綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
「真鍋。お前たちはもう行け」
「…で、でも」
「龍園のもとに一刻も早く向かうべきだ。俺がさっき指示した通りに報告しろ」
有無を言わせることはしない。
俺の命令は絶対だ。逆らうやつは親でも殺すとは言わないが、俺の命令にはそれに値するだけの強制力を持ち合わせている。
「わ、分かった」
真鍋は龍園に報告するプロセスが必要不可欠であることを分かっている。龍園の怖さは身に染みているのだろう。
「分かったなら早くいけ」
4人はもう抵抗することなく駆けるように出ていった。
非常階段のドアが重低音を響かせて閉ざされる。
俺と軽井沢の二人は必然的にこの場に残された。
「まだ一人で立てないのか」
俺の肩を借りるようにして立っている軽井沢に話しかける。
俺に寄りかかるような姿勢だが、必死に胸は当たらないようにしてるのはウブで可愛げがあるように思えた。
みーちゃんはその辺をまったく気にしないからな。
「おかげさまでね」
顔は薄く赤く腫れていて、窶れている。
表情からも傷心していることは一目瞭然だが、俺に皮肉を向けてくる元気はあるようだ。
俺が出てきた時点で色々察しはついているようだな。
「っていうか、あれで良いわけ?」
「何が。」
「分かってるでしょ」
そんな抽象的な表現で会話するのは仲間内だけにして欲しいものだな。
「話は聞いていただろ。万事上手く進んでいる」
「…あんたって何がしたいわけ」
軽井沢がその疑問を持つのは至極当然と言える。
俺は真鍋を結果3に導いた。Dクラスとしては-50クラスポイントだ。
真鍋が得る50万ポイントは俺に帰着するが、兎グループとしては最悪の結果だ。
…俺はもともと兎グループに関与するつもりは無かった。
真鍋達が派手にやらかしたせいで、身も心もズタボロの軽井沢を会合に参加させるわけにはいかなかった。
だから、俺に都合がいいように試験を終わらせただけなんだけどな。
無人島試験でクラスに多大なるポイントを貢献したのは俺だが、この船上試験でクラスポイントをマイナスに導いているのもまた俺。
軽井沢視点での俺が不可思議に映っているのは想像に容易い。
「それは言わない約束だっただろ?」
「…でも、あんたは私を見殺しにした。」
「ああ。軽井沢が助けを求めたのは俺じゃなかったからな」
「そ、それは…」
お互いに、求められた時は全力で協力すること。これが俺達が結んだ約束だ。
「最初から俺に助けを求めていたらこんなことにはならなかった」
俺は軽井沢の腫れた頬に手を添える。
「やめて。触らないで」
それは触られて痛いというわけではなく、触れて欲しくないという拒絶だった。
まだ軽井沢は何かを必死に守っている。
体に力を上手く入れることができない軽井沢に俺の手を払うことは出来ない。
俺は頬に添えた手で俺を見上げる形になるように軽井沢の顔を動かす。
親指を立てて目の下に浮かんでいる涙の跡をなぞる。
「お前。元々虐められるつもりだっただろう?」
落ち着きを取り戻し始めていた軽井沢の目が激しく揺れる。
俺は軽井沢に命令して、堀北に対して集団で悪意を向けさせた。それに引け目を感じていたのだ。それに対しての軽井沢なりの贖罪がこの結果だったのだろう。
「安い自己犠牲だったな」
「っ!!…もとはと言えば、あんたがっ」
「そうやって、俺のせいにして逃げるのか?」
「っ!!は?ふざけるのも大概に…」
目は感情とリンクする。
心の中でどれだけ上手く取り繕ったって、目は噓を付けない。
感情が大きく揺れ動いているのが、手に取るようにわかる。
俺は軽井沢の目を覗き込むようにして見据える。
「違うだろ。」
「全部お前が弱いから招いたことだろ」
俺の言葉を聞いて、軽井沢の目は押し黙るように止まった。
