綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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更新が遅れました。すいませんっ。


#34 本当の悲劇のヒロインはそれを自覚できない

 

無機質な鉄製のドアに俺の吐いた重々しい呼吸が跳ね返る。

すぐ先ほど、長谷部からは「頑張ってね〜」と邪推に満ちた声で見送られた。

 

俺は深掘りした話を一切していないが、それでも長谷部にとっては俺の女性関係の話は大好物だったようで、非日常を描いたフィクションを楽しむかのように目を輝かせて質問攻めしてきた。

目を細めて笑う長谷部を見て、あれが顧客なら、お客様満足度100%も夢じゃないなと思った。

だが、それは俺にとってやりたくない仕事を渋々やっているような中々にハイカロリーな時間だった。

 

だが、まだ重大な仕事はこの後も残っている。

社畜がふと我に帰った時のようにHPがすり減っていた心と体を自覚する。

この傷を一刻も早く癒すためにも、この後の甘い時間が必要だな。

 

俺はみーちゃんの部屋のドアを迷いなくノックした。

今日、俺はみーちゃんから届いたSNSの連絡に既読もつけず、まだ返信していない。

変に趣向の凝ったサプライズよりも、この場に俺がいることが何よりのサプライズになるに違いない。

 

「はーい。」

無機質なドアから似ても似つかない可愛い声が返ってきた。

その声はいつもより半オクターブほど高く、テンションの高さが窺えた。

 

「えっ、えっ。き、清隆くん?」

ドアがあけられ、現れたみーちゃんが俺を見つけると、驚愕と困惑が同居しているような表情を浮かべながらも言葉を紡ぐ。

涼しさを感じさせる透き通った水色のワンピースはみーちゃんによく似合っていた。

 

「部屋。あげてもらってもいいか?」

それにお構いなしに俺は言う。外であまり騒ぐのはスマートな選択じゃない。

 

「…え?」

みーちゃんのペースに付き合っても前に進まないだろうと判断して、多少強引に俺はみーちゃんの許可を得る前に一歩踏み出して中に入ることを決めた。

 

「っ!!ま。待って!!」

俺の行動に一歩遅れて反応したみーちゃんは意外にも俺の進行方向に立ちふさがる。

 

「さ、三分だけ待っててっ!!」

その言葉と同時にドアは勢いよく閉ざされて、俺はその場に置いてきぼりにされる。

部屋の中からはバタバタと慌ただしい音が聞こえてきて状況を察する。

これに関してはいきなり押し掛けた俺の落ち度だろう。

 

ちょうど3分くらいたったところで、少し額に汗を浮かべて髪の乱れたみーちゃんが出てきて部屋の中に招かれる。

 

可愛い柄の室内用のスリッパを渡されたので、俺には似合わないだろうなと思いつつも従って履いたタイミングでみーちゃんが申し訳なさそうに話しかけてきた。

「ご、ごめんねっ。待たせて。。」

「全然待ってない。今来たところだ」

テンプレートで女子人気の高いであろう台詞を適当に返しておく。

 

「清隆君。…絶対。それ今じゃないよ。」

「…いきなり来た俺が悪いんだ、気にしないでくれ。そんなことより髪、乱れてる。」

俺はみーちゃんの頭に手を伸ばして、撫でるように手櫛で髪を整える。

 

「えへへ。ありがとう」

はにかむような笑顔には純朴そのもので、心が浄化されていく気分だった。

 

「それで、綺麗になったのか?部屋は」

「ええっ。それ聞いちゃうの?」

「みーちゃんに横着なイメージが無かったから意外で気になった」

「う、うん。別に汚くはなかったけど。。」

「けど?」

歯切れ悪く言葉に詰まったみーちゃんをすかさず追撃する。

 

「…あ、相手が清隆くんだから細かい部分も気になったのっ!もうこの話はやめよ?ね?」

先程の歯切れの悪さが噓のように流暢に捲し立てる。

これ以上、不躾に踏み込む必要性もないと判断し大人しく引くことにする。

 

みーちゃんは話を切って、俺を引き連れて廊下を抜けて居室へと引き連れていく。

みーちゃんの部屋は非常に整頓されていて、普段から綺麗に使っていることが見て分かった。

スリッパを完備している点から、清潔感を大切にしているであろうことも察せた。

 

