綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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夏休み~
#29 上の芝にも種を蒔く


 

見覚えのある質素で庶民的な天井。

豪華絢爛で快適だったあの船での数日は短い夢のようだったが、こっちの方が何となく落ち着いた。

神経質な幸村や自由奔放な高円寺、切羽詰まったような洋介もいないのが大きい要因だろう。

 

8月になり試験での宣告通りのptが振り込まれて夏休みに入った。

生活の幅にも大分余裕ができたが、今後のことを考えても大胆に散財するわけにもいかない。

それに、俺が大金を所持していることを知っている人物も限られているしな。

 

高円寺の化物じみた生活習慣に知らずのうちに毒されていたのか、カーテンを開けてもまだ薄暗い時間だった。

二度寝するほどの眠気もなく、体を起こす。豪華客船での怠惰な時間に神罰をくだされたかのように体はなまっていて自分の体じゃないようだった。

 

「…久しぶりに走るか。」

俺は動きやすいジャージに着替えて、携帯だけ持って部屋を飛び出した。

 

まだ太陽も満足に顔を出していない時間だ。

外に人の気配はない。うだるように暑い夏にはもってこいの早朝特有である心地良い冷気だけが漂っていた。

 

東京湾に囲まれたこの場所は風通しがよく、この時間帯なら、この敷地全域が最高の避暑地として機能しそうだ。

くだらないことを考えながら、最初は体を軽く慣らすように走り始め、徐々にギアを上げていく。

 

常に監視されながら、景色の変わらない白い部屋の中で無機質な運動を機械的に繰り返してた昔とは違う。

新しい景色を自分の足で開拓している感覚は、あの部屋を飛び出して外の世界にいることを強く実感できた。

 

思えばこんな風に学校の敷地を回るのは初めてだった。

ケヤキモールと学校くらいが活動範囲で他の場所に用も別になかったからだ。

東京湾沿いの伸びる道の景色は絶景で昇りはじめた太陽の日差しが乱反射して煌びやか。

新鮮味溢れる景色に感動を覚えて、足のケイデンスが自然と落ち始めた。

 

絶景を堪能しながら、足を流していると後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

振り返ると距離をあけてこちらに向かって走ってきている小野寺かや乃がいた。

俺は立ち止まって彼女がこちらに来るのを待つことにする。

 

まさか豪華客船から帰ってきてすぐの日の早朝に、寮から遠く離れたこんな場所までランニングしている物好きがいるとは驚いた。

…自分を棚に上げても、このブーメランは俺の顔面に深く刺さりそうだな。

 

「かや乃。おはよう。はやいんだな」

「綾小路君こそ。てか、めっちゃ足速いんだね」

俺が走っているのを見て追いかけてきたんだろう。

俺の体は本調子から程遠いコンディションだったし、あくまで長距離前提の速度だった。

だが、かや乃は俺に追い付くのに相当の体力を要したようで結構な汗をかいていた。

無人島試験で一緒に移動した時は汗をかいていなかったので、それ以上に頑張ったということだろう。

 

「かや乃も相当速いだろう。流石現役水泳部だな」

「あはは。ありがとう。嬉しいな」

俺の賛辞に素直にお礼を言う。堀北には是非とも見習ってもらいたいな。

 

かや乃はポケットから黄色いラベルが特徴のスポーツドリンクを取り出して飲み始める。

黄色いアクエリだった。確か、販売中止になっていたと思ったが。何故そんなマニアックなものを。

 

かや乃が世にも奇妙なアクエリを飲んでる姿を俺が見ているのが世にも奇妙に見えたのか、首を傾げるかや乃。

答えに思い至ったかのようにかや乃は俺に黄色いアクエリを差し出してきた。

「飲む?」

「いいのか?」

「うん。あんだけ走ってたら水分補給は必要でしょ?」

 

確かに喉は乾いていたし、俺はかや乃の厚意に甘えることにした。

「ありがとう。助かる」

「どいたまっ、気にしないで~」

俺は黄色いアクエリを一口頂いてかや乃に返す。

初めて飲んだがレモンの酸味とスポーツドリンクの甘さが絶妙にマッチしていて、疲労した体にちょうどよかった。

 

「これ美味しいな。」

「でしょっ?お気に入りなんだ~これ。」

「お返しと言ってはなんだが、これ使ってくれ。」

俺はジャージのポケットに入れていたタオル押し付けるようにかや乃に渡す。

元々自分で使うつもりだったが、まだ、走り始めて1時間弱。涼しい気候もあって汗はあまりかいていなかった。

 