俺の言いなりになっている現状も、今さっき真鍋達に虐められたのも全部軽井沢が弱いからだ。
暫しの沈黙の後、時間が進んでいるのを思い出したかのように、軽井沢の目から涙が流れた。
それはさっき枯れたはずの涙だった。
「……そ、そんなこと。…分かってる。」
「そうだな。お前は今までそれを痛いほど分からされてきた。だが、分かっているだけでは足りない」
「その弱さを認めることが出来ないなら、そこから変われない」
「今ここで、全てを話せ。それがお前が生まれ変わる最後のチャンスだ。軽井沢恵。」
彼女にはまだ何かある。今ここでそれを丸裸にする。
それだけが俺が望む軽井沢恵であり、それ以外は軽井沢恵ではない。
軽井沢が隠してるモノを無理矢理に暴き、白日の下に引っ張り出すことは簡単だ。
だが、軽井沢が自分自身で誰にも見せたくないそれを俺に明かすことに大きな意味がある。
「……」
軽井沢は俺の言葉に沈黙で答える。
だが、考える素振りは見せない。覚悟を整えるための時間。
軽井沢は俺の目から目を逸らしたが、ぽつりぽつりと中学生時代に受けてきた虐めを語り始めた。
トイレに入れば上から汚水をかけられ、机には動物の死骸。制服には暴言を描き連ねられていく。髪を引っ張られたり、殴られる蹴られるなんて日常茶飯事。
軽井沢の語り草は脳内での情景描写が容易く、解像度の高い映像が俺にも見えた。
これが嘘ではなく過去に本当にあった出来事であることが分かる。
「……あんま、こっち見ないで」
軽井沢は言葉に詰まったかと思うと、覚悟の決まった表情で俺を見上げて忠告する。
俺の肩に寄りかかった状態で制服のシャツのボタンを下から外し始めた。
下半分のボタンが半分程開けられたその先には綺麗な肌には似つかわしくない痛々しく生々しい傷跡があり、思わず目が惹かれる。
鋭利な刃物で裂かれたような跡が深く刻まれていた。
「痛むのか?」
「…痛みは無いけど。」
「触ってもいいか?」
「え、ちょ、はぁ!?」
軽井沢は俺の言葉にも俯いていた顔を勢いよくあげたが、返事をするよりも早くその植え付けられたトラウマに触れる。
下手をすれば生命の危機に関わるくらいに深い傷。
自分で傷つけたとは考えにくい。他者の悪意が暴走した結果がこの傷跡なのだろう。
凄惨な虐めがあると分かっていて、学校に行き続けるなんて普通出来ることじゃない。ならば、それをするに値する何かを持っていた。
入学当時から健康的だった軽井沢と虐めの事情から察するに親からも見捨てられていたとは考えにくい。
なら、その親には悟られないように軽井沢本人が臭いものに蓋をするように必死にそれを抑えていたのだ。
恐らくは親に余分な心配をかけないように、制服に書かれた暴言は漂白剤で必死に消して、汚水で汚れた体を綺麗に清めて、親の前では何事も無かったように振舞っていたんだろう。
今、この傷を持ちながらクラスで気丈に振る舞うことが出来ているのはその下地があるからできている芸当のように思える。
「……」
軽井沢は俺がそれに触れている間、唇を噛み締めるようにして、堪えているようだった。
だが、 俺に悪意はなくただただ慈しむように触ってることでその緊張もゆっくりと絆されていく。
「……もういいでしょ」
「ああ。」
数分間に渡ったその時間は落ち着きを取り脅した軽井沢の声で終わる。
「軽井沢」
「…なによ」
「話してくれてありがとう。」
「…え?な、なによそれ…」
「自分の弱さを人に見せるのは勇気がいることだ。だから、ありがとう」
「…その、…気持ち悪いとか思わなかったわけ?」
軽井沢は自分に大きな負荷がかかっているかのような思い詰めた表情で質問してくる。
「軽井沢はそれを弱さの証だと思ってるのかもしれないが、それは紛れもなく強さの証だ」
「それをそんな風に思うわけが無い」
