綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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#36 代表取締役(柔)

池と山内に大量の下剤を盛って体調不良を誘発させる。

これが俺の選択した解決策だ。

 

というのは流石に冗談である。その程度で解決するなら頭を悩ませることもなかった。

青春渇望症の彼らは腹が痛かろうが、頭が痛かろうが地を這ってでも来るに違いないからだ。

 

池と山内と俺と櫛田。このカオス極めるメンバーの輪に入れる者は限られていた。

 

 

「お、おはようございます。清隆くん」

「おはよう。会うのはなんか久しぶりだな」

 

集合時間の15分前にロビーに来ていた俺に話しかけてきたのはひよりだった。

ひよりとは会ってはいないものの本の話をしたり雑談したりとほぼ毎日電話で声を聞いていた。

 

谷間は見えないが、きれいな肩は丸出しのキャミソールを着ていた。

暑いとはいえ、肌の露出度的にひよりらしくない格好だった。

 

「涼しそうな格好だな」

俺の月並みな感想に、戸惑いながら、ひよりは戸惑いつつも返してきた。

「に、似合いませんか?」

「いや、よく似合ってる。だが、肌露出しすぎじゃないか?」

 

「うっわ。なにその彼氏みたいな発言。他にもっとあるでしょ」

ひよりの白く健康的な肩の後ろからひょこっと顔を出した西野が真顔で口を挟んでくる。

 

「ふふ。今日の服は西野さんに選んでもらったんです。私としても少し恥ずかしいんですけど。」

もじもじと恥ずかしがるレアなひよりが見れて、心の中で西野にサムズアップしておく。

 

「めっちゃ可愛いから自信持ちなって!あたしの目に狂いはないから。」

西野がひとしきりひよりを褒めた後、ひよりは俺の方に意味ありげな視線を向けてきた。

 

「ああ。可愛いと思うぞ」

「ふふ。ありがとうございます。清隆くんもかっこいいですよ」

俺が西野の意図を汲んで褒めると赤くなった両頬を隠すように、手を添えて褒め言葉を返してくる。

 

「…前も聞いたかもしんないけど、あんたら、ほんとに付き合ってないんだよね?」

「はい。今はまだ。」

ひよりは口角を釣り上げて、いたずらをする子供のようにニヤニヤと笑みを浮かべて即答した。

 

「…ひよりはこう言ってるけど?」

「まあ、未来は誰にも分からないな。」

「…変な人たち」

ひよりは俺のことが好きで、それを俺が知っているという歪な関係は西野にも伝わっただろう。

 

「それで、ひよりは珍しくお出かけか?」

「はい。西野さんに誘っていただけたんです。あまり乗り気ではなかったんですが、重い腰をあげた甲斐がありました。清隆くんに会えましたから。」

 

「そうか。」

ひよりは夏の照り付けるような太陽と人混みが大の苦手だと言っていたからな。

西野に誘われるまでは空調のきいた部屋で読書に耽るつもりだったんだろう。

 

「『そうか』じゃないでしょ。普通ならもうちょい喜ぶべきじゃないの?」

「西野さん。清隆くんは内心すごく喜んでますよ。恥ずかしがり屋なだけなんです」

「ほんとに?表情筋、一切動いてなかったけど?クールとかシャイとかいう次元じゃない気がしたけど…。」

「その変化は清隆くんを好きな人しか見えない魔法がかかっているんです」

 

なんだその、裸の王様みたいなノリは。

俺が話す隙もないまま二人は仲良さげに話している。

 

「それで清隆くんは…」

「ごっめーんっ。待たせちゃったかな?」

 

ひよりが俺に話しかける声と櫛田がやってきたのは同時だった。

 

「いや、俺がはやく来すぎただけだ。」

実際、まだ、池や山内も来ていないしな。

…人一倍はやく来そうな彼らにしては意外だな。

 

