綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話   作:ファウストの劫罰

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何週間ぶりです。こんにちは。
遅れてすいません


#38 物の価値は希少価値。金の価値は自分の価値

 

「も、もしもし?」

電話越しに不安が籠った声が聞こえてきた。

「俺だ。今、一人か?」

「う、うん。そうだけど…。」

「そうか。丁度いい」

 

オレオレ詐欺のような情報量の少ないやり取りでもお互いが何者かを認識している。

真鍋の戸惑い混じりに身構えるような声がその証拠だ。

 

「頼みたいことがある」

「…頼みたいこと?」

「ああ。」

命令と言い換えても差し支えないが、あくまで表向きは友達への頼み事の体裁を取る。

真鍋は俺から電話がかかってきた時点から、大体を察していたのだろう。無言で俺の次の言葉を待っている。

 

「明日、薮と山下とリカと伊吹を連れてプールに来てくれ。」

「えっ!?明日!?プールって明日限定で生徒向けに解放されるとこだよね!?それに、なんで伊吹さんっ!?どういうことっ?」

矢継ぎ早に繰り出される質問の連続。俺が挙げた名前の中で明らかに浮いている伊吹の存在への疑問が大きいのか声も一段と張り上げられた。

 

「言葉の通りだ。」

「言葉の通りって言われても意味わかんないだけど…。」

いきなりの要求に先程の不安は不満に変わったようだ。だが、、

 

「質問にいちいち答えるつもりはない。」

俺は真鍋とは対照的に徹頭徹尾、平然とした声で対応していく。

「出来るのか出来ないのか。それだけ答えろ」

 

「………。一億万歩譲って明日リカ達連れてプールに行くことは出来る。けど、伊吹さんだけは絶対無理っ!!!」

「一億万なんて単位は存在しない」

「う、うっさいっ!!!物の例えだからいいのっ!!!とにかく!!伊吹さんだけは無理だからっ!!」

俺の冷静なツッコミに半ギレながらも、伊吹の件だけは頑なに拒否してくる。

 

「理由は?」

「私が誘っても絶対来ない。私と伊吹さんの関係ってそういうものなの」

シンプルに言えば、仲良くないということだろう。

 

「連絡先は持っているんだよな?」

「あるといえばあるけど。」

「曖昧な返事だな」

「…女子だからね」

 

その答えがChatGPTのAIのように的外れな回答なのか。

それとも、俺がおよそ世間のいわゆる女子についての知識が乏しすぎる故にそう感じているのかは分からなかった。

 

「まあ、俺も最初から真鍋に誘われて伊吹が簡単にノコノコついてくるとは思っていない。それについては考えてある」

真鍋は目を細めるように声を細めた。

「……試したの?」

「変に勘ぐるな。そういうわけじゃない。」

俺が真鍋を試す理由など存在しない。

 

「じゃ、どういうこと?」

「これは出来れば使いたくないものだ。だから、真鍋が伊吹を連れてくこれるならそれがベストだっただけだ。」

「…何か噓っぽい。」

「そう言われてもな…。そこは信じてもらうしかない。」

 

「…で?具体的にどうするつもり?」

あまり納得していない様子だが、それは置いといて話を進めてくれるようだ。

「真鍋は伊吹に今すぐポストの中身を確認しろってことを伝えておいてくれ。」

 

「ポストの中?」

「ああ。それと俺の名前を出してもいい。真鍋がいきなりそんな話をしても怪しまれるからな」

「分かったけど。。…な、何するつもり…?」

その問いかけの前には少しの間があった。

「別に難しいことはしない」

 

「ポストにラブレターでも入れておくだけだ」

 

「ぷっ。伊吹さんにラブレターって想像できなすぎっ。」

真鍋は伊吹を嘲るように笑って言う。

聞く人が聞けば、例え相手があのゴリラ系女子の伊吹だとしても、その嘲笑は不快に聞こえそうなものだ。

言うまでもなく俺は真鍋のその一面を聞いても、一切不快にならない側の人間だが。

 