「いいや、それは誇りに値するのものだ。今すぐには難しいかもしれないが、それを見て弱い自分を思うのではなく、それを耐え抜いてきた強さを思え。」
軽井沢が抱えている凄惨な過去は今ここで俺が綺麗に清算する。
継ぎ接ぎだらけのコーティングが剥がれて丸裸になった弱さを肯定する第一人者は軽井沢本人ではなく俺だ。
「辛かった過去に怯える必要は無い。もうそこに囚われる必要も無い。その凝り固まった弱さに束縛されるな」
「…」
俺にも分かる。軽井沢にとってそれが難しいことであるくらい。
出来れば忘れたくて、すぐにでも消したい過去だからだ。
「軽井沢。それが自信をもって出来るようになるまで、俺に甘えていい。」
「もう、自分を自分の中に閉じ込めるのはもうやめていいんだ」
自分の弱さを認めるのには強さがいる。
その力を俺が与えてやる。
苦かったそれを同じように飲む同情はいらない。
それを上書きするような甘さが必要だ。
軽井沢は虐めという手段で自分という存在を今まで否定され続けてきた。
なら、それを超えるくらいに肯定してくれる存在が必要だ。
軽井沢じゃない継ぎ接ぎのコーティングを守るための寄生先なんて必要ない。
「あんた。本当にキモイ。うざい。何様よ」
俺が貸していた肩に弱弱しいパンチを繰り出してくる。
言葉は強いがそれに棘は一切無い。
これは軽井沢の最後の抵抗だった。
「痛いぞ」
力のこもっていないパンチに対しても律儀に礼儀として痛いと言っておく。
「…痛くないくせに」
肩への後スキの大きい弱攻撃は終わる。30フレームほどのその攻撃に優位性がないことを理解したのだろう。
「…こっち向きなさいよ」
俺は言われるがままに軽井沢が正面に来るように体の向きを変える。
俺と軽井沢が正面に見合う形になったのを確認して、軽井沢は逆に背を向けた。
背を向けた刹那、身を投げるように俺に向かって倒れてくる。
俺が受け止めると、軽井沢は俺の胸を背もたれにするかのように体を預けてきた。
「俺が避けてたら、背中に致命傷だったぞ」
それくらい、俺に委ねてきていた。
「もし、そうなってたらここで死んでたかも」
「なら、俺は命の恩人なわけだ。」
「何言ってんの。あんたは殺人未遂犯よ」
なるほど。上手い返しだな。
この閉鎖空間で軽井沢が死ねば俺が犯人になる確率は高いだろう。
俺の行き場の無い手を軽井沢は軽く叩く。
「甘やかしてくれるんじゃなかったわけ?」
俺は迷った末、軽井沢のお腹周りに優しく包み込むように手を回した。それは傷のある位置だ。
傷を見せた時からシャツのボタンが外れたままで、生肌の感触がした。
「これでいいか?」
「それを聞かなかったら合格だったかもね」
こういうのはあまり聞かない方がいいらしい。一つ勉強になった。
「ならどうしたら合格なんだ」
「もっと強くして」
俺は少し力を込めて軽井沢を引き寄せる。
軽井沢の乱れた髪の毛がすぐ下に来た。
「まだ。」
これだけ抱きしめても、まだ足りないようだ。
俺は軽井沢のお腹に俺の腕が少し食い込むくらいに力を込める。
「苦しくないか?」
これはもはや抱きしめるよりは抱き潰すに表現が近い気がする。
「うん。これくらいがいい」
「そうか」
その状態で静かで穏やかな時間が流れていく。
「ねえ、あんたって何がしたいわけ?」
暫くして、少し前と全く変わらない質問を問いかけてくる
だけど状況は全くと言っていいほど違う。体の距離と連動して心の距離も限りなくゼロに縮まっていることは言うまでもない。
「聞きたいのか?」
「うん。」
いつになく素直な返事に俺は満足する。
「…誰だって弱さを抱えている。軽井沢にあるように俺にもある。」
軽井沢の表情は見えないが、俺の話を静かに聞こうとしていることは雰囲気で伝わってくる。
「俺には感情が無いんだ。誰もが持ち合わせている喜怒哀楽を俺は持っていない。」
みーちゃんやひよりに見せた一面とは違う一面を軽井沢には見せる。