「可愛いな。」

「…えっ?え。…き、急にどうしたの?」

俺の不足している言葉を都合よく脳内補完したのか、分かりやすく照れた素振りを見せる。

俺はベットメイキングの求人広告に出てきそうなくらう美しく整えられたベットの上に佇んでいるくまのぬいぐるみを指差す。

 

「…。清隆くんのいじわる。。」

みーちゃんのその拗ねるような素振りも可愛らしい。

「みーちゃんも可愛いよ。そのワンピースもよく似合ってる。」

「…もう、そんなの言っても遅いからっ!」

 

俺に可愛いと言われたことの喜びが隠しきれていないが、表面上は納得していないようだ。

部屋の中には、幼さを連想させる要素にあふれている。

 

文字通り、女の“子”しすぎている部屋とみーちゃんは文句のつけようのない組み合わせだった。(高校生になってそれもどうかと思うが)

 

この場所は可愛らしい雰囲気に包まれていて、それを可愛いと評した俺の言葉に噓はないが、みーちゃんを満足させるにはあと一歩及ばなかったようだ。

 

「みーちゃん。誕生日おめでとう。これは遅くないだろ?」

 

みーちゃんの誕生日は今日で間違いない。タイムリーな話だ。遅いことはないだろう。

俺は手に持っていたケーキをみーちゃんに差し出す。

 

あまり目ざとくないみーちゃんでも、そこそこのサイズの俺の手荷物を見てだいたい察していたはずだ。なら、変に伸ばす意味もないだろう。

 

「遅いよ。。最近清隆くん忙しくて、全然私に構ってくれないし。。今日も連絡返ってこないし。。寂しかったんだから。。」

 

ジト目で俺を見ながら溜まっていた不満が次々にぶつけられる。

夏休みの最中。俺はみーちゃんからの遊びの誘いを適当な理由でかこつけて断り続けたから仕方のないことかもな。

 

「悪かったとは思ってる。今日、みーちゃんに会いに来たのは純粋に祝いたかったからだ。だから、埋め合わせみたいになるのも本意じゃないが、今日はみーちゃんに尽くそうと思っている。それで、許してくれないか?」

 

「そ、それって…今日は清隆くんを独り占めしてもいいってこと?」

 

上目遣いでおねだりするような声のみーちゃんを無下にできるはずがなかった。

 

「ああ。焼くなり煮るなり好きにしてくれ」

「あっ!ひどいっ!なんか、それだと私が悪者みたいじゃんっ。」

みーちゃんは面白おかしくつっこむように笑った。

先程の醸し出していた寂寥感は引っ込んだようだ。

 

「誕生日おめでとう。」

俺は仕切り直すように言うと、みーちゃんは俺の差し出したそれを受け取った。

「うん。ありがとうっ。清隆くん。」

みーちゃんは念願の玩具を与えられた子供のように喜んだ。

 

「ねえねえ。開けていい?」

「ああ。」

社交辞令のようなお決まりの展開。

みーちゃんは俺が渡した物の飾り立てられた包装を綺麗にはがしていく。

 

「こ、これ…」

出てきたのは先程、俺が可愛いと指差したくまのぬいぐるみと瓜二つに見えるものだ。

 

「ああ。デートでゲーセンに行った時、一緒に見たよな。その時、可愛いと言っていたから頑張って取ってみた」

デートの時は、毎月0ポイントの俺たちの底が見える財力状況から挑戦するには至らなかったが、数々のクレーンゲームをショーケース越しに色々見て回った。

 

その時にみーちゃんが独り言つように可愛いと言っていたぬいぐるみだ。

 

ちなみに取るのにかかった費用は企業秘密だ。

 

「覚えててくれたんだ。。」

「ああ。でも、まさか似たようなものを既に持っているとは思わなかったが。。」

「えっ!全然違うよっ。そっちは女の子で清隆くんがくれたのは男の子なんだからっ。」

 

みーちゃんは俺がプレゼントしたものと、自分が既に持っていたものの細かな違いを説明していく。

俺にはバラエティー番組の間違い探しをやっている気分になったが、みーちゃんは嬉しそうに語っている。

マイナーポケモンのオスメスの区別くらい特徴が捉えづらかった。

 