「まあ、ラブレターと言っても愛を囁く内容じゃないけどな」

俺が渡すのはラブレターという名の果たし状だ。ラブレターとの類似点は相手に直接会って用があるという一点のみだろう。

真鍋は「愛を囁くって…w」と俺の言葉を復唱するように笑いながら言う。

「まあ、私が聞いて本気で答えてくれるとは思ってなかったけど、あんたってそんな冗談言うタイプなんだ」

 

真鍋はあの豪華客船地下での一幕の俺しか知らないからな。

俺にどんな印象を抱いていたかは定かではないが、普段からあの時のような振る舞いをしているわけがないだろう。

 

真鍋は荒くなった息を整える。

「ああ。おもしろ。笑った笑った。」

「まあ、楽しんでもらえて何よりだ。それより、明日は朝9時に現地で合流する予定だから、伊吹の件も含めて頼む」

「どうせ、断れないし、分かったよ」

最低限その部分を心得ているなら問題ないだろう。

 

「当日、合流するタイミングはおって連絡する。」

「は~い」

「じゃ、明日はよろしく」

「了解」

 

これで、明日に向けての段取りは整った。

俺が伊吹を呼ぶことを決めたのは、池や山内の当て馬にするためじゃない。

集団に馴染めない伊吹を使って、俺があの集団から上手く離脱するためだ。

 

逆に池や山内の当て馬として用意したのは真鍋達4人だ。

血の気の多い生徒の多いCクラスの中で小規模ではあるが、女子グループをまとめるリーダーとして居場所を確立している真鍋は池や山内にとってキラーカードとなる。

軽井沢や櫛田や一之瀬と比べれば見劣りするが、真鍋もリーダーシップを発揮できる生徒なのだ。

男女比は一気に逆転した。それに、Cクラス中心の雰囲気では池や山内にとってアウェイそのもので、でしゃばることは出来なくなるだろう。

 

「…ねえ。もう話、終わったんだよね?あんたから切ってよ」

俺の思考の隙間に真鍋が割り込んできた。

通話を切るのを忘れていたようだ。

 

「あ。悪い。てか、真鍋から切ってもらってもよかったんだが」

「電話はかけた方から切るのがマナーでしょ」

そんなマナーがあるのか。。友達同士においてはそのマナーは適用されない気もしたが、別に友達ってわけでもなかった。

「意外に律儀なやつだな。真鍋は杖をついた老人の前でも平気な顔してバスの優先席に陣取るタイプだと思ってたんだがな」

「は?なにそn…」

 

真鍋の抗議するような声を無視して電話を切って、ベットに投げ捨てる。

 

俺は伊吹宛のラブレターをしたためるために筆を取った。

 

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龍園があの勝手気儘な伊吹を形式的とは言え、主従関係の構図に落ち着かすことができているのには理由がある。

その答えは利害が一致しているからだ。

 

ひよりに聞いた話によれば、龍園はCクラスのリーダーを買って出た際にAクラスに上がることを約束したという。

伊吹を含め、龍園に反発する分子を暴力的に黙らせて、強引にCクラスの頂点の座に居座った。

その龍園の手腕は、豪華客船で遺憾なく発揮され、今や、CクラスはBクラスまですぐそこの位置にいる。

伊吹は龍園の先にAクラスが見え始めている。それはまだ、幽霊のように形のない幻想に過ぎないことにも気付かずに。

それが今、伊吹が龍園に大人しく飼われている理由だ。

 

だけどその関係は、Aクラスへの見えない糸に繋がれただけの赤の他人だ。

その関係は希薄で、その末に俺が望む展望は有り得ないものだろう。

 