これはあくまで俺の一面に過ぎないが、俺の行動を裏付けするには十分な威力を持っている。
軽井沢が俺の表情を確かめるように振り向いて見上げるように問いかけてくる。
「マジで言ってるんだよね?」
「ああ。だが、別に病気とかそういう話じゃない。だけど、俺に残っているのは本能と理性だけだ。」
「本能と理性…」
俺は優しく強く抱きしめている手で、はだけたシャツの隙間から除く生肌を愛撫するように触れる。
「え。ちょっ。…んぅっ…!!!」
先程までの冷静だった軽井沢はもういない。
顔を朱色に染めて、慌てふためきつつも、なまめかしい声をあげる。
俺の手はその声を燃料に加速するように、少しずつ手を上へと登らせていく。
軽井沢が俺に触れないように執拗に避けてきた胸部へとじわりじわりと距離を詰めていく。
「…っ!!ほ、ほんとっ。やめてっ!!もう分かった。分かったから!!」
軽井沢がズタボロの体に鞭を打って暴れだそうとしたので、流石に引け目を感じて解放することにする。
「これが俺にある本能だ」
「はぁっ…。はぁっ…。理性はどこ行ったのよ…」
軽井沢は早くなった動悸を鎮めるように。肩で呼吸を必死に整えつつも的確な返しをしてくる。
軽井沢は体に力が上手く入っていないようで少し苦しそうだ。
「あまり無理するなよ」
「あ。あんたのせいでしょうがっ!!」
俺を至近距離で下から睨んで反論してくる。
「悪い。軽井沢が可愛くて理性が飛んだんだ。」
「…は、はぁ!?ちょ、真剣な顔で何言ってんのよ。」
「本当のことだ。本能に噓はつけない。」
理性の方は噓で塗りたくられているが。
俺のストレートな物言いに軽井沢は「うぅぅ」と唸っている。
「軽井沢はそれだけ魅力的だった。」
さらに口説き文句のような言葉を補足して追撃する。
「ばっ!!、ば、ばっかじゃないのっ!!?」
「そうだな。だけど、それが俺なんだ。」
「…」
俺も同じように誰にも言えない弱みを抱えている。
そういう風に軽井沢は感じている。
「こんな俺なら願い下げか?」
軽井沢が誰にも認めて貰えないと思っていた弱さを俺は真正面から肯定した。
俺の弱さを知った軽井沢の返事は目を瞑っていても分かる。
返報性の原理なんて心理効果なども必要ない。
「確かに今まで私が思ってたあんたとは全然違った。でも、あんたが見せてくれた勇気を馬鹿にするわけない」
軽井沢は自分をずっと否定されてきた。
そして、今日、自分を肯定されることを俺によって知った。
だが、俺は軽井沢のように勇気を振り絞って弱さを見せた訳じゃなく、ただ俺の情報を1つ開示しただけ。
「そうか。」
「そうよ」
軽井沢は迷うことなく即答する。
「なら、俺の求めることには応えてくれるのか?」
「…求めることって?」
俺の内面に引きずり込んだ軽井沢ならこの言葉の意味も半ば分かっているだろう。
今、俺が直接的な愛情表現を求めても、さっきのように拒絶が返ってくるだろう。
だが、いずれ軽井沢から求めてくるようになる。そこに向かって確実に一歩ずつ前進するだけだ。
「軽井沢。俺に向かって好きって言ってくれないか。」
「え、は、はぁっ!!?」
「難しいことじゃないはずだ」
「いや、いやいややいやいやい…」
軽井沢は壊れたロボットのように同じ言葉を羅列して手を振る。なんなら、最終的にやいやいになっていた。
顔もまた何かの部品がショートしているロボットのように熱を帯びていた。
「出来ないのか?」
「む、むりよ!!」
「どうしてだ?」
「ど、どうしてって…」
「俺のこと嫌いなわけじゃないんだろう?」
「それは…っ。」
俺は真っ直ぐに問い詰めて逃げ道を塞いでいく。
今の軽井沢はもう俺に噓をつけない。それ故に言葉の続かない。
軽井沢が内心で激しい葛藤に揺れている。俺はその決着を後押しをするように静かに待つ。
「わ、わかったわよ。言えばいいんでしょっ!?」