「詳しいんだな。」

「うん。大好きなんだ。このシリーズ。ありがとね。綾小路君!!」

みーちゃんは俺がプレゼントしたくまのぬいぐるみを強く抱きしめながら満面の笑みを浮かべた。

 

「…実は誰かにプレゼントするのは初めてのことで結構悩んだんだが、喜んでくれて俺も嬉しい」

とりあえず、俺の初めての誕生日プレゼントのチョイスは成功を納めたようだ。

無邪気に喜んでいるみーちゃんがそれを証明してくれて、胸をなでおろす気分だった。

 

「は、初めてなんだ。。」

俺の出生を若干知っているからこそ、俺のこの言葉が語る事実をすんなり受け入れられるだろう。

 

みーちゃんは俺のプレゼントのくまを抱きしめながらベットの方に向かっていく。

そこに既に佇んでいたくまの隣に、俺のくまを並べて、手を繋がせた。

 

 

「実はね。このくまさん達、公式設定だとカップルなんだ。…だから、一生大事にするね。」

 

みーちゃんはきっと、このくまのカップルに俺たちを重ねているに違いない。

その含みが簡単に読み取れた。

 

「ああ。大事にしてくれ。」

俺はみーちゃんに手を差し出す。今日は尽くすと決めたからな。その含みにもできるだけ答えよう。

 

「うんっ。ありがとっ。清隆くん」

みーちゃんは今日一番の笑顔で手の指を絡めるように強く握り返してきた。

 

「実はケーキもあるんだが」

「食べたいっ」

目を輝かせて、詰めてきたみーちゃんは獲物を見つけたハイエナのようだった。

俺の手に持っているケーキケースを見てもうそれを察していたんだろう食い気味に答えてきた。

…。女の子にハイエナの比喩はよくないか。。

 

「え、今か?大丈夫か?夜ご飯とかは。」

「今っ!!清隆くん。ケーキは別腹なんだよっ。」

「な、なるほど。。」

みーちゃんの勢いに気おされて、俺はケーキケースを机の上に置く。

 

「見ていい?」

俺が頷きを返すとケースを外して、みーちゃんとケーキはご対面した。

 

「か、かっわいいいいいいいぃぃぃぃ!!!!」

みーちゃんの叫びに近い歓喜の声が部屋の中に鳴り響いた。

みーちゃんはグラビアアイドルを取るカメラマンの如く、携帯のシャッターを切った。

 

税金の無駄遣い先のこの学校の寮は、防音性もそこそこ高い環境に仕上がっている。

だが、それを突き破って騒音問題に発展しかねないくらいの声量だった。

少なくとも隣の部屋の長谷部には聞こえただろうな。。

 

「こ、こんな可愛いの見たことないっ。どこで買ってきたの?」

敷地内にケーキを販売している店は限られているが、ここまで可愛さを前面に押し出しているケーキは敷地のどこを探してもないだろう。

みーちゃんのイメージカラーに合う瑞々しい青色のブルーベリーがピンクを基調としたケーキによく映えている。

 

「いや、作ったんだ」

「ええっ。これ、作ったの!?一人で?」

有り得ないと言わんばかりに驚くみーちゃんの反応は作り手としては嬉しいものだな。

「いや、俺もケーキを作ったことはなかったからな。その分野に強い人に協力してもらったんだ」

 

「その分野に強い人。…もしかして、それって、女の子?」

みーちゃんは喜びに満ちた表情から一転して、俺に怪しむようなジト目を向けてくる。

 

「ああ。鈴音に手伝ってもらったんだ。」

元より、俺に隠すつもりはなかったため、すんなりと話した。

 

「…鈴音?」

みーちゃんの目はさらに鋭さを増す。

「鈴音は堀北のことだ。」

「それは知ってるもん。私が気になったのは堀北さんのことを名前で呼んでることっ。」

 

豪華客船の時に、俺が鈴音のことを名字で呼んでいたことは知っているからな。なら夏休み中に何かしら関係の変化があったことはみーちゃんも分かってしまっただろう。

 

「まあ、流れで名前で呼ぶことになったんだ。」

俺の濁したような言い回しにみーちゃんは複雑な表情になった。

 

