綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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#35 憂鬱な明日は僕らを待ってくれない。

 

夏休みも残り二日。

彼女にとっては何事もなく楽しいまま夏休みは終わるはずだった。

 

 

「失礼する。」

突如、威儀正しい威厳を放つ硬い声が闖入者から放たれ、この場の空気を支配した。

歓迎されるわけでもなく、邪険に扱われるわけでもなく、その声を聞いていたこの場の人間は皆、自然と背筋を伸ばすだけだ。

 

こんな場所にこの男が現れたことは前代未聞。

だからこそ、何かトラブルの種を抱えていることは容易く推理できる。

 

「悪いがこの時期に三年生の入部は出来ないぞ?それとも、貴様自らが我々の大会での好成績を見て、予算の底上げに出向いたわけじゃあるまい?」

「水瀬先生。申し訳ありませんが、どちらもでもありません。」

その男は水瀬先生の軽口にも軽くいなすように対応してのけた。

 

「ならば用件をさっさと話せ。練習に水を差されても不愉快だ」

「安心してください。長居するつもりはありません。そしてここに来るのは今日限りにしますので。」

男はその言葉で水瀬先生から目線を外して、薄く光る眼鏡越しに俺をとらえた。

 

「綾小路。お前の生徒会入りへの推挙が多数の人物によってされている。お前の返事は聞くまでもないと思っているが?」

 

闖入者こと堀北兄は囚われの身になっている姫を助けるために現れた主人公のように堂々と言い放つ。

まるで、自分の思い通りにならないことなどないと言わんばかりだ。

 

堀北会長の言葉を聞いて、隣にいたかや乃は不安そうに俺を見上げ、水泳部の先輩達はどこか達観しているようにこの状況を静観していた。

水瀬先生は遠慮なく舌打ちする。

 

それもそのはず、俺が生徒会に入るということは、この水泳部を退部することを意味する。

大会で優勝してからというもの、水瀬先生は俺に妙に優しかったからな。。

 

「会長。お言葉ですが俺は誰かに支持してもらえるほど出来た人間じゃないことを自負しています。何かの間違いじゃないですか?」

「橘。」

「はい。会長。」

短い言葉のキャッチボールで阿吽の呼吸のように橘書記は堀北兄にコピー用紙を何枚にも束ねた資料を手渡す。

 

「これを見ても同じことが言えるか?」

堀北兄は一歩も動かず、それを差し出す。取りに来いということだろう。

 

俺は直立不動で仁王立ちしている堀北兄の元へ歩く。かや乃も気になるようでついてきた。

そして水瀬先生も監督責任者として見届ける義務があるとでも言わんばかりにずけずけと寄ってきた。

その資料を三人で囲むようにして見た。

 

「こ、これ。。」

かや乃が動揺の声をあげるのも無理はない。

堀北兄は先程の多数の声が寄せられていると言ったが、多数なんて言葉で済まされる規模じゃない。

 

約150人によって俺は推薦されていた。

 

それは2.3年生の上級生のみで構成されている。俺にとってはほとんどが名前も見た目も知らない荒唐無稽な存在だ。

 

その欄には今、この状況を傍観している水泳部の先輩方の名前もあった。

 

水瀬先生はその事実に気付き、この推薦の欄に署名があるプールサイドで傍観している彼女らを一瞥すると先ほどとは比べ物にならないくらい苛立ちを込めて舌打ちをする。

 

隣にいたかや乃も『な、なんで。。。』と目を伏せて呟いている。

その呟くような声には少しの怒りが、表情には背中を預けていた仲間に裏切られたような絶望感が浮かんでいた。

 

「綾小路。お前は入部僅か2週間で大会では優勝し、部では一番の成績を収めたそうだな。それも、聞けば、入部する前は子供の頃に水泳を齧る程度に習っていただけらしいじゃないか。」

どこかで聞きつけた俺の話を事務的に話す。

そして、一拍おいて、パンチのきいた言葉を吐いてきた。

 

「それを毎日死に物狂いで努力し続けてきた者は素直に祝福できるだろうか?」

 

堀北兄の言葉にすかさず反応したのはかや乃だった。

 

「そ、そんなのただの嫉妬じゃないですかっ!!それに綾小路君はこの2週間、誰よりも朝早くからここで練習してたっ!!」

かや乃は大会での成績は俺の努力の賜物であると主張した。

 