「え?」

「まだ俺は使ってないから安心してくれていい」

「いや、そういうことじゃないんだけど。いいの?」

「汗も滴るいい女という異名を付けられたくなかったからすぐに使ってくれ」

 

かや乃の汗は尋常じゃなく、アスファルトに滴り落ち、シミを作っていく。

いい女なのは間違いないが、このフレーズを聞いて思いつくはあの唯我独尊の金髪男に他ならない。

 

「うっ。それは嫌だけど。」

「さっきも言ったが、それはスポドリのお返しだ。遠慮するな。」

「うん。分かった。ありがとう。」

意外と謙虚なかや乃の抵抗は終わり、俺の渡したタオルに顔をうずめた。

 

「…いい匂い。」

ただの安物の柔軟剤を使ってるだけだが満足いただけたようだ。フローラル万歳。

顔を始め、首筋などの汗を丁寧に引き取っていく。短い髪をかきあげて、さっぱりしたようで非常に爽やかでクールな表情だ。

 

「洗って返すね。これ」

「いや、俺が洗うよ。手間だろう」

「いやいやいや。流石に!!それは、断固として!遠慮しますっ」

かや乃も守りたい女の子として守りたいラインがあると言わんばかりに主張する。

 

「別に俺は気にしないんだが」

「…っ!!わ・た・しが!気にするの!おーけー?」

危機が迫っているのかのように鬼気迫った表情で詰められる。

「オーケー。おーけー。」

普段絶対返さないような返事がつい出てしまったが、かや乃はその返事に頷き、残りわずかとなった黄色いアクエリを飲み干した。

 

「間接キスは気にしないのに、そういうところは気にするんだな。かや乃は」

俺はふと沸いた感想をそのまま口にした。

 

「…。…え?間接キス?」

既に空になったペットボトルの飲み口を一点に見つめるかや乃。

水分で潤い、湿った唇を手でなぞるかや乃。無意識だろうが少し色気のある仕草だった。

 

こちらとしては一之瀬やみーちゃんと直接的な経験がある以上、間接キスなんてキスのうちに入らないわけだが。

かや乃が今になってそれに、気付いて照れているこの現状を利用しない手はなかった。

 

「いや、だってそうだろ?かや乃が口をつけた飲み口に俺が…」

「わ、わ、わ、わ、わーっ!!なしなしっ!!それなしでーっ!」

俺が何も気づかぬふりで、現状を詳しく解説しようとしたら、あたふたと俺の口に手を伸ばしてきて、物理的に黙らせられる。

かや乃がこんな風に慌てふためく姿もまた新鮮な景色だった。

 

「もう言わない?」

俺は物理的な拘束を解くために首肯すると、すぐに手は外される。

このスキンシップも相当の親密度が必要そうなものだが…。

かや乃は天然と言うよりも、男を知らないって感じだな。

 

「…。もうっ、みーちゃんがいるのに。」

漏れて出てしまったその呟きを俺は聞こえなかったことにした。

 

目を白黒泳がせていたかや乃もだいぶ落ち着いたので、二人で東京湾沿いを歩き始める。

「いつもこの時間に走っているのか?」

「あ、ううん。今日は部活が休みだったから。明日からは朝練があるんだ」

「練習がなくても走っているなんて偉いな」

「そんなことないよ。昨日までの生活で体がなまっている気がして居ても立ってもいられなかっただけだから」

 

かや乃は薄く笑いそう言うが、あの夢の生活からの切り替えの速さは並じゃない。

「それに大会も近いしね。はやく泳ぎたくて仕方ないよ」

泳ぐようなジェスチャーを交えながらそう続けた。

「水泳。好きなんだな」

 

「うん。…水泳ってね、自分との闘いなんだ。メドレー以外は個人競技。負けるのも勝つのも自分次第だし、その相手も自分なんだよ」

「あ、勿論、大会で競うのは他校のライバルだけどね。そこではね、体が言うことを聞かない不自由な水の中で一番自由な人を決めるの。私はそこで一番になりたい」

「だって、そこで一番自由な人って、一番努力した証でしょ」

爽やかかつにこやかに笑いそう締めくくったかや乃。

 

…努力か。俺があの体の自由の効かない白い部屋で積み上げてきたものは努力と呼べるだろうか。。あの部屋では常に一番だったが、一番になりたかったわけじゃない。

「あ。ご、ごめん。なんか一人で熱くなっちゃって。」

俺が思案に耽っている様子を見て、熱く語ってしまった自分を顧みて顔が羞恥の色に染まる。

「いや。かっこいいなと思った。素直に尊敬する」

 