「あ、椎名ちゃんに西野ちゃん!おはよーっ」

学年一の人脈を誇る櫛田のなせる業だった。

すぐに俺たちの空気に溶け込んだ。

 

「え。もしかして、櫛田さんは綾小路君とおでかけ?」

おでかけという言葉で濁してあるが、デートじゃないのかと西野の目は確実に言っていた。

西野の当然のように沸いた疑問にも難なく櫛田は答えた。

「えへへ。そうなんだっ~」

「えっ。ひ、ひより。どうしよう。」

西野が勘違いし始めたところで口をはさむことにした。

 

「…誤解を招いてそうだから言っておくが二人じゃない」

「あ、綾小路君。ネタバレがはやいよ。もう少し二人の反応楽しみたかったのに~」

 

リアクションが期待できる相手でもないだろうに。

西野は若干驚いてはいたが、ひよりは全て分かっていましたと言わんばかりの表情から一切の変化を見せていなかった。俺の表情から櫛田の誤解を招く言い回しはわざとだって察していたんだろうな。

 

「そうですね。すぐにオチを言ってしまうなんて清隆くんは演劇潰しもいいとこです。もしも櫛田さんがシェイクスピアだったのなら清隆くんは刺されていてもおかしくありません」

ひよりらしい例えだな。

 

ひよりは話を切るように西野に話しかけた。

「でも、そういうことならそろそろ行きましょう。西野さん。」

「綾小路君を見つけた瞬間、道草食ったのはあんたでしょうが。」

「あれ?そうでしたっけ。」

顎に指をあてて、とぼけるひよりはそこはかとなくあざとかったが文句なしに可愛かった。

それは西野も同じ意見だったようで、西野はそれを咎めなかった。

 

「では、綾小路君に櫛田さん。また学校で会いましょう」

「うんっ。ばいば~い」

ひよりと櫛田は元気よく挨拶して別れた。

表の櫛田はひよりや西野みたいなタイプとも仲良くなれているらしい。素晴らしい手腕だな。

 

「…それにしても、池君達遅いね。まだ寝てるのかな」

ひより達との話が盛り上がったこともあり、既に集合時間である8時はすぐそこまで迫っていた。

 

「確かにな。連絡してみた方がいいんじゃないか?」

「それはいい案だね。」

櫛田は俺の案を肯定したが、携帯を出す素振りは一切無い。

 

「もしかして、俺がかけるのか?」

「逆に何で私がかけなきゃならないのかな?」

ひよりや西野がいなくなった途端に語尾の強さが増した。

切り替えの速さはキリトとアスナのスイッチよりも滑らかだ。素晴らしい手腕だな(2回目)。

 

「あいつらは俺がかけても出ないと思うぞ」

「はぁ。使えな。」

だるそうな小声で呆れるように言うが、俺とあの二人の関係値なんてそれくらい薄いものだ。

 

「じゃあ、私がかける代わりに綾小路君が喋ってよ。」

朝から不快な声を聞きたくないと補足して、櫛田は携帯を操作する。

そのレベルで嫌っている他人に、いい顔をしている櫛田の内心は、矛盾から生じるジレンマでぐちゃぐちゃだろう。

 

はいと言って渡された携帯には池にすでに電話をかけている画面だった。

1コールが終わる前に池は電話に応答した。

 

「き、き、き、ききょ、桔梗ちゃんっ!?」

信じられないほどにどもっている池の声を聞いて、櫛田が言ってた可愛い同級生が~の話を思い出す。

青春を夢見るごく普通の高校一年の男子は可愛い同級生から電話がかかってきたらこういう反応をするのではないだろうか。

 

俺は耳元でうるさく吠える池をよそに可愛い同級生筆頭の櫛田の顔を見る。

櫛田はなに?と高圧的な目を向けてくるが、相手が俺じゃなかったら完璧な角度で首を傾げてあざとく笑ったに違いない。

 

「池。もう8時になるぞ。プールに行くんじゃなかったのか?」

「え?綾小路?って、やっべっ。もう時間ないっ!!」

時間に今気づいたように焦る池の他にも騒いでいる声が複数聞こえた。

この声は山内と、…もう一人は外村か?