「詳しくは教えてくれないんだ。。」

俺の言い回しからみーちゃんに教えるつもりがないことを察したようだ。

 

「じゃあ、これだけ教えて。堀北さんはこのケーキが私のためのものだって知ってたんだよね」

「ああ。それは間違いない。」

みーちゃんのために作っていたこと知ったのは事後だったが、誰かのために作っていたことは鈴音も察していたことだし似たようなものだろう。

 

「…そっか。それならお礼言わないとだね。」

みーちゃんとしてはあまり素直に喜べない状況だろうな。

「鈴音も別にみーちゃんのことが嫌いなわけじゃない」

「うん。知ってる。」

みーちゃんとしても鈴音の人付き合いの下手さは知っていることだろう。

 

「今度、堀北さんとも話すよ。清隆くんはわたしのものだって」

「おい。」

鈴音の人付き合いの悪さが原因だと思っていたが、そうでもないのかもしれないな。

さらに溝が深まりそうな発言にそう感じざるを得なかった。

 

「ふふ。冗談だよ。でも、今日はわたしのものなんだよね?」

みーちゃんは俺の困った表情をからかうように笑った後、甘えるような上目遣いでさっきの俺の言葉を再確認してくる。

「そうだな。」

 

みーちゃんは仕切り直すように咳払いして、照れながら言った。

「清隆君。ケーキありがとうっ。このケーキ。食べさせて欲しいな」

「お安い御用だ」

「ほんと?じゃ、すぐにお皿と飲み物用意するねっ」

俺が二つ返事で了承したことが嬉しかったのか、飛び跳ねるようにしてキッチンに向かっていった。

 

あっという間に、机の上には可愛いお皿と紅茶が用意された。

みーちゃんが俺と一緒に食べたいということだったので、俺の分も用意される。

俺がケーキの形が崩れないように慎重に丁寧に切り分けてお皿に盛ったところで準備は整った。

 

みーちゃんは自然と俺の隣に座っているが、この寮備え付けの一人用のサイズの机では少し窮屈だ。

「みーちゃん。狭くないか?」

「…え。隣じゃ。だめ?」

「ああ。流石に食べにくいだろ」

「そっか。。」

みーちゃんは渋々と言った様子で俺の対面にある空席を見る。

そして何か良いことを思いついたように手を叩き提案してきた。

 

「清隆くんの膝の上に座っちゃだめ…?」

その提案は必然的に二人羽織並みの密着度になることは避けられないだろう。

みーちゃんは今日はとことん甘えるモードのようだ。

 

「膝?」

「う、うん。その、座ってみたいな、なんて。。」

みーちゃんは上目遣いを繰り出した。

俺に対して上目遣いはノーダメージだが、断ったらみーちゃんが自滅してしまいそうだ。

余計な殺生はしない事なかれ主義の俺としてはここは受けるべきだろう。

 

俺は胡坐を組んで、みーちゃんを受け入れる姿勢を作った。

「これでいいのか?」

「う、うん。多分。。座っていい?」

お互いにこういうシチュエーションは初めての経験のようで、勝手がわからない。

みーちゃんも恐る恐るといった様子で俺に訊いてきた。

「ああ」

 

みーちゃんは俺の胡坐にすっぽりと収納されるように座った。

華奢な見た目通り、ほんとに座ってるのかというくらい軽かった。

ただ、この姿勢だと、膝の上ではないが、まあそれも些細なことだろう。

 

「ど、どう?」

俺の様子を窺うみーちゃんがドキドキしてるであろうことが感じ取れた。

「軽いな。本当にご飯食べてるか?身長伸びないぞ」

 

「ちゃんと食べてるよっ。それに、ちょっとずつ伸びてるもんっ」

平均身長を10㎝ほど下回る小柄な体格を指摘されて憤慨するみーちゃんの様子はまさに幼子のそれだった。

 

「現実を押し付けるようで気が引けるが、女性の身長が伸びる時期は遅くても15歳までと言われてる。今日の16歳をもってみーちゃんの背が大幅に伸びる可能性は限りなく低いだろうな。」

 