「…えっ。あはは。やだな~。お世辞がうまいんだから」

満更でもない様子でたじろぐかや乃。

「いや、お世辞は言わない。本当にかっこいいと思ったんだ」

「そ、そう?ありがとう…」

かや乃は動きをピタリと止めて俺の賛辞に正面から受け止めた。

 

「そ、そういえばさっ。綾小路君って部活入ってないよね?」

かや乃は照れ隠しするように話題を変える方向に舵を切る。

「ああ。どこに入るか悩んでいるうちに帰宅部になっていた。今はそれに満足しているけどな」

「え~。勿体無いなあ~。あんなに足速いのに。何か気になる部活動とかないの?今からでも部活始めるの遅くないよっ!」

「...気になるか。かや乃の話を聞いて水泳には興味が出たな。」

 

かや乃は目で平泳ぎするかのように驚く。

「え。す、水泳?」

「ああ。部の詳細を聞いてもいいか?」

「え。う、うん。えーっとね。水泳部はね結構スパルタで部員少ないんだ。体験入学を経験した人は9割やめちゃったかな」

「多いな。」

「うん。プールでワイワイ遊ぶみたいなこと想像してたのかも」

 

池みたいな思考回路しているやつは以外といるもんだな。

「あと、男子部員が今、ほとんどいないんだ。2年生と3年生合わせて3人。一年生なんかは一人もいないの」

池みたいに下心を持って入部したやつはスパルタ練習で粉々に散っていたのだろう。

「まあ、練習はひたすらタイム伸ばす練習かな。今までの人見てきた感じ、泳ぐのが好きじゃないときついかも。」

 

今、部活動に入って合わなかったからすぐ辞めるというのは難しい。かや乃はそこを危惧してくれている。

「泳ぐのは比較的好きな方だ。体力にも自信があるし、もしかしたら俺に合っているかもしれないな」

「えっ。えーと、もしかして入部する気?」

「ああ。大会のエントリーはまだ間に合うんだろう?それに個人競技だから迷惑をかける心配もないしな。」

「確かに大会は間に合うけど。」

 

「何か他に問題があるのか?」

「…ないけど。」

何かあるやつの間だった。しかも、おまけと言わんばかりに「けど」がついている辺り何か懸念しているんだろう。

俺に言えないことを見るに恐らくみーちゃん関係だろう。ならば問題ない。

 

「今日、入部届を提出しに行ってくる。明日からよろしく頼む」

「い、いいの?そんな簡単に決めちゃって。」

「簡単じゃないさ。入学してから、時間に拘束されるのが嫌で部活に入る気にはなれてなかった。けど、今日、かや乃の話を聞いて魅力的に感じたんだ。」

「…そっか。…うん。分かった。明日からよろしく」

かや乃は踏ん切りをつけるように俺に拳を出してくる。俺はうまくいきそうな予感にガッツポーズをする気持ちでそれに合わせた。

 

あたりもだいぶ明るくなってきた。そろそろ帰る時間だろう。

俺はシャツの上に羽織っていたジャージを脱いで、かや乃に渡す。

きょとん顔で差し出されたそれを見るかや乃。

 

「かや乃は水泳部だし見られることにあまり抵抗はないかも知れないが、シャツ透けてるぞ」

かや乃の白い半袖のラフなシャツは汗で、下に付けているであろうスポーツブラがうっすらと透けて見えていた。

かや乃は気にしていないのでなく気付いていないだけ。それを分かった上で俺は指摘する。

 

「…っっ。ばか。あほ。変態っ。…ありがとうーっ」

みるみる赤みを帯びていく顔を隠すようにジャージを受け取り、かや乃はその場を走って逃げて行った。

怒涛に並べられた照れ隠しの言葉と感謝をしっかりと受けとっておく。

小さくなっていく背中は走りながら器用にジャージに腕を通していた。

 

追いかけることもできたがそれはしない。

明日から短い期間になるが毎日顔を合わせることになるからな。

 

――――――――――――――――――――――――

 

思い立ったが吉日。夏休み初日だが、俺は制服を纏い、高度育成高等学校に訪れていた。

外は部活動をしている生徒の活気に溢れているが、校舎の中は静寂に包まれていた。

廊下を歩く俺の足音だけがよく聞こえる。

 

「失礼します」

俺は職員室のプレートを確認して、その扉を開いた。

 