 

「誰かといるのか?」

「え?いやいやいや、一人だよ、一人!!」

「いや、山内の声が聞こえた気がしたが。」

「えっ。あっ。そうだった。山内もいたわ。存在感薄すぎて忘れたわ~」

怪しすぎる言動だな。コナンだったら怪しすぎて逆に犯人にされないタイプだ。

人狼なら1ゲーム目に狂人として最初につられて、2ゲーム目から参加の資格が剥奪されるだろう。

 

「まあ、山内もいるのなら丁度いい。はやく来てくれ。あまり遅いと櫛田も帰るぞ」

「えっ…。そ、それは。…そ、そうだっ!そうなんだよ。実は俺とはるき、ちょっと腹が痛くてさ。だから、綾小路、桔梗ちゃんと先に行っててくれっ。俺たちもすぐに行くからさ」

 

いてててと小芝居じみた声で電話は切れた。

おいおい。これだと、俺が本当に下剤を盛ったみたいになるじゃないか。

 

「池君、なんだって?」

「山内と揃って、お腹が痛いらしい。すぐに行くから、二人で先に行っとけだとさ。」

「なにそれ。」

「知らん。まあ、ここで待っていても仕方ないし、言われた通り先に行くことにしよう」

俺は池達に従うように、ロビーの外へ向かって歩き出す。

 

「…ほ、ほんとに、デートみたいになっちゃったじゃん…。」

「櫛田。置いてくぞ。」

「う、うるさい。今行くからっ」

俺が歩き出してもついてこない櫛田に謎にキレられつつも、俺達は一足先にプールまで向かった。

 

今日の池達の様子には不審な点が散見された。

①櫛田の携帯から俺の声が聞こえた際に何も言わなかった点

②異様なまでの焦り方は櫛田が原因じゃなかった点

③当日の朝に今回のプールに参加しない外村と会っていた点

④俺と櫛田が二人きりになるという状況を許容している点

 

池や山内にとって櫛田といる時間よりも優先度の高い何かしらがあると考えて間違いない。

 

俺と櫛田は二人で並んでプール施設行きのバスに乗った。

バスの中、櫛田は借りてきた猫のように大人しかった。

かと言って、俺も自分から話しかけるタイプではないため、まるで喧嘩中のカップルのような雰囲気でプール施設に向かうのは必然だった。

 

櫛田は、ひより達をからかうつもりで言った冗談が現実になって、意外にもバスの中で綾小路と距離が近いことにドキドキしていた。

だが、その事実に綾小路は愚か、本人さえも気付いていなかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「うわ。混んでるな…。」

俺が久しぶりに喋った言葉は目の前の景色に対する月並みな感想だった。

 

「じゃ、私はこっちだから。」

「ああ。中で合流する感じで」

「うん」

櫛田はそそくさと女子更衣室に引っ込んでいった。

らしくないなと思ったが、情緒不安定の櫛田にらしいも何もないかと思い直して考えないようにした。

 

俺も男子更衣室に入り、手際よく着替えを済まして、プール施設へと飛び出した。

水泳部での日常の賜物か、着替える速度は早着替え選手権に出れるレベルだ。

 

プール施設は人でごった返していた。

俺はその中から、視界の端で、目的の人物を捉えた。問題なく来てくれたようだ。

 

「やっぱり男子は着替え早いね。」

 

声がしたので後ろを振り向くとオレンジ色のビキニタイプの水着に身を包んだ櫛田がいた。

身を包んだと表現できるほどの布面積はないが…。

櫛田の持ち前の抜群のスタイルを惜しみなく見せるように胸元が強調されている。

 