「その2週間での練習量は確かに目を見張るものがあったかもしれない。だが、長期的に見た練習の総合時間はねじ伏せてきたライバルの足元にも及ばないはずだ。」

 

「それに嫉妬していると言ったが、それは悪いことか?たった二週間本気で向き合っただけで優勝してしまう綾小路の才能に嫉妬してしまうのは、水泳を本気で打ち込んでいた者のとっては自然な感情だと思うが?」

「…っ!!」

たった一回のキャッチボールでかや乃の論理は完膚なきまでに打ち砕かれ、言葉を失う。

 

「はっきり言おう。綾小路。お前のその才能は腐ったみかんと同じだ。ここはお前の居場所じゃない」

 

「そんなことないっ!!そ、そんなことっ…っっ!!」

かや乃は論理ではなく感情だけで否定しようとして言葉に詰まる。

 

「かや乃っ!!」

かや乃はこれ以上は何も聞きたくないような表情を浮かべた次の瞬間、走ってはいけないと言われているプールサイドを水瀬先生の制止の声すらも無視して全速力で駆けて去っていった。

 

一瞬、俺を見たかや乃の横顔には涙が浮かんでいるように見えた。

 

そんな一幕には目もくれずに堀北兄は話を前に進める。

 

「綾小路、お前は理解しているだろう。だから何も言うつもりはない。答えだけ聞かせろ」

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

目の前の行く先が禁断の花園であることを看板が示している。

だが、今はとても花を愛でる気分ではなかった。

その花園からうめき声の近い声が微かに聞こえるからだ。

 

俺は重々しい花園への入口をこじ開けて中に入った。

 

「かや乃。」

聞こえるはずのない声に、長椅子の上で丸くうずくまっていたかや乃は恐る恐る顔をあげた。

ここは女子更衣室。俺が入っていい通りなどない。

 

「な、なんで。。」

涙の跡がくっきりと浮かぶ顔でかや乃は俺がここにいることに驚いている。

 

「水瀬先生に許可は取った。」

俺は女子更衣室のスペアキーを取り出して見せる。

かや乃は女子更衣室に内側から鍵をかけていたからな。

 

「…わたしが裸だったら犯罪だよ?」

「そこは水瀬先生が責任を取ってくれることを保証してもらってる」

「…はあ。あの人。私の体を何だと思ってるの。。」

弱々しくついた溜息と水瀬先生への愚痴がこぼれた。

 

俺は何も言わずにかや乃のすぐ隣に腰をかけてかや乃に目を合わした。

 

「生徒会に入ることにした」

 

そして、先延ばしに出来ない唯一無二で不変の事実を伝えた。

 

「…そっか。。」

「悪いな。」

「なんで綾小路君が謝るの」

かや乃の悲しそうな顔と寂しそうな声が謝罪の理由だった。

だが、それは伝えない。

 

「勝ち逃げして悪いな。」

まさか、この状況で挑発して煽ってるような発言するとは思っていなかっただろう。

かや乃は目を見開いて、俺の顔を観察するように見る。

 

「…本当にそう思うなら辞めないでよ」

「それだけは出来そうにないな。。」

 

上級生による俺への大量の推薦の裏には堀北兄だけでなく南雲副会長すらも関わっている。

断る事はそれを無下にしてあの二人を相手に回す事になる。

俺はかや乃があの場から逃げるように去った後に堀北兄によって明かされた事情を掻い摘んで説明した。

 

「それに、これで良かったんだと思う。かや乃や渡部や児島は仲良くしてくれたが、先輩方とは見えない壁を感じてた。今回の件でそれが可視化されただけで、ずっと前から予兆はあったんだ。」

俺が大会で優勝した時、自分のことのように喜んでくれたかや乃達とは逆に先輩方は赤の他人のように意に介さなかった。

 

「…でも。。」

「俺がやった事は、椅子取りゲームで既に座っている人を力ずくで席を奪ったようなものだ。」

 

大会前のこの時期に入部する意味くらいはかや乃も最初から危惧していた。

そして、裏では上級生の俺に対しての愚痴くらいは聞いたことがあるんじゃないかと思っている。

 

だがそれは当たり前のこと。

既に出来上がっている一致団結の空気に異分子の俺が居場所を求めるのは間違っている。

それは紛れもない反乱分子なのだから。

 