今の俺と伊吹の関係値は形容しがたいもので、その吉と出るか凶と出るか分からない境界線にいる。

龍園のように己の右手にものを言わせて、伊吹を屈服させるのは簡単だがそのやり方は間違いだ。

他クラスの厄介な敵という認識や伊吹にとって都合のいい味方ではだめだ。

どちらかが一方的に与える関係ではなく、ギブアンドテイクの関係が必要不可欠だと俺は考える。

 

「…中々戻ってくる気配がないな。てっきり、顔を真っ赤にしてすぐに戻ってくると思っていたが。。」

この照りつけるような日差しと生徒溢れるプールの熱気が重なり、あまりの不快さに思わず、独り言が漏れてしまった。

…仕方ない。探しに行くしかないか。

 

 

「だからっ!私は悪くないって言ってるでしょっ!?」

「ですが、監視カメラには貴方がプールに飛び込んだ映像が確認されています。幸い、怪我人は出ませんでしたが危険な行為です。」

「はあ。話、通じな。私、説教と勉強が一番嫌いなの。一言で言ってうざい」

「これは、説教じゃありません。貴方を思っての注意なんです。」

「屁理屈だし、押しつけがましいし、余計なお世話。もういい?」

「よくないです。貴方は何も分かってません。今、貴方イエローカードの状態なんです。次、監視員から見て目に余る行動だと判断されればクラスに影響を及ぼすかもしれませんからねっ!」

「だから、私は悪くないんだってばっ」

 

案外簡単に見つかった伊吹は声を荒らげていた。

相手は伊吹で死角になって断片的にしか姿が見えない。が、あの紫色のお団子頭には見覚えがあった。

俺が介入するタイミングを伺っていると、話が通じない伊吹に手を焼いて挙句に、橘書記は助けを求めるように周りを見渡した。

橘書記の眉が限界まで垂れ下がった困り顔と俺は目が合ってしまう。

 

「あ、綾小路君。」

その声に首が折れる速度で振り向くのは伊吹だ。

「昨日ぶりですね。橘先輩。」

俺が2人に向けた精一杯の作り笑顔は、引き攣っているに違いないだろう。

 

「それにしても、橘先輩の水着姿は新鮮ですね。会長の隣で制服姿でメモを持ち歩いてる姿しか見たことありませんでしたから。よく似合ってますよ」

「そ、そうですか?…例え、社交辞令でも褒められるのは悪い気がしませんね」

「社交辞令を言うようなタイプに見えますか?挨拶すらまともに出来ない人間ですよ、俺は。」

「…そ、それもどうかと思いますけど…。でも、そういうことなら素直に受け取っておきます。ありがとうございます。」

平然を装っているが、頬は僅かに熱を帯びて、俺の目から焦点がずれている。

 

褒められ慣れていないんだろうなあ。この人。

櫛田なら『は?似合ってる?どこが?具体的に言ってくんない?言えないなら最初から心にもないこと言ってんじゃねーよばーか』と心で叫びながら、口では『え。ありがとうっ。嬉しいな。○○君もすごくかっこいいよっ』と上目遣いで胸を寄せて谷間を強調しながら言ってくるくらいはしてみせるはずだ。

まあ、でも仕方ないことか。あの堅物の会長の口から『かわいい』なんて4文字が出てくるとは思えない。

万が一、そんな場面に遭遇した日には、娘に赤飯を炊く母親の気持ちを味わうことになるだろう。

 

一方、伊吹は先程の橘先輩の警告があるのもあって、俺を見つけた矢先に牙を剥くつもりはないようだ。

俺と橘先輩が顔見知りのように話している姿を観察していた。

伊吹が無理矢理介入してくるつもりがないのであれば、この隙に好き勝手やらしてもらうか。

 

「…それにしても、橘先輩。いい体してますね。」

俺は目を細めて、橘先輩を舐めるように観察する。

「身長は小柄なのに、出るとこはしっかり出て、引っ込むところは引っ込んでいて非の打ち所がないスタイル。推察するに、胸はCカップでs…」

俺の言葉は顔を真っ赤に染めて距離を詰めてきた橘先輩の手によって塞がれた。

 