「…綾小路か。」

俺を見つけるなり、片手に珈琲を持った茶柱先生に睨まれる。

ああ。そういや、船上試験の結果発表の後にきた連絡無視してたんだった。

 

「水泳部顧問の先生はいらっしゃいませんか」

「今日は部活が休みだそうだ。今日は終日いない。」

「そうですか。では、その場合、水泳部への入部届を受理していただくためにはどうすればいいですか?」

「…お前が水泳部?どういう風の吹き回しだ」

訝しげに俺の顔色を伺う茶柱先生。…まあ。そうなるよな~。

 

「簡単なことです。大会で成績を収めてクラスに貢献しようと考えただけですよ」

「…。まあ、理由はどうでもいい。入部届の受理だったな。なら、少し時間をもらおう。ついてこい」

受理の仕方は答えずについてくるように命令するだけか。

 

俺は部屋の隅からこちらを伺っている先生に声をかける。

「星之宮先生。少しよろしいですか」

「え。あっ。は~い」

「おい。何故。星之宮に声をかけた」

 

星之宮先生はトテトテと可愛い効果音がなりそうな足取りでこちらに向かってくる。

「二人で何話してたの~?あっ。もしかして、デートのお誘いでもしてたっ?綾小路君。君も見境ないなあ。」

「いえ、むしろお誘いを受けたのは僕の方ですよ」

「え~。さえちゃんったら大胆~」

「余計な発言は慎め。綾小路。それより私の質問に答えろ」

 

茶柱先生は俺と星之宮先生との与太話に付き合うつもりは無いようだ。俺も同じだ。茶柱先生の与太話に付き合う義理はない。

 

「なら、その前に俺の質問にもう一度答えてもらってもよろしいですか?」

俺のこの発言こそが星之宮先生をこの場に呼んだ理由だということが茶柱先生にも分かっただろう。

水泳部への入部届を受理するのに茶柱先生について行く必要は無いということ。それは頭がお花畑の星之宮先生でも証明してくれる。

 

「…何が言いたい」

茶柱先生は言葉を選び、俺の望みを聞いてくる。

星之宮先生には理解できないように話を進めるあたりは流石だな。

「別に何も。ただ、話をするなら暇そうにしていた星之宮先生も一緒にどうかと。」

 

「それとも、星之宮先生がいては不都合ですか?」

「…いや。お前が構わないのであれば問題は何も無い。星之宮。お前仕事はどうした。」

「そんなのさえちゃんと違ってとっくに終わっちゃったよ〜ん。」

茶柱先生は1つ舌打ちし、俺を一瞥した後、先導するように職員室を後にした。

 

連れてゆかれるは生徒指導室。なんだかんだここに入るのは初めてだな。

星之宮先生も堂々と俺と茶柱先生に続いて入室した。

星之宮先生はさも自然であるように俺の隣に腰掛ける。

 

「おい。なんでお前がそこに座る」

「いや、なんか三者面談っぽくない?これ。この学校は保護者の関与を許してないからこういうのやってみたくて〜」

この人に他人の保護者が務まるだろうか。

 

「お前が保護者になれるわけが無いだろう」

「さえちゃんひっど〜い。」

奇しくも茶柱先生と同じ感想を抱いたようだ。

さえちゃん先生は態とらしく泣きながら、俺の隣から離れて茶柱先生の隣に移動した。

 

「いいか。先に言っておく。余計なことはするな。喋るな。動くな。」

一見無駄ばかりに見える星之宮先生の仕事の処理速度が速いのはこの世の不条理と言うやつだろう。

「はい。は〜〜い」

親に叱られそうな子供のような返事で答える星之宮先生。

 

「先程の質問の答えを先に言っておく。顧問不在の場合、その入部届を受理するのは担任じゃなく生徒会だ」

…なんでだよ。生徒会にその権限を与えるのは職務放棄だろう。

あの人物に会わなきゃ行けないことを思い、少し鬱になり内心で毒を吐いておく。

 

茶柱先生は先程自分で掘った墓穴を急いで埋めるようにその経緯を説明した。

理由としては自主的活動の生徒会は夏休み中、役員の誰かは絶対に居るらしい。その反面、教師は仕事。

夏休みに毎日勤務するわけじゃない。担任と部活顧問の休みが運悪く重なれば受理が遅れるからだそうだ。

こじつけに聞こえなくもない取ってつけたようなその理由に、別に反論する気は起きなかった。

 