「だから、これでいいんだ。」

 

「…ごめん」

「どうして謝るんだ?」

さっきのやりとりを巻き戻して再生したかのようだったが立場は逆転している。

 

「私も多分大小の違いはあれど同じ。。綾小路君に嫉妬してた。さっき、会長の言葉でそれに気づけたの。だから。…わ、私には綾小路君を止めるだけの資格なんてないのにっっ。」

 

「あ、綾小路君に、…辞めてほしくないよぉ。。」

 

その言葉と同時に涙が垣根を超えて流れ出す。

 

かや乃は入学当時からずっと努力し続けてきて、部では男女の差など感じさせず、他の追随を許さないほどの大差をつけてエースの座に君臨していた。

だが、突如入部したぽっと出の俺がその椅子をひっくり返した。

かや乃にとっては悔しい事実で認め難い事実で嫉妬してしまうのは仕方のない事だ。

 

その上、そのひっくり返した当の本人は椅子には座らないときた。

我ながら無責任な話だ。

 

かや乃は自分の醜い嫉妬に押しつぶされそうになっていながらも願いを口にしたが、それにだけは答えられない。

だからこそ返す言葉がなかった。

 

俺は溢れる涙を拭う事もしないかや乃の頭に手を回し自分の胸に抱え込む。

 

「そう言ってくれるだけで、水泳部に入部して本当に良かったと思う。ありがとう。かや乃」

 

「ぅぅ。うぅ。」

俺の胸の中で呻き声のような泣き声は響いた。

自分には泣くに資格なんて無い。なのに涙は溢れて止まらない。そんな泣き方だった。

 

時間が進み、涙も枯れ、喉も枯れて、この場には時計の針がチクタクと規則的に時を刻む音のみが女子更衣室で響いた。

 

「はぁ。これでまた元通りか。」

静寂を破ったのは落ち着きを取り戻したかや乃だった。

俺がいなくなって、ライバルと呼べる存在はいなくなり、またしても一人になったことを言っているんだろう。

 

「悪いな」

「何で謝るの」

「一緒に泳いでやれなくて。」

 

お決まりの流れだが、さっきの取ってつけたような理由ではなく、本質をついて答える。

 

「…本当に、楽しかったんだ。」

 

「今まで、誰かと泳ぐ事をこんなに楽しいと思った事なんてなかった。」

 

「だから、本当に今までで一番楽しくて、幸せな時間だった」

だからこそ、それを失う悲しみの大きさは計り知れない。

 

「俺もかや乃と泳ぐのが楽しかった。だから。ありがとう」

この『ありがとう』は感謝の意ではなく、明確な別れの挨拶だ。

 

楽しくて幸せな時間は過ぎ去るのも一瞬で長くは続かない。

それを大事に優しく土に埋めて、そこに墓標を立てるような『ありがとう』だ。

 

それが分かってるからこそ、かや乃の口からは感謝を表す言葉は出てこなかった。

 

「ねぇ、最後にお願い。」

「もう一回だけ私と泳いでくれない?」

 

彼女にとってこの楽しくて幸せな時間は、RIPの三文字の言葉で片を付けれるほど安くは無かった。

彼女がこの時間に終止符を打つ覚悟を決めた事を感じ取って、俺は頷いた。

 

「勝ち逃げは許さないから」

「俺も、あの勝ちをまぐれにするつもりはない。」

 

もう言葉を交わす必要はなかった。

 

俺達はプールに向かい、二人して飛び込み台の上に立った。

水瀬先生は腑に落ちない表情だが、この勝負の見届け人兼審判をやってもらう話をつけている。

 

上級生や渡部児島コンビに加え、堀北兄と橘書紀もこの勝負のオーディエンスとしてこの場にいる。

どっちが勝っても傍観者達にとっては関係ない。

これは俺達二人の関係を更新する為の儀式だ。

 

まるで戦闘漫画の登場人物が自分に課していた枷を外すように俺はラッシュガードを脱いだ。

俺の無駄を削ぎ落としたように鍛え上げられた肉体美を間近で見るのは、かや乃以外の部員にとっては初めてのことで、無意識に漏れたような感心するような声が聞こえた

 

「本気だね」

「言っただろ。負けるつもりはないって」

 