「な、な、な、。急に何言ってるんですかっ!!」

俺の視線から体を逃がすようにねじる。

俺は軽々と橘先輩の手を掴んで持ち上げる。

「橘先輩。他人から体を分析される気持ちが分かりましたか?」

橘先輩は俺の言葉でようやく俺の言いたいことに察しが付く。

 

「そ、それは…。それとこれとは…」

「まさか、生徒会に所属しているお方が、女から男へはOKだけど、男から女はNGだなんて差別的発言しないですよね?」

俺は予め逃げ道を塞いでおく。

俺がやったことはただ、やられたことをやり返しただけだ。

橘先輩は瞳に少しの涙を浮かべる。

おいおい、まじですか…。

 

「すいません。先輩。冗談です。あ、でも、水着が似合っていて可愛いと思ったのは本音ですから」

「~~~っ!!もう、いいですっ!2学期から覚えておいてくださいねっ!!この屈辱は絶対にはらします!!」

橘先輩はぷんすかとかわいい効果音がなっているような怒っているか、照れているのか分からない様子で踵を勢い良く返して去っていった。

 

ふう。遺恨が残るやり方だったが、とりあえずは話題逸らし作戦は上手くいったようだ。

橘先輩の胸のサイズを当てれたのはみーちゃんのものと酷似していたからだ。

そんな俺にとっては橘先輩の水着などないも同然だった。

 

傍観していた伊吹から鋭い声色でくだらない思考が強制的に破棄される。

「で、あんた覚悟はできてるんだよね?」

「…橘先輩の言葉を忘れたのか。次に問題行動を起こせば痛い目を見るって話は噓じゃないぞ」

「それはあんたが押したからでしょうが!!」

「そうだな。じゃあ、何故それを橘先輩に説明しなかったんだ?」

伊吹は自分は悪くないと主張していたものの、俺に突き落とされた事情を説明しようとはしなかった。

 

「……別に。説明しても無駄だと思っただけ」

「そうか」

伊吹は理解してもらうことを諦めて拗ねた子供のようだった。

伊吹には伊吹なりに考えていることがある。

まあ、あの場所の監視カメラの画角を計算して行った犯行だ。俺が突き落としたことは証明できない。

実際に監視員も俺が突き落としたのではなく、伊吹が飛び込んだと判断したのだから。

 

「伊吹。お昼にしないか?色々、詫びも兼ねて奢らせてもらう。」

いきなり呼び出して、待たせた挙句にプールに突き落とした。うん、よく考えたら一発殴られてもおかしくないくらいには色々やっていた。

だが、伊吹はお昼というワードを聞いて、腹筋が割れている自分のお腹に視線を落とし空腹感を自覚したようだ。

 

「…。お昼ってさっき会った連中もいるわけ?」

「いや、多分向こうはもうお昼を済ませている頃だと思う。」

「そ。じゃあ、あそこで」

 

伊吹が指さしたのは、フードコートの近くにあった、木造のステーキハウスだった。

小規模の海の家くらいのサイズ感でそこはかとなく洋風な雰囲気を醸し出している。

隣のフードコートの良心的で庶民的な値段設定の約5倍のポイントが看板に掲げられており、お世辞にも財布に優しくない。

 

「何か文句ある?」

「いや、問題ない」

俺の自信ありげに即答しておく。

「じゃあ、さっきの顔は何よ」

別の懸念事項が浮かんだのが、いつの間にか表情に出ていたらしい。

 

「元からこういう顔なんだ」

「ふん。食べ終わってから、払えないなんてやめてよね」

「まあ、その時は二人で仲良く店で皿洗いでもするしかないな」

ギロリと黒い目がしっかりと俺を睨んだ。

 

「冗談だ。持ち合わせはあるから問題ない。干支試験の時の結果は覚えているだろ?」

「干支試験ね…。ああっ!!あんたあの時、噓ついたでしょっ!!」

今の今まで忘れてたかのような反応だな。

「その話をするつもりで今日は呼び出したんだ。とりあえず中で話そう。」

 