「も、もうっ!なんでそんなのこと言うのっ!もういいもんっ。ケーキ食べるからっ!」

一瞬青ざめるように絶望感を顔に浮かべたものの、やけ食いと言わんばかりに、いそいそとケーキをフォークで一口サイズに切り分ける。

 

「んっ!!」

みーちゃんはケーキをすくめ取ったフォークを俺の手に握らせて、小さな口を大きく開けてケーキの到着を待った。

 

俺は子供のような可愛らしい仕草に苦笑いをしつつも、現実を押し付けたことによって臍を曲げたみーちゃんに甘いケーキを口に持っていく。

 

「俺は小さいままのみーちゃんの方が小柄で可愛くて好きだ」

みーちゃんが俺のペドフェリアを宣言するような言葉に何か返す前に甘いケーキが口に満たされた。

 

みーちゃんは俺達の4日間の集大成の素材から作り方まで拘り抜いたケーキをゆっくりと味わうように咀嚼して飲み込んだ。

 

「お、おいしいっ!!!も、もっと食べさせて!」

 

テーブルマナーの知らない子供が机にフォークを立てて音を鳴らすかのような勢いに押される。

俺は単純作業をこなすかのようにみーちゃんの口にケーキが無くなるまで供給し続けた。

 

あどけないみーちゃんが相手だと、一見、ケーキを食べさせると言ったシチュエーションすらも子供のお守りのようなものだった。

みーちゃんが味を共有する様に、俺にも食べさせてくれたが、やはり会心の出来の美味しさだった。

 

あまり、ケーキを食べた経験が少ないため、比較対象は少ないが、商品化すれば売れ筋になるのは間違い無いだろう。手間とコストと利益還元率を度外視すればだが。

 

「ご馳走様〜。ありがとう。本当においしかったよ。」

「お粗末さま。。」

サイズが小さいとはいえあくまでホールサイズ。

長谷部以上にハイカロリーなケーキを食べ尽くしたみーちゃんの顔は満足一色で染まっていた。

お客様満足度は限界値を超えて120%を記録した。

 

食べ終わっても日だまりの窓辺で昼寝をする猫のように俺の膝を定位置としててこでも動きそうにはない。

俺の膝の上でみーちゃんは顔だけ振り向いて話し始める。

 

「本当に美味しかった〜。今度、私にもケーキの作り方教えてね」

再三、重ねて言われる味への絶賛はみーちゃんが心の底から感じた感想だろう。

 

「ああ。俺もそんなに喜んでもらえるならまた作りたくなった。今度作ろう」

「うんっ!これより美味しいの作ろうねっ!」

笑ってる顔にも言葉にも含みがありそうだった。

「そうだな」

 

俺が肯定すると何かを思い出したような声をあげてみーちゃんは口角をいやらしく吊り上げた。

「ところで、さっき言ってた小さい私が好きって話、どう言う意味?」

 

みーちゃんにはまるで完全無欠の敵幹部のウィークポイントを見つけた時のヒーローのような余裕があった。

俺は平然と用意してたものを差し出すように返す。

「そのままの意味だ」

「身長が小さい方が清隆君の好みなの?」

 

「そういうわけじゃない。」

幼児体型が好みなんてことを思われると男としての沽券に関わりそうだ。

かと言ってロリが好きなんじゃない。ロリも好きなんやで〜。というわけでも断じてない。

 

「ただ、今のままで俺にとってみーちゃんは十分魅力的だからな。身長なんか気にしなくていいって思ったんだ。」

つまりは体格にコンプレックスがあるみーちゃんを遠回しに慰めただけという事だ。

 

「ふ〜ん。それって可愛いってこと?」

だが、みーちゃんは魅力的と言う言葉を拾って真意を問いかけてきた。

俺は間髪入れずに肯定する。

「そうだな」

 

「そうだなって何が?」

どうしてもその言葉を俺の口から言って欲しいらしいので俺はそれに応える。

「俺はお世辞抜きに本当にみーちゃんを可愛いって思ってるって事だ」

 

実際、みーちゃんの整った容姿を見て、可愛いと感じない男性がこの世にどれだけいるだろうか。

 

「そっかっ。」

無理矢理言わせた自覚はあるだろうが、それよりもシンプルに喜びが勝ったような弾む声だった。

 