会話はそれだけだった。

二人が前を見て準備万全なのを確認して、水瀬先生が笛が鳴り響いて二人はほぼ同時に飛び込んだ。

 

飛び込むタイミングは同じだが、跳躍力で俺はかや乃よりも一歩リードしていた。

この2週間嫌というほど水泳に向き合ってきた。

俺にとっての最適な飛び込み姿勢はもう完成していた。

 

着水してからも、その差は開くことはあれど、縮まる事はなかった。

水泳部の連中にとって雲の上で戦っているようなものに見えたかもしれない。

だが、俺とかや乃には確実な差があった。

 

それはいくら多様性といえど、埋められない体格の差。

その差はそのままスコアとなって現れ、この勝負は1分に満たない僅かな時間で俺の勝ちとして決着がついた。

 

水瀬先生がスコアを告げる前に、かや乃は今までに聞いた事ないくらい大きな声で叫ぶ。

それはもう言葉にならない感情を最大限に表現した彼女の最後の抵抗だった。

 

「はあっ。はぁっ。…聞かなくても分かる。今日の記録は私の自己ベスト。」

「ほっっ!んとっに!悔しいけど悔いはないっ!」

 

荒い呼吸を整えながら、武士顔負けの潔さを見せて胸を張り、隣のレーンの俺に拳を突き出してくる。

 

俺は差し出された拳に突合せようとして、かや乃と同じ様に拳を突き出した。

スポーツの世界では対戦相手へはリスペクトをはらうのがマナーだ。

それを表すジェスチャーとして拳を突き合わせるのはよく使われる手法だ。

 

だが、俺の拳はスルーされ、かや乃の拳は勢いよく俺の鳩尾に向かって寸分の狂いもなく撃ち込まれた。

「うっ」という喉が潰されたような声を情けなく漏らした。

 

「どこへでも行っちゃえ。ばーかっ」

 

鳩尾を押さえてる苦しむようにしている俺に、あっかんべーをするように目尻を引っ張り、ピンク色に光る舌を出す。

かや乃は無理矢理に見えたが屈託もなく笑ったようだ。

 

「…自分勝手なやつだな。」

「それはお互い様でしょ?」

 

「それに一番自由ってのは一番自分勝手ってことでもあるんだからっ」

 

自由人=自分勝手という方程式は偏見のような気もするが、自由を求めて真っ白な檻を飛び出した俺と自由を求めて水の世界に飛び込んだかや乃。

俺たちの二人に限っては的を得た表現だ。

 

俺たちがプールから上がるとすぐに堀北兄は話しかけてきた。

 

「禊は済んだようだな」

近づいてきた堀北兄は退部届とペンを持っていた。

金魚の糞のようにくっついている橘書記は俺が脱ぎ捨てたラッシュガードを持っていた。

 

「わざわざ、すいません。橘先輩。」

「気にしなくて結構です。それにしても……綾小路君。いい体してますね。」

ラッシュガードを受け取ると、俺の体を観察するようにジロジロと視線をぶつけてきた。

 

「腹直筋と脊柱起立筋が軸としてしっかり機能していて腕や太腿は無論、鍛錬しずらい三角筋や大臀筋さえも、左右のバランスが崩れることなく鍛え上げられています。」

 

「左右のバランスと言えば簡単に聞こえるかもしれませんが、利き手や利き足の関係から、左右同じ様に筋肉をつけようとしても難しいんです。人は無意識のうちに使いずらい筋肉と使いやすい筋肉を分けてしまっているんです。例えば、立っているときに体重を乗せる方の足であったり、重い物を持ち上げるときに利き手を使ったりといったところです。例を挙げればキリがないのでこのくらいにしときますが。。」

 

「その、計算されつくした無駄を削ぎ落したような筋肉の秘訣。生徒会に入った暁には私に語り尽くしてもらいますよ。」

 

一切途切れることなくテンション高めにつらつらと語った橘書記。これがいわゆる筋肉フェチというやつだろうか。。

 

俺は隠すようにラッシュガードを着た。

橘書記は名残惜しそうに目を垂らすが、気に留めない。

 

「他の部位はともかく大臀筋は水着で見えないはずですが。」

「私の目はそんな布切れ一枚じゃ誤魔化せないのです。そんなもの無いも同然です。」

ツッコミどころが多い危なげな発言に返そうとしたところに、堀北兄の手が伸びてきた。

 