俺に見つめられている沈黙の時間が耐え切れくなった軽井沢のスタンスが崩れる。。
「…す、好きっ!!これでいいでしょ!?」
早口でまくしたてるように半ギレで叫び放つ。
「悪い。聞こえなかった。もう一度頼む」
「…っ!!あんたねえ!!」
俺のふざけた態度に対して怒りを露わにする。
「もう一回だけだ。恵。」
軽井沢を名前で呼び、一歩一歩詰めていく。
俺が引く気がないことを悟った軽井沢は意を決したように表情に変わった。
「…好き。」
「たのも~」
軽井沢が俯きながらボソッと呟いた好きは、非常階段の扉が勢いよく開く音と意気揚々と入ってくる人物によりかき消される。
「およよ…?もしかしなくても、邪魔しちゃった感じ?」
「ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ。一之瀬、」
「にゃは。それは知らなかったや~」
規律を守る一之瀬が平然と嘯いてここいるのは違和感がある。
だけど、それは一之瀬が、俺と軽井沢がこの場所に二人でいることを知っていなかった場合の話だ。
俺のことになれば、一之瀬の辞書から風紀の言葉は消える。
ならば一之瀬の優等生の皮を剥いだ人物がいる。
それは俺と軽井沢両方にパイプがある人物。
「あなたの発言は自分に返ってきてるわよ。」
堀北の言う通り、俺の言葉は特大ブーメランだ。
だが、俺の投げたブーメランは確実に堀北の首を切り裂いて俺の手元に戻ってくる。
軽井沢は二人の登場で水を差され恥ずかしげに気まずそうにしているが、何故ここに、彼女達がいるか不思議に思う気持ちが勝っているようだった。
「よくここまで来れたな。」
「ええ。おかげさまで。…それで、説明してくれるのよね?」
ここは携帯の繋がらない圏外。俺や軽井沢に電話をかければ、電波が受信できない環境にいることを特定できる。
この豪華客船で電波の届かない場所はここ以外にないだろう。
俺はそれを失念していたのではなく、逆に種として利用した。
堀北が一之瀬を連れてここに現れることは想定通りだった。
「まずは俺と軽井沢のお楽しみの時間を邪魔したことの謝罪からじゃないか?」
「はぁ!?あんた何言ってんのよっ」
硬直から帰還した軽井沢は焦ったように叫ぶ。
「まずは、そのはだけた状態を何とかしたらどうだ?」
はだけた姿で反論しても説得力ゼロだ。軽井沢は思い出したかのように居住まいをただした。
「まあ、堀北はともかく、一之瀬はこの場所に相応しくない、場所を変えようか」
謝罪を要求したり、、適当にはぐらかしたりとやりたい放題の一方的な物言いだったが、場所の変更がマストなのは共通認識だった。
――――――――――――――――――――――――
「悪いな。佐倉。いきなり大人数で上がり込むような真似して。それと、軽井沢を頼む」
「全然っ!気にしないで!……むしろ会えて嬉しいくらいだし」
最後の方はボソボソと何を言ってるのか聞こえなかったが、表情を見るに大丈夫そうだ。
部屋に入ってすぐに、佐倉は軽井沢がいつもと違うことを気付き軽井沢に駆け寄った。
…こういうのが優しさなんだろうなぁ。
豪華客船の地下で行われた軽井沢との密会が二人に見つかった後、場所の選定が俺に委ねられた。
その結果、堀北の居室に皆が集まることとなった。
堀北の部屋に訪れた瞬間、みーちゃんが俺の腕にしがみついてきた。有無を言わさぬまま、みーちゃんが使ってるであろうベットに並んで座らされる。
みーちゃんの俺への独占欲は見るに明らかで、皆は敬遠して距離を取っていた。
堀北を除く他のみんなはそれを幼い子供が見守る暖かい眼差しで見ている。
女は愛嬌と言うが、みーちゃんのこれは愛玩に近いな。
「王さん。今から大事な話をするの。邪魔しないでもらえるかしら」
みーちゃんは堀北のその言葉に分かりやすくそっぽを向いた。
うん。仲良くしろと言わんが、せめて喧嘩しないで?
