあるこの高度育成高等学校のイメージすらも地に落とすことが出来る爆弾だ。
真鍋の悔恨が滲むような目が俺の温度の無い目と重なり合う。
お互いの目には闇があった。それは出生から全てが異なるものだったが闇を抱えているという点では同じだ。
「本気?」
「冗談だと思うのか?」
俺は肩に置かれた真鍋の手を払いスマホを操作して動画を再生して真鍋達に向ける。
悲痛な叫びを上げ、許しを懇願する軽井沢の泣き声と真鍋達の狂気じみた笑い声が混ざり聞こえてくる。
真鍋が勢いよく俺の携帯を払いのけようとするが、それは空を切り目論見は失敗に終わる。
だが、その明確に攻撃と呼べる行為が戦の火蓋が切って落とされた。
4人がなりふり構わずに束になって襲い掛かってくる。
般若顔負けの形相で爪を立てて勢い任せに突撃してくる。
連携も何も感じない4人の必死の火の粉を払うのは赤子をあやすよりも容易い。
10秒に満たない攻防の末、4人を地に伏せさせる。
俺は向かってくる彼女達を順番に、弁慶の泣き所と呼ばれる脛骨を丁度いい塩梅の威力で足蹴にしただけ。
たったそれだけで彼女達は立ち上がることすらできない。
「なに。こいつっ」
俺は立ち位置は一切変わっていない。最小限の動きでいなしただけだ。
悶絶するような痛みに必死に耐えている真鍋は無視し、この光景に驚いている軽井沢に手を伸ばす。
「あ、ありがと。綾小路君」
「構わない。そういう約束だった」
軽井沢はまだ足元が覚束ないようで、俺の肩に全体重を預けてくる。
「…や、約束?」
「ってか、綾小路って確か龍園君が…」
「…っ!!そうだ、龍園君の…」
俺の約束という単語にも引っ掛かっていたが、俺の名前と龍園の名が繋がったことでその話は流れる。
っていうか、俺の知名度低すぎっ!!??俺は有名な画像を思い浮かべながら心中で自虐する。
俺の名前が出るまで正体不明の男だったわけだ。
龍園の名前が出たことでさらに恐怖が増したようだ。
彼女達は分かりやすく生まれたての小鹿のように震えている。
「盛り上がっているところ悪いがそろそろ潮時だぞ。」
時刻は午後一時15分前。試験までもう残された猶予は少ない。
4人は想像できないレベルの葛藤と戦っているだろう。
退学の二文字が現実味を帯びて余裕なんて微塵もなく、泣き出しそうな奴もいる。
「お前に泣く権利なんてないんだけどな」
俺は射貫くような目つきで平然と見下すように言い放つ。
4人は一瞬の逡巡の末、頭を床に付けた。
もう迷う時間すらないことを肌で感じた結果だろう。
彼女達はプライドを捨て、身なりも捨てて、汚れている床で土下座して口々に謝罪した。
彼女達も先程までの軽井沢と同じ。もう謝ることしかできない弱者に成り下がった。
俺に歯向かうことは死を意味する。それを嫌というほど理解した。
「それは俺に対する謝罪だろ。悪いが、求めてない」
彼女達は俺の言葉を聞いても顔を上げなかった。
何も出来ず存在価値の低い彼女達に俺は一つため息をつく。
「この動画は軽井沢の価値を貶めるものでもある。俺としても出来れば公にしたくない」
土下座の姿勢で微動だにせず、ただただ静かに俺の話に耳を傾ける4人。
「今から、俺の条件を飲むならこの動画を表に出さないことをここに誓おう」
「…条件って?」
「一つ目は謝罪は軽井沢にすること。俺のいない場でだ」
「…」
彼女達は軽井沢に対して罪の意識はない。俺に弱みという名の命を握られた事実が土下座させているだけ。
「返事は?」
俺の問いに歯を嚙みしめながらも4人は頷いた。
「二つ目。4人にはこれから、卒業まで俺の言うことを聞いてもらう」
「見返りは俺がこの動画を公開しないことただ一点。それさえ守れるなら許してやろう」
俺の命令に背いた場合の話はしなくても分かるよなと補足して話を締めくくった。
これが彼女達にとって許しではなくただの脅しであることは自明の理だが、高圧的な物言いは辞めることはしない。
俺が上だということを骨の髄まで沁みこませる。
彼女達の返事は『YES』か『はい』か『喜んで』の三択だ。
もう彼女達の心臓は俺の手にある。
彼女達の返事は聞くまでもなかった。
真鍋含めた4人はこの場をもって俺の人形へとなり果てた。
「命令だ。真鍋。携帯を出せ」
真鍋は大人しく携帯をポケットから出す。
「優待者を告発しろ」
試験のルールに抵触する脅迫行為に他ならなかったが、他者がそれを知る術はない。
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『卯(兎)グループの試験は終了いたしました。卯(兎)グループの生徒の試験は終了となり、今後話し合いは行われません。他の生徒の邪魔をしないように行動してください』
試験二日目の一会合の10分前兎グループの試験は終了した。
そのわずか1分後、続くように残っていたグループ全ての試験が同時に終了した。
用意周到さから龍園の仕業であることは間違いないだろう。
船上試験は幕はあっけなく閉ざされた。
マジで更新遅くなってすいません。。
年度初めなこともあり繫忙期でした。
毎日コツコツ書いてきて、今日やっと更新出来ました。
ですが繫忙期を抜けて落ち着いたので、今日から更新頻度上がりそうですっ。
(フラグコツコツ回収してるけど、書く時間限られててフラグ立てたこと忘れていきそう)
船上試験はひとまず終わりましたが綾小路君の戦いはまだこれからです。
(虐めシーンもうちょい長くしてたんですが、胸糞展開は体に悪いので短めにまとめました)
結果と後話は次の話になります。
追記
コメントマジであざす。励みになりやす(0u0)b