「橘。話が進まない。少し黙れ。そして綾小路、お前は早くこれを書け。これ以上は俺の貴重な時間を無駄に浪費させるな」

その手によって乱暴に押し付けられた退部届の紙には少し皺ができていた。

 

俺は無言でそれを受け取り、綺麗な字で必要事項を記入した。

その様子を名残惜しそうに、されど何も言わずにかや乃と水瀬先生は見届けた。

 

「これでいいですか?」

「いいだろう。」

堀北会長はそれを水瀬先生に横流しするように差し出す。

 

「水瀬先生。受け取ってくれますね?」

「…つまらんことしやがって。」

それをむしり取るようにに受け取った水瀬先生は鼻を鳴らす。

 

「綾小路。お前はつまらん男じゃないと信じてるぞ」

水瀬先生は俺にその言葉を残して、退部届受理の手続きに向かっていった。

 

そんな水瀬先生には目もくれず堀北兄は俺に命令するように言い、もう用はないと言わんばかりに踵を返した。

「綾小路。早速だがついてこい。伝える話がある」

 

俺が堀北兄の後に続こうとした際にかや乃に腕をつかまれた。

 

「私も信じてるから…。」

 

「じゃあ、またね」

 

かや乃が何を信じているのかは分からないが聞くことはしなかった。

いや、できなかった。

 

なぜなら

 

この茶番の発端は俺だからだ。

俺が生徒会に入る条件として、堀北兄にも対等に条件を求めた。

 

俺を水泳部から後腐れなく退部させろ。ということ。

「お前の実力ならわけないだろう?まさか、そんなことすら出来ないのに俺を下につけるつもりか?」

と煽ったところ、話に乗ってきた。

 

俺を生徒会に入れることに意味を見出したのか、妹と同様に煽り耐性がないのかは分からない。

が、対立している南雲副会長すら巻き込んで俺を生徒会に入れてきた。

 

面倒なことに南雲の中で堀北兄にそこまでさせる男というレッテルが貼られたわけだが。

いや、むしろ、それが堀北兄の狙いだったのかもしれないな。

 

今はその面倒な事実から目を逸らして、スムーズに退部出来たことだけを喜んだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「それで、なんで電話を無視してたのかな?」

一切の遠慮なく俺のベットに腰掛ける櫛田は俺が連絡に出なかったことに対して怒り心頭のようだ。

顔は笑っているのに目が笑っていない。

 

「充電を切らしてたんだって言っただろ」

俺は電池が切れている表示が画面に映っているだけの携帯を見せて言う。

 

「はぁ。現代を生きる学生が携帯のバッテリー管理も出来ないなんてびっくりだよ。私のおじいちゃんでも、携帯の電波が圏外になっただけで、末期症状のように挙動不審になるくらいには携帯がなくちゃ生きていけない体になってるのに」

 

それは非常に特殊なケースな気がするが。

 

無論、バッテリーが切れてたから出れなかったなんて事はない。

生徒会の業務についての説明の諸々を受けていた時に無限に櫛田からのラブコールがあった。

櫛田から電話がかかってきた試しなどほとんどなかったため、俺は嫌な予感を感じて無視し続けたのだ。

 

言い訳できるように携帯のバッテリーを切らした状態で放置しておいただけだ。

 

「ほんとっ。綾小路君はわかってないよ。私みたいに可愛い同級生から電話が来たら普通は全力でかかけ直すものなんだよ?綾小路君からはそういう意思が感じられないっ。」

 

俺がどうでもいい事に脳を巡らせてる間にも櫛田の説教は続いてたようだ。

 

自分が可愛いと自覚している女子にありがちな傲慢さを櫛田も当然として待っているようだ。

媚びるような猫撫で声と抜群の容姿でほとんどの男子を虜にしてきた実績があるんだから仕方がないことかもしれないが。

 

「櫛田がそうして欲しいならそうする」

「はぁ。もういい。綾小路君に求めた私が馬鹿だったよ」

俺が適当な返事を返すと、櫛田は諦めるように首を項垂れた。

 

「それで?わざわざ、電話に出なかった俺の部屋に押しかけてくるくらいだ。文句を言う以外に理由があるんだろ?」

 

「あ、綾小路君のせいで忘れるとこだったよ。」

俺のせいなのか…。

 