「着替えの速さって男子と女子でそこまで差が出るものなのか?」

脱ぐ量と着る量に大差はないと思う。

実際、かや乃は女子だが着替える速度は速かった。

要は男女の差なんてなく個人差の範疇ではということだ。

 

櫛田は若干引いたような表情を浮かべる。

「そんなのどうでもよくない?」

「いや、櫛田が言ったんだが」

「これはあれだね。マジレス乙ってやつだね。」

 

言葉の意味が理解できずにいると、櫛田は呆れたようにため息をついた。

「そんな真面目な回答求めてないってこと。」

「なるほど。」

まあ、要は俺が空気が読めなかったということだろう。

 

「そんなことより言うことあるんじゃないの?」

「あ、池や山内なら、さっき出発したらしいぞ。あと一時間もしたら到着すると思う。」

更衣室で、俺宛に来ていたメッセージの内容を櫛田に報告しておく。

俺たちの関係はビジネスのようなものだしな。報連相は必要だろう。

 

「わざとやってる?」

「何がだ」

「わざとやってるでしょ」

「だから、何が」

 

櫛田は腑に落ちないといった表情で俺をガン詰めしてくる。

一歩後ずさった俺の逃がさないといわんばかりに俺の右腕が捕まえられる。

そのまま俺の右手が抱え込まれた。

櫛田の柔らかさ(株)の代表取締役を担う者が直に右腕にまとわりつく。

 

「じゃ、最初はどこ行こっか」

「…おい。その前にこれは何だ。」

このプール施設の大観衆の中なら、ラブラブカップルでももう少し弁えるだろう。

櫛田は何かのネジが外れたようで、離すつもりはないようだ。

 

「あの話、本当なのかな~って。」

 

無駄な部分どころか必要な部分さえも抜け落ちているその言葉の意味を俺は正確に理解する。

 

「大丈夫。この広いプール施設。誰も私たちなんて見てないし。それに万が一、誰かに見られて困るのは私じゃないし。」

 

一之瀬に並ぶ人気を誇る櫛田は男子との距離の取り方が上手い。

それ故に、櫛田に今までの男の影なんてなかった。

この状況下で周りから、その位置に俺をあてはめられるのは面倒なことになる。

 

「いや、櫛田は可愛いんだから目立つし見られるだろ。その水着も鬼に金棒のようなもんだ。」

「ふ~ん、それだけ?」

どうやら、利子が適用されているようだ。

こんなことになるなら、最初から勿体ぶらずに褒めておけばよかった。

 

「正直に言うなら、他に目がいかないくらい一番可愛いって思ってる。だから離れてくれ」

「うんっ、うんっ。そっかー。そこまで言うなら仕方ないね。」

俺の右腕が櫛田の抱擁から解放された。

大丈夫だったかー。俺の右腕。…かわいそうに。こんなにボロボロで…。

 

俺は戦場から帰ってきた右腕を労わりながらも周りを見る。

更衣室への入口など誰も見てなかったようで、余計な奴に櫛田との諍いを見られなかったことに胸をなでおろした。

 

「それで、誰かと合流するとか言ってなかった?」

「そうだな。でもまだ来てないようだ」

まあ、いつでも合流できるように準備万端にしてもらってるが、池や山内が来る前に合流しても櫛田に無駄な気苦労をさせるだけだろう。

 

「それ、暗に断られたんじゃないの?」

「そうは信じたくないな。」

「綾小路君のコミュ力で呼んですぐ来そうな人は限られてるんだけどなー。今回は誰かわかんないや」

確かに櫛田なら、俺の人脈を網羅してると言っても過言じゃないが。…怖い発言だな。

 

「まあ、櫛田の言う通り来ないかもしれないからな。だから、誰かは合流するまでのお楽しみってことで。」

「いやいや、来なかったら、綾小路君の昨日の宣言が噓になるけど?」

そうだった。最悪なバッドエンドを誰もが笑顔でいれるハッピーエンドに変えるって上条さんみたいなこと言ったんだった。

 