「そうですか。質問に答えて頂きありがとうございます」

「ねぇねぇ、なんで水泳部に入部する気になったの?」

星之宮先生は身を乗り出すように理由を聞いてくる。茶柱先生は一応部活名を伏せていたが、星之宮先生はそれを知っていたように聞いてくる。休みの部活が限られていて、割り出すのが簡単だったのだろう。

 

「水泳ならある程度得意なので、大会に参加すればクラスに貢献できるのではと考えたんです」

茶柱先生相手に答えた理由と同じものを答えておく。

「え〜。ほんと〜?女子の水着姿を見たいだけだったりして〜」

星之宮先生は目を輝かせながら揶揄うように聞いてくる。

茶柱先生はそれを止めることをせずに傍観している。

さっき言ってた余計なこと、現在進行形で星之宮先生がしてますよ。茶柱先生。

 

「そんなこと、考えたこともなかったです。」

「わ〜ムッツリだ〜。さえちゃんと一緒だ〜」

俺への攻撃には仏の顔で傍観していた茶柱先生だが、さえちゃんの名前が出た瞬間に般若の表情に変化して、手に持っていたクリップボードを使い、星之宮先生の頭で軽快な音を鳴らした。

 

「余計なことを言うなと言ったはずだ」

いや、それちょっと遅いです。俺への攻撃を咎めなかったのは意図的ですか?

 

「それで、話は以上でしょうか?」

俺としてはもう話を切り上げたい所存だ。星之宮先生がいるこの場なら茶柱先生は船上試験の話をしてこないだろうし、長居する理由もないからだ、

 

「待って待って。まだ話は終わってないよ〜。…船上試験。龍グループでは凄かったみたいじゃない」

茶柱先生ではなく、星之宮先生から矢が飛んでくる。

教師と言えど、あの試験での詳細を知る由はないだろう。

あくまで表面的での話だ。

 

「たまたま上手く行っただけです。結果はCクラスの一人勝ちでした。」

「ほんとに〜?怪しいな〜」

「ほんとです。それよりも、Bクラスの方こそ、あの状況でポイントの変動は0。Aクラスまでもうあと一歩じゃないですか?」

「そうなの〜。子供の成長って一瞬よね〜」

 

言葉の選び合い、腹の探り合いが始まる。茶柱先生も口を挟んでこないが、逸脱した発言がないか耳を尖らせている。

 

「ええ。凄かったです。一之瀬は一体何をしたんですか?」

「ふふ。教え子の情報は教えられないの。ごめんね」

「そうですか。」

星之宮先生はBクラスの芸当の裏側を知らない。

そして、Bクラスが今、龍園に目をつけられている現状も。結果を見ればBクラスが龍園クラスの優待者を全て当てたことは丸分かりだ。

龍園なら、俺が一之瀬の裏で糸を引いていたことまで分かっているだろう。その上で龍園は一之瀬を潰しに行くと俺は思っている。そっちの方が龍園にとって楽しい展開に発展するからだ。

 

「この話には生産性がありません。もう解散にしませんか。」

「ふふ。なら、生産性のある話する?」

「どういうことですか。」

 

「…プライベートポイント。」

「ちえ。そこまでだ。綾小路。もう退出しろ」

「…分かりました。失礼します。」

茶柱先生により、星之宮先生は口のチャックを閉めた。だが、目だけは俺を外さない。

 

なるほど。教師の得れる情報を舐めていたようだ。

茶柱先生が俺が莫大のプライベートポイントを得たことを知っているのは察している。

それ故に俺は茶柱先生を避けているのだ。

だが、星之宮先生にまでその情報が及んでいるとは知らなかった。

それが生徒に漏れることは万が一にも無いと思うが。

星之宮先生が俺の懐に深く探りを入れてくるのは意外だった。

彼女にも茶柱先生と同じような何かがある。そんな予感がした。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「入れ」

ノックすると高圧的で威圧的な物言いが帰ってきた。

生徒会室の中は堀北生徒会長と橘書記の2人だけだった。

 

「俺が教師じゃなくて良かったな」

「…っ!何ですか!生徒会長に向かってその口の利き方は!」

「万が一にもその可能性は無い」

…まさか、廊下にある監視カメラをリアルタイムで見てでもいるのか?