「面倒くさいのは嫌いだから単刀直入に聞くね。明日、暇?」

「いや、超忙しい」

「おっけー。じゃ、明日朝8時に寮のロビー集合ね。遅れたら許さないから。ばいば〜い」

 

言いたいことだけ言って、要は済んだとばかりにベットから跳ねるように立ち上がり、玄関へと向かう櫛田の腕をつかみ止める。

 

「おい。」

「え〜?まだ何か用?」

「まだ話は終わってない。詳しい事情を話さないなら俺は行かない」

聞かされた事は朝8時にロビーに来いという命令だけ。

オレオレ詐欺でももうちょい情報量と適格な指示がもらえるぞ。

 

「ふ〜ん。そんなこと言うんだ?」

櫛田は怪しげに笑みを浮かべた。

 

「別にいいよ?綾小路君が来たくないなら来なくても。」

まるで櫛田は俺に向けて銃口を突きつけているかのように主導権を掌握してくる。

 

「…分かった。明日行く。だから詳しい事だけ教えてくれ」

櫛田は俺から望みの回答を引っ張り出して、満足気に笑う。

 

「ふふ。えぇ〜。しょうがないなぁ。」

悪役令嬢のような上品か下品か分からない笑いと共に焦らすように前置きして事情を話し始めた。

 

明日の保証なんてないこんな実力至上主義の学校にいながらも曲がりなりにも青春真っ只中を突っ走る冴えない男子高校生二人組。

池と山内は一夏の思い出というやつがどうしても欲しいらしい。

 

そこで彼らがプライドを捨てて土下座するように頼ったのは櫛田だった。

クラスの女子からの印象がゴキブリより低い彼らだが、間抜けにもその事実に気付いていない。

それ故に当たって砕けろの精神で女の子と遊びたいという旨を櫛田に申し出たらしい。

 

「って事で、池君と山内君とプールに行く事になっちゃったんだよね…。」

「まさか、その3人だけで行くわけじゃ無いよな?」

妙な言い回しに嫌な予感がして聞いておく。

 

「まっさか〜。綾小路君を入れて4人だよ。あはは。流石にこの夏休みの最後の日に私だけ苦しい思いをしてるのは気に入らないよね」

要は俺は巻き込まれたと言う事だ。

お世辞にも俺は池と山内とは仲良くない。

それに櫛田が連れてきたとなれば、彼らのヘイトは俺に向くだろう。

 

「櫛田の知り合いの女子は巻き込めなかったのか?」

「池君と山内君が来るって言えば、櫛田ちゃん行かない方がいいよって止めてくれる人はいても、来てくれる人なんていないよー」

 

彼らのプールの授業での立ち回りを見てれば当然のことか。

誘う女子に池と山内が来る事を伝えなければ、櫛田にはどうして伝えてくれなかったのとヘイトが向く。

 

それに、池や山内からの土下座してまでの願いを断るのは男女の人気集めに躍起になっている櫛田としては断れない。

 

……八方塞がりか…。

 

「あーあ。行きたくないなぁ。池君も山内君も退学しちゃえばいいのに。」

 

櫛田は心底気持ち悪いといった表情を浮かべながら毒と呼べる本音を吐いた。

だが、俺としても全くもって同じ感情だった。

 

「なら、そうするか?」

「え?」

「池と山内を退学させればいい。そうすれば、櫛田の面倒なしがらみから少しは解放される」

「えっ。え、でも。」

 

俺は軽く息を吐いて笑ったように見せた。

「冗談だ。それに彼らが退学すれば、折角稼いだクラスポイントもマイナスされるしな。それはできない」

 

今はの話だが。

 

「つまらない冗談言わないでよね」

「悪い悪い。だが、代わりに俺に考えがある。」

「考え?」

 

「そうだ。櫛田と俺の夏休みの最後の日を無駄にしない為の考えが。」

 

俺は1年生の夏休みの最後の日の最悪な予定を、最高な予定に変えるべく充電が終わり使えるようになった携帯を拾い上げた。

 

明日がいい日になる事を祈って俺は眠りについた。

 

 




投稿はやい。えらいっ。

今回は綾小路の環境の変化の回なのでイチャイチャ少ないです。

勝手な思いつきで橘書記を筋肉大好き系ヒロインにしてしまいました。

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