俺は波で人が流れているプールを指差して言う。

「その時は、もう沈めるしかないかもな。櫛田のために」

「私を便利な大義名分にしないで。」

俺のとって付けた櫛田のためにという部分に秀逸な返しをしてくる。

 

「そりゃ悪かった。だけど心配しなくていい。下手に証拠を残したりしないから。」

「はあ。綾小路君。会話下手ってよく言われない?」

俺の適当な軽口の返事に呆れるように溜息をつきながら悪態をついてくる。

みーちゃんやひよりに「その返事はおかしい」と言われた記憶が走馬灯として流れた。

 

「いや、そんな記憶はないな」

俺は会話が下手だという現実から目を逸らすために噓をついた。

「それ、思われてるけど、気を遣われて言われてないだけだよ。私は正直者だから言うね。綾小路君って変だよ。」

にっこりと向日葵を連想させるような夏に似合う笑顔で見たくない現実を突きつけられる。

「変だよ」という部分が頭の中で何度も何度も終わらないやまびこのように反響した。

 

俺はこの高校に来るまで、あの忌まわしき白い箱から出たことがなかったんだ。

生粋の箱入り息子なんだぞっ!!丁重に扱え!!

 

伝わるはずのない思いの丈を視線で櫛田にぶつけたが、櫛田はどこ吹く風のように澄ました顔をしていた。

俺の心中にこの澄ました顔を崩してやりたいという欲求に生まれ落ちた。

その欲求不満に駆られるように辺りを見渡すと、ある物を見つけた。

 

『恐怖のあまり、リピート客がいなくて困っています。この恐怖体験に耐えられる新規絶賛募集中!!』

 

この人ごみの中でも人があまり寄り付いていないエリアがあった。

そこに佇む陰気なスタッフがやる気なさそうに怪しいキャッチコピーが書かれた看板を持って棒立ちしていた。

そのスタッフの先には安全性が本当に確保できているのかと心配になるほど急角度のウォータースライダーが鎮座していた。

 

「櫛田。絶叫系とか好きな方か?」

「いきなりなに?…そういうとこだよ。会話が下手って。」

「いいから。」

「はぁ。別に好きでも嫌いでもないよ。ただ、ああいうのって『きゃあああああああああっ』って声あげなきゃなんないじゃん?そういうのめんどいかなとは思うかな」

 

そんなお決まりがあるのか。。

だが好都合だ。素人目だが好きでも嫌いでもないみたいな感覚の持ち主が耐えられる設計になってないと思う。あれは。

 

「櫛田。一つ付き合ってもらうぞ。俺を巻き込んだ責任くらいとってくれ」

「まあ、ここで綾小路君と軽口叩き合っててもつまんないからいいけどね。どこへ行くの」

叶うなら目隠しをして櫛田をあの断頭台まで連れていって突き落としたい気分ではあるがそれは無理難題だろうな。

 

「あれ、面白そうじゃないか?」

「ぷっ。綾小路君の魂胆が読めたよ。要はあのウォータースライダーでビビるあたしが見たかったわけだ。残念だけど、私はこういうの平気なタイプ…」

 

 

「きゃああああああああああああああああああああああああああああっ」

 

 

これが噂に聞く即落ち2コマだろうか。

先程の発言の墓穴を掘るような大絶叫。

「あ、みんな叫んでるし空気読んで叫んどこ。」みたいな軽いノリでは決してなかった。

 

櫛田は恐怖で叫んだわけではなかったのだ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

その断頭台のてっぺんにいたのは、このエリアで最初に見た陰気なスタッフではなかった。

それはもう絶世の美女と表現しても差し支えないくらい綺麗なお姉さんだった。

このお姉さんをもってもリピート客がいないのは不自然だったが、すぐに納得がいった。

 