伊吹は人の目を気にせずに声を張り上げるため、衆目を集めてしまっている。

プールで男女二人きりでいる意味を邪推して考えてしまう生徒が多くいることは伊吹は分かっていないようだ。

いや、それすらも気にしていないのか。。

俺が先導するように店内に入ると、伊吹は不満を口にしながらもついてきた。

 

破格の値段設定なこともあり、店内にはぽつぽつと人影があるだけで、静かなものだった。

よほどポイントを持て余している生徒しかこの場には訪れていないのだろう。

仕切りもなく開放的な店内だった。こういう店内の感じも海の家仕様なのだろうか。

内緒話をする場所には不向きだが、店内を見渡す限り見知った顔はないから問題もないだろう。

 

「うええ。これで8000ptとかぼったくりすぎでしょ」

店員が伊吹の前に運んできたこの店で一番高価な「ステーキA」を見て言う。それは食べ盛りの高校生にとっては少し物足りない量だった。そんな感想が漏れるのは仕方がない。

この店のメニューはステーキAから始まりステーキZに終わる26種類が存在する。

「伊吹が払うわけじゃないだろ。見た目は俺のものとあまり変わらないように見えるな。」

俺が注文したステーキZは最安値の2000Ptだ。だが、伊吹のものより量が2倍近くあった。

それにしても、合計1万ptの出費か…。

 

この店は肉の部位に関して一切の情報がない。

値段相応のものが使用されているという補足はあったが、それすらも疑わしく思えた。

極端な話、スーパーのセールで買った肉が高額なPtで扱われていても、客の舌次第では分かりようがないのだ。

 

「これ、商売として法律に引っ掛からないんだろうか」

法律面に関しては俺も専門外で詳しいことは分からない。

 

「うん。味は普通ね。」

俺が思考を他にやっている間に伊吹は既にもぐもぐと食べ始めていた。

「美味しいか?」

「普通って言ったの聞こえなかった?」

8000Ptで美味しいの一言も引き出せないとは。奢り甲斐のないやつだな。

 

「食べ比べてみるか?」

「いいの?」

「構わない」

それこそが、この店の醍醐味だろうしな。

俺はまだ手のつけてないステーキの皿ごと伊吹の方に差し出す。

 

伊吹は素直に俺の皿から一切れ取った。

俺は差し出した皿を自分の方に引き寄せようとすると伊吹に止められる。

「まだいるのか?」

俺の質問に答えず、伊吹は黙々と自分のステーキAの方を一口サイズに切り分けて、俺の皿に移した。

力を入れなくてもナイフが入り相当柔らかいことが目で分かった。

 

「いいのか?」

「いらないならいいけど?」

「いや、ありがたくもらうことにする」

「ふん」

 

鼻を軽く鳴らした伊吹は引き留めて皿を素早く返してきて、すぐに食事を再開した。

意外にかわいい一面もあるなと思いながら、俺も伊吹にもらった8000Ptの欠片を口に運んだ。

 

驚くほどに柔らかいが歯ごたえもあり普通に美味しかった。

俺も肉に関しては蛋白質を気にして鶏肉ばかり食べてきた身だ。

 

続けてステーキZの方も口に運ぶ。うん。普通に美味しい、

ステーキAとステーキZには確かな違いはあるものの、どちらも美味しく感じた。

値段っていうのは美味しさのレベルじゃなく、部位の希少価値で決まるものなんだな。

 

「…こっちの方が美味しいかも。」

伊吹も丁度、食べ比べたところで感想をこぼす。

「裏にいる店員が泣き出しそうな感想だな」

「むっ。あんたはどうなのよ」

「どっちも美味かったな」

 

伊吹は頬を膨らませて吹き出すように笑う。

「ぷっ。あんた何食べても美味しいって言うタイプでしょ」

 

我が身を振り返ってみれば、割と何でも美味しいと言っている気がした。

「山菜定食は美味しくなかったぞ」

「あんなの食べれてる時点で舌馬鹿なのよ」

それは山菜に失礼だろ。自然と大地の恵みに謝れっ!!