「それでも、私としてはもうちょっと身長が欲しいな〜」

「どうしてだ?」

その理由を聞いて欲しそうな雰囲気を感じ取って俺は問いかけた。

 

するとみーちゃんは豆知識を披露するように控えめな大きさの胸を張って蠱惑的な笑みを浮かべる。

「知ってる?キスしやすい男女の理想の身長差って15センチくらいなんだよ。」

「今のままじゃ、背伸びしたって清隆君に私からキスできないもん」

 

今思えば、このキスという男女の愛情表現を表す単語が二人きりの室内の空気を変える引き金だったんだろう。

 

「今なら背伸びすらも必要ないんじゃないか?」

俺はみーちゃんのサファイアのように煌めく瞳を離さず捉えて言う。

俺の膝の上にちょこんと座っているみーちゃんは状況を正しく理解する。

 

みーちゃんは俺の膝の上で顔だけじゃなく体の向きを完全に変えた。

俺の両頬にみーちゃんの小さい手が優しく添えられる。

 

「清隆君。ずるいよ。そんなこと言われたら我慢できないんだから。」

 

みーちゃんの凛と煌めく瞳は瞼の裏に隠された。

もう、予備動作は整っていた。

俺は暴れることも確反を取ることもせずにただ彼女の口撃を受けた。

 

その優しいキスは脳が痺れるほどに甘かった。

先程食べたケーキの甘みなど霞むほどに。

 

みーちゃんは俺の唇から顔を離して、自信満々に言う。

俺の顔はみーちゃんの柔らかい手に固定されているため、放たれるであろう覚悟の告白を避けることはできない。

 

「わたし。本当に清隆君のことだいすきだからっ」

「知ってる。」

「…好きとは言ってくれないんだね」

みーちゃんは唇を尖らせて、頬を不満そうに膨らましているが、その頬は腫れるように赤く、キスの余韻が刻まれていた。

 

…もうあの時とは意味が根本から違う。

俺の事情を知っている彼女に対して好きということはもう、優しさではなく残酷さだから。

 

「それは言えない。だが、俺はみーちゃんを側においておきたいとは思ってる」

 

だから、俺はそれが一般常識から外れたものだとしても事実だけを答える。

みーちゃんが告白の際に言ってきた「側にいさせてください」と言う要望。

紳士からはほど遠い俺だが、それにだけは真摯に応えられるはずだ。

 

「そばにいたいと思えたらそれは恋なのかな。」

 

「全てを捧げられると思えなきゃそれは愛じゃないのかな」

 

俺の言葉を聞いて、みーちゃんは独白のようにゆっくりと言葉を紡いだ。

俺は呆然としながらそれを聞いている。

 

「私も清隆君と一緒だよ。恋も愛も知らないし分かんない。」

 

「でも、全身の細胞が叫んでるんだ。清隆君がどうしようもなく好きだって。」

 

「だからね。お願いがあるの。」

 

みーちゃんは寂しさ帯びた声と憂いを思わせる表情で一つ一つの言葉を大事にするように言った。

 

「今日だけは嘘でもいいからわたしを愛して。」

 

みーちゃんは目を閉じる予備動作を省略して、不意打ちのように俺の唇を奪った。

 

キスから感じ取れる全てを搾り取るように貪る。

舌が絡まり、お互いの唾液が混ざり合う。

互いが互いを求め合うように事は進んでいく。

 

切って落とされた火蓋から火花が飛び散り、互いの様々な欲望に引火してもう消化できないほどに燃え上がった。

もう二人の嘘が紡ぐ寸劇を止めれる要素は皆無だった。

 

みーちゃんが俺を想う気持ちは紛れもなく本物。

俺がみーちゃんに抱く醜い欲望も紛れもなく本物。

 

俺のこの愛情表現に必要不可欠な気持ちだけが偽物だった。

 

みーちゃんは切に願った。

清隆に求めた嘘がいつか本当になる日を。

 

俺は確信した。

俺がみーちゃんに求められた嘘が本当になることなど未来永劫訪れないことを。

 

胸に秘めた想いがすれ違う二人は掛け違えたボタンのように無骨に繋がり、まだ更け切っていない薄暗い夜に溶けていった。

 

 

 

 

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