「あの、ゆっくりお願いします。」

利用者のカップルの彼女の方があまりの高さを見て恐怖で震えた声でスタッフのお姉さんに懇願する。

 

「いやでーす」

残酷無慈悲の感情の籠っていない声でそのお姉さんはボートを力一杯押した。

それはもう、コースアウトさせて事故を起こそうとしているのかという疑惑があるレベルに。

 

利用者の『きゃああ』という悲鳴に大満足に笑うお姉さんはサイコパスそのものだった。

 

前の利用者の断末魔をBGMに俺たちの番はやってきた。

「やめるなら今がラストチャンスだぞ」

「綾小路君こそ。もしかしてビビってる?」

「はーい。そこのカップル。残念だけど、ここから帰るにはもうここから滑るしかありませんよ~」

 

地獄耳を発揮したスタッフの死刑宣告で逃げる道は閉ざされた。

 

櫛田と俺は二人乗りのボートに乗り込んだ。

櫛田が前で俺が後ろだ。スタッフの指示通りに乗ると、俺が広げた足の間に櫛田がおさまる形になった。

なんでも、足がボートからはみ出した暁には足がなくなるという仕様らしい。(頭がおかしいのでは?)

 

スピードを最大限に出すためなのかだいぶコンパクトな設計になっていて櫛田の髪の毛から柑橘系の香りが嗅覚をくすぐった。

 

「あの、カップルじゃないです」

「あらら、そうだったの?」

櫛田の律儀な否定に美人のスタッフが上品に笑った。

 

俺が口を挟む間もなく、スタートする前のカウントダウンがアナウンスされた。

3・2・1。

 

「はやく付き合えやあああああ」

 

0のタイミングで例に漏れず…いや、前の利用者よりも明らかに強い力でそのスタッフにより俺達はウォータースライダーはスタートを切った。

スタッフの怨嗟の声が鳴り響くが俺達二人は逆に一切の悲鳴をあげなかった。

その様子を見て、サイコパス姉さんが『くそっ』と下品な声と共に地団駄を踏んだ音が聞こえた。

 

あれが噂に聞く残念美人ってやつだろう。

悲鳴も搔き消えるほど加速していく中、櫛田は、余裕そうに頭をひっくり返して俺を見て笑った。

強風オールバックでも、櫛田は顔が整っているため悔しいが文句なしに可愛かった。

 

なるほど。本当に絶叫耐性があるようだな。

急角度かつ猛スピードということは終わるのも速かった。

俺たちのボートは勢い良く、ゴールのプールに着水して終わるはずだった。

 

そのゴールのプールにはいるはずのない前の利用者のびびっていたカップルがいた。

恐らくはあらゆる手段を用いて、減速するように頑張ったの結果だろう。

それに反して俺たちのボートはフルスロットルでこのゴールまで来た。

 

このままでは衝突は避けられない!!

 

俺はボートの側面を思いっきりひっくり返してそれを回避させる。

俺達はボートから投げ出されるようにひっくり返った。

 

俺達は投げ出された水中から河童のように顔を出す。

 

「もうっ。なんで前に人がいるのっ」

 

憤慨する櫛田は一瞬で青ざめた後、またしても一瞬で赤くなった。

櫛田と俺の目の前には櫛田の着けていたオレンジ色の可愛い水着が浮かんでいたからだ。

 

櫛田の恐怖からではなく、羞恥心からの悲鳴は日本全土に響き渡った。

 

「きゃああああああああああああああああああああああああああああっ」

 

幸いなのは代表取締役と挨拶したのは俺だけだったことだろう。

 

 




櫛田とのデート(?)はここで終わりです。
そんなに書くつもりなかったのに楽しくて書いてしまいました。

ポロリはやっぱりお決まりな展開ですよね。

ウォータースライダー中にで頭を倒してこちらを見てくる櫛田の可愛さは皆に伝わることでしょう。
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