 

「まあ、そんなに気にいってるならもう少しやるよ」

俺はさらに追加で一切れ伊吹の皿の方に移した。

伊吹は何か裏を探るような目で俺を見てくる。

「元々、少し量が多かったし気にしなくていい。」

「ふーん。なら、ありがたくもらっとくけど、あんたあんま、食べないタイプ?」

 

「そんなことないと思うけどな。アルベルトや石崎みたいな奴と比べるなよ?」

「比べるわけないでしょ。あのバカ共と比べたら大食い芸人も少食になるわよ」

大食い芸人があまりピンと来ないが、クラス対抗大食い対決なんて馬鹿げた特別試験が出れば、うちのクラスは多分ぼろ負けするだろうな。

 

伊吹は俺のあげたステーキを残す形で食べ進めていく。

案外苺のショートケーキを苺を最後に残して食べるタイプなのかもしれない。

 

「あっつっ」

 

俺がそんな可愛い伊吹を想像していると、当の本人から、野太い男勝りな声が飛び出た。

伊吹の控えめな胸にステーキの肉汁が跳ねたらしい。

伊吹がお手拭きで胸に手を当てて拭いている姿を見ていると、ばっちりと目が合ってしまう。

 

「何、見てんのよ」

「いや、悪い。声がしたからつい。大丈夫か?」

俺が別に下心で見てたわけじゃないことをアピールするとゆっくりとお手拭きを離した。

軽く火傷したようにほのかに赤くなっていた。

 

「ふん。こんなの舐めとけば治るわよ」

それは迷信のように聞こえるが、実は医学的にその手段は有効であることが証明されている。だが、今のケースでは…。

「そこ、舐めれるような場所なのか?」

伊吹の火傷した患部は胸のど真ん中だ。

人体の構造上、届かない位置だ。

それに谷間を舐める行為は別の意味もある気がする。

 

「ば、ばっかじゃないの?それくらい軽い傷ってこと!!キモイからもうこっち見ないで」

伊吹もその意味に思い至ったのか顔を真っ赤にして声を張り上げる。

 

伊吹は俺と話す時に目をきっちり合わせて、真正面からぶつかってくる。

だが、気まずくなったように俺から目を逸らした。

「ああ、すまん」

これ以上刺激すると、この後の話に影響が出そうだ。俺は素直に謝り食事を再開した。

 

わいわいとした談笑から一変。俺の食器が奏でる音だけが響く無言の気まずい時間になってしまった。

伊吹も俺と同じことを感じたのか、俺に倣うように、食事を再開して、最後までとっておいたステーキを口に運んで俺に聞こえるように言う。

 

「やっぱ。こっちの方が美味しい…。」

 

話題を談笑していた時に戻すような発言と同時に伊吹から伺うような視線を感じた。

伊吹の方を見るなと言われている。俺は伊吹の方を向かずに、それでも伊吹には伝わるように俯きながら口角をあげて微笑みをこぼした。

 

---------------------------------------------------------------------------

 

「それで、話って何よ」

ステーキも食べ終わり、幸福感で機嫌が少し戻った伊吹に話が振られた。

俺が渡した果たし状の内容は「大事な話がある。CクラスがAクラスに上がるために必要なことだ」と簡潔なものだった。

 

「そうだな。まずはどこから話そうか」

「全部よ。全部。次、噓つけばどうなるか分かってるんでしょうね」

「あの時はまだ試験中だったからな。本当のことを言う訳には行かなかったんだ。それに、今日、嘘つくつもりなら伊吹を呼んでない。」

「ふん。どうだか。」

伊吹が疑心暗鬼になるのも無理はないだろう。だか、それに取り合うつもりはない。

 