そこまでの権利が与えられているとは思えない。

茶柱先生辺りが事前に話を回したと考えるのが現実的か。

生徒会長が橘書記のことは蚊帳の外にしているので俺も倣っておき反応することはしない。

 

「それで、何用だ」

「入部届だ。受理してもらいたい」

俺が会長の机に差し出したそれを見て薄く笑う。

 

「特別試験では随分な活躍だったな。」

「藪から棒になんだ」

今日はこの話題が多いな。

「無人島試験での見事な立ち回りに、船上試験では異例の速さで優待者を告発しクラスに貢献した。」

どこまで知られているかは定かではないが、情報はそれなりに掴んでいるらしい。

 

「そりゃ。どうも。それより早く受理を…。」

俺は取り合わずに要件を先に進めるように促す。

生徒会長は机上から入部届を拾い上げて、あっさりと破り捨てた。

「…」

あまりに自然で淀みの無い動きだった。橘書記も目を頭の上のお団子のように丸くして驚いている。

 

「綾小路。お前、生徒会に入れ。」

「は?」

「っ!!会長っ!!」

 

いきなりの提案に思わず聞き返してしまう。橘書記もさっきよりも1オクターブ高い声をあげている。

「なんだ。橘。俺の意見が不満なのか?」

「いえ、不満というわけでは…。ですが、彼はDクラスです」

会長と橘書記の上下関係はどこかで見たことあるなあ…。

 

「俺は一度たりともクラスという枠組みをそんな先入観で見たことはない」

「で、ですが、先に来てくれた彼らに面目が立ちません」

「今、彼らの話は関係無い。それに、あの程度で引き下がるのでは見込みがないだろう。」

「……。」

会長の言葉に押し黙る橘書記。理詰めで言葉を介入させる余地を徹底的に潰していく。

そのやり方はどこまでも俺に似ていた。

 

「綾小路、答えは。」

「悪いが、生徒会に入る気は微塵もないな」

「なんか断ってるしー!!」

忙しい人だな。橘書記は。

 

「っ!!貴方、分かっているんですかっ!生徒会長からお声を掛けて頂ける名誉を!!」

お団子頭を揺らしながら俺に詰め寄ってくる橘書記。

 

「理由を聞かせてもらおうか」

橘書記は近くで鼻をふんすか鳴らしているので、少しは意図を汲んでやることにする。

「今は水泳部に入る必要があるんだ」

「…今はか。」

俺が残した余地を正確に汲み取る会長。

 

「…だが、お前に選択肢を与え続ける余裕はない。今、ここで入るか入らないか決めろ。」

会長は威圧感を全面に押し出して俺を押し黙らせるように射止めてくる。

入るか入らないかの意思の確約はもぎ取ろうとしているようだ。

橘書記は会長の姿に、先程まで俺に向けていた牙を収めて頭のお団子のように丸くなった。

 

「その程度で主導権を握れると思うなよ。俺が出した答えは“今は入らない”。これは変わらない」

俺はそれを平然と受け流す。

 

「…なるほど。確かなようだ。…入部届は受理した。俺の気が変わらないうちにここの門を叩くことを推奨する」

引き出しから新たに出した入部届に、先程破られた入部届の俺の筆跡を真似て代筆していく。自分の印鑑をその紙に押したものを俺に見せてきた。

「話は以上だろう?もう退出しろ」

「ああ。」

俺としても要件済めばこんな場所に居座る理由もない。

 

俺は踵を返して、生徒会室の入り口に向かう。ドアノブに手をかけて振り返る。

「最後に一つだけ。会長は橘書記を上手く手懐けているようですね。」

「ふっ。ご覧の通りだ。」

「ちょ、ちょっと!堀北君っ!!」

俺に向かって鼻を鳴らした会長に泣きそうな顔の橘書記が会長の席に向かっていく。

 

俺は後腐れなく生徒会室を後にした。

そして、いずれ俺が自主的に生徒会室を訪れることを確信する。

 

生徒会長の思惑に乗るわけではなく、橘書記を俺のものにするために。

 

隣の芝が青く見えるように、人の女も綺麗に見えてしまうものだ。

 

 




今回も少し長いっ。。。かや乃の話だけで約5000文字。。すいません。

関係ないですが話数が増えてきたので少し目次整理しました。
GWは毎日更新したい所存でございます。


補足
綾小路君がどんどんクズ化していく、、
数いる上級生の中で橘書記を狙う理由がこれくらいしか無かった。。
勝手にフラグが立つヒロインならいいんですが、自分から行くヒロインには理由が必要ですからね。。


生徒会長が認める生徒会への参加条件は南雲に流されない意思の強さなのでそこを強調して書きました。

ちなみに好きな芸人はジャルジャルです。
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