堀北は自分のベットに堂々と腰掛け、佐倉と軽井沢は佐倉のベットに陣取っている。
この部屋でアウェイの一之瀬が立ち往生する前に俺は声をかけた。
「一之瀬。隣に来るか?」
「え、いいの?」
それは俺への問いかけじゃなくみーちゃんへの問いかけだろう。
「みーちゃん。いいだろう?」
「…分かりました。許可します」
渋々といった様子で硬い敬語表現を用いながらみーちゃんは許可してくれた。
俺には逆らえないが故の囁かな抵抗がまた可愛らしいな。
「だ、そうだ。座ってくれ。」
「ありがとう。綾小路君。みーちゃん」
一之瀬が腰を掛けたことで、話し合いの場がやっと整った。
佐倉は軽井沢に涙の跡を隠せるファンデーションを丁寧に塗ってあげたりしている。あっちは放っておいても大丈夫そうだろう。
『先程、誠に異例ながら試験が全て終了しました。全ての集計が済みましたので、只今より結果を送信します。メールを確認するようにお願い致します。』
船内にアナウンスが流れて皆が一斉に携帯を開く。
俺の久方ぶりに電波が入った携帯には、堀北からの大量の着信履歴と複数のメッセージが来ていた。
どうやらここでウカウカしてる余裕もそんなに残されていないらしい。
そして、学校側からと思われるメールを確認する。
子(鼠)裏切り者の正解により結果3とする
丑(牛)裏切り者の正解により結果3とする
寅(虎)裏切り者の正解により結果3とする
卯(兎)裏切り者の正解により結果3とする
辰(竜)裏切り者の正解により結果3とする
巴(蛇)裏切り者の正解により結果3とする
午(馬)裏切り者の正解により結果3とする
未(羊)裏切り者の正解により結果3とする
申(猿)裏切り者の正解により結果3とする
酉(鳥)裏切り者の正解により結果3とする
戌(犬)裏切り者の正解により結果3とする
亥(猪)裏切り者の正解により結果3とする
Aクラス→-150cl
Bクラス→変動なし +150万pr
Cクラス→+200cl +&350万pr
Dクラス→-50cl +100万pr
8月推定振込pt
Aクラス (葛城)924pt
Bクラス(一之瀬)880pt
Cクラス(龍園)740pt
Dクラス(綾小路)238pt
真鍋の告発を機に全ての試験が一斉に終わった。
龍園が終わらせることが出来るのは自分のクラスに優待者を抱えていないクラスだけ。
なのにも関わらず、全ての試験が終了した。
その船内アナウンスを聞いた時点で一之瀬が上手く事を運んだことを確信していた。
それにしても全てのグループが結果3なのは圧巻だな。
「流石だな。一之瀬。」
「全部綾小路くんのおかげだよ。あ、勿論、堀北さんもね」
一之瀬に悪意はないだろうがおまけのような扱いをされて堀北は悔しそうだ。
俺が一之瀬を褒めたことで別の意味でみーちゃんも悔しそうにしている。
一之瀬は俺達に一言断りを入れて携帯を高速でフリックして同じクラスの人達からのメッセージに返信していく。
そのタイミングで俺も携帯に再度目を落とす。
辰(龍)グループで優待者を当てたことによる学校側からの50万prと龍園から240万prが届いたことを確認した。
まあ、龍園は約束を破るデメリットを理解してるだろう。
真鍋が獲得した50万prの回収は毎月初日に分割にして貰うことにしてある。龍園に怪しまれないためだ。
無人島試験で底をついていたプライベートポイントは潤いを得た。
一之瀬も携帯の操作を終えたようで、話は堀北によって再開された。
「綾小路君。この試験の評価聞かせてもらえる?」
クラスポイントだけでいえば完全にDクラスを除く三つ巴になった。
堀北は納得いっていないことを隠すつもりは無いようだ。
「兎グループ以外は100点だな」
堀北としても一番納得のいっていないのはそこで、俺に詳細を知りたいのもその部分だろう。
逆にそれ以外は既に周知している事だ。
俺は辰グループ以降この試験に関わるつもりはなかったが、一之瀬に相談を持ちかけられてはそうもいかない。
高円寺が告発したクラスはBクラスの生徒。それがBクラスに焦りを生んだのだ。
俺はDクラスの優待者の情報と辰グループの優待者の情報を無償で一之瀬に与えた。