「まずはあの時嘘をついた、船上試験の話から話す。」

俺が仰々しく言葉を紡ぐ様に息吹は唾を飲む。

「百聞は一見にしかずだ。」

周囲を確認して俺は伊吹に向けて携帯を見せる。

 

「な、なによこれ。」

伊吹の驚くような視線の先には多額のプライベートポイントがあった。

 

驚く伊吹を畳み掛けるように俺は龍園についての取引を話した。

 

「あんた、クラスを売ったわけ?」

「捉えようにしてはそうも捉えれるな」

「…何が目的?」

「俺の卒業後の未来は確定している。AだとかDだとかは関係ない。」

 

「俺は俺が勝っていればそれでいい」

 

「このポイントがあんたの勝ち?」

「そうだな。俺がこの1学期で積み上げてきた価値だ」

続けて俺は言う。

「知ってるか?ポイントで買えないものはないんだ」

伊吹は見てきたはずだ。プライベートポイントに固執する龍園の姿を。

伊吹はもう驚かない。俺の全貌が垣間見えた今、この暗闇の先に何かがあるのは分かっている。

 

「他は?」

「他?」

「まだあるんでしょ。あんたがやってきたこと。」

伊吹は真っ直ぐに俺を捉えて堂々と言い放つ。

「まだ知りたい。あんたのこと」

 

やめてくれ。そんなに真っ直ぐな純粋な目で見られたら興奮しちゃうじゃないか♠︎

心の内に秘めた密かな思いを殺して俺は答える。

「…。こっから先は有料だ。タダじゃ教えられないな」

 

「約束と違う」

「全部話すなんて俺は一言も言ってない。」

嘘をつかないと約束しただけだ。

 

「…何が望み?」

伊吹に俺への強い興味を植え付ける事は成功して、俺は心の中でほくそ笑んだ。

「俺に自由に条件を設定する権利を渡した時点でこの交渉は不成立だ。」

「何で。」

 

「龍園を退学させろと言ってもお前には無理だろう?」

 

伊吹は唇を固く噛んだ。

「…それが望みなの?」

「全く?だが、俺にその権利を与えるというのはそういうことだ。」

伊吹に俺の情報と釣り合えるだけのカードは出せない。

 

「まあ、今日のところはこの辺りでいいだろう。まだ、1年の1学期が終わっただけだ。」

俺にとってとは″まだ″ではなく″もう″なわけだが。

 

「それに、伊吹は楽しみを後にとっておくタイプだろ?」

 

「分かった。今日のところはこれでいい。敵じゃないって事は分かったし。それで、この件は龍園に真偽を確認してもいいんだよね?」

「ご自由に」

「そ。じゃあ、最後に一つだけ。」

伊吹は大きく息を吐いて、大きく息を吸い込んだ。

 

「…これからは、真鍋を使うような回りくどいことしないで」

「それは済まなかった。だが、俺は伊吹の連絡先を知らなかったから、知り合いの真鍋に頼むのが得策だったんだ」

「ん。」

伊吹は手を伸ばして俺に携帯の画面を見せてくる。

 

「はやくして。手が疲れる。」

伊吹はわざとらしく言って、俺に焦らせてくる。

「悪いな。無理矢理やらせたみたいで」

「別にいい。今日みたいなやり方の方が100倍うざいし」

 

俺は手早く伊吹の連絡先を追加する。

「ありがとう」

「…お礼言うようなことじゃないでしょ。別に」

伊吹がそっぽを向いたタイミングで不快な声が背後から聞こえてきた。

 

「おいおい初々しいなぁ〜。付き合いたてか?綾小路。」

 

連絡先を交換を心底揶揄うような声が隣から聞こえてきた。

 

その人物に伊吹は出かけていた舌打ちを飲み込み、俺は横に連れていた生徒を見て吐きかけた軽口を飲み込んだ。





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