それは試験の法則を解き明かすには十分な情報だ。
そして、その法則の正解に既に龍園が限りなく近づいていることを一之瀬に示しておいた。
無償とは言ったがそれはプライベートポイントの話。
2つ条件をつけている。
1つ目は告発はCクラスに対してのみ行うこと。
2つ目は堀北を巻き込むこと。
龍園が試験を引っ張っていたのは自分のクラスに優待者がいるクラスの終わり方に悩んでいたからだ。優待者を全て告発した時、必然的にCクラスに優待者がいるグループだけが残る。それは優待者を当てられるリスクが上がることを意味する。
だから、龍園は待っていた。試験が動く瞬間を。
その事に一之瀬は気付いたようだ。告発するタイミングもベストなものだった。
2つ目の堀北を巻き込む事は堀北に成長を促すため。
視野がまだ狭い堀北は兎グループにしか目を向けられていなかった。
Dクラスの優待者を全て知っていたBクラス率いる一之瀬が現れれば、劣等感を感じただろう。
そんな2人の間にどういう関係が生まれたかは知らないがコミュ力お化けの一之瀬なら上手くやってくれると信じていた。
実際、堀北が地下に一之瀬を導いてきたわけだし悪い関係ではなさそうだ。
「その兎グループについて教えてくれるのよね?」
「軽井沢の沽券にかかわる話だ。悪いが、他言は出来ない。お前はこの結果をただ受け止めるしかない」
堀北は俺が兎グループの結果に関与しているであろうことは掴んでいる。
「そもそも、結果を見ても優待者を抱えていることは不利な試験だったんだ。気に病むことはない」
それに、-50clで一之瀬に貸しを作れたんだ。この収穫の重要性も今の堀北なら分かるだろう。
「なら、最後にこれだけ聞かせて…貴方なら兎グループを100点の結果に導けた?」
「当然だな。」
「…そう。今回は私の負けね。」
堀北は一之瀬との絡みを経て視野が広がり、敗北から成長することを学んだ。
軽井沢の使い方も分かっていなければ、戦略でも龍園や一之瀬に負けている。
今回の試験、堀北が成長できたなら、勝つことよりも意味があった。
「賭けは俺の勝ちだな」
「…そういうことになるわね。」
「約束の履行は後日してもらう。」
耳を傾けている一之瀬やみーちゃんにはこの意味が理解できずポカンとしている。
「…ええ」
「堀北が満足したのなら、解散しよう。一之瀬も忙しいだろう。」
俺はみーちゃんの拘束を優しく振り払い立ち上がる。
「にゃはは。そうだね。クラスのみんなが私を探しに来るのも時間の問題だしそろそろお暇するよ~」
「流石人気者だな。一之瀬は。」
「綾小路君には負けるよ。」
一之瀬は少し皮肉めいた発言をしたがスルーしておく。
佐倉と話していた軽井沢に声をかける。
「恵。帰るぞ」
「…。また増えてる………」
隣のみーちゃんが俺にだけ聞こえる声でそうつぶやく。
「これからはもっと増えるぞ」
みーちゃんにだけ聞こえるように返して俺は恵を連れて一之瀬と共に部屋を後にした。
「じゃあね。綾小路君。軽井沢さんもお大事に」
「ああ。」
軽井沢を労わる俺を見て、一之瀬は軽井沢にも声をかけて、去っていった。
軽井沢も一人で歩けるようだ。
二人並んで誰もいない廊下を緩やかに歩く。
「悪かったな。恵。」
「…。何がよ」
「…いや、何でもない」
「…。」
俺の空を切った謝罪は無言の時間を歩き、恵の居室の前に来た時に返される。
「…許してあげる」
「それと。清隆。今日はありがとうっ。」
恵は名前を呼んだ照れをかき消すかのように居室に素早く引っ込んだ。
…。
その機敏な動きには恵の強靭なタフネスを感じた。
めっちゃ元気じゃねえか…あいつ。
これがFJKの若さがなせる業か。
こうして、豪華客船は大波乱の末に海を後にした。
軽井沢の話だけで、6000文字?そんな訳ない(震え声)
今回長い割に詰め込みがちであんまりまとまってなくてすいません。
今回で、一応豪華客船編は終了の予定です。
今回、深堀り出来なかった、一之瀬と堀北の絡みの内容は今後少しずつあかしていきます。
コメント&誤字報告いつもありがとうございます。
大変助かっております。
軽井沢グループでの綾小路戦争が勃発しそうで怖いですね。